計算高いつもりのキャラ
五回目の試験は、何事もなく終了した。
あいかわらず大量のゴブリンが出現していたが、来るとわかっていれば対応できる。
準備期間があったことや、そもそもゴブリンを倒せる者しか残っていないため、むしろボーナスステージとなっていた。
メラニィ・ルコード率いる大規模な一団も大いに奮戦し、今度こそ彼女は実力で一位を得たのであった。もう一周回って搾取しなくても普通に一位だった。アビリティ的に当然だった。
ちなみに二位は、同じアビリティのマルデル・ウルフドッグである。
これにはメラニィやその使用人たちも大喜びだったのだが……立役者であるイレギュラ・ブラッカーテだけは浮かない顔をしていた。
※
そのイレギュラは、試験を終えた後にクナオルを伴って校外に出ていた。
書類手続きをしての、『散歩』という名目での外出である。
彼の顔は百面相となっており、影を踏まないように続くクナオルを呆れさせていた。
「坊ちゃんの行動の結果、恐れていた事態が発生したということでしたが、つまり坊ちゃんが何もしない方がよかったという認識でよろしいですか?」
「結果論! 結果論だから! それにまだ修正が可能かもしれないから!」
「可能かもしれないということは、まだ手立てが思いつかないということですね」
「そう! その通り! だから俺はとりあえずレベル上げに向かうわけだな」
二人とも戦闘用の服を着ているが、双方の顔に緊張感はなかった。
遠くに見える大きな森に向かって、のんびりと歩いている。
時折人とすれ違うことがあり、二人を見て面喰うこともあるが、それだけであった。
「前世で学んだことだ。できることを増やしておくに越したことはないってな。だから迷った時はとにかくレベリングだ。もっと強いモンスターのいる森に行く必要がある」
まずそもそもの前提なのだが、この世界ではモンスターを倒すと強くなれる。
だが自分よりも弱いモンスターからは十分な経験値が得られないということになっている。レベルを一つ上げることに必要な討伐数が、一定段階を越えると爆増するのだ。
レベル差で経験値に補正が入っているのか、それともレベルが上がるごとに必要経験値が指数関数的に多くなるのかはわからない。
とにかくゴブリンや角付きゴブリンを倒し続けても、常に同じペースで強くなれるわけではない。
何十年もかければ話は違うかもしれないが、時間が有限である以上もっと強いモンスターを倒す必要がある。
その上で……イレギュラはレベルを上げやすい。
彼のユニットは一度出せば自動で活動するため、放置していても寝ていてもモンスターを倒すことができ、レベルが上がる。
自動で強くなれるため、多少効率が悪くなっても問題がなかった。
ステータス画面がないので正確とは言えないが、おそらく彼のレベルはコスト値と同じ50。レベルだけなら間違いなく英雄校で一番だろう。
だがそれでも雑魚を相手にしている限り、これ以上上げるのは難しいのだ。
「……それで、自慢の遠隔操作人形を使わなかったのはなぜですか?」
「前から言ってるだろ。確かに俺のユニットはお利口さんだ。ファジーな命令にもきっちり従ってくれる。だが……ユニットの生産に関してだけは自動化できないんんだよ。だから今のままだと頭打ちになる」
何とも便利すぎるイレギュラのユニット生成だが、明確な弱点として『生成だけはイレギュラ本人がやらなければならない』という縛りがある。
戦闘や移動、自壊すら事前に指示できるが、ユニットが全滅したらそれまでなのだ。
トイアーミーやベテランアーミーを大量に展開し、自分が寝ている間、一晩中強力なモンスターを狩るように指示をしたとしよう。
ユニットは指示に従って戦い続けるだろうが、相手が強いので朝を待つ前に全滅する。そうなればイレギュラが朝起きて再生産するまで経験値稼ぎは止まってしまう。
よって、学園からトイ・アーミーやベテラン・アーミーを派遣し、安全にレベル上げをすることには現実的な限界がある。
その限界が、まさしく現在のレベル50であった。
「人形兵士でのレベル上げは楽だがもう限界だ。もっと強力な、他の種類のユニットでレベル上げをする必要がある」
「ああ、アレですね」
「そうだ。だから自分の脚で稼ぎ場に行かないといけないんだよ。考えもまとめたいしな」
二人の会話はここで終わった。
イレギュラは考えを巡らせているようだが、クナオルは自分から話題を持っていく。
「そういえば……坊ちゃんの言った通りゴブリンの大量発生が起きましたね。では坊ちゃんの妄言も本当だということでしょうか」
「どうだろうな。確かに俺の知識通りのイベントが発生した。だがそれだけだろ? イナゴが大量発生したようなもんだ。そこまでありえないことじゃない。少なくとも俺は、周囲へ『終末が本当に来るから備えろ』と大声で警告できないね」
ずっと最悪の事態に備えていて、回避のために四苦八苦しているイレギュラではあるが、恥ずかしがり屋でもあるので自分の考えを周囲へ宣伝する気がなかった。
「それに俺自身とその能力が何よりのノイズだ。恐怖の魔法使いが設定通りとも限らない。だから俺はこのスタンスを貫く……! 知っているけど、知らんぷり!」
「そうしていただけると幸いです。坊ちゃんが私に『世界の真実を一足先に教えてあげよう、君にだけ特別だよ?』と言って妄言を語り始めた時のことは今でも覚えていますが、それを今の年齢で他者へ伝えるところなど見たくありません」
「愛だねえ、もしくは独占欲だね」
「いいえ、羞恥です。同類扱いされては困りますので」
ほどなくして、大きな木の生い茂る森に着いた。
背の高い木ばかりで、しかもとても深い。森の外側からでは、内部がどうなっているのかわからないほどだ。
「俺の千里眼(笑)によると、ここでなら学校の奥の森よりも効率よくレベルアップできるみたいだな」
「それはようございました。それではさっさと終わらせて戻りましょう」
「……冷たくない?」
「レベルを上げるだけでは問題が解決しない、とおっしゃったのは貴方では」
「そりゃそうだけどもさあ! ……まあ、いいか。それじゃあレベル上げを……!?」
最後まで言い切ることもできず、イレギュラは唐突に吹き飛んで倒れた。
しばし呆然としていたクナオルであったが、地面に倒れているイレギュラに気づいて駆けよる。
「坊ちゃん!? どうしたのですか……何が……!?」
イレギュラの顔面が明らかに変形している。
何者かに思いっきり殴られたことは明らかであった。
「これでよろしいでしょうか、お嬢様」
「ああ」
「……貴方たちは!?」
クナオルは見た。
そこには女性だとわかりやすい、ボディーラインのしっかり出るスーツを着た少女が三人いた。
三人とも、クナオルとイレギュラを見下した目をしている。
「名前を聞いているのか? 私は侯爵家令嬢、ベルマ・マードンだ。隣の二人は私の侍女だよ」
「……侯爵家と言えども、不当に暴力を振るっていい立場ではありません。なぜ坊ちゃまを攻撃させたのですか!」
「私が殴りたかったが、そうすると殺してしまうのでな。仕方なく侍女に任せた」
「攻撃した理由を聞いているのです!」
「気に入らないからだ」
その視線は、以前にメラニィ・ルコードへ向けられていたものと同種であった。
つまり、不正を働いたものへの軽蔑だった。
自分の行動に正義があると信じて疑わない目をしていた。
「ああそうだ。私はお前の主が気に入らないし、お前のことも気に入らない。だから攻撃させた。何も悪くないだろう」
「……悪いに決まっています!」
「自覚はあるはずだ。お前の主は卑しい、卑劣で下劣で、低俗だ」
「暴力を受けるほどの理由があるのですか!?」
「お前の主の『仲間』に対して、ここにいることを説明できるのか? 説明してきているのか?」
千里眼を持っているわけでもないベルマがイレギュラに気づいたのは、単なる偶然だった。
イレギュラは正式に書面を提出して外出していた。そこを見かけたのである。
普段から目立ちつつ暗躍していたイレギュラが、普段と違う行動をとったことで気になり、無許可で追跡してきたのだ。
その結果、ここに着いたのである。
「単なる仲間です! 何から何まで説明して、共有する必要があるというのですか!?」
「有益な情報ならな」
「勝手な理屈です! 坊ちゃんは自力で調べていたのですよ! それが……」
「不公平だと言っている。そうに決まっている」
無茶苦茶だ。
クナオルの眼が怒りに染まっていく。
状況はわかった。ベルマの理屈は受け入れられるものではない。
「お前の主は精力的に動き、仲間を作った。なんとも軽薄で薄いつながりの仲間だったし、カネすら他人に出させている。お前の主らしい、すぐにも潰れそうな組織だ。だがそれでもあいつらは、一応、自分の力で強くなろうとしている。そんなやつらを置いて、なぜここに居る? より効率のいい稼ぎ場を独占したいからだろう。仲間に優位を譲りたくないのだろう。自分がしゃぶりつくしてうまみがなくなってから、仲間に恩を着せるように教えてやるつもりなんだろう。仲間以外には開帳しないんだろう。反吐が出る」
ベルマは本気でイレギュラを嫌っている。嫌っている相手なら暴力が正当化されていると信じている。
「お前の主はフェアじゃない。フェアじゃない相手に暴力を振るって何が悪い? なぜ気を使ってやらなければならない?」
「ならば私もお前に気を使う理由がない……ぶっ殺してやる!」
一触即発の空気、というにはすでに触れ合いすぎていた。
一対三。なにより侯爵令嬢と子爵家のメイド。
つり合いが取れない戦いが始まりかけたところで、うめき声が漏れる。
「坊ちゃん!?」
「……手当をしてから連れて帰ってやれ。私に何をされたのか話たければ話していいが、どこで何をしていたのか正直に話せるのならだ」
虫の死体を長く眺めたくない。
そのような表情で森の奥に入っていくベルマ。
クナオルはそれを追いたい気持ちを抑えて、『念のため』に持ってきていた回復用の飲み薬を飲ませる。
イレギュラはしばらくすると、意識が回復してきたようだった。
「う……」
「回復用のアイテムを使用しました。しばらくはまだ動かないでください」
「なんだ……何が起きた?」
「ベルマ・マードンという女が、坊ちゃんに難癖をつけて暴力を振るいました。そしてそのまま、森の奥へ……」
「……ベルマ!?」
意識がまだはっきりしなかったイレギュラだが、一気に覚醒する。
彼にとってベルマとは大きな意味のある名前だったからだ。
「ベルマ・マードンが俺に攻撃して、この森に入ったって!?」
「ええ。どうします、殺しますか? まさか主人公の仲間だから殺すな、とでも?」
「主人公の仲間じゃない! ベルマは終末教団に入って主人公の敵になるポジのキャラだ! そして主人公に負けたとき、呪いを残して……結果としてアメルの覚醒を促すイベントを起こすんだ!」
イレギュラの妄言を聞いて、クナオルは満足げに、残酷に頷く。
「では殺してもいいですね。むしろいいではないですか、アメルが坊ちゃんの仲間になったことの帳尻合わせができますよ」
「馬鹿言うな! 自分で言っててなんだが、君は未来にテロ組織に入るから今殺すね、なんて言えるか!」
イレギュラはふらつきながらも立ち上がる。
「殺すどころか助けに行く気ですか。助けなければ帳尻が会うというのに?」
「そういう理屈で殺して回る気は無いと何度も言っただろ! 少なくとも今は俺の敵じゃない!」
「貴方は殴られたのですよ!?」
「俺はそこまで怒ってない! 見殺しにするほどでもないだろ!」
「私が怒っているんです! 私の立場になって考えてください! 坊ちゃんは私が殴られたら我慢できるんですか!?」
「八つ裂きにするに決まってるだろうが! だけどそれはそれ、これはこれだ!」
「まったく同じことです!」
「君こそ冷静になれ! 君が好きな俺は、ここで彼女を見捨てるか? 都合が悪いから消えてもらおうって笑うのか!? そんなやつのメイドでいられるのか!?」
「……私は貴方のメイドです。貴方に従います」
「そうか、それならありがたい。とにかく追うぞ! この森はぬるくないんだ!」
なんとも甘ちゃんな坊ちゃんだった。
これで計算高いつもりなのだから笑えない。
クナオルはため息をついて、イレギュラに肩を貸しながら森へ入っていった。




