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安全設計の証明

 メラニィ派閥を率いているのは、メラニィ・ルコードである。

 実質的な指導者はイレギュラではあるが、彼自身も『俺がトップだと誰もついてこない』と言っているように、メラニィがトップだからこそ派閥が成立していると言える。

 メラニィ自身も『面倒なこと』は誰かにやってほしいと思っているのだが、名目上のトップに関してはむしろ誰にも譲りたくなかった(酷い話である)。


 その彼女に、伯爵令息アメル・カンカールが声をかけた。


「あの、メラニィ様……貴方はこの派閥の代表として、先生からこの出征の指示をされたんですよね? それなら姫様ともご一緒されましたか?」

「え、ええ……」


 メラニィよりも背が低いアメルから声をかけられた彼女は、顔を引きつらせながら当時のことを思い出した。


「姫様からは釘を刺されたの。『以前の君は良くなかった。だが今の君はとても頑張っている。偉そうなことを言うつもりはないが、一緒に頑張ろうね』ですって」

「そ、そうですか……やっぱり真面目な方なんですね」

「貴方は姫様と面識があったの?」

「面識があるなんて、そんなことはありません。姫様は僕のことを覚えてもいないかと……」


 行軍しているメラニィ派閥のなかで話始めた二人。

 イレギュラはその話に聞き耳を立てていた。


「ほら、あの……ゴブリンが大量発生した日です」

「いきなり思い出したくないワードが出てきたわね。でももう平気よ、お父様やお母様から褒めてもらっているから、そのダメージは癒えているわ。でもそれはそれとしてムカつくから、そのワードは出さないでね」

「すみません。それで、その時、姫様は僕たちを助けてくれたんですが、とても怒っていました」


(怒られた? 確かゲームだと、大丈夫かいとか、もう平気だよとか、そういう会話だったと思うんだが)


「『君たちはそんなに立派な装備をしているのに、なぜゴブリンの群れに負けたんだい』とか『ほとんどの生徒はゴブリンの群れに勝っていたよ』とか……」


(そうか! ゲーム内では多くの生徒が死ぬ災害、事故扱いだったのに、ほとんどの生徒が死んでないから『こいつらがサボっていただけだ』になっちゃったのか……じゃあしょうがないな!)


「僕は同じ伯爵家の友達がやっているからと、課題を侍従に任せてしまっていました……自分が恥ずかしかったです」

「貴方は回復魔法しかないのだから、頑張っていても結局ゴブリンには何もできなかったんじゃ?」

「それでも、悪い友達と縁を切らなかったのは僕です。両親から友達は選べと言われていたのに……」


(友達は選べがこんなに正しいことってあるんだなあ……)


 そのように考えているイレギュラの脳内に、突如として情報が入ってきた。


 偵察ドローンの一機が、彼に戦闘の状況を伝えてきたのである。


(これは俺の周囲を警戒させているドローンじゃないな。姫様サイドか……結構な数のモンスターと戦ってるが、仲間だけじゃなくて他の生徒も戦ってるな。感心感心……!? 今度はこっちか!)


 せわしないことに、イレギュラの脳に新しく映像が入ってきた。

 自分たちの進行方向で、モンスターの群れが人を襲っている。


(トロールが……1、2、3、4……5体! ゴブリンは、えっと、何十体とかだな! 襲われているのは、兵士と民間人か……兵士、ちゃんと兵士なのに、偉い疲れているな……これは、介入しないとヤバい!)


 イレギュラは情報を咀嚼すると、まるで悲鳴を上げるように叫んだ。


「わあああああああ! し、進行方向で人が、人がモンスターに襲われている~~!」


 索敵アビリティを持っていると知られているイレギュラの絶叫を聞いて、派閥の人間全員の視線がイレギュラに集中する。


(今だ! 行け! 人命救助とモンスター退治だ!)


 その瞬間だった。

 派閥の者に見られない距離で待機させていたエリート・アーミーたちが道に現れ、無言で道を走っていく。


 エリート・アーミーたちと派閥の寄りは同じデザインだ。そのためイレギュラの絶叫で慌てた者たちからすれば、学徒兵が暴走したとしか思うまい。


(これぞ忍法『十一人以上いる!』……忍法もくそもないがな!)


「ちょ、ちょっと待ちなさい! 私の指示を……ああ、行っちゃったわ」


「ねえ、イレギュラさん! 行く先にモンスターがいるってどういうこと!?」


 隣にいたルテリアがイレギュラに問う。

 他の者たちも、先に向かった仲間を心配しつつイレギュラの返答を待っていた。


「トロールが5体、それからゴブリンが何十体もいる。兵士が人々を護送しているようなんだが、押され気味みたいだ」


 もしもこれが推理小説なら、探偵が『妙だな、いきなり冷静になったぞ』と不審に思うほど冷静に返答していた。


「と、と、トロール()5体!? トロールの群れ!? どうなってるのよ! あの森でもトロールは1体だけだったのに! せ、先行した子を戻す……で、でも……あれ、えっと……イレギュラ!」


 誰もがイレギュラの言葉を真実だと受け止めてパニックに陥る。

 指揮官であるメラニィは、イレギュラにどうすればいいのか問う。


「どうするの!?」


 イレギュラは不敵に笑った。


「俺が驚かせるような発言をしたので仕方ないですが、そんなに気にすることはないですよ。メラニィ様、俺はこういう時なんて言ってます?」

「準備があれば、勇気はいらない……」

「そのとおりです」


 メラニィは少し落ち着いた。

 イレギュラはここでベルマに話を振る。


「ベルマ様。もしもあなたが一人で、トロールが5体とゴブリンが何十体もいるモンスターの群れに遭遇したとしましょう。どうしますか?」

「……絶対に勝てないとは言えないが、今の私なら逃げる」

「ではあなたのメイドが助けを求めていれば?」

「命懸けで戦う。私がどうなっても、必ず救って見せる」

「すばらしい。それでは、この場の学徒兵を率いているのなら?」

「貴殿という索敵係、メラニィ様という雑魚散らし係、アメルという回復役、そして他の仲間がいる状況か?」


 ベルマは平熱を取り戻して答える。


「命を懸けるまでもない。必ず勝てる」


「そういうことですよ、メラニィ様」


 イレギュラはメラニィに返事をしたが、全員に聞こえるように大きな声を出した。


「貴方は派閥の者に武器や防具を与え、一緒にモンスターと戦って共に強くなりました。私たちはすでに準備をしているんです。この先に待つモンスターの群れに勝てます。無策で突っ込んでも普通に勝てます。これで勇気が必要ですか?」

「必要ないわね」

「その通りです。貴方がするべきことは……侍従の者にはここで荷物を積んだ馬車を守るように指示を出し、学徒兵を率いて前進すること。それだけで勝てます。知恵も勇気も友情も幸運も、欺瞞も打算すらも必要ない。だって強いんですから」

「そうね……!」


 今までにない編成だったので驚いたが、それだけのことだ。

 メラニィは自信を取り戻し、その場の全員に号令をかける。


「みんな! 先行した仲間に合流して、先に待つモンスターの群れを倒すわよ!」


 生徒たちは号令に応えて叫ぶ。

 侍従たちはその姿を頼もしく思いながら、歩みを止めていた。


「一人では勝てなくても、全員でかかれば必ず勝てる! 私に続きなさい!」


 受け売りの言葉だった。修飾語もなかった。

 それでも、十分な勝算があるというだけで士気は高まる。

 学徒兵たちは雄たけびを上げて前進する。



 未曽有の事態であった。

 天下泰平の世が続いていたのだが、突如としてモンスターが国中にあふれかえるようになった。


 各領主は領民を己の城に避難させようと、各地に兵を派遣していた。


 この地の領主も同様であり、兵士たちは必死に働いていた。


 だが天下泰平の世では兵士の数と質はどうしても下がっていた。

 一体ずつなら倒せても、数で押されるとどうしようもない。


 現在も多くのトロールに追跡されつつ、ゴブリンたちに包囲され足止めされていた。


 十人以上の民間人を、たった数人の兵士が守ろうと奮戦している。

 しかし連日の疲れで、包囲を破ることも叶わない。


 もはやこれまでか。


「領主様、申し訳ありません……!」


 諦めから領主に謝罪した、その時であった。


 道化のようなデザインの鎧を着た十人の兵士たちが、一切声を発さずに駆けてくる。


 命が惜しくないのか、という勢いでゴブリンの群れに突貫すると、あっという間に半分以上を蹴散らしていた。


「な、何者だ!? 援軍なのか!?」


 道化の兵士たちは答えない。

 華美な鎧に反して、寡黙に戦い続ける。


 無力な民だけではなく、疲弊した兵士たちすらも守る対象だと言わんばかりに、防御のラインを構築していた。


「隊長、我らも助力を……彼らだけに戦わせるわけにはいきません!」

「それは違うぞ。包囲を破ってくれたのだ、我らは領民と共に退くべきだ! 大型モンスターがいるんだぞ!」


 希望を見出した兵士を隊長が叱責する。

 確かに活路は切り開かれたが、追いかけてくるトロール相手には戦力が足りない。


 彼らには申し訳ないが、今は必死で進まなければならない。


「さあ、みな! 活路が開かれた! なんとか逃げるのだ! 彼らが時間を稼いでいるうちに!」


 疲れた体を奮い立たせて、震える脚で逃げ出そうとしていた。

 その時、背後で轟音がする。


 とっさに振り向いてみれば、救援に来てくれた兵士が悲鳴を上げることもなく吹き飛んでいた。

 トロールの攻撃を盾で受けていたが、踏ん張ることもできず吹き飛ばされて、木にぶつかっていた。


 思わず、兵も領民も声を上げそうになった。


 それでも道化の兵士たちはひるまない。

 仲間が吹き飛ばされてなお、残る九人の兵士たちは果敢にトロールたちへ攻撃を仕掛けた。

 ふっとんでいた一人の兵士も、動きを鈍らせながら前進している。


 無言にして、決死の遅滞戦闘であった。


 あれだけ強くなるのに、どれだけ時間がかかっただろう。

 彼らにも誇りがあるはずなのに、名乗ることもなく、ただ通りがかっただけの自分たちのために戦っている。


 感謝を禁じ得ない。

 それでも逃げるしかない。逃げ切れるか怪しい。


 おもわず、全員涙がこぼれそうになった。

 なんと自分たちはみじめなのだ。


 這う這うの体で逃げる彼らは、足止めしてくれている兵士に報いれないことに泣いていた。


 そんな彼らの耳に、新しい軍靴の音が聴こえてくる。


「離れなさい! まとめて吹き飛ばすわ!」


 道化の兵士たちはトロールの群れから離れ、遠距離から魔法攻撃が放たれた。

 巨大な五体のトロールをまとめて吹き飛ばす、広範囲の魔法攻撃。


 直撃を受けていないとはいえ、領民たちや兵士たちを地面に倒してしまうほどの威力があった。


「すごい、これは二つのアビリティ持ちですよ!」

「ああ、そうだろう。だが……」


 精悍なる二十人以上の学徒兵たち。

 やはり道化の鎧を着ている彼らは、領民と兵を守るように立っていた。


 頼もしいはずだった。

 だがそれでも、先ほど遅滞戦闘をしていた兵士たちの姿がよぎる。


「大型モンスターを正面から倒すには、圧倒的な殺傷能力が必要なんだ……!」


「そうだな。それがあるからここに来た」


 ベルマが魔人へ変身しながら前に出る。

 呪いの毒を滴らせながら煙を立たせる禍々しい姿だったが、それでも、今度こそ、隊長たちを安心させた。


「変身アビリティ……!」


 高レベルで二つアビリティを持つ戦士が、多くの兵士を連れている。


 勝てる編成であると確信し、安堵から腰を抜かした。


「ベルマ! この人たちを守ることは仲間に任せて! 私が援護するから、一気に勝負をかけるのよ!」

「ああ、わかった!」


 メラニィの広範囲、遠距離魔法が再びトロールたちに直撃する。

 威力がさほどでもないため、骨を断つどころか皮すら吹き飛ばすこともできない。

 それでも鈍いトロールの動きを止めるには十分であった。


「ここだ!」


 致死の呪いがこもった爪が、トロールたちを切り裂いていく。

 先ほどの道化の兵士や、メラニィが攻撃してもひるまなかったトロールが、情けなくも悲鳴を上げていた。


「ほう、まだ息があるか。その上私を警戒し、距離を取っているな? たしかに私はお前たちより強いが……私だけに注目するのは悪手だぞ?」


 ベルマを警戒して注目するトロールたちだが、その内一体の背後に道化の兵士……学徒兵の女子が回り込んでいた。


「無駄だああああ!」


 男爵令嬢、レオナ・ベルガー。

 アビリティは大威力魔法。


 射程は短く範囲も狭い。接近しなければ当てることができない。

 自分が打たれ弱いためリスクを負うが、威力だけならばメラニィ派閥でも随一である。


 彼女の一撃が当たったトロールは、胴体を大きく吹き飛ばされて即死した。


「よくやった」


 彼女を主体に大型モンスターと戦えば事故は免れないだろうが、ベルマがいれば『恐るべき伏兵』として機能する。

 ベルマが注目を集めたところで、レオナが背後から刺す。そしてその仲間たちはレオナに注目してしまい……。


 完全にフリーとなったベルマの追撃が、残っていたトロールたちにとどめを浴びせていた。

 

「……余裕の、勝利ね!」


 本当にたやすい戦いだった。

 ある意味拍子抜けするほどたやすい戦いであったが、メラニィは非常に強い達成感を得ていた。


「ええ。貴方の派閥は強いのですよ」


 イレギュラは軽く指を鳴らし、隠れていたエリート・アーミーたちを消す。


(これでもう、俺の人形兵士に気付く者はいないな……狙い通りだぜ)


 彼もまた、準備が上手く行ったことに浸るのであった。

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― 新着の感想 ―
鼓舞するのが上手いですね!
余りにもあさっての方向にすっ飛んだ苦労が予想されるオチ。
ありがてぇありがてぇ かつての所長と副隊長を連想するコンビが尊すぎる
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