◆ストルゲー―家族愛
七つ目
学園の卒業記念パーティー。学園の大広間は、シャンデリアの輝きと若者たちの熱気に包まれていた。
私は壇上に立ち、隣に並ぶ婚約者、セシリー・ブライヤーズ公爵令嬢の柔らかな手を取った。
「皆、今日まで共に学んできたことを誇りに思う。……私は、ここにいるセシリーを妻として迎え、共にこの国を導いていくことを誓おう。私たちの歩みは、この国の未来そのものだ」
万雷の拍手が沸き起こる。
私は横にいるセシリーに視線を送った。彼女もまた、穏やかで揺るぎない微笑みを返してくれる。
私と彼女に、世間が言うような「燃え上がる恋」があるかと問われれば、答えは否だ。
幼い頃から決められた婚約者。私たちは、恋に落ちるよりも先に、家族としての情愛を育んできた。
彼女が何を好み、何を憂い、何に喜びを感じるか。私は自分の家族の誰よりも彼女を理解している。そこに、激しい独占欲や嫉妬が入り込む余地はない。ただ、冬の陽だまりのような、絶対的な安心感があるだけだ。
「アイゼイヤ様。皆様の期待に応えられるよう、精一杯お支えいたしますわ」
彼女の細い指先から伝わる体温が、私を何よりも強く律してくれる。
私たちはこの安定した愛を基盤に、国という巨大な家族を守るのだ――。
「――待ってください!! そんな欺瞞、許されませんわ!!」
広間の喧騒を突き破る、ひび割れた叫び。
会場の視線が入り口に集まった。そこには、ドレスも髪も乱れ、瞳に病的な光を宿したレニー・ピアースが立っていた。
彼女は、警備の騎士たちが止める間もなく、狂気じみた脚力で壇上のすぐ側まで駆け寄ってきた。
「アイゼイヤ様! セシリー様! お二人の関係には、愛がありません! お互いを見る瞳に、情熱の欠片も見えません! それはただの義務、ただの契約です!」
私はセシリーを背中に庇い、一歩前へ出た。
最近、学園中のカップルに突撃しては「愛が無い」と騒いでいた令嬢だという報告は受けていたが、まさか私の演説中にまで乱入してくるとは。
「ピアース嬢。不敬だぞ。下がれ」
「いいえ、退きません! お二人が愛し合わずに国のトップに立つなんて、この国を不幸のどん底に叩き落とす行為です! 愛の無い両親のもとに生まれた子供が、どれほど壊れていくか……貴方たちは知らないのよ! 愛し合わない王族が支配する国では、今後生まれてくるすべての子供たちが、私のような地獄を味わうことになるんです!!」
レニーの叫びは、もはや対話ではなく、自らの過去への悲鳴だった。
彼女の頬を涙が伝う。その必死さは、ある種の毒を伴って広場全体を冷え込ませた。
「お二人に愛が無いのは明白です! どうか、お相手を解放してあげてください! このままでは、クレイヴン王国から『真実の愛』が消えてしまいますわ!」
私は、隣にいるセシリーと視線を交わした。
彼女の翡翠色の瞳には、怒りではなく、深い困惑と憐れみが浮かんでいた。
「ピアース嬢」
私は声を一段低くし、広間全体に響くように告げた。
「君の言う『情熱』こそが愛だというのなら、確かに私たちにはそれはないのかもしれない。…だが、私はセシリーを家族として愛している」
「家族…? そんなの、ただの同居人と一緒じゃないですか!」
「違うな。血は繋がっていなくとも、私たちは互いの人生を共有し、共に歩むことを当然の理として受け入れている。ここには、君が求めるような激しい火花はないが、決して絶えることのない静かな灯火があるんだ。…燃え上がるだけの愛はいつか燃え尽きる。だが、私たちはこの安定した信頼があるからこそ、国という重責を背負っていける」
「そんなの嘘よ…。愛し合っていないから、そうやって自分たちを誤魔化しているだけよ…っ!」
レニーは、自分の頭を抱えて首を振った。
彼女の目には、私たちの「安定」が、彼女を苦しめた両親の「冷戦」と同じものに見えているのだろう。
私は、騎士たちに向かって手を挙げた。
「君の言い分は聞いた。だが、公の場でのこの無礼は看過できない。王族への不敬、および国政への冒涜…相応の処分が必要になるだろうな」
騎士たちが、レニーの腕を掴もうとしたその瞬間。
「――まあまあ、アイゼイヤ。祝いの席なんだ。そう硬いことを言わずに、ここは俺に免じて収めてくれないか」
人混みを割って、優雅な足取りで現れたのは、私の友人であるジョーエル・アトキンソン侯爵令息だった。
彼は、怯えて震えるレニーの肩を抱き寄せ、優しく微笑んで見せた。
「ジョーエルか。君がなぜ彼女を?」
「ああ。実は最近、彼女と少し親しくしていてね。彼女、少し思い込みが激しいところがあるけれど、根はとても純粋なんだ…。アイゼイヤ、彼女は俺が責任を持って引き取るよ。ピアース家も困窮しているようだし、俺が面倒を見る形で、この場は不問にしてもらえないかな」
ジョーエルの瞳は確かに笑っていた。
法で裁いて修道院へ送るよりも、彼の管理下に置くことこそが、この不敬な令嬢にとって最も重い罰になるのではないか。
私は直感的にそう感じた。
「まったく……仕方ないな。君がそこまで言うなら、君に免じて今宵の不敬は不問にしよう。連れていくがいい、ジョーエル」
「感謝するよ。…さあ、レニー。もう大丈夫だ。静かな場所へ行こう」
ジョーエルは、レニーを壊れ物を扱うような手つきで抱き上げた。
レニーは縋るようにジョーエルの胸に顔を埋め、「助けてくれたのね、ジョーエル様…」とうわごとのように繰り返している。
彼女は、自分が今、真実の地獄へ足を踏み入れたことに気づいていない。
広間に、再び音楽が流れ始める。
私は、震える手を隠していたセシリーの肩を抱き寄せた。
「アイゼイヤ様…。これで、良かったのでしょうか」
「彼女には、彼女に相応しい場所が必要だったということだ…。行こう、セシリー。私たちの未来を祝うダンスが残っている」
私たちは、寄り添いながら大広間の中心へと向かう。
燃え上がることはなくとも、決して揺らぐことのない。
私たちは、この平穏な愛を家族として守り抜いていく。
去っていくジョーエルの背中と、その腕の中で安堵しているレニーの姿を横目に、私はただ、セシリーの温もりを噛み締めていた。
あと一つ
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