◆プラグマ―実用的な愛
一つ目
「よっ、キャメロン! エクレストン伯爵令嬢と婚約したんだって? この成り上がり者が!」
背中を叩く無遠慮な衝撃。振り返らなくてもわかる。同じ「うだつの上がらない子爵令息同盟」の腐れ縁どもだ。
「……うるせぇよ。これでようやくお前らに『田舎者』とバカにされずに済むんだ。未来の伯爵様を敬え」
「ははっ、社交辞令だけは一人前になったな! 裏切り者め!」
軽口を叩き合いながらも、胸の奥には確かな充足感があった。
先代がやらかし、傾きかけていた我が家。俺は弟や妹に不自由をさせないため、そして実家を立て直すために、血を吐く思いで勉強してきた。Aクラスの中でも一握りの「特待生クラス」に滑り込み、報奨金をすべて実家にぶち込んだ。
その必死さを、エクレストン伯爵家は――ロザンヌは買ってくれたのだ。
「エクレストン伯爵家と縁ができた。これで、ようやく家族に楽をさせてやれる……」
思わず零れた本音に、友人たちが一瞬しんみりとした顔をする。だが、すぐにアッシュが俺の頭を小突いた。
「湿っぽいこと言ってんじゃねーよ! まだ入り口だろ。お前、その才女な奥様に捨てられないよう精進しろよな!」
そうだ。これはゴールじゃない。俺たちの「契約」は始まったばかりなのだ。
◇◇◇◇◇
昼食を終え、サロンから教室棟へと戻る道すがら。友人たちの話題は、もっぱら俺の婚約生活の詮索に移っていた。
「で、実際どうなんだよ? 伯爵令嬢様とうまくやってんのか? サロンじゃ仕事の打ち合わせみたいな会話しかしてねぇって噂だぜ?」
「どこまで進んだんだよ。キスくらいは…」
「馬鹿言え。まだエスコートを数回しただけだ。彼女は伯爵家の次期当主なんだぞ、そんな簡単に…」
そこまで言いかけた時だった。
「キャメロンッ!!」
鼓膜を突き刺すような叫び声と共に、一人の少女が駆け寄ってきた。ブラウンの癖毛を振り乱したレニーだ。幼馴染の彼女が、これほどなりふり構わず走ってくる姿は見たことがない。
「レニー? どうした、家族に何かあったのか?」
「…ハァ、ハァ……聞いたわ、キャメロン! エクレストン伯爵令嬢と婚約したって!」
「あ、ああ。ロザンヌのことか。それがどうかしたのか?」
レニーの瞳は、異様なまでの熱を帯びていた。それは祝福などではなく、まるで悲劇の真っ只中にいる人間を救おうとする、歪なまでの正義感。
「ロザンヌさんとうまくいってないんでしょう!? 私、聞いたの、二人は『愛のない関係』だって!」
一瞬、周囲の空気が凍りついた。通りがかった生徒たちが足を止め、好奇の視線をこちらに向ける。
「――ッ! レニー、やめろ、声が大きい!」
「だって! 愛のない婚約なんて、ロザンヌさんはひどすぎるわ! 私、彼女に言ってあげる! キャメロンを解放してあげてって!」
「待て、違うんだ! 俺たちはちゃんと――」
「言わされてるんでしょう!? 私は分かってるの、あなたは家のために犠牲になってるだけだって!」
レニーの暴走は止まらない。俺のこれまでの努力を、ロザンヌとの積み重ねを、彼女は勝手に「犠牲」と定義して土足で踏みにじっていく。
最悪だ。ロザンヌにだけはこの妄言を聞かれるわけにはいかない。
「……私が、どうかしましたか?」
冷や水を浴びせられたような、凛とした声が響いた。
振り返ると、そこには完璧な立ち姿のロザンヌが立っていた。理知的な緑の瞳が、真っ直ぐに俺たちを射抜いている。
「ロ、ロザンヌ! これは違うんだ、彼女が勝手に――」
「あなたがロザンヌさんね! キャメロンを解放してあげて! こんな愛のない、実利だけの関係なんて間違ってるわ!」
レニーの叫びに、ロザンヌは怒るどころか、フッと小さく微笑んだ。彼女は混乱する俺のそばに歩み寄り、当然のように俺の手を取った。
「その口調は初めて聞きましたわ。今まで随分と猫を被っていたのね」
「あ……いや、それは…」
「いいえ、嫌いではないわ。――レニー様、でしたかしら。ご覧の通り、私とキャメロン様はこれほど睦まじいのです。あなたの主張は事実無根。早急にお帰りくださいな」
ロザンヌの細い指が、俺の手に絡まる。心臓が跳ねた。
俺も必死に言葉を絞り出す。
「そうだレニー。お前の主張は不快だ。さっさと消えてくれ」
これで終わるはずだった。だが、レニーは絶望したような顔でさらに叫んだ。
「嘘よ! 触れ合うのもロザンヌさんからじゃない! キャメロン、無理してそんな女に縛られる必要はないのよ! 私は分かってるから、そんな人捨ててこっちに来て!」
――プツリ、と。
俺の中で、何かが切れる音がした。
焦りも怒りも消え、代わりに冷徹なまでの憎悪が湧き上がる。俺はロザンヌの手を離すと、彼女の細い肩を引き寄せ、周囲に見せつけるように強く抱き寄せた。
「……お前、いい加減にしろよ。俺の今までの努力を、全部ドブに捨てろって言うのか?」
「え……?」
「俺がどんな思いで家族のために勉強して、特待生に入って、この縁を掴み取ったと思ってる。愛? そんな曖昧なもののために、俺に家族の未来を捨てろと? あり得ないだろ。お前如きのために、ロザンヌを捨てるわけがない」
冷酷な拒絶に、レニーが言葉を失う。
確かに俺たちの始まりは実利だ。だが、俺の野心と実力を認め、対等な「パートナー」として招き入れてくれたロザンヌを、俺は俺なりの敬愛を持って愛している。
「キャメロン様、私からもよろしいかしら?」
ロザンヌが俺の腕の中で、優雅に髪をかき上げた。その耳元で、彼女の瞳と同じ色のエメラルドが誇らしげに揺れる。
「『愛が無い』? 誰が決めたのですか、そんなこと。このイヤリングは先日、キャメロン様が私に贈ってくださったもの。…私の瞳の色に合わせた、彼からの愛の証ですわ」
「っ……!(恥ずかしいから言わないでくれ…)」
安物だと後悔した贈り物。けれど、彼女はそれを「愛の証」として、最高に効果的な場面で使ってみせた。
「さらに言えば、私からは彼に新しい鞄を贈りました。勉学に励む彼の消耗を支えるために。…互いに何を必要としているか理解し、支え合う。これを愛と呼ばずして何と呼ぶのです?」
レニーは、もはや言葉にならない声を漏らし、真っ青な顔で立ち尽くしていた。
ロザンヌはトドメを刺すように、完璧な「当主の顔」で告げた。
「エクレストン伯爵家は、ピアース子爵家との交流を一切断絶いたします。不当な圧力ではありません、これは貴女の不敬に対する、正当な自衛です。……さようなら、レニーさん」
呆然とする幼馴染を置き去りにして、俺たちは歩き出す。
「ふふ…次は、もう少し自慢しやすい贈り物をお願いしますね」
「努力……します。全力で」
俺たちの関係は、確かに実利から始まった。
将来の安定、家名の再興、そして有能な右腕の確保。
けれど、この心地よい信頼関係のどこに、「愛が無い」なんて言う隙があるのだろうか。
キャメロンはただの好青年です
ロザンヌは割と柔軟性のある方です
二人ともたぶん15~16歳の学年です
キャメロンが必死に勉強して特待生クラスに入る→ロザンヌが「新しい子が入ってきた」と目をつける→頑張ってるし好青年だわ問題なさそうね→キャメロンが直近のテストでロザンヌの順位を抜かす→確保
たぶんこんな感じの流れ
それはそうとアッシュ君も良い人見つかるといいね
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