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「愛が無い関係」なんて誰が決めたのですか?  作者: 延々Redo


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6/12

◆フィリア―友人同士の深い愛

四つ目

 学園の中庭、木漏(こも)れ日が()れるテラス席で、私は山積(やまづ)みになった書類にペンを走らせていた。

 隣では、婚約者のジョアン・ウルフが、同じように難しい顔で計算書と格闘(かくとう)している。


「――ジョアン。ここ、昨期の輸送費(ゆそうひ)の計上が、予備費と重複(じゅうふく)してないかしら?」


「ん…? ああ、本当だ。助かるよウェンディ。僕の方の領地分と合算する時に、つい二重で引いてしまったみたいだ」


「もう、しっかりして。これ、今週末までにまとめないと、お父様たちに怒られちゃうわよ」


 私たちは、ウルフ子爵家とペラーズ子爵家が共同で行っている「魔石輸送路の整備事業」の事務を、学園の休み時間を使って進めていた。

 周囲の学生たちが甘い菓子を突き合い、恋の噂話に花を咲かせている中で、私たちのテーブルだけが異質な事務処理センターと化している。


「おいおい、お前ら。また仕事かよ」


 ふいに、ジョアンの友人たちが苦笑しながら声をかけてきた。


「婚約者同士で集まって、茶も飲まずに帳簿(ちょうぼ)か? お前らって本当に、婚約者っていうより…なんていうか、ただの『友人』って感じだよな」


「全くだ。ジョアン、たまにはウェンディ嬢の手を取って、愛の言葉の一つでも(ささや)いたらどうなんだ? 花でも贈るとかさ」


 友人たちの軽口に、ジョアンはペンを置かずに肩をすくめて笑った。


「僕たちの間にそんな甘い空気、今更必要ないさ。それより、この計算を間違える方がよっぽど恐ろしいからね。なあ、ウェンディ?」


「ええ。ジョアンが贈ってくれる花より、彼が作成してくれる完璧な収支報告書(しゅうしほうこくしょ)の方が、私は何倍も信頼できるわ」


 友人たちは「相変わらずだな」と(あき)れて去っていった。

 私たちは顔を見合わせ、小さく笑い合う。

 色気がない? 友人みたい? 結構(けっこう)なことだ。


 私たちの絆は、そんな浅い言葉で(はか)れるものではない。

 2年前、事業が破綻(はたん)しかけ、両家が路頭(ろとう)に迷いそうになったあの冬。

 泥まみれになって現場を回り、共に徹夜(てつや)を重ね、血の(にじ)むような思いで再建案を()り上げたのは、他でもないジョアンと私だ。

 背中を預け、命を(けず)るようにして戦った私たちにとって、この「信頼」こそが何より心地よい。


(甘い愛? 情熱的な恋? そんな不安定なもの、今の私たちには必要ないのよ)


 そう確信して、再びペンを走らせようとした、その時だった。


「……信じられないわ。そんなの、あんまりです…!」


 背後から、震えるような声が(ひび)いた。

 振り返ると、そこにはいつかの――学園中で有名な、ピアース子爵令嬢が立っていた。

 彼女はまるで、私たちがこの世の終わりでも宣言したかのような、悲壮(ひそう)な表情でこちらを見つめている。


「…ピアース嬢? 急にどうされましたか?」


 ジョアンが怪訝(けげん)そうに(たず)ねるが、彼女はそれを無視して、ぐいっと私たちのテーブルに身を乗り出した。


「ジョアン様! ウェンディ様! 今の、お友達との会話、聞いていました! 貴方たちは…貴方たちは、お互いを『ビジネスパートナー』だなんて言ったのですか!? 友人だなんて、そんな悲しい嘘を…!」


「嘘…?」


 私は思わず眉を(ひそ)めた。


「私たちは事実を言ったまでですが。私たちは互いを深く信頼しており、良き理解者として――」


「それが間違いなんです!!」


 レニーが机を叩いた。インク瓶が跳ね、せっかく書き上げた書類に黒いシミが広がる。

 私の指先が、怒りで(かす)かに震えた。


「愛し合っているなら、手を取り合い、見つめ合い、お互いを特別だと言い合うべきです! そんな事務的な報告書を送り合う関係なんて、愛ではありません! それはただの『義務』です! そんな(さび)しい関係で、一生を共にできると思っているのですか!?」


 彼女の瞳には、またしても涙が()まっている。

 その涙が、同情ではなく、自分自身の「理想」が否定されたことへのパニックだと、私にはすぐに分かった。


「ウェンディ様! 貴女は女として、それで満足なのですか!? 髪を()でられることも、愛していると(ささや)かれることもなく、帳簿の数字を追うだけの人生なんて…! 私がパパとママを見てきたから分かるんです。そんな風に『冷めた関係』を認め始めたら、いつか二人はバラバラになって、取り返しのつかない不幸を(まね)くわ!」


 ジョアンが、静かにペンを置いた。

 彼の表情から、いつもの(やわ)らかな笑みが消えている。


「ピアース嬢。君は、僕たちの何を知っているんだ?」


「……え?」


「僕たちが、あの寒波(かんぱ)の夜に、一つのランプでどれほどの未来を語り合ったか。資金が底を()きかけた時、ウェンディが自分の宝石をすべて売り払い、僕に『貴方を信じている』と笑って見せた時の強さを…。君は、その一部でも知っているのか?」


 ジョアンの声は、怒鳴(どな)るよりもずっと(するど)く、冷徹(れいてつ)だった。


「僕たちは、お互いの弱さを知り、その上で強さを分かち合ってきた。僕にとってウェンディは、僕の魂の半分だ。甘い言葉で(かざ)る必要がないほど、彼女の存在は僕の中に組み込まれている。それを、君のような『愛の定義』に当てはまらないからといって、不幸だと決めつけられるのは…(はなは)心外(しんがい)だ」


「でも…でも、それじゃあ子供はどうなるんですか!? 燃え上がるような愛のない親を見て、子供はどうやって愛を学ぶんですか!?」


 レニーが、(すが)るように叫ぶ。

 その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが(はじ)けた。


 私は立ち上がり、彼女を真っ直ぐに見据(みす)えた。


「ピアース嬢。貴女の言う『愛』は、まるで夏に()向日葵(ひまわり)のようなものね。強烈(きょうれつ)で、目立って、けれど季節が過ぎれば()れてしまう…。でも、私たちの愛は違うわ」


 私はジョアンの手の上に、自分の手を重ねた。

 恋人のような(にぎ)り方ではない。共に戦場を生き抜いた戦友が、互いの無事を確認するような、強く、静かな重み。


「私たちの愛は、地中深くに根を張った大樹(たいじゅ)のようなもの。華やかさはないかもしれないけれど、どんな嵐が来ても決して(たお)れない。お互いを知り尽くし、尊重し、同じ目標を見据えて歩む。この『友愛』こそが、私たちが選び取った最上の愛の形なのよ」


「そんなの……そんなの、愛じゃないわ…。ただの協力関係よ…!」


 レニーが、首を振りながら後ずさる。


「不幸なのは、自分の愛の形を信じられず、他人の関係に土足で()み込まなければ安心できない、貴女自身ではなくて?」


 私は最後の一撃(いちげき)を、静かに、けれど決定的な温度で放った。


「愛が無い関係なんて、誰が決めたの?」


 レニーの顔から、完全に血の気が引いた。

 彼女の唇が、魚のようにパクパクと動くが、言葉は出てこない。


「私たちには、貴女が求めるような甘い『おままごと』は必要ありません。この信頼があれば、私たちは世界の果てまで行ける。…貴女の、その(いびつ)な正義感に付き合っている(ひま)は、私たちには一分一秒たりとも無いの」


「……あ、あ…」


 周囲の学生たちが、ヒソヒソと話し始める。


「また彼女か」

「自分の家の不仲を他人に押し付けているらしいぞ」

「見ていて痛々しいな」


 その声に追われるように、レニーはまたしても顔を(おお)い、逃げるように走り去っていった。


 静寂(せいじゃく)が戻ったテラス。

 ジョアンが溜息(ためいき)をつき、インクで汚れた書類を見つめた。


「…(まい)ったな。これ、書き直しだ」


「ええ、本当ね。…でも、ジョアン」


 私は、彼の(そで)を少しだけ引いた。


「さっきの言葉。『魂の半分』だなんて、貴方、そんなこと思っていたの?」


「……うるさいな。本当のことだろう」


 ジョアンが、少しだけ耳を赤くして視線を()らした。

 そんな彼の姿を見て、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。


 手をつながなくても、見つめ合わなくても、私たちには伝わっている。

 帳簿の数字よりも正確に、お互いの心がどこにあるのかを。


「さあ、続きをやりましょう。今夜中に終わらせないと、明日もあの令嬢が来たら大変だわ」


「そうだね。次はもう少し、静かな場所で仕事をしようか」


 私たちは再び、ペンを取った。

 カチカチと時計の針が(きざ)む音と、紙の上を(すべ)るペンの音。

 世界で一番、心地よく、信頼に満ちたその音色が、私たちの「愛」の証明だった。


この二人はめちゃくちゃ強い

フィリアの関係は長く続く可能性が高いそうです

レニーは今ちょっとした有名人


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「今後どうなるの!!」


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