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「愛が無い関係」なんて誰が決めたのですか?  作者: 延々Redo


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11/12

◆マニア―偏執狂的な愛

八つ目

 学園の喧騒(けんそう)が遠く感じる、冷たい夜だった。

 私は、自室のベッドの上で膝を抱えて震えていた。母からの手紙、弟からの拒絶、そして次々と私を否定していく令嬢たちの声。


「どうしよう……どうしたらいいの。私、このままじゃ修道院に送られちゃう」


 誰からも愛されず、誰の役にも立てず、ただ不作法な令嬢として消えていく。


 そんな私の前に、彼は現れた。


「レニー。そんなに震えて、どうしたんだい?」


 ジョーエル様。

 彼はいつだって、私が必要な時にそこにいてくれる。暗闇に差し込む、唯一(ゆいいつ)の光。


「ジョーエル様……。私、結婚相手が見つからないんです。学園のみんなは私のことを笑うし、母様には見捨てられて…。私、どうすれば『正解』に辿(たど)り着けるんですか?」


 ジョーエル様は、私の隣に座り、優しく私の頭を()でた。その手のひらの温度が、氷のような私の心を()かしていく。


「そうだね…。君の素晴らしさを理解できない連中ばかりで、俺も心を痛めているよ。でも、レニー。諦めるのはまだ早い。例えば、パリエロ伯爵家の三男、フランク君はどうかな? 彼はまだフリーだし、今日は大聖堂に行くらしいよ。彼なら、君の熱意を分かってくれるかもしれない」


「フランク様…。神様に愛を誓おうとしている、あの方ですね」


「そう。でも、神様への愛なんて寂しいじゃないか。君が彼を『人間同士の愛』へ連れ戻してあげれば、それは素晴らしい救済になると思わないかい?」


「救済…。ええ、そうですわ! 私が彼を救ってあげなきゃ!」


 私は、ジョーエル様の言葉に突き動かされるように大聖堂へ向かった。


 けれど、そこで待っていたのは女神の宣告だった。


『お前は相応しい報いを受ける』


 その神の声に、私は魂が(こお)りつくような恐怖を覚えた。


 学園に戻り、震えながらジョーエル様にそのことを話すと、彼は深く、深く溜息(ためいき)をついて私を見つめた。


「それは大変だ…。女神様を怒らせてしまったんだね。でも、レニー。女神様はこの国を守る神だ。もし君が、この国の『未来の不幸』を阻止(そし)できれば、きっと許してもらえるはずだよ」


「この国の、不幸…?」


「そう。アイゼイヤ王太子殿下と、セシリー嬢の結婚だよ」


 ジョーエル様は、私の耳元で(ささや)いた。


「あの二人に愛がないのは、君も見ていて分かるだろう? あのまま二人が結婚して、愛のない王家になれば、国中に不幸な子供が(あふ)れかえる。それはこの国にとって、最大の災厄だ…。それを止められるのは、君しかいないんだよ、レニー」


「私……私しか…」


「そう。卒業パーティーで殿下を説得するんだ。君の真実の言葉で。そうすれば女神様も君を認め、君は『国を救った聖女』として、誰からも愛されるようになる。もちろん、俺も君を全力で支えるよ」


 ジョーエル様の言葉は、まるで魔法のようだった。

 そうだ。私は間違っていない。みんなを救って、私も救われるんだ。

 その盲信(もうしん)が、私をあの壇上(だんじょう)へと走らせた。


 ……けれど。

 結果は、あまりにも冷酷(れいこく)だった。

 アイゼイヤ様の一蹴(いっしゅう)。周囲の嘲笑(ちょうしょう)。そして、騎士たちによる拘束(こうそく)

 すべてが終わったと思ったその時、ジョーエル様が私を抱き上げてくれた。


「もう大丈夫だ、レニー。静かな場所へ行こう」


 その言葉を信じて、私は彼の腕の中で安堵(あんど)していた。

 彼だけが、私の味方だ。彼がいれば、私はどこへだって――。


 馬車が止まったのは、アトキンソン侯爵家の、人里離れた別荘だった。

 ジョーエル様に抱えられたまま、私は豪奢(ごうしゃ)な寝室へと運び込まれる。


「…ジョーエル様。私、やっぱりダメでした。殿下たちは愛し合っていたし、私はまた、みんなを不快にさせて…。女神様の言った『報い』って、このことだったのでしょうか」


 私が弱々しく尋ねると、ジョーエル様は私をベッドに下ろし、ゆっくりと上着を脱ぎ捨てた。

 その瞳は、先ほどまでの優しさなど微塵(みじん)も感じられない、暗く、(よど)んだ狂気に満ちていた。


「いいや、レニー。報いは、これから始まるんだよ」


「……え?」


「アイゼイヤたちが愛し合っていたのは、計算外だったかな。でも、君があそこで騒いで不敬罪を確定させてくれたおかげで、ようやく君は『法的に』この世から消えることになった。君を引き取った俺の責任において、君を一生、ここから出さない正当な理由ができたんだ」


 ジョーエル様の言葉の意味が、すぐには理解できなかった。


「な、何を…何を言っているのですか? ジョーエル様…?」


「君は不思議に思わなかったのかい? どうして俺が、君にわざわざ『突撃する相手』を教えていたのか。どうして、君の家族の窮状(きゅうじょう)を知っていたのか」


 ジョーエル様は私の頬を()でた。その指先が、蛇の()うような感触で肌を(すべ)る。


「君がローデリックに突撃するように仕向けたのも、ヴィクトリア嬢の秘密を教えたのも、全部俺だ。君が学園中で孤立し、誰からも拒絶され、自分を肯定してくれるのが俺しかいなくなるように…丁寧に、丁寧に、外堀(そとぼり)()めてきたんだよ」


「……っ、そんな…! じゃあ、あの大聖堂のことも、王太子殿下のことも、私を(おとしい)れるために!?」


「そうだよ。君は本当に期待通りに動いてくれた。自分のトラウマに振り回されて、滑稽(こっけい)に叫び回って…。そのたびに君の価値は下がり、誰も君を助けようとは思わなくなった。……完璧だ。これでようやく、君は俺だけのものになった」


 ジョーエル様の顔が近づく。

 その笑顔は、これまで見たどんなものよりも美しく、そして――吐き気がするほどに(ゆが)んでいた。


「……嫌。嫌よ! 離して!」


 逃げようとして腕を(つか)まれたが、その力は恐ろしく強く、びくともしなかった。


「無駄だよ。君はもう、死んだも同然なんだ。外の世界では『狂った末に失踪した子爵令嬢』として処理される。君の弟も、君がいない方が家が安定すると喜んでいるよ」


「…っ……ランバート……。母様…」


 ジョーエル様は、絶望に染まる私の顔を、まるで最高級の芸術品を眺めるような陶酔(とうすい)しきった瞳で見つめた。


「ずっと、欲しかったんだ。その(おろ)かで、思い込みが激しくて、誰かに愛されたくて必死に足掻(あが)いている君が」


 彼は私の耳元に唇を寄せ、熱い吐息(といき)とともに、心の奥底をかき乱すような言葉を(つな)いでいく。


「知っていたかい? 俺はずっと前から、君を見ていたんだ。両親の喧嘩(けんか)(おび)えて、耳を(ふさ)いで震えていた幼い日の君を。自分の家庭が壊れているからこそ、他人の愛に異様なまでに執着し、一つ覚えのように『正解』を叫び続ける……その哀れで、滑稽(こっけい)で、あまりにも『純粋な狂気』に、俺は一目で心を(うば)われた」


「そんな…ずっと前から…?」


「そうだよ。君が他人を救おうと必死になればなるほど、周囲から嫌われ、泥を投げられ、輝きを失っていく…その過程が、たまらなく愛おしかった。俺は、キャメロンのように君を冷たく突き放して正気に戻したりしない。ウォルトのように君を分析して治療したりもしない。そんなことをすれば、君という『美しい悲劇(ひげき)』が台無しになってしまうだろう?」


 ジョーエル様の手が、私の喉元を優しく、けれど確実に逃げ場を奪う強さでなぞる。


「君が誰からも拒絶され、最後に俺の胸に泣きついてきたあの瞬間…俺の人生で最高の悦楽(えつらく)だったよ。俺はね、君のその(いびつ)な正義感も、トラウマも、過呼吸になるほど弱りきった心も、全部そのまま閉じ込めておきたいんだ。君の羽を一枚ずつ、痛くないように、けれど二度と飛べないように丁寧に(むし)って…俺だけの鳥籠(とりかご)の中で、死ぬまで俺を信じて飼い殺されておくれ」


「……っ、狂ってる……貴方も、狂ってるわ…!」


「ああ、狂っているとも…。君が『愛の正解』を求めて彷徨(さまよ)っていたように、俺も『俺だけの所有物』を求めて彷徨っていたんだ。そして、ようやく見つけた。俺の狂気をすべて注ぎ込める、空っぽで、美しく壊れた器を」


 ジョーエル様は、私の涙を舌で(すく)い取り、不気味に微笑んだ。


「これからは、俺だけを見ていればいい。俺が君の『正解』になってあげる。君が求めていた、熱くて、偏執的(へんしつ)で、君のことしか考えない……最高の『偏執狂的な愛(マニア)』を(さず)けてあげるよ」


 ジョーエル様が私を押し倒す。

 その瞳の中に映る自分は、あまりにも無力で、愚かだった。


「やっと…やっと手に入れた。誰にも渡さない。誰にも見せない。君の絶望も、涙も、その(うつ)ろな瞳も、全部俺のものだ」


 私は、震えながら天井を見つめた。

 あの大聖堂で、女神が微笑んでいた理由を、ようやく理解した。

 これは、私が他人の愛を否定し続けてきたことへの、最悪で、最高にふさわしい報い。


 温かくない。甘くもない。

 ただ、冷たくて暗い(おり)のような、独善的(どくぜんてき)な愛。


「愛してるよ、レニー…。一生、逃がしてあげないからね」


 ジョーエル様の囁きが、耳の奥にこびりついて離れない。

 私は、自分が求めていた「特別な愛」の中に、ようやく閉じ込められたのだ。


良かったね、愛をもらえたよ

次はエピローグです


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「今後どうなるの!!」


と思ったら

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面白かったら☆5つ、つまらなかったら☆1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


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