恐るべき間抜け
連載を再開します。
一日一投稿を目指します。
フレイヤー・ウルフドッグ。
姫様と呼ばれている皇帝の娘であり、継承権は第二位と非常に高い。
この英雄校でもトップの格を持ち、それゆえに貴族のトップである公爵家の出身者でも声をかけにくい相手である。
周囲からすれば彼女の仲間になるには、高い地位にいるうえで天才でなければならない、というハードルがあるように見えた。
一方で彼女自身はそこまで『お高い女』ではない。
彼女なりに『ハードル』は設けているが、世間一般の認識まで高いわけではない。
とはいえ彼女も周囲からどう思われているか、どういう立場なのか知っているので積極的に否定することはなかった。
そのような彼女の友人たちは、現在彼女の私室に集まっている。
当然ながら他の貴族の部屋とは格式から異なっており、調度品や部屋の広さ、部屋の場所から何から格が違っている。
その部屋で挙げられている議題はそこまで楽しいものではなかった。
「最近アタシに『姫様の派閥に入れてほしい』って言ってくる子が多いのよねえ。本人は真剣なつもりなんでしょうけど、浅いというか、細いというか……不安なんでしょうねえ。太くて重いアタシにはわからない理屈だわ」
小柄なパワーファイター、侯爵令嬢ワワ・スムール。
姫様の仲間の中では相対的に地位の低い彼女のもとに、『姫様派閥』に入りたいという希望者が多く訪れていたらしい。
フレイヤーは派閥なるものを作る気がないため、勝手に希望者が集まってきているのが実情であった。
それ自体は不自然ではないが、なぜ『今』なのかは不思議なところである。
一斉に始まったのだから、それなりの理由があるのだろう。
「ふ……メラニィ・ルコードを中心とする派閥が形成されていることが原因でしょうね。彼女やその仲間が気に入らない子たちは、対抗する組織を求めているのよ。とはいえ、オレはあの派閥と敵対したいわけじゃないから、そういう理屈で派閥を作ることに反対ね」
マルデル・ウルフドッグは少し嬉しそうに『派閥』について語った。
どうやら彼女は『派閥』に思うところがあるようである。
「キミは彼らが好きなのか? ボクは『彼』のような人物を嫌いかと思っていたんだが……」
「最初はそうでしたわ。でも彼は『準備』を重んじていて、実際に結果を出している。学校に入る前から準備をしていた子たちからすれば追い抜かされることに不満があるんでしょうけど、オレは『より優れた準備』をしている子を嫌いにはなれませんわ」
フレイヤーは『派閥』の中心人物を『彼』と呼んだ。
それはメラニィ・ルコードの組織の真の中心人物が彼女ではないと知っているからであった。
それを含めて、マルデルは派閥を褒めていた。
いい武器を買う、仲間の人数を揃えておく、効率よく鍛えていく。
泥臭さのない、賢しい行動だ。
これを嫌う者もいるだろうと認めたうえで、彼女は褒めていた。
最善を尽くした結果周囲よりもいい成果を上げているのだから、優れているという認識である。
「そうか……ではコーはどう思う?」
「好感度の順番で言えば、オイラのお仲間、姫様と仲間、アイツの派閥、姫様の仲間になりたいって言ってる奴らの順ですね。でもまあ全員嫌いじゃないですよ」
侯爵家の養子であるコーは、同じような境遇の生徒たちのリーダー的存在であり、すでに派閥の長という位置にいる。
そして彼の派閥は一番結束が強いと言えるだろう。それに異論を言うものはいなかった。
「オイラが嫌いなのは何もしない奴です。この間退学していった連中はマジで嫌いでしたね。アイツらは成人しているくせに『かわいい奴ら』でした。いなくなって清々しましたよ」
コーの『かわいい』という言葉には、二つの意味がある。
乳幼児に対しては普通にかわいいと褒めているが、十四歳以上で成人している者に対してのかわいいという言葉には『大人のくせに子供並に無力で甘えててイラつく』という意味が込められている。
「お姫様としては必死で泥臭く頑張っている奴の方が好みなんでしょうけど、それは好みでしょ? 嫌いになるのはかわいそうですよ」
「……嫌いになるのはかわいそうか。確かにそうだね。ボクが彼らへ『もっと泥臭く頑張れ』なんて言うのはハラスメント以外の何物でもないか……」
コーの指摘によって、自分が彼やその仲間を嫌いになりかけていたことに気づいたフレイヤー。
情報を操り優位に立ち回っていることへ不快感を覚えていたが、強くなるために最善を尽くしていると言われればその通りだった。
「姫様の御心が広く落ち着いたみたいで何よりだわ。それにあの浅くてうっとうしかったベルマがまともになっていたし……アイツの振る舞いは周囲を落ち着かせる効果でもあるのかしらね」
「ベルマ・マードン。彼女も派閥に入っていましたわね。オレも彼女が入ったことだけはびっくりしましたわ。話を聞きに行ったら、憑き物が落ちたみたいにとてもまともになってもっと驚きましたわ」
「……ああ、そうだった。彼女は正道に戻っていたが、それはボクには到底無理なことだった。ボクはそういういいところも見ていなかったんだね」
ベルマ・マードンは彼を嫌っていたが、それ以上に危うい精神状態であった。
この英雄校には家督を継いでいない者が集まっているわけだが、彼女はその中でも一番悪い、家督を継ぐ候補にも入っていなかった者である。
もちろんベルマと同じ事情の者は他にもいるが、彼女は同じ理由で家督を継いでいない者の中でも最も思い詰めていた。
それが解消されているのだから、彼はすごいのだろう。
なお、実際は彼ではなく彼の侍女が解決した模様。
「それで、ボクの派閥に入りたいという生徒たちにはどうすればいいと思う? ボクは対等な友人が欲しいから、担ぎ上げて対立させたい人と仲よくしたくないんだ」
「そういう軽い奴らはアタシも嫌いよ。でもしつこそうよねえ……」
「オレはむしろ一度集めて、しっかり説教するべきだと思うわ。対立したいなら自分でやってほしいもの」
「オイラはノータッチで。いろんな意味で、オイラの仲間とかかわらせたくねえ」
「ふむ……マルデルの言うことはもっともだ。一度ちゃんと話した方がいいだろうね」
意見を交わしたフレイヤーは、自分の意思を皆に示すべきだと結論付けていた。
それがどのような結果になるかわからないが、傘下に入ろうとしている者たちの願いとは異なっていることだけは確実であった。
とはいえ彼らの願いが叶っていた場合が、いい結果になっていたとも限らないのだが。
※
ベルマ・マードンは自室にて、家族に手紙を書いていた。
書いている内容が『恥ずかしい』ものであったため、彼女は時折もだえながら手を止めている。
彼女のメイドであるヒンシハとベルンシアは、心配そうに彼女を見ていた。
「お嬢様、どなたに送る手紙を書いていらっしゃるのですか? まさか、あのイレギュラ様かクナオル殿に?」
「口で言えないことを、手紙で伝えるおつもりですか」
「いいや、実家宛だ。兄と父に送るつもりだ」
ものすごく嫌なことでも貫こうとする姿勢は、彼女の成長と、成長が不十分であることの両方を感じさせる。
自らの退路を断つべく、ヒンシハとベルンシアに内容とその意義を伝えていた。
「私は父と兄に『家督の候補に入れてくれなかったこと』について文句を言うつもりだ」
「お嬢様が出世して、見返してからするつもりだったのでは」
「自分を選んだことを後悔させてみせると意気込んでいたではありませんか」
「……この前の痴態で悟った。私は領主の器ではなかった。父が私を領主に選んでいればそれこそ後悔していただろう。だがそれを踏まえたうえで、自分の気持ちを伝えたいのだ」
メイド二人と一緒に死にかけたとき、彼女は自分の人生を省みて、どこで間違えたのか思考を巡らせた。
彼女なりの正解は、父と兄にしっかりと意見を伝えるべきだったというものだ。
「私は父の方針により、次期領主の候補にも挙がらなかった。私はそれを不満に思って、父や兄にイライラしていた。これは普通のことだろう? 間違ってはいないはずだ」
「おっしゃる通りです」
「それならば、どう思われるとしても父や兄にそれを伝えるべきだった。父が後継者育成の方針を自分で決めた理由は理解しているが、不満はあるので怒っている。そう、な。癇癪交じりであっても伝えるべきだった。それだけが私に与えられていた正当なる権利だったのだ」
父や兄に対して子供っぽいと思われたくないからこそ、自分の胸の内を明かさなかった。
だがそれでイライラしていて、関係ないものに当たり散らしてしまった。
それが間違っていた。
自分にはイライラする権利があるが、関係ない他人に当たり散らす権利などなかったのだ。
「父や兄に対して見栄を張りたかったが、もう止めた。イレギュラやクナオルに苛立ちをぶつけておいて、兄や父にぶつけないのは筋が通らない」
(それが正しかったのです、お嬢様)
(私たちも間違っておりました)
ヒンシハとベルンシアは、普通の使用人以上にベルマへ感情移入している。
優秀であるにも拘わらず候補にもならなかった彼女を哀れに思い、彼女の味方であろうとしていた。
だが間違っていた。
自分たちは『味方ごっこ』をしていただけだ。
ベルマがイレギュラを殴ってなにかいいことがあったか?
助けてもらった後で抗議していいことがあったか?
ベルマは多少すっきりしただろう。だがそれだけだ。すっきりするためだけに行うには、あまりにもデメリットが多すぎた。
何かあった時、自分たちはベルマを救えるほどの力がない。それなのに止めようとせず、火に油を注ぎ続けていた。
彼女と一緒に、見当違いの癇癪をぶつけていただけだった。
(私たちは今後もあなたの味方であり続けます。ですがそのやり方は変えようと思います)
(貴方が間違っていると思った時は、貴方に嫌われてでも進言する所存です)
あのまま彼女のやり方を肯定し続けていれば、きっと裏社会へ進んでいた。
その場合でも自分たちは彼女と一緒に死ぬまで戦っていただろうが、それはきっと彼女の幸せにつながらなかった。
『クナオルに侯爵令嬢を殺させるわけにはいかない』
(あの時のイレギュラ様は、まさしくクナオル殿の味方だった)
(私たちもそうするべきだったのです)
※
イレギュラ・ブラッカーテ。
現在彼は、自室でクナオルの着替えを見ていた。
現在のクナオルは『男装』をしている。
男性に見えるように髪型や服装を整え、男性に見える所作をして、男性風のメイクをして、女性的な部位を隠すように小細工もしていた。
イレギュラはそんな彼女を幸せそうに見つめていて、クナオルは彼を不機嫌そうに見下していた。
「あの女を殺さず引き入れて、本当によかったのですか。いいえ、違いますね……私は彼女を殺したいです。認めろ」
「これは承認欲求なのだろうか……それはそれとして、ううん、正統派男装最高ぅ」
「おらぁ!」
「ぐへえ!」
男らしい粗暴な動きで暴力が振るわれた。
おそらく正当防衛だと思われる。
「いつもより威力が高い気がする……それはそれとして、いつも言ってるだろ、原作知識で人を殺すのはナシだって。そりゃまあ、どっかの現役犯罪者一人をぶっ殺してことが全部丸く収まるならいいけどさあ。実際はそんなことないんだぜ? 恐怖の魔法使いはまだまだ封印中で手が出せないから根本的な解決はムリ。三部の敵である終末教団の敵幹部は、現在は普通にお貴族様ややんごとなきお方だ。殺すにはリスクが高すぎる。それに……仮に成功したとして、後々になって『お前が犯人だったのか!?』とか言われたら困るだろ。世界の危機が去った後も、俺たちの人生は続くんだからさあ」
クナオルはおもむろにメイクを落とし始めた。
男性に見えるようにしていた顔が、どんどん少女に戻っていく。
「それにこの手のシミュレーションは創作でさんざんやりつくされてるんだ。仮に俺があのベルマを殺そうとしたところに主人公様が通りかかったらさすがに止めるだろ。俺が事情を赤裸々に話して『こいつは殺した方がいい』と言って、主人公が俺の回想シーンを見て完全に信じたとして……『そうだね』って同意すると思うか。絶対同意しないね、そんな奴は主人公じゃない」
「私は不当な暴力に対して怒っているのですが?」
「殴られたから殺すとか戦国時代の武士かよ! それはそれで止めるだろ!」
クナオルは服を脱ぎ、自分の体形をごまかしていた小細工を脱いでいく。
素肌をさらし終えると、そこからメイド服に着替えていく。
「私が殴られたら、その場合は相手を八つ裂きにするとか言うくせに……」
「愛と情熱だから! 愛ゆえの憎悪だから! 君も結構嬉しいくせに~~」
「ふん!」
「普段よりやっぱり痛い!」
女の子っぽい所作のビンタがさく裂した。
なにがしかの報酬が与えられてしかるべきだと思われる。
「それで……肝心のレベルはいかがですか」
「それがさっぱり。案外今が、俺の限界値かも知れんね」
「問題ですか」
「いいや、全然」
クナオルはここでメイクを始めた。
先ほどまでの男性的なものではなく、女性として魅力的に思われるためのメイクであった。
「もともと想定していたことだ。俺が際限なく強くなれるなら、仲間なんて一人もいらない。君さえいればいいということだ」
「あらゆる意味で軽い口ですね」
「ふさいでみるかい?」
「叩いてみます」
「おごっ……」
「減らず口を叩くと止まる。いい言葉ですね」
強打を受けたイレギュラは少しの間もだえていたが、クナオルは慌てない。
「それで、この後のご予定は?」
「キミの着替えをもうワンサイクル……」
「もうワンサイクル、減らず口を叩かせたいのですか」
「ごめんごめん。もしも俺の知識通りなら、各地から救援要請が入るはずだ。まあ……現時点で各地のモンスター出現数が増えているから、原作知識を抜きにしてもそうなると思うけどね」
「それで坊ちゃまはこれ幸いと、各地で男装させる女性を集めると」
「そうしたいのはやまやまなんだが、たぶん流れが変わるんだよな」
「そうしたいのはやまやまとはどういう意味でしょうか」
「ここから主人公様の仲間になる奴の中には、男装させたいキャラがたくさん……」
「死ね」
「おごっ……これは誘い受け、か。とにかく、各地で被害が広がっているんだから、学徒動員されるのも仕方ない。原作だと主人公様は仲間やモブと一緒に各地を巡るんだけど……主人公様と俺たちが一緒に行動するとは思えないんだよな」
イレギュラの行動によって、多くの生徒がこの英雄校に残っている。
ならば一塊になって活動するよりも、二手に分かれさせた方がいい。
イレギュラの作ったメラニィ派閥は外側からは嫌われているため、フレイヤーが残りを抱えることになると思われる。
「ではあの姫様と別行動をする場合、特に目標などはないということですか?」
「子爵令息ごときが予定を立てられるとは思えないな。とはいえ『早くクリアした場合のボーナス』は考えられる」
イレギュラの準備により、英雄校の学徒兵は倍になり、二手に分かれられるようになった。
ならば手が届く範囲も倍に増えている。
「第二部では世界中でモンスターが大量発生! 主人公は各地を回ってこれを鎮圧! 第三部では世界が一応平和になったけど、不満を持っていた層が爆発! さらに被害が甚大に! そこからさらに第四部、恐怖の魔法使いが復活してさあ大変! という風に畳みかけるように悪くなっていくわけだ」
「泣きっ面に蜂ですね」
「だからこそ! 第二部で被害を抑えれば第三部の被害も抑えられるし、そうなれば第四部の被害も抑えられる! おお……完璧なロジックだ!」
「完璧というか普通のロジックですね。悦に浸るほどではないかと」
「さあここからが本番だ! 俺の本領を見せてやるぜ!」
ノリノリなイレギュラに、クナオルは水を差す。
「懸念などはありますか」
「ぶっちゃけ、主人公が死んだら詰みます。そっちにもコストを割かないとヤバいかも……やりくりが大変そうだぜ!」
備えに最善を尽くしても、未来は暗黒のままであった。
※
公爵令嬢、メラニィ・ルコード。
高貴で、裕福で、親からの愛情にも恵まれ、さらに二つのアビリティを持って生まれた『天に愛された子供』である。
彼女は決して馬鹿ではない。だからこそ『現在の自分』に何が求められているのか、本当はわかっている。
だがそれはそれとして、目の前の状況にうんざりしていた。
そこには自分の同級生たち、それも傘下に入っている男爵、子爵家の令息令嬢……伯爵家令息と侯爵家令嬢も交じっているが、そのような編成の『部下』が並んでいた。
「なんでこんなことになったのかしら。私はただ、今までと同じように、ちやほやされたかっただけなのに……なんで部下を率いて、姫様と同等扱いを受けているのかしら?」
何時までも無責任な愛される子供でいたいと願う彼女にとって、自分に実行力があるというのは素直に喜べるものではない。
だがそれでも、目の前には頼りになる仲間がいるわけで。
そして、まさしく責任、仕事が自分に課せられていた。
「皆さん。要点だけ伝えます」
親に嫌われたくない一心で、彼女は模範的な指揮官としてふるまう。
「現在各地でモンスターの出現数が増加し、被害報告も増え続けています。そのため英雄校の生徒にも出動命令が出ており……私たちの学年は、姫様と私、それぞれの『派閥』が二手に分かれて行動することになりました」
彼女は、忌々しい、というよりは苦々しい顔でイレギュラを見た。これでいいのよね、という顔だ。
イレギュラは真顔で頷く。まったく素晴らしい説明であった。
「俺たちが体験しているように、今この国ではモンスターが増えまくっている。コレに各地の領主も手を焼いている。俺たちは各地を回って、助けて回るわけだ」
生徒たちの多くは顔をこわばらせている。
領主が対応できていない状況に、自分たちが赴く。
普通に考えてものすごく危険だろう。
「みんなこう思ってるだろ? 危険、臭い、きつい! そのとおり! だがチャンスでもある」
メラニィの派閥に属する者の多くは、縁談を組んでもらうこともできなかった『下級貴族の下振れ側』だ。
彼らが食いつきそうな希望を提示する。
「各地の領主に恩を売れば、そこの豪商の娘とか息子ぐらいに位置する奴との結婚があり得る。比較的安全な仕事だってもらえるだろう。それに……」
イレギュラはある種の担保も提示していた。
「この戦いが終わって、心身ともに傷を負って引退することになったとしよう。そうなったら俺たちは故郷に英雄として帰還できる。授業でゴブリンに負けて逃げ出した奴らみたいに実家の恥扱いされることはなく、ちゃんと敬意をもって接してもらえて、それなりにいい暮らしを保証してもらえるさ」
実家から敬意をもって、生活を保障してもらえる。
この場の全員……それこそ、メラニィやベルマすら心を揺さぶられる言葉であった。
お前は我が家の誇りだ。
お前をバカにして悪かった。
お前のおかげで我が家の株が上がった。
勝っても負けてもそれを言ってもらえるのなら、頑張る価値はあるだろう。
「やる気が出たところで、俺から提案だ。俺たちの出発はおよそ一週間後。俺たちがあの森に入って修行するのも、今日が最後になるだろう。そこでどうだい、レッサードラゴンを倒すことを目標に頑張ってみようじゃないか」
レッサードラゴンの名前が出たところで、ベルマの顔がこわばった。
この派閥内でもっとも強い彼女がその顔をしたことで、他の者たちも生唾を呑む。
釣りで『今日は大物を狙おうぜ』とほざくのとはわけが違う。
にも拘わらず、イレギュラの言葉は軽すぎた。
「大丈夫、大丈夫! いきなりまともなレッサードラゴンを倒そうってわけじゃない。弱っているレッサードラゴンを何体か見つけているんだ。そいつを倒してみようって話だよ」
軽薄を絵に描いたような顔だった。
浅慮にも思える発言だったが、彼の言葉には説得力がある。
彼が弱っている個体を見つけているというのなら、本当にそうなのだろう。
「ドラゴンを倒せばその分強くなれるし、箔もつく。自分が倒したっていうドラゴンの鱗の一枚でも持っておけば、みんなの姪や甥、次期領主様も羨ましそうに目を輝かせてくれるさ」
乗せられている、と思わないでもないが……。
生徒たちは彼の提案に乗ることにしていた。
(くくく……もちろんドラゴンを弱らせたのは俺だ。ドラゴンを倒せばこいつらの士気も上がる、怖くて逃げる奴が減る! せっかくここまで養殖したんだ、本番で台無しになんかさせないぜ!)
ものすごく調子に乗っているイレギュラの顔を、全員があきれた顔で見ている。
何を考えているのか大体わかっていた。
だがそれでも、彼の言葉に生徒たちは乗るのであった。
※
学校から少し離れたところにある森。
生徒たちは勝手に『トロールの森』と呼んでいるところであるが、そこに生徒たちは足を踏み入れていた。
すでに何度も足を運び、そこで何度も角付きゴブリンやトロールを討ってきた。
もはや彼らにとって、角付きゴブリンもトロールも『対応できる獲物』に過ぎない。
だが一段強いというレッサードラゴンなるモンスターに対してはいささかの警戒心がないでもなかった。
歩く、歩く、歩く。
注意していなくてもわかるほど、空気の匂いが変わっていた。
森の植生が変わり、現れるモンスターの種類も変わったのだ。
ベルマは嫌な記憶がよみがえっただろう。
だがそれでも歩いているのは、以前よりも強くなっているという自負と、同行している仲間が水準に達していると知っているからだろう。
今度こそ勝ってみせるという感情と、負けても大丈夫だろうという理性。
両方が彼女の歩みを支えていた。
他の生徒たちはベルマの足取りに勇気をもらう。
大丈夫だと思えていた。
もう一人、イレギュラがいた。
いつの間にか派閥の、実質の長になっている男だ。
彼がいれば大丈夫だと信じられる。
索敵アビリティを持つ彼が立てた、観測に基づく作戦は何時だって自分たちをより良い未来に導いてきた。
彼がいなければ自分たちはここにいなかったし、ここまで強くなれなかった。
最短の道を、もっとも安全に進んできた。
正直に言って、感謝もしている。
その一方で、妬みや嫉みもある。
彼は非常にうらやましいポジションにいる。
あそこまで索敵アビリティを有効活用している人間はそういないだろう。
有能さを認めているからこそ、とってかわりたいという欲が生まれていた。
つまり、イレギュラは多くの生徒から嫉妬されていたのである。
「そろそろだ。血の匂いもしてきただろう? 手負いでも相手は竜、手強いと思ってくれ。最初から本気で殺しに来るから、油断しないように」
そのイレギュラから警戒を促されて、誰もが手を強く握る。
レッサードラゴン。
大型モンスターであり、少し前のベルマすら一蹴した化け物。
傷ついているとしても、苦戦は免れない。
貴族の令息令嬢たちは、歩幅が縮み、足音が小さくなり、心音が早くなり、呼吸が荒くなっていった。
そして……多くの木々をなぎ倒して横たわる、傷ついたレッサードラゴンに遭遇することになった。
「やべっ……」
イレギュラがそう漏らしたのは、全員が聞いていた。
なにがどうヤバいのか、逆にわからなかった。
ヤバい、の要素が多すぎた。
レッサードラゴンは確かにいた、弱っていた。
手足がつぶれていて、背骨が折れていて、内臓が飛び出していて、大量に出血していて、息も絶え絶えだった。
それでもまだ生きているのは確かにヤバいだろう。
「……遠くから見ているとここまで弱っているとわからなかったな。ダメだな、これ」
ケガの具合からして、同種との戦いに負けたように見えない。
巨大な鈍器で何度も何度も叩きつけられ、吹き飛ばされて転がってきたようだった。
これの意味するところは、レッサードラゴンよりもはるかに強力なモンスターがいるということだ。
これはどんな馬鹿でもわかることだ。
それなのに、イレギュラは気づいた様子がない。
「いや、まあいいか。よしみんな! 今がチャンスだ! 集中攻撃をしてアイツにとどめを刺すんだ!」
本当にとどめを刺すだけの段階になっているレッサードラゴン。
これを倒すことで何かが得られるとは思えないが、生徒たちは一応前進する。
さあ攻撃しよう、というところで、レッサードラゴンはさっぱり動かなくなった。
死にかけていたレッサードラゴンは、ついにこと切れたのだ。
「……チャンスを逃したね。で、でもまあいいじゃないか! 誰も死んでないし、傷ついてない! 失敗じゃないさ! それよりも次、次! 次のレッサードラゴンを倒しに行こう!」
その時である。
遠く、というかちょっと近いところでものすごい轟音がした。
低く大きい打撃音が何度か繰り返され、さらに地面が揺れた。
巨大な生物が巨大な鈍器で何度も殴られ、空に吹っ飛ばされて地面に着弾したかのような音であった。
「よし、次の獲物を見つけたぞ! さっきよりはケガが軽そうだ! これなら練習相手になりそうだね!」
イレギュラは仕切り直そうとしている。
間抜けな黒幕だった。恐るべき間抜けであった。
(コイツ……絶対に何かしてる!!)
もしもここにクナオルがいれば『これで計算高いつもりですか』と呆れただろう。
この後も都合よく傷ついたレッサードラゴンと遭遇し、戦闘することになる。
それによってメラニィ派閥の者はとても強くなったのだが、レッサードラゴンよりも得体のしれない仲間に惧れを抱くのであった。




