ここは俺に任せて逃げるんだ 1
ベルマ・マードンが踏み込んだ森は、確かに強力なモンスターが多かった。
ゴブリンは大勢生息しており、全員が角付き。それだけでも英雄校の森より一段上の脅威であったが、大型モンスターである『トロール』まで生息している。
大型モンスター。
読んで字のごとく、巨大で強力なモンスターである。
トロールはその中では一番弱い種類なのだが、それでもゴブリンとは段違いの強さを誇る。
現在のルテリアであっても、真っ向から打ち合えば敗北するしかない。
一度でも失敗すれば死ぬと覚悟して、一撃離脱を繰り返すしかないのだ。
その戦法も、周囲に角付きゴブリンがいれば成立しない。
失礼な話だが、現時点でルテリアがこの森に単独で入れば死ぬしかない。
そこに踏み込んだのは、ベルマとメイドが二人。たったの三人である。
賢明な判断ができる者なら逃げただろう。
だが彼女らは逃げなかった。
「ヒンシハ、ベルンシア。雑魚は任せる」
「お任せください」
戦闘服のメイドが二名、宙を舞う。
これは比喩誇張ではない。実際に空中に浮かび上がったのだ。
移動型アビリティ、飛行。
地形を無視して移動が可能であり、なおかつ重力にとらわれない動きを可能とするアビリティであった。
説明を聞く限り強いと思われるかもしれないが、実際は弱いアビリティとされている。
機動力の高さは強みであるし、攻撃力もそれなりには補える。
だが敵陣に突っ込まなければならない一方で、撃たれ強くなるわけではない、という戦術上の欠点があった。
攻撃力が高いわけではなく、射程が短く、撃たれ弱い前衛が、単独で敵陣に向かう。
捨て駒ならともかく、人間という単位でみれば弱いといわれても仕方ない。戦闘向きではないのも納得であろう。
この二人のメイドは『二人で飛行する』という戦術でこの欠点を克服している。
「~~~~!」
二人は両足に戦闘用の靴を履いている。
少女の脚に似合わないトゲだらけの靴で、空中から、全体重を込めて踏みつけていく。
素晴らしいダンサーは重力を感じさせないというが、彼女らは華麗な動きに加えて実際に重力を克服しているのだ。
二人が息を合わせて、互いをカバーし合いながら攻撃しているということもあって、角付きゴブリンたちは一気に数を減らしていく。
トロールもそれを見ているだけではなく、何とかしようとしているのだが、機敏すぎる動きについていけない。
独活の大木のごとくきょろきょろするトロールに、ベルマが近づいた。
「お前の相手は私だ」
体形の出ている服だからこそ、彼女の変身は劇的であった。
皮膚の一部が紫に変色し、両手両足の末端が毛皮に覆われ、毒々しい液体を滴らせていたのだ。
変身系アビリティ、魔人。
変身系アビリティはいずれも一定時間だけ作用し、通常のアビリティ以上の強化を持ち主にもたらす。
魔人への変身は身体能力の強化に加えて、手足の爪から肉体を蝕む呪いを放つ。
そのうえ彼女は、身体強化のアビリティも持っている。
よって、この瞬間の彼女はフレイヤーやワワすら凌ぐ力を発揮できる。
「おおおおおお!」
二足歩行のゾウともいうべき、巨大なトロール。
その体重を支える太い脚に、彼女は両手の爪で深く切り込んだ。
トロールの皮膚は、ゾウやサイのごとくとても分厚い。
並の剣では出血させることも難しいとされている。
しかし彼女はたったの一回で、大きく出血させていた。
両手の十本の指、それぞれが文字通りの爪痕を刻んでいる。
それだけでも痛々しいだろうが、本来トロールにとって大したダメージではない。
巨大な体格ゆえに、少々の出血は問題にならないのだ。
実際、トロールもしばらくはダメージに気づくことすらなかった。
むしろ自分の近くに踏み込んできたベルマに、その手に持っていた巨大な棍棒を振り下ろそうとする。
だがここで、トロールの太く醜い絶叫が響いた。
巨大な棍棒は取り落とされ、どしんと大きな音を立てて倒れる。
トロールの脚、その傷口から呪いが進行しはじめたのだ。
肉を腐らせ骨を折り、やがて足から全身へ汚染していくだろう。
だがそんなに時間は必要ない。
彼女の呪いは必殺の武器であるが、蜜蜂の毒針と違って何度でも使えるのだから。
「まず足を封じた、次は両腕。最後に胴体だ!」
彼女は宣言通りにトロールの両腕を切り裂き、胴体に深く手を突き刺した。
呪いは腕に激痛を走らせ、さらには内臓に浸食していく。
高い生命力を持つトロールであったが、肺や心臓などの臓器が呪いに侵されれば致命傷である。
のたうち回ろうにも、片足と両腕が呪われていれば満足に動くこともできない。
非常に手慣れた動きで、彼女は仕留めていた。
そのころには二人のメイドが角付きたちを掃討し終えている。
メイド二人も、そのことに感慨を覚えてはいなかった。
「お見事です」
「ふん。こんなのは何度も倒してきた……今更お見事もなにもない」
彼女らにとって、この状況は勇気を要するものではない。
英雄校に通う前は、自ら危険地帯に赴き今回のような群れを討伐してきた。
すでに準備が整っていて、経験も積んでいる。
負ける道理はなく、退く必要性も感じなかった。
「それにしても……少し違和感があるな。この森は確かに、英雄校の森よりはモンスターが強い。しかしあの二人が倒せる相手ではなさそうだ。奴らはどうするつもりだったんだ?」
「風のうわさで聞く、非常に経験値の多いレア種を見つけていたのでは?」
「この森にそれがいると? 確かにそうでもなければ、あの二人がここに入る理由もないか。ならばそれをとってやるか」
イレギュラは索敵系アビリティ千里眼を持っていると自己申告していた。
その点に関してはさすがに三人も疑っていない。
むしろそうだからこそ、この森に入ったといえる。
そしてそのまま、奥へ奥へと進んでいった。
※
三人はそれからも、なんどかトロールや角付きゴブリンと戦っていた。
その都度殲滅していたのだが、ついに足を止めるに至った。
「なんだこの森は。いくらなんでもトロールが多すぎる……奴らを止めるのではなく、森に入らせた方がよかったかもしれないな。その方が地獄を見せられただろうに……」
「索敵アビリティがあれば、逃げ回れると思っていたのでしょう。とはいえこれ以上はお体に障ります。ここからは撤退しましょう」
「私も同意見です。お嬢様の変身もこれ以上は限界のはず……」
「自分のことだ、分かっているさ。とっとと戻ろう」
これ以上は戦えないと判断し、三人は森の外へ戻ろうとした。
道に迷っている、ということはない。
単純な森だったこともあり、撤退は可能のはずだった。
この森にいるのが、角付きゴブリンとトロールだけならば、だ。
樹々が生い茂り、揺れる余地もないかと思われた森の地面が揺れた。
ずしんずしんと、巨大な足音が三人に近づいてくる。
森の最奥から現れたのは、巨大な四足歩行の怪物であった。
「レッサードラゴン!?」
全身が鱗に覆われており、一部は荒々しい体毛が生えている。
四足歩行でありながら、その体の高さはトロールと変わらない。体重に関しては三倍はあるだろう。
骨格はワニのように胴体を地面につけるような這うものではなく、しっかりと体を支えて走るもの。
口は大型爬虫類同様に長く、歯が多く、汚臭がする。
小さな目は、しっかりと三人を見ているようだった。
レッサーの意味する通り、本来のドラゴンからすればクジラとイルカほどに小さいのだが、それでも強大な存在であることに変わりはない。
この三人をして、見たこともない強敵であった。
「退きましょう!」
メイドたちが撤退を具申したのは臆病風に吹かれてのことではなかった。
自分たちの敬愛するベルマならば勝てると信じている。
だがそれは体調が万全ならばのことだ。すでに何度も変身して戦っているため、初めて会う強敵と戦って勝てるとは思えなかったのだ。
「……そうだな。だがそれは、相手の機動力を奪ってからだ!」
残っていた力を振り絞り、ベルマは魔人へ変身する。
それだけでも息が荒くなるが、ここからさらに踏み込んだ。
トロールと比べてなお太いレッサードラゴンの前足に爪で切り裂こうとする。
殺すつもりはなく、あくまでも足止めのためだ。
だがそれでも相手の実力を大目に考えて、全身全霊の一撃であった。
「づ!」
結果。鱗が堅牢すぎて、歯が立たなかった。
魔人の爪の呪いは確かに強力で、当たれば必殺という、猛毒の蛇の牙に等しいものだ。
だが弱点も同じくしている。
バリアやアーマーのように肉体を保護している者や、そもそも肉体が堅牢すぎる者には呪いが通らないのだ。
この場に別種の高レベルアタッカー、ワワやフレイヤーがいれば。
あるいは彼女の体力がもっと多く残っていれば、もっと強くなっていたのなら、何とかなったかもしれない。
しかし現在の彼女は、これが限界だった。
相手の脚を呪い、動きを弱めてから逃げる。
そのつもりであったベルマは、爪が通らないという状況を想定しておらず……。
レッサードラゴンの、前蹴りとも言えない前足の一撃に対応できなかった。
「~~!」
多くの木々をなぎ倒しながら、彼女は吹き飛んだ。
横隔膜が痙攣し、身動きが取れなくなっている。
口内が切れて出血している。
全身に衝撃が走り動けない。
身体強化と変身によりダメージが軽減しているものの、一撃で戦闘不能になっていた。
(どこで間違えた!? 機動力を奪おうとせず、最初から逃げるべきだったか!?)
視界が点滅する中、彼女は見た。
トロールとは比べ物にならないほど圧倒的な機動力で迫るレッサードラゴン。
自分のことを確実に仕留めようと接近してきている。
「お嬢様!」
二人のメイドは飛行しつつまわりこみ、ベルマをなんとか抱えてレッサードラゴンから逃れていた。
だが飛行に馬力はない。二人が一般的な武器ではなく靴で攻撃しているのも、武器の重量で飛行が遅くなることを嫌ってのこと。
二人がかりとはいえ、人間一人を抱えて運ぶことはできない。
少し移動したところで、三人そろって落下していた。
これではレッサードラゴン相手に逃れられるとは思えなかった。
「……お前たち、私を置いて逃げろ」
「そんなことはできません!」
「命懸けでお守りいたします!」
「お前たち二人なら逃げられるといっているんだ……三人とも死ぬ気か」
「死ぬときは一緒です!」
「お嬢様と共に英雄校へ来た時から、覚悟はできていました!」
(ぐ……どこだ、どこで間違えた!)
二人のメイドが自分の前に立ってくれているが、あまりにも薄い壁だった。
二人だけで逃げるならともかく、自分を守れるとも、撃退できるとも思えない。
改めて、ベルマはどこで間違えたのかを検討する。
(どうしてこうなってしまったんだ……!)
彼女は答えを出せないが、シンプルである。
そもそもどんなモンスターがいるのかわからないのに、入り込むべきではなかった。
彼女らは退く気がなかったが、退くべきだったのである。
(私は、まだ、何もしていない……ヒンシハとベルンシアに誇りある自分を見せていない! まだ死ぬわけには……!)
ゆうゆうとレッサードラゴンが近づいてくる。
獲物が逃げないとわかってのことだろう。
大きな口を開けてそのまま丸のみにしようとする。
三人が観た物は、まさに恐るべき光景であった。
レッサードラゴンの口の中が地獄に見えたのは、脳の作った幻覚ではないだろう。
実際に地獄の責め苦がまっているのだから。
「クナオル!」
「不本意ですが……!」
ここで、すさまじい勢いで『剛速球』が飛んできた。
それは三人の脇を通り過ぎ、レッサードラゴンの口内で『炸裂』する。
「攻撃魔法!? いえ、使い捨てのマジックアイテム!!」
「誰が……お前たちは!!」
「ああ~~。せっかくのチャンスなのに、逃してしまうのですね。彼女らに当てたかったです」
「殺意を隠せ! とにかく……ごほん! ここは俺たちに任せて逃げろ!」
ボールほどの大きさがあるマジックアイテムを投げ込んだのはクナオルであった。
それなりの威力がある攻撃魔法と同等の威力があり、口内に入ったということもあってレッサードラゴンを後ろに下がらせる程度には効果があった。
現れたイレギュラから撤退するよう促されたメイドの二人は、頷き合ってベルマに肩を貸す。
ベルマが長身であるため足を引きずる形になるが、それでも森の外へ逃げ出すことに成功していた。
「それにしても、マジックアイテムを使う機会がこれとは考えていませんでしたね」
「ああ。索敵スキルだけでどうやって倒したんだよ、っていう指摘に備えて買ってたのに誰も疑問に思っていなかったからな……全員バカなのか、俺に興味がないのか。どっちなんだろうな。高かったのに……」
「そんな高いものをあんな社会不適合者のために使う貴方はバカですよ」
イレギュラの足元に影が広がっていく。
今までにない広大さであり、沸騰するかのように影が泡立っていた。
「ソレを出すのにどれだけ時間がかかるんでしたっけ」
「だいたい九十秒だ。一分半だな」
「ずいぶん長いですねえ」
「仕方ないだろ、コレは俺の手持ちで一番強いんだから……なあ!」
口内の炸裂にもだえていたレッサードラゴンがなんとか体勢を整えたとき、イレギュラの足元に広がっていた影の池から巨大な岩塊が起き上がってくる。
巨大な自然石が人間の上半身を模していた。
胴体となる巨大な岩をべ-スとして、相対的に小さい岩がつながって腕を構築している。
指はなく、首もなく、何より下半身がない。
固定されている重機、というべき石像がレッサードラゴンの前に君臨している。
巨石の怪物は、レッサードラゴンにも見劣りしない威厳を持っていた。
「俺のユニットは、飛行型であるドローン、歩行型であるアーミーに加えてもう一種、設置型であるゴーレムが存在する。設置型の自動兵器って言うと地雷や固定砲台をイメージするだろうが、これは設置型の重機みたいなもんでね。設置型の名の通り一歩も動けないから、俺が現場に出て一々設置しないといけないんだが……戦闘能力はトイアーミーの比じゃない。ましてこれはレベル3、コストもウォームタイムも9! 俺が出せる最強のユニット『キャッスルゴーレム』だっ!」
突如として自分の視界をふさいだ、巨大な岩塊にレッサードラゴンは困惑する。
しかし己も竜であるという誇りからか、大きく咆哮し全力で突進した。
多くの木々を木っ端のように吹き飛ばしながら、十分な加速を経て体当たりする。
文字にすれば体当たりと陳腐だが、その威力はトロールの棍棒が何十本あっても粉砕してしまえるだろう。
キャッスルゴーレムはその突撃を、不動の山のごとく受け止めていた。
電車道を作ることもできず、レッサードラゴンは受け止められたまま息を切らし、混乱していた。
自動兵器たるキャッスルゴーレムは、無機質に反撃を開始する。
片方の腕でしっかりとレッサードラゴンを固定しつつ、もう片方の腕を高速でぐるぐると回転させ始めた。
人間の動きとしてはぐるぐるパンチであった。
だが関節の稼働限界が大きく異なるがゆえに、キャッスルゴーレムの打撃は巨大なフレイルに等しい。
十分な回転で加速した岩塊は、真上から叩きつけられる。
堅牢で分厚いはずの鱗、それ以上に分厚く頑丈なはずの筋肉。巨大な重量を支えるはずの骨格。
それらすべてをぶち抜く衝撃が、レッサードラゴンを襲った。
これでは死ぬ、殺される。
敗北を確信したレッサードラゴンは、固定していた腕を振りほどき、なんとか後方に下がろうとした。
どん、と。後ろにあった『なにか』にぶつかってしまう。
振り向くとそこには、先ほどまでなかったキャッスルゴーレムの二体目が立っていた。建っていた、が正しいかもしれない。
左右を見れば、そこにもキャッスルゴーレムが。
完全包囲網、あるいはおしくらまんじゅうのような陣形である。
「俺のコスト値は50! キャッスルゴーレムのコスト値は9! つまり最大5体展開できるわけだが……ちょっと手加減して、四体だけ出してみました!」
「キャッスルゴーレムを出せるだけ出せば、残りコストは5ですからね。ゴミです」
「うん! だから四体だけなわけだね! まあそれでもオーバーキルだ。さて……それじゃあ帰るか」
自動兵器による殺戮が始まった。
近づくすべてを破壊するよう命令された回転運動の石像は、まず包囲したレッサードラゴンを袋叩きにしていく。
頑丈ゆえにしばらくは持ちこたえるだろうが、絶命を待つほどイレギュラも暇ではなかった。
クナオルを伴って悠々と森の外へ向かっていく。
「この森はモンスターが強い……レベルがあと4ぐらい上がるといいなあ。そうすればキャッスルゴーレムが切りよく六体出せるのに……」
「それだけ大物が必要な時期が来ないことを祈っていますよ。それよりも森の外で、あの三人組に説教するのが楽しみです。早く戻りましょう」
「相手はケガ人だぞ、少しは配慮してやれよ?」
「傷口に塩を塗り込むにはいい機会ではないですか」
「こわっ」
「坊ちゃんは甘いのです」
「そこは優しいって言ってよぉ」
強大なモンスターの悲鳴を背後に、二人は楽しそうに話していくのだった。




