例外が実在している
ウッティリーマ歴、1999年。
ウッティリーマが開いたウッティリーマ帝国が建国して、1999年。
長く平穏な時代を築いていた帝国であるが、それは『建国記』に記された破滅の年が訪れたことも意味している。
だれもが本心から破滅を信じていない一方で、潜んでいた悪意は確実に芽吹こうとしていた。
※
ウッティリーマ英雄校。
貴族の子息たちが集まり、交流を深め、やがてはモンスターを倒す英雄として送り出す学校。
人里離れた土地にあり、モンスターの多く出現する森の中に建つ、常在戦場を地で行く学校である。
その入学式。
各家で基本を学んだ貴族の令嬢令息たちが、講堂にて挨拶を聞いていた。
「貴殿らには建国皇帝たるウッティリーマ様の言葉通り、民を守る英雄となり、モンスターを討つ責務を果たしてほしい。そのうえで……少し趣旨から外れるが、各人へ注意事項を伝えたい」
顔に大きな傷のある、顎髭を蓄えた威厳のある男性、『英雄』アルバイン・アルプス。
英雄校の学長は、威厳を込めて未熟なる生徒へ『建国記』を諳んじた。
「曰く……かつてこの地には、モンスターを生み出す強大な魔法使いがおり、二千年に一度復活し、世界を己のものにしようとしていた。建国以前にはオトリア帝国なる国が繁栄していたが、その強大なる魔法使いの手によって壊滅。当時生きていた人々も十分の九が殺されたという。だが強大なる魔法使いは、英雄ウッティリーマ様によって討たれ、再び封印された。その後ウッティリーマ様はこの地にウッティリーマ帝国を建国し、人々を導いたという。そしてウッティリーマ様は石碑にこう残された」
『我は恐怖の魔法使いを封じ、この地に国を興した』
『皆、ゆめゆめ忘れるな。我は恐怖の魔法使いを封じたにすぎぬ』
『封印は二千年しか持たぬ』
『二千年後の子孫たちよ。今度こそ恐怖の魔法使いを討ち、完全に滅すべし』
「これは確かに、公的に記録として残っている」
ここでアルパインは一息ついた。自分でも不遜なことを言っているという自覚があるからだろう。
それでもあえて、彼は不敬な発言をした。
「こんな大昔の与太話を真に受けぬように!」
もう少し言い方があるとは思うのだが、貴族の令息令嬢には、ここまで強く言わねば伝わらないであろうとの考えがあった。
「モンスターを生み出す魔法などありえない。この二千年間、ただのひとりもそのような魔法使いは現れなかった。恐怖の魔法使いなど迷信である!」
仮にも建国記に記されたことを『間違い』だとか迷信だと言い切ることに、生徒も他の教師も目を白黒させている。
「それを真に受けて、終末思想に走り……邪教たる終末教団に傾倒する者が多くいる! 貴殿らには、神聖なる建国記を悪用する輩の言葉に乗らぬように! 以上だ!」
神話はあくまでも神話。神聖ではあっても真実ではない。
英雄はそう言い切ると、入学の挨拶を終えたのだった。
※
入学式を終えた後、生徒たちはそろって入寮した。
貴族の子らが生活するにしては質素な雰囲気の、しかし人が一人過ごすには大きな部屋。
そこに誰もが入っていく。
子爵令息、イレギュラ・ブラッカーテもそのようにしていた。
イレギュラ。
平均的な男子よりも少し背が低く、筋肉も薄い。
この学校に入学する令息令嬢の中にはすでに鍛えている者も多いため、彼の貧弱さはより目立つ。
見るからに武芸を修めていない彼は、自室に入ると弱弱しく息を吐いた。
「お帰りなさいませ、坊ちゃま」
そんな彼を迎えたのは、イレギュラよりも少し背の低いメイドであった。
名前はクナオル。イレギュラとは乳兄妹の関係であり、幼少期から彼に専属のメイドであった。
ブラッカーテ家からついてきた、唯一の使用人である。
使用人がいると聞けば豪勢と考えるかもしれないが、他の生徒はより多くの使用人を連れてきていることもある。
一人というのは、最小限の人数であった。
「入学式はいかがでしたか」
「どうもこうもねえよ。モンスターを生み出す魔法などありえない、そんなのは迷信だなんておっしゃられてたぜ」
「……そうですか。この学校の学長でもその程度の認識ですか」
「言い方!」
「ここは防音もしっかりしております。失言など問題にならないでしょう。それに……失言について語るのなら、坊ちゃまほどではないかと」
「まあ確かにな……」
イレギュラが指をくいと動かす。
すると豪華な絨毯の敷かれた床に、彼の黒い影が広がっていった。
「出ろ、トイアーミー」
己の影に命じると、影は水面のように波立ち、人影が浮かんでくる。
それは、等身大のデッサン人形のようであった。
木製の体に、針金の関節。見るからに貧弱そうな、ただ立っているだけの案山子。
そのような人形であったが、イレギュラが指を振るうと部屋の中をぐるぐると歩き出した。
このような道具はこの世に存在しない。
自立し、指示に従い、動く。
モンスター以外の何物でもない。
このイレギュラこそ、前例がないという『モンスターを生み出す魔法使い』であった。
「いるんだよなあ……モンスターを生み出す魔法使い」
「それで、いかなる心境ですか。権威ある英雄の学長が見当違いな説教を聞いていた時、笑いそうになりましたか」
「肝が冷えたよ!」
イレギュラは部屋に備えられた、貴族用の豪勢な椅子にどかっと座って、指を鳴らす。
歩き続けていた人形は一瞬で崩れて、彼の影に戻っていった。
「なぜ肝が冷えるのですか? 堂々と見せつけて、私が貴方に伝説が本当だと見せて差し上げます、と慇懃無礼に説教なさってはいかがですか」
「できるか、そんなこと!」
「……まさか、まだ幼少期からほざいている妄言を吐き続けるのですか? 耳が腐りそうなのですが。もしや私の耳を落とす気で?」
クナオルはアルパインと違い、モンスターを生み出す魔法使いの存在は知っている。
むしろ彼女からすれば、イレギュラと同種の魔法使いが伝説上にしかいないことに驚くほどだ。
一方で『恐怖の魔法使いが復活して世界が滅ぶ』という神話の忠告を信じてはいない。
これについては、イレギュラの実像を知っているからこそだ。
彼はそこまで強大ではない。ならば彼の同種の魔法使いもそこまで強大ではないだろう。
仮に復活しても、人口の九割を殺すことなどできるわけもない。
しかしイレギュラはその神話を本気で信じているようだった。
「お前が信じても信じなくても! 俺は信じている! この世界はゲームで! 恐怖の魔法使いは本当に復活して世界中がモンスターに埋め尽くされるってな! 迂闊に宣伝してみろ『念のため殺しとくか』で殺されるわ!」
「元服を終えているのですから、発言には気を使っていただきたいですね」
「うるせえな! お前こそもう少し、俺から特別扱いされていることを光栄に思え! これを教えているのはお前だけなんだぞ!」
イレギュラは嫌々そうに自認を語るが、クナオルはすっかり呆れていた。
幼少期から繰り返されている、二人の定番の会話である。
「この世界は四帝国世紀っていうシミュレーションRPGで、主人公は男女選択制で、この学校のクラスメイトを仲間にしながら戦って、多くの犠牲を出してしまうのだけれども、最後にはラスボスを倒して新しい帝国を作ってエンド! そういうシナリオなんだよ!」
「本当に恥ずかしいので、私以外に言わないでくださいね。むしろ私にも言わないでほしいです」
「お前はずっとクールだねえ……せめて幼少期ぐらいは俺の言葉に乗ってほしかったが……まあいいさ。話を聞いてくれるだけでもありがたい」
イレギュラがハンドサインを出すと、クナオルは無言で頷き、すっと紅茶の用意を始めた。
その所作はまさにプロ。手慣れた美しい所作で紅茶を注ぎ、イレギュラに出す。
イレギュラもまたそれを丁寧な所作で受け取ると、音を出さずに飲んでいく。
一息入れると、二人は会話を再開した。
「仮に、俺がこの世界でなにもしなかった場合……さっきも言ったが国が崩壊して社会制度は原始時代に戻る。もちろん俺の実家もそうなる。それ以前に国民の十分の九が死ぬんだから、俺たちも高い確率で死ぬ。それはさすがに俺も嫌だ。お前もイヤだろう」
「ゲームのシナリオ云々はともかく、伝説通りならそうなるでしょうね」
「そうだ、だからなにがしかのアクションを起こす必要がある。そうなんだが……」
「坊ちゃまに世界の崩壊を止めるだけの力があるとは思えませんね」
「その通りだよ! 俺はラスボス、恐怖の魔法使いの下位互換でしかない! 最悪だ!」
今まで何度も呪ってきた、『能力はラスボスの下位互換』という現実を呪うイレギュラ。
その表情はまさに迫真であった。
「俺が本当にラスボスと同等の力があるのなら、一人でラスボスと戦って勝つさ! 少なくとも実家と領地は守るさ! 下位互換だから無理なんだけどな!」
彼はさも、恐怖の魔法使いの能力を知っているかのように、自分と比較して嘆いていた。
「かといって世間様に警告したって、誰も信じねえよ! それどころか頭のおかしい奴だと思われるだろうな!」
「私はいつもそう思っていますよ」
「そうだよな! 冷静で客観的な意見をありがとう! まあ実際、俺の想像ってこともありえるから信じられても困るんだけどな!」
一人では目的を達成できない。
さりとて多くの人を動かすこともできない。
さすればこれから現れる英雄、主人公の仲間になるべきとも思うが……。
「俺が主人公様の仲間になっても、俺一人分の戦力が増えるだけで焼け石に水だ。主人公様の冒険が楽になるだろうが、結果に影響は及ばない! どのみち人口の九割が死ぬ! それじゃ意味がない!」
イレギュラの目的は『主人公を助ける』ではなく『被害を減らすこと』である。
その目的が達成できない以上、英雄の仲間になるという選択肢はない。
「よって、俺の選択肢は一つ! 主人公の仲間にならない奴を集めて、鍛えて、戦力にする! そうすれば主人公様がラスボスを倒すまでの間、領地を守る戦力にできるからな!」
「その仲間をこの学校で集めるという計画ですね。はあ……坊ちゃまのような、女性に男装させるのが趣味というどうしようもない子爵令息変態野郎についてくる仲間など、正気ではいられないでしょうね」
「なんだとぅ!?」
「もう男装しませんよ」
「サーセン」
彼はゆっくりと腰を上げた。
彼自身のイメージとしては、まさに大いなる計画の実行段階に踏み込む気構えであった。
「安心しろ……友達を作る計画は練ってきた!」
「机上の空論ですね。脳内お花畑と言った方が正確かもしれませんが」
「何とでも言え! 俺の計画は完璧だ! いかなる事態にも対応可能だ!」
高笑いしながら、彼は叫んだ。
「ゲーム云々が俺の妄想で、実際には恐怖の魔法使いが復活しなかったとしても! まったく問題ない完璧な計画だ!」
「そうだといいですね」
主の妄言に一笑もしないまま、クナオルは自分も紅茶を飲むのであった。




