第二十三話 隣り合わせの孤独
母は自ら産んだ子を原初の子だと言われ、かなりショックを受けていた。
それは生物として当たり前の反応だ。
命がけで産んだ子。
それが原初の七柱の子だ、六皇神を倒す為に産まれてきている、なんて信じられない話だ。
しかしベンジャンには関係が無かった。
「原初の子の可能性がある以上、これからはこの大きな戦争の最前線に立ってもらう必要がある」
母は引き下がらなかった。
僕の腕を掴み、我が子を守るように、ベンジャンを睨みつけている。
「そんな危険な事に息子を巻き込むとでも?絶対にそんな事に関わらせません!」
「お母様、、、」
母の声は震えていたが、その眼差しには一切の迷いが無かった。
片足を失ってもなお、母は僕を守ろうとしてくれている。
その時だった。
静寂を破る、場違いな音。
ユーノがペロペロキャンディーを舐めながら、自分の世界を満喫していた。
その姿が、逆に場の緊張感を際立たせる。
グイルが呆れたように呟いた。
「おい、ユーノ」
「ベロも食うか?美味いぞキャンディー」
「チッ」
グイルのイライラは止まらなかった。
そんな事もあり、空気はビリビリとした痺れるような緊張感に変わっていた。
母とベンジャン。
二人の視線が、火花を散らすように交錯している。
しかし、そこをカバーするように間に入ってくれるのがフィオナだった。
「じゃあこうしましょう!まだ、いきなり濃い話をしすぎて皆冷静になっていないし、坊やもお嬢ちゃんもまだ原初の子って確定しているわけでもないから、今は無理に私たちに付くことはしなくても良いんじゃないかな?」
「しかし、セレスティア様からの依頼はどうすんだぁ?」
グイルが不満そうに舌を出す。
「グイル、、、それは勿論継続して私たちは探すわ」
フィオナはそう言うと、僕に優しく微笑みかけた。
(僕はフィオナさんの事を優しいお姉さん系女神に登録した)
「ベンジャンさん、フィオナさんの言っている通り、僕たちはまだ状況を飲み込めていません」
僕は拳を握りしめた。
「それに、原初の子だとしても――僕は家族を見捨てる気なんてありません」
僕はベンジャンの目をしっかり見て伝えた。
ベンジャンはしばらく僕の目を見ていたが、やがて目を閉じ、こう言ってくれた。
「、、、良いだろう」
彼が再び目を開ける。
その瞳には、何か諦めたような、しかし理解したような色が宿っていた。
「だがシエロ・アルランド、そしてセリナ・ベルギア。お前たち二人は、俺たちの監視下からは外さない」
「監視下!?」
母が車椅子を前に押し出した。
「家族のプライバシーを覗く理由なんて、貴方たちにはありません!」
母の気は、まだ収まっていなかった。
(そう、こういう時こそ父の出番だ)
僕は横目で父を見た。
(任せましたよ、お父様)
「まぁまぁ母さん」
父が母の肩に、そっと手を置いた。
「今は帰る場所も無いんだし、大人しくここで平和に暮らすのが一番さ」
父の声は、いつもより落ち着いていた。
「シエロやソルの事もあるけど、まずは身体を休めよう」
その言葉を聞いて、母は何処か納得いっていない様子だったが、
次第に涙が溢れ、父の胸に顔を埋めて泣き始めた。
「うぅ、、、」
母の小さな嗚咽が、静かな部屋に響く。
僕は、その姿を見ていられなかった。
(お母様、、、)
僕は深呼吸をして、ベンジャンに向き直った。
「ベンジャンさん。ということで、まずは僕たちはここで家族と、身も心も休ませていただきます」
「そうか」
ベンジャンが頷く。
「だが、お前たちが原初の子だと確定した時は、容赦無く、責務を全うしてもらう」
その声には、有無を言わせぬ重みがあった。
僕は少しだけ間を置いてから、答えた。
「、、、その時は、考えておきます」
ベンジャンは僕をじっと見つめた後、そのまま部屋の奥へと歩いて行ってしまった。
「よし! じゃあ坊や、お嬢ちゃん。二人にも部屋を用意するわね」
フィオナが明るく声をかけてくれる。
その声が、重苦しい空気を少しだけ和らげてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「ありがとう、、、」
セリナも小さく礼を言った。
「ユーノ二人の部屋用意してくれる?」
「既に用意してるぜ!二人とも着いてこい!」
ユーノはそのまま奥の廊下へ歩いて行った。
僕とセリナもそれに続くように歩いた。
「ねぇシエロ、私は『原初の子』に見える?」
セリナが少し不安そうな声で、聞いてきた。
その瞳は揺れていて、誰かに否定して欲しいと願っているようだった。
「分かりません。逆に僕もそう見えますか?」
「分からないわ!」
僕は僕だし、セリナはセリナだ。 誰が何と言おうと、それだけは変わらない。
「私これからどうしたらいいんだろう?」
セリナは僕の東の国への旅に同行し、そして自身の両親を探すためにここまで来た。
だが、先ほどのベンジャンの話が本当ならば、既にセリナの目的は破綻していることになる。
彼女の両親は、もうこの世にいない可能性が高いのだから。
「今後については僕もどうなるか分かりません。でも今は僕達と一緒に居て休みましょう」
セリナは少し頬を赤くし、小さく頷いた。
「う、うん。ありがとう」
「それと、良ければお母様ともお話していただけると嬉しいです。今は少し落ち込んでいるみたいなので」
(父は、、、まぁなんとでもなるだろう)
「分かったわ」
「ありがとうございます」
そんな事を言っていると、部屋に着いた。
「着いたぞ。ここが二人の部屋だ」
ユーノに案内された部屋に入ると、そこには天蓋付きの大きなベッドに、立派な執務机。
見たこともないお洒落なライトまで付いており、以前僕が使っていた部屋よりも遥かに豪華だ。
「俺様がお前たちの為に特別『ゴージャスデリバリー仕様』にしてやった!感謝したまえ!」
これには流石に僕もセリナも口を開けたまま、驚いてしまった。
しかしよく見ると、全部が大きすぎるというか、部屋も広く一人で使うには十分すぎる気がする。
「ユーノさん、こんなに広い部屋を僕達の為に良いんでしょうか!?」
ユーノは部屋に入り、両手を腰にかけ自信満々に振り返った。
「原初の子の可能性があるお二人には、これくらいしないと!それに、二人で使うのには大きすぎないと思うが」
「え、、、今何と言いました?」
「原初の子の可能性があるお二人には、これくらいしないと、、、」
「違うわよ!その後!この部屋を『二人で』使うって言わなかった!?」
セリナは顔を真っ赤にしながら、ユーノに詰め寄った。
いつもの僕ならセリナを落ち着かせようとするが、今回は止めない。止められない。
流石に、年頃の女の子と一緒の部屋で、それもいつまでかも分からない期間を過ごせるわけがないじゃないか。
「いやーこれは仕方ないというか、、、部屋の空きが無理というか、、、」
「仕方ないで済むわけが無いでしょ!な、なんで私がシエロと同じベッドで寝ないといけないのよ!」
セリナの言っていることには同意できるが、なんだろうはっきり言われるとくるものがあった。
「いやーでもここ俺の魔術で作ってるしなー」
(俺の魔術?もしかしてこの拠点はユーノさんの魔術ですべて出来ているのか?)
「俺の魔術って何よ!どういう事よ!」
「俺の魔術は記述魔術!」
(記述魔術?初めて聞く系統だ)
「白いキャンバスの中に絵を描くのを想像してそのキャンバスの中なら、あらゆる事象を『縁』で書き換えられるって感じかな?」
「だったら、そのキャンバスにもう一つ部屋を描きなさいよ!」
「いやいや、キャンバスにも容量ってのがあるんだよ」
ユーノの記述魔術。
それは、白いキャンバスに見立てた空間内の『縁』の構成を定義し直し、物理法則すらも書き換える能力。
例えば実際に空間をワープしたのではない。
『僕たちが拠点にいる』という結果へと、座標の定義そのものを書き換えられたのだ。
あの虹色のゲート演出は、単なるユーノの遊び心に過ぎない。
結局あれから、セリナとユーノはひとしきり言い合いになり、最終的にベッドを二つ並べ、その間に簡易的な間仕切りを置くことで決着がついた。
一旦僕とセリナは互いにベッドに寝ころんでいた。
「ねぇシエロ?」
「何ですか?今さら同じベッドが良かったなんて言わないでくださいね」
「ち、違うわよ!何言ってんのよ!」
薄い壁一枚を隔てて、僕たちは向き合っていた。
顔が見えない分、逆に話しやすい空気がある。
「それで、どうしたのですか?」
「その、もしベンジャンが言ってることが本当なら、私の両親はセリカって子の親で、その親もこの間の災害で亡くなったのよね、、、」
「あくまでベンジャンさんの推測ですからね。あまり悪い方に考えすぎない方がいいです」
僕はそう答えたが、恐らくベンジャンの言葉は真実なのだろうと、薄々気づいていた。
セリナも同じだ。互いに決定的な言葉を口にするのを避けているだけだった。
「ねぇ、シエロは本当に自分が『原初の子』だったらどうするの?」
「まだ、分かりません」
「じゃあ、、、自分が原初の子かもしれないって、思う?」
「それは、、、」
否定はできなかった。
僕には、産まれてきた瞬間の記憶――通常の赤子にはあるはずのない、自我と記憶がはっきりと残っている。
それが何を意味するのか、僕はずっと考えていた。
「逆にセリナは、自分が原初の子だという自覚はあるのですか?」
壁の向こうで、衣擦れの音がした。
長い沈黙の後、セリナがぽつりと呟く。
「私は、、、」
セリナ視点
私は、、、
ベンジャンから「原初の子」の話が出た時、もしかしたらと思ってしまった自分がいた。
気づいた時には、私はじっじと二人で暮らしていた。
両親の記憶はない。
じっじの話では、私がちょうど一歳の時、八月の暑い真夏日に突然意識を失って倒れてしまったらしい。
それ以来、身体が弱かった私をじっじがずっと看病して育ててくれた。
そして、あの日。
今回の大災害となった、隕石が落ちた日。
私はいつもの様に、外で絵を描いていた。
夜空に光るそれは、島から見ると綺麗な流れ星に見えて、私は夢中でスケッチをしていた。
その時だ。
突然、激しい目まいと吐き気に襲われた。
昔みたいに意識を失うことはなかったけれど、心臓が早鐘を打って、何かが私の中に流れ込んでくるような感覚があった。
次の日から、私の世界は変わった。
私の『縁』が、目に見えて分かるほど異常に増えていた。
じっじは「突然縁が増えることなんてありえない」と首を傾げていたけれど、私は単純に「魔術師としての才能が覚醒したんだ!」と喜んでいた。
だって、今まで小さなナイフを作るのが精一杯だったのに、あんなに大きな戦斧を具現化できるようになった。
その力のおかげで、じっじの助け無しで魔物を討伐することもできた。
じっじも私の力を認めてくれて、一人で遠出することも許してくれた。
しかしーー
あの黒い魔物に手も足も出なかった時、そして今回のベンジャンの話を聞いて、思い知らされた。
あれは私の才能なんかじゃなかった。
多分、私が突然強くなったのはもう一人の私である「セリカ」が死んだからだ。
あの子が死んで、行き場を失った莫大な『縁』が、同じ器である私に流れ込んできただけ。
これは私の才能が開花したのでは無く、もう一人の私の命そのものなんだ。
シエロ視点
「私は、、、」
セリナの言葉は、そこで途切れた。
その続きを促すことはしなかった。
いや、聞くのが怖かったのかもしれない。
部屋には、静寂だけが降り積もっていく。
聞こえるのは、壁の向こうのセリナの寝息たけ。
恐らくセリナは、それ以上何も言わずに眠りについたのだろう。
あるいは、僕と同じように狸寝入りをしているのか。
僕は天井を見上げた。
見知らぬ天井。豪華なシャンデリアの残像が、瞼の裏に焼き付いている。
(原初の子、か、、、)
もし本当に彼女の両親が『王位継承戦』に関わり、セリカと姉妹だったのなら、その可能性は高いのかもしれない。
けれど――
僕だって、否定できない。
いや、むしろ僕の方が。
僕は自分の胸に手を当てた。
心臓の鼓動を感じる。
この命が始まった瞬間。あの暗闇の中で、母の胎内から出るよりも前に持っていた、あの明確な『自我』。
そして、自分で言うのもあれだが年齢の割の魔術の才能。
(もし、僕がその器だとしたら)
六皇神を倒すための兵器?
世界を救うための生贄?
そんな運命を背負って産まれてきたというのか。
母さんは「私が命懸けで産んだ私の子供」だと言ってくれた。
その言葉は嬉しかった。
でも、もし僕の中身が、母さんの望むような「普通の子供」ではなかったら?
(、、、考えすぎだ)
僕は寝返りを打ち、壁に背を向けた。
壁の向こうにいるセリナも、きっと同じように背を向けている気がした。
『実は、僕は自分がそうなのかもしれないと、ずっと思っているんです』
『実は、私は、あの子が死んだからこそ、私が選ばれてしまった気がするの』
声には出さない言葉が、壁一枚を隔てて交差する。
互いにその可能性を感じながら、決して口には出さないまま。
僕たちはそれ以上、一言も交わすことなく気づけば眠りについていた。
眠りについて二時間ほど経過した頃だった。
部屋の外から聞こえる騒がしい声で、僕は目を覚ました。
(はっ!寝てしまっていた。一体どの位寝ていたのだろうか)
隣のベッドを見ると、セリナはまだ静かに寝息を立てている。
それより、先ほどから部屋の外がやけに騒がしい。
僕はそっと扉を開け、音の発生源である居間の方へ向かった。
「ガハハハハハ!それは本当ですかフィオナさん!」
「そうよ!私より酒豪な人なんて存在しないのよ!でもルキウスさんも中々のヤリ手ですわねぇ、ヒック!」
「そ、そうですかね~、いやぁ照れるなぁ!」
信じられない光景だった。
あれだけシリアスな話をしていたのにも関わらず、父とフィオナは酒瓶を空け、顔を赤くして盛り上がっていたのだ。
その場にベンジャンとグイル、ユーノの姿は見当たらない。
僕は深く溜息をついた。
こんな時に怪我をした母の傍に居てやれないなんて、父親失格だ。
僕は酔っ払い二人をスルーし、奥の部屋に居る母の元へと向かった。
「お母様、失礼します。お身体の方は大丈夫でしょうか?全くお父様と言ったら、、、こんな状況でもお酒を飲まれて呆れちゃいますね」
部屋に入ると、母はベッドに横になりながら、窓から差し込む外の月明かりを眺めていた。
「いいのよシエロ。あの人も今日までずっと、気を張ってお母さんに付きっきりだったし、、、シエロが無事だと分かったのもあり、安心してお酒が飲みたくなったのでしょう」
母は優しく微笑んでいた。
父のあの態度は、父なりの緊張の糸が切れた証拠なのかもしれない。
「ねぇシエロ」
「何でしょうかお母様」
母は月から僕に視線を移し、そっと僕の手を包むように握った。
「シエロは私の子。ソルだってそうよ」
母の手は温かく、でも何処か震えているような、不安気な感じもした。
ベンジャンに言われた『原初の子』という言葉が、まだ母の心を縛っているのだ。
「シエロがあの話を聞いてどう思っているかは分からないけれど、、、もしシエロがどうしたいのか、何か明確な事があるのであれば、お母さんはシエロの意志を尊重するわ」
母は僕の目を真っすぐ見て話した。
その瞳には、覚悟のような色が宿っていた。
「お母様。僕はいつだってお母様の子です。だからそう不安にならないでください」
「シエロ!」
母はそう言うと、ベッドから身を起こし僕を抱きしめ、静かに涙を流した。
母の温もりが、僕の迷いを消していく。
僕は、一つの決断をした。
「お母様」
「何?シエロ」
「僕はお兄様を探そうと考えています」
「ソルを!?」
「はい」
母は目を見開いて驚いていた。
だが、すぐに真剣な表情に戻り、僕の話を聞こうとしてくれた。
「シエロはただ適当に話をするとは思えないけれど、一応何か考えがあるの?」
考えはあるけれど、今はまだ無いに近い。
ただ、プランはある。
「勿論、僕一人で兄を探すわけではありません。強力な協力者が必要です」
「協力者って、、、もしかしてベンジャンさん達のこと?」
「そうです」
「あの人たちが快く了承してくれるとは思わないわ。フィオナさんを除いて」
確かに母の言う通り、無条件での了承は無いだろう。
彼らの目的は戦争の勝利であり、人探しではない。
だけど僕には、彼らが喉から手が出るほど欲しい『カード』がある。
「なのである条件を提示して、ベンジャンさんに明日相談しようと思っています」
「ある条件?」
僕は母と父の子だ。
だからこそ、家族を取り戻すためなら何だって利用する。
たとえそれが、僕自身の運命を売り渡すことだとしても。
「兄の捜索を手伝っていただく代わりに、僕もあなた達の望む要望に応えましょう。つまり――『原初の子』として協力する、と、、、」




