軌道修正に成功
数日後。
イレギュラ・ブラッカーテの部屋のもとに、ベルマ・マードンとそのメイド二名が訪れていた。
部屋の中ではクナオルが主の様にふてぶてしく椅子に座り、絨毯の上で正座している三人を忌々しい顔で見下ろしていた。
イレギュラはクナオルの横に立ち『やっぱ日本製だな~~土下座あるんだな~~』という顔をしている。
「それで、ご用件は?」
まさしく何様なのか、という態度でクナオルが問う。
これに対してベルマとメイド二人は平伏していた。
「助けていただいて、ありがとうございました。先日は助けていただいたにもかかわらず感謝をせず、また一方的に暴力を加えたこと、謝罪させていただきます」
「ようやく、少しは礼儀を知りましたねえ」
侯爵令嬢に頭を下げさせておいて、クナオルは不満そうであった。
物事の因果関係からすればおかしくないが、立場というものを考えてほしいところである。
「それで、なぜ謝罪する気になったのですか? 心境の変化の理由を伺いましょうか」
「私が悪いと気づきました。今まで私はイライラしていて、それを何かにぶつける理由を探していました。ですがそれは間違っていました。私は……貴方に暴力を振るいました。それがすべてです」
クナオルはここで椅子から立ち上がり、靴裏の汚れをふき取るかのようにベルマの頭を踏みつけ始めた。
「その通りですよ。貴方は暴力を振るいました。それがすべて。貴方の事情なんて大して重要ではありません。誰も気にしていません」
(なんでこいつは自分が殴られたわけでもないのに、こんなに偉そうなんだ?)
「それで? その安い頭を下げただけで謝罪が済むとでも?」
(目撃者がいない状態で恩を売っただけなのに、債権者みたいにふるまえるんだ?)
殴られた当事者なのにおろおろしているイレギュラ。
彼の価値基準ではあきらかにハラスメントな状況なのだが、それでもなぜか話が進んでいく。
「何でもする所存です」
「私どももご一緒させていただきます」
「納得のいく罰を、どうか」
「ほう、それでは死ね……と言いたいですが、この状況で死なれるとこっちが悪者みたいですね」
(お前の振る舞いは確実に悪者だよ)
「それでは罰として、男装でもしていただきましょうか」
罰として男装してもらう、というのは考えてみると変な話である。
少なくとも法律にそんなことは書いてなさそうである。
それでもベルマたちは反論しないので、彼女らもイレギュラの噂ぐらいは聞いているのかもしれない。
噂になるぐらい、イレギュラの男装趣味は有名になっているのならそれはそれで悲しいことであった。
「おいおい。俺としてはまあ、うん、うれしいけども。君はそれで納得するのかい?」
「今回は坊ちゃんの癖を満たすことよりも、恥辱を味わわせることを優先させていただきます」
「待て……男装で辱める気か!?」
イレギュラは演説や演技、演歌のようにクナオルへ熱い男装魂をぶつけた。
「お前は男装を何だと思っているんだ! 男装はコスプレ! 着ている人も見ている人も、服を作っている人も幸せにするためにあるんだ! それを、人を傷つけるために使うなんて間違っている! そんなのは服を無理やり脱がせるのと変わらないぞ!」
「では止めますか?」
「気になるから見たくはある」
信念と本音が一致するわけではない。
イレギュラは半端ものであった。
「だけどさあ、俺としてはベルマ様には仲間になってほしかったんだよね。(敵に回ってほしくないこともそうだけど)大型モンスターを倒すのに向いているアビリティ二つ持ちは欲しいし」
「正気を疑いますね。気に入らないことがあったら他人へ当たり散らすような人間を引き入れるなど、それこそ害悪にしかなりませんよ? 罰を与えた後は二度と近づくなというべきでは」
「それはそうだろうさ」
クナオルの警告をイレギュラは否定しない。
むしろその可能性は今後も高まると信じていた。
「だけどそれは今仲間にしている連中も一緒だろ?」
「前科があるというのは重要では」
「厳選する余裕がないのはいつも言ってるだろ。それに彼女はまだ十代で学生だ。変われると信じたい」
「妄言の次は妄想ですか……」
ここで、ようやく、ベルマは顔を上げた。
その顔はこれからくる苦難を受け入れている顔であった。
「クナオル殿が私たちに男装を命じ、イレギュラ殿が私に仲間になることを望むのなら、どちらも応じます」
「……殊勝ですね。まあいいです。坊ちゃま、しばらく部屋の外で待機を」
「……この部屋を借りてるの、俺なんだけどなあ」
※
ベルマたちが反省したのは、クナオルが全力で怒る姿を見たからであった。
今までベルマのことを悲劇の主人公だと思っていた三人だったが、彼女の反応を見て自分が世界の中心ではないとようやく気付いていた。
仮に……それこそこの学校の中にたくさんいる生徒の一人が、どうでもいい理由でベルマや二人のメイドを殴ったとしよう。
彼が家督を継げなくてイライラしていた、という事情を抱えていたとする。
同じ理由を抱えていたのね、と許すだろうか?
クナオルのように怒っていたのではないか。
そんな当たり前すぎる想像すら、彼女らにとってはとんでもなく大きな気付きであった。
自分たちは本当に子供だった。
だから謝罪をしに来たのだ。
とはいえ、ここまでの辱めを受けるとは想定外であった。
※
三十分後。
イレギュラは部屋に入ることを許された。
部屋の中に立っていたベルマと二人のメイドは、半泣きになって顔を真っ赤にして、お行儀よく立っている。
顔はわずかにうつむいていて、それが彼女らの葛藤を現していた。
「いかがですか、坊ちゃま」
「これは……確かに俺の癖じゃないな」
三人とも長い髪をしているのだが、今は後頭部でまとめている。
服装としては、上半身がベストに長袖のシャツ。下半身はズボンと革靴。
喫茶店の店員という雰囲気であった。
胸部に関しては特に隠しておらず、彼女らが女性であるとしっかり示していた。
ここまでは上品に、かつ高品質でまとまっている。
喫茶店に行ってもそこまで問題ではないだろう。
問題は、ワンポイントであった。
股間に誇張されたテントが張られている。
それこそ昭和のギャグマンガのようにテントを構築しているのだ。
おそらくテントの支柱が内部に入っているのだと思われる。
「如何ですか、坊ちゃん。この日のために考えた、辱めのための服装です」
「ん~~……採点が難しいな。これは……カレー屋に入ったらハヤシライスがでてきたかのような、これじゃない感……でも美味しい、みたいな」
美術品を鑑定するかのようにまじめな顔で、イレギュラは三人セットの男装(?)を値踏みし始めた。
「テーマはいい。うん、見ているだけで伝わってくる。そのうえで、全体的……テーマのために、他の要素は上品にまとめているのはポイントが高いな」
「恐縮です」
「素材の味も活かしている。痙攣しつつここまで恥ずかしい顔をしていないと、このテーマに反するだろうな。それもポイントが高い」
「そうおっしゃっていただけると信じておりました」
「でもなあ、これなあ……そもそも男装なのか? 俺はコレを見て男装だと喜んでいいのか?」
ベルマたちは何もかも事情を把握されているとわかったうえで、なおとても恥ずかしかった。
いろんな意味で後悔している。たしかにこれは男装じゃない気がしていた。
「コレどっちかというとさ、男装が恥ずかしいとかじゃなくて……こう、人格が入れ替わっている系とか、性別が変わっちゃった系の、『恥ずかしい』なんだよね。それを疑似的に再現しています、的な。イルカとサメのような、完全に別種だけど収斂進化した結果酷似した、みたいな……うん。癖じゃないなぁ……イイんだけど、癖にはならないなあ。クナオルは楽しかった?」
「ええ。特に支柱のサイズを調整することや、固定の試行錯誤が楽しかったですね。時間と予算に余裕がなかったのが残念です」
「そうか! それは俺も見たかったな! 合体ロボの合体シーンぐらい重要じゃないか!」
(勘弁してくれ……!)
こうして創作男装という禊を終えたベルマとメイドたちは、イレギュラの真の仲間になるのであった。
※
数日後。
ベルマ・マードンとアメル・カンカールを加えたメラニィ軍団は、ベルマが倒された森に訪れていた。
もちろんイレギュラの提案によるものである。
「せっかくいい武器を買ったってのに、ゴブリンの相手ばっかりしていたら退屈だろ? ということで、今までよりも強力なモンスターのいる森に入ることになりました。もちろん皆さんが普通に戦えば余裕で勝てます。気を楽にして戦いましょう!」
およそ二十五名からなる生徒たちの多くは、正直に言えば浮足立っていた。
自分には才能がないと思い込んでいた者たちも、新しい武器の使い勝手を楽しむためにノリノリであった。
「それではメラニィ様、どうぞ号令を。できるだけ短く簡潔に」
「そこは華美にしろじゃないの? ごほん……それでは皆さん、一緒に行きましょう!」
メラニィの指示の元、生徒たちは森の中に入っていく。
学校の森と違って背の高い木々ばかりの森であったが、早々に景色を楽しむ時間は終わった。
角付きゴブリンだけの集団が、一体のトロールと共に現れたのである。
「ひっ」
小さい悲鳴が、あちこちから漏れた。
彼らは新品の武器を持っているのだが、それが小枝に見えるほど頼りなく思えた。
「イレギュラ!? 本当に大丈夫!?」
「平気平気。それよりメラニィ様、何時ものように魔法を使ってくださいよ」
「あ、そ、そうね……でえええええええええ!」
メラニィの遠距離、広範囲の攻撃魔法が角付きゴブリンたちに着弾していた。
今までのメラニィであれば、攻撃を当てることはできても、角付きゴブリンには大してダメージを与えられなかっただろう。
だが今の彼女は、たったの一撃で角付きゴブリンの集団を半壊させていた。
未だに歴戦の雄と言えぬ彼女ではあるが、実力はすでに育っている。
雑魚散らしに特化したアビリティ構成は伊達ではないのだ。
すでに角付きゴブリンたちは瓦解しているといっていい。
だがそれでも、有効範囲内にいたはずのトロールはダメージを負っていなかった。
大型モンスターにとって、彼女の攻撃魔法は軽すぎるのである。
「私はもう行っていいのか?」
「ええ、頼みます」
「それじゃあ、行く……!」
魔人に変身したベルマは、そのトロールに急接近する。
手慣れたものだと自慢するほどはある。
彼女は一瞬でトロールの両手両足を切り裂き、その四肢を強力な呪いで汚染していた。
無敵に見えたトロールは情けない悲鳴を上げてしりもちをつき、そのまま倒れてうごめいていく。
「すご……」
「ほらほら、みんなの出番だぜ。残った敵を掃討するんだ」
絶望的に見えた敵の布陣が、たった二人によってあっさり崩壊していた。
呆然とする他の生徒たちに、イレギュラは戦うよう促す。
まだまだトロールは生きているし、角付きゴブリンも残っている。
他の生徒たちにも戦うべき相手が残っていたのだ。
生徒たちはしばらく互いを見合ったが、勇気を出す必要はなかった。
今の自分たちはやれると確信して、弱った敵に襲い掛かっていくのだった。
※
ほどなくして、森の初めての戦いは終わった。
もがくトロールによって傷を受けた者もいるが、アメル・カンカールの治癒魔法によって回復しつつある。
そしてほとんどの者が疲れることもなく、傷を受けず、初戦を切り抜けていた。
なのだが、それでも顔は浮かなかった。
なにせ『才能がある者』と自分たちの実力差が証明されてしまったのである。
先日まで調子に乗っていただけに、勝ってなお落ち込んでいた。
「私たち……必要あるのかな」
ルテリアは弱音を漏らした。
一生懸命頑張ってなお相対評価で後れを取っていれば、モチベーションが保てないのは仕方ないだろう。
「必要に決まってるじゃないの!」
「そうだぞ、必要だ!」
メラニィとベルマは、この上なく必死な顔でルテリアに詰め寄っていた。
「貴方は私を助けたときのことを忘れたの!? 私だって一人で勝てないことがあるのよ!? それともなに!? 失敗すれば死ぬけど失敗しなければ問題ないでしょ、とでも言うの!?」
「私もこの森に少数で踏み込んで、危うく全滅しかけたんだ。だから貴方たちが強くなることに意味がある!」
二人とも失敗から学んでいるからこそ、その訴えは心に届いた。
他の生徒たちもドン引きするほど必死であった。
「皆さんは勘違いしていらっしゃる。そしてメラニィ様とベルマ様は勘違いなさっていない。私たちは一回戦って終わりじゃないんです。またいつ襲い掛かってくるかわからない敵と、何度も何度も戦うんです。あの二人だけじゃ勝てないのは皆さんもお分かりでしょ?」
イレギュラが補足する。
なるほど、そう考えれば自分たちは無駄ではない。
この二人だけでこの森の奥に入って行ったら帰ってこれないだろうなあ、と容易に想像できた。
そうして一行が森の奥を見たとき。
到底見通せないほど多くの木々が生えている中で、それでも聞こえてくる大絶叫があった。
おそらくはトロールよりも強大であろうモンスター、ベルマを倒したレッサードラゴンの物であろう悲鳴が聞こえてくる。
イレギュラ以外、全員が身震いした。
「一応申し上げておきますが、私たちはまだ準備が足りません。あの森の奥に行くのは、当分先にしましょうね」
(その内行くのかあ……ううん、行けるようにしないと!)
アメルは自分を奮い立たせていたが、他の者たちは先のことを考えようとせず、目の前の問題と向き合うことにした。
「も、もっと強くなるぞ~~!」
「おおお!」
ルテリアが恐怖をごまかすように大きな声を出し、生徒たちはそれに応えて鬨を上げる。
その間も絶叫が聴こえてくるが、それでも聞こえないふりをして、彼らはレベル上げを続けるのだった。
(アメルとベルマのことは想定外だったが、結果としては好転しているな。この調子で仲間を増やして、将来の危機に備えないとなあ……時間がないんだ、タイパよく、コスパよく鍛えていくぜ!)
今こうしている間も、イレギュラは強くなっている。
彼の仲間たちも、真の仲間たちも強くなっていく。
だが今はまだ序盤。
彼らの戦いは、始まったばかりであった。
書き溜めがなくなったので、連続更新はここまでとさせていただきます。
今後も更新があれば、よろしくお願いします。




