道化っぽい雑兵っぽい道化
英雄校の生徒たちが、学徒兵として各地へ派遣されることが決定してから一週間後。
いよいよ出立の時が来た。
各生徒たちは長期遠征の準備をしており、イレギュラもその例に漏れない。
さすがのイレギュラも、今回ばかりはクナオルに男装をさせていなかった。
「さて……何度も説明したように、俺が一番恐れているのは『主人公が死ぬ』だ。他の誰が死んでも、彼女さえ生きていれば挽回は利く。逆に彼女が死んだら担保がなくなる! よって、極論だが彼女の防御にコストを全振りするという戦略も正しい」
「ではそうなさるのですか。ルテリア様も含めて『養殖された仲間』は見捨てる方向で?」
「そういう方向で動く段階じゃないだろ。確かに優先度で言ったら……君>実家の領地>主人公>主人公の仲間>仲間だが……」
「仲間の優先度が低すぎて笑えますね。それはもう仲間でも何でもないのでは?」
「俺の仲間だって同じようなもんだろ! まず愛する人がいて、実家もその次ぐらいの位置で、皇帝の娘には死んでほしくなくて、皇帝の娘の仲間だって死んだら嫌で……最後に俺だな」
「素晴らしい仲間ですね」
「『自分が友達に望んでいる通りに、友達には振る舞わねばならぬ』つまり俺の仲間たちと俺は互いに優先度が同じなわけだな」
「お似合いの仲間ですね」
「逆に考えろよ! 俺のことをめちゃくちゃ上位に置いている仲間とか怖いだろ!?」
イレギュラが最も恐れていることは、フレイヤーが死ぬことである。
幸い彼女はとても強い。全力で接待しなければ死ぬ、ということはない。
とはいえこの状況では、ある程度の『保険』が必要だと考えていた。
「とにかく、主人公にも少しだが戦力は送る……出ろ、人形兵士レベル3! エリート・アーミー!」
イレギュラの足元から影が広がり、煮立ち始める。
「なかなか出てきませんね」
「仕方ないだろ! エリート・アーミーは出すのに40秒はかかるんだ!」
「戦闘では致命的ですね」
「そうだ。だが戦闘前に40秒で戦力が用意できると思えば破格の能力だろう? それにコストは4。最大で10……12体は出せる!」
「まいど思うのですが、もう少し暗算を鍛えた方がいいのでは?」
「できてるからいいの!」
イレギュラの陰から現れたのは、おもちゃの兵隊が着ているような鎧を装備しているデッサン人形であった。
デザインはともかく、鎧を着ているので強く見える。
「とにかく、コイツ一体でも結構な強さだ。トイ・アーミーの十倍近い強さを持っているうえで、寝ることも休むことも不要という強みは残しているからな。そのうえで……」
エリート・アーミーを一体出した後も、イレギュラの影は広がったままだった。
影は立体的に噴出し、すでに立ち上がっていたエリート・アーミーの体を覆っていく。
「コストを更に1追加……カスタマイズ、偽装。ダミー・エリート・アーミー!」
影の沸騰が終わった時、エリート・アーミーの姿はなく、どこにでもいる一般人の服装をしている一般人が立っていた。
男性とも女性ともつかない『モブ』がそこにいた。
「俺のユニット生成能力は、歩行、飛行、設置の三種類のユニットを! レベル1、2、3の三段階で生み出すことができる! 加えてコストを1追加することで、ユニットに特殊能力を付与することが可能! トイ・アーミーに偽装を施せば一般人と変わらない姿にできる!」
「いつも思いますが、犯罪に便利ですね」
「そうなの! 俺の能力めちゃくちゃ便利すぎて『あの事件の犯人はお前だったのか』って疑われそうで怖いの! 疑わしきは罰せずなんてこの国にないし! とはいえ、便利な能力と危険な能力は表裏一体!」
イレギュラのユニット生成はコスト上限が存在する一方で、ユニットの自立思考能力は極めて高い。
彼の指示が多少曖昧であっても、指示通りに動くことが可能であった。
「一つ! お前は主人公に見つからないように追跡し、その身を守れ! 二つ! もしも発見された場合は、主人公に従え! 三つ! 主人公が死にそうになったら、命令に反してでも主人公を救え! 四つ! 自分自身のカスタマイズ機能はお前に預ける。臨機応変に追加武装を換装して、主人公とその仲間に助力しろ!」
「臨機応変は命令ではないような気がします」
「他の指示はけっこう具体的だっただろ!」
静々とダミー・エリート・アーミーは動き出す。
ゆっくりとドアを開けて、そのまま去っていった。
「これで俺の残りコストは45……いや、後で偵察ドローンを送るから44だな。これをやりくりして、任務を達成に導く。仲間を死なせない、被害も抑える、俺の能力もばれないようにする! これは主人公の命を守ることの次に大事なことだよ!」
「……ところで、聞きたいことがあるのですが」
「お、どうやって味方にばれないように立ち回るか、だな? それについては……」
「そうではなく」
クナオルは少し怖い顔をしていた。
「坊ちゃんは仲間(笑)にこう言ったそうですね。各地で有力者にコネを作れば、卒業後には豪商の娘と結婚できるぞ、と」
「ああ、保証はしていないがそうは言った。今回のモンスター大発生が俺の原作知識と違って一過性ならそうなるだろ。俺にとっても誰にとってもいい結果だ」
「坊ちゃんご自身は入り婿になる気で?」
なかなか迫力のある質問であった。
「そうだな……正直に言うと、入り婿って窮屈そうで嫌。その経緯次第じゃ悪い待遇じゃないだろうが、主導権は『嫁の家』のままだ。かといって乗っ取るのは悪人みたいでもっとイヤ」
「まあそうですね」
「だから俺個人としては、メラニィ様の配下に収まるのが理想だな。かなりいい待遇が約束されるだろうし、お前を供にしつついい暮らしもできるさ」
「さようで」
少し機嫌を直したクナオルは、怒っていた顔を見せないように背中を向ける。
「安心したみたいだな。俺が入り婿になるのは嫌だったのか?」
「いいえ、それもありでしょう。ですが……入り婿の場合、私的な女を抱えるのはムリですからね。坊ちゃんが望んだとしても、私を連れていくことはできないでしょう」
「そうだな。だから俺は、君と一緒にいられる道かどうかで決めているよ」
イレギュラはそんな彼女の腰に手を回し、後ろから抱きしめていた。
※
現在英雄校には、メラニィ派閥が存在している。
公爵令嬢メラニィ・ルコードを旗印とする、コスパ、タイパ重視で急速に力をつけつつある集団だ。
彼らの基本的な共通点は『入学前は頑張っていなかったが、入学後に強くなった』という点だろう。
これが入学前に入念な準備をしていた組、特に子爵、男爵側から顰蹙を買っていた。
落ちこぼれていた面々を見て『ああ頑張ってよかった』と前向きに悦に浸っていたのに、いきなり強くなって自分たちを追い越していったのだからたまらない。
しかも公爵令嬢の財力を使っていい武器まで用意して、そこからさらに加速しながら力をつけていった。
面白く思わない者が大勢いるのも当然だろう。
とはいえ、表立って強く攻撃するには、公爵令嬢の存在が大きすぎた。
家督を継いでいないとはいえ、公爵令嬢である。
彼女に対して暴言を吐けば、家を巻き込んでの大騒動になる。
だからこそ彼らはそれに対抗できる神輿として、フレイヤーを頼ったのだが……。
彼女はあいにくと『公平』な女性だった。
『君たちの不満はわかるが、それは憎むほどではないし、対立するほどではないだろう』
『効率よく、安全に、できるだけ早く、強くなる。その姿勢に文句を言うのは間違っているはずだ』
『彼らのやり方が気に入らないのなら、自分たちのやり方で彼らよりいい成果を上げるべきだ』
正論過ぎて返す言葉もなかった。
メラニィが当初やっていたように他者から搾取をするとか、すでに退学した者たちのように侍従をこき使っているとか、そういう不正が今も続いていたのなら彼女も動いてくれただろう。
だが現在のメラニィ派閥は、あくまでも効率的に強くなっているだけだ。
不正のたぐい……少なくとも周囲の誰かを陥れているわけではない。
憎むほど、対立するほどの罪は犯していない。そう言われては返す言葉もなかった。
返す言葉がないというよりは、この場合の返す言葉がものすごく醜いからだ。
『それでも俺たちは気に入らないんですよ! アイツらも俺たちみたいに、効率が悪くて、危険で、時間をかけて、イヤな思いをすればいいんです!』
これを皇帝の娘に言う度胸はなかった。
もしも一致団結してこの不満をぶつけようものなら、むしろ自分たちがフレイヤーの怒りに触れかねない。
それこそ、我慢するしかなかった。
※
そのように不満を抱えていた生徒たちだが、いざ学徒兵として出征する際にはフレイヤーの部隊に迎えられていた。
端的に言えばメラニィ派閥とそれ以外で分けられているのだが、それでも悪い気はしなかった。
「そろそろ奴らは出陣するらしいぞ、いっちょう見に行ってやろうぜ。さぞ心細そうな顔をしているに違いない!」
「ああ、全くだ。こっちには姫様をはじめとして、複数のアビリティを持つ天才がたくさんいる! あっちには二人しかいないんだろ? どっちが活躍するかは火を見るより明らかだ!」
「その理屈だと、我ら凡人は活躍できない、天才頼りということだな」
「うっ……」
「凡人、雑兵の差だって歴然としているぜ。なにせあいつらは挫折も失敗も、そこからの再起も知らない! いくら強さが同じだからって、いざ本番でピンチになった時、俺たちと同じように実力を発揮できると思うか!?」
「そうだな。奴らも努力はしているだろうが、我らの方が努力をしている。どちらの質が高いのか、思い知らせてやろう。平和的に、軍功の差でな」
幾度となく苦難を乗り越えてきた彼らは、失敗こそ糧だと知っている。
勇気よりも準備だと語るイレギュラの一派に対して、失敗の糧を勇気で背負ってきた己たちの武勇を見せると決めていた。
だからこそ、気概をもってメラニィ一派の出征を見送ろうとしていた。
そのようなテンションも、彼らの姿を見たときに緩んでいた。
メラニィとベルマは別だが、他の学徒兵たち全員が『おもちゃの兵士の鎧』のようなデザインの鎧を着ていたのである。
機能性が高いとは思えない、とにかく目立つ奇抜な『衣装』。これで実戦に向かうというのは、今までのメラニィ一派の行動とも大きく異なるように思われた。
「大丈夫なのか、あいつら……」
おそらくメラニィの財力で仕立てたのだろうが、だとしてもおかしい。
敵対心を燃やしていた面々ですら心配になるほど、実戦的と思えない集団が出発していた。
ぶっちゃけ、まず恥ずかしい格好だったのだ。
「ねえ……ねえ! みんな、すごい顔で見てるよ!? イレギュラさん! これ、本当にコレ、コレで戦うの!?」
「ああ! メラニィ派閥はコレで戦うのさ!」
「なぜに自信満々なんですか!? だって、コレだよ!?」
「俺を信じてくれ!」
「信じる要素、どこ!? なにかこう、すごい効果があるの!?」
「この鎧の素材がどんなもんか知らないけど、デザインが大事なんだ!」
「なぜ!? 一番どうでもいい、後回しにするところだよね!?」
イレギュラに対して小声で激しく怒鳴る、ということをしていたのがルテリアであった。
毎度のことながら、イレギュラはとても自信満々で『珍奇な鎧』を着ている。というかもうすでに着こなしている。
彼は軍師を気取っているが、どっちかというと道化気質なので、彼専用であるかのように似合っていた。
なのでいろいろな意味で、彼に『こんな鎧は嫌だよね!?』と言うのは不毛だった。
「はあ……メラニィ様やベルマ様はいいなあ。こんな変な鎧じゃないんだもん……」
「何を言う。あの二人はしっかりと顔が見えているだろう? むしろ恥ずかしがっているのはあの二人だ!」
「じゃあ止めようよ!」
イレギュラの言う通りだった。
地位的に隊長、副官である二人はそれぞれ普通の武装をしているのだが、かえって目立っている。
珍奇な鎧を着ている集団が、彼女ら二人の趣味かの様だった。
(どうしてこうなったのよ……! イレギュラのバカ! いろんな意味でバカ!)
(もしかして私はまだまだ恥辱に耐えなければならないのか?)
二人の少女は顔を真っ赤にして出征する。
その表情は、これから実戦に向かうという緊張を感じ取れない。
だがそれは、コレからくる苦難が軽いというわけではないのだ。
(ククク……エリート・アーミーのデザインは、コストを払わないと変更できない。それなら味方の鎧を寄せればいい! 顔も見えにくくなっているし、コレで味方にエリート・アーミーを混ぜてもバレない……完璧なプランだぜ!)
その苦難を乗り越えられるかは、この男の頭脳(笑)にかかっていた。
主人公とそのメイン仲間がいないので、彼より優秀な人材がいないのであった。




