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輝くルデラン(前編)

さあいざ連邦本国へ!

ディド達が果たしてそこで目にするものとは…

 『世界魔導師協会本部』は半径約七十五kmの円形状の外周を持つ魔導都市であり、これまで繰り返し述べてきた様、実質的な一国家として、あるいは世界のパワーバランスに一定の比重を占める一勢力として、現在もなお存在し続けている。その円形のいわば外縁に当たる部分には、先日俺達が設置した魔導障壁のオリジナル版とも最強版とも言える装置が一定間隔で配備されている。そしてそこから放出される魔導エネルギー体による障壁そのものは、都市全体を完全に覆うようにしてドーム状に形成されている。換言すれば、国土全体がこの魔導障壁ドームの中へと完全に収納されていると言うことになる。だからもしあなたが、この都市の地上から空を注意深く見上げたなら、その様子が本来のものとは僅かばかり違うことに気づくはずだ。色そのものには差異は無い。ただ一~二分に一度、瞬間的に現れては消える小さくて青白い電流にも似た閃光を、その目に捉えることができるはずだ。もちろんあなたに協会が必要とする程度の魔導師的素養か、に関わらず協会から何らかの『招待』を受け、且つそれに応じた場合に限れば、と言うことではあるのだけれど。

 ちなみに、建物で言うところの門に当たる部分は「大ゲート」と呼ばれている。これはドームから独立した形の装置による魔導障壁であり、計三ヶ所設置されている。「この都市の出入口は三ヶ所のみ」と言い換えることもできる-「公式には」と書き加えた方が厳密だけれど、それは以前に触れたので今回は割愛-。形状は各所共通して「アーチ状」と呼ぶべきもので、幅にして百m、高さはその最高点が百五十mに達する。更にこの障壁は三重構造となっていて、対象が通過中に何らかの事態や支障が生じた際には、場合によって隔離・固定が可能な設計となっている。また、その開閉・出入管理は、都市中枢の『防衛局障壁管理部』において行われている。

 他方、その都市そのものは、百万人を超える魔導師がそこで一斉に研究・開発・関連事業を営み、あるいは学業を修めようとする「需要」に完全に応えられる程度には、各種施設等の建築物が相当の密度の高さを以ってひしめき合っている。また、住居や商店、それに飲食業を始めとするサービス関連スペースも当然に存在はする。ただしほとんどの場合、それらは何らかの魔導関連施設と複合している。住居は「住む」と言うことを単一の目的として他の目的を持った施設から完全に独立している場合もあるけれど、それらの内のほぼ全ては『集合住宅』のスタイルを取っている。いわゆる『戸建て』はほぼ存在しない。

 『計画都市ミトラス』。故に「魔導都市国家」こと世界魔導師協会本部をそう呼称する人々が絶対数として少なくなく存在することも、ある程度は理解できる。この都市は何も建蔽率だけがやたら高いわけじゃないのも事実だ。機能性に富み、一般的な経済的生産効率の観点から言って、他国・地域と比較してのそれは「頭抜けている」と表現するのが最も適当だからだ。けれどこの都市の成立過程-それは協会のそれとほとんどリンクする-は、結果的に奔放な半生を過ごしてきた俺の目から見ても「場当たり感」が強い。と言うか実際問題、少なくとも俺が協会から脱出したあの当時までは、実態として場当たり的な建設・拡張が行われ続けていた。「何がどう場当たりか」と言えば、そもそも協会には「都市企画○○」だの「都市整備○○」だの「建設○○」だのと言ったような、都市計画に必要な機関・集団が存在しない。そう言ったことに責任を持つ部署が無い、とも言える。一般的な国家からすれば、というか世界中見渡してみても、なかなかファンキーな状況だろう-それも「すごく好意的に捉えれば」の話ではあるけれど-。ではどのようにしてそれらが行われるのか。端的に言って「その時その時で必要と思った施設を作っちゃう」と言うのがその実態であり実体だ。いわゆる『建て増し』を行うのだけれど、ここが一般的なそれとは違う。流れとして例えば

①Aという研究施設に併設してBと言う研究施設を建設したい

②その際スペースの都合上、二階建てにする必要がある

③ただし後から建てることになったBの方をAの階下にする必要がある

と言うことが求められるとする。一般的な対応としては

①Aの上部に建て増しをし

②そしてA内の設備をそちらに運び

③空いた部分にBの設備を設置する

となることが多いだろう。さて、想像がつく向きもあるかもだけれど、魔導師集団の手にかかれば、それはこうなる。

①Aの建物を浮かして※その際、基礎部分等(C)は切断される

②どこかで作ったBをその下に置いて※この時点でBとCは術式によって一般的な建物と同等の接合を為す

③Aをその上に乗っける※②と同様にAとBが接合される

それも数分でって感じだ。別に魔導師の能力をほめそやしたいわけじゃない。むしろその逆だ。そんな能力があるが為、計画性がほとんど必要ない状況となり、結果場当たり的な状況を生み出しているのだから。

 都市機能としての高度に緻密な完成度や他に類を見ない複雑性は、結果論的結果オーライに過ぎない。まぁ、そんな所から逃亡し、シンプルそのものの第一次産業ほぼオンリーなソーヴェイン(当時)にやってきた俺からすれば、比較して色々な意味で気の遠くなる思いを抱かざるを得なかったのも事実だ。として。現在・現段階のソーヴェインは第一次産業の大成長に留まらず、第二次・第三次の各産業が肩を並べる様に追随しての大発展を遂げている。そして基本インフラに至るまで、魔導インプラント等魔導関連施設・設備が相当の高水準で整備されているし、それは今なお現在進行形で、その大発展の基礎の大きな部分を占め続けている。けれど「都市機能」と言う点において、あるいは「大都市感」という観点からすれば、有体に言って協会とソーヴェインでは「比較の範疇ですらない」との評価が適当且つ率直な所になるだろう。人口で言えば約二百万人程ソーヴェインの方が上回ってはいるけれど、GDP・インフラ水準・国防力等々メイン数値だけを見ても、その答えは変わらない。「ソーヴェインはまだまだ…」とか「やっぱなんだかんだで協会すげーわ」なんてことが言いたいんじゃない。言いたくないし、てか実際のところ的外れな評価だとすら思う。少なくともこの俺は、それら数値で圧倒的に優位な協会にいた頃よりも、今のソーヴェインでの暮らしからこそ、自分に本当に必要なものを圧倒的に多く手にすることができていると感じている。あるいはある種の発展の「うねり」とでも呼ぶべきものが、底知れず天井すら知らず的に莫大なエネルギー感を以ってこの土地全体にみなぎりにみなぎっている事も、結果的数値の様な単純比較では表し切れない所だっていう事実・観点もある。そしてそれは、この地の人々全体がみなぎらせているに他ならない、と言うことでもあり。

 ではなくて。ここまでの下りを換言すれば、「都市とは」「大都市とは」どういったものであるかと言うことについて、その実際の在り様含め、俺は一定程度理解していた、その筈だった。「けれど」というか「そして」というか、それは結局のところ「ただ『知っている気』になっていただけ」だと言うことが判明した。それも今の今。眼前、あるいは眼下で、リアルタイムにその「事実」を見せつけられている。いや、「見せつけられている」と言うのは大いに語弊がある。その事実そのものは何も俺に、俺達に見せつける意図を以ってそこに存在しているわけではないのだから。「圧倒的」だなんて形容すら陳腐に付すしかない光景が、そこには広がり、拡がり続けていた。

 今の今、可能な限りの猛スピードで飛行を続ける俺達-エアボールに五人仲良く収まった交渉団御一行-は、延々と続く街並みを、やたらと現れる都市を、通り過ぎたと思えばすぐに再び現れる大都市を見やりながら、見やり続けながら、只々嘆息を漏らすしかなかった。もう一度言うけれど、可能な限りの猛スピードで飛んでいるわけなのね、俺達は。そしたら普通はさ、街が現れたと思ったら一瞬でそれは遠ざかって、後は田園地帯や森や林や山や湖なんかが、パパパパパッて割合多めな感じで続いて、それで「あ、街だ」って感じで時々現れるイメージがあるじゃない-誰に聞いてるのかな、これ-。…それが、だよ? 終わりが全くやってこない。街々街々都市都市大都市街々街々街々街々大都市都市都市街々街々街々街々街々街々都市街々街々大都市都市街々街々街々街々…。そりゃゲシュタルト崩壊も起こしますわ-起こしてないっぽいけど-。こういう時はやはり一番表現が分かり易いグラタスさんにフォーカスするのが良いだろう。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…。これはさすがにねえんじゃねえか? いや、こんなに見せつけられなきゃならねえもんかね?」

ありがとうグラタスさん。やっぱり安心するよ、あなたのその感性。「誰に聞いてんだ」って件と、「だからこっちに見せつけるが為にそれらが存在しているわけではないんだけどね」って件は、それに免じて保留にしておこう。てか激しく同意してるし俺。「そうそう、俺も今そう思ってたんすよね」的に。

「延々と続いている様に見えるのは、実際は距離が割合離れている都市群の上空を、私達が相当の飛行速度で移動しているからです。『目の錯覚』と言った方が分かり易いですか?」

いたよ冷静な奴が一人だけ。さては「一同ため息」の下りとか、俺の思い込みだった説? てかリウス、それが感知できる君のその動体視力レベルいくつだよ。99近くか-いや何基準-。剣士とか武闘家の類は、みんなそんな感じだったりするのかね?

「とは言え、その錯覚を起こせる程の都市群が存在しているとも言えますよね」

ノクリエルさんが、いつものように抑制の利いた声でそう言う。分析含めて一見冷静なそれに思えるけれど、けれどよく見れば実のところ、自らの内の興奮を隠しきれてはいない。程度としては、グラタスさんのそれを少し薄めた様なものか。さしもの才人も、感情の器を持った一個の人間に変わりはないと言うことが証明された瞬間となった。なんて口に出したら、本人からどつかれそうだけれど。

「そうだとして、だ。どういう種類の、あるいはどういう規模の覚悟を持てばいいのかと言う目安が掴めたとすれば、新たな展望も生まれる。と言うよりも、そう捉えて向かっていくしかねえよな、これは」

リーダーことレジエルさんが周りを、そして今回は自身も含め、諭す様にそう言った。…俺? ここまでで一切発言してないって? 俺はさっきも触れたけれど、グラタスさんと同意見ですから。「なんじゃこりゃあ…やれやれ…」ってね-ならそう言えと言う-。まぁぶっちゃけ、壁谷造成の時には「もうこれで大丈夫」って思っちゃったは思っちゃったよね。連邦がどんなものかは知らないけれど、「これだけのものこさえれば余裕っしょ」みたいなね。で、今は「連邦のどこ見たらそんな余裕生まれてくんの?」状態。いや、それこそ人からすれば「知らんがな、お前がアホだっただけちゃうん」状態だろうけれど-辛辣だな、俺の心の声-。

 けれどほんと、「聞くと見るとじゃ大違い」「百聞は一見に如かず」だぜ-どこの国の慣用句だなんてのは忘れたけれど-。ここまで立派とは思わなんだ。

「参考資料や情報提供等のデータから、この国についてある程度のイメージはしていましたよね。それでも、この広大且つ膨大な都市群が統合された組織としての連邦の、その実際の国力と言うところには、確実に、そして大幅に修正を加える必要がありそうね」

ノクリエルさんが一言一言、言葉を慎重に選ぶ様にして、そう呟いた。

「まあ、ある意味今日は『顔見せ』だ。そのついでに、伺った先の様子をしっかり頭に入れるってのは、商売の基本中の基本よ。そういう単純な原点に立って、しっかり拝見させてもらおう」

笑顔を見せながらそう言うレジエルさんの言葉に、他の四人が頷く。「相手を知らなければ商売にならない」と言うのもまた、商売と言わず、多くの事に共通する『定石』であり、あるいは「鉄則」と言っても良いのだろう。しかしても、だ。こう言ったやり取りからしても、ソーヴェインは『対外貿易』を中心の一部として据える商業国家へと変貌しようとしているのだろう。これまでは農業を主体に、漁業が一部副次的に存在する農村地域且つ地帯でしかなかったことからして、その「大胆且つ劇的」と言っても過言ではない変貌の方向性は、いよいよ相当な明確性を現してきている。「勢いがある」って、なんか良いよなぁ(謎コメント)。

「それにしてもよ、その『玄関先』でおん出されるか、はたまたそこの『家の地下室』に閉じ込められるご挨拶伺いになるかも知れねえんだよなあ?」

グラタスさんが、それでも不安が余り解消されて無いかの様で、ぼやく風にしてそう言った。いや、玄関先に挨拶に来た相手を地下室に閉じ込めるタイプの人間なんて、単純にヤバ過ぎだろ。ものの例えとは言え、けっこうサイコ入っているよね、それ。

「そう、だからそれも含めてのご挨拶なり、様子伺いだよな。前にも確認した通り、『まあどうぞ』と言って中へ通してくれたなら予定した通りの話をすればいい。反対に追い返されたり地下に閉じ込められたり、まあそうなった場合には、その先『仲良くやっていきましょう』って関係にはならないわけだから、『それならそれでこうしていこう』って手は無いわけじゃない。むしろ『どうした良いのか分からない』のは、『挨拶前の今この時だけ』とも言える」

レジエルさんがグラタスさんをなだめるようにしてそう言う。

「地下に捕まってしまう可能性には」

「私が決してその様な状況にしません」

ノクリエルさんの質問にリウスが即答する。そしてお互いに「うん、うん」と頷き合っている。この二人、言葉少なめで意思疎通できるような信頼関係いつ築いたんだろ?-良いことだけどね-。 てか俺も具体的な「地下対策」を知りたいところではあるんだけれど。けれど、どうやら直前の打ち合わせはここまでの様だった。

 そこにかつての帝都デウアロイを見出すことは何ら難しいことではなかった。仮に予備知識ゼロの人間が十人いたとしても、デウロ連邦中央政府の本拠を尋ねられたとして、全員がそれを指さすことだろう。同国に無数ある様々な都市・大都市を一斉に見渡した所で、ほとんど迷うことなく、十人全員が、それを指さすことだろう。遠目に見れば、それは「装飾の過ぎる王冠」と揶揄するのが適当なそれに見えた。「王冠」の周囲に当たる部分を、岸壁に打ち当たる鋭い波濤の様、無数の尖塔が屹立している。その中央に向かっては、それらの「波頭」を更に超える「海嘯」とでも呼ぶべき構造が容易に見て取れる。一般的な王冠のそれは、周囲こそ一定程度の装飾があしらわれるものの、そのすぐ内側から頭頂部に向かっては、言うなればそれより遥かに程度を抑えた形の装飾のみで頭頂部を覆うように為されているはずだ。場合によってはその部分に何らの拵えも無いものもある。けれどデウアロイのその王冠は、どこまでも細工を凝らし、且つそれらを詰め込めるだけ詰め込むそれだった。そして近づけば近づくほどに、もちろんそれは王冠などではなく、あるいは何かの超巨大モニュメントの類でもないことが明らかになる。

 それを現実として受け止めざるを得ない時がやってくる。半径五十kmはあるだろう「王冠」。無数・膨大な建造物群、その集合体且つ統合体であるそれ。「絢爛」「豪奢」と表現するに一切躊躇を覚える必要がないそれ。これまで超高速飛行で「ながら見」もいいところの連邦各都市のそれらの印象をしても、圧倒的なまでに段違いなそれ。どうすればこれほどまでの構造物が必要となるのだろう。この甚大且つ膨大なりし集合体が必要とされる国力とは、あるいはそれらすら保有可能な国力とはいったいどれほどのものなのだろう。そうして俺達は、自分たちが相対する国家の正体を、「王冠」の真実を、現実として受け止めざるを得ない時がやってくる。

 前にも述べたけれど、一応事前情報を仕入れてはいた。連邦首府たるデウアロイのおおよその位置や見た目なんかをね。でもそうね、結局「聞くのと見るのじゃ大違い」と言う事なんだろう。と言うか、少なくとも俺個人の事前予想とは別物、別次元だって話だ。面積だけで言うなら、協会直轄の魔導都市ミトラスの方が優る。けれどミトラスはそれだけで「ほぼ一国全て」だ。対してこちらは首都とは言え「一都市」だ。それにミトラスの場合、面積の大部分を構成するのは森林や湖沼だ。魔導実験を行う必要性もあってのことだけれど、都市部はせいぜい全体の三割にも満たないだろう。対してデウアロイのそれはほぼ十割。森林や湖沼はまず見当たらない。強いて言えば、街路樹等およそ人工的に配置されただろう緑地がごく少なめに散見される程度にあるだけだ。翻ってソ―ヴェインは…いや、やめておこう。肝心なのは色んな意味でそこじゃない。いやマジ測りかね過ぎるぞデウアロイ。

 ふとグラタスさんが誰にともなく

「ここ、どこから入るんだ?」

そう呟いた。いや、こうして上空からの観察をするにしても、いくら建造物が超高密度に集合していたところで縦横無尽且つ無数に街路は整備されているし、元皇宮でもあった中央政府の本庁舎-正式名称は『枢機及び枢密中央本院庁舎』なのだけれど、長いので「本庁舎」または「連邦本庁舎」と呼ぶことにする-に至っては、正面入り口と言うか正面玄関と言うか、いずれにしても、実物はやはり超ド級スケールの大門を備えているから、「迷う方が不可能」と言うレベルだ。と言っておいてなんだけれど、グラタスさんのそれは言い得て妙だった。

 その無数&膨大な建造物群は、それでいてやはり「王冠としての統一感を保持することを達成している」と言え、全く隙が無い、そう思わずにはいられなかった。この冠の入り口は「だからどこなんだ」、そう問いたくなる気持ちに強く共感はできる。他方、ここデウアロイ上空から観察を開始した際、何よりもまず実感せざるを得なかったのは、その人の多さだった。「百万都市」ミトラスをよくよく知っている俺が、「いや…さすがにい過ぎでしょ」と思った程だ。首府全体を一つとして見た場合の建蔽率のずば抜けた高さからすれば当然と言えるかもしれない。ただし午前九時に差し掛かるその都市の街路と言う街路は、まさにひしめき合うかのよう「往来する人々で溢れかえらんばかり」としか言いようのない光景だった。前述の様、ミトラスは常住人口こそ百万を超えるものの、森林湖沼が大半を占める中にあって、その密度を「高い」と感じる場面はほとんどない。研究ラボや学院等の教育機関、事務総局においてはさすがに一定程度高くはなる。けれどそれにしたって決して「ひしめき合って」などいない。まして、だ。生まれてこの方、ソーヴェインしか知らないグラタスさんが「隙間が無え…どこから入っていけるんだ?」、そういう印象を抱くのは当然とすら言えるのだろう。他の三人は、これら建物や人口の密度に対しての感想としてはグラタスさんのそれと概ね共通はしていたけれど、「まずは極力人目の付かない場所へ着地しよう」的冷静さで観察や検討を続けていた。まぁ、ド正論ではある。「ここへは何をしに来たんだっけ?」って話だ。だからグラタスさんが

「もう難しいことは考えねえで、どこでもいいから一旦降りねえか?」

と二の句で提案してきても、それに応じる人が無いのも-若干グラタスさんが気落ちする事への同情は別にして-致し方ないことだった。てか「じゃあ帰ろっか」ってなったら「グラタスさんこそどうすんのよ」って話だ。「ただいまあ」なんて平気な顔でソーヴェインに帰れるわけ? おそらくグラタスさんも、そう本気で言ってるわけではないのだろう。ただ冗談よりもやや真実味がある程度と言うかね。

 けれど、ある意味でその『こっそり大作戦』的な目論見あるいは方針は、いよいよ首府に降下接近していく中で、その根本から間違っていたことが判明する。何故か。首府はその本庁舎含む半径十km程の中心部を囲む形で防壁が一枚、そして更にその中心部から半径三十km余りを囲む形でもう一枚の造設が為されていた。それぞれの壁の高さは五十m、同じく厚さはせいぜい百mにも満たない程度か。けれどその出入口に当たる部分は、それぞれ両手で数えられる程度に限られている様だったし、当然に「守衛」としての警備兵がいずれにおいても相当数配置されていた。これは後から知った事だけれど、その他に『検監』と呼ばれる役人及びその補佐的な集団が併せて配置されているとのことだった。そしてそれら各集団が出入りの全てを検査対象として管理、取り締まっていた。また、防壁それぞれの内側においては憲兵、いわゆる「巡回兵」がこれまた相当数配置され、巡・監視を行っていた。それら含め「往来の多さ」と言う点において、「隙」だの「隙間」だのと言ったものを見出すことは、極めて困難に思われた。

 ので、『人気のないところにスッと降りて、平気な顔してなんちゃって的に連邦の本丸こと中央本庁舎に顔出してみますか』作戦はまずなくなった。だってと言うか、例えば出入り管理の警備兵に「中央政府最終決定権者の方に会いに来ましたので通してください」なんてことを言ったとしよう。すれば、アポ無しで突然現れたことを含め、まずはその段階で追い返されるだろう。だけならまだマシで、この情報がどう伝わるかして、「ソーヴェインの奴らがいきなりやって来やがった! これはリスク発生以外の何ものでもない! だったらいっそあいつらの所へ攻め込め!」みたいな血気盛んジャッジを下されるとも限らない。そもそもノコノコやっては来たけれど、そこまで無計画かつ「リスク発生どんと来いっ」マインドで突っ込むのはさすがにいかんよね。いや確かに、「だったらあっちの(ここの)特使団こそは突然、つまりアポ無しでやって来たじゃあないか」的言い分はこちらにはある。あるけれど、そのやり方を単純に返す、まんまやり返すのが、「ソーヴェインにとって結果的にプラスに働くか」と言えば、それこそは真っ向否定されるべき選択だろう。だとして。何らかの偽りの目的や理由で入ることは可能なのだろうか。百%間違いなく通れる理由、あるいは根拠があるならば。けれど、これも「しかし」だろう。連邦初心者揃いの俺達一行では、何一つそれにふさわしい「何か」を確定することは、引いては実行することは不可能だろう。だいたいそこには噓がばれるリスクに加え、そうなった際の「ソーヴェインに対する連邦のヘイト値が確実に上がる」と言うリスクすらある。と言うかそのリスクはもう「リスク」の範囲を飛躍的に超えた何かとなってしまうまである。それなら何かの物語よろしく、出入りの荷車等、何ものかに潜んだり紛れて侵入するのはどうか。それもしかしだ。初訪問の俺達には、しかもぶっつけ本番状態で来た俺達には、そもそものツテが無い。

「改めて思うのもなんですが、割と『場当たり』的に来ちゃいましたね…」

自治領ダントツ知性派のノクリエルさんが到着早々ノッケから、一行全員の精神的急所を攻撃してきた。いやそこは仲間なんだから外してくれよ。

「あんた程の人がそう言うってことは、これはもう詰んじまってるってことか」

タハハ、みたいな感じでグラタスさんが応じる。二つ合わせて一本的なその組み合わせに、言った本人達含めて全員が黙る。だからトドメ刺すなってばよ。

「とは言えそれなら上空から、つまり壁関係なしに本丸目がけて飛び込めば…ってのも一か八か過ぎるか」

とうとうあのレジエルさんまでもが、皆を思考迷路へと一所懸命に誘い込み始める。現段階で『ソーヴェインの三頭』と呼んでもいい三人がいてこの流れって、どうなっちゃうのよ、一体。と、迷路のど真ん中に、少なくとも俺一人が完全に迷い込んだところで、リウスが口を開いた。いたなお前、そう言えば-ここまで無発言の俺が言う事じゃないけれど-。

「いずれにせよ、情報が致命的に不足しています。そもそも首府の実際の中心部はどこか。そしてそこでは誰とより優先的に会うべきなのか。その『誰か』は、今後の連邦運営につき、どんな内容の指針を持っているのか等々…。ただ、それらを『把握しないまま』と言うより『把握ができない』状態で臨むこと自体は、既定路線でしたよね。『想定通りに来ている』と言ってもいいのでしょう。翻ってこの現況、首府へと到達し、更にその『中心の中心』までも到達することが必須事項として求められている、と。今日のこの『電撃訪問』に当たって、その電撃的が故に情報収集する時間をカットしなければならなかった結果としての今だという事実自体は、あくまでも致し方の無いものです。全体会議でも、このスケジュールプログラムに関しての異論は、一切無かったと記憶しています」

他の四人が銘々にコクコクと頷く。リウスはその反応を確かめるようにそれぞれへ視線を送りながら、

「ですが、ここで一旦ぐっと立ち止まって、今日、今、この場で、まずは情報収集をしませんか? 『いきなり中心人物に会ってみよう作戦』の決行を一日くらいは伸ばしてもいい、とは思いません。けれど、情報や予備知識がゼロの状態で飛び込むリスクについて、当初の想定よりも一定程度上方修正をする必要があることは確定したかと思います。そしてそれは決して無視のできるものではないですよね?」

そんなファンキーな作戦名いつ決まったんだってツッコミはしてる場合じゃないな。うん、その上がっちゃったリスク分は…確かに、無視できなくなったよな。俺以外の三人も「うんうん」してる。リスクを無視するなんて選択肢はもちろん無い。ただそれが「更にでかいもの」だったってことについて、まぁ正直な話、少なくとも俺は目を反らしたくなった。それは事実だ。そして早い話と言うか当たり前の話、そういう時、その目は決して閉じてはならない。見るんだ、しっかりと現実を。

「まあそれで言やあ、レジエルが来る途中で言ってた『今日はごアイサツ、相手の家をよく見せてもらって』って話」

グラタスさんがリウスの話を受ける形で話し始めた。

「なら、俺達はさしずめ、その相手の家の玄関や門、それからその家の誰に会えばいいかを今知らないワケだ。それをいきなりごアイサツとは言え、しなくてもいい余計なふるまいをしてだな、結果、相手の不興を買っても面白いことにはならねえ。だったらそうなる前に、いっちょその家の事情を知ってそうなご近所さんに、それとなしに聞いて回ろう。と、そう言うことだな? リウス」

「まさしく」

リウスが力強く頷く。不思議に合うな、この二人。…まぁいいや(考察失敗)。それどころじゃない(言い訳)。

「そうですね。『急いては事を仕損じる』『急がば回れ』ですものね」

ノクリエルさんが二人のやり取りに加わるようにして応じる。えっと「その言い回しはどこで」とかも今は一旦、いや、半永久的に置いておこう。

「そうと決まれば早速始めよう。要はこの外周で聞き込みをして、なんとか壁二つを突破しよう。そう言うことで良いな?」

グラタスさんが確認する。ここも皆が「ウンウン」となる。てかここまでで一度も発言していないのは俺だけなんだけれど、全ての意見・提案に異論・反論はゼロなのでO.K.。…か?

「なら収集効率を考えて、二手に分かれるとするか。で、男三人女二人に分けよう。男女混合より不自然さは無いだろうし、『身辺警護』も一人ずつ付いている様なもんだしよ」

レジエルさんがそう提案する。あれ? それだと男性チームのボディーガードは俺ってことになる? そんな「いざと言う時」的事態に陥っちゃったら、そりゃ対応はできなくはない。けど、何だろこの責任重大度が高まった感じ。

「大丈夫だよな、先生」

「はい、大丈夫ですっ」

即答だった。俺即答だった。何かノリで答えちゃった感も否めないけれど、レジエルさんの「男気溢れる信頼たっぷり系の確認」に対して、否定で返したくない気持ちが大きかったのもある。そういう意味ではしかし弱いんだろうな、俺。流され易く、流れ易い。けれど自分のそういう部分が、結果としてソーヴェインまで自らを運んだと言う風にも言えるわけだから、悪いことばかりではない。それも確かなことなんだろうとは思う。

 ただ返す返すもさ、当初の予定通りなら、本来今頃には連邦の中央of中央sに接触を試みて、追い返されるorされないジャッジが下されているところではあったんだよね。けれど「『中央of中央s』ってどこ?あと誰?」って段階で、つまりごく初期段階で躓いた。自分の事全部棚に上げて言うと、普通誰か気付きそうなもんだよね。ここにいる五人だけでなく、全体会議に百人近くメンバーが揃っているのだもの。誰かはチラリとでも思っていたのかな? 「あ、このまま行くとやばくない?」みたいなさ。でもその後で「まあ、言うて大丈夫やろ」って感じのこと思ったのなら、確かにそこで発言の動機は無くなるし、「発言しない」にもなるのか、な。もしそうだとしたら、結果誰も彼も含め、全体で未確認のまま、あるいは未確認であることのリスクを的確には把握しないまま、ここまで進めてきてしまったと言うことになる。なんてのんきな集団だ、ソーヴェイン全体会議。いや、これは悪態でなく、あくまで親愛の一環で思っている事ではある。のだけれど。こうなると他の七ヶ国との交渉も俄然心配になってくる。現時点で決まっているプランは-いずれお伝えすることになるだろうけれど-「じゃあその根拠は?」ってことだよな。情報収集に時間を割く余裕がほとんどない中で、致し方ないのはそう。ただね、それを踏まえて例えば、「手探りでも何でも、とにかく慎重にやっていこう」とかじゃなく、「何かよく分かんない相手だけど、とにかくまずは行って話させてもらお?よく分からないけど」な、ノリだよね。ノンキだなぁ。ただ過程はともかく、結果「行動開始のタイミング的としては最速」の部類には入るはずだ。ほぼほぼ何ら遅滞していない。てか「遅滞」の意味すら知らないばりに早い。…よく分かんないけど。

 と言うことで、何のかんのと考え&言い合いながらも、只今午前九時半、行動開始だ。「お昼を挟んで午後三時再度集合」を確認して、男女別の二チームは分かれた。さて、早い&速い展開が大好きなソーヴェイン代表団であるからして、結論から申し上げよう。まずボディーガードもしくはSPとしての俺の業務量なのだけれど-「そっからかい」って言うそっから-、全くのゼロだった。俺が無駄に軽くビビっただけ。連邦本国超安全。と言うか道々&辻角ごとに憲兵的存在を見まくったは見まくった。で、初めこそ怖々迂回してみたり、逆に恐る恐る近寄ってみたりしたのだけれど-距離別あるいは行動内容別の反応確認ね-、結果、特に誰からも何らかのアクションを受けることは一度として無かった。なんならグラタスさんが一度だけ、「余りに精巧な細工がされた制服を間近で見ようと近づいて、思い切りにらまれた」と言うこと以外に、この人たちのお世話になることは無かった。うん、さすがだよグラタスさん(嫌味)。またそれ以外の「何らかの存在」に不意に襲われる等のアクシデントやトラブルの発生も皆無だった。

 と言うか、そもそもそれが当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。特使団が来たのが三日前。彼らの-そして連邦の-要求をお断わりしたのが二日前。という情報が、果たしてこの本国、まして中央政府に届いているのか、という話だ。魔導師協会及び同参与国の一部では、動静画双方含む画像情報を、専用の送受信装置を用いて瞬時に通信することが可能だ。その際、距離の長短は通信速度にほとんど影響を与えない。一定距離以上になれば、「中継器」を必要数設置することも求められるけれど、それを介した場合のタイムラグはほとんど無い。として。このデウロ連邦には、おそらくそんなものはこれっぽっちも存在しないだろう。特使団とのやり取りに加え、今日こうして本国の、しかも中央政府直下の都市を巡ってみて、魔導術式が介在する要素も気配も一切無かったところからして、それを断言することに躊躇を覚えない。建物、乗り物、人そのもの。それら全ていずれにも、関連するものが全く見受けられない。翻って、そうした通信手段を持たないだろう当国にとって、俺達が要求を断ったり、あるいは「その場にいた奴がどんな顔だったか」なんて情報は、画像含め現時点では一切把握されていないはずだ。つまりそこら中にいる憲兵が一々俺達を認めた所で、「・・・、ふ~ん」くらいにしか思われてないんじゃないかって話だ。だいたい容姿や服装にしたって、俺達と当地の人々で明らかな相違点があるわけでもないし。一応リウスは帯剣しているけれど、傭兵等同類は珍しくない程度にはそこいらを歩き回っているし、すれ違う。まとめれば、「ここにいるのが不思議じゃないと言う感じの人達は、だからここにいても不思議じゃない」となるのだろう。マークなんか誰もされていない。警戒する必要だって端から無い、その筈だ。

 もちろん「万が一」はあるだろう。特使団が現れるよりずっと前に、ソーヴェインに対して内偵行動がされ、俺達の様々な情報が本国に送られていた、とかね。でも、そうして内偵していた対象者が、「まさか」で要求を突っぱね、あまつさえ日も経たない内にこうして中央政府直下にまで出現するなんて、想定しようが無いはずだ。魔導術式、そしてその技術がほぼ皆無なこの地においては、と言い換えてもいいだろう。俺達は知られていない。だから普通に歩いていても平気。きっとそういうことだったのだろう。

 他方、憲兵の数や巡回役を含めた配置の密さを鑑みるに、「確かに変な事をする気なんて起きないよな」とも思う。何なら、仮にこの国・この場所でもし捕まるような事があれば、「一体どうなってしまうのだろう」感がMAXレベルである。これに関連してふと思ったのは、それなら「ソーヴェイン内で何らかの事件・事故が発生した場合」に、実力行使も含めた法的措置の設置は、これから先求められるかどうか、ということだ。「え?当たり前じゃん」って思う人はいるだろう。いやさ、そういう意味で今の今凄いのは-と俺が個人的に思うのは-、現在のソーヴェインではそう言った法律・法令が存在しないのと同時に、にも拘らずと言うか、犯罪と言う犯罪が全く発生していないと言う点だ。数十人規模の『The 牧歌スタイル』ならいざ知らず、今や五百万を超える人口を有する『国家の卵』にまで発展的成長・拡大を遂げている中で。その中で、犯罪や係争的なトラブルとは、ここまで一切無縁でやって来た。もちろん人間同士の好き嫌いや、喧嘩を含む人間関係のトラブル、それらに類する地域・土地を巡る諍いは、数はごくごく限られるとしても無いことは無かった。ただそれにしたって、当事者同士の間だけで、場合によっては「周囲のとりなしがあって」ではあったにせよ、そのいずれもが、あくまでもその範疇で事を済ませてきた。「暴力的事案? 集団的騒乱? えっと、それなんなん?」てな感じ。つまり「全くの法律いらずだった」と言うことだ。当然それはそれで大変結構なことだ。正直自慢ですらある。協会にいた頃、世間知らずが服を着て歩いていたことこの俺にしたって、世の中にはその手の穏やかならぬ何事かが存在し、個人間から国家間まで、決してその火種も火の手も尽きることは無いのだと言うことは、分かるまでもなく分かっていた。何なら結構な数を目撃したし、あるいは実際に発生したその渦中に身を置いたことだってある。だから、今のソーヴェインの状況が、そう言った事象が頻発する世界の中にあって、「優れている」とすら言える程の特異な状況であることは、客観的に捉えた所で、その評価を変える必要はないと感じている。法律・法令が存在しない中で、結果的にではあるにせよ、特に何の問題も無くやって来れた。「だからこの先も」と思うのだけれども、だ。この先も、今のこのスタイルのままでやっていけるのかと言えば、可能性やリスクの面で言えば、それは「No」と言わざるを得ないだろう。

 その一番の理由は、今後のソーヴェインそのものの運営における最大の柱、貿易の促進・拡大と、それも含めた各種産業の更なる大規模化、更にはそれに伴う人口増及び文化の多様化が挙げられる。一々解説や注釈を入れなくても、それは誰にとっても-子供から老人に至るまでの誰にとっても-肌身に染みて分かっていることだ。ものの感じ方や考え方が違う人間と相対した時、新しい価値観に出会えた嬉しさや創造的な刺激を受けることはあるだろう。片や受け入れ難く容認し難い、平たく言って抑えきれない嫌悪感を抱くこともあるだろう。学校で、職場で、ご近所で、はたまた家庭の中であっても、それが、生まれも育ちもまるで違う、好きなこと、嫌いなこと、正しいと思うこと、その逆の事、人生観、何もかもが違う者同士が、例えば数千万人単位で一ヶ所に集まれば、それは摩擦や衝突と無縁でいられるわけがない。

 何も「悪い奴が絶対数的に発生するはずだから備えなきゃ」的な発想をしているわけじゃない。そんなこと本気で考えだしたら、そしてそんな思考に少なくない人が囚われてしまったなら、社会や経済の発展にあらぬ支障が出てくる事こそ確定的になるざるを得ないだろう。『疑心暗鬼』。疑い出せばキリの無い世界観。そんな定規で未来地図を描いてしまえば、起きざるを得ない変化をがむしゃらに抑制にかかって、決して楽しくも嬉しくもない結末を迎えることなんて、歴史上枚挙に暇が無い。ソーヴェインですら、目も当てられない結果になること請け合いだ。誰もが望まぬ、望みの無い未来に、一体どう目を向ければいいのだろう。

 だから、そもそも「起きざるを得ない」なんて言う後ろ向きな捉え方自体が不必要なのだろう。ではなくて、起こるべくして起こる変化に対し、その変化が持つ&もたらすパワーを各種発展にどうつなげていくか、その為の備えとして何が求められるのかが、今後のソーヴェインの命運を握っていると言っても過言ではないのだろう。つまるところその一つの方策が、法律・法令の制定、ルール作りと言うことになる。更にはそれらの発効後、当初の理念や理想を担保する機能、「求められるべき健全なジャッジメントシステム」が司法組織作りとなる。あ~…。これはここまでにしとこう。なんだかんだ、自分が所属する司法委員会のことが、この出張中でもやはり気になってしまう俺なんだな、これ-普通に自重しなはれ-。

 ではなく。現在、現時点、現時刻。in連邦。結論から言って俺はBGもしくはSP業務を一切行わずに済んだ。一応、常時発動系自律発動型の防護術式をかけていた。それに加えて、何なら五人全員がばらばらになること、させられることを念頭に、例の念話術式も常時発動させてはいた。それでもこの調査タイムは、女性ペアと無事に合流するという「100%安全だったぜイェーイ」なゴールを迎えた。の、だけれど。正直この点で、俺は違和感を一つ、持たざるを得なかった。それは、この首府の街区いずれもが、基本的な活気があるばかりか、人々の表情も「そのほとんどが相当の明るさを持っている」と言う点だった。ともすれば陽気でさえあった。これは、事前情報ゼロの俺達の予想とは「真逆」とすら言ってよかった。二つの円形の壁に囲まれ、中心部への出入りは完全に監視・検閲がされ、外周部分に当たる街でさえ、いたるところに憲兵・警備兵が立っている。そんな侵略型国家の首都たる首府。これら表面的情報からは、「常時戒厳令下的雰囲気の中、街も空も人々の表情でさえも灰色がかっている」、連想としては概ねそんな所だった。そして現実は全く違った。空は青く-たまたまだとして-、街並みはそれなりにカラフルで、人々の表情は先ほどからお伝えしている通りだ。それを無数の憲兵・警備兵が、秩序維持の段階からしっかりとガードしている。だから、「そんな所に必要以上の警戒が入り込む余地などありはしないじゃないか」という感じで、BG・SP的お仕事は発生しなかったってわけだ。それが気持ち悪い←ここ。ソーヴェインからやって来た側の俺は、ここにこそ違和感を覚え、そして戸惑った。「なぜ?」と思う人はどれだけいるだろうか。ここまでの経過からすれば、むしろ俺のこの心情の方こそが、「当然」と思う人の方が多いのではないか。あえて言えば、「そうであってほしい」とすら願っている。俺達ソーヴェイン側は、条件・状況次第によっては侵略されかかった。有効な防衛手段が何一つなかったなら、俺達の土地は間違いなく「連邦一色」と言う状況になっていただろう。そしてそれは今なお、過去形で済ませることができないでいる。そうなんだ。現在進行形で俺達はこの国から、土地を人権を歴史を、蹂躙され、あるいは強奪・破壊されかねない立場であることに、そのクラスのリスクを抱えていることに一切変わりがない。けれど、そうだとして、だ。その当事者たる国家のど真ん中に住み暮らす人々は、そのほとんどが楽しげに、陽気に、活気に満ち満ちて、今この時を過ごしている様にしか見えない。いや、ある種の理屈は分かっているつもりだ。連邦本国は、周辺の国家・地域を何らかの形で併合・吸収・従属化し、それらを対象に資本・資源・資材を、俺達が提示された様な生命レベルにまで触れ得る負担度合いを以って強制し、結果としてこの首府含む連邦本体たる本国が潤っている、いや、潤いまくっている的な事は、分かっているつもりだ。それ故に、首府に住み暮らすこれら人々が、「そのほとんど」と言っていい割合の人々が、その恵まれた享受的環境に在るのだろうことも。そしてそれら人々は、その日々の生活を、仕事を、人生を、この光景が示すよう、謳歌するに至っているのであり、摂理的な捉え方をするなら、それは当然と言えば当然なのだろう。翻って俺達は、あの特使団の要求をもしも呑んでいたなら、ここにいる人々をそうして潤す一部となっていたはずだ。果たして簡単に笑うことなどできない環境を俺達が強いられることによって、この場のさんざめく笑いが、そうなっていたはずであり、且つその可能性は未だ消えていない。もちろん全力でこれを回避しようとしている最中だ。八ヶ国同時交渉、壁・谷造成、そして国家建設にまで着手している。けれどそれならそもそも何故、そんな全力の回避行動を取らなきゃいけないのかって話だ。これを泣き言・恨み言として言っているわけじゃない事は理解してほしい。「何なら前向きな変化じゃないか」という意見だってあるだろう。確かにその側面はある。特に国家建設や貿易を含む経済成長に対する取り組みがスタートしたことについては、「禍を転じて福と為す」「雨降って地固まる」的展望すらある-どこの言い回しかは忘れた-。

 だから「これこの様に」と言うか、これら理屈に対する理解は可能だ。けれど。今目の前に繰り広げられている光景を、人の感情として受容することは、そう言った理解とはまた別の話だ。もちろん感情的になることに、意味や生産性がそれ程無いことは分かっている。そういったものに陥らない方が、よっぽどそれらがあることも。感情に走り、あるいは陥れば、場合によっては支障・不利益の類のマイナス的結果すら生み出し得る、ということも。そしてそう言った類のものに思考までも占有される必要はないのだ、ということもだ。だとしてだ。この心を、感情を揺さぶるその「見えざる手」を払いのけ切れるのか。俺達が人である以上、それは無理だろう。

 そう、それが今現実として、精神的な具象化を果たした。違和感として、戸惑いとして、気持ち悪さとして。ただし、だ。それならこの首府の人々は、他の国家・地域を侵略・収奪する自国を、あるいはその一国民として生活を送る一人である所の自らを恥じるなり嫌悪するなりして、「陰々滅々として日々を送るべき」とでも思っているのかと問われれば、「そんな馬鹿げた話は無い」と答えるしかない。当たり前だけれど、問題はそこじゃない。てか、どこにそんな「暗い人生を送るべき人がいていい」なんて事になるのかって話だし。魂の牢獄に繋がれた囚人か? いや、もしもそんなことを思う人達がいるなら、そちらの方こそが精力的に真人間になるよう努力する日々を送る必要があるだろう。つまりはこの連邦が、そしてこの首府が成立しているそのベース、基礎、素は何なのかということだ。美味しいものを食べたいからと言って強盗しながらなんてダメだ。誰かが汗水たらして働いたお金を力ずくで横取りしてってのも無しだ。いくらそれで陽気に暮らしたって、そんなものは何の法律があろうとなかろうとダメに決まってる。自分に子供がいたとして、「そういうことしても良いよ」なんて言えちゃう親はまずいないだろう。それに泥棒やゆすり・たかりが横行する地域なんてものがあれば、荒むこと間違いなしだろう。それも結構ヤバ目に荒んじゃうはずだ。でも率直に言わせてもらって、連邦の首府たるこの地は、泥棒を許容するそんな地域と親戚みたいな気さえしている。だいぶ遠いかもしれないし、相当大きな枠で捉えれば、ということではあるけれど、だとしてそう思わざるを得ない。ここが荒んでいないのは、「同一地域内で盗り合ってないからじゃないか」とさえ思ってしまう。辛辣に過ぎる見方かも知れないけれど、余計な感情を廃してもそう捉えざるを得ない。

 と、そんなことをちょろっと他の四人に話してみた。「誰かを虐げたり傷付けたりすることで自らが豊かになるなんて、そんなの人や物事の摂理から言って間違ってると思いませんか?」的に。いや、まんまそう言った。で、皆すぐに「うんうんそーだよ」って頷いてくれると思った。のに、そんな期待したリアクションをしてくれたのはグラタスさん一人だけだった。

「全く同感って奴だな、先生」

グラタスさん大好き! 違うわ。いや何でよ。何で頷いてくれませんの? 俺的に割とかなり真面目に考えてみたのよ? ちょっと確かに「ドヤァ」感で言っちゃったかもしれないけれど-言ってないけど-、それでもごくごく素直に率直に気持ちをお伝えしたことへの他の三人のリアクションは

「「「う~~~ん」」」

だった。え? どゆこと? な「??」状態の俺にまず口を開いたのはノクリエルさんだった。

「ディドさんが言ったことについて、ある種の側面としては『概ねそうなんだろう』とは思います。ただ国家と一市民(一般人)、他の各種行政と一市民、直接的経済活動と間接的なそれと言う関係性で事を捉えるのであれば、相当な慎重さは求められると思います。」

何言ってるか全然分かんない。続いてレジエルさん。

「単純な経済活動だけで言えば、更に微妙な話になるかも知れない。先生が今言ったことは、シンプルにその部分だけを見れば『そうかも知れない』と俺も思う。ただ、経営者の俺としてそこを見ると、競争原理や資本、あるいは貨幣への対評価的存在価値が、特定のグループ同士の資本や立ち位置に一定以上の差をつけることになると言う実態、あるいはその可能性を無視できないって事はある。それからすると、ノクリエルさんの言い回しじゃないが、『慎重に』というか、ポンっと『そうだな先生!』とは言えない所があるなあ」

さっぱり過ぎる。レジエルさんノクリエルさんみたいになっちゃてるじゃん。とりまリウス、君は俺に分かるように話してくれよ?

「現地調査数時間で出せる結論じゃない事だけは確かかもしれません」

はいごめんなさい。ちょっと俺黙るね。何だろこの割と「シュン」てなる感じ。いやだって、あの特使団の無茶苦茶な要求からの中々のハードワーク的対抗策-さっきも触れた展開中の諸々-が結果的に強要されている現状からして、「連邦めぇ!」って感じで皆さんここまで来てませんの? 俺に軽くアウェイ感あるのなんぞ。

 ただ、そんな俺に最初から今に至るまで一人だけ賛同の意を表してくれているグラタスさんがこう言った。

「先生の言う通り、少なくとも俺達のスタート地点はそこだって思う。そう言うことで言ってもよ、だとしてよ、か? この連邦が『本当のところどういう国なのか』ってのを、よく見せてもらおうや。一体全体こうやって俺達がやって来る必要を作ってくれやがったこの国ってのは、実際なんなんだってのを、ハケン隊の俺らで見せてもらおうじゃねえか」

あぁ。成程。そうか。そう言うことか。今のグラタスさんの言葉で、他の三人の言ったことも一気に腑に落ちた気がする。たぶん俺、ちょっと強めのフィルターかけてたんだな。けっこう変なバイアスかかっていたと言うか。「感情抜きで見ても」なんて言ったものの、そもそも連邦を観察する前提に-初期設定として、と言うか-『侵略者』という要素を、それに纏わるテンプレート的性格を無意識に付与して、そういう存在だと決めつけ、評価しにかかったんだ。この通りを歩く人々を、次々にすれ違う人々を、その表情や雰囲気を、それらを自分が勝手に設定したものに寄せていた。加えて、未だその実態を掘り下げていないにも関わらず、その前に決定的な評価を下してしまったってことか。「そうじゃない、まだもう少し、よく見てみよう」そう言うことか。だし、この先の連邦との関係性の推移にもよるけれど、うん、できるだけちゃんと見たいな、この国を。それがきっとソーヴェインの未来にとっても、決して無駄にならない何かを見つけるきっかけになりそうな予感がする。

「あれ? 先生まさか拗ねてねーよな?」

グラタスさんが半笑いで聞いてくる。いや半笑いて。しかもイジられとるやん。

「す、拗ねてませんけどぉ?」

軽く冗談ぽく、「言うてホントは拗ねちゃってますやん」なリアクションを取る俺。一応四人は笑ってくれた。良かった、うん。てか軽く拗ねかけたのホントだし。三十六男のなっていい心理状態じゃないよね。軽く恥じるわ。

 何にせよ、連邦首府。今のところ「安全エリア」ではある。と、これこそ肝心要の「分かった事」と「分かってしまった事」。大きくは二つ。

 一つ目は二層の壁の意味。俺達が今いる外周部と中間部、中間部と中心部、それぞれに存在する二層の壁の意味。これは分かれば「そりゃそうか」となることだったけれど、言ってしまえば中心部と中間部はどちらも完全な官庁エリアだった。商業施設はほぼ皆無-食堂・雑貨屋的売店は多少点在する模様-。住宅施設も少数存在はするけれど、いずれもが一定程度以上の上級職に就く官庁職員、及びその家族用の職員住宅のみと言うことだ。そしてスムーズな出入りが可能なのは、これら関係者のみと言うことになる。

 そもそも。このデウロ連邦と言う国は、「超高度」と言っていい程の官僚支配国家であり、一般的な意味での国家元首や貴族・政治家と言った存在が皆無であることは前にも触れた。けれど、それと併せ、いわゆる「企業」と言うものも、ソーヴェインのそれの様な一般的な成り立ちとは異なっていた。端的に言えば、企業それぞれの独立的権限は著しく制限され、国家として相当範囲に及ぶ部分に対して管理が敷かれている。更に、一般的国家においては企業活動が存在するであろう分野が、ここでは、国家機関の一組織によって為されているものが相当に多い。農業・工業などはその代表で、私企業ならぬ公企業・国営企業がこれらを担っている。また、個人レベルでの一般的な飲食店や生鮮三品等の小売店等は、膨大にも膨大なこの国家全体を見れば、一定数存在はするけれど、他国と相対的比較を行えば、「ごく少数」と表現する方が適当な水準であることも確かで、殊この首府に関しては『国営市場』のみが適宜各所に配置されていると言った具合だった。と並べてくると、何だか「後ろ暗さ」とか「窮屈さ」がありそうだし感じられちゃうかもしれない。けれど、その背景抜きで見れば、ただ単純に目の前の光景を眺めている限りは、非常に明るさも活気もあり-てかありまくり-、そう言う後ろ向きな印象とは無縁レベルで程遠いように感じざるを得ない。その理由もいずれ解明できればいいのだけれど。

 として。「壁」の内部-中間層より内側-は私企業等がまず存在しない。そして繰り返しにはなるけれど、その出入りに関しては特段の事情が無い限り、官僚・その他の役人と、一定少数の家族レベル的関係者に限定されると言うことだった。

「つまり」

それぞれが得た情報をそれなりに確認したところで、グラタスさんが低く唸るようにそう切り出す。

「そもそも俺達は『入れない』ってことなのか?」

その問いに、否定できる要素を持つ者は誰一人としていなかった。やばし。

 さらに追加情報。二層の壁それぞれの街区の存在理由&その違いについて。これは端的に言えば、中心部が「連邦の核」たる枢機院を始め、財務院・国務院・商務院・総務院-『五大院』と呼称されているらしい-、中間部分がその他の院(官庁)と軍事部門である参謀総本部及び各軍政組織、そして各地方行・軍政の統括官庁で構成されているとの事だった。ただ連邦で言うところの地方組織は大小の違いこそあれ、元ないし現役の単一国家、あるいはその合併組織となる。だから、その種の権力-『国家権力』が最も近いか-、そして一般的な国家のそれと比較して段違いに重い権能を有していると言える。

 さて、であるからして。中間層から中心部へ進み入るに当たっては、外周部から中間層へと言う場合よりもさらにその不可能度が跳ね上がることになる。

「ちなみに」

ノクリエルさんがこれらへの追加情報を示す。

「外国の使節等が連邦中央政府とコンタクトを取る場合についてですが、あの特使団の様に、辺境の専任たる役人が対応するのみで、中間層から先の官庁街区にその様な、私達の様な集団が立ち入った事は連邦建国有史以来ゼロとのことでした」

俺達の電撃訪問&電撃会談計画が、まるで水面にポシャッと落ち、そのまま沈んでいってしまったかの様に感じてしまう。いわゆる「ポシャっちゃった感」だ。いや言い方マジで今どうでもいいな。しかして、そんな所だったか、ここ。「取り付く島もない」とはよく言ったもんだ-「地域の言語設定どうなん」とか「そこ大陸じゃん」とかは知らないし関わらないって決めてるんすよ(誰宛)-。通常の出入りもダメ、そもそもの外国使節だの、それこそ特使としてもダメ、か。と言う感想付きのこれが一点目。

 分かった&分かっちゃったものコーナー、続いて二点目。それは、ソーヴェインには未だかつてない事業・産業について、この首府で実際的に目の当たりにすることができたと言う点だ。代表的なものでは、銀行(金融業)・建設業・不動産業(土地建物取引)・保険業・郵便業が挙げられる。これらも結局のところは連邦政府の相当範囲に及ぶ管理下に置かれ、なんなら「外部セクション的位置付け」と言ってもいい様な実態ではある。にせよ、建前なりごくわずかな本質的部分においては、それぞれが一企業として運営されているらしかった。

 ちなみにこれら各事業を、現在のソーヴェインに当てはめるとどうなるだろう。銀行は各企業・家庭の金庫-「適当な入れ物」なんて場合もあるだろう-、建設業は皆で人工の出し合いor術式一発orその掛け合わせ、不動産業は個人・企業間での口約束オンリーの話し合い、保険業はカンパの出し合い、郵便業は当人による直接投函か伝言(リレー含む)、そんな所か。これまでのところ、特に不便さや致命的な事故・トラブルに至ったケースは、俺が知る限りでは皆無だった様に思う。ただ、いよいよ人口規模が多くなり、あるいは貨幣の流通量が今よりも爆発的に増えるなんてことがあれば、加えて諸外国との交易が実現・本格化すれば、と考えれば。これら各種事業無しでは、非常な混乱が生じることは想像に難くない。逆にこれらの事業体を整備・充実化させることができれば、今後の経済発展の基礎として相当に頼もしい存在になり得るだろう。いやはやそれにしても、だ。「この世の果ての寒村(到着直後のイメージ)」「点在式超純朴型農村地域」ことソーヴェインが、今に至って随分な課題を持つに至ったものだ。通常なら五十~百年かけて辿りそうな道を、実質六~七年で駆け抜けて来ている感がある。

 としてもだ。これら各種事業の法整備等含めた検討組織まで設置する必要が生じるなら、人手、今の代表者会議メンバーだけでは確実に足りないよな。だし、その事業体それぞれも誰がどう運営し、どういうメンバーをどれ程構成する必要があるのか、そしてできるのか。五百万住民と言う規模からすれば、経営や就労を希望する人も一定以上いそうではあるけれど、未知数に変わりはない。反対に相当数の新事業体が誕生したなら、当該業界全体の管理運営はどういう立ち位置・立ち回りを求められるのだろう。う~ん、相当ハードル高めの検討課題だ。ただ、これをクリアすることができたなら、「対連邦」として今のところ考えているソーヴェイン含めた『八ヶ国通商連合』を通じ、貿易立国として相当規模の発展が望めるはずだ。それが引いてはソーヴェインの人々の生活環境やその水準を、より良いものへと導く展望まで生まれ得る。

 それにしても毎日毎日-一日ごとでと言うか-、すさまじい宿題が出されるものだ。ただ、全体の実質的取りまとめ役になっているレジエルさん・ノクリエルさんそれぞれの双肩には、今の時点ですら圧倒的なウェイトの課題がかかっているし、かかってしまっている。この新しい課題-事業の大規模な立ち上げだ-について、例えばレジエルさんが担いうるのかと言えば、厳しいにも程があるだろう。として、この二人に比肩し得る新しい総責任者級の人材が…出て来てくれと良いなぁ。「他人事か」と思われる向きもあるかもだけれど、例えば俺ができることと言えば、せいぜいと言うかやはりと言うか、術式使用による魔導インプラント関連事業の運営くらいだろう。それだって今の『総技術責任者』って立場で精一杯だ。さっき四人に披露してけちょんけちょんにされた連邦寸評然り、協会追放者の経歴然り、「政治センス」だの「組織運営能力」と言うことで言えば、そのかじ取りに加わるには余りに実力は不足しているし適性も不適格だ。それなら他に見るべき能力があるかと言って、リアルに何も思い浮かばない。別に徒に卑下しているつもりはない。どころか、できればこれらの能力を持ち得たいと心から願っているくらいだ。けれど天は、これらの部分で完全に俺を見捨ててくれちゃっている。まぁ天のせいじゃないのは分かっているつもりだし、そもそも『天』ってなによって話ではあるんだけれど-雰囲気ね、雰囲気-。

 ちなみに魔導師協会にも、これら産業の内のほとんどは無かった。つまり純粋なソーヴェイン出身者ではない俺にしても、初めて目の当たりにしたと言うことだ。例えば銀行は、そもそも協会に『貨幣』と言う存在自体が無く、従って預けるだの貸し出すだのと言った仕組みが発生し得ない-じゃあ「何が貨幣システムに代わってその機能を担保していたか」と言うのは、いずれ触れることになるだろう-。建設に関しては協会付きの専門部署こそあれ、俺がソーヴェインで現にやっている様、当該術式で全て事が済む地域にあっては産業的な機能が存在すること自体ナンセンスだ。不動産については、そもそも協会敷地内が全て協会所有の私有地であって-協会を国家と捉えれば「国有地」となるわけだけれど-、よって「個人資産」に相当するものが存在しない為、不要-これは主座・副座も例外じゃない-。保険についても、病気・ケガ・死亡等医療関連行為その全ては、これまた協会付きの専門部署が術式を中心に無償で執り行う為、個人負担なるものが発生せず、よって必要性事態が生じない-だし無い-。私有財産も、「紛失」「破損」からの何らかのリカバリーを、いずれの個人負担も一切無く当該部署が行うので、こちらも必要性レベルから生じないと言える。郵便業に関しては最早説明すら不要かもしれないけれど、協会内全体に魔導インフラが張り巡らされている中、情報通信も物流もしっかりとそこへ組み込まれている為、これとは別に事業等を設置する必要が無い。

 う~ん。つくづく俺と言う人間は、物心つく前から協会で住み暮らし、ソーヴェインに移住するまで-と言うほど穏やかな中身ではなかったけれど-、世界がどういう仕組みで成り立っているのか、厳密に言えば人間社会の一般的な生活産業等の社会構造がどうなっているのかと言う点について、「不十分」と言うにしても余りに乏しい知識しか持たないで来たことになる。「『世間知らず』って単語がこんなに似合うやつもいないだろ」って? ほっとけ。…大正解だよ。まぁいい。何にせよ今はもう知っているんだし。ここからが本番だ。

 さておき、当然と言えば当然なんだろうけれど、この新発見的各種産業にはレジエルさんもグラタスさんも、マジに目を輝かせていた。細かく言えば、レジエルさんは保険と郵便、グラタスさんは建設に、俄然興味と意欲が湧いたらしい。何か既にコングロマリット誕生の匂いがプンプンしてくる。とは言え、ノクリエルさん含め、三人が「最重要機関」として認識したのは銀行業、あるいは金融システムについてだった。これからの国家建設プロジェクトにおいて、三権の整備・確立に匹敵するレベルの存在及び課題と言えるだろう。ノクリエルさんは、

「個人の消費から国家間規模の交易に至るまで、あるいは社会基盤の最大担保である税徴収まで包括する、そしてせざるを得ないのが金融システムですよね。そして、そのコントロールの程度、もっと言えばその成否が、ソーヴェインの明日を左右することになるんでしょう。他の七ヶ国との交渉が本格的にスタートする前に知る機会が得られた、そのこと自体が既に『最大の朗報』と言えるかもしれません。とは言え、また一つ壮大な宿題ができてしまった、とも言えるわけですが」

と、苦笑混じりの長いため息を吐き、独り言の様にそう感想を漏らした。実際の所、銀行・金融機関関連の建物は、他の建造物よりも抜きん出て重厚な構造を誇っている。一定以上の資本力を有している、有することができている、一つの証左なのだろう。

 さてとてとて。『直接会談』。「もう一旦帰って、連邦が『来たい』ってんならまた来てもらえばいいじゃん、フレウスに会いたいし」と、俺の本音中の本音はなりかけている-この時点で人としてダメなのは百も承知だ-。「うちらに限らず誰にも(いずれの諸外国にも)会いたくないんでしょ? じゃあ無理よ無理っ」的なね。もちろん口になんて決して出さない。なんなら表情も全然変化しないようにしてる。だって俺以外の四人が「とにかく一度はどんな形であれコンタクトを!」ってなってるのにさ、俺一人だけ「奥さんに会いたいんで帰りませんか?」じゃさ、さっきの拗ねて感じたアウェイ感を八千倍にした本物のアウェイ、戦地どころか死地として、俺の目の前に形成されることはまず間違いない。確信を超えた確定未来とさえ言い切っていい。いや、俺だって怠けたいわけじゃない。自分で言うのもなんだけれど、事の重大さを理解し切れてないって事も無いはずだ。だってここまで、そういう意味じゃ俺だってかなり主体的に能動的に相当の活発性を以って事に臨んで来た。自負もある。今だってもちろん。ただその意欲と別に、絶対的事実として、あるいは客観的状況として、当初の目的は果たせない事が確定しているんじゃないだろうか。たった五人で超巨大国家における一般通行禁止の壁を二つもクリアするなんて。まして一両日中にそれを終わらせるスケジュールなんて、どんなムリゲー設定だって話だ。ならさっさと家に帰ってゆっくりして、奥さんに会って話をして。それで英気を養ってから、対連邦以外のことにそれぞれの力を発揮していけば良いじゃないですか。って言うかさ、

「ソーヴェインの『対連邦への穏便交渉に向けて努力尽くしたい』あるいは『尽くした』と言う大義名分やその実績が、七ヶ国への認識として確保されなければ、場合によっては通商連合成立の意義・根拠が失われかねない」

「それは一般のソーヴェイン住民目線からしても同じことが言えるはず。互いの一方的行為の結果として断絶状態に陥ってしまうのは、とても最適解とは言えない。少なくともこちら側からは友好的解決の方向へと努力し尽くした、その事実や実績が無ければ、様々な場面での不安と対立の要素を徒に拡大させかねない」

「つまり今、『万が一にも交渉のテーブルに着けるかもしれない』と言う可能性をドブに捨てるようなマネだけは、しちゃいけねえってことだな」

なんて会話を目の前でされてみなよ? つまり俺はされた。ということでこのお口はチャック-術式ではなく比喩表現ね、念のため-。ただ、この会話に加わっていないのは俺だけじゃなかった。我が家の寄宿生ことリウスだ。彼女は…ひたすら空を眺めていた。会話に加わると言う風でもなく、そうしている様は…あれあれあれ~? ひょっとしてですけどリウスさん、俺と同じく「家に一旦戻りませんか?」コースでお考えだったりします? もしそうなら、その意見表明にワタクシ、力及ばずながらご援助申し上げても良いのですけれど? と言う所でリウスがおもむろに口を開く。そうだっ、言って差し上げるんだリウス!

「ではやはり、と言いますか、ある意味ではオリジナルプランですが、上空から一気に到達しちゃいましょう」

う、裏切り者!-「色々悲しい程致命的に間違っている」とか知らないし聞こえない-。てかめっちゃやる気じゃん。じゃない。なんて言った?今。上空から直接? 君どんだけおもしろい発想よ(嫌味)。そもそも「オリジナルプラン」なんて立派な感じのやつ、いつどこで誰がお考えになったものなんですか?(嫌味) てかわざわざ一触即発リスクをこっちから誘発してどうすんのさ(本音)。国家最重要施設に突然紛争リスキーな相手が現れて「一旦話しましょうか」なんてスタイルは、無謀と言うより強暴だろ。むしろ兇暴かつ狂暴…言葉遊びの時間じゃない。具体的な現場の状況を予想するに、俺らがそこに登場した瞬間に「者共であえであえ!」からの「ひっ捕らえろ!」で、最悪打ち首まであるだろ。「言い回しが完全にアレじゃん」って指摘は丁寧に無視するけれど、いやこれかなりあるだろ。

「おもしろいですね、やりましょう」

ノクリエルさんが最初に賛同した。

「まあ、それしかないわな」

グラタスさんが続く。いや、あなたはある意味予定通りよね。ってことはレジエルさん?

「さて、先生どう思う?」

質問されちまった~! なんかテンポ的にレジエルさん続くんだろうなって展開で、それも俺の尊敬相手No.1のこの人の意見こそ聞きたかったのに、その前にその人に指名されてもうた~! だが言おう俺。どうせ情けない奴だし、大義よりも奥さん選んじゃう奴だってどこかでバレるのは時間の問題だし、嘘つくよりは正直にってね。

「行くしかないと思います」

そ、これ俺のセリフ。ホント最悪。知ってる。俺ってこういう奴なのよ。いや今レジエルさんにソンタクしたわ。「この後レジエルさんも当然自分の意見を言うだろうし、その内容は俺以外の三人に更に賛同票が入るものなんだろうな」って予測した上で、結果流されたよ。それで四対一になること、中でもレジエルさんの反対意見になることを避けたいマインドで、ソンタクしたわ。

「その意見は本心か?先生」

レジエルさん重ねてきたぁっ。確認入れてきたぜオイ。何か見抜かれてる、って言うか見透かされてる感すらあるな。いや、あながち本心じゃないわけでもないんだけどね。確かに俺は帰りたい。けれど、ソンタクとは言え、&「ここにいる四人がそう思ってるのに反対意見なんて」と思ってるとは言え、それでも今ここにいるのは、俺自身がそう決めたからだ。それに今日、と言うか「今しかチャンスが無いんだ」って理屈も理解はしているつもりだ。たださ、逆にスピード判断、あるいは即決できるものでもなくない? 「リスクあるから即中止」ってわけでももちろんないよ? だとして、「そのリスクヘッジを全く抜きにして」って判断方法も、それ自体が相当リスキーだと思うんだけれど。けれど「じゃあ他に方法あるの?ないよね?」って所もある。分かってるつもり。だとして一個いいかな。ノクリエルさん爆速で判断したよね。しかも堅実&穏便じゃない方に。普段ならその二つが服着て歩いている様な人なのに。なんぞと俺がレジエルさんの質問に実質答えられないでいる間もなく、そのノクリエルさんが口を開く。

「とにかく今の今、今日明日で確実に伝えるべき事があり、このタイミングを逃すことによって発生する『回避でき得たかもしれない様々なリスク』が、急襲型の訪問によって相手方に与える影響、それによって生じるリスクよりずっと大きいことは明白です」

俺の「行くしかない」発言に、つまりこれの根拠ぺらっぺら、もしくはそんなのナッシングすらある発言にノクリエルさんが、いやさノクリエル様が骨太・重厚・鉄板ぽい根拠を与えてくれようとなさってる。ありがたや。

「もう少し詳しく頼めますか?」

レジエルさんが訊ねる。と言うことには別に何も不思議はないのだけれど、さっきからレジエルさん、自身の考えや思いはまだ出て来てない様な…なんて思うか思わない内、ノクリエルさんがそれに返答する。

「前提として、私達は連邦との紛争、翻ってはそれがさらに拡大した戦争など望んでいませんよね? そもそもソーヴェインにはそんな軍備もありません。と言うよりも、その他諸々の物事が色々と、更にもっと圧倒的に致命的に不足しています。けれどもそこに来て、本当にたまたまディドさんがソーヴェインにいて、その延長線上で、つまり本当にたまたまで例の壁・谷造成が相成ったし、相成らせることができました。この事によって最低限の、しかして換言すれば、私達にとっては最大限の防御手段を取ることに成功しました。ここまではいいですね?」

俺含めた他の四人がそれぞれに頷く。お互いによく話を聞くことができる集団だぜ。ノクリエルさんの話は続く。

「そして私達にとっては、ソーヴェイン側の『意図としての総意』としては、いわゆる『専守防衛』の形を取ったわけです。つまり先制攻撃意志を全く有しない軍備として、これを保有している。そういう認識です」

確かにその通りだし、もっと言ってしまえば、谷はもちろんのこと、壁が自発的に他の存在に対する何かしらかの危害を加える機能は皆無だ。「思いっきりぶつかれば痛い」とかあるかもだけれど、「えーとそれは自分で気を付けてくださいね」としか言いようがない。さても再びノクリエルさん。

「けれど、連邦視点ではそうは映らない。結論から言えばリスク認識が発生します。どういうことか。例えば、自分が相手に対して剣を構えた時を想像してください。つまり自分の方発で、相手方に対しての攻撃意志を持っていると想像する必要があります。できましたか? グラタスさん、『そんなこと考えたこともねえなあ』じゃないんです。お酒の席で自分から誰かに殴り掛かった事は?…あるじゃないですか。続けますよ? その際、相手側が何らの備えも無い、つまり無防備な状態だったとします。こちらとしては攻撃するに当たって、何ら支障が無い状態と言えます。次に、相手が盾を構えた場合はどうでしょうか。少なくとも『一方的に有利な状態で攻撃はできないだろう』と認識するでしょう。同時に「大抵の人は」と言うことですが、相手はどの様に出てくるか、つまりその盾を構えた状態からどんな攻撃手段を講じてくるかと思考するはずです。まさかこれから攻撃しようと言う相手が、半永久的に盾を構えた状態で自分の前に居続けるとは想像し得ないでしょう。これが現時点の連邦と私達それぞれの立ち位置ですね。そして、これから私達がやろうとしていることは、盾を持った側として、半永久的にその状態を維持し、しかしながら本心は相手に剣を下ろしてしてもらい、斬り合いではなく話し合いを望んでいる。何となれば、相手にさえも益したいとすら思っているし、「それを伝えよう」と企図しています。ところが今日明日で何らかのアクションを起こさない場合、盾を持った側はただひたすら黙ったまま、剣を持った側に対して対峙し続けることになる。そうなると攻撃意志を持っている側は、当座の意識としては『とにかくいつ打ち込むべきか』と言うことに集中していくことになる」

ノクリエルさんの言いたいことは分かる。分かっているつもりだ。だってじゃあさ、斬りたい相手が目の前にいて、盾を持ったままじっとされて、「じゃあ斬るのやーめよ」って思う奴がどれだけいるんだって話だ。だいたいそもそも、連邦はどう考えたって好戦タイプなわけだし。

「視点を少し変えます。連邦がソーヴェインの壁・谷を認識し、何らかのアクションを決定するのにどれほど時間がかかるでしょうか?」

つまり意思決定プロセスが、どういった組織体制によって為されているのかと言うことか-全然わかんね-。

「私も当然、と言ってはなんですが、知りません。では『最悪のケース』と思われるものを述べます。特使団なり辺境の何らかの組織がルデランを認識し、地方一個師団等軍事組織へ報告を上げます。仮にその当該部署が何らかの実力的行為について一定の決裁権等の裁量範囲を有している場合、当日中に何らかの威力的行為が行われる可能性があります。それが最速で発生するとしたなら、つまるところは今日・明日と言うことになります。私個人としては『ひょっとすれば今日中か』と言う思いすらあると言うことです。ここで求められるのが、『ではその際、そこに確実な停止効果を発揮可能な存在は何か。百%ないしそれに限りなく近い抑止権を持つ存在は何か』と言うことになります。それは言うまでもなく、ここ『中央政府』でしょう。中央政府であり、『枢機院』なのでしょう。しかしてここで何らかの働きかけもせず、同政府に現場組織から『相手が盾を構えた』と伝えられたなら、意思決定にどれほどの時間がかかるのかは別として、同威力行為を追認、あるいは正式な攻撃命令が発令されたとします。そしてその後で、私達ソーヴェイン側が交渉等の打診を図ったとして、その際の抑止効果はいったいどれほど期待できるでしょう。まして連邦と言う超巨大国家における最高意思決定機関が一度下した決断を覆すとしたなら、一体どれほどの力が求められる事となるのでしょうか。全ては憶測に過ぎません。これらの可能性群を比較・検討したとして、その内のどれがソーヴェインにとって最もリスクが少ないか、最悪のケースを回避できるものはどれで、中でも『最良の一手』はどれかと言うことにつき、ですから『行動あるのみ』それを選択する以外に方法は無いはずです」

ノクリエルさんが今言ったことを俺なりに解釈するとこうなる。連邦中央政府は、今ちゃんと話しかければ聞いてくれるかもしれない。はたまた、聞いてくれないかもしれない。けれどその手前、ノーアクションのまま時間が経過してしまえば、相手はどんどんヘイト方向へと盛り上がっちゃうのは確実で、どこかの過程からは全く止められなくなっちゃうのは目に見えている。そういうことなんだろう。行動あるのみ。そういうことなんだろう。

 で、だよ。その「話」を聞いてもらうには、聞かせる為には『お空の上からこんにちは作戦』? 明日までに二層の壁を正規の手段で、つまりは「正攻法で通過する手段が絶望的に無いのだし」か。まあさ、直近の全体会議でも、だからこそ「ルデラン建設直後に連邦に出向こう」と言う確認は既にしていた。けれどこの現地に来て、二層の壁の存在を知り、よりも何よりも、この首府の圧倒的に膨大な様を為す巨大都市に呆然とせざるを得ない中、当初の計画の遂行に正直一定の躊躇は生じた。生じてしまった。ふと、フレウスとネネの顔が浮かぶ。フレウスが、そして俺に話しかけてくる。

「ディド。本当の本当に自分が必要だと思うことをやって。本当の本当に必要としたいものの為に」

それはもちろん君だ。心の中で愛する人へ、俺はそう応える。本当に本当の気持ちをもって。俺の唯一のそれは君であり、そしてネネやリウスとの日々の暮らしだ。さても何度目だろう。自分を奮い立たせるために一度ならず、こうして想い、思い返すのは。それも最近は頻度が増してきている気がする。いや、でもさ、いいじゃない。こんなに大事な事。俺にとってこれ以上ない大事な事を、何度でも確認し続けることは。むしろそのこと自体が、俺と言う人間にとっての最重要事項のはずだ。うん、決めたよ、フレウス。今度こそはね。

「グラタス、先生、リウス。ノクリエルさんの話について、思う所があれば言ってくれ」

レジエルさんがそう問いかける。

「行こうや」

「行きましょう」

「行ってやりましょう」

俺含めた三人それぞれがそう応える-あ、ちなみに三つ目の返事が俺ね-。

「よし、俺も同意見だ。玄関開けて、一言ご挨拶申し上げてやろう」

レジエルさんはそう言ってにやりと笑った。ここでそんな風に笑えるのか、この人は。不確定の未来に対して、全ての責任を実質負いながら、それでもこうして俄然前向きさを奮い立たせられる笑顔を、この人は見せることができるのか。どこまでもついて行きたくなる人だぜ、全く。最高か。

 ということでフライトエアボール(元エアボール)発動。周囲の人々びっくりからのガン見。まぁそうかもな。世界魔術師協会やその関連組織と一切関係を持たず、からのこういう術式や現象そのものも全く未知であったなら、そう言うリアクションを取る以外に何があると言うのだろう。思えばソーヴェインでも到着後しばらくは、そんな視線もあったっけか。速攻でホズにバレた、あの時以来、だな。

 さても幸いなことには、俺達が上空に上がり、地上の人々の視界から確認が難しくなったであろう所まで、憲兵等の姿は全く見かけなかった。つまりは何らかの脅威と認識され、からの『一定の攻撃対象』認定喰らう可能性は、おそらく回避できたはずだ。目的地に着くまでに下手にヘイト稼ぎをしなくても済んだ、と言うか。…何とも綱渡りの続く状況だ。それもそもそもは想定の範囲内ではあるんだけれどね。

 で、中央政府庁舎上空到着。ふと思う。連邦にもしも魔導師なり何らかの魔導機器なりが存在していたなら、と。おそらくは今の俺達と同じ様に、対象機関中枢の上空に現れ、そこから一気に制圧をかける、なんてことしかねないよな、と。それに今回のルデランだって比較的容易にクリアできちゃうかもしれないし、情報伝達スピードだって段違いに早いだろうし。そうであれば、やっぱり展開は違う、それも悪い意味の方で全然今の状況とは違ってしまっていただろう-今の状況自体悪いのだとして、更にと言うことか-。例えばもしもこの先、協会が連邦と何らかの方法で協定的なものを結んだなら、あるいはその他の好戦的国家とその様な展開となったなら、もしかしたら世界情勢は、世界情勢こそは、その様相が今とは全く違うものになるのかも知れない。それともそうしたパワーバランスは、その要素一つではあまり大きく変わることは無いのだろうか。はてさてこの辺りの事は、魔導師の一人である俺としては一考した方が良いのかも知れない。それに今となっては、一定規模に達した魔導インプラント群の開発・管理における「結果的に」の中心、責任者である立場となっている。なってしまっている。からすれば、より考察を深く正確に行うべき立場にあるとすら言えるのかも知れない。として。それは少なくとも今の今ではないだろう。

 今。かつての皇宮であり、かつ現在は超巨大国家ことデウアロイ連邦中央政府枢機院舎であるその直上に到達した今。魔導の未来考察はさておき、ソーヴェイン代表としての責務発動と行こうじゃないか。さて、「元大帝国皇宮なだけはあって、きっと『大宮殿』なソレなんだろうなぁ」イメージを持ってやっては来たものの。てか、何だったら宮殿のひさしを支える為に円柱が相当数設置され、楕円形を為す長径については五kmを優に超え-短径でも三kmは有るだろう-、またその高さは最高点で二百mは超えているだろうな、くらいのことは到達する前から分かってはいた-それだけ大きいと見えざるを得ないからね、しかもずっと-。元宮殿そのものの方はと言えば、石材系の材質による白壁と、「あれは柱なんだろうな」って所がそれぞれ、黄金or黄金的な何かに装飾されている様も見て取れた。「黄金に縁どられた白亜の大宮殿」ってイメージが一番近いのかも知れない。けれどその直上に到達して新発見。ひさしから壁への奥行き、それと壁から中心への構造物としての厚み(奥行)がそれぞれ百mほどあるにはあるのだけれど、そこから中心までは全て、硝子状のもので覆われていた。つまりこれだけの超巨大な構造物の天井のほとんどが硝子張り、と言うことになる。それも梁の類なんて無い一枚硝子で、だ。

「いったいどんな工法ならこんなものができるんだ?」

グラタスさんが率直な感想を述べる。

「いや、問題はそこじゃねえだろ」

五人全員それぞれが多少の違いはあれそれぞれなりに驚いてはいるものの、レジエルさんはさすがの冷静さでそうツッコむ。んと、正直言えば俺も「これどうやって作ったんだろーなー?」みたいな純粋な子供的感想を持ってしまったのは内緒にしておこう-「グラタスさんと全くおんなじじゃん」っていう-。

「ここまでの巨大な建造物が、まさかその屋上全てがこうして覆われてしまっているなんて想定外だ、そういうことですよね?」

ノクリエルさんが加わる。

「それ、俺の感想と違うか?」

そうだそうだっ(心の声)。

「違うし、ちょっと静かにしてろ。『どうやって作ったか』って話じゃねえ。こんな大きな建物なら、屋上から建物の中に入る通用口、あるいは中庭だの光庭だのがあるのが普通だろ? だがそれが一つも見当たらねえ。そうなるとだ、地上のどこかからでも入るしかねえんだろうが、まさか正面玄関から『こんちわ』なんてんじゃ、えげつない展開しか待ってなさそうだ。それにだ、それ以外の部分からでも、それに似たような強行突破策しか採れねえんじゃねえかって危惧が発生したわけだ、この一面のガラス天井からは、よ」

レジエルさんホント優しい。よく分かった。

「なるほどな。工法じゃねえな、問題は」

グラタスさんも理解できたようだ。この人にはこの人で益々親近感湧くわ。

「あ、でも」

リウスが珍しくちょっと驚いた様な声を上げた。我が家のクールビューティー枠にわざわざそんなリアクション取らせちゃう事実とはいったい何なのか。

「内側にも別の建物が見えます」

なんと。リウスの言う通り、よく見てみればオーバル状の外郭的建造物と同様、さしずめそのミニチュア版的に、じゃない、よくよく見れば今まで見てきた建物、そのどれよりも格段に豪奢な宮殿がそこに在る。いや、だから『元宮殿』か。そして外郭部との間に展開されている庭園こそが、中庭となるのだろう。というか、「元皇宮庭園」と言った方が正確なんだろう。…広過ぎるだろ、中庭。上空数百メートルと言う若干遠目のこの位置からでもよく分かる。それはそれでの豪華さを、その庭園が誇っていると言うことを。様々に加工・デザインされた樹木や、同じく石材や木材に依るだろう様々な構造物が、ある意味では一部の隙も無い様にして広がっている。

「こうなると、硝子張りなのは超ラッキーでしたね」

俺が素直に感想を言ったところで、しかしまたしても他の四人が「え?」みたいな顔になった。今度は何よ。

「いやさ先生」

グラタスさんが口を開く。てかグラタスさんまで俺の向こう側に回ってるわけ?…この裏切り者ぉ!

「つってもなんでも、とっかかりも何もねえ状況だろ? あの中にどうやって移動できるかって話で今…」

「できますよ」

「だろ? 結局硝子ぶち破って入るしかねえかとか、いやそう言うことができる代物かどうかも分からねえし、そうじゃなきゃ結局外側から…今なんて答えたっけ、先生」

「あそこにポンっと行けますよ、わざわざ硝子なんて割らなくても」

俺を見る四人の顔が「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」ってなった。…ん? あぁそうか。俺、ソーヴェインに行って以来、『転位術式』って一度も使ったこと無かったんだっけ。

【転位術式】当該目的地情報が厳密且つ正確に把握されている場合で、何らの障害物も存在しない場合に実行可能。移動対象は有機物・無機物問わない。タイムラグは一切発生しない(仮想空間を応用した変則型転位術式はこの限りではない)。説明は以上。

 この説明は「まぁ安全対策前提であれば」と言うもので、それとは反対の場合でもできなくはない。つまり今回の様な「目的地バッチリ見えてますよ」状態なら-障害物的なものも充分回避できること踏まえ-、確実に実行は可能だ。ってことを知らなきゃ、確かに「この状況どうしよう」は当然か。

「魔術って何でもありなんですか?」

ノクリエルさんに若干鋭めに訊ねられた。なんだろ、何かマズいことでも言ってしまったかの様な訊ねられ方だ。…大丈夫だよね? と言うか、理詰めの権化の様なノクリエルさんには珍しい、範囲相当にアバウトな質問だし。と思っていたところ、それはどうやらノクリエルさんなりの冗談だったらしい。と言うのもその直後、

「これからもその調子でお願いしますよ?」

と言って俺に対して笑いかけてきたからだ。うん、こう言ったこと含めてさ、俺からすれば人そのものの方がよっぽど、魔術よりも不思議で&何でもありだなと思ってしまう。それはソーヴェインに住み始めて以来、常々感じている事でもある。『他人』と言うものと真正面からじっくり向き合うようになって以来、一人一人の人が持つ様々な要素と、それが別の誰か、あるいは一定規模の集団となった時に見せる圧倒的に多様な反応・変化や、それらが重ねていく時間、産み出される「無限」を感じさせる程の様々な価値やその変化。人単体で見た所で、『二面性』なんて言葉じゃ不適当なくらい、個々の多様性、その複雑さ、そしてそのいずれもから面白さを感じざるを得ない。対して魔術は、言ってしまえば「それそのもの」、以上でも以下でもない。燃えるなら燃える、冷えるなら冷える、飛ぶなら飛ぶ。そこに状態や規模の違いはあっても、起こる現象の本質は変わらない。木が一本燃えるか、森全体が燃えるか、いずれでもとにかく火を使うことに変わりはない。バケツの水を凍らせるのか、湖全体を凍らせるのか、いずれでもとにかく対象を凍らせることに変わりはない。空をゆっくり漂うか、超高速で移動するか、とにかく対象を空中に浮上させ且つ移動させることには変わりない。と言う様に。そこに二面性だの、それそのものが何かベクトルとして変質し、単一で全く別の価値を創造すると言う様な機能は存在しない。術式の習得や、古代術式においてはそもそもの解明について、時間や根気を必要とするものがあるのは事実だ。けれどそれだって、「意外性」や、ましてや「創造性」の出る幕はない。どんな法則性・合理性を以って成立するのか・しているのか、解明・修得するのに時間がかかる場合があると言うだけだ。けれど人は、どれ程の時間をかけて付き合おうとも、新たな側面、新たな変化に出会う。出会い続ける。言うなれば、この世に人ほど不思議なものは存在しない。個人的には本当にそう思う。一体誰が何の意図で、どうしてこのような形でその存在を創り上げたのか。例えば人の体組織に働きかける術式はある。はたまたその思考に何らかの影響等変更を加え得る術式もある。けれどどれにしても何にしても、人を、人そのものを解明する、した術式は一つとして存在しない。「理知の塊」「合理性の権化」「効率化の鬼」、そんなタイプのノクリエルさんがイタズラ心を見せて笑いかけてくる。こんな意外性、魔導術式には存在しない。

「あ、あの人物がおそらく最も重要なポストに近いはずです。ディド、そう言うことなら、あの人のところまで移動してください」

リウスが突然言った。いや突然過ぎるだろ。なんだどうした、お前は何を言ってるの。んま、こんな重要な場面でまたも一人の世界にトリップしちゃったのは内心ごめんだけれど、それにしても現実への戻し方がえぐいだろ。だし、ちゃんと現実に起こっていることについて喋ってくれているのに、俺の理解が追い付かないだけ? 何がどうしてどうなったら、そんなセリフのカットインができるのよ。いやはや…今のところ俺の中じゃお前が一番「不思議ちゃん」だよ。次ネネな。あ、あの予言者ホズ君が『特級』ランクで君臨しているか。

「そもそも見えねえんだが、どこだいリウちゃん」

グラタスさんがその眉間に深いしわを寄せて言う。確かに俺達は、「直上」とは言っても五百mほどの上空に浮いている。これは最低限必要と思われる偵察を可能としながら、且つ地上から視認しづらくさせる目的もあってのことだった。けれど、「逆も然り」でこちら側からも目視では地上の詳細な判断・判別は一定の困難さを伴わざるを得ない。俺の様な魔導師は、視覚術式さえ修得していれば、何なら障害物越しであっても一定の明確・詳細な情報把握は可能ではあるけれど、ならリウス。その素養ゼロのはずの君は一体どうしてそう検知&視認ができたんだ? そして「それより更に」なのは、何でそいつが「最も重要なポストに近い」つまり「最重要人物」だと分かったんだ。てか何を以って最重要とされていて、何故おまえはそれを知っている、あるいは判断ができたんだ?

「見えるものは見え、分かるものは分かる、としか言えないんですが」

根拠ゼロみたいな回答が返ってきた。リウス以外の全員が異口同音に挙げ、あるいは感じた疑問点に「そんな気がしたので」的な回答一発のみを返してきた。ある意味「強い」と言えるけれど、「Goサイン」としては超弱ぇ。そんなん「じゃあイッチョ行ってみっか!」にはならないし、なれねーじゃん。

「『とりあえず行ってみるしかない』と言う状況に違いはありませんが、それにしても『もうちょっと観察してから』とは思いますが…」

ノクリエルさんが言う。

「そいつの周りに取り巻きがいて、そいつらより良い物着てるとか、そう言うことか?」

グラタスさんが聞く。

「確かに服装は違います。『質』と言う点で上位のように見受けられます」

リウスが答える。いやでもですよ?リウスさん。百歩譲ってお前の見立てが正しかったとしてさ、この直上到達後数分としない内に、たまたま目に入った一個の集団に決定的レベルの重要人物がいるなんて出来過ぎと違う? だし、ノクリエルさんの意見に乗っかるなら、ここにどれだけの人がいるか知らない上に、それらのほとんど全て一通りを見ていないのに、「これだ!」ってなるのはさすがに悪手感あるのだけれど。

「うん、そうだな。リウちゃんがそう言うなら、行くか」

レジエルさんが決定した。まじかよ。また超展開追加されとるんやが? てかそもそもレジエルさんがリウスと同種の視力や直感力持ってたりって話? いやまさか。てかてか、だからリウスこそがそもそもどんな能力でもってそんな判断したかって話-

「ルデラン造設の際、リウちゃん『動物大移動』やったろ? あれ一つで証明は済んでる。俺はそう思うが?」

レジエルさんがそう続けた時、俺の脳裏に瞬時に浮かんだものがあった。そう、何を置いてもリウスとのファーストコンタクト、あの時だ。黒虎への相対。異界生物との交感を裏付ける各種の行動。この件については、あえて一般に情報公開はしていない-黒虎の出現とその処理については広報している-。確かに、リウスの持つ何らかの『異能力』、それが確かに存在すると認めざるを得ない。リウスの言うことを疑うよりも信じる方を選択するには充分な事実、証明と言える。ただ異界生物にしろ、この世界の一般生物にしろ、そこに人類は含まれない。そう言う意味では新たな能力行使、その初回ではある。…つまりぶっつけ本番になるんじゃん。しかも「超」の付く重要局面で、だ。

「思えば短い人生だったな」

グラタスさんが早くも究極的に諦め始めている。いやあなた、いつからそんなネガキャラになったよ?

「いくらこの俺でも分かるぜ。いや、これでも俺だってソーヴェインじゃレジエルん所と一・二を争う企業集団のオーナーだ。代表者で総責任者で総元締めだ。ある程度の直観力も判断力もゼロじゃねえってのも、自負だけじゃねえはずだ。だからあの『大移動』しでかしたリウちゃんの、神通力みたいなもんが嘘でもハッタリでもねえってのはよく分かる。だが、『だからなんだ』って話だ。目の前に本丸・本命現れて、そこへツッコんでいきたいなんて一体どうした? 『玄関先で挨拶して』の前だかでご近所さんにうわさ話を聞く。後は回れ右してソ―ヴェインに戻ってだ。さっさと夕方くらいからは俺達が心から愛する『朝焼けを見る会』でお互いの労を労いまくるんじゃなかったか?」

「朝焼けを見る会開催は初耳だ」

「そこじゃねえ」

「分かってるよ」

レジエルさんがあくまで落ち着きや冷静をキープしながら、グラタスさんの話を、その思いを受ける。

「グラタス。初めてソーヴェインを出て、そしてこんな、俺達からすりゃバカみたいに大発展している場所に来て、それで何かと動転しちまうのは分かる。だがよ。だったらよ。ここは一つシンプルに考えようぜ。俺隊は結局のところ、商売人だ。生産者だった者に毛が生えたって所ではあるが、それでもお互い、お前が言うところの商取引の元締めだ。で、今目の前にしているのはなんだ? うまくすりゃ一番のお客になってくれるかもしれねえ相手ってなわけだ。声かけてみねえ手はねえだろ?」

「だがよ」

「だが、そうだ。最初っからこっち現れてツンケンしやがった相手に、俺達が逆に『どうもこんにちは』つって、向こうが『あ~どうも』なんてなるこたねえだろ、普通はな。ならそれで上等だよ。で、万が一があったらどうする? ツンケン野郎たちは言えば新人の営業担当だよ。上の人間から『そういう風にやれ』って言われて、一も二も無く『分かりました』の返事一つで来た連中だ。何か考える、自分たちで判断するなんて権限与えられちゃいないわけだ。そりゃツンケンにもなるわ-あくまで想像だぜ?-。だがよ、なら、そんな指示出した『一番の親玉』ってのはどうだよ。部下がその丸コピーってんならしょうがねえ。だが相手に探りなり入れさせて、後はそれで自分の頭で考えるってのが、一つのパターンであるんじゃねえか? 要は商売相手として話ができる可能性がちょっとでもあるならよ、ましてそれが元締め中の元締めらしい奴が目の前に現れて、商売人としてそれ黙ってやり過ごすんじゃあ、ひょっとしたらの大損まであるんじゃねえか?どうだ?」

「あり得ねえことはねえとは思うが…」

「そこよ、いっちょ行って挨拶かまして、怖え目に遭いそうになったら、先生とリウちゃんにしっかり御厄介になる。どうだ?」

「その言い方じゃあ、何か先生とリウちゃんに悪いよな」

「いいえ、ちっとも。私達はその為にここにいるのですから」

リウスが美しく清らかに、つまり人としてとてもまっとうな対応をした。俺は心中全力で「こっちはただの輸送係なんですが」と主張し続けていたわけだけれど、何しろ心中オンリーだったので、うまく伝えることはできなかった。「人として…」って? 知らんがな。

「ま、最後のは何として、だ。グラタスよ、幼馴染の商売人同士、いっちょ営業一個、かましに行こうじゃねえか」

「ああ。お前がそこまで言うなら乗っかるしかねえか。随分とでけえ話を小さくして見せたもんだがな」

そして二人は笑い合った。そこには何の含みも衒いも感じられない。あぁ、なんか良いな。幼馴染か…。いないな、俺。ま、今そこじゃないのは知ってる。

「話はまとまった、と解釈しますが良いですか? では早速行くとしましょう。ディドさん、よろしくお願いします」

ノクリエルさんからの呼びかけにハッとなる。いけない。またしても回想で一段落開始しそうになってしまった。メタか。…OK、行こうじゃないか。って温度感で言っているけれど、術式そのものはシンプルだったりする。と言うことで、リウスの指す方をフォーカスして見る。

 いる。絶対にアイツじゃん。かつて協会にいた頃、俺自身が散々目にしてきた光景だ。てか俺も「そっち側」の人間だったし。端的に言って、周囲の人間と比較して一人だけ頭抜けて格式の違う服を身にまとっているのが一人-協会で言う首座的ポジションになるのだろう-。それから「次の格式なんだろうな、そうなんだろうな」って感じがするのが五人-同じく「副首座」と言う所だろうか-。で、あぁまぁ一般かそれよりちょっと上のクラスの人たちかな?って感じでその他大勢的に二十人程、それらが一集団を形成して移動している。にしたって、だ。当政府高官の制服を全て知っているわけではないけれど、てか正確に言うとほぼ全て知らないのだけれど、けれど、アレは分かる。その証拠に、ここにいる個性バラバラ五人組が、その一点で「あぁ間違いなくアレだわ」って即一致したくらいだし。とは言え、そもそも肉眼だったら小指の先ほどの大きさでしかない対象を、雰囲気察するところまで感知&検知できちゃうリウス「改めて何なの?」ではあるけれど、まぁ改めて脇に置いておこう。

 ともかく、とにもかくにも、俺達はそいつの前に出た。「どう考えてもあんた一番偉い人だろ」って言うそいつの前に移動した。相手からすればコンマ何秒的にパッと現れた印象だったろう。午後の穏やかな日差しが、頭上数百mのガラス製の天井を通して、優美さ・荘厳さの若干無駄遣いを感じさせる豪奢な庭園に降り注いでいる。その中を、この超大国のおそらくは何事か国事・国政に纏わるだろうミーティングを行っている人々の目の前に、「ポンっ」と俺達は現れた。現場は一気に最大警戒モード、つまるところの臨戦態勢へと突入した。「文官って普通、身体能力的に反射神経鈍い奴が就く職業なんじゃないの?」と思うともなく思っていたところはあったけれど、どうやらそれは偏見の範疇だったらしい。全然ずば抜けて早く、その「ポンっ」の二秒後くらいには「衛兵攻撃用意!」が発声&発令されたのだから。そしてその約三秒後から十秒後の間には、数百単位の兵士が俺達五人を取り囲む形が完成することと相成った。許されるなら拍手をしたいくらいだったけれど、相手方はおろか、味方からも致命的な何らかの評価を下されそうだからやめといた。さても俺達を取り囲んだ彼らのほとんどが手にしていたものは、長槍だった。まぁ、合理的なんだろう。一般的な剣の様に極接近戦タイプのものよりも経戦確率が高く、かつ一定人数以上の集団であれば、それ程の熟達を必要とせずに、高い刺突性による致命効果を期待できる。弓も一定距離を取れば同様のことが言えるように思えるけれど、命中確立と言う点で不確定さは増大する。うん、槍程間違いのないものはない。そんなもの数百本も向けられながら分析している場合じゃないけれど。ひとまず俺は、こちら側のリウスを除く四人に防護術式を発動させた。形状は飛行時に使用するエアボールと同様だけれど、性質は当然に違う。エアボールは浮力特化で、言えば「風よけがおまけに付いている程度」な代物なので、例えば槍で突かれでもしたなら、攻撃手にとって期待通りの結果になること請け合いだ。対してこちらは『ガードシールドボール』というまんまなネーミングからも分かるように、刺突のみならず、打撃や斬撃等の物理的干渉を一切断つ。として、この機能・効果はボール内からも同様で、外側に対していずれの行為も無力化されると言う、まさに「防護の為だけにある」と言える術式だ。これと少し違うものに、体表面にフィットするタイプのものがある。こちらは物理干渉に付き完全遮断とはいかないけれど、一定の軽減効果はある。かつ当該対象への同干渉も可能だ。とは言え、文民三名と運搬担当一名には不安が大き過ぎるし、なら最初から不要だと判断されてもおかしくはなかった。リウスに施す選択肢もあったけれど、という逡巡があったにせよ、これは回避した。今のところは『リウスオリジナル』とでも言うしかないあの特殊能力に、この術式がどの様に影響するのか不明なのが一点。その上で、致命的事態になることが予見された場合、「俺達と同じ状態にリウスを移行させればいいじゃん」と言うのが一点。

 として、その判断が正しかったかはさておき、「とりあえず邪魔はしなかった」と言う結論が、この直後導き出されることになる。ふと気づけば、俺達の周囲十数mを取り囲む数百の槍兵以外に、更に弓兵が無数に配置されているのが分かった。こちらは距離にして五十m辺りと言うところか。初めは全く気付かずにいた、というより、少なくとも俺は威嚇射がされたことによって、ようやくその存在に気づくこととなった-感知型術式の常時発動くらいしておけばよかった、と言うのは後悔であり反省か-。にしても、この人たちがまためちゃくちゃよく訓練されていた。「槍兵に囲まれた」と認識した数秒後には、命令と実行が瞬く間に行われたのだから。先ほども言ったように、槍兵と俺達の間はせいぜい十数m程度しか空いていないにもかかわらず、矢が一斉射された。そしてその全てに、リウスは完全に対応し切って見せた。

 それら全ては、一瞬の出来事だった。俺から見れば、金属製の部品のみで構成されたそれら矢が-つまり百数十本あったはずだ-、一瞬にして俺達の周囲にばらばらな状態で現れたようにしか見えなかった。リウスがこの直後に解説してくれたところによれば、庭園の外周側構造物に無数の弓兵が配置されていたらしい。で、ここからが肝心なのだけれど、あくまで俺達に当たらないだろうと言うエリア目がけて、その一斉射は行われのだろう、と言うことだった。それを感知したリウスは、「であれば、『こちらにも一定の交戦能力がある』と言うことを示すことができる機会だ」と判断し-つまりある種の示威行動として-、その矢全てを落とし、且つ破壊した-「破損等無ければ再利用されるリスクがあったので」だそうだ-。そうね。なんかもう…どこからツッコむと、この一連の出来事がちゃんと整理できるんだろってくらい状況把握に困っちゃう。けれどこっちが困る以上に、困惑、いやさ混乱に陥ったのが相手側、特に連邦の高官達だった。任務として臨戦態勢に入っている一般兵士とは明らかに違う表情から、それは容易に見て取れた。そもそも中央政府のど真ん中もど真ん中に、他国・他地域の勢力が予告や予兆無く現れることが、圧倒的に想定外且つ非常事態なのだろう-自分達こそそれらの行動を常套手段として行っているにも拘らず、だ-。更にその驚異対象が五名と極少人数なのにも拘らず、対処方法全く未知の魔導技術-と言う知識や発想・概念も無いだろうけれど-が展開され、更に弓攻撃に関しては『無効である』と言う事実を突き付けられた格好だ。俺が相手側で、つまり魔導技術を全く知らない側だったならば、おそらくほぼ同じ反応になっただろう、とも思う-「それを知らない」と言う経験が、物心ついて以来無い人間の言うことではないかもしれないけれど-。なんなら、四人の人間を包むうっすらとした光の膜の様なものが、「矢に対して何か作用したんじゃないか」と思ったりするかもしれない。

 と、その時だった。

飛び込み営業の成否やいかに。

続きもよろしければどうぞお読みください。

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