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「愛が無い関係」なんて誰が決めたのですか?  作者: 延々Redo


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9/12

◆アガペー―神の愛

六つ目

 クレイヴン王国の大聖堂。その高く(とが)った天井からは、七色のステンドグラスを通り抜けた光が、(おごそ)かな静寂(せいじゃく)(ともな)って()り注いでいた。

 今日は半年に一度の「女神降臨(こうりん)」の日。

 この国を(おこ)したとされる女神バーニスの幻影(げんえい)が地上に姿を現し、民に慈悲(じひ)(さず)ける神聖なる日だ。


 私、フランク・パリエロは、大聖堂の最前列で深く膝をついていた。

 心臓の鼓動が耳元まで響いている。恐怖ではない。これは、法悦(ほうえつ)にも似た歓喜(かんき)だ。


(ああ……ようやく、貴女にお会いできる)


 私は伯爵家の三男として生まれたが、幼い頃から俗世(ぞくせ)の権力や、政略結婚といった取引に興味が持てなかった。

 そんな私の(たましい)を救ったのは、かつて絵画で見た女神バーニスの微笑(ほほえ)みだった。

 彼女は何も求めず、ただ慈悲深く世界を見守っている。その無償(むしょう)の、無条件の愛に、私は自分の生涯(しょうがい)をすべて(ささ)げたいと願ったのだ。


「――どうぞお姿を、我らが母、バーニス」


 教皇(きょうこう)の声が(ひび)くと同時に、大聖堂の中央に黄金の光が(あふ)れ出した。

 光の粒子(りゅうし)が寄り集まり、巨大な――見上げるほどに美しく、神々しい幻影が姿を()す。

 ()き通るような白銀の髪、すべてを見通す翡翠(ひすい)の瞳。そこに存在するだけで、人の罪を焼き()くすような圧倒的な神気。


 女神バーニス様が、そこにいらした。


「女神様……」


 私は恍惚(こうこつ)としながら進み出て、その足元にひれ伏した。


「私はここに誓います。生涯、血を分けた家族や友人と同じように、それ以上に、貴女を敬い、貴女を愛し続けます。私に報いなど必要ありません。ただ貴女を想うこと、それこそが私の愛のすべてです」


 これは契約ではない。私の一方的な献身(けんしん)だ。

 だが、その瞬間。女神が、わずかに微笑んだような気がした。


 その神聖な沈黙(ちんもく)を――あろうことか、土足で()みにじる者がいた。


「待ってください!! そんなの、狂っています!!」


 背後で、重厚(じゅうこう)な扉が開け放たれる音が響いた。

 振り返る間もなく、群衆(ぐんしゅう)を無理やりかき分けて、一人の女子生徒が乱入してきた。

 ピアース子爵令嬢、レニー・ピアースだ。


「ピアース嬢!? 何をしている、ここは…!」


「フランク様! 止めてください! 神に愛を捧げるなんて、そんなの、ただの空想への逃避(とうひ)です! 貴方は生きている人間なんです。神様と手をつなげますか? 抱きしめ合えますか? 種族も次元も違う存在に愛を誓うなんて、それは自分を殺しているのと同じです!」


 レニーは、女神の巨大な幻影の前に立ちはだかり、こともあろうにその指を神に向けて突きつけた。

 周囲の信者たちから、悲鳴に近い驚愕(きょうがく)の声が上がる。


「不敬だぞ、(ひか)えなさい!」


「いいえ、退()きません! フランク様、そんな実体のない幻影に(しば)られるのはお止めなさい! 人は人と、触れ合える相手と愛し合うべきです! それが世界の『正解』なんです! それなら……そんなに愛が欲しいのなら、私が貴方と結婚してあげます! 私は貴方を、正解の愛へ導いてあげられるわ!」


 レニーの声は、もはや使命感を()え、救いを求める悲鳴のようだった。


 私は、静かに立ち上がった。

 胸の中にあった法悦は、今、冷ややかな怒りへと変わっている。


「ピアース嬢。君は、愛とは常に『対価』や『実体』を(ともな)わなければならないと考えているのか?」


「当たり前です! (むく)われない愛なんて、ただの自己満足です!」


「……浅ましいな。君の言う愛は、結局のところ『自分の寂しさを埋めてもらうための取引』でしかない」


 私は女神を見上げ、再びその神聖な光に(ひた)った。


「私が捧げているのは無償の愛だ。見返りなどいらない。女神様が私を愛してくれなくても、触れてくれなくても構わない。私が彼女を愛しているというその事実だけで、私の魂は完成されているんだ。…君のように、他人に『正解』を押し付けなければ維持(いじ)できない愛など、愛とは呼ばない」


「嘘よ…そんなの、綺麗事(きれいごと)だわ! フランク様を、女神様、彼を解放してください! 彼は人なんです! 人として幸せになる権利があるんです!」


 レニーが女神に向かって叫んだ、その時。


 大聖堂全体の空気が、一瞬で(こお)りついた。

 幻影であったはずの女神の瞳が、ゆっくりと動き――レニーを捉えた。


『――小さな、迷い子よ』


 その声は、耳ではなく魂に直接響いた。

 レニーは糸が切れた人形のように、その場に膝をついた。女神の圧倒的な存在感に、肉体が拒絶反応(きょぜつはんのう)を起こしているのだ。


『フランクの愛は、確かに受け取った。彼は死後、私の配下として天上の庭園に召し上げ、永遠(とわ)安寧(あんねい)を与えると約束しよう。それは彼が自ら選び取った、魂の帰着点(きちゃくてん)だ』


 私は涙が(あふ)れるのを止められなかった。女神様が、私の献身に答えてくださった。


 女神は次に、震えるレニーを見下ろした。

 その翡翠の瞳に宿っているのは、怒りではなく、深い、深い、憐憫(れんびん)だった。


『レニー・ピアース。お前は私に、彼との関係に愛が無いと()くのか?』


「あ…あう……」


『愛が無い関係なんて、誰が決めた?』


 神の口から放たれたその言葉は、レニーの精神を完膚(かんぷ)なきまでに打ち(くだ)いた。


『私はこの国のすべての民を愛している。フランクが私を愛するのも、また自由。お前が信じる「正解」は、広大な世界のほんの一滴(いってき)に過ぎない。……本来なら、この不敬は万死(ばんし)(あたい)するが』


 女神は、レニーの背後に広がる「運命の影」を見たようだった。


『……お前はすでに、自分自身の傲慢(ごうまん)によって、相応(ふさわ)しい報いを受ける運命にある。私が手を下すまでもない。この場での不敬は不問とする。……行きなさい。お前の信じた「正義」が、お前をどこへ連れて行くのか、その目で見守るが良い』


 光が強まり、女神の幻影はゆっくりと消えていった。

 大聖堂には、再びステンドグラスの光だけが残る。


「女神様…!」


 私は、約束された未来への歓喜に包まれていた。

 一方で、レニーは地面に()いつくばり、嗚咽(おえつ)()らしていた。


「どうして……どうして神様までそんなことを…。私は…私はみんなを救いたかっただけなのに……っ!」


 誰も彼女を助けようとはしなかった。

 大聖堂の衛兵たちが、魂の抜けたような彼女の両脇を抱え、外へと連れ出していく。

 彼女の目には、かつての強い光はなく、ただ底知れない恐怖と絶望だけが張り付いていた。


 私は再び膝をつき、祈りを捧げた。

 女神様に召し上げられるその日まで、この身を清らかに保ち、愛を捧げ続けることを。



 そして歯車が、音を立てて回る。


残り二つ~~~


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「今後どうなるの!!」


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