序
始まり始まり~
「聞きました?先日、新しく開かれたサロンの紅茶の種類!」
「もちろんですわ、遠方より取り寄せているのですよね。なかなかお目にかかれないものも揃えているそうよ」
「今度のお茶会が楽しみね~!サロンと言えば、この間『マール』でキャメロン様をお見かけしたのですって」
「わたくしも聞きました!エクレストン伯爵令嬢を伴っていたのでしょう?」
「婚約したばかりですものね~!一番楽しい時期ですもの」
「あら、でも…お二人の会話は事務的だったと聞いたわ。うまくいっていないのかしら」
「私もお二人を学園内でお見かけしたのだけど、婚約したばかりにしては冷めているというか…ドライな様子だったわね」
「もしかして仲がよろしくないのでは…?」
「まさか…大きな声では言えないけど、早々に婚約を解消なさったりして…」
女性が三人集まれば、始まるのは誰それの噂話。
いつの世も変わらない他愛のない日常。
しかし彼女たちがいつものようにテラスの端で噂話に興じていると、声をかける人物がいた。
「あの、すみません!」
いきなり大声で会話に割り込まれ驚く令嬢たちを尻目に、ブラウンの癖毛を持つ令嬢はさらに声を張り上げる。
「あの、私レニーって言います!ピアース子爵家の者なんですけど、キャメロン様のお話が聞こえて…」
「あらそう、それでご用は何かしら?」
「キャメロン様は私の幼馴染なんですけど…婚約者の方とうまくいっていないって、本当ですか!?」
「レニーさん、もう少し声の大きさを落としても聞こえますよ」
「教えてください、お願いします!キャメロン様は婚約にご不満なんですか!?」
胸の前で両手を握りしめ、必死に話を聞き出そうとするレニーを見て、令嬢たちは呆れながらも穏やかに話した。
しかしレニーの耳には入っていないようだ。
令嬢たちは扇で口元を隠し、視線を交わし合う。
そして彼女たちの中で一番地位が高いと思われる令嬢が、代表して口を開いた。
「キャメロン様が婚約にご不満かなんて分かりません。私たちはお見かけした姿を話しているだけです。決してお二人を貶めようなどとは考えておりません」
彼女はどちらかと言うと、レニーよりも周囲に聞かせるように言葉を発した。
しかしレニーはキャメロンの話しか興味がないようだった。
「そうですか、分からないんですね…でもうまくいっているようには見えない関係…それは、愛が無い関係?」
「そこまでは存じません」
「キャメロンに確認しないと…分かりました、ありがとうございます」
聞くだけ聞いて満足したのか、レニーは礼もそこそこにその場を立ち去る。
それを少しの間見送った令嬢たちは、レニーへの不満を口にした。
「何ですの、彼女。ピアース子爵だったかしら、あまりにも失礼だわ」
「ええ、本当に。今後のお付き合いは考えたほうが良いかもしれませんね」
「ピアース子爵令嬢のことを、領地の父に連絡してみようと思いますの。もしかしたら子爵家自体に問題があるかもしれませんから」
「私もそういたしますわ…それにしても、普段はもう少しまともなのですけどね」
「あら、彼女をご存じで?」
「同じクラスですので。顔見知り程度ですが、普段は一般的な子爵令嬢の振る舞いでしたわ」
「キャメロン様に執着していましたが、一体どうしたのでしょうね?」
「そうよね。あの調子では言っても聞かないだろうから、先程は言いませんでしたが」
令嬢たちはお互いを見回し、扇でため息を隠して口にした。
「愛が無い関係かどうかなんて、他人が見ても分からないでしょうに」
レニーは自他境界が癖毛のようにフワッフワな女子です。




