1-1 到着
肩にちょこんと座るモモンガ―モルを肩に乗せながら、リアナ・ノワールはアルカナ魔術学園の正門前に立っていた。
小さなキャリーケースには、これから二年間の潜入生活に必要な荷物が収められている。
門の重厚な鉄格子や、背の高い塔、石造りの壁は、この国における魔術教育の伝統と威厳を感じさせ、ただ立っているだけで自然と背筋が伸びるような、そんな圧迫感があった。
「いよいよだね」リアナの声は冷静で落ち着いていた。
肩のモルも小さく目を輝かせて「準備はいい?」と声をかける。
モルはモモンガの姿をしているが、ただの小動物ではなく1級魔術師のみ契約可能な上位使い魔である。
この世界では、魔術は日常的に存在する。
基本的に杖と短い詠唱を用いて魔術を使用することが出来る。誰でも魔術を習得できるが、魔力の消耗や過剰使用によるリスクは避けられない。
魔力は生まれ持った力で、成長によって増すことはあっても減ることはない。
数値でいうと、100が平凡な魔力の値であり、150以上で2級魔術師試験資格、180以上で1級魔術師試験資格を得られる。
1級魔術師は国家に5人しか存在せず、上位精霊や上位使い魔と契約可能である。
杖なし・詠唱なしで魔術を自在に操れる天才は、そのうちのごく一部。
リアナはそのうちの一人で、彼女の魔力は成長途中だが253という数値を誇る―これは1級魔術師の中でも突出しており、どの試験官も目を見張るほどの数値だった。
そして、リアナは今、偽名を使って潜入する身である。
魔術管理局―国家に属する魔術師の統括機関で、1級魔術師や2級以上の魔術師の管理・指導を行う部署からの命令だ。
潜入先は魔術濫用の報告が増えているアルカナ魔術学園。
期間は二年、「リアナ・ヴェイル」という偽名も使い、魔力も100相当に制限しなければならない。
魔力制限はリアナのような才能を持つ者でなければ行えない特殊なことで、正体を悟られないための措置である。
校門をくぐると、華やかで活気のある学園の空気に包まれる。
生徒たちは楽しげに談笑し、魔術を使って軽やかな演習を行う。
リアナの目にはそのすべてが観察対象として映る。冷静な瞳は周囲の動き、魔力の流れ、潜在的な危険すら把握する。
―なるほどね。
と、リアナは何かを察した
ふと魔術管理局の長―ルシアン・クロスの言葉が脳裏に甦る。
「リアナ・ノワール、今回の任務は決して正体をバレてはいけない。
だが、君の力なら必ずややり遂げられると信じている。
偽名を用い、学園内で魔術濫用を監視し、異常があれば即座に報告し、対応すること」
ルシアンはリアナにそう命じた。
リアナは短く頷き、「承知致しました」
と礼儀正しく返事をした。
リアナが正体を隠す理由はほかでもない。
1級魔術師だからという理由もあるが、リアナは魔術師の中で有名な存在なのだ。
ごく一部しかできない杖、詠唱もなしに魔術を使用することが出来る身である。
そしてなによりリアナはこの国で1番最初にそれを成し遂げた化け物である。
「よし、行こう」
肩のモルに軽く頷き、二人は学園の奥へと歩みを進める。
冷たい風が黒髪を揺らす。リアナの視線は、すでに次の行動を見据えていた―




