プロローグ
初めまして。がおがおと申します。
是非最後までこの子たちの物語を追っていただければ幸いです。
「この子ったらよく泣きますね」
優しい声が聞こえる。
「泣くのが仕事だからな、いっぱい泣いとけよ」
少し低く、でも温かい声。
この声、知っている。
いや、「知っている」という感覚すらおかしい。
だって僕は今、生まれたばかりの赤ん坊のはずなのだから。
それなのに。
この落ち着いた声の響き。
鼻をくすぐる優しい匂い。
頬を包む手の温もり。
全部、「知っている」。
俺の父と母だ。
俺はそんな父と母に見守られ、ぬくぬくと気持ちよく泣いたり、眠ったり、また泣いたりしていた。
何も考えず、ただ本能のままに。
それは突然だった。
(なぜ俺は赤子で、こんな事を考えているのだろう)
泣いて、寝て、泣いて、寝て。
その繰り返しに、ふと違和感を覚えた。
(つい先ほどまで、俺は赤子では無かったような気がする)
いや、おかしい。
そんなはずはない。
俺は今、この父と母の子だ。
生まれたばかりの、ただの赤子なのだ。
泣いて寝て、泣いて寝ての繰り返し。
それ以外に何もできない、無力な存在。
ん?
俺はふと我に返った。
(泣いたり寝たり?)
(赤ん坊がする行動を、今なぜ「自分自身」がやっていると認識しているんだ?)
そんな疑問が、まるで氷の刃のように脳に突き刺さった。
次の瞬間――
突然、泣けなくなった。
声が、出ない。
涙も、止まってしまった。
(なぜだろう)
両親の前で涙を流すのは恥ずかしいのか?
それとも、泣き方を忘れてしまったのか?
いや、違う。
俺は「泣く」という行為そのものに、疑問を抱いてしまったのだ。
「……あら?」
母の声が、少し不安そうに揺れる。
「泣き止んじゃったわね」
「ん? どうした?」
父が覗き込んでくる。
突然泣かなくなった俺を見て、両親が心配してくれているのが分かる。
でも、身体は思ったようには動かせない。
小さな手を握ることすら、まだ難しい。
正直、意味が分からない。
(もしかすると、俺は何かの実験でもされているのか?)
それとも――
(異世界転生ってやつ!?)
脳裏に、どこかで聞いたような単語が浮かぶ。
トラックに轢かれたか、ショック死したか。
でも、おかしい。
(あれって大体、死ぬ寸前の記憶があるよな)
走馬灯とか、後悔とか、そういうやつ。
(っていうか! 女神!女神にも会っていないぞ!)
大体、美人でスタイルの良い女神に会って、
「異世界で第二の人生を!」とか言われるんじゃないのか!?
それがない。
何もない。
――ということは、これは転生ではない?
(普通に、自我を持った天才赤ん坊なのか!?)
でも、どうしても違和感が残る。
つい直前まで、何かをしていたんじゃないか。
誰かと話していたんじゃないか。
大切な誰かを、守ろうとしていたんじゃないか――
記憶の奥底で、何かが蠢いている。
それは霧のように曖昧で、
掴もうとすると消えてしまう、
けれど確かに「在った」何か。
「ま、いいか」
俺は小さく息を吐いた。
赤ん坊の肺で吐く息は、本当に小さい。
(俺の人生は、これからだ)
そうだ。
今がスタートなんだ。
(これから沢山、母の乳房を吸ってやるぜ―!)
そう決意した瞬間、
俺の口から、勝手に声が漏れた。
「――ぁ」
小さな、小さな声。
でもそれは確かに、
俺自身の意志で発した、
最初の「声」だった。
母が、ぱっと顔を輝かせる。
「ねぇあなた!今、声出したわよ!」
「おお! そうか、そうか!」
父が嬉しそうに笑っている。
その笑顔を見て、俺は思った。
(悪くない)
前の人生がどうだったのかは、分からない。
でも、この温もりは本物だ。
この声も、この匂いも、この優しさも。
全部、本物だ。
――そうして俺は、この世界に誕生した。
いや、もしかすると。
(二度目、なのかもしれない)
そんな予感を胸に秘めながら。
プロローグは短くて謎ばかりだと思いますが、良ければ本編へお読みいただけますと幸いです。




