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まじわり輪  作者: がおがおの
第三章 少年期 捜索編
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第二十六話 死を舞うトランプ

「よし、それじゃあ手分けして物資の搬入を手伝いましょう!」


僕たちは避難所のボランティアとして動き始めた。

というのは表向きの理由で、実際は校舎内を移動するための口実だ。

教室は寝床や簡易食堂、子どもの遊び場として開放されていたが、どこも物資不足は明らかだった。

配られる食事も薄いスープと硬いパンのみといった様子だ。


(これだけ設備が整っているというのに、明らかに食料が足りていない。やっぱり、どこかで何かが止まっているのか?)


支援物資の段ボールを運ぶふりをして、僕たちは上層階へと足を向けた。

一階、二階と上がるにつれて人の気配は薄くなり、三階にたどり着いた時だった。


廊下の奥、突き当たりの教室から、肉と香草が煮込まれる濃厚な香りがふわりと漂ってきた。


(空気が違う。ここだけ、生活感がないというか、人を寄せ付けないような結界のようなものを感じる)


「ねぇ、あそこ!すごく良い匂いがするわ!」


鼻をひくつかせたセリナが、匂いに釣られるように駆け出した。


「ちょ、ちょっとセリナ!勝手に行かないでください!」


僕たちは慌ててその背中を追う。

セリナが勢いよく開けた扉の先――そこで僕たちは、信じられない光景を目にした。


「うわぁ、、、見てよシエロ!ここだけ別世界よ!」


教室の中央に置かれた長机の上には、湯気を上げる厚切り肉のシチュー、焼き立ての白パン、そして瑞々しくカットされた果物までもが山のように積まれている。

銀色の蓋は半ば外され、今まさに誰かが食事を始めようとしていた形跡があった。


「これは、、、」


(どうして、こんな誰もいない場所に?)


「ねぇ、これって誰かの食べ残しかな?もし違うなら、下の階でお腹を空かせていた子供たちに持っていけないかしら」


セリナはゴクリと喉を鳴らしながらも、その視線は真剣だった。

彼女も気づいているのだ。この異常な格差に。


「食べかけには見えないわね。それに、この量は数人用じゃないわ」


フィオナさんが冷ややかな声で言う。


「確かに、まだ誰も手を付けていない感じです」


(ということは、これから配られる誰かのご飯?それとも、、、)


その時だった。

廊下の向こうで、カツ、カツと硬質な靴音が響いた。

足音は扉の前でぴたりと止まり、一瞬の静寂の後、バンッ!と乱暴に扉が開け放たれた。


「おっと。腹をすかせたネズミが、またもや侵入したようですね」


茶色の髪をオールバックに整え、避難所には不似合いなほど仕立ての良い上衣を纏った男が立っていた。

口元には薄い笑み。

その背後には、見上げるような巨躯の男が二人。

彼らの腕には『スカラルド憲兵隊』と刺繍された腕章が巻かれ、その靴底は何かを蹴りつけたような黒い煤で汚れていた。


(後ろの二人は人間なのか?)


男は革手袋の指先で机上の銀の蓋をコンコンと叩き、わざとらしく肩をすくめた。


「ここは『特別配給管理室』です。外部の方は立入禁止。張り紙、読めませんでしたか?」

「張り紙なんて一枚も見当たらなかったけど?」


フィオナさんが涼しい顔で返す。

男の目がわずかに細められる。


「それと、ネズミという呼び方は不適切ね。ここにいるのは避難民と、善意の支援者よ。あなた達は何者?」

「身元のはっきりしない方に、こちらの都合を開示する義理はありませんよ。不審者は拘束の上、引き渡す決まりですので」


グイルが半歩前へ出て、低い声で威圧する。


「その決まりとやら、誰が決めたもんだ?」


空気が軋むように張り詰める。

僕は視線を走らせ、机の端に置かれたバインダーに目を留めた。

そこに挟まれた配膳リスト。


『三階・スカラルド憲兵隊・優先配膳』

『一階・一般避難民・保留(廃棄予定の食材を使用)』


黒いインクの文字が、僕の目にはっきりと焼き付いた。


(やっぱり、物資がないんじゃない。こいつらが止めていたんだ!)


「質問を変えるわ」


フィオナさんが一歩、踏み込む。


「その配膳リストの閲覧を要求するわ。支援者の権限でね。やましいことがないなら、十秒で済む話よ?」


「、、、フン」


男は鼻で笑うと、顎でリストをしゃくった。


「強情な方だ。いいでしょう。ただし条件があります。余計な詮索と、現場の士気を乱す行為はご遠慮いただきたい」

「ええ、最初からそのつもりよ」


男が指を鳴らす。

背後の巨漢の一人が、バインダーを無造作に放り投げた。

バサリ、と床に落ちるリスト。


「おっと、手が滑りました。拾っていただけますか?」


フィオナさんが視線を落とし、それを拾おうと身を屈めたその瞬間だった。


巨漢の右腕が、ブチブチと音を立てて異様に膨れ上がった。

丸太のような太さになった腕が、無防備なフィオナさんの頭上から音速で振り下ろされる。


「あっ!」


僕が叫ぶより早く、轟音が響いた。


ドォォォン!!


「余計な詮索をするからこうなるんですよ」


男が勝ち誇ったように笑う。

だが。


「あら。現場の士気を乱す行為はご遠慮いただくんじゃなかったかしら?」


土煙が晴れると、そこには無傷のフィオナさんが立っていた。

それどころか、彼女の片手からは以前僕を守ってくれた時の毛糸が伸び、机の上の料理までも完全にガードしていた。


「食事は大切にしなさいよ。これを作るのにどれだけの人が苦労したと思ってるの?」


フィオナさんの瞳が、氷のように冷たく光る。


「中々やるみたいですね」

「あんた達から仕掛けてきたんだからね。もう何されても文句は言うんじゃないわよ」


グイルさんはいつでも飛び掛かれるように、セリナも腰の小野に手をかけ、僕も杖を構える。

だが、男は再び不気味な笑みを浮かべた。


「まあいいでしょう。どのみち結果は同じだ」


男は、僕たち全員を見回し、嘲るように言い放った。


「前に入り込んだ二匹のネズミも、そうやって粋がっていましたからね。まぁ、逃げていったんですけどね」


(二匹の、ネズミ?)


その言葉が意味するものを理解した瞬間、僕の中で何かが弾けた。


「もしかして、ソル・アルランドのことですか?」

「ん?おっと、これこれは。その黒い髪にその顔立ち、、、もしかして、あのネズミの弟といったところでしょうか」


(やっぱりだ。こいつらが、お兄様たちを、、、!)


「お兄様は今、どこに?」


僕は杖の切っ先を真っ直ぐに男へ向けた。


「さぁ?知りませんねぇ」

「嘘はつかないでください」


僕は杖に縁を込め、いつでも魔術を放てるようにする。

ピリッと、空気が僅かに震えた。


「そうやって、すぐに魔術でどうこうしようとする所が、あのネズミとよく似ている」

「お兄様のことを、ネズミ呼ばわりするな」

「はぁ、、、全く。君のお兄さんは、あの『汚れた血の男』と急いでどこかに消えていきましたがねぇ。今頃、もう死んでるんじゃないでしょうかね」


(何を言っているんだ、こいつは)


「あなたには関係の無いことですよ」


僕の疑問をよそに、謎の男は冷酷に指を鳴らした。

乾いた音が合図となり、背後に控えていた巨漢の二人が同時に襲いかかってくる。

グイルさんが素早く前に出る。突っ込んできた右の巨漢の丸太のような腕を、両腕の籠手で真正面から受け止めた。

ズンッ、と重い衝撃音が教室を揺らす。


「セリナ!」

「分かってるわ!」


左の巨漢には僕とセリナが動いた。

大振りの拳が迫る中、セリナは身軽にしゃがんでそれを躱すと、腰に提げていた手のひらサイズの小斧を引き抜いた。


「どりゃあぁぁ」


セリナは迫力のある声と共に縁を流し込み、小斧を瞬時に巨大な戦斧にする。

重量感に振り回されることなく、セリナは遠心力を乗せて斧を横薙ぎに振るう。


ガンッ!!


刃ではなく、平らな峰の部分が巨漢の脇腹に深々とめり込んだ。

肋骨がきしむ嫌な音が響く。


「グアッ!」


巨漢の男が肺の空気を吐き出して膝をつく。

その顔面に、僕は即座に杖の先を突きつけた。


「動くな」


縁を巡らせ、杖の先端に風の刃を圧縮させる。

いつでも放てる状態だ。


「お兄様たちは、どこへ行ったんですか?」

「言う訳がないだろ餓鬼め」


僕は杖の先端から、炎を発生させる。


「ビビらせているつもりか?」


僕は炎を一度沈め、巨漢男の頬斬撃でかすめるように放った。

巨漢の男は自分よりも小さい餓鬼の魔術に反応できず、頬から垂れる血が自分の手に落ちてから斬られている事に気が付いた。


「次はそのまま首を飛ばすことも出来ます」


巨漢は僕の杖に怯えながらも、視線は恐怖に震えながらあの男の方をチラチラと見ている。


「うっ、、、」


僕の低い声と、首筋に添えられたセリナの巨大な斧の冷たさに、巨漢はついに耐えきれず、絶叫するように叫んだ。


「ス、スカラルドの新邸だ!かつての領主館を改修した新しい屋敷に、、、あいつらは当主様に盾突きに向かった。だが今頃、もう生きてはいないはずだ!」


(スカラルドの新邸、、、!)


「場所なら私分かるわ!」


セリナが僕の袖を引っ張り答える。

お兄様とヴィクターさんが、二人だけでスカラルド家の本拠地に乗り込んだというのか。


「シエロ、早く行きなさい!」


フィオナさんが鋭い声を上げた。

その直後だった。

教室の空気が、ビリッと肌を刺すように震えた。


「お喋りが過ぎますね」


底冷えするような低い声。

見れば、薄笑いを浮かべていた謎の男が、懐から一組のトランプを取り出していた。

男の手の中で、カードがまるで生き物のようにシャラシャラと音を立てて舞う。


「ペラペラと喋るネズミは、駆除しなくては」


男が手首を返すと、数枚のカードが床に突き刺さった。

巨漢の足元を囲むように。


「隊長、お許しを、、、!」


男が再び指を鳴らした、次の瞬間。


ザシュッ!!!!


床に突き刺さっていたトランプが、鋼鉄の刃となって地面から真上に突き出した。

鋭利なカードの刃は、情報を漏らした巨漢の体を下から容赦なく串刺しにした。


「ガ、、、ア、、、」


巨漢は声にならない呻き声を上げ、そのままどうと床に崩れ落ちた。

広がる赤いシミ。

あまりにも呆気ない、そして冷酷な処刑だった。


(な、、、ッ!? 仲間を、平然と、、、!)


僕たちが戦慄する中、男は冷徹な瞳をゆっくりと僕たちに向けた。

その身体から、桁違いの魔力が膨れ上がっていく。


(なんだ、この重圧は特級クラス、いやそれ以上か!?)


肌を刺すような濃密な殺意と魔力だ。


「さて。次は君たちの番ですよ。一匹たりとも逃がすわけがないでしょう」


男が新たなカードを構え、僕たちに向けた瞬間。


「させねぇよッ!」

「逃げるのはあんたの方よ!」


グイルさんとフィオナさんが同時に動いた。

グイルさんが籠手を構えて男の正面に躍り出て、フィオナさんの両手からは無数の毛糸が奔流のように溢れ出した。

毛糸は分厚い壁となって男の視界を塞ぎ、さらにうねる大蛇のように男の足元へと殺到する。


「チッ、、、!」


流石の男も、全方位から迫る毛糸の刃とグイルさんの圧力を警戒し、小さく舌打ちをして後方へと跳躍した。

ズザッ、と男が距離を取り、僕たちとの間に数メートルの空間が生まれる。


「今よ、シエロ!ここは私たちに任せて、あんたたちはお兄さんを追いなさい!」


特級クラスの魔力を前にしても、背中越しに聞こえる二人の声には、一点の曇りもなかった。


「分かりました!お二人とも、お願いします!セリナ行こう!」

「ええ!」


僕はセリナの手を引き、教室の扉へと走った。

背後で再び、男の放つトランプの刃と、フィオナさんたちの力が激突する轟音が響く。


パリンッ!


ガラスが砕け散る音と共に、僕たちは教室を出て中庭へと飛び出した。

目指すはカラルド新邸。


(どうか、無事でいてください、お兄様!)


「セリナ、スカラルドの新邸はどこですか?」

「サフラニアの中区よ。ここからそう遠くないわ」

「急ごう。お兄様が危ないかもしれない」


僕はセリナの案内の元スカラルドの新邸へ向かって走り出した。



【フィオナ・グイル VS 謎の男】


「さて、あんたの相手は私たちよ」

「随分と舐められたものですね。この私が」


謎の男が目を細めたその瞬間。

背後に残っていたもう一人の巨漢が、怒号と共にグイルの死角から殴りかかってきた。


シュパッ!


だが、グイルは背後の巨漢へ視線すら向けなかった。

ただ無造作に片手を振るう。

それと同時に発動した魔術の刃が、巨漢の分厚い胴体を深々と薙ぎ払っていた。

巨漢は悲鳴を上げる間もなく、ドサリと重い音を立てて床に伏す。


「お前の目的はなんだ?スカラルド家とこの避難施設に、何の関係があんだ?」


グイルが血振るいのように手を払いながら鋭く問う。

すると、謎の男は気にした様子もなく肩を揺らした。


「クックックックッ、、、」

「何がおかしい」

「いえ。一応、あなたが今始末した大きなネズミも、実力は上位階級に位置するんですけどね。どうやらあなた達、ただのネズミじゃなさそうですね」


そう言うと、謎の男は机の上に立った。


「私はスカラルド憲兵隊幹部、ペテラウス・ウォングビィーナ。我々の悲願は、この国を完全なる『実力主義』の国へと染め上げ、いずれは世界の頂点に立つこと」

「実力主義の国だぁあ?」


グイルが訝しげに眉をひそめる。


「ええ。真の強者だけが支配する、美しき世界を作るのです。その為にはまず、イザトラ様とヴォイド様――我らがスカラルドの誇り高きお二方に、この国の王となって頂く必要がある」


フィオナが、底冷えするような視線でペテラウスを射抜いた。


「その崇高な目的とやらと、避難所の人たちにまともなご飯を供給しないことに、何の関係があるのかしら?」

「だから言ったでしょう?」


ペテラウスは大げさに両手を広げ、やれやれと呆れたように首を振った。


「我々が望んでいるのは実力主義の世界です。そもそも、この施設はスカラルド家の海よりも深い慈悲によって、無力で愚かなネズミたちの為に開いてやった避難所。安全な寝床を与えてやったというのに、さらに贅沢な食事まで施してやる義理がどこにあるというのですか?」


「、、、ッ」


一切の悪びれる様子もなく語られる、あまりにも傲慢な選民思想。

息を吐くように弱者を見下すその狂気的な思考に、フィオナの瞳に明確な殺意が宿り、グイルの額には太い青筋が浮かんだ。


「お前らが芯から腐りきった狂人どもの集まりだってことは、よーく分かったぜ」


グイルがギリッと拳を握り込む。


「この崇高な理念が理解できないとは、哀れな人たちだ」


ペテラウスは薄く笑うと、両手に一組のトランプを出現させた。

シャッ、と手首を返す。

無数のカードが宙を舞い、まるでそれぞれが意思を持っているかのように、ペテラウスの身体の周囲を鋭く旋回し始めた。

一枚一枚が、縁を帯びた凶悪な刃となっている。


「さて、私は忙しいのです。とっとと貴方達を片付けて、ネズミに餌やりをしましょうか」


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