◆プラグマ―実用的な愛
一つ目
「よっ!キャメロン!エクレストン嬢と婚約したんだって?田舎者が出世したじゃねぇか!」
げっ面倒くさい奴らにバレた。
「わりーかよ!これでお前らにも田舎者だってバカにされなくなったんだ、未来の伯爵を敬えよな」
「一人だけ抜け駆けして出世しやがって~!」
「俺と独り身同盟組んでたじゃねーか!裏切者ー!!」
「伯爵さま~うちと取引してくれよ~」
露骨に嫌な顔を向けるが、こうして変わらず絡んでくれるのに悪い気はしない。
うだつが上がらない子爵令息同盟を組んでた身としては、一人だけ頭一つ抜けるのは罪悪感があったからな。
この適当にバカ騒ぎできる気安い関係ともおさらばかと思っていたが、持つべきものは大切な友人だぜ。
「こうしてお前らバカできるのも、学生の内だけになっちまったなぁ。婿入りする以上、ちゃんとしなきゃならねーし」
「寂しいこと言うなよな!卒業しても飲みに行こうぜ!」
「もちろん伯爵さまのおごりでな!」
「いくらかかるんだよ!勘弁しろって!」
こいつらと笑い合うと、将来への不安とか寂しさがどこかに飛んでいくから最高だ。
だが一人が神妙な面持ちで話し始めたせいで、他の連中も真面目な顔になる。
「…お前、本当に頑張ったよ。だって特待生クラスだぜ?卒業式で国王陛下から直々に声かけられるんだろ?俺らじゃ真似できねぇって」
「ずっと勉強してたもんなぁ、こいつ。テスト前とかあんまり寝てねぇだろ」
「それで才女と名高いエクレストン嬢に目を掛けられたんだったら、お前の努力が認められたってことだろ。友人として嬉しいよ」
うちの学園は途中まで成績順に分けられる。
DからAまでのありきたりなクラス分けだ。
特にAクラスは学費が免除されるから目指す連中が多い。
だがAクラスの成績優秀者10名は特待生クラスとして、別枠に進級するんだ。
そして特待生クラスに選ばれると、報奨金としてかなりの額が国庫から支給される。
俺はこのクラスを目指して、ここ数年死にもの狂いで勉強した。
本来は『この報奨金で研究して成果を出してね』ってことなんだろうが、俺は弟の学費に使った。
うちの家は先代がやらかしたせいで裕福じゃないから、俺が稼いで弟と妹に良い環境を与えたい。
実際、親も助かったって言ってくれたしな。
「エクレストン伯爵家と縁ができたんだ。これで爵位を継ぐ兄や両親にも楽させてやれる」
思わずそう呟くと、想像以上にしんみりしてしまった。
そんな空気を打ち払うように、悪友の一人が俺の背中を強く叩く。
「いってぇ!!」
「なーに終わったみたいな雰囲気出してんだよ!まだまだこれからだろ?」
「そうそう、次の伯爵さまとして家を盛り立てていかなきゃだな!」
「一人で抱え込みすぎんなって!気軽に相談してくれよ!」
「まったく…じゃあお前ら遠慮なくこき使ってやるぜ!」
俺たちはこうやって、誰か一人が落ち込んでいたら皆で元気にする。
やっぱ良い関係だよな。
俺もこいつらのために、何か返せることを返したい。
そう自然に思った。
結局、そのまま四人で揃って昼食を摂ることになり、昼間の終了時間に余裕を持ってサロンを後にした。
教室棟への帰り道で、一人が思い出したように聞いてくる。
「そういや、エクレストン嬢とはうまくやれてるのか?この間、サロンで仕事みてーな会話してたって聞いたぜ?」
「あーそれ俺も気になってた。実際どうなんだよ、さすがにお泊りはできねぇよな」
「どこまで進んだんだ?もうキスはしたんだろ?」
…先程までの感動を返して欲しい、年相応のやつらめ。
「別に…何ともねぇよ。エスコートはしたことあるけど、まだ何もしてねぇし…」
「うっそだろ…!?」
「え?いや、マジ?」
「まぁ伯爵家だから…やっぱ厳しいのか…?」
「失礼なやつらだな…それはそうとアッシュ、お前結婚相手探してるだろ。知り合いを紹介しようか?」
「マジか!頼むよ~!親からも『早く相手を見つけろ』って圧かけられてるんだよ~!」
「大変だな、お前も。幼馴染でレニーって言う子がいるんだけどさ、ピアース子爵だから同じ爵位――」
そこまで言いかけた時、知り合いの声が会話に入ってきた。
「キャメロン!!」
息を切らして駆け寄ってきたのは、たった今話題に出したレニーだった。
こんなに慌てて珍しいな、何かあったのか?
「レニー、どうしたんだ?ご家族に何かあったのか?」
レニーは俺の前までくると膝に手をついて呼吸を整える。
走ってきたのかよ…一体何が起こってるんだ?
やっと息が落ち着いたレニーは、俺の目を真っすぐに見てとんでもないことを言い出した。
「キャメロン!私、聞いたの!エクレストン伯爵家の令嬢と婚約したって!」
「あ、ああ…ロザンヌのことか。確かに婚約したぜ。それがどうかしたのか?」
祝いに来てくれたのかと一瞬思ったが、レニーの雰囲気がどうもおかしい。
そう思っていると、こいつは爆弾発言を投げやがった。
「ロザンヌさんとうまく行ってないんでしょう!?愛のない関係だって聞いたわ!」
「バッ…レニーやめろお前!!」
こいつの大声で、周囲の生徒が一斉にこっちを見てくる。
これがロザンヌの耳に入ったらヤバい。
ロザンヌはエクレストン伯爵家だ。子爵家の俺が婚約に不満を持っているなんて思われた日には、とんでもないことになるぞ。
友人たちは何も言わずに、周囲の視線から俺を守ってくれるように立つ。
こいつらには感謝しかない。今度何かおごろう。
「愛のない婚約関係なんて、ロザンヌさんはひどいわ!キャメロンを解放してくれるよう言ってくるから!」
「レニー、違う!!俺たちはちゃんと愛し合ってる!」
「ロザンヌさんにそう言わされてるんでしょう!?私は分かってるのよ!」
「お前ちょっと黙れ!!」
「大丈夫よ!ロザンヌさんに今すぐ婚約破棄してもらうよう言ってくるわ!」
ダメだこいつ、何でか分からないが完全に暴走してる。
これ以上、変なことを喋らないように口を抑えようとしたが、それよりも早く冷静な声が掛けられた。
「――私が、どうかしましたか?」
喉からヒュッと音が漏れた。
振り返ると、人柄を表したように真っすぐな金の髪と、理知的な緑の瞳を持つロザンヌがいた。
最悪だ、ロザンヌにこいつの妄言を聞かれてしまった。
「ロザンヌ!違うんだ、これは」
「あなたがロザンヌさんね!キャメロンを解放してあげて!」
「レニー黙れ!!」
わめき続けるレニーに本気で殺意が湧いてくる。
ここで婚約破棄でもされたら、実家の両親や兄弟、妹へ向ける顔がない。
今からでもレニーの口を覆う?
できるか!!すでに周囲の視線がこっち向いてるんだぞ!この場が収まっても淑女に暴力をふるう男になっちまう!
「ロザンヌ!レニーの言うことは全部ウソだ!こいつは何でか知らんが錯乱してるんだ!」
「ロザンヌさん!愛のない関係でキャメロンを縛り付けて楽しいですか!?確かにキャメロンはカッコいいけど、そんなに見た目が気に入ったんですか!?」
思わず素の口調になっちまった俺に、レニーが言葉を被せてくる。
マズい!このままだと実家にも被害が出る!
もういい!こいつを何とかしなければ!
しかし、それまで沈黙を保っていたロザンヌがクスッと微笑み、レニーを無視して俺に近づいてきた。
「その口調は初めて聞いたわ。今まで猫を被っていたのかしら」
「へ…あ、い、いや!」
そのままロザンヌは両手で俺の手を取った。
あれ、これは初めて手をつないだことになるんじゃないか!?
「きゃ、キャメロン!?」
「レニーさんでしたか?このように私とキャメロン様は仲良しですので、あなたの主張は間違っています。早急にお帰り下さいな」
ヤバい、ロザンヌから良い匂いがする。
それどころじゃない、変態だな俺。
ロザンヌの手を握り返して言葉にする。
「そうだ、レニー。お前の『愛が無い関係』という主張は不快だ。さっさと帰れ」
よし、言えた!
ここまで親密な様子を見せつけて言葉にすれば、たいていの奴は文句を付けられなくなるはずだ。
そう思ったが、レニーは想像以上に常識をどこかに置いてきたようだった。
「でも!先に手を握ったのはロザンヌさんだし、キャメロンは言わされているだけだわ!キャメロン、無理してあなたを縛り付ける人に付き合う必要はないの!私は分かってるから、そんな人捨ててこっちに来て!」
その言葉が、俺の超えてはいけない一線を超えた。
レニーへの焦りも怒りも一気に収まった。
俺はつないでいた手をほどいてロザンヌの肩に回し、そのまま抱き寄せる。
きっと今の俺の顔は、怒りに歪んでいると思う。
「え?きゃ、キャメロン?」
「…お前いい加減にしろよ。俺の今までの努力を否定するつもりかよ。そんなやつだと思わなかったわ」
「え?…え?」
「俺が今までどんな思いで努力してきたのか、分かってるのか?家族のために必死で勉強して、特待生クラスに入って、うちよりも上位の家から婿入りのお声をいただいたんだ。この意味が分かってるのか?俺の家族の未来を捨てて、お前程度のもとに?あり得ないだろ」
「で、でも!お互い愛し合ってないでしょ!愛の無い関係なんて苦しいだけよ!新しい人を探すの手伝うから、その人から離れて!」
自分でも驚くほど低い声が出た。
周囲の友人も驚いて俺を見つめている。
それでもなお必死に言い募るレニーに、怒りを超えて憎悪を抱き始めた。
無意識にロザンヌを抱き寄せる力が強まる。
「確かに俺は実利を優先したから婚約した。それで何でロザンヌを愛していないことになるんだ?」
「え…だって、仕事みたいな会話だって聞いて…」
馬鹿か、こいつ。
たまたまその時、仕事の話をしていただけかもしれないだろ。
「キャメロン様。私にも発言の機会をいただける?」
「あ、あ!申し訳ない、強く抱きしめてしまった。お怪我はありませんか?」
「ふふ、あなたの想いはよく分かったわ」
慌ててロザンヌから手を話すと、彼女は微笑んで悠然とレニーに対峙する。
華奢な令嬢なのに背中がカッコいい。
「さて、レニーさん。私たちの関係は確かに、実利に基づくものです。我がエクレストン伯爵家は次期当主となるに値する、優れた人材を探しておりました。そこで目をつけたのが、独学で特待生クラスに進学したキャメロン様です」
「!や、やっぱり愛が無いんじゃない...!だから――」
「だから何ですか?『愛が無い関係』なんて誰が決めたのですか?それでも私たちは愛し合っていますよ。例えば、私がいま付けているイヤリング。こちらは先日、婚約記念にキャメロン様からいただいたものです」
「待って秘密にしてくれよそれ」
ロザンヌはそう言って右側の髪をかき上げる。
耳には彼女の瞳と同じ色に輝くエメラルドのイヤリング。
それを見せびらかす彼女の顔は、ふふん、とどことなく自慢げに見える。
街をぶらぶらと歩いていたら見つけたものだ。
思わず一目惚れして買ってしまった。
そのままの勢いで連絡もなしに伯爵家を訪れ、婚約記念に渡してしまったものだ。
だが自分なりに奮発して買ったイヤリングだが、伯爵令嬢への贈り物としては安物だったらしい。
しかも後ほど「初めての贈り物は自分の瞳や髪の色を贈るものですよ」と教えられ、尋常ではなく後悔した。
つたない贈り物の話を出され、思わず顔が熱くなるのを感じる。
恥ずかしい、今すぐ消えたい。
「レニーさんは最近、キャメロン様から贈り物をいただきましたか?私はこちらに加えて、先日ハンカチーフをいただきましたけれど」
「…っ!」
「やめてそれも秘密にしてくれ」
うちの領では母がお針子たちを集め、新たなビジネスを興そうとしている。
昔ながらの手仕事による繊細なレースに、現代風の意匠を組み込んだものだ。
素人目に見てもかなり出来が良かったから、商品サンプルも兼ねて渡したものだった。
しかし、渡すときに言葉を間違えて「領地に囲っている愛人に作らせたもの」と受け取られてしまった。
すぐに誤解に気付き平謝りしたが、その時のロザンヌの態度は冷たいもので背筋が冷えた。
それ以来、女性に贈り物をする際には一層注意するようにしている。
「ちなみに、私からは新たなカバンをお贈りしました。キャメロン様は参考書や本をたくさん持ち歩くので、消耗が激しかったのですよね。そこが特待生クラスに進学できた所以です」
「おぉぉぉおおう…!!」
言語化しがたい声が出た。
ちなみにカバンの傷みには気づいていたが、ちまちまと節約し貯金していたから買い換えなかったとは言えない。
だって次期伯爵がケチだなんて噂になったら大変だ。
その点、ロザンヌの話は上手く好印象を残している。
「はい、ですのでレニーさんをお呼びではありません。お帰り下さいな」
「な…な…」
驚きと衝撃に固まっているレニーに対し、格の違いを見せつけるロザンヌ。
はぁ、と溜息をついてから、俺は再びロザンヌの肩を抱き寄せた。
「レニー、君のことを友人に紹介するつもりだったんだが、こんな騒ぎを起こされちゃな。今後一切、ロザンヌと俺に近づかないでくれ。いいだろ、アッシュ」
「ああ~この子かぁ、さすがに俺も要らないかなぁ」
「い、いらないって!そんな!」
「そして私からも一つ」
ロザンヌは俺に身体を預けながら、ゆったりと微笑んだ。
俺は思わずその微笑みに見惚れてしまった。
「私たちの代において、エクレストン伯爵家はピアース子爵家との交流を一切絶つことにいたします。もう関わらないでくださいね」
「ちょ、ちょっと!そんなの乱暴よ!不当な圧力だわ!」
「お前がこの騒動を始めたんだろ。デビュタントも済んだんだから、俺たちは成人だ。自分の行動には責任を取るんだな」
「そ、そんな…」
真っ青になって固まるレニーを置き去りに、俺たちはその場を後にした。
まあ、彼女の本性を知れて良かったとするか。
そう思っていたら、ロザンヌが俺を見上げて声をかけてきた。
「次は、話されても恥ずかしくない贈り物をお願いしますね。このままでは私、夫からの贈り物を自慢できない妻になってしまいます」
「ぜ、全力で努力します」
「うふふ、次も期待しています」
俺たちの関係は確かに実利から始まったものだ。
でも、この関係のどこに「愛が無い」だって?
キャメロンはただの好青年です
ロザンヌは割と柔軟性のある方です
二人ともたぶん15~16歳の学年です
キャメロンが必死に勉強して特待生クラスに入る→ロザンヌが「新しい子が入ってきた」と目をつける→頑張ってるし好青年だわ問題なさそうね→キャメロンが直近のテストでロザンヌの順位を抜かす→確保
たぶんこんな感じの流れ
それはそうとアッシュ君も良い人見つかるといいね
それにしても男性の一人称視点が書きやすい
TRPGで男性キャラばかりやってた影響か




