第二十九話 哀しき決着?
イメージをするんだ。
あの岩石を切り刻んで破壊するイメージを。
多分、昔のようなレベルの魔術では駄目だ。
僕は頭の中で、あの高密度の岩石を両断するビジョンを必死に描く。
(駄目だ!どうしても、僕の斬撃が弾かれて負けるイメージしか思い浮かばない……)
とにかく、今出せる最高の魔術で迎え撃つしかない。
僕は縁を限界まで練り上げた。
「炎斬!」
熱い炎を纏った風の斬撃が、ルイドスの放った高密度の岩石に向かって飛んでいく。
(縁の練りも威力も完璧だ……!)
斬撃が岩石に激突する。
ドガァァァァン!
だが、衝撃と共に巻き上がった砂煙を突き破り、岩石は一切勢いを落とすことなく迫ってきた。
それどころか、僕の放った『炎斬』の炎を表面に纏い、さらに凶悪な破壊力を持った燃える隕石と化していた。
(クソッ......止められない……!)
そう直感した僕は、どうにか攻撃範囲外へ逃れようと背を向け、走り出そうとした。
だが――。
視界の端に、少し離れた場所でイザトラと死闘を繰り広げているセリナの姿が映り込んだ。
その瞬間、脳の奥底に封じ込めていたあの日の記憶が、フラッシュバックした。
炎を纏って頭上から迫り来る、ルイドスの巨大な岩石。
それが、あの日空から降り注ぎ、すべてを奪い去った『隕石』と完全に重なったのだ。
(あ……)
隕石にえぐられ、無残に崩れ落ちていくセリカの身体。
その光景が鮮明に脳裏をよぎった。
「ガァッ……オェェ……ッ」
胃が激しく痙攣し、中身をすべて吐き出すかのような猛烈な吐き気に襲われた。
口からは胃酸だけがこぼれ落ちる。
(クソッ……今ここで僕が逃げれば、またあの時と同じ結末に……!)
ゴゴゴゴゴゴゴ……!
振り向くと、燃え盛る岩石はもう五メートルほどの距離まで迫っていた。
「どうしたシエロ!?諦めがついたか!」
ルイドスが必死に僕を煽るように叫ぶ。
だが、その表情は泣いているように酷く歪み、辛そうに見えた。
(ルイドス。お前のおかげで、僕のやるべきことがハッキリ分かったよ)
僕は震える足に力を込め、その場に踏み止まる。
そして、瞬時に縁を練り上げた。
(ただ岩石を切り刻むイメージじゃない。あの岩石を構成している『現象』そのもの……縁を、根こそぎ断ち切るんだ)
「僕の勝ちだぁぁ!シエロォォォ!!!!」
ルイドスの絶叫が響き渡る中、僕は静かに杖を振り抜いた。
「――断絶」
ピタッ。
僕に激突する数十センチ手前。
それまで猛威を振るっていた巨大な岩石が、嘘のように突然、空中で完全に静止した。
「ハァッ、ハァッ……ど、どういう事だ……!?」
自分の放った必殺の魔術が、シエロの目の前で見えない壁に阻まれたかのように止まった光景に、ルイドスは驚愕を隠せずにいた。
一瞬の静寂の後。
ガガガガッ……!という重いひび割れの音と共に、燃え盛る巨大な岩石は真っ二つに割れ、左右の地面へと無力に崩れ落ちた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
(今の感覚……岩石を斬るというよりは、魔術を構成する『縁』そのものを捉えて断ち切る感覚だった)
と僕がルイドスの方へ向き直ると、両膝を地面につき、ひどく苦しそうな顔で喘いでいた。
額にはべっとりと冷や汗が浮かび、顔色は土気色だ。
「ルイドス。お前、あの飲み込んだ物は一体なんだ?縁の性質が、突然別人のように悍ましいものに変わった」
(恐らく、一時的に縁を爆発的に増幅させる禁忌の魔導具か何かだろうが……)
だが、ルイドスは僕の問いに答えようとしない。
「ルイドス、僕の質問に答えろ!」
「黙れ……黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇッ!!」
理性を失ったように叫び、ルイドスは勢い任せに土魔術を発動させてくる。
「感情任せに魔術を振り回しても意味はないぞ、ルイドス!」
僕は次々と飛んでくる土の塊を冷静に相殺していく。
(勢い任せで中級以上の魔術を無詠唱で連発している……いや、魔術のイメージすら無い。あの悍ましい縁に任せて、ただ土を暴走させているだけ……)
このままルイドスの攻撃を捌き続けていれば、いずれ縁が尽きて自滅するだろう。
だけど、僕は目の前で壊れていくルイドスの姿を、これ以上見ていられなかった。
(接近して、目を覚まさせるための一発……僕の渾身の拳を叩き込んでやる)
僕はルイドスの乱撃を躱しつつ、一気に間合いを詰めた。
どう見ても、今のルイドスはまともな状態ではない。
「落ち着けよ、ルイドス!」
懐に飛び込み、魔術ではなく、拳を固く握りしめてその腹を殴りつけようとした。
ガンッ!!
「なっ……!」
拳を叩き込む寸前、またしても僕の身体がピタリと動かなくなった。
足元を見れば、ルイドスの土魔術によって地面に縫い付けられている。
「ルイドス。まだこんな真似をする余裕があるのか?それとも、こんな拘束で僕を止められるとでも思っているのか?」
(さっきまでの攻撃は感情任せで雑だったのに、自分の身を守る防衛本能だけはまだ正確に機能しているってことか……?)
相変わらず、ルイドスは口を開かず荒い息を吐いている。
「ルイドス。次こそ一発叩き込んで、お兄様の居場所を吐かせるからな」
僕は縁を練り、拘束していた土をあっさりと粉砕した。
ルイドスは今にも倒れそうなほど消耗し、全身から活力が抜け落ちていた。先ほどまで膨れ上がっていた縁も、驚くほど萎縮している。
だが、彼は何か見えないものと必死に抗っているようにも見えた。
(こちらへ攻撃してくる様子はない。だけど、僕が攻撃を仕掛ければ、抵抗してくるはずだ)
僕はルイドスが防御してくることを前提に、軽い牽制の斬撃を放ち、それを防がれた隙に接近して今度こそ拳を叩き込む。そう計算した。
いくら敵対しているとはいえ、彼は同じ学校の同級生だ。
本気で斬り裂くつもりなんてない。
「風斬!」
鋭い風の刃がルイドスに向かって飛ぶ。
僕は防がれる前提で、その直後を狙って前へ駆け出した。
しかし。
ルイドスはこちらへ手を向けたものの、一向に防御の魔術を展開する様子がなかった。
(どうしたんだ、ルイドス!?)
僕が放った刃が、無防備なルイドスへと容赦なく迫る。
(嘘だろ……ッ!)
「ルイドス、防げ!!」
シャキィィィンッ!
風の刃が、ルイドスの左肩から右足にかけて斜めに深く斬り裂いた。
ドクン、と赤い血が空中に噴き出す。
「ルイドス!!」
僕は血の気を失い、慌ててルイドスの元へ駆け寄った。
(なんでだ、ルイドス!防がれる前提で練った牽制だから、致命傷にはならないはずだ……!)
僕が辿り着くより早く、ルイドスは糸が切れたようにバタンとその場に倒れ込んだ。
さっきまで感じていた悍ましい縁すら、完全に消失している。
「おい、おいルイドス!!」
僕は彼の側に膝をつき、すぐさま自分が使える最大の治癒魔術を唱えた。
「癒しの涙!」
何度も、何度も繰り返し唱える。
だが、ルイドスの傷口が塞がる気配は全くなかった。
(クソッ!お母様にもっと高度な治癒魔術を教わっておくべきだった。こんな初級魔術じゃ意味がない!)
自分の放った魔術で、学校の友達を殺してしまうかもしれない。
その強烈な恐怖と焦りが、僕の冷静さを完全に奪い去っていた。
(そうだ!まだポーションを持っていたはずだ!)
僕は急いで自分のポケットを片っ端から探った。
だけど、出てきたのは編み物の糸切れだけだった。
(無い……どうする、どうしたらいいんだ……!)
「ゲホッ、ガハッ……」
ルイドスが口から大量の血を吐き出した。
「ルイドス!大丈夫か!?」
(良かった、まだ生きている……!)
「おいルイドス!どうして僕の斬撃を防がなかったんだ!?」
「シ、シエロ……。僕は……ゲホッ、ゲホッ」
「喋るな、無理するなルイドス!」
「お前が、聞いて……きたんだろ……ゲホッ……」
ルイドスの身体は、信じられないほどの速さで冷たくなっていた。
「ルイドス、すぐにお前のお母様に状況を伝えにいく。お願いだから、少しの間だけ耐えてくれ!」
僕がそう言って立ち上がろうとした時、ルイドスの冷え切った手が僕の腕を弱く、けれど確かに掴んだ。
「ルイドス!?」
「シエロ……母上に言っても、何も意味はない……。言ったところで、お前が危険な目に合うだけだ……」
「何を言ってるんだ!」
その時、ルイドスのポケットから、見覚えのある小瓶の端が覗いているのが見えた。
僕は弾かれたようにその瓶を手に取った。
「ルイドス……これは……」
それは、あの日、僕のお母様がルイドスに渡した『回復ポーション』だった。
瓶は傷一つなく、とても綺麗な状態のまま大切に保管されていた。
「ルイドス、お前……あれからずっと使わずに持っていたのか」
僕は震える手で、急いでポーションの栓を抜こうとした。
「ま、待ってくれシエロ……。それは、開けないでくれ……」
「な、何を言っているんだルイドス!お母様のポーションなら、こんな傷直ぐに治るに決まってるだろ!」
そう叫んでいる間にも、僕の腕を掴むルイドスの手は、まるで氷のようにどんどん冷たくなっていく。
命の熱が、彼の身体から急速に失われているのがハッキリと分かった。
「い、今……お前の兄と、僕の兄上は……このスカラルド家が創ろうとしている、狂った独裁国家を止めようとしているんだ……ゲホッ……」
「だからなんだって言うんだ!それとこのポーションを使わない理由に、何の関係があるんだよ!」
僕は半ばパニックになりながら涙声で叫び、強引に瓶の栓を抜こうとする。
だが、ルイドスは最後の力を振り絞るように、ポーションを持った僕の手を強く握りしめた。
「恐らく……兄上たちは今、あの悍ましい……化け物と戦っているはずなんだ……」
「化け物ってなんだよ……!?」
「僕は兄上の事を尊敬しているし、大好きなんだ......」
ルイドスの目からは痛みによるものでは無かった。
「このポーションは兄上に使って欲しい。多分いくら兄上でもあの魔物には......」
「ルイドス!?」
ドガァァァァン!
突如、中庭に面した建物の壁に何かが激突し、爆発したような轟音が響き渡った。
濛々と上がる土煙の方へ、僕は弾かれたように視線を向ける。
「ゲホッ、ゲホッ……!」
「セリナ!!」
崩れた瓦礫の中から転がり出てきたのは、イザトラの苛烈な攻撃によって吹き飛ばされたセリナだった。
彼女の身体は無数の切り傷や打撲でボロボロだったが、その両目は少しも死んでおらず、痛みを堪えてすぐに戦斧を杖代わりにして立ち上がった。
「まぁ、随分としぶとい餓鬼ね……」
土煙の中からゆっくりと姿を現したイザトラは、息一つ切らしていなかった。
「シエロこそ大丈夫……って!?」
セリナが僕の方を見て目を丸くした直後、肌を刺すような鋭く冷たい視線が僕に向けられていることに気がついた。
「貴様……」
イザトラが、這いつくばるルイドスと僕の方へゆっくりと歩み寄ってくる。
冷徹な足音だけが異常なほど静かに響いた。
(怖い……)
僕がルイドスに致命傷を与えてしまったのは事実だ。
何を言われても、何をされても文句は言えない。
恐怖でゴクリと唾を呑み込んだ僕の前で、イザトラは立ち止まった。
「どけ。邪魔だ」
氷のような一言と共に、イザトラの足元から這い出た太い蔦が鞭のようにしなり、僕の身体を容赦なく弾き飛ばした。
ドガァッ!
「シエロ!」
地面を数メートル転がり、僕は痛みに顔を歪めながらも立ち上がる。
弾き飛ばされる直前、手に持っていた回復ポーションは、イザトラに見つからないようルイドスのポケットの奥にしっかりとねじ込んでおいた。
「シエロ、大丈夫!?」
「ありがとう。僕は大丈夫だ」
イザトラは倒れ伏すルイドスを見下ろし、その首元に冷たく指を当てた。
「……良かった。まだ死んでいないみたいね。それにしても、『アレ』を使用して負けるとは。私の期待を大きく裏切ってくれたわね」
イザトラは吐き捨てるようにそう言うと、巨大な植物の葉でルイドスの身体を乱暴に包み込んだ。
「おい……自分の息子が命の危機なのに、その言い草はないんじゃないか!?」
「あら、昔言わなかったかしら?私の期待に応えられない者に、意味はないのよ」
「ルイドスが取り込んだアレは一体なんだ!」
「お前には関係のない事よ」
「自分たちが支配する独裁国家のために、実の子供にあんな得体の知れない真似をさせるのか!?ルイドスはまともな状態じゃなかった!」
僕の叫びに、イザトラは心底呆れたように鼻で笑った。
「この国はいずれ我々、スカラルド家の物になる。そのためには、使える手駒はすべて利用していかなければならない。それだけのこと。それに、これはスカラルド内部の問題。田舎の餓鬼がどうこう喚こうが、結果は何も変わらない」
「ふざけるな……!ルイドスはあんたの為にも、お兄様の為にも、スカラルド家の為に必死に頑張っていたんだぞ!それを認めようともしないなんて、母親失格じゃないのか!」
激しい怒りで視界が赤く染まる。
気づかないうちに、僕は無意識に縁を限界まで練り上げていた。
「お前は昔から、本当に口の減らない生意気な餓鬼だ」
イザトラの纏う空気が一変し、殺気がビリビリと肌を刺す。
「お前はここで死ぬべきだ。今のこの国では餓鬼が一人二人死んだところで、大騒ぎにはならないだろうからね」
イザトラの周辺で、巨大な植物たちが鎌首をもたげるように大きく蠢き始めた。
「シエロ……?」
僕の背後で構えるセリナが、信じられないものを見るように息を呑んだ。
僕が放つ縁の奔流の中に、うっすらと『オレンジ色の稲妻』のようなものがバチバチと音を立てて走っていることに、彼女は気がついていた。
怒りに我を忘れていた僕は、自分自身に起きているその異常な変化にすら気づいていなかった。
「ここであんたを止めて、お兄様の居場所を吐き出させる!」
「お前に私が止められるとでも?あの鬱陶しい特級魔術師がいないのに」
イザトラが腕を振り下ろす。
鋼鉄よりも硬い巨大な茎が、僕を粉砕すべく猛烈なスピードで振り下ろされた。
いつもなら回避に徹するはずの僕だが、この時ばかりは違った。無意識のうちに、僕はその一撃を真っ向から迎え撃つように杖を構えていた。
ドバァァァァン!!
「シエロ!?」
セリナの悲痛な叫びが響く。
「あら、少しやりすぎたかしら……なっ!?」
余裕の笑みを浮かべていたイザトラの表情が、驚愕に凍りついた。
土煙が晴れたそこには――オレンジ色の稲妻に守られ、無傷で立つ僕の姿があった。
僕を叩き潰したはずのイザトラの巨大な茎は、その稲妻に触れた部分から真っ黒に炭化し、ボロボロと崩れ落ちていた。
「お前……一体、何をした!?」
「僕だって……リリア先生やフィオナさん達が居なくても、誰かを守れるようにならなきゃいけないんだぁぁぁ!」
僕の杖の先端で、オレンジ色の稲妻がさらに高密度に凝縮され、周囲の空気を焦がしていく。
「まさか……お前は……!!」
イザトラが目を見開き、何かに気づいて声を荒げた、その瞬間だった。
バゴォォォォンッ!!
僕たちのすぐ横にあった別の建物の壁が内側から爆発し、巨大な瓦礫が中庭へと吹き飛んできた。
その崩れ落ちる破片の中に、二つの黒い影が混じって転がり出てくる。
「な、なんだ!?」
凄まじい衝撃音に、僕はハッと我に返った。
杖の先端に宿っていたオレンジ色の稲妻も、霧散するように消えてしまう。
「セリナ!一旦こちらへ!」
「分かったわ!」
セリナは素早く僕の背後へと飛び退いた。
もうもうと舞う粉塵の中、瓦礫から身を起こす二人の影が見えた。
「ゲホッ。おい、ソル、大丈夫か?」
「ああ、問題ない。ヴィクターこそ大丈夫か?」
「……正直、かなりキツくなってきたところだ」
「それは俺も同じだ」
声を聞いて、僕の心臓が大きく跳ねた。
よく見ると、そこにいるのは僕の兄、ソル。
そしてその隣で肩で息をしているのは、顔を見たことこそないが、兄と行動を共にしているというヴィクターさんに違いなかった。
「お、お兄様!?」
「シ、シエロ!?」
僕の声に気づいた兄は、驚きに目を見開き、すぐさま僕の方へ駆け寄ってきた。
「シエロ、お前なんでこんな危険な所に……」
兄は僕をきつく抱きしめ、理由を問い詰めようとしたが、すぐにその言葉を飲み込んだ。
「……いや。聞きたいことは山ほどあるが、お前のことだ。必ず理由があってここに来たんだな」
「はい。……お兄様も、無事で良かったです」
泥と血に塗れた兄の姿を見て、張り詰めていた糸が切れて涙が溢れそうになったが、必死に堪えた。
今、この危険な状況で泣いている余裕なんてない。
(……来る!)
壊れた建物の奥から、冷たい泥の底に引きずり込まれるような、悍ましい縁の気配が滲み出してきた。
「来たか……」
「お兄様……」
「シエロ、危ないから少し離れていてくれ」
兄の身体を間近で見て、思わず息を呑んだ。
魔術の使いすぎか、それとも凄まじい攻撃を受けたのか、その全身は満身創痍でボロボロだった。
ヴィクターさんも同様に、立っているのが不思議なほどの重傷を負っている。
「なんだか外が騒がしいと思えば……雑種がまた二匹、入り込んでいたか」
建物の奥の暗がりから、重い足音と共に姿を現したもの。
それは、ドロドロとした黒い泥のような鎧を纏い、身の丈を越える巨大な大剣を引きずる『異形の魔物』だった。
(何だ、あいつ!?それにこの悍ましい縁……。前にセリナと一緒に森の中で遭遇した、あの黒い魔物とそっくりだ)
「ハイケル様」
威圧感を放つ魔物――ハイケルに対し、あのイザトラが恭しく頭を下げた。
「邪宝を使用した気配を感じたのだが、気のせいだったか?」
「申し訳ございません。うちのルイドスが邪宝を使用いたしました。ですが、まだ使い熟すには至らなかったようで……」
そう言うと、イザトラは植物の葉で包んでいたルイドスの身体を、無造作にハイケルの足元へと転がした。
「そうか。まだ邪宝に耐えうる『器』では無かったか」
ハイケルは感情のない声でそう呟くと、手に持っていた巨大な大剣を無慈悲に振り上げ、倒れているルイドスの腹部へと突き立てた。
「ルイドス!!」
ズブッという嫌な音と共に、ルイドスの体内から先ほどの『赤黒く輝く球体』――邪宝が引きずり出される。
僕が叫ぶよりも早く、横にいたヴィクターさんが血走った目で前に出た。
「おい……!それ以上、ルイドスに触るなッ!」
「安心しろ。こいつはこれから、まだまだ実験体として必要になる。今は殺しはしない」
ハイケルの赤く濁った瞳が、僕たちを嘲笑うように細められた。
シエロたちの視点で凄まじい絶望と新たな力が交差していた、まさにその頃。
サフラニアの避難所近郊では、大人組の死闘もまた、最終局面を迎えようとしていた。
『道化王』の絶対的な理不尽の前に立たされたフィオナとグイルに、果たして逆転の目はあるのか――。




