レッサーじゃないドラゴンを倒す課題
学徒兵の中で、今回戦っていなかった者がいた。
回復魔法のアビリティを持つ、アメル・カンカールである。
戦闘が終わった今、彼の戦いが始まると言って過言ではない。
「僕は回復魔法のアビリティを持っています! 疲れている方や傷を負っている方はいらっしゃいませんか!?」
声かけを行うが、学徒兵の中でケガを負ったものはいない。
これに対して領民や兵士たちはアレ、と思わないでもないが、彼らも焦っているのでそれどころではなかった。
「素晴らしい! さすがはメラニィ様の準備です! 貴方がご自分と一緒に仲間を鍛え、さらに良い装備を与えた結果ですね! 危うげなく勝てましたよ! 下振れが起きたとしても、問題なく勝てたに違いありません!」
「そ、そうよね! 貴方の言う通り、準備の勝利よ! もちろんベルマやレオナのおかげでもあるわ! 他の子もね! そ、それで……ああ、えっと……そう! ごほん!」
メラニィは気を取り直して、倒れている人々に話しかけた。
「私たちは英雄校から援軍に来た学徒兵。私はこの部隊の代表である公爵令嬢メラニィ・ルコードと申します」
公爵令嬢という名前のインパクトはとても強かった。学徒兵という頼りないはずの言葉が霞んでしまうほどだ。
人々は慌てて居住まいを正し、兵は彼女に頭を下げた。
「救援感謝いたします!」
「お気になさらず。それよりも……皆さん、とても傷を負っておいでの様ですね。アメル! 彼らへ回復魔法を!」
「分かりました、お任せください!」
ようやく出番が来たと張り切るアメル。
自分も活躍しなければと小走りしてきた。
「お待ちください!」
「うへ!?」
「私たちに使うなど、そんなもったいないことはしないでください!」
今までになく力強く否定されてしまったので、アメルは思わず奇声を発していた。
「あ、貴方達には、是非領主様のお力になっていただきたいのです!」
「元々それが任務ですから、ご安心を」
「この領地は、壊滅の危機なのです!」
「……そこまで酷いの!?」
「ええ! ですが、ですが、希望が見えました……!」
メラニィでもアメルでもなく、ベルマに注目する兵士たち。
彼らの疲れ切った顔は、確かに希望を見出していたのだ。
※
コッカース男爵領の中央に建つ城、コッカース城。
男爵領であるだけにそこまで大きくないが、それでも荘厳な雰囲気のある石造りの城であった。
その周囲には、大量のモンスターの死体が散乱している。
つい先ほどまでも戦闘が続いていたのだろうと想像できる状態であった。
そして城壁のすぐ前には、城の中へ戻る余裕もないほど疲れている兵士たちと、男爵本人が座り込んでいる。
茶髪で、男子のように荒く短くしている若き女性。
すっかり疲れ切った顔をしており、顔にはモンスターの血がべったりとついていた。
顔は疲労により朦朧としており、まったくしまりがなかった。
バーニエ・コッカース男爵である。
「お前たち……戻って来たのか? その後ろの者たちは?」
「こ、こちらは英雄校から援軍としていらした学徒兵の皆さまです! 私たちも先ほど救われたところでして!」
「そ、そうか……そうか。うむ、今は猫の手も借りたいところだ、このままお迎えを……」
「なんと、変身アビリティを持つ方もいらっしゃるのです!」
「なんだとお!?」
変身アビリティの持ち主がいると聞いて、彼女は驚愕した。
道化めいた鎧など気にも留めず、学徒兵たちに確認して回っていた。
「だ、だれだ、誰だ!? 何人だ、何人いる!? 貴殿か、貴殿か、貴殿か!?」
「私ですが……」
「キミか! 君、きみ、きみ……君一人か?」
「はい」
「他に、大型モンスターへ有効打を与えられるものは?」
「大威力魔法の使い手が一人です」
「そ、そ、そ、そんな……」
ここで彼女はすべての力を使い切ったかのようにへたりこんだ。
もうなにがなんだかわからない。
学徒兵は男爵を見て固まっている。
「この男爵領で……いえ、まずはこの国で何が起きているのかを説明しましょう」
「モンスターが大量発生している、だけではないのですか?」
「それはそうなのですが、問題なのは『モンスターの発生源』です」
少し落ち込んでいる兵士たちが、メラニィに説明を始めた。
「神話で語られる恐怖の魔法使いの力……黒の泉というものをご存じですか?」
「それはもちろん。影のように暗い泉であり、時折モンスターが沸き上がると語られておりますわね」
「その黒の泉が、この国のあちこちに発生しているのです。上はあまり信じてくれていませんがね……」
ここでクナオルがイレギュラに近づいた。
「坊ちゃん。聞きましたか? 黒の泉が実在したそうですね」
「聞いているよ……マジで俺と同系統なんだな」
イレギュラは少し不安そうに自分の足元の影を踏んづけた。
そのことに気付く者はクナオル一人だけである。
「神話の通り、黒の泉には番人である大型モンスターがついており、黒の泉を守っているのです。そのモンスターを倒し黒の泉を破壊しなければ、モンスターは湧き続けるのです」
「にわかには信じられませんが、それならば大型モンスターを倒し黒の泉を破壊すればよろしいのでは?」
「それが……」
兵士はとても絶望的な顔をして、シンプルな事情を話した。
「我が領内にある黒の泉は……レッサーじゃないドラゴンが守っているんです……」
イレギュラを含めて、全員が絶句していた。
彼らはレッサードラゴンを倒したことがあるだけに、アレより一段階上のモンスターだとわかってしまうのだ。
レッサードラゴンとレッサーじゃないドラゴンの戦力比は、レッサーパンダとジャイアントパンダの戦力比に等しいといえば、どれだけ強いかわかってしまうだろう。
「もちろん我々もバカではありません。レッサーじゃないドラゴンを倒すのではなく、黒の泉を破壊することも考えました。ですが聞くところによると、守っている黒の泉を破壊された大型モンスターは、周辺の街に襲い掛かるとか……」
「今回の場合、レッサーじゃないドラゴンが近くの街に襲い掛かると……」
「はい。なので黒の泉を破壊するという作戦はムリなのです」
黒の泉から、モンスターが湧き続けている。
しかし黒い泉はレッサーじゃないドラゴンが守っている。
黒の泉を壊すとレッサーじゃないドラゴンが暴れだす。
なので黒の泉から湧き続けるモンスターと戦うしかなかった。
現在はそのような状況だったのである。
「状況を打破するには、レッサーじゃないドラゴンを真正面から倒すしかありません。男爵様を含めて、最低でも三人の『大型モンスターへ有効な攻撃ができる者』が必要だと考えていました」
兵士は地面に倒れて動かなくなっている男爵を、涙ながらに見つめていた。
「そうと知った男爵様は、まず隣の領主であるピット・テリァ男爵様にもお声をかけました。ピット男爵もまた変身アビリティの持ち主であり、領主様とも友人でした。なので来てくれると信じていたのですが……向こうの領地も脅かされており、こちらに援軍として参戦してくれませんでした。他の貴族にも声を掛けましたが……やはりどこも同じで」
「その状況で私が来たということか……」
話を聞いたベルマはしばし熟考し声を出した。
「私はまだレッサーではないドラゴンと戦ったことがない。だからこそはっきり言うが、仲間の学徒兵を総動員しても戦いたくない。もっと余裕が欲しい」
戦ったことがないので『戦力に余裕が欲しい』とはっきり言うベルマ。
この地の領主の判断を、彼女は支持している。それは彼女にも打つ手がないということだった。
「それでは、兵士が覚醒するのを待ち、ひたすら耐え続けるしかないのですか……」
あと一人、大型モンスターと戦えるだけの戦力を持つ者がいれば事態を解決できる。
その言葉を聞いて、ルテリアは提案をする。
「あのさあ! 今から大急ぎで姫様たちを呼ぶのはどうかな!? あの人たちがいれば絶対勝てると思う!」
「それ、賛成! この状況なら助けてくれるだろ!?」
「もうそれしかないよ! 変身できる人なんて、そんなにたくさんいないって!」
ベルマと同様に大型モンスターと戦える者、と聞いて学徒兵たちはフレイヤーを思い出していた。
彼女とその仲間たちなら、ほぼ独力でレッサーじゃないドラゴンを倒せそうである。
「無理だな。千里眼で確認しているけど、あの人たちもモンスター相手に苦労している。援軍を要請しても後回しになるだろう」
「千里眼でそこまで見えるの!?」
「姫様だからな、そりゃ注意しているさ」
イレギュラが即座に希望を断ち切った。
世の中そんなに甘くないようである。
「じゃじゃじゃじゃ! じゃあ、どうするの!? 私がお金持ちになって幸せな人生を送る計画はもうとん挫しちゃうの!?」
「ん……いや……」
ルテリアに詰め寄られつつも、イレギュラは気絶している男爵を見た。
彼女を見つめながら、いろいろと考えている様子である。
「とりあえず、一つは作戦を思いついたんだが、ここの男爵様がこの通りだ。この人が目を覚ますまでは、その話はやめておこう。時間さえあれば、他にもアイデアが思いつくかもしれないしな」
「そ、そっか……作戦があるんだね! 大丈夫だって太鼓判を押してくれるんだよね!?」
「少なくとも手詰まりじゃないってことだ。とりあえず男爵様やその側近の方々を、城の中にお運びしようじゃないか」
「それはそうだけど! 先に、計画について教えてもらえないかしら!?」
ルテリアの次は、目を血走らせたメラニィがイレギュラに詰め寄った。
「私は貴方の上官よね? 隊長よね? 派閥の長よね!? それなら貴方の今の考えを聞く権利があるんじゃなくて?」
「それはまあ、もちろん」
「だったら、今すぐ、教えて! まさか計画なんてないとか言わないわよね!?」
「それでは……ごにょごにょ」
メラニィに対して、イレギュラは計画を耳打ちした。
話を聞いていくメラニィは、しばらく顔を明るくしたり、暗くしたりを繰り返して、最後には文句を呑み込んだ顔をした。
「その作戦に無理がないとは言わないわ。でももっと、こう、すごく楽な作戦はないかしら。私を含めて誰も危ない目に合わない、素敵な方法とかがいいわ」
「それは今から考えます。思いつかなかったら今の作戦で」
「なんとか考えてちょうだい。その作戦は、現実味があるけど、だから嫌なの」
メラニィの嫌そうな顔を見て、学徒兵たちも『一応作戦はあるんだな』と安心していた。
特にベルマなど『最悪私とこの男爵二人で突っ込むかも』と思っていたので、豊満な胸をなでおろしていた。
一行は再び動き出し、城壁の外で座り込み、倒れていた者たちを回収して城の中へ入っていったのだった。
※
その日の夜。
イレギュラはクナオルと一緒に、あてがわれた部屋にいた。
コッカース城の中ではなく、城壁の中にある町の、その宿の中である。
防音が効いている部屋の中で、イレギュラは自分の服をクナオルに着せて楽しんでいた。
「萌え袖……はあ、古き良き萌えだぜ」
「私と坊ちゃんに身長差はありませんから、貴方がおっしゃるところの『袖あまり』はありませんよ」
「それでもいいの! 彼ピの服なの!」
「明日までに新しい作戦を考えるという任務はどうなっているのですか」
「全然思いつかないから、もう諦めてる。最初の作戦で行く」
「では坊ちゃんのアビリティはまだ開帳しないと?」
「俺が全面協力して、全ユニットと共同戦線を張るよりも、最初の作戦が一番安パイだ」
黒の泉を壊されると、そこを守っていた大型モンスターは解き放たれたように暴れだす。
バーニエ男爵はそれを恐れているが、基本的には同意見である。
「俺のゴーレムを換装させて袋叩きにすれば、割と高確率でレッサーじゃないドラゴンを倒せるだろう。だが逃げられたら追いかけられないし、かといって瞬殺できるほど圧倒できるとも思えない。上手く行かなくて逃げられてごめんチャイなんて通らないだろ」
「その場合『ごめんなチャイ』ではなく『ごめんなさい』では?」
「そこに突っ込みを入れないでくれ。とにかく、今から俺のアビリティの全貌を明かして信じてもらう手間を加味しなくても、明かさずに作戦を進めた方がいい」
イレギュラはクナオルの体に顔を近づける。
自分とクナオルの体格の差異が濃く出る部位を、嘗め回す様に見つめている。
張っている場所、たわんでいる場所に興奮している様子だった。
「ところで、バーニエ男爵は坊ちゃんのおっしゃるゲームとやらにも登場しているのですか?」
「ああ。今回と同じで、モンスターの大量発生の時に誰も助けに来てくれなくて、兵士や領民と共に孤軍奮闘。最終的に本人は気絶して、領民や部下たちによって城の奥深くに隠された。領民や部下たちは彼女を守るために全滅するまで戦い、彼女が目を覚ました時には死体しかなかった。それで大量発生が収まって『平和』になった世界に絶望して、終末教団に入信し大暴れ。最後には主人公に負けて死んでたよ」
「ずいぶん軽くおっしゃいますね」
「そりゃゲームシナリオの話だからな。俺がここにいる以上、そんなことにはならねえよ。少なくとも俺たちが助けに来ただけでも気持ちは違うだろうしな」
イレギュラは彼女の着ている服に触る。
肉体に触らないよう配慮しつつ、服をつまんで引っ張って遊んでいた。
「出征先でもこんなに変質的な行動をするなんて、見られたらどうするんです?」
「なあに、エリート・アーミーは今もモンスターの間引きを行っている。仕事は自動化されているから、作戦を一つ思いついているだけで十分さ。ところでクナオル……体に触ってもいいかい?」
「くだらないことしか言いませんね、貴方は」
※
翌日の朝。メラニィ派閥はバーニエ男爵の前に集まっていた。
気絶するように眠っていたはずのバーニエ男爵は、一晩明けても疲れ切っている顔をしていた。
おそらく長期間にわたって変身アビリティを多用したため、体に疲労が蓄積しているのだと思われる。
「英雄校の皆さん。よくぞ、救援に来てくださった……正直昨日のことは夢かと思っていたが、本当のことで安心した」
「お疲れのところ、我らに時間を割いてくださりありがとうございます」
「避難の遅れていた領民や兵士を救ってくださったのだ。本来なら歓待するところだが、その余裕もない。時間を割くだけで済ませることが申し訳ないほどだ」
代表して話しているのはやはりメラニィであった。
彼女は『一晩考えたけど、最初の一つしか思いつかなかったっス』とほざいたイレギュラを凝視している。
だがそれも振り切り、バーニエ男爵に作戦の提案をした。
「バーニエ男爵。我ら学徒兵も、貴方の作戦に同意します。変身系アビリティ所持者か、それと同等の戦力を持つ者がいなければ、レッサーじゃないドラゴンと戦うべきではありません」
「うむ、君たちもそう思うか……私としては、現在の兵力でも事態を解決できる、素敵なアイデアがあればいいと願っていたのだが……」
「それは私も同じです。ですが……失敗すれば領民が大勢死にます。他の領地にも被害が及ぶかもしれません。それを想えば、できるだけ成功率が高い作戦を選ぶべきかと」
「ああ、そうだ。全く正しい。それで具体的な作戦があるということかな?」
イレギュラの作戦を聞いているのは、クナオルとメラニィだけである。
この城の兵士たちも、メラニィ派閥の者たちも、これから話を聞くところであった。
「まず、我ら学徒兵の戦力を二分します。具体的には、ベルマ、アメル。この二人とその従者をこの城に残します」
「私と同じアビリティを持つベルマ殿と、回復アビリティをもつアメル殿か。残っていただけるのはありがたい。それで他の者は?」
「テリァ領へ救援に向かい、その地の黒の泉を破壊し、事態を収拾。そのあとでピット・テリァ男爵と共にこの地へ戻ってきます」
ベルマやバーニエと同じアビリティを持つという、ピット・テリァ男爵。
彼女もまた黒の泉によって領地を荒らされ、救援を必要としていた。
その彼女を助けに行き、テリァ領を救ってから一緒にレッサーじゃないドラゴンと戦う。
なるほど、無理のない作戦である。
その上バーニエ男爵の作戦通りでもある。
地味で時間がかかるともいうが、当てもなく覚醒を待つか、ひたすら消耗戦に耐えるよりはマシであった。
「……なるほど、貴殿は私よりも優秀なようだ。その作戦は、本来なら私から提案するべきだったな」
「何をおっしゃいます。連日必死で戦った男爵は、昨日もお疲れでした。頭が回らないのも当然でしょう」
「申し訳ない。しかし、それほどの戦力を残して行って、隣の領地を救うなどできるのか?」
ベルマという安定したエースアタッカー。
アメルという回復役。
どちらもこの城に必要な人材であるが、置いていくとなるとメラニィ派閥の戦力は激減するだろう。
「それはそうなんです。できれば私も連れて行きたいです」
「ああ、いや、そのなんだ。失言だった。ぜひ置いていってくれ」
メラニィもそんなことはわかっているので、この作戦を請け負いたくなかったのだ。
それでも確実性を追求するとなれば、これ以上の作戦はなかった。
彼女の言葉を聞いて、メラニィ派閥の者たちは苦笑いをしていた。
結構頼りにしていた仲間が離脱するイベントをリアルで体験するとなれば、そんな気持ちにもなるだろう。
一方でベルマとアメルはそこまで気にしていなかった。
なにせ城の中にいるし、侍従も一緒。他の領地を救いに行く仲間よりは楽そうであった。
その二人の安堵を読み取って、イレギュラは先に真実を語ろうとする。
「ベルマ様。貴方は我らの中で一番の戦士です。どうか奮戦し、男爵の負担を軽くしてあげてください」
「ああ、貴殿のためにも頑張ると約束しよう」
「アメル様。貴方の回復魔法を必要とする人がこの城にたくさんいます。どうか頑張って」
「もちろんです! 姫様に誓って、一所懸命に頑張ります!」
「そうかそうか……この領主様のように頑張ってください!」
イレギュラから言われた二人は、あらためてバーニエ・コッカース男爵を見る。
ものすごく疲れており、椅子に座ることもままならない女傑。
まさに領主、まさに貴族、まさに武人の鑑であった。
「君たちは人権キャラだ。過労死寸前まで頑張ってくれ!」
「イレギュラ殿……早く、早く戻ってきてくれ!」
「ジンケンとカロウシってどういう意味ですか!? ねえ、どういう意味!?」
必死になる『有能』二人を見て、他のメラニィ派閥は少しだけ残らなくてよかったと思うのであった。




