【小話2】味方ができた―レニー視点
レニー視点です
「……姉さん、いい加減にしてくれないか」
放課後の無人の教室。冷たい西日が差し込む中で、四歳年下の弟・ランバートは、心底軽蔑したような瞳で私を射抜いた。
彼はまだ中等部の制服に身を包んでいるが、その佇まいはすでに、泥沼のピアース家を一人で背負って立つ覚悟を決めた大人のようだった。
「何を…何を怒っているの、ランバート。私は、貴方のことも心配なのよ? 貴方が将来、パパみたいな不実な男にならないように、そしてママみたいな女に捕まらないように、私はこの学園から『正解のない愛』を駆逐しようと…」
「…狂ってる」
ランバートの短い呟きが、ナイフのように私の胸を抉った。
「その『正義』とやらのせいで、ピアース家の評判は地に落ちたんだ。ただでさえ金がない、後ろ盾もない。それなのに、姉さんが伯爵家や侯爵家の婚約者に噛み付いて回るせいで、僕の奨学金さえ危うくなっているんだよ。これ以上、僕の邪魔をしないでくれ」
「邪魔…? 私は貴方の姉なのよ!? 私はただ、世界から不幸な子供をなくしたいだけで…」
「その不幸な子供の代表格が、目の前の僕だっていう自覚はないのか!?」
ランバートが声を荒らげた。
彼は、私が一番触れられたくない「真実」を、容赦なく突きつけてくる。
「姉さんが騒げば騒ぐほど、僕は惨めな思いをするんだ。姉さんが否定している『汚い関係』の末に、僕たちが生まれてきたことを再確認させられるだけなんだよ! 頼むから、もう消えてくれ。これ以上、家に泥を塗るなら…僕は姉さんを姉だとは思わない」
ランバートは、振り返ることなく教室を出て行った。
バタン、という重い扉の音が、私と彼の絆が断ち切られた音に聞こえた。
膝が笑って、私はその場にへたり込んだ。
どうして。どうして誰も分かってくれないの。
私は、あの暗い部屋で一人で震えていた、私とランバートを救いたいだけなのに。
ふらふらと幽霊のような足取りで、私は学園の裏庭へ向かった。
冷たいベンチ。湿った土。
誰もいないこの場所だけが、今の私の居場所だった。
「……あ、あう…っ、うう…」
過呼吸になりそうな胸を必死に抑える。
視界が歪み、世界が灰色に塗り潰されていく。
私は正しいはず。間違っているのは、ビジネスのように愛を語る人たちの方だ。
それなのに、どうして私はこんなに苦しいの。
どうして私は、誰にも愛されないの――。
「よっ! 君が噂の子?」
不意に、上空から降ってきたような軽やかな声。
驚いて顔を上げると、そこには美しい金髪を揺らした青年が立っていた。
アトキンソン侯爵家の嫡男、ジョーエル様。
学園のヒエラルキーの頂点に立つようなお方が、どうしてこんな泥だらけの私に声をかけるのか。
「あ…ジョ、ジョーエル様……? どうして、私なんかに…」
「いやあ、君の噂は聞いてるよ。すごく勇敢だね。学園の連中は君を笑っているけど、俺は君に同感なんだ。愛っていうのは、もっとこう…純粋で、絶対的なものであるべきだよね」
ジョーエル様は、私の隣に腰を下ろした。
初めてだ。
私の言葉を否定せず、肯定してくれる人。
私の「正義」を、笑わずに受け止めてくれる人。
「……本当、ですか? ジョーエル様も、そう思ってくださるんですか?」
「もちろん。俺はいつだって、君の味方だよ。ところで、君は知ってるかい? ジェラード侯爵令息のゲイリーが、婚約者のヴィクトリア嬢に手を出そうとしてるらしいよ」
ジョーエル様が、囁くように言った。
その言葉を聞いた瞬間、私の背筋に冷たい氷が走った。
「……て、手を出そうと…? それって…」
「そう。婚前交渉ってやつ。あいつは元々遊び人だし、ヴィクトリア嬢を自分の所有物にするために、身体で縛り付けようとしてるんじゃないかな。ヤバいよね。あんな清純そうな令嬢が、あんな獣に汚されるなんて。君なら、どうにかしてあげられるんじゃない?」
身体が、怒りで熱くなった。
「……救わなきゃ。私が、彼女を救わなきゃいけないわ」
私は立ち上がった。ジョーエル様は、目を細めて私を見送ってくれた。
結果は――惨敗だった。
温室に突撃した私は、ヴィクトリア様に「情欲こそが愛だ」と開き直られ、ゲイリー様には家の不仲を盾に脅された。
(どうして…私は正しいはずなのに。私は、彼女が汚されるのを止めたかっただけなのに…!)
逃げるように屋敷に帰り、自分の部屋に閉じこもった。
そこには、一通の手紙が置かれていた。
母からの、簡潔で冷酷な指示書。
『レニーへ。貴女の学園での醜聞は、私の耳にも届いています。これ以上、我が家の名誉を汚すことは許しません。貴女の結婚相手は、もう私の方では見つけられません。騒ぎを起こすあばずれの娘というレッテルを貼られた貴女を欲しがる家など、この近隣には一軒もないのだから。
……何とかして学園にいる間に、自力で相手を見つけなさい。さもなくば、卒業と同時に貴女を廃嫡し、修道院へ送ります』
手紙が、指先から滑り落ちた。
「……そんな…」
母にとっても、私はもう「駒」としての価値さえ失ったのだ。
自力で相手を見つける? 私のような、学園中から忌み嫌われている「狂人」を、誰が妻にしてくれるというのか。
絶望が、冷たい泥のように私を飲み込んでいく。
私は、誰も救えなかった。
キャメロンも、ウォルト様も、ジョアン様も、ヴィクトリア様も。
そして――私自身のことさえも。
(……助けて。誰か、助けてよ…)
膝を抱えて震える私の脳裏に、あの温かな声が蘇る。
『俺はいつだって、君の味方だよ』
ジョーエル様。
彼だけが、私を肯定してくれた。
彼だけが、私を見てくれた。
もし、彼が助けてくれるなら。
もし、彼なら、この地獄から私を連れ出してくれるなら――。
私は、暗闇の中で縋るように、彼の名前を呟いた。
ランバートが生まれる少し前から、完全に夫婦仲は冷え切ってお互いに愛人を作っていたので
まあ、そういうことだよねって子供たちは察している
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