輝くルデラン(後編)
ここからが本番!
異世界営業いかが相成りますか…!
「一旦ここまでにしておいた方がいい。双方が、と言うことだが」
それまで様々にざわつき、と言うより激しい寄りの動揺と混乱を抱えていた現場が、その一言で一気に静まり返る。独特の緊張感を含みながら、周囲に対して一気に抗いがたい圧を加えていく。男の声だ。その効果だけを見れば、何かの簡潔な術式にさえ似ている。すると衛兵達に防護されていた高官達の中から、彼らとは何もかもが違い、そして明らかにか上だと分かる者が一人現れた。そう、当建物上空到達時にリウスが早速に見つけたあの人物だ。もうこれ、間違いなくリウス正解のパターンじゃん。
「お前たちはいったい何者だ? どういった集団であるか、加え、何を目的としてここに現れたのか、全て簡潔に答えろ」
超命令されたんですけど?! 初対面の相手に超上から目線てやばくない? いや一般的な初対面感覚持ち出す場面じゃないか。いきなり現れた俺達に全く非が無いわけじゃないけれど-てかあるけれど-、だとして、この間のいきさつや普段の自分たちの行い-結果的事実からの推測ではあるけれど-からして、こっちがそんなクラスのマウントを取られた状態を「良し」としなきゃならない理由は一つも無いと思うんですけど?! やっちゃいますリウスさん? 何人か気絶させるくらいバチ当たらなくない?(危険思想)。
「私達はソーヴェイン代表団の者です。数日前、そちらの特使団が来られ、全く返事しかねる条件提示をなさいました。且つ、その方達には交渉の余地が全く見られませんでした。ですので、然るべき且つ絶対的に確実な責任所在箇所であろうこちらへ、本日はやってまいった次第です」
「ついちゃあ、肝心の『その人』と話がしたい。で俺は、それはあんただと思っている。違うなら、『その人』のところにすぐにでも挨拶に出向きたいんだが、頼めるか?」
お分かりいただけただろうけれど、口火を切ったのはノクリエルさん、続いたのがレジエルさんだ。ちなみにグラタスさんは、防護シールドの中で未だに防御姿勢を取っている。魔導技術専門家として言わせてもらえれば、その行為にほとんど意味はない。まぁ一般の人が百数十本の槍を向けられ、そしてそれと同時にほぼ同数の矢を射かけられたとしたなら、その時に取るであろうリアクションとしてはごく当たり前の部類に入る、とは思う。なんなら、今普通に会話を始めることができちゃってる二人の肝っ玉の太さの方が、驚きだとすら思う。
「『あんた』などと呼称される機会も随分と久しいな」
太く渋い声でそう言いながら、それに若干似つかわしくない若さを含む微笑を湛えながら、その男はそう言った。「一人だけ違う」その男が、だ。てか何が可笑しいし。
「だが、その無礼さはいつでも問えよう。いつでも裁けよう。『肝心のその人』と言う表現も興味がそそられるな。よかろう、話そうじゃないか」
「枢機監!」
周囲の文官が一斉にそう声を上げ、衛士達のほとんどは動揺の色を隠すことさえできなくなっていた。何がどれ程の問題なのかは見当もつかない。けれど、リウスやレジエルさんの見立ては、やはり正しかったと言えるのかもしれない。
「案ずるに及ばず」
ゆっくりと、しかし厳しさを明確に滲ませながら、「枢機監」と呼ばれたその男は、なんとと言うべきか、自分の身内をそうして制しにかかる。いや、確かにこちらの身分は明かしたし、そこに嘘偽りはない。けれど、そんな事くらいしか提供していない俺達と、「話そう」と思ってくれちゃうのはなんでだろう、とは正直思う。ラッキー…なの? そして固唾を飲んでことの進捗を見守っている俺ら、よりも遥かに水を打った様に静まり返っている連邦側の面々。繰り返しになるけれど、こんな超巨大国家の全権が集中するど真ん中中のど真ん中にあって、コメント一発で警戒態勢をコントロールできるこの人何なの? いや、だからVIP中のVIPではあるのだとして而して、だ。
「ただし」
そしてその男はこちら側に視線を戻す。
「剣士は外せ。それから、拘束及び非武装化の要求こそはしないが、これから行う『聴取』が終了するまで、貴様らは衛兵監視下に置く。加えて幻術使いのお前」
俺だろうな。
「その類の術使用を禁じる。従わない場合はこの聴取を中止し、お前たちに然るべき処分を下す」
いやリウスが処分なんてさせねーし、と思いつつ、「でもワンチャン行けそう」感がビンビンバシバシ迫ってくる。
「懸念は御無用。ただし、その条件にこちら側が従う担保として、そちら側はこの現状をどの様に変更しますか? 認識の違いを是正するために申し上げれば、私達はその『聴取』とやらを絶対必須条件としてこちらへ来たわけではありません。仮に、いずれの形であれ『不成立』という結果に至り、あなた方が何らかの実力行使に万万が一にも出る場合が生じたとして、当件に付き当方は既に『十分に対応済みである』と申し添えればご理解いただけるでしょうか?」
ノクリエルさん、それ挑発になりません? 「やっちゃいます?」なんて約一回程思った俺にツッコむ権利は無いかもだけれど、ほら、実際口に出して言うのと心の中でイキがるのじゃわけが違うじゃない?-つうか俺ちっちゃいっつうか…-。
「『対処』か…それならそちらが言う通り、聴取は必要無いだろう」
はい終わった。これもう終了の合図じゃん。いや、ノクリエルさんのそう言いたい気持ちは分かるよ。俺だってルデランな「対応策」の中心の一人として関わって来たし、だからより強い思い入れだってある。けど、もうちょっと我慢必要じゃなかったかなぁ…やばいなぁコレ。…うん、もういいや。五人全員一気に離脱させよう。
「先生待て」
レジエルさんが俺を制す。いやよく分かったねリーダー。俺の何をどう見てどう読んだらそんなことできるの? そして何このお互いの身内を制するリーダー同士。
「そちらが今の今、『聞いて全く損の無い話』を俺達は持って来ている。こちらで『対処』と言ったものについても、実際とんでもなく面白いものになってはいるが、それをただ眺めに来るのと、それこそ今ここで話を聞くのじゃ大違いだ。だろ? それと分かるだろ? こちらが、言えば『丸腰』でそちらに付いて行くって時に、そちらが得物でもって俺らに何かしかねないのだけは避けたい。そういう話なんだが、どうだい?」
グラタスさんと俺が全力で首を縦に振りに行く。ノクリエルさんはあくまで静観の構え、の様に見える。そしてリウスは、矢を落とした直後の腰を低くした体勢から一切微動だにしない。我が家の『読書大好きおねえさん』はそこにはいない。…てかなんでこんなに格好いいんだよ。
「この場が五分五分のそれではないという事実を、弁えているんだろうな?」
男はジロリと、レジエルさんを見据える。なんだろ。だんだんこいつの声に対して、こちらの体が少しずつ重みを増しているようだ。当然魔導のそれじゃない。分かり易いまでの精神的重圧、プレッシャーってやつよねコレ。
「もちろん、重々承知はしている。だからこそ分かってもらいたいんだ。悪い話をしようというのなら、こんな現れ方は普通しないはずだ。そうだろ?」
レジエルさん普通だねぇ、凄いねぇ←ただ感心する役。
「ほう…」
男はレジエルさんを見据えたまま目を細め、それから十秒近くその状態を維持した。「たった十秒」と思う向きもあるかも知れない。けれどこの場に来てみればわかる。ここでの十秒が決して大げさではなく、気の遠くなる長さに感じられるそれである、と言うことを。そしてそんな沈黙の果て、その男はようやく口を開く。
「約束しよう。こちらも衛兵は一旦外す。だが、移動先の直近には待機させる。それとこちら側の参加人員だが、私の他に文官五人を帯同させる。吞めるな?」
「呑もう。こちらはご指定の剣士以外の四人は参加、とするが構わないか?」
「結構だ。では早速始めよう。それと知らないだろうから伝えておくが、私は『無駄な時間』と言うものを心底憎んでいるのでな」
圧する様なそれだ。いや圧するそれそのものだ。俺達全員を一気に精神的にプレスしちゃおうって言うそれだ。どこまでもこの男…
「分からなくもない。ご随意に行こうじゃないか」
ニヤリとしながらレジエルさんがすぐさま返す。てかなんでこの圧に即応できちゃうんだい? と、その瞬間気付く。男から付与されたはずのそれが、たちどころに消え去ってしまっていると言うことに。レジエルさんの「不敵」とすら言える即答が、俺達全体に襲い掛かろうとしていたものを、瞬時に取り払ってくれたと言う事実そのものを。そしてふと思う。レジエルさんて、この男と話している間に話し言葉だけじゃなく、声音・声色や体の姿勢まで細かく、と言うか今まで見た事の無いレジエルさんに変化していったな、と。商売人ってそういうもの? 防御態勢からただの一度も、何らの変化も見せないグラタスさんって商人もいるにはいるけれど。あるいは、ここにいる五人の中で、しかしこんな芸当ができるのはレジエルさんだけだろう。いやさ、あれだけ「超」の付く高圧クラスのプレッシャーに常にさらされている状況なわけじゃない? そしてソーヴェイン五百万住民の命運も大げさでなく左右されるだろう場面でもあり。なのに、そんな巨大過ぎるほど巨大なものを背負っていてなお、突破口開きに行くパワー持ってるこの人はなんなんだろう。
だからと言うか、今から約八年前、この人がソーヴェインの誰よりも早く、この俺に魔導技術の導入相談&依頼をしてきたのも、今となっては納得にも納得できる。伏線としては完璧の部類に入るだろうし。けれどあの頃は、今からすればごくごく初歩的な『農地改良法』みたいなそれではあったのだけれど。「十年一昔」なんて言うけれど、それにも満たない期間しか経っていない中、随分と遠くへ来てしまった感がある。なんて感慨に耽っている場合ではないな。早くも「目的地」に到着したようだ。
目的地。と言うことで、通された部屋は「大広間」と呼ぶ以外選択肢が無いほどの広さを持つ『会議室』だった-入口のプレートにそう書いてあった-。言えば俺が副首座として参加していたミトラス最高意思決定機関『主会』の開催場所を彷彿とさせる。床一面は様々な幾何学模様で埋め尽くされ、壁には絵画や彫刻、そして見上げれば天井画が全体にあしらわれ尽くされている、と言う具合だ。ここに魔導球-「光珠」とも呼ばれる-や導力性植物とそれ用の水路が通っていたなら、「瓜二つ」と言ってもいい様相だった。何にせよ、この場面だけを切り取ったなら、俺達は相応の高待遇で迎えられていると見えなくもない。だけれど、当然違う。ミトラス主会会場と相似性ありまくりなこの部屋は、最高意思決定機関あるいはその権者のあらゆるニーズを担保する為に設計されているはずだ。つまり、その仕組みを知らない者にとっては、やたらめったら迂闊な真似のできない、あるいは一方的に不利な状態が、その初めから展開されているはずだ。ミトラスで言えば、首座を絶対的に保護し、場合によって特定対象者を排除することも、その機能として可能足らしめる状態にある。魔導技術こそ無いにせよ、この部屋もほぼ間違いなく、同様の目的を持った機能を備えているはずだ。
けれど「虎穴に入らずんば虎子を得ず」だ。虎さんのお家を訪問し、上がらせてもらわなきゃ、そのベビートラちゃんには会えないってことだ-意味違っちゃってる気がするけれど気のせいだろう-。とにかくここでしか得られず、しかもそれは今しか得られないもののはずだ。他の数多の交渉とはまるで次元の違う重みを持つ結果が待っている事も、また確かな事なのだろう。今まさにここで、それが始まろうとしている。硬い床の上で入室者達の歩く靴音が固く高く、遥か見上げる天井画まで響き抜く。入室してすぐに、大理石で象られた楕円形の円卓が目の前に現れる。隙間なく椅子を並べれば、ざっと七~八十人分は配置できるだろう。その両縁に、それぞれの参加者が着座する。瞬く間に静寂が訪れる。それも「少し耳の奥が痛いかも」って錯覚するほどの静寂だ。枢機監と呼ばれるあの男だけが着座直後に一人、部下らしき人間から渡された書類にざっと目を通すかの様、ページをめくっていた。で、他の八人はそれをただ眺めているだけ。と言うか、うちら四人は当然何も分かっていないので、そう表現するのは適当だろう。として、むしろあちら側の当人除く四人が、よくよく見れば固唾を飲んでそれを見守っているって感じに見えた。もっと言えば「軽くビクついてる」感すらあった。何だろ?『味方からも恐れられてる系』か? あと、味方「からも」と表現したけれど、こっちでサイドでビクついているのは俺とグラタスさんだけなんだろうな、きっと-グラタスさん、ずっ友でいようZE☆-。…情けないとか知らない。まあいいわごめん、てか触れられたくない。
「ヴェセト・ヴェグ・ヨルギエルと言う。当中央政府枢機院の統括的立場にある者の一人だ。だからお前たちの見立てはあながち間違いではないにせよ、同時に恐ろしく外してもいる。この意味が分かるか?」
枢機監ヨルギエル。急に自己紹介始めてくれたな。てか名前からすら圧を感じざるを得ないのだけれど?-繊細か-。
「ご質問の意図が『最高責任者、あるいは最終決定権者であるか否か、と言う意味であれば』と言う理解でよろしいのでしょうか?」
どうなんだろ、ノクリエルさん。と言うのは回答の内容云々じゃなくて、天然煽り体質のある貴方は、もうちょっとだけ静かにしてもらっていた方が、いいんじゃないかって事なのだけれど。
「よろしいとも。で、あればつまり?」
ヨルギエル応えたね。さっきあれだけノクリエルさんの発言にピキンピキンになってた気がするけれど、何かのスイッチでも切り換わったんか?
「つまりこの場での話、というより『この場』はそちらと当方の『最終結論しか出せない』と言うことですね。先日の特使団の様な段階であれば、一時的に交渉が不調・不成立等で終わったとしても、当該上級機関等の別機関がセーフティネットになる可能性はある。けれどこの場では、更に言えば『あなたが決定したこと』は、たったの一回だけでも、『この国における一切変更不可の決定となる』、と言うことですね?」
「そうだが、『だから?』と先程から問いかけている。これも先程伝えている事だが、もう一度言う。簡潔な回答のみ示せ」
「交渉は本来、複数回行わざるを得ないものであり、双方がその然るべき段階を経て『結論』へと進めていくところ、その余地に当たる部分が本日においては全くなく、場合によっては不十分な形から、双方どちらか、もしくは双方共に望まぬ形で当会談が、更には両国の関係が破綻をきたす可能性が少なくなくあると言う―」
「いちいちお前の話は無駄に長い。名はなんと言う?」
「ルエレッタ・ノクリエルと申します」
「ノクリエル、不正解だ。大間違いだ」
ノクリエルさんの話を、あの圧するかのような低い声で中断させて、ヨルギエルが話始める。喉の奥が少しひりつく。ダメだな俺は。この場にいる意味や資格はあるのだろうか?
「これがそもそも『会談』だと? 何を根拠にそう思っている? その上『あれこれ可能性がどう』と言ったな。いやはや…、根拠も正体も不明の連中がいったいどんな話をするかと興味を持てば、やはり想定の範囲内のザマとなったな。修正内容はこうだ。お前たちが実際の所、何者かも判明・確定していないにも関わらず、我が国全体の最終責任者-先ほどお前は『最終決定権者』と言ったが-、その一人である余が、何らかの判断など下せるわけがないではないか。いや、余と同列の者が仮にこの場にいたとして、だ。このようなずさんな状況下で、一体何者が何ほどの決定を下し得る? だが強いて言おう。お前達が仮にソーヴェインとか言う土地の人間であることが間違いないとする。ついて我が方がいずれかで確認が取れた際には、お前達が『より劣悪な状況になった』と判断せざるを得ない様な事態にとて充分なり得るだろうが」
いやこいつも大概話が長いな。ノクリエルさんへの誹謗を撤回してほしいくらいだっつうの。
「そのような観点で最初から相対していたと言うことであれば、それなら何故、私達にとっては『機会』とも取れるこの場を設定されのでしょう?」
ノクリエルさん!…もう、ブレないなぁ。いやまぁもう、そういう種類の覚悟をしておこう。と言うかそれだって最初のプランの一つだよな。連邦と決してよろしくない相対の関係に、本格的になるかもって言うのはね。からのルデランと言って差し支えないわけだし。と、
「型破りで非常識。で、あるからして、想定外。かつ全く未知数の技術を、明確な存在として認識してしまったが為、その確認作業を行う必要があった。そしてなお、可能性の探求及びその対応における時間・機会にについて、完全に失われたわけではない、と言うことだ。そうだろ?」
全然知らない人が全然認識していなかった場所から、ちょっとだけニュアンスの分かることをしゃべりながら出てきた。つまりあなたどこのどなたさんなの? しかもあちらの身内であるはずが、俺たち以上にこの状況にビビってる風な四人とは対照的に、と言うか全く真逆の雰囲気だ。ヨルギエルに堂々と-てか「飄々と」って言った方がいいくらいだ-若干流れ無視する感じで声かけているし。それに、だ。見れば、そのヨルギエルとほぼ同一の装いだ。ひょっとして?
「ルギエンスド・デュラ・ザラチェルと言う。このヨルギエル同様、『同列』として枢機監を務めている。ここまで言っておいてなんだが、ヨルギエル、横入り構わないか?」
「ふん。断ったところで後が面倒なだけだ。お前のその嗅覚とでも言うべき類の察知能力には、まったく、心底辟易とさせられる」
「その寛容痛み入る所だ。そちらはどうだ?『ソーヴェイン代表団』を名乗る諸君」
ザラチェルと名乗ったその男は、俺達の方へとさっと視線を向ける。特に威圧的なそれでも懐疑的なそれでもないのに、その瞳の奥に底無しさを湛える眼差しが、厳然としてそこには在った。ヨルギエルのある意味分かり易い圧とは全く別の、しかしそれでもこれは圧だ。ザラチェルは続ける。
「まぁ断るべきかどうかすら、全く判断不能ではあろうが」
その飄々としている様は、いかにも「厳つさそのもの」と言ったヨルギエルとは対照的で、「軽い」とすら感じられる。で、ありながら、そんなザラチェルに対して、俺はこの時身震いを覚えた。「ちょっと怖いな、こいつ」そんな感じだ。「何がどう怖い」とはとてもうまく説明はできそうにない。目の前にいるのはあくまで、何ならこの場にそぐわないってくらい緊張感がないような人物だからだ。けれどそれはパッと目に映る範囲。よくよく見れば、と言うのはこれまで話してきたことだ。只今一つ、その恐れの他に感じるものがあるのも、また事実だった。あえて表現するなら「決して悪くはない何か」。そしてそれにも少し震えるものがあった。それが何なのか、どうして震えるのか、ましてやそれ程のものなのかなんてことは、実のところ自分でもよく理解できていない。その事だけが、そして確かであって。と言うか、ヨルギエルにしたって、今さっき会ったばかりもばかりだ。「どんな人物か知れたものじゃない」と言う点では、全く一緒だ。ただ、この男の場合、その振る舞いから受けるここまでの印象は、強面の一本調子、他に要素があっても少なめな+α的人なんだろうなって、今のところは思うしかない。「だってそれが基本・ベースじゃなかったら、ここまでのやりとり何よ」ってやつだ。に対してザラチェルは、そんな風にすぐに「あぁこの人アレ系かもな」とは判断させてくれない所がある。のに、国家間レベルの超重要型判断の、それも即断・即決求められる相手として相対しなきゃいけないシチュエーションの今にあっては、「あぁ厄介な人来たわぁ」感が満載だ。まぁ…例によって俺自身はそんなに話さないとは思うけれど。
「一向にかまいません。と言う言い方が不遜に聞こえたのなら、ご容赦ください。ただしどうであれ、なんであれ、当方の現状と、貴国の求めるもの、その最大公約数的緩衝地点が見定められ、あるいは実際的結果として確定されるのであれば、どのような形態も厭うものではありません。申し添えれば、それこそが当方最大の希望であり、要望でもあります」
そうそう、ノクリエルさんみたいな人がこうしてどんどん喋ってくれるからねぇ…ってだから今日は静かになさるのが正解だって、もうさっきからバリバリ感じられるんですがねノクリエルさん…! で、「逆にレジエルさんずっと黙っているのなんでよ」ってのもあるし。とは言え、焦るなりなんなりで無理くりに口を開いても良いことなんて、特にこの場、このレベルじゃまず無いのだろう。だから、その点で言えば妥当に近い対応になるのかな? けれど、「その代わりと言っちゃあなんだけれど」的に、こうしてって感じでノクリエルさんの全開モード続いちゃってるのはあるんだよねぇ…。ぶっちゃけ『代表団』として失点し続けている感が半端ないのも確かで。 「グラタスさんが黙ってる件は?」って? そこ掘り下げて何か得られるって本気で思ってる? と、「謎めく」ザラチェルがおもむろに口を開く。
「さて、私にしても、実は割と『引く手あまた』な身の上でね。自分から首を突っ込んでおいてなんだけれど、ここに割ける時間はそれ程多く残されてはいない…最初からね。とまぁそう言うわけで、シンプルに、ダイレクトに、そして願わくばスマートにこの時間を前へと進めていく為に、副監並びに書記官の諸君は、全員直ちに退席しなさい。この指示そのものの有り無し等上奏は一切厳禁とする。さぁ急ぎなさい…」
まさに有無を言わせない指示だった。情報量ほぼゼロのこちらでも容易に推察できることだけれど、たった今「副監」と呼ばれた人達は、それはそれでなかなか高位の役職・職権を有していそうなのだけれど、な対象者に対してすらの否応なし感が凄まじいまでにある。この二人-もしくはザラチェルと名乗った男個人のと言うべきか-の権力・権限は如何程ばかりのものなのだろう。ただ、連邦に関する事前情報からすれば、いわゆる『官僚システム』それ単体で成立していると言うことだから、つまり階級・地位の持つ意味が封建制度的なそれと実質・原則的に変わらない事からして、当然と言えば当然の光景なのかもしれないけれど。だとして絶対的過ぎるよな、これは。
「一つ質問があるのですが」
その二人を残して相手方全員が退出した直後、ノクリエルさんが即座にそう切り出した。うん…もう何もつっこむまい。
「『時間が無い』と断っている相手に、唐突に乗り込んで来た側が質問を繰り出すなど、どこまでもおめでたいな。違うか?」
ヨルギエルがノクリエルさんを睨み据えながら、低く唸る様にそう言った。ほら、言わんこっちゃない-…-。
「まぁ極力お互いに努力し合おうじゃないか。その一問だけにするなら、と言うことで応じよう。どうぞ」
ザラチェルが受けてくれちゃった。いやさノクリエルさん、何言う気よ。
「貴国はかつて帝国体制で在ったものを、それも議会を有しない形式での君主統治、つまり親政としての独裁政権下に在ったものを、多頭政治的体制として現在の官僚システムそれ単体による統治体制に変換された、そう聞き及んでおりましたが」
まぁ色々あったんだろうけれど…一言で言えば「変換」でいいのか、な? …続きをどうぞ。
「しかしながら、只今こうして拝察するに、ある種の寡占的としての絶対的権限によるそれではないのかと、有体に換言すれば『一極支配』的なそれではないのかと判じざるを得ません。官僚機構は一般的議会のそれと比較して参加資格者の比率は少数とはなれ、一定の合議機会数を必要とするところ」
ねぇ長いよ。あとなんか回りくどい。相手怒らないのかな?(チラッ) うんヨルちゃんちょっとおこかも。はい続き。
「これは体制そのものを構築中の私達ソーヴェイン側の例から言うべき事ではないかも知れませんが、国家中枢部へ予期せぬ侵入行為が発生した場合、つまり今回ですが、一旦対象者を確保・抑留の上、何らかの司法段階、または何らかの合議的段階を経ての判決ないし裁決が適当と思われます。対して、即断権・即決権がこのレベルの事態に対し機能していると判じざるを得ません。つまりこれは、貴国が建国時に標榜した体制、言うなれば脱独裁・脱親政としての本来的な多頭政治とは異質のそれと拝察しますが、その実際につきお教えください」
「断る」
断られた。長くて、あと正直所々意味の分からないノクリエルさんの質問を、ヨルギエルがバッサリもバッサリにカットしに来た。
「まずこの場の前提に対する認識が完全に間違っている。我々二人が相当に時間が限られていると言う現状それ以前に、そもそも本日であろうが今後であろうが、お前達に割くべき時間など一切存在しない。その中にあって第一に、我が国の体制、その構図につき一々説明するを求める愚昧さを何故認めねばならない? 第二に―」
「いや、一言でいいなら答えよう。これより他に回答の予定も余地もないことは承知置くように。本題を差し置く時間を設けるべき理由がまるで見当たらないのだからな」
ザラチェルがヨルギエルを制するよう、そう発言した。急に仲違いを始めたわけでもないのだろうけれど、制された側のヨルギエルの眉間の皺の深さを見れば、そう感じざるを得ない。とは言えやっぱりヨルギエル、ザラチェルには正面切って抗する何かと言うのは無いようだ。そんな相手をチラッと見るでもなく、ザラチェル本人は続ける。
「そちらがどういった情報なりを前提あるいは比較対象として設問したか、はさておく。結論から言って『多頭政治』あるいは『合議的システム』に類する形式での統治は、その機能につき、いわゆる官吏統治としての行政機構を、現況我が国においては有し続けている。従って『それらシステムと異質か否か』との設問は、その在り方含め、応じる必要が認められないので、回答対象からは外す」
官僚的ぃぃ!いや、その単語の意味すらよく分かってないし、てか知らないで使ってるまであるけれど。何だろ、ミトラスの事務さん達が何かをこじらせると「こんな風になっちゃうんだろうな」って印象だ。彼らは『世界魔導師協会総本部事務局』所属と言う、肩書だけを見れば世間一般の事務職さん達と大差ない印象を受ける。けれど実際の所は、それらの職階とは「異質」と言った方が正確だったりはする。同事務局は連邦のそれと違い、主座・副主座の支配的管轄下に名目上あるとはいえ、協会全体の総務を統括するセクション含め、一国家の『高級官僚』並みの役割・地位だったと記憶している。でね、なんかね、やっぱこんな感じだったよ。やたらいっぱいあれこれ喋るけれど、「本当に話したい事って何?どこ?」なんて感じで、明確な回答やら本音やらが見えてこないあの感じ。小麦粉やパン粉を使った揚げ物料理で、主役の具そっちのけで衣の割合が極めて高い、みたいな? 伝わるかな?-てか俺の文化圏設定大丈夫?-。からの更にここで例え話追加すると収拾がつかなくなるかもだけれど、ちょっと一回だけトライさせてね。
「明日の天気はどうなるだろね?」って誰かとの会話でなった時に、その時点での天気や空の様子、雲行きや風なんかの感じから「晴れるかもね」「雨続くかもね」とか答えるのが一般的だと思う。そりゃ専門家でも予言者でもない限りは端的な憶測で答えるしかないよねって言う。けれどこういう人達-ザラチェルにヨルギエル、そしてノクリエルさん…なんか似てるな名前…ま、いっか-は、「詳細なデータが存在しない現時点において回答することは『不適当である』と判断すべきところではありますが、敢えて経験則的観点から申し上げることをご承諾頂けるのであれば、『いわゆる晴れ』的状況に至るであろうと言うことが推察としては妥当かと判断可能ではないかと思われます。しかしながら繰り返しとはなりますが、なにぶん詳細なデータを有しない現況下での回答となりますので、その点充分にご留意頂きたくお願い申し上げます」みたいな感じになると思うんだよね。要約すれば「いや、晴れとは思うけれど確実じゃないじゃん?だから後は自己責任でよろ」ってのをやたら説明増し増しで差し出された感じだよ。んまだから、正直ノクリエルさんの質問も、やっぱ長かったは長かったよね-バッサリいかれもしたけれど-。つまり「つまりあなた達が持ってる権利の危険度がどれくらいか知りたいです。ちな『即時級の生殺与奪権』はあるんですか?」って聞きたかったのだろうけれど、生来の-かどうかは知らないけれど-「ちゃんとちゃんとしないと」な性格がここでも出ちゃってるんだよね。俺からすれば「やたらキレイな物言い」、つまり元々言いたい事をけっこう加工した状態で相手に差し出しちゃってる感があるんだよね。だから『ノクリエルさん』って人をほとんど知らない、あるいは理解していない相手からすると、それこそ表面的な部分だけが伝わりがちになる。で、その趣旨、「言わんとするところ」についての理解も、充分には保障されないはず、なんだけれど―
「殺しはしない。『無事に帰す』と言った方が早いだろうが」
微笑すら浮かべながら、ザラチェルはそう応えた。会話成立しちゃうんだ。びっくりだよ。いやてかやったぜ!ちゃんとまたフレウスに会えるってことじゃんね? え、いい人?
「ザラチェル!」
突然ヨルギエルが声を荒げる。いやびっくりするし、やめてよ。
「分かっている、ヨルギエル。ただな、貴様こそはこの邂逅の始まりにおいて『時が限られている』旨、この者達に宣していたではないか。互いに結論的要望を即時に出し合い、以って最終結論に最速的に至ることが肝要であり、命を含む駆け引きなどは不要の一ではないか」
あくまでも穏やかに、そして諭す様に、ザラチェルはヨルギエルの顔をしっかりと捉えながらそう言った。対してヨルギエルは小さく鼻を鳴らしながら、
「ならばさっさと続けさせろ。何を置いても何らかの要望なり条件なりを直ちに示せ」
と、こちらに対して投げつける様、そう言った。その語気こそは若干弱まったものの、とは言え相変わらずの強プレッシャーがそこには感じられる。
「『要望』『条件』ってな言葉に的確に沿うかどうかは分かりませんが、俺達は今日の今日、そちらにとって大いに有益だと判断する以外無い商談を用意してきた」
ここに来てレジエルさんが初めて本格的に口を開く。やはり、と思う。「肝心の中でも殊に肝心な時」と言うのを、きっとこの人は知っているのだろう。結果的な今の状況だけを見れば、あの連邦の最高権力の一部であろう人物が二人もいる所で、本題を切り出す機会がレジエルさんにしっかりと委ねられているのだから。そこに至るまでのアレコレは、ノクリエルさんの弁舌や、俺やリウスのそれぞれの技術的なもの、グラタスさんのリアクションによってパスし、ある意味ではその間その分だけの力を蓄え、あるいは温存し、最も効果的なタイミングとポイントへ一極集中的にぶち当てる…ことになるかどうかは現時点では確定的ではないけれど。けれど、これまでの様々な出来事、代表団含むソーヴェインの各種運営含めた采配をざっと思い起こすに、そう感じざるを得ない。
「『商談』、だと?」
ヨルギエルが完全なまでの怪訝度百%でレジエルさんを睨みつける。本題行く前の値踏み激し過ぎない?
「一旦聴こう、そう決めたはずだ。続けなさい」
そしてザラチェルの穏やかさは変わらず。
「その前に、こちらの大事な結論に必要な事だから、一つだけ聞かせてほしい。『魔導師』と言う職種、あるいは能力者の存在は知っているか?」
レジエルさんがそう尋ねた途端、ただでさえ険しい表情だったヨルギエルのそれが、更に深くなった。
「幻術めいた技能を以って生業とする連中か。換言すれば、実態が無いにも拘らず、さもそれがある様に見せかけることだけに特化した連中をそう呼ぶのなら、『知っている』となるだろう」
知らないんじゃん。てかなんでそんなに怒りんちょ?
「ヨルギエル。お前の把握内容はそうかも知れないが、また別の情報を私は持っている。つまり、いずれかの対象に確実に作用する、物理的なものに限らない何らかのエネルギー活用技術、あるいはその能力そのものが存在する、と言ったところか」
この二人がごまかしや隠ぺいゼロで発言していること前提にはなるけれど、この超巨大国家の中枢中の中枢に、その程度の情報しか存在しないとはね。俺が八年前に協会から逃亡する際の、候補地リサーチがめちゃくちゃ正確だったってことが、逆説的にな感じで改めて証明された瞬間だ。やるなアイツら、本当に。
「ザラチェルさん、と言ったか。魔導師の一番の大枠部分はあなたの把握している内容でいい。それでだ、今ここにいるディド先生、俺達は普段『先生』って付けてるからそのまま言わせてもらうが、この人がそのご本人ってわけだ」
「何が言いたい…!」
「話の終わりまで黙って聞こうじゃないか。続けて」
「先日そちらの特使団を名乗る連中が俺達のところまでやって来て、まず素直には呑めない条件提示がされた、ってのはここまで伝えてきた通りだ。ここからが肝心だ。その後で俺達は、そうは言っても超の付く巨大国家であるあなた方と真正面からやり合える程の力は一切持っていない、『さあどうしよう』と一計を案じ、そしてそれを実行した」
「何をだ…!」
「ヨルギエル。繰り返すが、最後まで聞いてからだ、その様な対応は」
話の途中だけれどちょっとごめんね、一個だけ。ヨルギエル、お前よくそんな感じでそんな立派なポジション就けたな。秘訣があるんなら今度教えてくれ(百%まごうこと無き皮肉)。
「そちらとこちらの間にはガゼマ平野を主として南北約三千kmに亘る国境があるよな。そこへディド先生の魔導技術でもって幅五km・深さ十kmの谷を造成した。それに加えて、こちら側には高さ十kmの魔導障壁、魔導エネルギーに依るものなんだが、それを国境線のほぼ全てに亘って設置した」
今まで事あるごとに嚙みついてきたヨルギエルが黙っている。と言うよりも、呆然としたその感じは、何も言えなくなっていると言った方が近い様だ。レジエルさんの説明が理解できないでいるのか、ザラチェルの制止要請に素直に応じることを決めたのか、その両方か。
「現況、想定し得る物理的干渉手段、その全てを完全に防ぎ切るものです。なお、これは謂わば『専守防衛』の観点から造成・設置したものであると言う事をお断りしておきます」
ノクリエルさんが付け足し的にそう発言する。誰か、何でもいいから穏やかに口塞げる物持って来て。
「ちなみにこの造成なんだが、前段の工程を含め、企画立案から完成までにおよそ三十時間以内に達成された。ほぼ全ては魔導術式によるものだ」
MIの人たちの頑張りがもちろんあってのことだけれどね。
「つまり魔導技術と言うのは、それだけの莫大な効果を生み出す代物、もっと言えば天変地異にも似た所業が可能な代物なんだと言う点、まずは理解してもらいたい」
「真偽は可及的速やかに確認する。続きがあるなら述べるように」
ザラチェルは一切の感情の乱れを感じさせない口ぶりでそれだけを答えた。それともワンチャン、実際のところ感情が無い? うん、なんにしてもこの人、底知れ感ハンパなす。
「ではお言葉に甘えてもう一点。そちら目線での言い方を敢えてするなら、『数百年』なんて単位の大昔からあくまで暫定的な、なんなら名目的ですらあった『統治対象としたであろう地域』に対して、あの特使団をわざわざ派遣した理由について。それはやはりと言うべきか、近年の俺達の経済活動に対して、ある意味での一定の評価がされている、それが前提だと認識しているが、間違いないかね?」
「『一定程度はその派遣理由の一部として含まれる』、そう答えておこう」
ザラチェルは淡々と返していく。レジエルさんは「ふむ」と言った感じに少しだけ頷き、そして更に質問を続けていく。
「言ってしまえばソーヴェインは『徴税が可能な地域』ではなかったはずだ。何百年もの間、そんな状況やら環境やらではなかった。ところが近年、うちらと他国・他地域間における一定の経済活動、あるいは『その能力を有する』と判断できる情報がそちらで認識された。おそらくその後何らかの内偵をしたのだろうが、その結果、確実な干渉を講じる必要があると判断された。と言う一連の流れが今回の前提にあったと推察するが、間違いないかね?」
「故に『一部として含まれる』と返答したつもりだが?」
「悪いが『念には念を』と言うやつだ。初対面で互いをあまりよく分かっていない内から『理解し合えてる』なんて考える方が居心地は悪いだろ? さておき俺達が今日来た肝心な部分はそこだ。それが実際にはどの様な内容で、それについて『あんた方に対してどういう種類のメリットがどの程度確保されるか』『そういう期待があるのか』と言った点を説明させてもらう時間は、今の今もらいたいんだがどうかね?」
レジエルさんがそう尋ねた瞬間、ヨルギエルは誰もいない方へと顔をそむけた。ザラチェルはその淡々オーラが一切揺らぐことも無く、
「構わない、続けて」
とだけ答えた。この相手方二人のどちらもが、少なくとも俺達と「心から仲良くなろう」と言う気はないみたいだ。さても、だ。そこからはレジエルさんと、そして「待ってました」と言わんばかりに人としての息を吹き返したグラタスさんが二人掛りで、一気呵成、怒涛のセールスプロモーションを開幕させた。いやさ「爆発させた」と言った方が相応しいぐらいに思える。その内容は、それぞれの事業内容や、第一次産業の魔導的技術革新、水産資源の創造型事業、生活インフラの細部に至るまで魔導技術が及んでいる状況等について一通り触れていく。更にはそうした現況から、連邦の様な国家・経済規模においても、充分にその種の拡大を見込めることにつき、裏付けなどを含め列挙していく。早い話、一方的な収奪型統治を実行するよりも、ソーヴェインから技術供与を行うことによる相互発展的選択をし、『互恵関係』になる方が「ずっとお得だと思いませんか?」と説明したわけだ。加えて「だから」と言う感じで、「強引スタイルでは立ち入らないでよね」的メッセージを、そのセールストークの随所にちりばめていった。対しての二人はと言うと、ザラチェルは当然のごとく、ヨルギエルにおいても相当に理解への時間を要するだろうその説明に、一切余計な質問や口はさみ等の妨害を行うでもなく、只々じっと聞き入っている様だった。
「けれど」と言うか「そして」と言うか、それとも「なぜか」と言うか。その「不思議なこと」は、二人の説明が一通りされ尽くされた直後に起こった。と言うほど仰々しいものではないけれど、つまるところ枢機監のお二人様は、その後も「しばらく黙り込む」モードに入ってしまわれた。こちらとしては、例えば「今の説明の根拠や証拠はどこにある!」なんてキメつけられでもしたなら、説明用にソーヴェインのリアタイ現地映像を術式でもって情報提供するとか、各種設備の縮小型立体映像を提示するとか、いくらでも対応できるように準備までしていたのだけれど。あに図らんや、その様なご依頼を頂くことは無かった。そうして数分も経っただろうか。プロモーションを一定し切ったこちら側からは、なので追加的に何かを言う術もなく過ごすしかなかった。無理に追加でもしたなら『とってつけた感』や『蛇足感』、どころか「今検討中だ!」的逆鱗に触れてのマイナス査定まで危惧される。さすがのノクリエルさんも、そんな今は50:50的立ち位置での押しの一手モード-本人にそのつもりは無いだろうけれど「結果的に常に状況がそうなりがち」と言う意味で-披露の場ではない事を察知してか、静かにしてくれている。ので、あちら側お二人さんからの何らかの返答待ちモードに移行している事は間違いないのだろうけれど…。
長い数分だった。そして後から考えれば考える程、もしくは考えるまでもなくレベルで、ソーヴェインと連邦双方にとって、そしてここにいる六人にとって、そしてそしてなんと世界史にとってすら非常に重要な『数分後』と、それはなった。
先に口を開いたのはやはりと言うべきか、ザラチェルだった。
「手の内を明かそうというわけではないが、まぁしかし『看破されていた』とは表現すべきなのか。事実、内偵は密に行っていたとの報告は受けている。経済指数やその各種変動数値、その上昇値や上昇幅に関し、言うなれば数字としての情報において、確証そのものは『十二分』と言っていい程に得ていた。この手のことに関して、それはソーヴェインに限った事ではない。だが、『なぜそうなのか』、根拠や原因と言った点に関し、精査は行わなかったはずだ。むしろ原因不明であろうがなかろうが、あくまで現状と言う結果にのみ着目し、先般の特使団派遣に至った。それは我が国においてはあくまでも他国・地域に対するのと同様の対応だ。だが敢えて付け加えるならば、だ、ソーヴェイン代表団諸君。そちらの地域には、段階として相当に上位のランク付けを以っての判定とした。そう記憶している。こういう物言い、つまり詳細が精細さに欠けていること自体は受容を求める。知り得ていようが、我が国は『広大な』と言う表現ではおよそ足りぬ規模の版図を有している。対して我々二人はそれぞれ全体統括の一席を担っている。故に単一国家・地域ごとの緻密な把握と言うのは、一般的には様々に限度があり、為し難い。とは言え『上位ランク付け』その根拠たるところ、つまり諸君らの地域経済におけるイレギュラーとも言える経済的発展度合いがあればこそ、膨大そのものの情報整理の中にあっても、比較的クリアに抽出することが可能となっている面はある。さて、『ところで』だ。事ここに至って、たった今そちらの二人が行った一連の『説明』によって、思いもかけず精細なまでの要因が判明したと言うわけだ。よって、ヨルギエルや私がしばらく沈黙せざるを得なかった点、あえて理由開示をしよう。『あえて』とは、この手の案件と言うのは本来であれば一定の所要時間を費やし、検証・検討の類を行うべきを当然とするからだ。間違っても場当たり的な『その場の思い付き』などと言う無様なやり方で事を進めるべきではない。が、にも関わらず…つまりはだ、これからそれを―」
最後の方で言い淀みが目立つザラチェルが、その結論と思える部分に差し掛かったかと言うその瞬間、「ダーン!!!」と椅子が一つ蹴倒されるかの様、床へと倒れ転がった。実行者はヨルギエルであり、当人は明らかな怒声でもってこう叫んだ。
「ザラチェル貴様ぁ! まさか我らが心臓たるとするものを外部へとわざわざさらけ出すつもりか?!」
「そのまさかだ、」
心臓をさらけ出す?なんだ?何が起ころうとしている? おそらくこの場の誰もが脳内混迷としているんだろうなって状況で、一人だけ落ち着いてるであろうその男、ザラチェルの声が静かながらも響く。
「悶々として尚、事を進めず。結果として漫然にも等しい様で徒に時ばかり過ぎるのを眺め。何事かが腐っていく事態にありながら、その様な愚行的状況に、ようやく終止符を打つべき時が、その機会が巡って来た。違うか?ヨルギエル」
「性急に過ぎる!それこそが博打に等しき愚行ぞ…!否とよ…博打そのものではないか!」
「あ奴らの返答如何で対応は決める。それに何事か落とすことあらば、責めは我一人が受けよう。無論その後は貴様に託す。どうだ?いずれであれ、貴様にはうまい話だろう」
最後はいかにも「エスプリ利かせたぜ」って感じで右口角を上げて言ったな、ザラチェル。どこがどう冗談なん? 対するは沈黙するヨルギエル。冗談通じないんじゃない?やっぱこの人。てか俺達は更に当然のポッカーン状態だっつの。何もうさっぱり情報入ってこないんですけど? どういうことなのよつまり。
「さて、これから一点開帳するのだが、その前に一つだけ諸君に伝え置く。内容が内容なだけに、結果として諸君が我々の求める基準を充足させ得ない対応を取った場合、『終末的結果』を招くこととなる。これは警告や脅しの類ではない。単なる事前通告だ。故に、それを危惧するなりで直ちにこの場を去るならば、それはそれまでの事。我々は、どのような障害があるにせよ、当該特使団が兼ねて示した予告内容を完遂する為、全力を挙げて事に当たる。これに該当しない場合には、その段になって改めて提示すべきを提示しよう。さて、情報開示ゼロの段階の今、問おう。これより確認予定の当該案件につき、諸君はこれを受けるか否か、直ちに示す様に」
は?なんじゃそりゃ?何様だよ?何のつもりだよ?「お前らが事前連絡も無く突然やって来て『お願いがある』って話だから聞いてやってんだろ?だったらこっちの言う事をまずは聞けよなぁ?」的傲慢モードにでも入っちゃった?なんて品性の欠片もない感情論に支配されている俺とはまた別の意味で敢然と立ち上がろうとするノクリエルさんを、レジエルさんが間髪を入れず制する。
「俺が話す、ノクリエルさん。少しでいい、俺に時間をくれ」
いや惚れ惚れするぜレジエルさん。その冷静沈着さは本当に手に入れたいものだ。魔導術式の取り扱いにも一定の、あるいは相当の感情抑制が必要とはされる。けれど、物心つく前からごく当たり前に扱ってるものには、焦りや苛立ち、失意なんてのは入り込む余地はない。言い換えれば、俺のような人間でもなんとかできてしまう、と言うか-悲しいけれど、これって事実なのよね-。こう言う単なる言葉の応酬・丁々発止の煽り耐性こそ、この年齢で身に付けられてないことにションボリ感すら芽生えている。ちなみにグラタスさんは小声で俺に
「先生先生、何話すつもりだアイツ、分かるか?」
と純真無垢そのものの瞳で尋ねてきた。
「分かるわけないでしょ…!」
と俺も小声で、更には好意満点の瞳も添えて、そう返す。
「だよな、安心したぜ」
グラタスさんも同様の視線を俺に返してくれる。うん、俺も安心した。絶対しちゃいけない安心だけれど。
「これから提示されるだろうその話と言うやつは、俺達が相当にも相当な責任を負うのだろうと言う見当は付く。ただ一つだけ確認させてほしい。そうであるとして、片や俺達ソーヴェイン側には何らかのメリットなりの要素は付与されるのか?」
「その有無の判断については、畢竟諸君のみが判断し得ることであり、回答には及ばない。だが、仮に私が諸君の立場であるならば、その類の利点が全く無いとは捉えないだろう。そう推察するがどうか?」
「『承る』ってな選択より他無いというのが、まぁ場当たりな判断だとしてそうなるな。そもそもお互いがお互いのところへ突然現るなんていきさつからすれば、当然と言えば当然な成り行きだとも思うが」
「つくづく興趣を誘う物言いだ。そういう在り方も、我々からすれば相当にイレギュラーなり異分子なりとなる。だが…うむ、『故にこそ』とすべきなのだろう」
最後の方はほとんど独り言の様な、呟きにも等しい物言いだった。だから何だよそれ、だ。何がこれから始まろうとしてるんだってばよ。
「『ディプタル』と言う名の地域がある。知っていよう、諸君らソーヴェインと接している『あのディプタル』だ。今の話が本当であれば、突然に巨大にも過ぎる渓谷を目の当たりにする羽目となった地域とも言える。現況、連邦直轄且つ直接的施政地域としての辺境、その一とも言える。地域の総面積としてはそちらより一定狭小だろうが、人口はおそらく倍だろう一千万人規模を有している。産業は農業がその大部分を占め、商工業は『必要最低限』と言った程度のものか。他方、『グヴェンナ=アイム』と言う名の地域がある。ディプタルに接し、且つ当本国に一つ寄った形の位置にある。面積・人口共にディプタルを若干上回り、産業構造としては工業がその主となり、その規模より段階的に下回る割合で金融業含む商業が存在する。なお農業は微小と言ったところか。この二つの地域はそれぞれ別個の行政区画であり、故に各行政府が存在する。と言った生ぬるい外郭説明はここまでだ。現在、当中央政府内において、私やヨルギエルと同格となる枢機監の任にあるのは、我々含め二十八名を数える。同役職の任務としては、政務及び軍務を総体的に管轄する各中央省庁統括監に加え、この枢機監に同副監等含めて構成される主要三委員会の議事統括職、及び同各委員会及び全省庁・部局への横断的な形式も含めた政策企画立案調整権を持つ『中央官房』統括職がある。なお一般に言う『最高意思決定機関』なるものは、この主要三委員会、『内務及び財務委員会:内財』『外務及び軍務委員会:外軍』そして『審議統括委員会:審統』が並立且つ連動することによってこれを成している。加えて言えば、ヨルギエルが審統監職に、私は内財監職にあると共に、各々が兼ねて中央官房統括職たる枢機監を担っている」
つまりめちゃめちゃ「権力者様」ってことじゃないの? 正直役職名の下りはちんぷんかんぷん感しかないけれど、だとしてもその重みの様なものはさすがに分かる。てかリウスの見立てもさることながら、俺達五人の引きの良さ-場合によっては悪さにも転じるかもだけれど-に、我が事ながら恐れおののくってもんだ。
「目下周知の事実である所だが」
ザラチェルはこちらの対応やら反応やらを待たず先を続けて来る。…案外マイペースさんなのかな?
「我らが連邦はその誕生から現在に至るまで、国力増強の一環として、他国・地域併合を絶えず、弛まず、緩まず行ってきた。旧帝政期と比較し、内政を中心に劇的と言ってもよい変革を遂げこそすれ、この併合政策そのものは、一見すれば『旧国の路線継承』」と捉えられ得る結果行動として今日に至っている。だがここに来て…」
とザラチェルが言いさした所で、隣に座っているヨルギエルが一つ咳をした。先程ザラチェルを諫めようと図った何らかの目的について、「その最終確認としての意味合いを込めた咳なんだろうな」って言う事は、さすがに察しが付く、そんな咳だ。そしてそれがあってなお、ザラチェルは一切の躊躇も見せずに続ける。
「敢えて言う。現況我が方は実質として、同政策における限界を迎えるに至った。『ルデラン』と言ったか? それを諸君らが造成するまでもなく、あるいはそれよりも明らかに早く、行き当たるものへと行き当たったと言うべきか」
ザラチェルさん。俺たちの作った壁に連邦としてぶつかる前に、別の壁(政策的停滞)に行き当たっちゃったんだよね~って? いや…巧くないよ? そもそも話が見えない&入ってこないから、笑いどころがどこかも分からないっていうのが正確な所か。
「早い話、『管理し切れなくなってきた』と言う事じゃないのか?違うか?」
レジエルさんがほとんど間を置かず、尋ねる様にしてそう応える。いや何でそう思うん?シンキングタイムゼロで発言してない?てかそれって怒られるやつじゃない?
「早い話…あぁ、話が早くて助かるよ、フフ」
しかも当たってる~!レジエルさんスゴっ。と、ザラチェルさん面白くないのよだから。やっぱさっきの含めて「単純に面白くない」ってこれで証明されたまであるよ。…待てよ。これ、この分だとノクリエルさんも分かってるってやつ?-表情は特に変わった感じしないし-。となると…グラタスさん、お願いだ。頼むからどうかあなたは俺と同じポカン側にいてくれ…!
「『君主制』でも『民主制』でもない、各種施策の高度専門家のみによる大規模型多頭統治。それ自体は権力機構の在り方、その一つとして何ら間違ってはいない」
ザラチェルはそうして本題を切り出していく。として、どうなんでしょう? いやさ、間違ってるか否かの検討基準やその根拠が皆無に近いから、否定も肯定も不可能なんよな。
「さて、懸案対象を明確にしよう。併合地が増える度、そこへ地方行政府を置き、それへの対応の必要度合いに応じて中央政府としての人員配置を行う。と同時に、本国以外、つまり地方・併合先においても人材発掘を含む確保は行っている。よって単純な人的資源として、これに何らかの欠損なり枯渇なりと言った支障が発生したことは、これまでに一度として発生等したことは無い。つまり『現場』そのものの運営・管理において、今に至るまで何らの綻びをきたすことなどなく、ましてや懸案の外だった。だがここ一年の間に、その管理組織たる当中央政府そのものの組織人員が、連邦発足時に比すれば莫大な増加数に至っている。そしてそれに従い、その意志決定プロセスにおいては既に綻びと判じざるを得ない事象も確認されている」
待って。なんでそんな機密情報を次から次へと出してくれるの? すごく信頼されてる?それともこの後すぐに処刑されちゃうパターン? まぁだとしてもちろん黙って従うワケはないけれど。と言うか、だから話す前にあんな前提条件含む選択肢を与えられたわけね-てか察し良すぎるぜ、レジエルさん-。とここで、ある意味意外な人物が口を開く。ザラチェルが今こうして「内部情報」とまで言える説明を-ザックリ気味ではあるにせよ-展開することを予期し且つ止めようとした人物、ヨルギエル。そのヨルギエルが
「ああ、だがな」
と、同僚に相槌を打ちながらも、どちらかと言えば丁寧な形で訂正説明を始めた。何か心変わりでもしたのか、それともザラチェルによるこれ以上の機密・細密な内容開示を止めようとして、口を挟もうとしているのか。ただザラチェルはと言えば、首を少しだけ右に傾げ、口をつぐむ格好になっている。「まぁ、お前が話そうと言うなら構わない、言ってごらんよ」、そんな感じだ。一瞬にして語り手当人以外の全員が新たな思考展開に向かう中、その当人たるヨルギエルは続ける。
「だがここで最も重要な問題は、そう言った綻びに起因する部分も相関としてあるが、組織としての意思統一が『とある一点』を除き、『その成立を維持し切れなくなりつつある』その点にある。国家としての組織規模が一般的な他国家のそれと比しても極度に巨大化し、当中央政府が全地方行政府を管轄するに当たって同様の変化を必然要請され、且つそれに伴ったのが現在であり現状であるとして、さて、その中枢機能そのものである我々が、国体護持の髄たる我々が、その稼働における大前提として確実に保有・維持しなければならないものが何か、お前達に分かるか?」
いや、突然クイズとか何。てか普通に黙るしかなくない?とは言ってもレジエルさんとノクリエルさんは「あえて黙ってる」って感じか。グラタスさんと俺は、…。と言ってヨルギエルは回答がほしいようではなかった-当たり前か-。「フン」と鼻息一つを鳴らしてヨルギエルは話を続ける。…どう好きになればいいんだ、こいつ-好きになる必要があるかはさておき、さ-。
「『畏敬』あるいは『畏怖』としての『求心力』だ。いずれの規模の国家・地域であれ、様々に形態は違えど、この項目を除外することは能わない。一般市民においては絶対的権力を有する国家元首、ないし不文律含む罰則規定、軍及び官憲なる即時型実行力、それらが当該機会によっては自らもしくは家族・知人の生命・財産を剥奪さるる恐れあればこそ、そのほぼ全てがこれに従順と為すを選択することとなる。ただし、我らが連邦規模の国家となれば、『決定的』と言う意味合いにおいて、それのみでは充足し得ない。旧態たる旧帝国の事例は、この説明にうってつけとさえ言える。諸国家の集合体なる当該体制において、その中枢組織の一部こそ加わったものの、『本国』以外の多数の国家・地域・集団各勢力が、最終目標や実行意志・意義等、内実的要素こそ大小問わず且つ様々に違えど、当時の『体制転覆』その一点に結集して向かったのは何故か。換言すれば、向かうことを可能足らしめたのは何かとなろう。帝室含む旧体制そのものが『いかに機構としての独裁体制を築いていたところで、その求心力を喪失したが故』と言うのでは厳密な正答とはならない。結論から言えば、『それとは別途の求心的存在が顕在したが故』だ。加え、『同存在が旧体制を駆逐するに至り得る勢力に成り得たが故』と言えば身も蓋も無いだろう。だが証明を待たず、これは事実だ。では、『ならば何故、その別途なる求心力がそうなり得たのか』。その回答こそは、先程来触れた『とある一点』、現体制におけるそれをも指す」
ヨルギエルはそこでチラッと、自分の横にいるザラチェルへと視線を送る。ザラチェルは首を少し傾げた形で頷いた様だった。「続行おけ?」「おけ」って感じね。…まだヨルギエルターン続いちゃうのね。
「それが『併合型国家拡大政策』だ。旧帝国においても同様の方針を、その久遠の国家史と共に採り続けてはいたが、その終末期にこれを放棄せざるを得なくなった。当時の帝国政権は憂慮したのだ。『究極、皇帝ただ一人に大権が存在していたのでは、それが例え名目上であったとしても、統治機能としての限界は生じざるを得ない』だろう、と。『数千万から数十億に至らんとする民を、たった一人の人間の名の下に支配でき得るか?』とは乱雑な問いにも思えようが、しかしながら事実を大きく外してはいない。また、これは何も当該国に限定した話ではない。世界史に少しでも関心があるなら思い当たるだろう。大版図を有し、国力においては他に並ぶものなど無い超大国群、それらがそうした内部的要素を起因として瓦解した数々の史実を。故に当時の皇帝以下政権はこう考えた。『拡大政策は当面凍結し、内政のより充実化を以って国力の充実・拡大を果たすべし』と。単独統治者への反発を減殺し、且つ親愛的臣従者の拡大を画策したわけだ。それはしかし、政権担当者においてのみの、その天井知らずの富と権力を手中に収めている者においてのみの、何ら不思議の無い選択であっただろう。裏返さば、その立場になく、その当座に割り当てられている領分では不足と感じる者達にとっては、その拡大の可能性の大いなる一端を半永久的に失う事の様に捉えられた。あるいは『そうなり得る危機にある』と扇動され、その疑念に抗しきれなくなるのに十分な状況設定が行われた。結果から言えば、皇帝含む政権担当者の国家瓦解回避策が国家を瓦解させると言う、『完全に裏目に出た、そう言う結果に相成った』となるのだろう」
歴史の授業だよな、これ。ってよそ見的な思いを持ってるのはどうやら俺一人らしい。グラタスさんまでがじっと聞き入っている。社長業の人には、なにか集中したい要素でもあるんだろうか。ちな俺が何も口を挟まないのは、「どっちサイドの人からも怒られそう」って言う切実な理由からだ。嫌でしょ?怒られるの。ってことで続きをどうぞ、ヨルギエル。
「翻って我らが連邦はどうか。国家元首を単独とせず、どころか一定年数の交代制による多人数組織としてこれを成立せしめているが故、いかに版図が広がれど、いわば拡大可能な国家元首的システムが存在するが為、同権能の拡大及び維持は可能だ。よって、相互寄与的に併合型国家拡大政策を採り続けることに何らの支障も懸念も生じ得ない。現況、この『相当規模の攻勢的政策姿勢を疑うべくもない水準において維持している』と言う結果・現実・在り方そのものが、周辺国・地域を実行支配の有無に関わらず圧倒せしめている。のみならず、それをそもそも主導する立場として堅持する政権中枢たる我々のこの姿勢は、下位役職者・構成員全体にとって、当該業務に関わる質・量両面に対する相応の圧を維持可能足らしめている。と同時に、同政策継続効果として、ほぼ恒常的な報酬増が個々人の実績に応じて加増される。が故、内部的統率における『綻び』が現実的に生じ得ることはない。絶対数として皆無ではないが、それらは全て、同僚たる圧倒的多数者によって瞬時的に淘汰対象となっている。だがな…」
ヨルギエルはそこで明らかな「苦笑」を見せる。なんだ? お前もザラチェルと同じでおかしくない所で笑っちゃうタイプか? なワケは、そしてなかった。
「『結局のところ』と言うやつだ。連邦は現在、旧帝国版図と単純比較してほぼ倍化を果たした。国力たる総生産力及び外交的支配率・軍事力に関して言えば、数倍から十数倍の成長を遂げるに至っている。そして結局のところ、事ここに至って、『旧帝国の病に、現連邦も罹患する事となった』と言えば、理解は早かろう。つまりは、だ。飽和点乃至臨界点がどこにあるかの違いはあるにせよ、結果的事象そのものには何らの相違も無かったわけだ。こういう設問をすればより分かり易いだろう。『現行の政権システムであれば、無限に拡大は可能か否か』と。正答は『否』だ」
あぁ、すっげーよく分かった。最後の方だけで、あとは言わなくてもいいくらいだったな。で、更に続けちゃうんだね? いやさザラチェルなんて軽く目まで閉じちゃって…止める気ゼロじゃん。
「この極度にも極度に巨大化した組織が、更に何らの歯止めも効かずかからず増長していけば、と換言する事も可能だろう。そうなれば、絶対的な飽和・臨界を迎え、更に崩壊フェイズへと移行するは必至だ。だがな、そうだからと言ってこれを転換、要は拡大政策を停止乃至中止すればどうなる? 先に述べたが、現況内外双方へ付与し続けている圧から、いずれもが解放されたならどうなる? 周辺国・地域において、そして連邦内のあらゆる各セクションにおいて、どのような規模の現象・変化が発生し得るか想像できるか?」
長いにも長すぎる話の果てに、クイズ二問目って…。俺達何しに来たんだっけ?
「俺の言い回しでいいならだが、『全体それぞれが、あさっての方向へ元気よく動き出す』。まあ、派手にバラバラになるんだろうって想像は、誰でも付くんだろうがな」
レジエルさん普通に回答。てか軽く皮肉込みなんて言う肝が据わってる感レベルの対応力よ。けれど、これで気を良くしたのか、ヨルギエルは更に説明を続けていく。いや終われよ。
「同感だ。そうなれば、つまり『バラバラ』になった際、厳密に言えば、『どうバラバラになるか』に付き考察するに、最悪のケースは『内紛』だろう。中央・地方に関わらず、様々な組織が複雑に絡み合い、軍部含めた、世界に類を見ない規模での、見るも無残且つ悲惨、そして醜悪そのものの事態に至ることが容易に想像できる。今一つここでの重要点として、併合政策以外の有効な統治手段、その存在の有無が挙げられる。我々が求心力を持ち得る手段が、当該政策の他には皆無であるか否か、と言う事だ。こういう時、一般的に最も求められるのは、いわゆる『内需の拡大』を中心とした経済政策及びその恒常的成功状態だ。だがこれも、現在において、既存の路線を継承及び延長するより他無いのが現状だ。版図拡大が為される度、併合政策がまた一歩と進む度、当該地域を『連邦式』に均し、本国の企業が現地へ入るなどして一時的な景気浮揚があった所で…それも直に惰性の一途へと倣わずを得ず―」
「ヨルギエルすまない、率直に言ってここまで一通りが分かり辛い」
ザラチェルがそう言いながら、熱弁を続ける同僚を制した。いや遅いわ。だい~~~ぶ語ったぜ、その人。もっと早い段階で判断できなかったの?ってか相手のこと割とよく知ってるんじゃないの、「遠回り感のある説明する奴だ」って。効率やら時短やらの為に「ここからは俺が話した方が早いだろうなぁ」って思うタイミングはもっと前にあったでしょ? もうね、そもそもの言語解読から始める必要がある古代術式解いてる方がまだ、って言うか全然楽だし楽しいよ。で、そんなことを言われたヨルギエルはさぞかし不満そうな表情にでもなってるんだろうなぁと思って見ると、なんか「ごめん、頼むわ」みたいになってる。あ、さてはお前、その手の『常習犯』だな? …まじかよ。
「繰り返しになる部分もあるが、極力端的になる様務めるので聞いてほしい。まず我々二人は、この連邦内でも突出した権力を有している。その維持の大部分を支え、あるいは担保しているのが併合政策だ。だがそれにより、革命によって成立したこの体制が約百年の時を経ることによって、行政・軍部・経済そのいずれもが極度過ぎる程に巨大化し、管理を含め収拾がつかなくなりつつある。代替案として新たな経済対策を打ち出そうにも、この併合政策と同等・同質の水準を持つもの、連邦を維持・発展させるに足る有効なものなど全く見えてこない。片やそうして結果的に手をこまねき、行動・変化を起こせないままで行けば、飽和状態になることは必至だ。従って、『内部分裂のリスクは否応なく相当に高まりつつある』と言わざるを得ない。ここまでは理解できただろうか」
できたよ。すげーできた。ある意味、グダグダな説明聴いた後だから余計に理解できた感まである。とは言え助かったよ、ぶっちゃけ。てか何だったんだよヨルギエルのあの下りは。これが小説とかだったら間違いなくカットされてるよね。「そこからしばらくはヨルギエルの説明が続いたが、いくら時間をかけ、本人としては有体に説明している様でも、結果、全く要領が得られなかった。その為、堪り兼ねたザラチェルがこれを制し、以下の説明を行った。」とかね。
「『状況説明』と言う点では、理解できたかと思います。ただ何故私達にその様な内部情報が、『赤裸々』と言ってもいい水準で開示されたのか。と言うのが、最大の疑問として発生しましたが」
ノクリエルさん。なんてまっすぐな人。それが悪いことだなんてもちろん思わないし、言ってることが間違っているとも思わない-てか同意するしかないし-。ただ、今の質問は聞きようによっては嫌味にすらなりやしませんかね? 俺が心配し過ぎなのかな? なんて「いらないかもしれない心配」を抱えながらザラチェルを見れば、存外微笑んでいる。ん?どゆこと?
「案ずるな。と言うより、『もっともな話だ』と言うべきか。いずれにしろ、そもそもそれが最も重要な点だ。結論、今我々が欲しているのは『併合政策に頼らずに求心力を維持し、それを以って国体護持を為し得る、恒久的新政策の創出』だ。加えて今一つ。そちらが先程来提示した『魔導技術』なるもの、その説明が事実と仮定したならば、新政策構成要素の重要な位置を占め得るだろう。う考察する。として、その技術を『強奪』することはおそらくできないのだろう? 例えば既製品を手に入れた所で、稼働させることができなければ意味は無いわけだ。ではなく、積極的な協力を前提とするなら、その様な不始末はあり得ないはずだ。ただしそうした形式を実現する為には、一般的には『一定以上の信頼』が求められる。今回もその一般例に倣った。つまり、当方の可能な限りの情報開示を行い、以って相互理解を基礎にした信頼関係を築くことを企図したわけだ。ついてはソーヴェインの諸君、相応の協力を求めたいのだが」
「なお『協力行為認められず』と当方が判断した場合、従来通りの政策を堅持するより他は無い。その際、当方はそこにどれ程高い壁が聳えていようと、どれ程底知れぬ谷があろうと、必ずやそれを克服し、決定的成果を得ることを躊躇しない。その事をよく記憶に留めておくことだ」
ヨルギエル、最後あんたが入って再度ごちゃついちゃったんだけど? …まぁ「だけど」、だな。だけど今度こそ、その真意は理解できた。自分たちが、あるいは連邦そのものが失脚しそうな所へ、起死回生になるかも知れないチャンスを、他の誰あろう俺達が持参したってワケだ。もしかしたら、俺達がここへ現れ、その最初の最初から発動させた術式の幾つかを目の当たりにして、その時点で当てを付けていたのかも知れない。じゃなきゃ、本来なら極刑クラスの厳罰決定&執行がその場で即断されそうなところだ。でも実際、そうはしなかった。さっさとその正体・真価を探る為に、人払いしてまでの密談に持ち込んだ。それが実際の事の顛末なんだろう。レジエルさんとグラタスさんのプレゼンも、ある意味では想定の範囲内だったはずだ。圧政に承服しかね、あるいは耐えかねて、その解消・改善の為に何がしかの内容を持って陳情にやってくる例は、この手の国家なら少なくないはずだ-その中にはきっと「命がけの命乞い」レベルのものもあるはずだ-。ただこの一連の『打診』の直前にあった数分間の沈黙。あれは、もしかしたらその想定を一定以上超えた内容だったから、なのかも知れない。そもそも『魔導』そのものが存在しない国にいながら、そこから発達した産業など、まして想定する事なんて不可能だったろう。からの、『交換条件』なんだよな、これは。「隷属化はしない、その代わりに魔導技術を提供しろ」って感じか。…まだ好きになれそうもないなぁ、これ。
「ただし、その端緒より『全土導入』は不可能であるし、仮に可能であったとしても選択肢にはなり得ない。察しは付くだろうが、当技術につき、当政府内いずれの機関・部署においても未承認事案であることが一つ。更に、いざ検討の俎上に載せれば、途方もない数の検討及び承認プロセスが発生する。しかもそのほとんどは、無用かつ低俗な『派閥争い』と言う名の政争の具の一つに徒に加わると言う、『下卑た現象』とも言える状態に置かれることが必至だ。よって、我の『息のかかった』行政区二ヶ所に限定し、それを開始することとする」
なるほどね。と言うかなんというか、こういうタイプ・クラスの国家ともなると、『しがらみ』やら何やらがぎゅうぎゅうに詰め込まれ、あるいはそれらが複雑怪奇に絡みに絡んで絡まり合っているのだろう。良い事を良い事のままに良い様にできないなんて、な。まぁでも、世界魔導師協会ことミトラス中央機関、つまり主座・副主座周りも、似た様なものだったか-俺自身は当時そんなことに気づかなかったっておバカな要素はさておき、ね…ハハ-。
「更に今一つ。突然に現れ、であるにも関わらず、『国家間クラス』とも言える規模の商談を提示され、更にはその証拠と言えるものもほとんど提示されない状況下にあっては、『門前払い』がその対処法として妥当な所だろう。が、前述の通り、それは不選択とする。だがもしも仮に、当該技術並びに同効果が当方の想定を一定程度下回る場合、もしくはそもそも虚偽であった場合には、当方にとって当初特使団が示した条件より『さらに効率の良い併合策』を選択する事となる。片やそれが真実であれば、今後の政権運営、翻っては当連邦の中・長期的な発展を大いに展望し得ることとなるであろうし、それを以ってそちらにとって『不都合の無い状況』なる結果へと導かれもしよう」
ザラチェルはそこまで言ってから-言い切ってから-、「意味は分かるな?」とでもいう風に片眉を少し上げ、俺達を見回した。
「とにもかくにも、まずは話を聞いてくれた事にたいへん感謝をしたい。それと今さらではあるが、そもそもの無礼を許してもらいたい」
レジエルさんが絶妙な形で対応する。まぁ『絶妙』の判断は完全に俺主観だけれど、でもさ、そうじゃない? 前がかりに「ああっあああっありがとうござますぅっ!」みたいなのでもなく、変に余裕ぶってる間に相手から「返事はどうした?」なんて言われるでもなく。それに今回のノンアポ営業の失礼さにも触れて、謝る所謝ってって言うのも「おっとな~☆」って気がする(※36歳の感想です)。相手がなんだかんだで「こっちと交渉する気になった」って判断できるまでは一切口は挟まないでいて、それが確定したって所で即座に応えたのも、テンポ感として「あり」なんじゃないかなって思う。何より、レジエルさんが話す端から、ザラチェルは「うんうん」って感じで、何だったら微笑付きで頷いてるからね。相手の欲しいタイミングに欲しいものをあげることが、どれだけ効果的かって話なんだろうし-これは逆もまた然り、か-。つくづく『営業』向いてるよなぁ、レジエルさん。元は『the 個人農家』だったって記憶が、正直薄まりつつあるよ。
「こちらが保有している技術の内、実際いずれがそちらのニーズに適しているか、あるいはニーズそのものが何かと言う事や、場合によって現地に新たな事業体を創設・開始する必要が生じた際には、どういった形式でこれを進めていくか等々、細目に関してはその担当者さんとのやり取りになると理解していいか?」
「まずはそうだ。だが、私やヨルギエルも適宜、直に現場へ入ることもあるだろう」
「それなら」
そう口を挟んだのは、俺だった。うん、俺、びっくりでしょ? 何言い出すか気になりまくりでしょ? じゃあ続きをどうぞ、俺。
「『映像通信機』って呼んでいるものがあります。これがあれば、現場に行かなくても、そこにある同機がリアルタイムで送ってくる映像情報から、諸々確認することが可能です。ちなみに音声まで付いてるんですよ、これ。『事足りる』とまでは言えないかも知れませんが」
「それは今ここにあるのか?」
「ここにはありません、残念ですが」
「では極めて可及的速やかな持参を」
「明日の同時刻では?」
「『そんな近距離ではないだろう?』などと問うのも、術者には詮無きことか。明日同時刻だな、結構」
「ザラチェル待て、明日は―」
「ヨルギエル、その件は貴様だけで対処しろ」
「だが相手はクオルド、そしてデタンチア陣営だぞ?」
「こうなれば『今更』だ。違うか?」
「いや、だが―」
「ヨルギエル、詳細はこの後詰めよう。術者、説明にはどれ程要する?」
まだ何か言いたげなヨルギエルの言葉を封する様にしてから、ザラチェルはこちら側へと向き直りそう尋ねてきた。
「物の説明と実演だけであれば十数分程度で済むかと」
「ヨルギエル、後から合流する事も可能だと思わないか?」
「…同意しか許されてないだろうが」
「さて…ではソーヴェイン訪問団諸君、その他に現時点で確認あるいは要請予定の事項は存在するか?」
ノクリエルさんが何かを言いかける。何か決してよろしくない感覚があったけれど、あっと思う間もなく、ご本人が喋り出しかける。けれど、俺よりもずっと高次元の、それこそ『野生の勘』レベルのセンサーが機能したのか、これを先んじて封じたのはグラタスさんだった-グラタスさんの扱いよ-。
「いやいやいやいや」
と言う言い回しでノクリエルさんを制しつつ
「今の今はまず無いな、へへ。帰らせてもらうよ。ま、今回のこの取引でお互いがより発展する為に、いっちょがんばろうや!」
とやや早口&まくし立てる様にしてそう言った。一応〆の挨拶だよね、これ?
と、相手の二人がそこで「ふっ」と笑い合った。しかもごく自然にってやつだ。…いやはや、グラタスさんってこう言う所あるんだよね。「エポックメイキングLvの雰囲気チェンジスキル」とでも言えばいいのかな。俺達と相手二人の間どころか、あの相手同士の間にすら抜き差しならない緊張状態が今の今発生したって言うのに。その二人を一瞬で和ませたってか。「『ソーヴェインNo.2企業のオーナー』って肩書だけで付いてきた人」って評価が確定しつつある流れまで変えちゃったよ-だからグラタスさんの扱いよ-。
「それでは本当に『単なる商談』の様ではないか。代表団の人選が一々愉快だな、御一同」
ザラチェルが少し緩んだ雰囲気をそのままに、そう言った。全く気のせいかもしれないけれど&ほんの僅かかも知れないけれど、「相手の懐」に少し入ることに成功した気がする。まぁ答えはいずれ出るだろう。今は表面上だろうが何だろうが、連携・協力の糸口をつかんだ。そこに「一本集中」で行くだけだ。ちなみにヨルギエルは我に返ったか、咳払いをしている。いや、お前が緩んだ瞬間、こっちは忘れないよ?
「それでは失礼する。帰り方も、来た時と同じ方法で構わないか?」
レジエルさんが確認する。
「この場から瞬間的に退去できると言うのなら、そうするべきだ。でなければ、そちらが現れた時のあの一連、それと同様では近衛師団に、そしてそれよりずっと面倒な連中にも、後々面倒な説明をする必要が出てくるからな」
あぁ、要するに「みんなが見てる目の前」で「さよなら~」みたいに飛び去っちゃうと、「今の何だったんすか!?」的混乱が生まれちゃって面倒だからってことか。
「一秒とかからず、一瞬で退去する事は可能です」
俺が答える。実際の所、移動先の情報が確定してさえいれば、その方が簡単&楽ちんまである。
「であれば結構。これ以上の『余計な騒ぎ』は、真に余計でしかないからな」
ザラチェルも既に元の雰囲気に戻っている様で、そう応える-もうちょっと緩んでてくれても良かったんですけどぉ…まぁ無理か-。
「ではまた明日のこの時間に。と、うちの剣士を読んでもらってもいいかな?」
レジエルさんがそう言い終えるか終えない内、ザラチェルがその右手人差し指で素早く三回、机をノックした。たちどころに兵士数名に先導されてリウスが入室してきた。まぁ、やっぱりそうなんだね。「指ノックで命令できちゃう系」な雰囲気漂ってたけれど、やっぱりやれちゃいますかそうですか。って今思いを至らせるべきはそこじゃない。ここまでの交渉内容も、この組織の中で-『中央政府枢機院』だっけか-実際どのように受け止められ、からのどういう対処がされていくのかって言うのは、「現時点では分からない」「てか結果を見るまでは分からない」のが実際だよな。だいたい『派閥』があって、目の前のこの二人がそういう勢力関係の中で、あるいはパワーバランスとして、どういう立ち位置でどの程度の強度を持っているのかってことに関しては、こっちは全然分からない。だから、見定めようもない。と言って、あちらの提案内容に乗らない選択肢も無い。てか「そんな選択肢は与えられていない」と言った方が正確なんだろう。
「リウス、一応一通りの話は済んだ。内容については戻りながら話す」
俺は念話でそう伝える。彼女は黙って一つ頷く。さてもリウスの若干強張った雰囲気からは、この会議室の外では、あの後も睨み合いなり、一定の緊張状態が続いていたんだろうな、と言うのが伝わってくる。当たり前と言えば当たり前の状態ではあっただろう。けれど、あれだけ大人数の精鋭部隊、手練れだろう集団を相手にしながら、たった一人で対峙し続けたってことだよな。いやさリウスの胆力や、何より実際の所の実力は、一体どれ程なのだろう。未だにその底も天井も見えない。この人味方側で良かったわ、いやマジに。
「先生、そろそろよろしく」
レジエルさんに促され、俺はエアボールを発動させる。
「では明日」
「ああ」
そんな何とはなしな挨拶を交わし合い、俺達は飛び去った。その後、二人の枢機監がどうやってこの一連の時間や、その場を収めたのかは分からない。なにしろこっちは相手のご希望通り即座にその場から消え去り、そしてルデランの側まで瞬間移動したのだから-厳密に言えばルデランの内側(ソーヴェイン側)だ-。移動先の選定理由は単純で、今一度自分の為した偉業を、ではなく-断じてなく-、設置から約一日経っての現場確認をしたかったからだ。昨日のその時のメンバーからフレウスが抜けたことを除けば全く同じメンツでその場に立つことになったわけだけれど、感想は共通して一つ「昨日のままだね」だった。良くも悪くも圧倒的な存在感を変わらず保持し、誇示しているかの様にさえ感じさせるルデラン。「底無し」とすら錯覚しがちな谷、そして天に大いに揺らめくオーロラの如く、延々と連なる緑光の壁。
「こうしてあいつらと直接色々話した後だと、ルデランがどれ程必要か、正直分からなくなるな」
グラタスさんがポツリとそう言った。それは直接的な施工者の俺からしても、思わないではない感想だった。ここまでする必要があったのか。あったとして、これほどの規模である必要はあったのか、と。
「その疑問が提起される、あるいは結論的定義を行うには、今は早過ぎます」
ノクリエルさんが、しかしすかさず応えた。
「現状、ここに至っても尚、私達はある意味では『何も手にしてはいない』と言っていいでしょう。連邦とは実際に書面などを通した実契約行為が果たされたわけではありませんし、加えて『七ヶ国交渉』も一ヶ国としてスタートしていません。これらの結果は、それ程の期間を経ずに明らかにはなるでしょう。けれど、そうであったとしても、現時点において何も得られていない事実に変わりはありません。ですから一定の『保障』あるいは『保険』としてのルデランの必要性にも、何らの変更が生じるものではありません」
はいそうでしたー。すみませんでしたー。てかまぁうん、だからその通りだな-何故言い直した-。いやさ何らかの楽観的感覚や予想-例えばさっきの交渉で「連邦の中心人物と信頼関係が構築できたぜワーイ」みたいな-で、これを「撤去&修復してもいい」なんて選択肢が皆無なのは俺でも分かる。ただ返す返すも、この目の前の谷、そして魔導障壁の、「いずれの事例にも似たようなものが見つからない」的唯一無二な圧倒的存在感と、あの二人-ザラチェル&ヨルギエル-と実際に話したことで得られた感触がうまくかみ合わない感じがするのも事実で。
「そうだ、保険だ!」
レジエルさんが唐突に大きく声を上げる。どうやら一人だけ角度が全然違う所にいたらしい。てかレジエルさんがそのポジって珍しいな。
「ノクリエルさん、よくぞ覚えていたもんだ。後から振り返って、『最大の収穫だった』と評価されるのは案外それかも知れないぜ」
グラタスさんがそれを聞いて二っと笑う。レジエルさんとほとんど同じ表情だ。例の『金融商品』ってやつのことか?
「保険、それに銀行・郵便、タイプは変わるが土地・建設。大収穫もいいところだ。ソーヴェインが外に打って出る今の今、『一気に展望が開けた』ってことは、この件に関しちゃ間違いなくそう言える」
「私の言う『保険』とはそういう意味では…」
「例の七ヶ国ではもう存在してるのか、そうじゃないのか。あったとして『どう動かしてるのか』って言うのは確かに気になるな。とにかくソーヴェインじゃゼロからの立ち上げになるわけだ」
「腕が鳴り過ぎるくらいに鳴りまくりの唸りまくりだな!」
最後のグラタスさんのはちょっと分からないな。と、ここでノクリエルさんが怪訝そうな表情で言う。
「ひょっとしてですが、お二方。『国興し』とすら言えるこの壮大な一大事業に当たって、なお『お金儲け』の部分にばかり力を入れようとしていませんか? 最重要事項はあくまで住民全体の生活安全とソーヴェイン領土の保全であって―」
「それは当然金儲けだ」
グラタスさんが躊躇なく言う。ノクリエルさんの眉間がいよいよ、世界で最も切り立った山脈の遠景の様、その険しさを増す。
「とは言え、レジエルと俺は根っからの商人じゃねえ。二人とも『一介の農夫』ってやつだった。ま、誰にも負けねえぐらいに一所懸命やってるって自信はあったがよ。ただそんな所へ先生がやって来て、レジエルと面白いことをやり始めた所へ俺も乗っかって―」
「あの、何の話を―」
「まあこいつの話を今は聞いてやってくれ」
ノクリエルさんが言いかける所、レジエルさんがこれを制していく。
「ああ、もう少しだけな。そんななんだかんだで商売がどんどんでかくなっていった。『商売が本物の商売になった』って言うかよ」
そうだよな。それまでのソーヴェインは、ほとんどが『物々交換』で、通貨はあったにせよ、その「出番」は本当に限られていたんだっけ。
「生産可能な作物の種類も、それまでに比べりゃ驚くくれえに増えた。漁だってそうだ。やれることの種類が増えて、規模もどんどんどんどんでかくなってな。俺の兄貴に至っちゃ先生の『直弟子』みたいになっちまって、魔導機器の製造・生産までやり始めた」
そう、その一つに、今回のこのルデランもなったわけだよね。〇〇さんの存在は、俺からすれば間違いなく特に大きな存在の一人だ。
「だがよ、こういう間にも俺自身を動かして来たのはよ、そうやって商売が一個一個でかくなっていく度、『一緒に笑い合える奴らが増えた』これに尽きるわけだ。初めは家族だ。女房にガキ共、親父にお袋、元からのんびり笑い合っては来たが、それがずっと生き生きして来た。それに近所の連中、手伝い衆、それまで会ったことも無かった遠くの土地の連中とまでつながって、それがまた広がって。楽しいんだ。本当に心から楽しいんだ。笑い合える奴らがいる、しかもそれが広がっていくって言うのはよ」
うん、凄く分かる。古代術式研究くらいしか楽しみが無かった俺には本当に響く。ここに来てからだ、俺も、俺自身も生き生きとし出したのは。ここに来て、誰かとつながって、それが本当の本当に実感できてから、俺も「生き出した」そういう気がする。ひょっとしたら、協会にいた頃に見落としていたことも含めて、ね。
「今度はそれが海の先の七ヶ国だっけか。それにひょっとしたらまさかまさかの連邦の連中との金儲けまで見えてくる始末だ。だから『何の為に?』って言われりゃよ、ああ『金儲けの為か?』って言われりゃよ、そりゃそうさ」
そして「うんうん」と自分で自分の言ったことに、グラタスさんは頷いている。ノクリエルさんもここに来て、「ああそう言うことね」みたいな表情へと変わった。
「俺もグラタスにほぼほぼ同意見だ。もう一つ言やあ、俺達の暮らしが前よりもずっと豊かになって、そして遂にはそれを守れる所にまで来れた。まあ先生の途方もねえ力があってこそ、だがな。でだ、ノクリエルさん、言うだけ野暮かも知れんが、だ。まあ『笑い合うための金儲け』はよ、『生活安全』も『領土保全』も担保することになってるんじゃねえか?」
レジエルさんがそうノクリエルさんへと確認をする。
「『企図したわけではなく、結果としてそうなっている』と言う点が不満なのを除けば、確かにおっしゃる通りとは思います。であればこそ、動き始めている一国家クラスのシステム造りの中で、この先もそうして『笑い合える』と言う最重要項目の維持・発展の為に、頭を捻っていく必要がありますよね?」
ノクリエルさんはそう言ってから、フッと笑った。率直に言ってなかなか素敵な笑顔だった。
「案外話せるんだな、あんた」
ガハハと、そして笑いながらグラタスさんが言う。また眉間に小さな山脈を形成するノクリエルさん。「やれやれ」と苦笑交じりに顎をさするレジエルさん。更に静かに微笑むリウス。俺はと言えば思いっきり吹き出してまう。そりゃないぜ、ってね。正面切ってそう言えちゃうグラタスさんと、まじめ一直線で困り顔のノクリエルさんのコントラストが可笑しくて仕方がない。あるいは、ほんの少し前まで、もしかすれば歴史的な話し合いをしたかもしれないあの時間から、一転しまくりの緩んだ空気に当てられたのかも知れない。で、グラタスさんと俺がそうして思い切り笑ったものだから、そんな馬鹿げた空気にレジエルさんも、リウスも、そしてノクリエルさんまでもが最後には吹き出し、皆で声を出して笑い合った。
あぁグラタスさん、あなたの言う通りだ。誰かと笑い合うと言うのは、心から楽しく笑い合うと言うのは、なんて何にも代えがたい素敵なものなのだろう。
夕刻に近づく平原に、どっと風が吹き抜けていく。空高く雲はたなびき、それは終わることの無いかの様、どこまでもどこまでも続いている。淡く緑白に光るルデランがその下に延々と続き、片や中ツ海まで続くその様は、巨大な道標のそれをも思わせる。やがて造り上げられ、そして創り上げられていく未来が、また明日からも始まっていく。
ということで一旦ディド達のお話は一区切り…とはいきませんね。
この先も続きます!
よろしければぜひお読みください。




