第十七話 ディスクリメンⅠ
僕たちは互いに一メートル以上離れないように、身を寄せ合って歩いた。
砂煙と霧が立ち込める中、少しでも距離が開けば仲間を見失ってしまうだろう。
「カネリさん、ロックサジーはどのようになっているのでしょうか?」
「ロックサジーは木の枝に生る、黒く輝く木の実だ。その木の数は多いが実っていないことがほとんどだ」
黒く輝く木の実。
こんな視界の悪い中で見つけることができるのか?
時刻は昼過ぎ、まだ太陽の明かりでなんとかなっているけれど、これは夜になるまでに見つけるのが鍵だな。
僕がそんなことを考えていると、先頭を歩くカネリさんが立ち止まった。
「早速あったぞ。これがロックサジーの木だ」
ロックサジーの木。
灰色で決して大きな木ではない。高さは僕の背丈の二倍程度だろうか。
カネリさんはその木を見つめていた。
するとルーンさんが木を見上げてこう言う。
「あー、実ってないかー」
実っていない。
つまり木はあってもロックサジーが実っているとは限らないということか。
「ロックサジーは確実に実っているというわけでもないのですね」
僕の疑問に、ノエリアさんが丁寧に答えてくれた。
「そうです。ロックサジーは実る周期がバラバラなのと、実ってもすぐに魔物などに食べられてしまうのです。それに、この霧の中では魔物の気配も感じにくいですから、より注意が必要ですね」
なるほど。
そう簡単に採取できないというわけか。
しかも魔物まで出るとなると、単純な採集作業では済まなそうだ。
「ノエリアさん、教えていただきありがとうございます」
僕たちは最初の木で実を見つけることはできなかったが、少なくともロックサジーの木がどんなものかは理解できた。
問題は、この広い祥雲の平地で実の付いた木を見つけることだ。
しばらく僕たちは歩き続けた。
ロックサジーの木は沢山見つけてはいるがどれも実っていなかった。
開始から三時間程経った頃だろうか、ようやくロックサジーが実っている木をノエリアさんが見つけた。
「あっ!あそこ!ロックサジーが実っている木があります!」
僕たちはノエリアさんが指差した方に視線を向ける。
そこにはロックサジーが実っている木が確かに存在していた。
しかし、そのロックサジーは黒く輝いてはおらず、少し濁った赤色をしていた。
「あれ、ロックサジーって黒く輝いているのではないのでしょうか?」
カネリさんがそのロックサジーを触りながら、教えてくれた。
「ロックサジーは少し変わった果実でな、夜、月の光を浴びると黒く輝くんだ」
月の光を浴びることによって色が変わるのか!
凄く神秘的な果実だ。
ん?ということは夜になるまでしばらく待たないといけないのか?
「ということはこの場所を覚えておいて、夜になったらまたこの場所に戻ってくるのでしょうか?」
僕がそう言うと、ルーンさんが慌てたように説明した。
「おいおい、そんなことするわけねぇーだろ?」
ということは夜、月の光が当たりロックサジーが黒く光るまでここに待機しなければいけないということなのか!?
ルーンさんが僕の肩に手を置いて言う。
「そうだシエロ。お前が今思っていることを今からするぜ」
「や、やっぱり夜までここで待機なんですね、、、」
そう言えば食料とか僕持ってきていないけど大丈夫かな。
お腹が空いてきた。
「ただ待つだけで簡単にロックサジーが手に入ると思うな」
カネリさんが声のトーンを落として話す。
その表情は、これまでで一番真剣だった。
「ロックサジーは私たちだけが欲しがっているのではない。勿論他の組も狙って取りに来るかもしれない」
「他の六年生との戦闘ですか?」
「それもあるが、私たちに喧嘩を売ってくる組はそういないだろう」
なるほど、、、カネリさんは恐らく戦闘技術もそうだが、普段の立ち振る舞いからも誰も相手にしたら負ける、そんなイメージが付いているのだろう。
ということは――
「魔物ですか、、、?」
カネリさんは真剣に頷く。
「その通りだ。今は魔物の気配を感じ取れないが、陽が落ちれば一気に襲ってくるかもしれない」
「特にロックサジーの甘い香りに誘われて、普段は出てこない魔物まで現れる可能性がある」
理解した。
この課題はロックサジーを回収するだけの簡単なものではない。ロックサジーを守りながら魔物等の障害と立ち向かわなければいけないのだ。
そして、夜が来るまでまだ数時間ある。
僕は改めて周囲を見回した。霧に包まれた祥雲の平地は、昼間でさえ不気味な雰囲気を醸し出している。
夜になったら、一体どんな魔物が現れるのだろうか。
「では、今からはこのロックサジーを守っていくのですね」
「まずは休憩できるように仮拠点を作っておこう。ルーン、テントを出してくれ」
「了解だ!」
ルーンさんは背負っていたリュックを下し、中からテントを取り出そうとした。
しかし、リュックに入れた手がピタッと止まり、ルーンさんの表情が青くなる。
「わ、わりぃ、、、」
その声は震え、小さな声で誰の耳にもほとんど届かない。
しかし副委員長のカネリさんは、ルーンさんの様子の変化に気づいていた。
「どうしたルーン。早くテントを出してくれ」
ルーンさんは震え声で答える。
「そ、それがテントを、わ、忘れてきたみたいで、、、」
それを聞いたみんなはため息を吐いた。
カネリさんの眉間にしわが寄る。
(ルーンさん、ナイストライだ)
僕はルーンさんのミスをすぐにカバーするように提案した。
「では、テントの代わりに僕が土魔術で拠点を作ります」
「そうか、では頼む」
「はい!」
僕は縁を練り、地面に手をかざした。
「地形創造」
ゆっくりと地面が盛り上がり、五人が余裕をもって入れるドーム状の拠点が形成された。
入口も確保し、内部には簡単な腰掛けまで作った。
ルーンさんは両膝を地面につけ、僕に泣いて感謝してきた。
「マジで助かったぜ!ありがとうな!」
「いえ、同じチームなのですから助け合いましょう」
これで何も活躍しなかった、なんてこともなくなった。
逆に僕からルーンさんに感謝を伝えなければいけないのかもしれない。
それから僕たちはロックサジーの実る木を囲み、周辺の様子を伺ったり、拠点で休憩したりしていた。
ノエリアさんが持参した軽食を分けてもらい、ジドさんとも少しずつ会話ができるようになった。
それから数時間、陽も沈み始め視界も悪くなってきた。
今のところどこかの組が奪いに来たり、魔物の気配を感じたことは一度もなかった。
先輩方と話したりする平和な時間が続いた。
しかし、その平和な時間も終わろうとしていた。
「おい、何かいるぞ」
突然カネリさんが警戒態勢に入った。
気づいた時には他の三人も、既にいつでも戦闘に入れるように構えていた。
僕も急いで警戒態勢に入る。
陽が沈み、霧も深い暗闇の中で、複数の赤い光線がゆらゆらと動き回っているのが見えた。
それは明らかに生き物の目だった。
「来たな、、、」
カネリさんが低く呟く。
ついに、魔物との戦いが始まろうとしていた。
「お前たち構えろ!来るぞ!」
カネリさんの一言で緊張感が走る。
赤い光線は無数に現れ、どれも速いスピードで動いている。
そして、その光線がこちらに近づいてくる。
カキィィィン
僕は間一髪で土の壁でガードした。
その正体は黒い狼、爪が鋭くこの暗闇と一体化しており、少しの隙が命取りとなる。
「大丈夫か!」
「はい、大丈夫ですルーンさん」
「この魔物はいったい!?」
「こいつはダーテンウルフ。この祥雲の平地特有の魔物だ」
ダーテンウルフ。昔戦ったダートハウンドに似ているが、それよりももっと恐ろしさがある。
数は恐らく十体以上。
まずはカネリさんが前線で捌いていく。
カネリさんは水魔術を主体とする魔術師だった。
その魔術センスはとても美しく、良い意味で性格とは真反対で丁寧な感じがする。
流れるような動きで水の刃を操り、ダーテンウルフを次々と仕留めていく。
「こいつら一体一体は特別強いものではない。視界は悪いが集中して守り抜け!」
カネリさんに続き僕たちも応戦する。
視界が悪いのとこの数の多さで、互いにすぐ助けに行くことができない。
(それにしても数が多いな、倒してもキリがない)
ここは大技で一気に数を減らしたい。
「皆さん、僕が一気にダーテンウルフの群れを減らしますので、漏れたやつをお願いします!」
僕はロックサジーが実った木を傷つけないように、大きな風を巻き起こしその風を刃のように一気に飛ばす。
何となくのイメージで発動させたが、結構イメージ通りにできた。
「断空の剣陣」
僕が放った風の斬撃で、ダーテンウルフは次々と斬られていく。
同時に僕が起こした風で、霧も若干だが薄まった。
そのおかげもあるのか、月の光がロックサジーに照らされ黒く輝く。
その瞬間、僕の斬撃をかわしたダーテンウルフが数匹、ロックサジーが実った木の方に走り出す。
(あくまでも狙いはロックサジーってわけか)
「すみません!何匹かロックサジーの木の方に向かいました!」
僕は急いで皆に伝える。
だが流石六年生というべきか、僕の技で漏れて襲いかかるダーテンウルフはルーンさんとノエリアさんが対処していた。
しかし僕も初めて発動させた魔術のせいか、ダーテンウルフを仕留める数も少なくなり、ルーンさんとノエリアさんの負担も多くなってきた。
「だめだ俺たち二人でも捌ききれねぇ!」
「まずいです!何匹かロックサジーの木の方に向かいました!」
ダーテンウルフ数匹が、ルーンさんとノエリアさんをかわしロックサジーの木の元へ走り出す。
僕の魔術の精度が悪いからだ。
もっと大きな技を出す必要があるか、、、
そう思った時だった――
「ジド!!」
カネリさんが叫ぶ。
ロックサジーの木の前にはジドさんが構えており、その手には刀が一本握られていた。
ダーテンウルフは一斉にジドさんに向かって襲いかかる。
その数七匹。
しかしジドさんは焦りも何も見せない。
静寂の中、彼はゆっくりと刀を構えた。
そして――
シャキィィィン
ダーテンウルフの群れは一撃で沈んだ。
まるで時が止まったかのような、完璧な居合いだった。
その凄さに少し気を取られ、魔術の精度が一瞬ガクッと下がった。
ダーテンウルフはさらに僕の斬撃をかわしていく。
(まずい、ここは一度態勢を整えよう)
「すみません!一度態勢を、、、」
その時――
「水銀の処刑針」
地面が水の泡となり、地面から重金属並みの重さを持たせた数万の水針がダーテンウルフに目がけて放たれる。
カネリさんの本気の魔術だった。
そして一瞬でダーテンウルフの群れは消えた。
静寂が戻る。
僕たちは息を整えながら、改めて六年生の実力の高さを実感していた。
「四年にしては良くやったな」
「すみません。僕の魔術の精度が良ければもっと楽にできたのですが、、、」
カネリさん最後のあの魔術、おそらく上級魔術だ。
水の密度を極限まで高め、重金属並みの重さを持たせた数万の水針を一斉に射出する。
僕に限界が見えたら元からあの魔術を使うつもりだったのだろう。
「何、謝ることなんてない。私もここまでお前ができるとは思わなかった。無詠唱であの規模の魔術。今の六年より強いんじゃないか?」
褒められた。
自分では納得はいかなかった内容だったけれど、それでも褒められたら何でも良くなりそうだ。
「ありがとうございます」
すると他のメンバーも全員無事に集まった。
「お疲れ!それにしてもシエロの魔術マジでよかったぞ!」
「ルーンさんありがとうございます」
「お疲れ様です。こちらロックサジー回収しました」
ノエリアさんがロックサジーを回収してくれた。
かなり黒く輝いた実だ。
月明かりに当たるだけでこんなにも変化する果物、不思議だ。
すると後ろから肩にポンと手を置かれた。
振り返るとジドさんがにこっと笑っていた。
「ジ、ジドさん!お疲れ様です!あの剣技とても凄かったです!」
ジドさんは何も言わずそのまま、ニコッと笑って荷物を置いた場所に向かっていった。
「剣技に見とれて魔術の精度を落とすのはどうかと思うがな」
うっ、、、カネリさん痛いところをついてくるぜ。
「じ、次回から気をつけます」
僕たちはそれから来た道を戻り、初めにいた場所までロックサジーを届けに戻った。
帰り道に魔物と戦ったり、休憩したりしていたら何やかんや時間が経ってしまった。
それでもロックサジーを回収し提出したのは二番目だった。
一番目は委員長のレン・マートさんの組だった。
そこにはルージュナもいた。
そういえば帰り道に大きな穴と辺り一面火の海の場所があったけれど、あれはルージュナの仕業だったのかな。
カネリさんは委員長に負けてイライラしていた。
そんな時はノエリアさんがまとめてくれる。
「それではお疲れさまでした。今からは各自部屋に戻って明日の集合時間までは自由時間になります」
メンバーが良かったのか、今回もあっさり終わってしまったな。
でも普通に考えたら、先生の手助けもなしに視界の悪い中、魔物と戦ってロックサジーを回収するなんて危険で難しい課題だ。
僕が六年生になった時は同じ校外学習を行うのだろうか。
そんなことを考えながら僕は、部屋に戻った。
部屋に戻ると、委員長のレンさんが既に戻っていた。
ジドさんはまだ戻っていないようだ。
「お疲れ、シエロ。そっちはどうだったんだ?」
「そうですね、、、初めてのことで大変でしたが、やっぱり六年生は凄いなと思いました」
「何言ってんだよ。今回で思い知らされたのは俺たちの方だ。六年の癖に四年にキャリーされるなんて情けない」
どうやらルージュナが魔物を一人で圧倒していたらしい。
それで委員長も負けてられないと思い、大技を出したらしい。
それであの大きな穴が開いたとか。
「ルージュナさん、やっぱり凄いんですね」
「何というか人生二週目なんじゃないかと思うくらい、縁の扱いが良かったよ」
レンさんは少し悔しそうだったが、同時にルージュナへの敬意も感じられた。
それからは学校のことや魔術について色々と話した。
六年生の視点から見た魔術の世界は、僕にとってとても新鮮だった。
特に、エリート学校での魔術教育の話は興味深かった。
「シエロなら、都市魔術栄生学校も夢じゃないかもな」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
そんな会話を続けているうちに、いつの間にか眠りについていた。
少し外が騒がしく、僕は目を覚ました。
起き上がると僕は布団の上にいた。
確かレンさんと話していて、そのまま寝てしまっていたのか。
外から聞こえる賑やかな声と、何かが燃える匂いが鼻をくすぐる。
とにかく外が騒がしいので僕は外に出た。
すると焚き火を囲みながら、何やら皆が集まっていた。
六年生たちが輪になって座り、手には食べ物や飲み物を持っている。
「おっ!シエロやっと起きたのか!もう夜ご飯の時間だぜ!」
委員長のレンが僕に気づいて声をかけてくれた。
僕はそのままレンさんの元へと向かった。
「シエロ、お前も早く飯取ってこい!今日は参加した全員が課題をクリアしたんだ。その宴を先生たちが開催してくれた」
全員がクリア?それは凄いことだ。
僕は急いで食事を取りに行き、焚き火の輪に加わった。
「それにしても今年は楽だったなー」
「そうそう、魔物の数が例年より少なかったって先生が言ってたぜ」
そんな会話が聞こえてくる中、カネリさんが説明してくれた。
「どうやら私たちやレンの組が魔物を倒しすぎたらしい。特にルージュナの火魔術で大群が一掃されたせいで、他の組が遭遇する魔物の数が激減したとか」
なるほど、それで全員がクリアできたのか。
ルージュナの実力が改めて際立つ結果となったわけだ。
「あら?私のお話かしら?」
振り返るとルージュナが立っていた。
「ル、ルージュナさん、本当に凄いんですね」
「私はただ魔物を燃やしただけ。何も変わったことはしておりませんわ」
ルージュナは相変わらず自信満々だったが、その実力は確かなものだった。
宴は夜遅くまで続いた。
六年生たちから魔術のコツを教わったり、エリート学校の話を聞いたり、とても充実した時間だった。
中には僕の斬撃魔術に興味を持ってくれる先輩もいて、実演を求められたりもした。
宴もひと段落した頃、僕は少し離れた場所で夜空を見上げていた。
南の国の空は、故郷とは違って見える星座もあり、とても美しかった。
その時だった。
シュルルル
空に一筋の光が走った。
流れ星だ。
「あ、また流れ星が、、、」
僕は思わず呟いた。
最近よく見かける流れ星。
故郷でセリカと一緒に見た時のことを思い出す。
(セリカは今頃どうしているだろう)
四年生の合宿で圧倒的トップを走っているという話を聞いたが、彼女らしいと言えば彼女らしい。
きっと今頃、僕に負けじと頑張っているのだろう。
流れ星はゆっくりと夜空を横切り、やがて見えなくなった。
僕は心の中で、セリカの無事を祈った。
明日はいよいよ帰路につく。
この南の国での経験を、セリカに話すのが楽しみだった。
そんなことを目を閉じて考えていると、ひと段落した宴がまたざわつき始めた。
「ねぇなんか流れ星多くない?」
「でもこんなに流れてるからめちゃ願い叶えられるじゃん!」
「俺は神になりたいです!」
「声を出さずに願うのよ!それにあんたじゃ神様にはなれません」
「ねぇ、これ、、、流石に多くない!?」
そんな会話が聞こえ僕もそっと目を開け夜空を見上げた。
そこに映った景色は、目で見た情報を脳が処理できなかった。
無数の流れ星が、夜空全体を埋め尽くしている。
「な、なんだこれは、、、」
それはもはや流れ星などという美しいものではなかった。
まるで天が裂けて、星々が雨のように降り注いでいるかのようだった。
すると勢いよく落ちていく光の筋が見える。
明らかに他の流れ星とは違う。
大きく、速く、そして――
(なんだこれは、、、変な違和感を感じる)
その時、先生たちが急にざわつき始めた。
かなり焦っている。
そんな先生たちの会話を聞いた生徒から、信じられない発言を耳にした。
「先生どういうこと、、、今の話本当ですか!?」
「まだ未確定だ。今はただ正確な情報を待っていろ」
「待っていろって!東の国に隕石が落ちているって、、、」
え?
東の国に隕石?
僕の血が一気に冷えた。
まさかさっきの勢いよく落ちていった光は、、、
僕の考える最悪な状況は、いつも現実になる。
「ねぇあれ!ここからでも分かる凄い勢いで落ちていく流れ星がたくさんある!」
別の生徒が震え声で指差す。
確かに、夜空の向こう――東の国の方角に向かって、無数の光が降り注いでいる。
おいおいおい、まさかあの量全て東の国に落ちているということか!?
だとすると――
家族が危険だ!
母、父、兄、それにセリカ、、、
今すぐ戻らないと。
僕は立ち上がろうとしたが、足が震えて力が入らない。
頭の中で最悪のシナリオが駆け巡る。
家が、村が、学校が――
全てが燃え尽きているかもしれない。
「先生!僕たちはいつ帰れるんですか!?」
僕は思わず叫んでいた。
その声は、夜空に響く不吉な光に飲み込まれていった。
そしてみんなもようやく状況が理解できたのか、不安と怒りで溢れる。
先生が声を出す。
「いいか皆落ち着いてくれ。まだみんなが想像している出来事が確定しているわけではない。今、先生達が状況を確認中だ」
確認中って、、、それで家族に何かあればどうするんだよ。
「先生!それで家族や友達に何かあればどうするのですか!今すぐ戻ることはできないのですか!」
「戻ってどうする。戻ってお前たちに何ができるっていうんだ!!」
先生は声を荒げた。
その声には、僕たちと同じ不安が込められていた。
「先生にだって、、、家族がいるんだ。もう嫁の顔が見れないかもって思うと苦しいに決まってるじゃないか!!」
そんな先生の言葉を耳にすると、僕は何も言えなかった。
ただ目に涙を浮かべ、下を向くことしかできなかった。
(頼む、神様。どうかどうか家族の無事をお願いします)
すると後ろから声をかけられた。
「今すぐ東の国に戻りたいのか?」
僕はすぐに振り返った。
そこにはルージュナがいた。
いつもの高飛車な表情ではなく、真剣な眼差しで僕を見つめている。
「ルージュナさん。今なんて?」
「戻りたいのかって聞いているの」
ルージュナは東の国の方を見て真剣な顔をしている。
夜空を染める無数の光が、彼女の瞳にも映り込んでいた。
「そ、それは戻れるなら戻りたいです。でも戻ったところで何ができるんだと言われれば、、、」
「はぁ、、、本当に入学式から見ているが、いざとなれば弱々しい」
「今さらなんですか、、、」
「魔術の才能がありながら、人助けの一人や二人も自分にはできない情けない思考だって言っているのよ」
ルージュナの発言で、僕は思い出した。
母の言葉を。
『魔術は人を助けるためにあることを忘れずに…』
そうだ、こういう時のために魔術があるんだ。
行かなければならない。
何もできないなんてことはない。
「ルージュナさんありがとう。僕を東の国ニヒル村に連れていってほしい」
「覚悟、決まったみたいね。ここでは目立つから人気のないところに移りましょう」
僕とルージュナは誰もいない場所までやってきた。
ところで一体どうやって遥か彼方の東の国まで行くのだろうか。
ワープとかできるのか?
「ルージュナさんどうやって東の国まで?」
するとルージュナはどこに隠し持っていたのか、手に金色に装飾された小さな鏡を持っていた。
その鏡は月光を受けて、神秘的に輝いている。
「これは瞬移宝鏡。一回きりしか使えないが、特定の場所へと瞬間移動が可能。私が誕生日の時に父からいただいたものよ」
「そんなに大事なものを何故僕のために?」
「オッホホホホホ」
ルージュナは高笑いをする。
しかし、その笑い声にはいつもの余裕がなかった。
「別にあなたのためじゃないわ。これは私のためでもあるのよ」
「ルージュナさんのためですか、、、」
ルージュナの瞳に、一瞬だけ不安の色が浮かんだ。
「さぁ行くわよ。あ、因みに東の国には行けるけれど、ニヒル村に行けるかは分からないわ。そこまで正確な代物でもないのよ」
なるほど。
しかし今は贅沢を言っている暇はない。
東の国に着きさえすれば、後は自分の足で何とかする。
「分かりました。お願いしますルージュナさん」
ルージュナがその瞬移宝鏡に縁を込めると、鏡がエメラルドグリーンに輝いた。
そしてその光に僕たちは一瞬で飲み込まれた。
本当に一瞬だった。
光に飲まれ、瞬きをした次の瞬間――
目の前に広がっている光景は、想像もつかないほどの地獄絵図だった。
一面が火の海となっており、地面には大きな隕石が何個も突き刺さっている。
建物は崩れ落ち、黒煙が立ち上る。
空気は熱く、焦げた匂いが鼻を突く。
「こ、これは、、、」
「ひどい有様ね、、、」
僕とルージュナは目の前の景色に動揺を隠せなかった。
そして――
「ルージュナさんここって、、、」
「えぇ、ここは私たちの学校ね」
僕たちはアルクナ魔導初等学舎にワープしてきたのだ。
あの美しかった校舎は半分以上が瓦礫と化し、残った部分も炎に包まれている。
その時、悲鳴が聞こえた。
「キャー!!助けて!!」
延焼の影響で建物がさらに崩れていく。
まだ人がいる。
僕は悲鳴の方へと駆け出そうとした。
しかし、ルージュナが僕の腕を掴んで止める。
「ここにいても危険なだけよ。私は家に戻る。あなたも行くべき場所に行くのよ」
「で、でも!まだ人が!」
「あなた一人で全員を助けられるとでも思っているの?」
ルージュナの言葉が胸に刺さる。
確かに、この規模の災害に僕一人で何ができるというのか。
「わ、分かりました。ルージュナさんも気をつけてください」
「誰に口を利いているのよ」
そうして、ルージュナは炎の中を駆け抜けて、自分の家の方向へと向かっていった。
僕も家族の元へ走り出す。
崩れる建物や炎に気を付けながら、校内を駆け抜ける。
すると前方に見慣れた姿が――なんとセリカがいたのだ。
「セ、セリカ!?どうしてここに!?」
僕の声に気が付いたセリカは、僕の方に向かって走りだした。
「シエロ!?あんたこそなんでいるのよ!」
とりあえず良かった。
なんとかセリカの無事は確認が出来た。
「セリカ!無事で良かった!」
僕は思わず、セリカの手を掴んでいた。
「な、何よ急に、、、」
セリカの顔が、少しだけ赤くなる。
「す、すみません。でも、本当に無事で、、、」
「当たり前じゃない!何言ってるのよ、、、」
セリカはいつものように強がって見せたが、その目は少しだけ潤んでいた。
「シエロこそ、六年生の校外学習はどうだったのよ?」
「それは、、、今は話している場合じゃないと思いますが、、、」
辺りは相変わらず炎に包まれ、崩れる建物の音が響いている。
「それはそうね、、、後で話は聞かせてもらうわ!」
セリカが僕の目を真っ直ぐ見た。
「シエロも無事で良かったわ」
その言葉が、いつもより優しく聞こえた。
僕がホッとした時だった。
頭上から大きな隕石が降ってきた。
轟音が、世界を支配した。
ゴゴゴゴゴゴゴ
空気が震え、地面が軋む。
影が、僕たちを飲み込むように広がっていく。
「、、、え?」
僕は、呆然と空を見上げた。
そこには、視界を覆い尽くすほどの、巨大な岩の塊。
時間が、止まったように感じた。
脳内では危険、逃げろと言っているのだが身体が動かない。
足が、地面に縫い付けられたように動かない。
呼吸すら、忘れてしまいそうだった。
うっすらと誰かの声が聞こえる。
「シエロー!」
セリカの声だ。
でも、まるで水の中から聞こえるように、遠く感じた。
「シエロ逃げなさーい!!」
その叫びが、僕の身体を動かした。
僕はとっさにウィンドブロウを全力で放ち後ろに吹き飛んだ。
そして隕石が落ちる。
ドガァァァァン
世界が、揺れた。
衝撃波が全身を叩き、鼓膜が破れそうになる。
熱風が顔を焼き、爆音で何も聞こえなくなった。
僕は間一髪で避けた。
全身はボロボロになり、所々火傷も負った。
視界が霞み、立っているのがやっとだった。
しかしそんなことはどうでもよかった。
ただ一つ、確かめたいことがあった。
セリカの無事を確認したい。
「セ、セリカ、、、」
声が、掠れる。
喉が焼けたように痛い。
「セリカ大丈夫、、、ですか、、、」
セリカから応答はない。
静寂だけが、耳に突き刺さる。
「、、、セリカ?」
恐らく隕石から逃れて遠くへ行ってしまったのだろう。
そう、信じたかった。
隕石のふもとにセリカの足が見えた。
革の手袋と同じ、茶色のブーツ。
(良かった。無事だった)
僕は、安堵の息を吐いた。
僕は回り込みセリカの元へ向かった。
「セリカ、怪我は、、、」
その言葉が、喉の奥で止まった。
しかしそこに居たのは――
そこにあったのは、隕石によって上半身が完全に潰され、下半身だけが残された無残な姿だった。
セリカからもらった革の手袋と同じ色の血が、地面に広がっている。
「、、、あ」
声が、出なかった。
目の前の光景が、脳に届かない。
まるで、誰か他人のことのように感じた。
「あ、、、あ、、、」
膝が、崩れ落ちる。
ドサッ
地面に手をついた。
セリカの血が、僕の手を濡らした。
温かい。
まだ、温かい。
つい、数秒前まで――
確かに、そこに彼女がいたのだ。
「セリカ、、、」
震える手を伸ばし、彼女の足に触れた。
「、、、セリカ、、、嘘だろ、、、」
涙が、止まらなかった。
視界が滲んで、何も見えない。
「嘘だ、、、嘘だ嘘だ嘘だ!!」
僕は頭を抱え、その場に崩れ落ちた。
「セリカ!!セリカ!!」
何度も、何度も名前を呼んだ。
でも、返事は返ってこない。
ただ、風が吹くだけ。
炎が燃える音が、響くだけ。
「どうして、、、どうしてなんだよ、、、」
嗚咽が止まらない。
呼吸が苦しい。
胸が、引き裂かれそうに痛い。
(クソ、、、クソクソクソクソクソ!!)
拳で地面を叩いた。
一度、二度、三度。
手が痛くなっても、止められなかった。
何のために僕はここに来たんだよ。
どうして。
どうして、セリカがこんな目に合わなきゃいけないんだ。
「ごめん、、、ごめんセリカ、、、」
僕が、もっと早く気づいていれば。
僕が、もっと強ければ。
自分だけが、、、
そうだ、母と父、それに兄の元へも向かわないと、、、
でも。
「、、、セリカは?」
このまま、置いていくのか?
一人で、こんな場所に?
「やだ、、、やだよ、、、」
もうどうしたらいいんだ。
全身が痛い。
僕の治癒魔術ではほとんど意味がない。火傷の痛みが思考を鈍らせる。
でも、それ以上に心が、痛かった。
自分の無力さに絶望している時、空から黒い何かがゆっくりと舞い降りてきた。
その黒い物体の先端には、見覚えのある赤い魔石が輝いている。
(あれって、、、僕の杖!?)
なんとリリア先生からもらった杖が、まるで意思を持つかのように僕の元へ降りてきたのだ。
杖が、ゆっくりと僕の目の前に浮かぶ。
赤い魔石が、脈打つように光っている。
まるで僕を、呼んでいるかのように。
どうして家に置いていた杖がここまで来ているのかは分からない。
でも、これは――
先生の言葉が、脳裏に蘇る。
『もし、シエロ君が本当に困った時。大切な人を守りたいのに、力が足りないと感じた時』
『その杖に、強く願ってみてください。きっと、応えてくれるはずですから』
「先生、、、」
涙で霞む視界の中、僕は杖に手を伸ばした。
(リリア先生が、僕に力を貸してくれているのか、、、)
僕がちょうど手を伸ばせば届く位置に杖が降りてきた時、少し前方から三つの人影がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
血と涙で霞む視界の中、一人がベロを出してニヤニヤと笑っているのが見えた。
(もしかして、、、あいつらが今回の災害の原因なのか?)
怒りが、絶望を押しのけた。
もしそうなら――
絶対に、許さない。
セリカの、仇を取る。
僕は震える手で杖を握りしめた。
その瞬間――
杖が、激しく反応した。
ジジジジジ
赤い魔石が、眩く輝き始める。
まるで、僕の怒りに呼応するかのように。
世界が歪んだ。
僕は杖と共に謎の空間に吸い込まれていく。
視界がグルグルと回り、激しい目眩に襲われる。
(罠だったのか、、、それとも、、、)
意識が遠のいていく中、僕はセリカの最後の笑顔を思い浮かべていた。
もう僕は、終わりなのかもしれない。




