第二十五話 手がかりを求めて
視界の歪みが収まると、そこは湿った空気と、埃っぽい匂いに包まれていた。
僕たちが転移したのは、都市サフラニア。
ビルとビルの隙間にある、人通りの少ない路地裏の空き地だった。
(やっぱりここもなのか、、、)
路地の隙間から見える景色は、かつて僕たちが知る活気あるサフラニアとは違っていた。
外壁に亀裂が走るビル、遠くに見える崩れた瓦礫の山。
災害から約一ヶ月が経っているとはいえ、都市のあちこちにまだ深い爪痕が残っているのが見て取れた。
足元を見ると、転移地点の中心に小さな石造りの祠のようなものがあった。
その表面には、何やら幾何学的な赤い模様が描かれている。
恐らく、フィオナさんが言っていた「マーキング済み」というのは、この祠を座標のアンカーにしているということだろう。
「久しぶりだわ。都市サフラニアなんて」
セリナがビルの隙間から覗く灰色の空を見上げ、ポツリと呟く。
「凄いですね、その魔導具は。こんなに正確に移動できるなんて」
「ふふん、凄いでしょ?これは瞬移宝鏡。予めマーキングした位置になら、誤差なくワープが出来る優れものなんだから」
フィオナさんの手にあった瞬移宝鏡はパリンと音が鳴り割れる。
(あれ?)
僕は少し首を傾げた。
(以前、ルージュナが使っていた時は「転移する場所はランダムで決められない」とか言っていた気がするけど、、、あれはルージュナの勘違いだったのか?それとも物が違うのか?)
あの時のルージュナの必死な形相と、今のフィオナさんの余裕な態度。
その差に少し違和感を覚えつつも、無事に着いたことには変わりない。
今はその疑問を飲み込み、僕は路地の出口へと視線を向けた。
「それじゃ行くわよ都市魔術高等学校に」
僕たちは路地裏を出て、大通りへと足を向けた。
そこには、僕の予想を遥かに超える光景が広がっていた。
「おいおい、マジかよ。もうここまで直ってんのか」
グイルが呆れたように、しかし感心した様子で口笛を吹く。
通りでは、多くの魔術師たちが復興作業にあたっていたのだが、そのレベルが桁違いだった。
魔術師がひび割れたアスファルトを一瞬で修復し、風系統の魔術師が瓦礫を軽々と浮かせ、更地にしていく。
さらには、巨大なゴーレムたちが、崩れかけたビルの鉄骨を支え、補強作業を行っている。
「流石はサフラニアね。災害から一ヶ月で、主要道路はほぼ復旧してる」
フィオナさんが満足げに頷く。
すれ違う人々も、疲れは見せているものの、悲壮感というよりは「再建」への活気に満ちていた。
「これなら、学校の方も期待できそうですね」
僕たちは人の波を縫って進み、やがて目的の場所へとたどり着いた。
「すごい」
セリナが息を呑む。 目の前にそびえ立つ『都市魔術高等学校』は、周囲のビルが多少なりとも損傷を受けている中で、奇跡的と言えるほど無傷だった。
強固な結界が張られていたのか、あるいは校舎そのものが強力な魔導具なのか。
その威容は、災害前と何ら変わらず、堂々と鎮座していた。
そして、その広い校庭には無数の白いテントが張られ、多くの市民が行き交っていた。
「どうやら、避難所になっているみたいね」
「ああ。ここなら設備も整ってるし、防衛機能も高い。市民を守るにはうってつけの場所だ」
グイルが正門の様子を観察しながら言う。
正門は開放されていたが、警備は厳重だった。
学校関係者や軍の人間だけでなく、ボランティアの学生らしき姿も見受けられる。
「お兄様は、この中に、、、」
僕は正門を見上げた。
避難所として機能しているなら、人の出入りは激しいはずだ。
お兄様がここにいるのか、あるいはここを拠点に外へ出ているのか。
いずれにせよ、中に入って情報を集める必要がある。
「よし、行くわよ!まずは受付でイケメン君を探してます!ってアピールよ!」
「フィオナさん、言い方、、、」
フィオナさんの軽口に少しだけ緊張がほぐれる。
僕たちは、正門まで向かった。
「すみません。そこの方たち、止まってください」
立哨していた警備員の一人が、すっと手を挙げて僕たちの前に立ちはだかった。
若いが目つきの鋭い、しっかりとした身なりの魔術師だ。
「ここは現在、隕石災害の避難場所かつ、復興支援にあたる魔術師の宿舎となっております。見かけない顔のため、止めさせていただきました」
警備員は僕たち四人の顔を順番に見回し、特にフィオナさんとグイルさんの武装に目を留めて警戒心を強めたようだ。
まあ、当然だろう。こんな災害直後の混乱期に、物騒な恰好をした集団がふらりと現れれば怪しまれても仕方がない。
「身分証の提示をお願いできますか?また、どのような用件でこちらへ?」
事務的だが、有無を言わせない口調だ。
僕は一歩前に出て、事情を説明しようとした。
「あの、僕たちは怪しい者ではありません。実は、ここの生徒であるお兄様を探しに来たんです。それで、、、」
「あらあら、堅苦しいわねぇ」
僕の言葉を遮るように、フィオナさんがひらひらと手を振りながら割り込んできた。
「ご苦労様。私たちは東部戦線から派遣された特別調査官よ。行方不明者の捜索と、ここの結界強度の再確認に来たの。ほら、これが証明書」
フィオナさんは懐から何やら豪勢な装飾が施された、金色の手帳のようなものをパッと見せた。
そこには王家の紋章らしきものが輝いている。
(えっ?そんな肩書き、いつの間に?)
僕とセリナが呆気に取られていると、警備員の顔色がさっと変わった。
「こ、これは、、、王室直属の!?し、失礼いたしました!存じ上げず、大変失礼な真似を!」
「いいのよ、いいのよ。あなたたちは職務に忠実だっただけだもの。むしろ、その警戒心の高さは評価に値するわ」
フィオナさんはニッコリと笑い、まるで女王様のように警備員の肩をポンと叩いた。
「それで? 通してもらえるかしら?」
「は、はいっ! どうぞお通りください!何か必要なものがあれば、受付の者にお申し付けください!」
警備員は直立不動で敬礼し、慌てて道を開けた。
「ありがとう。行くわよ、みんな」
フィオナさんは涼しい顔で正門を通過していく。
僕たちは慌ててその後ろについて行った。
「フィオナさん、あの手帳って?」
「ん?ああ、昔ちょっと借りたまま、、、じゃなくて、預かってたやつよ。役に立ってよかったわ!」
(この人は本当に、どこまでが本当でどこまでが嘘なのか分からないな、、、)
呆れるグイルと、目を輝かせるセリナ。
何はともあれ、僕たちは無事に都市魔術高等学校の敷地内へと足を踏み入れた。
僕たちは多くのテントが並ぶ校庭を歩き、校舎の方へと向かった。
すれ違う避難民たちの顔は一様に暗く、そして何より痩せこけている人が多いように見えた。
「ねぇ、あの子たち」
セリナが足を止め、近くのテントの影に座り込んでいる子供たちを見つめた。
彼らは力なく座り込み、虚ろな目で地面を見つめている。
「あんまりご飯とか食べていないのかな?皆、お腹が空いてそうに見えるわ」
「この状況ですからね。流通も止まっているでしょうし、深刻な食料不足なのかもしれません」
僕がそう言うと、前を歩いていたグイルが鼻を鳴らし、短く否定した。
「いいや、それは違うな」
「え?どうして?」
セリナが不思議そうに尋ねる。
グイルは顎で少し離れた場所。校舎に近い、立派なテントの方をしゃくった。
「あっちを見てみろ。あいつら、食い物に困ってるようには見えねぇだろ?」
指差された先には、屈強な体格の男たちが数人、缶詰やパンのようなものを囲んで談笑していた。
彼らの肌艶は良く、むしろ精気が満ち溢れている。
その一方で、少し離れた場所では老人や子供たちが飢えた様子で彼らを見つめ、怯えるように視線を逸らしている。
「どうやら、お腹を満たせている人と、満たせてない人がいるみたいね」
フィオナさんが冷ややかな視線を向ける。
「物資が足りないんじゃない。行き渡っていない。のよ。あるいは、誰かが止めているか、ね」
(つまり、強い者が弱い者から奪っている、ということか?)
避難所という閉鎖空間で起きがちな、最悪の縮図。
僕は拳を握りしめたが、今は問題を起こしている場合じゃない。
「行きましょう。今は兄さんの捜索が優先です」
「そうね。胸糞悪いけど、今は無視するしかないわ」
フィオナが吐き捨てるように言い、僕たちは再び歩き出した。
歪な空気が漂う校庭を抜け、僕たちは校舎の昇降口――臨時の総合受付へとたどり着いた。
校舎の入り口、設置された臨時の総合受付。
そこには一人の女性が座っていた。
茶色の髪は艶やかで、前髪は定規で測ったように綺麗な横一直線に切り揃えられている。
そして何より目を引いたのは、髪の間から覗く長く尖った耳だった。
(エルフ?)
誰がどう見てもエルフだった。
お伽話や教科書でしか見たことがない種族。
多種多様な種族が暮らす世界とはいえ、この国でエルフを見かけるのは初めてだった。
彼女は僕たちの姿を認めると、スッと立ち上がり、丁寧にお辞儀をした。
「こんにちわ。私はここの施設の受付をしている、ケラルと申します。どの様な御用でしょうか」
鈴を転がしたような、透き通った声だ。
僕は少し緊張しながらも、一歩前に出た。
「すみません。探してる人がいるのですが」
「人探しですね。承知いたしました。どの様な人でしょうか?名前、性別、見た目など分かるものがあれば教えてください」
ケラルさんは手元の分厚い台帳を開き、羽ペンを構える。
僕は祈るような気持ちで、兄の名を告げた。
「僕のお兄様です。名前は、ソル・アルランドです」
ケラルさんは、兄の名前を聞いた瞬間、羽ペンを走らせる手を止めた。
その表情は、決して明るいものではなかった。
眉をひそめ、僕の顔をまじまじと見つめる。
「もしかして貴方は、ソルさんの弟さんのシエロさんですか?」
「そ、そうです。どうして僕の名前を?」
「実はソルさんから、よく弟さんのお話を聞いていたものですから」
ケラルさんは一度、コホンと声を整えてから話し始めた。
「実はソルさんは、あの大災害の日からずっと、この学校を拠点に救助活動や避難民への支援を行ってくれていました。寝る間も惜しんで、多くの人を助けていたんですよ」
(やっぱりだ)
流石お兄様だ。
ここで沢山の人を助けていたから、連絡も取れずに戻ってこれていなかったのか。
自分の身の安全よりも他人を優先する。お兄様らしい行動に、僕は胸が熱くなった。
だが、ケラルさんの表情は晴れないままだ。
「ですが一週間前くらいに、突然お姿が見えなくなってしまったんです」
(え?)
思考が止まった。
お兄様が、消えた?
「ソルさんだけじゃありません。ずっと一緒にソルさんと活動していた、ヴィクターさんまで」
(ヴィクター?)
どこかで聞いた覚えがある名前だ。
頭の片隅に引っかかる、棘のような感覚。
「それで?その二人はどこに行ったの?」
フィオナさんが、核心を突くように身を乗り出して聞いた。
ケラルさんは周囲を一度警戒するように見回し、声を潜めた。
「私も詳しくは分かりません。ただある噂があります」
「噂?」
「はい。この東の国の王家、その継承権をマーガレット家が壊滅し、、、それでスカラルド家がそれを引き継ぐことが決まったそうで、、、お二人の失踪は、それに関係しているのではないかと」
(そうか思い出した)
ヴィクターってルイドスの兄だ。
お兄様の友達で、あのスカラルド家の中で唯一まともな人だ。
だが、それと同時にある疑問が浮かぶ。
「でも、どうしてスカラルド家が継承権を?」
僕は、引っかかっていた違和感を口にした。
「確かにマーガレット家が災害で壊滅したことは知っています。でも、だからと言って何故、スカラルド家が王位継承権を引き継ぐことになるのでしょうか」
「私もこの国出身じゃないけど、この国の王家継承の話は有名すぎて知っているわ」
フィオナさんも眉をひそる。
「元々スカラルド家は候補家系に含まれていなかったはず。まるで、最初からそうなるように仕組まれていたみたいね。火事場泥棒にしては手際が良すぎるわ」
「詳しい事情は私たちにも分かりません。ただ、この非常事態を収拾できる武力と財力を持っているのが、今は彼らしかいないと判断されたようです」
ケラルさんは声を潜め、困惑したように答えた。
やはり、この一件には裏がありそうだ。
今は一度置いておこう。
「それで、お兄様とヴィクターさんは一体何処へ行ったのでしょうか?行き先の心当たりなどは」
僕が食い下がると、ケラルさんは申し訳なさそうに首を横に振った。
「それは、私にも分かりません。本当に行き先も告げず、忽然と姿を消してしまったのです」
(手がかりなしか、、、)
僕は一度、深く息を吐き、気持ちを切り替えた。
ここでケラルさんを問い詰めても答えは出ない。
「分かりました。ありがとうございます、ケラルさん」
僕は振り返り、仲間たちの方を見た。
「一旦、この施設で他に何か知っていそうな人がいないか探してみましょう。ここには多くの避難者や魔術師だけでなく、学校に残っている生徒や先生方もいるはずです」
「そうね。地道な聞き込み捜査ってわけね」
フィオナさんが腕を組み、面白がるように、しかし目は笑わずに呟いた。
だが、周囲を見渡せば、復興作業や怪我人の手当て、物資の運搬で誰もが忙しなく動いている。
そんな中で、外から来た僕たちがただ質問して回るのは、彼らの邪魔になるだけだ。
「でも、ただ闇雲に声をかけて回るだけでは迷惑になります。それに、皆忙しそうでまともに相手にしてもらえないかもしれません」
僕は、校庭を行き交う人々を見つめ、決意を込めて言った。
「僕たちも、できることがあればこの施設の手伝いをしませんか?働きながらなら自然と会話もできますし、、、」
僕の提案に、セリナがパッと顔を輝かせて頷いた。
「ええ、それがいいわシエロ!ご飯を食べれていない人に私が食べれるようにさせたいわ!」
「でもいいのか?そんな事に時間を使っている暇があるのか?」
グイルが僕の目を見て言う。
「お前の兄の居場所を聞きまわって、さっさと兄を見つけ出したいんじゃないのか?」
確かに兄は早く見つけたい。
だけど、、、
「ここはお兄様が守ってきた場所でもあります。なので、お兄様が居ない今僕がその助けになればと思います」
「そうかよ」
兄の行方、そしてスカラルド家の陰謀。
この先何が起こるかは分からない。
けど、今僕ができる最善を尽くそうと思う。




