【小話1】愛がほしい-レニー視点
レニー視点の独白です、なぜ彼女が「こう」なのか
ずっと、愛情がほしかった。
温かくて、甘くて、私だけを包み込んでくれる、絵本の中にあるような「正解の愛」が。
「お前! また男を連れ込んだのか! 貴族の夫人が何をやっている、このあばずれ女め!」
「あなたこそ! 一体何人の愛人を囲い込むつもり!? 獣のように節度を持たない恥知らずな男ね!」
また、始まった。
扉の向こうで割れる陶器の音。罵詈雑言の嵐。
ピアース子爵家の屋敷は、いつも冷え切った殺意に満ちていた。政略結婚で結ばれた両親は、互いを憎み、蔑み、その反動を外での情事に求めていた。
「聞きたくない…。もう、たくさん……」
私は耳を塞ぎ、暗い部屋の隅で膝を抱える。
彼らにとって、私は「不仲な生活の結果」でしかない。
父が愛人にお金を使い込むせいで、私のドレスはいつもお下がり。母が当てつけに男を呼び込むせいで、屋敷にはいつも見知らぬ誰かの匂いがする。
愛し合わない男女が一緒にいるから、こんな地獄が生まれるんだ。
愛し合わない男女が子供を作るから、私のような不幸な子供が生まれるんだ。
――「愛の無い関係」は、悪だ。壊さなきゃいけない。
幼い私の心に、その歪な教訓が深く、深く刻み込まれた。
◇◇◇◇◇
「レニー、本日から貴族としての教育を始めます。素晴らしい淑女となり、良き夫となる人を捕まえるのですよ」
ある日、母はうつろな目で私に言った。
私を愛しているからではなく、自分の立場を守るための「駒」として、私を教育すると。
家にはお金がない。それでも母は、私に無理な教育を強いた。それは私のためではなく、社交界で「あばずれ」と蔑まれる母自身が、優秀な娘を結婚市場に流すことで、自分の尊厳を回復したいだけなのだと、子供心に気づいていた。
弟のランバートは、そんな両親を冷めた目で見ていた。
四歳年下の彼は、私よりもずっと「正解」に近いところにいた。
「姉さん、無駄だよ。あの二人はもう壊れてるんだ。期待するだけ時間の無駄なんだから」
そう言って、ランバートは自分の殻に閉じこもり、自力で奨学金を勝ち取るほどの才覚を磨いた。でも、私は彼のように強くはなれなかった。
私は、常に誰かの機嫌を伺い、誰かの悲しみに共鳴してしまう。
両親が喧嘩を始めると、自分のことのように胸が痛み、過呼吸になり、死ぬほど苦しくなる。
「自他境界」なんて言葉、当時の私は知らなかった。ただ他人の不仲が、自分の内臓を掻き回すような激痛となって襲いかかってくるのだ。
だから、願わずにはいられない。世界から「愛の無い関係」をなくせば、私も、誰かも、もう苦しまなくて済むはずなのに、と。
◇◇◇◇◇
学園に進学してからも、私のレーダーは止まらなかった。
教室の隅、廊下のすれ違い、社交のサロン。そこかしこに、「愛のない男女」が潜んでいる。
特に、幼馴染のキャメロン。
彼は優しかった。領地が隣同士だった頃、泥だらけになって遊んでくれた。私が両親の喧嘩で泣いていると、黙ってそばにいてくれた。
数年前、母たちが「レニーとキャメロンを結婚させよう」と話していたのを聞いたとき、私は生まれて初めて「正解の愛」に辿り着けるかもしれないと希望を抱いた。
私と彼なら、きっと両親のようにはならない。温かな家庭を作れる。
それなのに。
彼は、エクレストン伯爵家という巨大な権力に「買われる」ように婚約した。
噂に聞く二人の様子は、あまりにも事務的で、愛の欠片もなかった。
「…キャメロンが、パパのようになっちゃう。お相手の令嬢も、ママみたいに男を連れ込むようになるの…?」
その想像だけで、目の前が真っ暗になった。
救わなきゃ。私が彼を「正解」へ連れ戻さなきゃ。
使命感に突き動かされて突撃した。なりふり構わず叫んだ。
けれど、キャメロンは私を「不快だ」と切り捨てた。
冷徹な伯爵令嬢に手を取られ、彼は家族のために自分を殺しているように見えた。どうして? 私は貴方の幸せを願っているのに。どうして、その「檻」を愛だなんて呼ぶの?
傷ついた私の耳に、さらなる不穏な話が舞い込む。
ウォルト様と、シェリー様。
二人の噂もまた、私をパニックに陥らせるには十分だった。
『仲睦まじい姿を見たことがない』
『嫉妬も焦りも見せない、空気のような関係』
嫌だ。聞きたくない。
それは、私の両親が冷戦状態にあった頃の空気感と同じだ。
表面上は穏やかでも、中身は空っぽ。そんな結婚が幸せなはずがない。
過呼吸になりそうな自分を必死に鼓舞して、私は彼らの前に立った。
「彼を解放して」と叫んだ。
なのに、彼らも私を否定した。
「自分たちは信頼し合っている」
「見せつける必要はない」
……そんなの、ただの言い訳に決まっている。
触れ合わない愛なんて、嘘だ。温かくない愛なんて、間違っている。
私のパパだって、外では「妻とは信頼し合っているから自由にしている」なんて嘯いていた。それと同じだ。みんな、自分に嘘をついているだけなんだ。
「どうして…どうして、誰も分かってくれないの…?」
学園の裏庭、冷たいベンチで一人、私は震える指先を見つめた。
私は正しいはずだ。
愛のない関係を放置すれば、世界は不幸で満たされてしまう。
私が止めなきゃいけない。私が、彼らに「本当の愛」を教えてあげなきゃいけないのに。
涙が溢れて止まらなかった。
誰かに寄り添ってほしかった。
「レニー、君は間違っていないよ。君の言う通り、愛はもっと温かいものだよ」
そう言って、抱きしめてほしかった。
でも、現実は過酷だ。私は「無作法なピアース子爵令嬢」として孤立し、味方は一人もいない。
……いや、一人だけ、いた。
「よっ! 君が噂の子?」
ひょっこりと顔を出した、ジョーエル様。
彼は、私の活動を「同感だよ」と言ってくれた。
初めて、私の言葉を否定しなかった人。
彼が教えてくれた情報の数々は、どれも私の使命感を燃え上がらせるものばかりだった。
「……次は、あのお二人だわ」
不仲と噂される、ローデリック様とダイアン様。
お互いに他の異性と親しくし、嫉妬させ合っているという。
……ああ、嫌だ。ママがパパに当てつけをして、見せびらかすように男を連れ込んでいたあの光景が蘇る。
あんなの、遊びの愛なんて呼んじゃいけない。ただの傷つけ合いだわ。
トラウマで震える足を引きずり、私は次の「戦場」へと向かう。
私は、自分が救いたいのが誰なのか、まだ気づいていない。
あの暗い部屋で耳を塞いでいた、幼い日の自分。
「助けて」と言えなかった、あの日の私。
彼女を救い出すためには、世界中の「愛のない関係」をすべて破壊し、塗り替えなければならないと思い込んでいる。
――愛が、ほしい。
それが呪いのような強迫観念となって、私を破滅の淵へと突き動かしていた。
リドゥさんも両親が不仲で「結婚はクソ」という固定観念となったので
レニーに同情はする
こやつも早く大人になれればいいのにね
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるの!!」
と思ったら
↓
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いいたします!
面白かったら☆5つ、つまらなかったら☆1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです!
なにとぞよろしくお願いいたします!




