デウロ連邦~ディド奮起する~
守らなきゃならないものがある。工期とか奥さんから言いつけられた買い物リスト以外買っちゃダメとか、そんなものも大事だけれど、それ以外にもきっと。
さて主人公が守らなきゃいけないものとは何でしょうか。
今更感100%でこれはお伝えすることだけれど、俺たちが住んでいる地域は、いわゆる国家的統治機構に属してはいない。かと言って「無政府状態」と言うのも語弊感はある。強いて言えば農漁業組合・工業組合・商業組合の三組合それぞれにほぼ全事業主が加入していて、それが結果的に地域の原始的行政運営機能も併せ持っている、と言えばいくらか分かってくれるだろうか。世界数多の商業ギルド直轄地に近いと言えば近いと言うか。ただ三組合共がいずれも主導権を担いもしなければ、行政運営そのものを明確な目的としていないと言う部分で、やはり若干異なってはいる。言ってしまえば、この地の歴史上権力者たる存在が現れなかったとか、その類の人々なり組織が一度もこの地に気づかなかったとか、そんな感じなんだろうと想像はする。だいたい三組合にしたって、ここまで経済規模が拡大・成長したからこそ、設立の必要性が出てきたわけで-これまでは一家族ごとが「最低限、充分食べていければいいや」な雰囲気で悠久の過去より時を重ねてきたタイプの地域だったからね-。俺もつぶさに文献を漁ったわけでもなく、住民達からそう言ったことに関する話を聞くともなく聞く内に、どうやらそういうことなんだろうなと朧気に認識したレベルに留まるのだけれど。
だから。例えばここが『ソーヴェイン自治領』との呼称があり、『デウロ連邦』なる国家が実質的放置に近くも、史実的事実として統治権を持つ存在だなどと言うことは、俺はおろか他の住民も、そしてつい最近の同連邦に至るまで、全くもって知らず、あるいは忘れ去られていた。そしてその事実が、これから先起こる全く予想だにしない『大転機』のきっかけとなったことは、なんとも嘆息が避けられない事だ。いやホント、出るのはため息ばかりだ。まぁボチボチちゃんと説明を始めよう。
厳密に、そして正確に言えば、俺はこの地域一帯が-と表現するには余りにも広大過ぎる程に広大な範囲を指すことになるけれど-ソーヴェインと言う名で呼ばれていることは知っていた。例によって例の8年前の魔導師協会脱出の折、当時の部下が叫ぶようにして俺に告げた名がそれだった。とにかく寸刻の猶予さえ無い中、命からがらでも生き永らえたかった当時の俺は、そういう場所さえあればいい、その位置さえ分かればいいという状況だったから、「名前なんてどうだっていい! 早く位置情報ギブミー!」状態で、突き詰めての思慮・考慮を行う余裕など、どんな意味からも無かった。そこが「協会による支配、あるいは何らかの形で関連している地域ではないはずだ」という情報だけで十分、というか文字通りの見切り発車的確認のみだった。と言うか、「早く早く! 頼むからもう出発させてくれよ!」スタンバイ取る中での伝達だったから、記憶しようなどと言う発想すらなかったのだけれど、恥ずかしながら恥ずかしく且つお粗末な当時の状況と、この地域の名を思い出す機会を、そして今回持つこととなったわけだ。
もう一つ厳密な事を言えば、デウロ連邦については「知っていた」と言うより、「誰もが知っているくらいの国」だから俺も知っていた、と言うべきだろう。超の付く大国なので超有名、と言うだけの記憶しかないけれど、まぁだから忘れようもない。そして今回はここら辺、否が応でも触れざるを得なくなったわけですな。
とは言え手始めは、この地の名前を思い出すまでの一連から紹介していこう。
ある日、この地域に「デウロ連邦特使」を名乗る一団がやって来た。総勢7名。浅葱色を基調とし、深い墨色を指し色とした揃いの制服。と言って軍部所属のそれではなく、あくまで税務担当の役人と言う位置付けらしい。加えて彼らは連邦中央政府直属ではなく、地方・辺境の出先機関所属感丸出しだった。虎の威を借る狐、と言うか。尊大な態度・言い回しの端々に、少しばかりのおっかなびっくり感が否応なく滲み出てしまうアレ、な感じだ-それも7人全員って言う-。で、対する俺達は三組合の役員に俺合わせて8名が『代表団』な感じで相対することになった。。って何で俺がって話かもだけれど、地域の全産業に対する顧問は俺一人だからっていう理由らしい。いやさ俺も興味がなくはなく&怖いもの見たさも手伝って、OKしてしまった。だいたい向こう様が急に現れてくれたもんだから、いい加減こっちだってどたばた急造チームにならざるを得ないじゃない? に付け加えるなら、これから起こることに深い考えやら鋭い洞察なんて向ける暇は、ほとんどの人にとっては無かったことだろう。
で、結論から言えば-と言うか向こう様からは結論的な話しかされなかったのだけれど-、彼らは既に、自分たちの提示する内容、つまり課税内容とそれに関連する条件全てにおいて、俺達が承諾する以外想定していない態で、あるいは本当に想定せずに、それら一通りを告知してきた。どうやらこの連邦、かなり圧制タイプの国家らしい。何がしかの強大な権限に、全ての非権力側の国民は絶対服従するか逆らって死ぬか、それとも明示されない第3の条件として、二度と祖国の土を踏まないことと引き換えに国外逃亡するしかない事を迫ってくるタイプの国だ。この手の国家の厄介なところは、軍事力や警察力がやたら強く、人命・人権の類は国家中枢のごく僅かな人々のそれを除いて軒並み軽いと言うことだ。だから俺達も、そこに属する人民である為、そう言った国是的なものに今回相対して「Yes or NO」ではなく「Yes or Dead」を突きつけらた形になったというわけだ。
わけなんだけれど。俺達は完全なまでの即答で「No」をお伝え差し上げた。そもそもここまでの流れやら条件内容やら、全てが全てずさん過ぎる。いやさ課税内容一つ取って見てみようか。事業者-企業オーナーと読み替えてもいい-に対しては、その経理内容の年間分全てを当該機関へ提出し、予め設定された算定法によって納税しろと言うことではある。まぁ原始書類全てを提出しろってところからして異常ではあるのだけれど、それより何より営業利益の算定方法がひどい。まずは事業経費の控除対象が極端に少ないという異常。だって人件費が認められないんだぜ? そこのオーナーの懐から従業員の飯代他生活費出せって考えらしいのだけれど、そんな馬鹿な話ある? しかも従業員には別で課税がされる。いわゆる給与収入に対する課税だ。ヤバいまでの二重課税。それから仕入原価にしたって、実際の仕入れ額を算入できるわけじゃない。業種ごとに『みなし仕入れ率』なんてものが設定されている。これまた、どの業種見ても明らかに率が低い。「この業種全体からして最低ラインここくらいだろう」を確実に下回っている。仕入れ率が高い業者は無い筈の利益まで有ることにされ、そしてそこに一律50%課税がされると言うことになる。そしてこんな異常な要求の数々がまだまだ他にもある、。俺達がまともに息する人間だってことを忘れられてるか無視されてるかって感じの超ド級のバカバカしさだけれど、いや、そもそもこの国がバカだ。弩の付くバカだ。そして弩の付くほどの超重税じゃねえか。こんな圧政で国民が息も絶え絶え懸命に地べた這いつくばってる間、中枢極少数者が笑いながら酒飲んでる最低最悪システムを地で行くタイプの国。本当にそんな奴らがいるなんてね。そしてそんな輩と自分が関わり合いになろうとは。協会だって血を血で洗う派閥争い別にすれば、「誰かの生活の犠牲の上に」なんて発想は無かった、ハズ。元権力者側としてそう信じたい、と言うか。いやほんとに。あと血で血を洗っちゃ、やっぱだめだよね-何の確認よ-。
さても。出先特使の皆様方は、俺達が完全即答で「No」と伝えたからだろうか。一瞬思考が聴覚に追い付かなかったようで、「もう一度言ってくれ」と言ってきた。つくづく分かり易いな、あんたら。だいたいさ、このテンションと言うか温度感からしてやってられないよね。どんな根拠や理屈があって、あんたらは俺達に尊大モード型の『上から目線』でお話頂きやがってんだ。それに人の上前のほとんどをかっさらうなんて超重要案件にしちゃあ、即答「Yes」を求めている風でもあり。何度でも言いたいけれど、ほんと色々無茶苦茶過ぎる。ただアレか、人権認めません系国家だからこそ、なのかも知れない。役人が尊大で超重税。しかして肝心なのは、ここが自治領で、つまりは個々人はもちろん、地域全体の直接統治は行わないって前提なんじゃないのか。と言うか、これは後から分かった事ではあるのだけれど、そもそもこの連邦、本国から極端に離れているこの地を属州と制定する事自体がただの便宜上的措置だったらしい。つまり他国と土地の所有権で係争にならないよう、「『はいここ俺達の土地』って最初に言ったの俺達だから、ここは問題なく俺達の土地なんです~」目的だっただけって言う。おそらくだけれど、制定当時は徴税一つ取っても、得られる税収よりも回収コストの方が上回るなんて状況だったらしく、そんなことも「ここは連邦統治の自治領だって言う既成事実止まりでいい」判断に寄与していたのだろう。更に言えば、この地域全体が経済的に発展する、あるいはさせられる見込みも無かっただろう。それに、ここに実際に住んでいるからわかる事だけれど、地域住民の気質からして、独立運動的な事が起こりそうな気運や、その種の体力-反抗的精神力や財力、そして実際的な武力-が全く見込めなかったのだろう。見込む必要が無かった、と言うか。当時の成り行きを察するなら、そんなところなのだろう。俺が来た八年前からしばらくの間を振り返れば、そんななし崩し的自治領と定められ、それを黙々と受け容れ続け、その内にそんな史実やら事実を忘れ去ってしまうなんてことも、まぁ納得できちゃう部分はある。「のんびり」「おおらか」「あるがまま」、当時はそっち系のワードが、とりあえず最も適切に当てはまっちゃう地域だった。
けれど、だ。だとしても、だ。「俺達の生存権奪われてもしょうがないよね」なんて結論はあり得ない。とりあえず俺達代表団は、
「この地域が自治領であり、対する連邦が統治権・徴税権等を持つと言う一連の法的根拠を示してほしい」
と要請した。今触れたばかりだけれど、「ぶっちゃけグダグダな成り行きで自治領になっちゃったんだろうな、この地域のご先祖様たちは」って思ってはいる。けれどそうだとして、どんな内容の約定があって現在に至ってるのか、誰一人分ってないのが現実だ。とすれば、今から、ここから、一個一個きちんとして行くしかないじゃない。それに「この特使団が本当に本当の特使団なのか」とか、「連邦ってそもそもどんな国だっけ?」ってのもあるし、そう言ったところ含めて、「こんな無茶な状況を作ることができちゃう証拠を見せてほしい」っていうことだよね。に対して彼らの回答は
「自治領として統治すると定めた以上、当時決定されなかった事項について、統治側が追加することは当然可能だ。加えて言えば、この課税率は本国よりの通達に基づいている」
ってことだった。いや待て待て待て。お互いの立ち位置・立場・権利関係、その証拠についての回答は無いの? てか全然回答になってないのに言い切れちゃうメンタルやばくない? 超絶悪な意味でやばいでしょ。いやはや…一体何でまたここに来て急に、こんな変なことが勃発しちまったんだ?
と、向こう様に対する怒りやら呆れやら不信やらを綿々綴っては来たけれど、「どうしこうなったのか」と言う点で-どうしてこんな特使団なんて輩が現れちゃったのかと言う点で-の心当たりは、まぁぶっちゃけありまくりだった。つまり言う所のソーヴェインにおいては、俺達の居住地域を中心として、相当広汎な地域が産業的に、翻って経済的に超の付く大規模発展を遂げていた。と言うのも、魔導インプラントをメインとするインフラ整備に依る第一次産業の発展に依って、同設備の需要が飛躍的に拡大した為、第二次産業-つまり魔導インプラントの大規模な製造工場と、その関連産業である建設業や資材生産など-が誕生した。そもそもは農家の依頼に合わせて、俺とネネでオーダーメード的に受注・生産していたのだけれど、それでは全くもって対応しきれなくなった所から、一部の農家の職替えや移民によって成立、維持されている。そしてそして、そうした実体経済に就く労働人口の爆発的増大と、全体的な所得の上昇に比例して、第3次産業、つまり物流-各種運搬業や倉庫管理業-、金融-要は銀行や信金の類で、預金者は個人・事業所問わず-、更に飲食業・宿泊業・遊興関連産業までが誕生し、今なお現在進行形で成長・発展を続けている。
ので。おそらく-「絶対」に近いおそらく-、この経済成長の余波・余熱的なものが連邦管轄地域の範囲内へと到達し、本国へ情報ないし何らかの影響を伝えたのだろう。そして実際の程度は分からないけれど、内偵的調査等を経て、今日ここに至っての課税宣言となったのだろう。うん、だとしてもさ。やっぱ無茶苦茶よ、この展開は。彼らの根拠的なものに心当たりあろうと、納得なんてできるか。言ったら、その本国様のお世話に一度もなった事なんて無いわけさ。援助なんて一つも無かったし、何かから守ってくれたなんてことだって一度も無い。自然災害なんかが起こるたび、俺達は俺達だけで対処し、乗り越えてきた。それが当然だし、助力なんて一切必要無い。それに連邦への参政権だって付与されてるわけでもないし、ましてや行使の機会なんてゼロもゼロだ。歴史上そんなことは一度として無かったんじゃないか? もちろん現実認識の上で、そういう種類の国家があったっていいだろう。実際あるし。けれどそうだとしても、ある種の国防行為くらいあっていいだろう。実のところ、リウスがこの地に現れて以降も、異界生物の出現は度々あった。それにも一々対処してきたのは俺達自身であり、俺達のみであり。更に言えば教育機関や医療機関等のシステムだって自前のみで運営している。地域全体で-ソーヴェイン全体で-各組合組織から当該運営資金を捻出・プールし合い、校舎や教師などの教育者・教材、病院や医師含む医療従事者・医療器具などの設備の整備・管理維持に当てている。最近になって医薬等の開発・生産も開始されていたりする。これらに連邦は一切関与していない。
もう一度確認しよう。産業・国防・教育・医療、いずれも一切関わらない、助けも何もしてこなかった連中が、一体どの面下げて「金よこせ」と言ってきてくれてんだ。これアレだね。さしずめ、宝くじで大当たり出して当選金がばっと入ったら、今まで一も顔も見たことが無い様な親戚名乗る連中が急に現れて、自らの何らかの経済的苦境を訴えだすのとタイプ的に一緒じゃない? てか俺達は努力してきた結果得た今の状況だからね? たまたま当たる宝くじとはわけが違う。労働に喜びを、そしてやりがいをこそ感じこそすれ、一所懸命取り組んできたわけさ。そのおかげで、この経済的状況も得られた。そうなってから、「お前らの面倒一度も見たことは無いけど、金持ってるならよこせよ」ってさ。どこの暴力集団だよ。いやマジで強盗とやってること変わらないって。
そんなこんなを言葉穏やかにかつ端的に、俺達代表団はその特使団の皆様へお伝え申し上げた。さても代表団を構成する組合の中心メンバーは全員がオーナー・経営者で、なんならこの経済成長の立役者が揃っている。だからもちろん、自分たちの商売だけではなく、地域の発展、いわば全体的な生活水準向上に、自らが先頭に立って全力を注いできた人たちだ。それを、上前をはねられ、どころかここまでそ引き上げてきたその生活水準を、維持できなくなるほどの重税を課せられて、「ハイそうですか」って言うと本気で思っているのか? そう、だから少なくとも俺は、穏当なものの言い方に終始はしていたけれど、腹の中は煮えくり返りまくりだった。対して他の代表団メンバーは、鋭くも至極まっとうな意思表示を続けていた。今回のこの課税行為には国家としてのあるべき正当性も妥当性も無く、まして生活を著しく害する在り方は決して容認できない、と。対して特使さん達は
「では課税条件には一切応じられない、そう本国に伝えて構わないのだな?」
とおっしゃられた。
「あなた方もこの種の要請である限りは二度と来ないでもらいたい、と言う事も併せてお伝えください」
代表団メンバー複数から異口同音に意見が出され、それぞれに団全員が一様に頷く。
「それが何を、どういった今後を意味するのか、分かっているのだろうな?」
特使団さん更にお続けになる。いや、いいからもう帰れよ。何だよ、今度こそ分っかり易い脅しかよ。「じゃあ殴るぞ? 痛い目見たくなかったら有り金払え。何ならこれからお前らのポッケに入る金も出し続けろ」ってか? やばいなー。バカな上にクズじゃん。圧政もここまで来ると始末に負えない。笑えない。全然笑えない。
「私たちの事を一度も、あらゆる意味において守ってくれなかった方達が、私達のことを傷付けようと言う話ですか? それどころか命まで取ろうと言う話なんでしょうか? それが嫌なら、怖いなら、金でもモノでも払うだけ払って、後に残るか残らないか程度のモノで必死に生きていけ、と?」
別のメンバーが訊ねる。問い質す、と言った方がいいかも知れない。変な話だけれど、俺はなんだかこの辺りから「嬉しい」という感情が芽生えてきていた。なんだろ、この参加メンバー全体の一体感。いや、ここにいる人達だけじゃない。おそらく他の人々も、その全て-と言って差し支えないだろう-の気持ちが一つとなっているはずだ。地域を発展させてきた仲間同士、互いが互いを当たり前に信頼し、そしてお互いに生活の質の向上に努力し、達成し合ってきた同士-同志。いざそこに、明確に害を為そうとするものが現れた時の、一体となって対抗しようとするこの感じ。そしてその一部となれている自分。で、やっぱり「協会の時にはコレ無かったなぁ」なんて振り返らざるを得ない。少なくとも俺周りには。いや、俺にこそ、無かったんだ。研究に没頭していた。夢中になっていた。で、何となく皆も、周りの皆もそうだと思っていた。でもその「周りの皆」がどんな人達だったかろくに分かっていなかったのに、その人達が俺と同じ様な夢中な感じになっているって判断していた自分が返す返すも居た堪れない。かわいそうな子。一人浮かれて。そのことにすら気付けていなかった。…まぁいいや。ここら辺の反省はまたどこかでするだろう。しなくちゃいけないし、できるだろう、今なら。その今も今の今じゃない。今の今。その今は目の前の事。一緒に頑張りたい人たちと一緒に頑張るんだ。
この交渉-一方的条件提示に従順にならずとも付き合わされざるを得ない事をそう呼ぶならだけれど-の場の決定的な結論を出したのは、地域で最初に俺に農業用魔導インプラントの設計・製作を依頼してきたレジエルさんと言う人だった。依頼の実際的なきっかけは兼業予言者のホズなんだけれど-「そういう話ならいっぺんディドに聞いてみたらいいんでないの?」なノリで-、実質の依頼者はこの人。そしてこの三組合を基礎とする経済共同体の創設から運営まで、ずっと中心メンバーとして俺とやって来た内の一人でもある。言っちゃえば俺達の-この地域の-リーダーだ。でもそれを俺が、そしてこの代表団含めた周りの人々が明確に認識したのは、まさにこの時だった。レジエルさんは言った。
「あなた方の言い分そのものは分かります。連邦と、この自治領との関係、そもそもの成り立ちからして、そして今ここにいるあなた方自身の職責として、そう伝えざるを得ないのも、分かります。ですが、せっかくお越し頂きながらですが、そのお申し出は完全にお断わりします。国家、あるいはその基礎単位としての、原理原則としての社会、そして人同士の在り方が、あなた方と私達とではまるで違う。私たちはお互いを信頼しています。私たちはお互いを誇りに思っています。そしてお互いの幸せを心から願っています。それが基礎となっているからこそ、かつてのやせた土地にあっても悠久の歴史を紡いで来れた。それが基礎となっているからこそ、今日ここに至るまでの発展が地域全体で共有され、また成し遂げられた。ですが、あなた方にはそれを一切感じない。それを感じるわけにはいかない。暴力装置を目の前に置いて一方的に要求を通そうとする集団に、それを是とできてしまう集団に対して、私達が私達同士の間に抱く、何より大切にしてきた、大切にしている思いと同じものを、決して抱くことはできない。決して抱くわけにはいかない。」
ここまで言い切ってから、レジエルさんは一呼吸置く。粛々と、それでいて静かな力強さを湛えた声だった。決して急くわけではなく、もちろん大声を出すわけでもなく、威圧的ですらなく。相手に明確に徹して事実を伝えることだけを目的とし、躊躇など一切感じさせない声だった。そして一瞬何かを確認するかの様に頷いてから、こう続けた。
「これは、この土地の総意です。ここに暮らす者達皆の総意です。これにつき、私は今この瞬間までも含め、一度も仲間達に確認など取っていない。しかしながら、その必要性が無い。それが私達だからです。私達がこれまでに築き上げてきた何よりの財産、宝だからです。あなた方の様な集団・国家へは、この一部であろうと、いや、一部たりとも、供与はしません。もう一度言いますが、これはこの土地の総意です。一切の注釈も変更もありません。お引き取りください」
他の代表団全員が、深く深く頷いた。「そうだそうだ」という声も無かった。レジエルさんのまとめは的確であっただけでなく、俺を含めたおそらく全員が、嬉しい気持ちで聞くしかないそれだった。「そうか、そうだったんだ。俺達ってそうだったんだ」と。薄々分かっていたつもりだったけれど、やっぱりあえて言葉にする、これって大事だな。言葉は良かれ悪しかれ、とにかく伝わるもの。そしてそこに最低限、一定の信頼があれば、仮に何らかの間違った形になったとしても、ケースバイケースの時間制限はあるにせよ、たいていは十分に修正が効くし、それが間に合うもの。日頃の会話も含め、発していこう、言葉。はい。『言葉で伝えるって大事だよね』コーナー終了。からの特使さん達は、
「こちらが伝えた件につき、その内容において一切変更は無い。そもそも交渉を前提及び条件として通知してなどいない。強いて、そして敢えて申し添えるが、翻意あるべし。明後日正午までに、連邦ネステカロ支庁へ、その旨答申あるように。万が一にも当該答申無き場合、本国より即時の処断及び当該制裁が実行される。以上」
そう伝えるや否や、乱暴と言った方がいい様な慌ただしさで去っていった。ネステカロと言うと、ここから馬で半日の距離か。って言うかさ、なんかもう最後まで人として頭悪い感じだったよなぁ。的な命令受けて実行するしか選択肢の無い人達なんだろう、今日来た人達自身は。嬉々としてやってる可能性ももちろんあるしさ。いや俺だって「人として頭良いんですか」って言われりゃ即肯定する自信無いけれど、でもああいうタイプではないよね? …ないよ、ね? …。…。
ともかく。どっと疲れた。そしてそれは他の代表団メンバーも同じだった様だ。で意外や意外、その中でも一番ヘトったのはレジエルさんだった。彼らがこの周辺から完全に去ったことを確認した直後、初っ端速攻で口を開いたレジエルさんは
「いやアイツらザッケンナよなあ! だよな? いきなり来てどんだけ偉いのよ? もうほんと勘弁しろよ大概よ」
そう言ってから「ああ…」と大きく深いため息をつきつつ、床にへたり込むようにして胡坐をかいた。さっきの感動的スピーチとの落差よ。それで居合わせた全員が笑った。俺も笑った。心から笑った。そしてなんだかよく分からないけれど、「あぁ、本当のリーダーってこういう人なんだろうな」と改めて思った。最高だぜ、レジエルさん。と、そこへ
「ただよ、連邦の軍隊ってのは割合っちゅうか、かなり強くておっかねえって言われてるよな? だいたい俺達の方には武器も兵隊もねえわけだしよ。それも作らなきゃってなんのか?」
と、グラタスという人が発言した。このグラタスさんも、初期メンバーの一人だ。で、今さっきのレジエルさんとは生まれた時からの幼馴染で、かつ今では同業他社的オーナー同志と言う関係だ。更には一方的なライバル心もある様で、レジエルさんが事業に魔導インフラの導入を開始した途端、つまりその成果も全く分からない段階で、購入希望を申し出てきたのがこのグラタスさんだった。「あいつがやるなら俺も」ってまんまのセリフ付きでやって来たんだっけか。まぁ色んな意味でお茶目なおじさんではあるのだけれど、として、今の今のその発言は、確かに相当の真剣さを以って検討しなければならない事項だった。はずだ。通常の、一般的な地域であったならば。そして私兵団の創設やら、傭兵団等への何らかの要請やらを検討する段になっていたはずだ。もしくは他国・他地域への応援要請、とかね。けれど、連邦へのその手の対抗案はこの時既に成立していた。そう、誰あろうこの俺の中に、めちゃめちゃ具体的に成立してしまっていた。沸々メラメラと音を立てて-一応言っておくけど比喩ね-アイディアが立ち上がるだけ立ち上がりまくっていた。で、こう発言した。
「グラタスさん、そして皆さん、その防衛関係の策についてなんですが、俺にアイディアというか提案ありまして」
と、「おお!」的に皆が応えてくれた。あ、この感じもちょっと嬉しいかも。『みんなに期待される』って、かつてチヤホヤモードだった頃の俺にとっては空気みたいに、周辺に当たり前に漂っていた気がしたものだけれど-嫌味な奴ね、ホント-、いやさこんなに素敵なものだったなんて。ますます張り切れちゃいますな、これは。
「具体的には-」
俺がそうして開始した説明は、概ね次の様な感じだ。
一つは連邦と自治領との境目、一般的な国同士で言う所の国境上に、防御用の地形造成を行う。有体に言えば『底なし型の谷』を古代術式では造成可能なので、それをやる。からの、こちらの任意で昇降可能な巨大な橋を懸架する-これは現代術式で設置可能だ-。当然これは超の付く大規模術式になる。何しろ谷の幅と深さは、最小値でも10kmを想定している。標高差0mにおいては「地平線まで何もなく、そこから先は更に見えない」な距離になる。付け加えれば、どれほど優秀な投石機や巨大弓でも到達不可能な距離になる。ただ、超大規模ではあっても、超難しいかと言えば、それはそうでもなかったりする。理論上は、地面に地割れを発生させることとあまり変わらないからだ。「それぞれに伴う結果がだいぶ変わりませんか」と言うお尋ねあるかもしれないけれど、それは「そういうケースもあるでしょうね」くらいしかお答えはできない。ごめんなさいね。
ちなみに。この手の遠隔攻撃ジャンルにおける魔導術式では、距離の概念が存在しないものもあり、なのでその場合は物理的距離を用いた防衛は不可能と言える。意味が無い、と言うかね。そういう事で言うと、魔導術式と全く接点が無い連邦含むこの地域にあって、万が一連邦側に魔導師が配属されていた場合、あるいは配属される場合で、且つ戦闘的行為が実行されれば、どのような能力・規模であろうと、俺自身の出番、ということにはなるのだろう。ただ、「協会に俺がいた頃の記憶」という8年も前の若干心許ない情報源に依れば、連邦と協会との間に何らの関わり合いは無かった。また当時、協会が各国家へ所属魔導師を派遣するにしても、軍事的行為に関わる情報はほぼ無かった。魔導技術由来の兵器開発と言う話も無いではなかったけれど、ある意味協会そのものの存続に根本的且つ致命的に関わる水準の案件である為、程度や範囲については極めて強い制限が働いていた。ズバリ言ってしまえば『魔導兵器』は当時存在したけれど、これは協会のトップシークレット中のトップシークレット、いずれかの国家等の直接的侵略を協会が受けた時に究極の保険として機能する用のものだった。切り札、と言うかね。だから技術供与的に、協会の外側にそんなものが誕生してしまえば、「安全保障上極めて強い懸念」的何かになっちゃうわけで、「だからあり得ない」な状態だった。とは言え果たして。この8年という期間が、こういった状態・情勢に対してどのような影響を与えたのか与えなかったのか、変化・発展はあったのかどうか。残念ながらソーヴェインと言う名のこの土地は、そうした情報を取得することに関してだけは世界一向いていない。逆を言えば、こちら側の情報も外に何らかの形で伝わる可能性も著しく低かったわけだ。…さっきそこに、一部明確な変更が確認されたところではあるけれど。いずれにせよ、底なし谷型防衛ラインを魔導技術が突破するような事態になれば、と言う備えは確実に求められる。けれどこれは最終ライン的話でもある。谷造成の次、つまり2段階目の構えについて、今度は触れていこう。
2段階目。結論から言えば、『魔導障壁』の設置を、底なし谷の淵に沿って、つまり断崖絶壁の上への設置を行う。と言っても魔導師協会本部の様な、全体をドーム状に覆うようなものは、この広大過ぎるにも程がある自治領には、到底実現不可能な話ではある。仮に実行を試みたとして、途轍もない技術開発、途方もない装置の生産数が必要で、更に条件として膨大な資金・資源・資材、及び時間と労力が揃っていなければ駄目だ。故の不可能性。けれど、単純な壁構造であれば、それら全てのコストが激減する。言い方を変えるなら、現在のインフラ状況でも十分に可能、となる。「高さはどれくらい?」って疑問ある向きに答えると、「半無限」て感じだ。うん、分からんよね。表現すると「どれだけ上行こうとも、頂点に届かない高さ。ただ、地上から宇宙の果て辺りまで伸びてるかって言うと、さすがにそこまでではないんだけど、魔導師が飛んで乗り越えようと思ってもできない事だけは確実」ってなる。故に半無限。「亜無限」って言った方がいいかな? まあ自分で言っててバカっぽいなって自覚はあるけど、間違いはない。そしてこれを底なし谷と組み合わせれば、壁直下における破壊工作は不可能になり、何らかの飛翔体による攻撃にもより厚く対処できることになる。他方、よもや魔導インプラント工場が、ここまで建設意義&存在意義を高めるとは微塵も予想できなかった。だし、敢えて付け加えれば、こんなことの為に役立ってくれちゃったのかという残念感が否めない。もっと純粋に産業発展からの地域の大発展コースで行ってほしかったのだけれど。だけれど、ならず者国家にそのそもそもの経済を崩壊させられるよりは遥かにも遥かに、いやさ絶対的に良いわけだ。だし、何だったら設計図から完成・設置工程含めた全ロードマップは、ほぼ瞬間的に我が頭の内に完成してしまっている。付け加えれば、全装置の生産~配備までには、3日もあれば十分だ。ちなみに連邦との国境線の状況は、片や絶海山脈、片やシドニウス海-いずれ詳しく話す機会もあるけれど、今ここの時点で言えるのは「巨大な内海です」くらいか-まで続く、全長およそ3,500kmとなっている。この線上全てを隈なく障壁化することを目的として装置を配備するは、実のところ容易い。超簡単、とは言わないけれど、全然難しくはない、と言うか。イメージとしてはその全長の両端(起点・終点)それぞれに障壁発生装置を設置し、加えて橋梁部分にも2基設置する。そして同装置を起動させれば、一瞬にして魔導エネルギーによる障壁が、装置間の全域に亘って出現する。そして幸いにも、この国境線一帯は両端除く全てが平原的平地の為、絶海山脈側からシドニウス海までの谷の造成を直線的に行うことが容易だし、なのでこの絶壁&障壁コンビの完成度を上げることも「まぁ簡単」と言ってしまえる。仮の話をしてもしょうがないかもだけれど、このいずれかにでも山や谷があったとしても、障壁発現に影響は全く無い。けれど、例えば障壁の下にある山の中にトンネルを掘られれば、そこがまさに突破口とされてしまうだろう。対処法はそれはそれであるかもしれないけれど、とにかく現状、そういう懸念が存在しないことはラッキーだよねって話だ。
ちなみに両端から回り込まれるのでは、という懸念もあるのだけれど、絶海山脈側は魔導のそれを含むどんな技術を以っても掘削不可能な為、少なくともトンネル作戦は通用しない。加えて数万mの絶壁に密着するように装置を設置できるため、その絶壁をクライミングでもしない限りは乗り越えられないだろうし、そんな極めて効率が悪くリスキーに過ぎる方法は採らないだろう。方やシドニウス海側からと言うことでは、実は連邦側の方がこの内海に面していないと言う現実がある。つまり連邦と内海の間にはもう一つ別の国家があり、連邦側がそういう進路を取ろうと思えば、その別国家への侵入を余儀なくされると言うことになる。で、この国家と言うのがフォグナレオ王国と言う割とな大国で、且つ連邦支配下に無い為、仮にソーヴェイン侵略を企図した場合、まずはこの王国への侵攻から始めなければいけないという構図になる。後で詳述するけれど、かいつまんで言うなら、これは全く容易な選択肢と言えない。フォグレオナはこの一国でも充分な国力を持ってはいるのだけれど、同時に複数の国家とも同盟関係にあり、連邦はそういった行動を取った場合、更にその国家群とも戦争レベルの状態に突入しなければならなくなるからだ。いくら連邦が超強大だからと言って、力任せに攻略できる水準の話ではない。ただそうなると「そのフォグレオナまで谷の造成をしちゃった場合、ソーヴェインにしたって王国を侵略することにならない?」ってご質問あるでしょう。鋭い。そんな疑問を持ったあなたは鋭い。次章をお待ち頂きたい。ネタバレ避けたいと言う俺の心理に免じて、ちょっとここは次章をお待ちいただきたい。と、「内海まで谷作っちゃったら、水入って来ちゃって、谷の深さの意味なくなったりしない?」というご質問もあるかもしれない。これはやや鋭い。これは当然と言えば当然、内海からの水の流入で、そこがある種の川になっちゃえば、『底なし谷効果』がゼロになっちゃうわけだしね。ので、その手前までの造成に留める、と言うかフォグレオナと連邦、そしてソーヴェインの3地域が接するポイントから、王国と連邦の国境線に沿って数kmまでで、造成を終える予定だ。一応国境線上の造成地点に、何らの生活基盤も無いことは確認しなければ。だけれど、とにかく大平原エリアであることはほぼ確実で、辺境の軍事要塞・砦の類もまず無いとは思う。と言うのも、この一帯が-と言うには余りも広大なのだけれど-繰り返しになるけれど、荒れ地までいかないまでも、本当にただの大平原で、加えて各都市等人口密集地までは、通常の移動手段では気の遠くなるような距離にあるため、防衛の意味もしようもないからだ。あったとしても、それを避ける微調整自体は可能だし、そうした軍事施設の目の前に、つまり国境沿いで軍事的脅威である連邦を相手取っている王国にとっては、谷そのものは純粋に不利益な存在にはならないだろう。と言って、対国家交渉が、そんな単純な図式で進むとは思っていないけれど、だとしてだ。
さても。ここまで来ると、つまり魔導障壁と底なし谷の二つが揃った段階まで来れば、各国の防衛設備と比較しても、特別見劣りのする水準とはならないだろう。一般的な城壁や、兵器・兵力こそ無いけれど、専守防衛に徹すると言う点では、その目的を達するのに致命的な不足は無い筈だ、と言うか。けれど、重要なのは、いやさ最重要なのはここからだ。それはつまり連邦本国、その中央政府との直接交渉だ。
「さっき絶交してなかった?」「鎖国開始って理解でOK?」と思われそうな展開をしてきたけれど、お聞き頂きたい。相手が実力行為、つまり軍事行動に出るケースを最悪ケースとし、それを前提とすることはもちろん不可避だ。ここまでの流れは確かにそうだと思う。であればこそ、この2段階を考案したわけで-決定すらしてないけれど-。だとして、その上でも相手が軍事行動に出て、紛争、あるいは戦争状態に突入した際、その防衛システムが構築されれば、あるいはそのシステムに更なる強化を施せば、万事解決となるだろうか。もちろんなる可能性もある。そういう希望すらある。連邦がシステムを前に侵攻を諦めて撤退し、俺達は今まで通りの生活を送ることができましたとさ、めでたしめでたし、みたいなね。そういう希望。でも、リスクヘッジと言う点でこれを眺めれば、残念ながら不合格となるだろう。むしろ全然ダメだ。
何故か。何ならシステムも意味を為さない可能性すら作り出される。つまり何らかの技術発展や、いずれかの状況変化により、そのシステムが突破された場合のフォローが全く無い。逆に、何がフォローとして効力を持つか。一番有効なのは、そもそもの原因を取り除くことだろう。つまり連邦がソーヴェインに対して攻撃を行わないようにする。システム維持に関して、これ以上の最良の状況はないだろう。こんなシステムそのものの出番が無いことが当然一番と言うか。けれど俺達が納税等、何らの服従も行わない場合、「分かった、攻めないわ」となる国では、少なくとも連邦は無いだろう。いやホント大嫌いだなぁ、連邦。…さておき。さておこう。3段目として、直接交渉。底なし谷と魔導障壁が完成した時点において、その段に至れば連邦は当面これを突破できない。これが重要だ。将来突破されるかもしれないと言うリスクは有るだろう。けれど、それは『今』ではない。その今なら、ある意味では連邦と互角とさえ言える。これこそがチャンスだ。連邦はソーヴェインの経済的魅力・活力は当然欲しい。けれどその威光を以って、あるいはその武力を以って対象を御することは不可能と知る。この時、ソーヴェイン側から対等型の経済協定に基づく交易を申し入れた場合、その先の展開はどうなるだろう。連邦としては、その未来に多少の明るい光が差し込むかと判断するだろうか。その手合いで行けば、ソーヴェインにとっても販路・市場拡大と言う点では間違いの少ない相手の一つだろう。ただ実際の所、穏便・穏当な感覚や判断を備えているかどうか疑わしい相手ではある。だからそんな経済協定を結ぶこと自体、奇跡を起こすのに近いことなんじゃないかと思わざるを得ない。それに、そんな相手と果たして将来に渡って、そうした関係性を維持できるのだろうか。今後、協定がもし結べたとして、将来障壁も谷も克服・突破された場合、連邦がこれを破棄することはほぼ確実と言っていいだろう。と言うか、もし俺が彼らの首脳部で、加えてクソ発想側で判断するなら、それが手っ取り早いと思うだろう。そしてその時には、ソーヴェインが積み上げてきたものの全てが破壊される結末を迎えるかも知れない。破壊し尽くされる、と言った方がしっくりくる程度には。で、だとしても、だ。そんな将来を迎えるまでに、例えばこちら側も更なる防衛技術を開発することは可能だろう。そうしなければならない、という側面もある。あるいは連邦以外の特定国家・地域と経済協定だけでなく、相互的防衛関係、いわゆる同盟関係を築ける可能性もある。はたまた、全く期待はしていないしできないしな事だけれど、連邦自体が何らかの理由により瓦解ないし崩壊する可能性もある。何にせよ、今の今、その様な対抗策を講じることが最優先&最重要であろうし、好都合なことに、それらはいずれも実現が「非現実的に困難」と言うほどではない。容易いとまでは言えないけれど、可能性は確実に存在する。
ここまでの事を概略的に、所々ポイント解説を添えて参加メンバーへプレゼンした。この場で急いで捻り出した策にしては、そこそこ上出来だと自負できる。できていたのだけれど、あに図らんや、結果は不好評だった。そもそも『防衛』と言うワードに苦手意識を持つ人がいて、その『事を構える』感に不安を覚えたとのことようだった。また、何も争うわけじゃないと理解してくれてはいても、経済協定の締結交渉について、実際の所対等交渉が行えるのかという見通しへの不安、そもそも連邦などと言うならず者と交渉することそのものへの拒否感などなど。「言わなきゃよかったな」と正直思える反応が少なくなくあった。いやまぁ、何か連邦に対する善後策の、その入り口・糸口にでもなればと言う側面もあるから「疑問や不安は大いに結構」と言う気持ちもあったけれど、軽い切なさは覚えました。「あ~…そんなにダメだったかな?」的なね。
「けど、だからって何もしないでいれば、あっさり連邦に何もかも取り上げられちまうことは確実だ。ディド先生(※ワタクシいつ頃からかそう呼ばれるようになったの)の案は案として、他に何かアイディアある人いるかね?」
心の海に溺れかけていた俺を-いや、実際は心の水たまりにつま先軽く濡らしちゃった程度だけれど-救ったのは、やはりと言うべきか、レジエルさんだった。
「途方もない税金やら年貢やらを、それでも言いなりになって払うっていうのが、連邦が黙るやり方の中では一番簡単な方法だ。そうだよな? だがそれじゃあ、俺達が満足に、どころかまともに暮らしていくことはまずできなくなる。この先事業がどんどん拡大していっても、その分だけほぼほぼ全部持っていかれる。それにもっと危惧することを言えば、税率が更に上げられる可能性すらある。それも充分にな。黙って言う事を聞くってことは、ただただ酷くなるだけの暮らしに、自分達から進んでいくってことだろ?」
代表団参加メンバー全員が黙る時間が訪れた。突然のことに未だ動転中の人もいるだろう。実質明日の午後までに結論を出さなければならないことに、焦りを覚えている人もいるだろう。連邦の要求を黙って受け入れる事に賛成なんて人が一人もいないことは間違いない。けれど、俺の提案に諸手を挙げて賛成、と言う人も、今のところは一人もいない感じだ。だとして、それ以外の方法・案とは。
「ちなみに交渉するとして、誰と交渉することになる?」
しばらくして、誰となしにそう声が上がった。
「あの特使の連中とか、それと同程度の奴らじゃ、まともな交渉になんてなるわけねえ」
「そもそも端から、対等なんて意識はねえわけだしよ。100歩譲って『お話合い』ができたとしても、こっちの真意が伝わらない可能性だってある。」
「それ、何となくわかる話だ。例えばウチで手伝い始めたばかりの若いモンに、どっかの誰かからいくら取引の話されたって、俺のところまで届かなきゃ、なんの返事もできやしねえ」
確かに言いたいことは分かる。言ってみれば、権限の無い人間に、何らかの重要な決定など下せるはずもない。俺の案通りに事を進めたとして、仮に今日来た特使達にそれを告げれば、向こうの中央政府への伝わり方によっては、ただの宣戦布告とみなされかねない。こっちはまともな交渉のテーブルに着きたいと言うのに、それでは逆効果もいいところだ。と言うか最も危惧している、いわゆる想定の範囲内として最悪の部類に入る事態だ。けれど、だとして。彼らの上級官、何らかの決定権を持つ者、いや、連邦の国家規模は定かではないけれど-それもすぐにでも調べなければいけない-、いずれにせよ生半可な決定権者ではダメだ。国家として俺達と一発で最終合意ができるクラスの権者が、今回は求められる。てか求めざるを得ない。戦争ではなく協定を選択可能なクラスの人物。いや、それって極端に範囲が絞られるよな? って言うか、国家元首か国家首脳部ってことにならないか? そんな諸々俺が思った様なことを、だいたいの人が、だいたい似たタイミングで思いついたようだ。
「色んな意味で無理な相手じゃねーか?」
「でもそれじゃ黙って受け入れる事との堂々巡りだぞ?」
「こうなったらあの特使連中に話してみるか?」
「先生の話じゃ、防衛準備に三日かかる。あいつらは二日後には帰っちまう。要求呑ませる時間はねえだろ」
「だからそもそも…」
「ああ、そこの結論は変わらねえ。とにかく話は聞いてもらわなきゃならねえ」
「それには話を聞ける、加えてそれに同意して且つ決定できる奴じゃなきゃダメだ」
随分と重たい荷物を、俺達は背負ったようだ。話が色々な意味で先に進まない。と、レジエルさんが口を開く。
「今日の今日、今の今、結論を出すのは無理だろう。ここは思い切って、一旦それぞれ帰ろう。この話を持ち帰るんだ。それで、それぞれの家族で、あるいは仕事仲間と、よくよく話し合ってみないか? 場合によっちゃ、何かここまで話したことに、あるいは全く別の方向での考えなり、気持ちなりが出てくるかも知れない。それでともかく明朝、集まれる奴らは全員ここに集まろう。そこで最終答申とか言うのを必ず決めたらどうだ?」
一人も異論者はいなかった。こういう「心一つになっている」感もいいな、と、またしても埒外な思いを俺一人抱いたけれど、まぁ本当に埒外で見当違いだとすぐに思い直す。ではなくて。時間が足りなくなるのは分かり切っている。けれどこのまま話していても、いたずらに時間を消費するだけだ。摩耗とすら言っていい。それを全員一致で認識した。だから誰も、今日これ以上の議論の継続を訴えなかった。そう言うことなのだろう。まぁ、ある人達は選択肢が見いだせない・生まれない時の選択肢を受け容れるしかなかっただろうし、はたまたこの場での唯一の希望ならぬ希望-今は姿なき希望、と言うか-を見出そうと気持ちを新たにしている人もいる様だった。俺にしても確かに今、とにかくフレウスに話を聞いてもらいたい気持ちで胸も頭もいっぱいだった。あるいはネネや、更にはリウスに投げかけてみるだけ無駄ではないはずだ。そして更に今一つ、ここで俺の頭に浮かぶことがあった。これは本当に避けられるなら避けたい事ではあるけれど、事と次第によっては引っ越し、と言うか夜逃げも必要になるかもしれないな、ってことだった。もちろん我が家だけが夜逃げるわけじゃない。「夜逃げる」って言い回しがあったとしてだ。無いんだけど。…いらんやん、この下り。ともかく。ソーヴェイン自治領住民全体の総引っ越しだ。なんかもう民族大移動クラスの感すらあるけれど。段取りとしては、例えば連邦の要求を一旦呑んだフリをする。で、その間に、一挙に移動させることが可能な超巨大車両を、必要数極秘生産する。そしてある日一気にお引越し大作戦開始!みたいなこと-
「ダメに決まってるでしょ」
フレウスが頭からバッサリ、俺を真っ二つに割った。あくまで比喩として。当たり前だ。そんなことになったら一人称単数のこのお話はここで「おしまいおしまい」になっちゃう。問題はそれで誰も困らない事なんだけれど、まぁ現実を見るのはやめよう。前向きに未来を見つめるべき今を見定めようではないか。と言うか、フレウスに怒られているという今を、その現実を素直に受け容れなければ。
「あれ? 今日はいつにも増して超可愛いじゃない? ちょっとアイラインとか変わった?」
「どこのフレンドリー店員? 私がお化粧ほとんどしないの知ってるくせに。そんな回避モードいらないから」
「ごめんなさい」
「現実の受け容れが遅い。で、何で私がダメって言ったか分かってる?」
「たいへん心苦しいのですが、存じ上げません」
「下手に出過ぎでしょ。怒られ慣れなさ過ぎって初めて見る」
「んまぁ、うまく行くとは確信してないと言うか、検討や検証をしてないからってのもあるけれど…。フレウスが思うダメポイントをまず聞きたいかも」
「思うのは二つ。一つは皆が皆、住んでいる場所を離れる勇気は持てない。それぞれ人によって差はあるだろうけれど、例えばずっと昔のご先祖様から暮らし続けてきた家や、大事に受け継いできた畑なんかを捨てるってことは嫌だって気持ちや、そんな選択をする事すら許せないとか、ほとんどの人は思うはず。どこでも商売できるし、したいっていう人はそんな気持ちにならない人もいるかもだけど。うちの親は離れたくないってタイプだよね、間違いなく。『嫌』って言うより、『どんなことになってもここを離れないし、ここで死ぬ』って言うかな。そしたら私も残るからね?」
やばい。死ぬよりもやばい。と言うことで即座も即座、「じゃあ俺も離れない」「離れたくない」と、俺はできるだけ真摯に、&ここに書き表せないくらい無様な素直さを以って、そう伝えた。その甲斐あってか、フレウスは真剣に「うんうん」と頷いてくれた。「まずは良し」とまで言ってくれた。ありがとうございます。どうやら死ぬよりやばいピンチは当面回避されたらしい。
「二点目はね、一度逃げたら、ずっと逃げ続ける生活になっちゃうかもってこと。逃げた先がどこかってことももちろんあるけれど、相手(連邦)はそうなってもなんでも追いかけてくるんじゃないか、また現れんじゃないかって不安があったり、別の嫌な相手がその先で現れるって可能性もある。そうしたらまた逃げる必要が出てくるかもだし。それにそもそも逃げた先で、皆がうまく仕事を見つけられるかどうか。ちゃんとした生活が送れるかどうか。そんなこと前提での逃げる勇気を、皆が持てるかどうか。とりあえずそんなところかな。まだありそうな気もするけれど」
その二つで既に十分だった。充分過ぎるくらいだよ。何しろその二つとも、他の誰あろうこの俺自身が、身をもって経験したことだからだ。フレウスが言った一つ目の「離れたくない」は、俺の場合研究院がそれに当たる。ここと比較することは色んな意味でできないけれど、少なくとも相当に充実した設備があそこにはあった。当たり前と言えば当たり前だけれど、何しろ世界最高水準、いや世界最高そのものの施設だ。そして今現在のこういう生活を送ることができる、と言う事を知らなかったあの時。あの時に、研究生活を含む『今できているあらゆること』を、もう一生捨てていかなきゃならない、つまり一生の内、二度とこういったレベルの研究生活を送ることができなくなる可能性を思って、絶望にも近い感情を抱かざるを得なかった。そして、あの時の『俺の全て』が取り上げられた後で「どう暮らしていけばいいのか全く想像がつかない」と言うことへの大いなる不安。…あったなぁ、本当にあったよ。で、そして二点目。二点目こそ、何より身に迫るものだ。つまり魔導師協会から逃げてきた俺は、それこそ今でも、未だに、その影に怯え、結果としてそこから逃げきれていないと言う現実。あの『古代魔導術式強奪大作戦-作戦名は今付けたけど-』を実行し成功させた直後でも、そのカタルシスよりも、今までのものに更に輪をかけて協会からマーク・追跡されるだろうことからくるプレッシャーを決して打ち払うことができないまま、今に至っている。「逃げ続けることになる」とは、こういう事柄も側面として含むのだろう。
なんというか、あくまで案の一つと言うか、リスクヘッジ候補の中でも捨てアイディアみたいなつもりすらあった引っ越し作戦だったけれど…。図らずも、またしても、俺の人としての薄さ・至らなさを実感せずにいられないことになってしまった。地域の人達、いや、今やソーヴェイン自治領全住民の『暮らし』と言う名の生命活動、文化、そして歴史、何より心の在処『拠り所』の在り様への認識が、まるで欠けているかの様な見識水準じゃないか。それに「対国家」「対連邦」という事実としてのワードが持つ、住民全体にかかる莫大且つ膨大な精神的かつ物理的な負担。そしてその意志決定・方針決定に関わる、ともすれば提唱者本人としての責任の重大過ぎる程の重大さ。…本来なら、『魔導師協会副首座』などと言うたいそう立派な肩書を付けていた時分に、十分に会得するべき、あるいはできたそれらの感覚を、そのチャンスを、俺は無意識ながら-無意識だったが為に-フイにしてしまっていた。遅きに失した、とは言わない。そんなめちゃくちゃ貴重な機会を逃したとはいえ、その結果、今こうしてフレウスの前で、心から愛する人の前で、心から人を愛することを教えてくれた人の前で、本当に必要な反省をできているのだから。…情けない状況であることは否めないとして。それと同時にたいへん幸福な状況にあるのも事実であり、と言う今を得ることができたのが当時の俺の人としての大失態であるなら、むしろそれはただただありがたい『経過』『時間』と言う名の土台であるとしか捉えようがない。そしてそれすらもありがたい。それにせよ。お引越し案大沈没の巻でした。ちゃんちゃん(効果音)。
と言うわけでと言うか、そんなわけは本来最初から抜きにして、代表チームに提案した内容の方をフレウスにも提示してみた。ところ果たして、
「他の人達が危惧する気持ちは分かるよ。その通りだなって思う所もあるし。でもディド、単純にすごいかも! 谷とか光の壁(そう表現しました)作るとかわけわかんないよ。別に能力のすごさで好きになったんじゃないけど(ほう)、あなたのそう言う所一々見るたびに感心しちゃうし、でも、その中でも今回のすご過ぎ…。三千km? う~ん…」
唸る程、妻を感心させてしまった。やったなオイ。今日の失点分取り戻せたんじゃないかコレ。
「ただ谷作るときにね、そこに動物いるだろうから、ちゃんと移動させてからにしてね。植物は最悪しょうがないかもだけれど…」
ぬかった。考えてなかったよ、そこ。フレウス氏、基本命あるものみんな大好きさんだったっけか。そこまぁ『惚れてまうやろポイント』なんだけれど、今はノロけている時でなし。
「大丈夫。一旦完全にある一点に全員集合させて、谷ができた後で解呪する術式ございますので」
術式に関して嘘はついていないけれど、人以外の命最優先モードじゃなかった点を隠すため、結果怪しい言葉遣いになってしまった。けれど。評価としてハグが待っていた。最高の次くらいのご褒美だ。いやこれも最高か。
「良かったぁ…。動物たちの命大事にしてくれるのが嬉しいのもあるけど(チクチク)、私たちがここを捨てなきゃいけなくなることも無しになるし、何よりあなたが本当に真剣に、しかも一所懸命になって考えて、それから頑張って動いてくれているのが一番嬉しい。ディドはいつでもそうだもんね。そういう人の奥さんになれて幸せだって普通に思う」
今さっき想定した最高のご褒美の上を行ったな。たぶん今俺、鼻の下伸びて上唇が床に付きそうだぜ。
「代表団のOKがもらえれば、だけどね。明日とにかく大事な、たぶん俺達の人生上最高クラスに大事な一日になる。夕食の前に、だからどうしても伝えたかった。今の俺には君が全てだし」
「分かってる。ありがとう。何があっても隣にいるよ」
…なんかすんませんね。ここら辺のリア充爆発しろパートいらなかったかもだけど、とりま「俺の案に妻は最高の形で賛成してくれたんですよ」って伝えたくて。テヘ。
「ネネとリウスにも話すでしょ?」
「もちろん」
さて、あのヘンテコ料理少女とその助手はどんな反応を示すか。ネネの反応は反応で気になる。そして、ここに来て半年且つ記憶喪失のリウスは、一体何を想うのだろう。
《別室の対話①》
「ある意味ではそれがきっかけになったと、そう思わんか?」
「確かに。ただきっかけと言えば、出会いからそこに至るまで、様々な要素がきっかけで、あるいは要因だったわけだから、とも言えるけれど。世の中の相当多くの人の交じり合いがそうであるようにね」
「『最重要なきっかけ』の一つでは?」
「そうだね。何しろそこまででも、相当に情勢は動きまくっていた様だけれど、そこからまさかにあんな大波乱が起こるなんて、ね」
「あんたにしてみれば、まさに一世一代の大舞台となったわけだ」
「確かにそうかもしれない」
「続きを頼んでもいいかな?」
「OK、続けよう」
《了》
夕食の席で、ネネとリウスに今回のいきさつや俺の対処案を伝えた。ところ、俺の案の方については、二人とも異口同音に高評価を与えてはくれた。
ただ、ネネとしては自分自身の経験も踏まえ、仮に8年前と同様、現在に至るまで魔導師協会がデウロイ連邦に一切関わっていなかったとして、俺達自身の様な、いわゆる『はぐれ魔導師』でも複数あちら方に所属していた場合、あまり良いことにならなそうじゃないか、と懸念の声を上げた。もっともネネ程の魔導容量を持つ魔導師は、『星主』と呼ばれる三人の魔導師以外にはおそらくこの世界に存在し得ないはずだし、その星主達はそもそも「国家に属する」とか「国家の為に」と言う発想が無い-ついでに言うえば三人とも協会とすらかなりの距離を置いている-。彼らは彼らの余りにスケールが壮大な目的の為、国家などという単位を必要とせず、あるいはその単位を遥かに超えた先にその身を置いている。彼らについてはいつかどこで触れることになるかもしれない。つまり万万が一にもネネと対等以上の存在である彼らが敵に回ると言うリスクはあり得ないので、この件はさておこう。と言うか、そうして考えてみると、ネネのスペックの凄まじさには、改めてほとほと感心せざるを得ない。別にだからと言って、仮に魔導師同士の戦闘等が発生した際、この子にその戦場に立ってもらおうだなんてことはこれっぽっちも考えていない-当たり前過ぎるほど当たり前に-。ではなく、それ以前、つまり戦闘に全くならないほどの防護術式等を発動させるなど、ソーヴェインの単純防御の一角に、ということであれば、彼女自身進んで協力してくれるだろうな、とは思っている。この規格外超ド級魔導容量は間違いなく活かせるし、そうなると単純な物理攻撃はおろか、対魔導師集団であったとしても、まず破壊やら突破やらは不可能に近いものが出来上がるだろうな、と言うのが俺の中にはあって。てな事を本人に伝えたところ、
「全然いいけど、って言うか『もちろん!』だよ。たぶんずっと前の黒虎の時よりも超戦えると思うし」
「超戦わなくていいし、そもそも普通レベルの戦いもダメ」
奥さんが普通に我が弟子を諭した。13歳の子供を戦場に送るのは、確かにいくら何でもきついよね。と思っていたらフレウスの意見はちょっと違ったみたいだ。
「まず本当に戦いが必要かどうか、時間に余裕がある時はちゃんと慎重に判断しないと。自分にも相手にもリスクがあるんだから、回避できるなら回避する。いきなり攻撃されたり、どう頑張ってもそれが避けられないってなった時にはしょうがないよ。でも最初から『なんかよく分かんないけど戦っちゃうもん』はだめ。悲しいことにならなくてもいいのに悲しいことが起こっちゃうかもだから」
だってさ。たぶんフレウスがネネにそう言ったのは、「危ない真似しちゃダメ」レベルの事なんだろうけれど、実際のところ、これはまさに驚天動地な発想だ。魔導師協会の魔導師育成方針は『国家・地域に対する魔導技術的指導及び助成』であり、ここには当然戦争・紛争に関連しての戦闘行為も含まれる。故に護身術としての術式や、魔導障壁的技術開発方法などもカリキュラムとして行われてはいるけれど、そのカテゴリーで最大範囲を占めるのは、いわゆる攻撃型術式だ。対象を殺傷・破壊することを目的とする術式が、そのラインナップとしてこれでもかと並ぶ。それらの修練・修得に、そして学院全ての生徒たちの全ての時間は費やされる。けれど、「そうなる前にできることがあるでしょ」と魔導師が言われるこの状況は、そんな協会の教育をバリバリに受けてきたこの身には、まさに天地がひっくり返るクラスの衝撃だ。まぁ、俺にしたって今回の連邦の一件では、話し合を前提としてと言うか、そのテーブルに着くための術式使用を考案してはいる。けれどこれは協会の教育カリキュラムには無い思考法だ。厳密に言えば、副首座の当時、その関連業務の中で、成り行き上身に着いたものだ。政治的な判断能力、その基礎作り、そもそもの当該教育方針。その是非は軽々に判断できないけれど、そも師匠として弟子に何をどう伝えるべきか、けっこう考えさせられるな、これ。簡単に無視できるタイプの示唆ではない、と言うか。時間がある時にでも、ちょと考えてみよう。
対してリウスは、国家そのものとしての連邦の動きを相当に警戒している様だった。
「一国家は当然一個人ではありません。何であれ、設定した目標までの到達に支障が生じた場合、絶対的に根本的な差異が、そこには存在します。一個人は強行突破・保留・中止に類するいずれの選択・実行も、スピーディ且つフレキシブルに決定可能ですし、あるいはその変更・撤回も容易と言えば容易です。対して一国家は、目標達成までの強行突破一択以外あり得ない前提での選択は行われますし、往々にしてその決定後にその他の選択を行うことは極めて困難と言う性質を持ちます。言い換えれば、特定の選択を行えば、時にその達成以外の選択肢がほぼ完全に消滅する可能性は充分にあり得るということです。話を聞くほどに、連邦という国家はそのケースに相当に当てはまると判断せざるを得ないんじゃないでしょうか」
「つまり『こうやる』と決めたら、何が何でもの強行突破を図ろうとするだろう、と。今回の事で言えば、ソーヴェインを実効支配し、簒奪に近い徴税を行うと決めた以上は、それ以外の対応なんて存在しないと言うことかな?」
「そうです。しかもそれを決して止めず、絶えず、延々と続けるだろう、ということです」
そのプレッシャーを例えば件の『谷』『壁』を用いることによって、物理的な意味合いで実際的に防ぎ続けることができたとしよう。けれどその一方で、心理的なそれは、精神的なそれは、果たして同じ効果を得ることができるだろうか。何らかの影響を誰も何も受けないとは考えにくいだろう。端的に言って、あり得ないだろう。戦時下。表面上、一般的な生活及び経済活動に何ら支障がなかったとして。連邦が、あるいは特定の勢力・存在が常に自分達に対して攻撃的状況を続けているという状況下において、その防衛が盤石であり、故に「一切心配などいらない」と前向きに捉えられる場合には、それが何らかの促進作用的効果を持つ、つまりこれまで通りの発展的前進も可能だという想定はできる。ただその一方、「もしかしたら、いつの日か自分たちが直接的な攻撃事態にさらされるかも知れない」と言う懸念が、あるいは恐怖心に近い感情なりが、その前向きな促進とは逆の作用を引き起こす可能性も、当然にある。リウスはそして、半永続的な攻撃的行動が「具体的にどういった方法で」とは指定・特定できないまでも、精神的なそれ等も含め、国家として、そのある種の本能的側面としてそれを果たし得る可能性を-こちらの防衛ラインを突破し得る可能性を-厳に捉える必要があるだろうと言った。
もちろん俺もそれを見越して、からのリスクヘッジとして、相手側の中央組織、最高意思決定機関たる中央政府への直接交渉を考案・提起はしたのだけれど…。けれど、それが上手くいかなかったら? そもそも交渉が拒否されてしまったら? 交渉が実現したとして、結果的にそれが決裂したら? あるいは交渉が成立した、と見せかけて、その後攻撃行動に移られたら? どれもが充分あり得ると言わざるを得ない。何しろ俺が今想定しているのは『経済交渉』だ。つまりは何らかの物理的接触が前提・必要とされる。それは連邦側から見た場合、『障壁の一片に空いた穴』と捉える可能性は、これも充分にあり得る。そこへのリスクヘッジも必要だ。成程。代表団のどのメンバーも、俺の意見に諸手を上げて賛同しなかったわけだ。あの時点で「確かにそれでソーヴェインの安全は確保されるな」と確信できるわけないものな。俺にはそういう説明を、どころかそういう思考を、あの時持ち得てはいなかった。あくまでもの応急処置的対応とは言え、根本的解決-「連邦の脅威を根本から排除する」という結末-を模索するという点では、それでは不十分にも不十分なのは明らかだ。難しいなぁ…。
「ただし」
リウスは続ける。
「何らかの手一つも打たないのは、つまりノーアクションを選択すると言うのは得策ではないでしょう。防衛行動が相手に必要以上の警戒心を与え、結果、何もしなかった場合よりも、攻撃性あるいは攻撃行動そのものの度合いを上げる可能性・場合と言うのは、一般論ならあり得ます。ですからその一般的善後策として、相手の出方が明確になるまで、密かに『取るべき手段』を講じ、よって相手にそれは悟られず、結果阻害される事態が生じなかった場合には、状況によってその手段を密かなるままに封印ないし消滅させる、と言った方法はあります。あくまで一般論として、ですね。けれど連邦と言う国柄、ソーヴェインの軍事面に対する評価、何より-それはおそらく相当狂いの生じた物差しで測られたものなのでしょうが-この地の総生産力への渇望が見て取れます。ですから、初めから軍事的制圧をその行程に含まずにはおかないだろうことは充分に予想できます。そこで思うのは、この場合にはむしろ、初めから相手方にそれと明確に伝わる、伝えることが可能な防衛手段何れかを実行することが、相手の出鼻をくじき、その勢いを殺すことに繋がるだろうと言うことです。そのメリットの方を優先すべきだと、私も思います」
リウスの「私も」と言う所に、「いや俺はそこまで考えてなかった、すまぬ」と心の中で秘かに謝ったことは墓まで持っていくにしても、リウスのその言い切り型の物言いには、正直目を見張るものがあった。ある種の軍事的対応、あるいは戦略的視点を、剣士が持たなくていい理由は確かにあまり見当たらないけれど、それにしてもだ。彼女にそんな側面があったとは。もしくは『書庫引きこもり効果』なるものがついに発動したのか。だとすれば、この世に存在する就業意欲欠損者達への評価を、だいぶ変える必要があるだろう-リウスに就業意欲が欠損していたのかという議論は今は脇に、あるいは永遠に置いておくとして-。うむ。自らが知識を得ることによって、世の中への貢献度がゼロから飛躍的に跳ね上がるとは。ただ、リウスの場合、元から素養があったのだとすれば…。記憶喪失の人に、しかし必要以上の負担をかけるのは止めよう。今肝心なのは、防衛手段の如何だ。そしてそれに関しては、とにかく我が家-総勢四名-は全員一致で俺の案に賛成と言うことになった。
そしてその後は、もっと細かく技術的なところまで詰めることになった。一番の課題は、全長三千kmもの谷を造成する際、その予定地に川でも地下水でも湖沼でも、とにかく水脈が一つでもあれば、今回の策が文字通り水泡に帰すと言う点だ。そうなれば結果としてばかばかしいほど細長い湖を出現させることにだってなりかねない。けれどそれよりも、そうなった場合、状況によっては軍艦等の船舶で横断できる可能性が出てきてしまうと言う事の方が致命的な大問題だ。として、「だったらそこに至る水脈全部の進路変更すれば?」てな発想も生まれるし、技術的には不可能ではないけれど、それこそそれは、生態系の問題に絡んでくるだろう。水脈一つ一つは人間の生活に当然に影響するばかりか、それ以上に他の動植物の生命活動の根源として機能している。だから、それをみだりに変え、結果それらを破壊しても構わないとするなら、その価値観で守ったものそのものが、何らかの報い、代償、しっぺ返しを受けることになるだろう。「そんな程度の価値観でしかないものが守ったものなんて、そんな程度の価値にしかならない」と言うか。あるいは狭小な利己主義「自分達人間さえ無事なら、他の生物がどうなろうと構わない」というスタンスも、具体例を示すまでもなく、破綻例の枚挙に暇が無い。人間対人間も然り。って言うか。連邦対ソーヴェインがまさにその構図になろうとしている。そのソーヴェインが他の生物に対して、連邦の様な立ち位置で何事かふるまえば、一体それなら俺達が連邦を責めることなどできるだろうか。なんて俺の脳内が拗らせ気味になりかけていたところ-「元々じゃん」とか言う指摘は知らない-、あにはからんや、我が弟子ネネの一言が、この問題を一気に解決へと導いた。ヘンテコ料理人さんはこう言った。
「それなら『谷』の方で水脈迂回したら?」
ふむ。程度や状況にもよるけれど、確かにそれは可能かもしれない。当初の案では魔導障壁主眼で考えていた為、直線状での設置が都合やら効率やらが良い様に思えたけれど、屈折的な造成となったとしても、そのポイント分だけ装置の設置数も増やせば、対応は可能だろう。そして水脈の位置や形状などの探知・分析に対しての術式は、それこそいくらでもある。として、そもそもと言うか故にというか、「程度や状況」の全てのパターンに対応し切れるのかと問われれば、即答できないのが唯一の難点となってくる。例えば国境線上の川や湖沼の一部がいずれかの都市や集落などまで続いていれば? その迂回の為に、連邦や自治領それぞれの領地を著しく損なうとしたら? だし、その場合、それぞれでまた新たな、かつ深刻な問題が発生する事になる。ま、だとしてさ、これはここで考える事じゃないよね。考え切れることじゃないって言うか、解答出し切れる材料が無いって言うか。
「明日午前中の会議で決まり次第、つまり俺達の案が採用されればと言う話だけれど、とにかく現地調査に行ってみるよ」
「私ついてく!」
「私も同行させてください」
「じゃあ私も行こっかな?」
なんと。奥さんまで来てくれとは。明日明後日で開戦状態になる可能性は著しく極端に低いし、大丈夫か。じゃなくて。
「いや、フレウス、理由は?」
「そう言うなら、他の二人は何でいいの?」
「ネネにはたぶん谷と障壁の関係で手伝ってもらうことになるだろうし、リウスには軍事的視点で現地を確認してもらう必要がある。いずれにしても何らかの参考にはなるはずだから。けれど君は…」
「生き物の件は? 私が言い出したんだから、その責任を果たしたいし果たさなきゃ。あと、たぶん皆で行った方が楽しいよ?」
全問正解みたいな回答だな。いや設問は一つだけだったはずだけれど、それはまぁかなりどうでもいいな。一国家相手の-それも超の付く大国相手の-防衛行動のその端緒が、家族でピクニックにお出かけ、みたいなことになってしまった。あくまで雰囲気だけだけれど。だし、代表団のメンバーも数人一緒に来てはもらいたいから、ほんと今この空間だけの印象に終わるだけの話ではあるのだけれど。ネネが口を挟む。
「ディド、大丈夫。フレウスは私が守る」
「いや、そこは俺に守らせてくれよ。てか本当に危険だったら連れてかないし。あ、お前も含めてな」
「ぶー」
露骨にぶーたれられた。相変わらず師匠の威厳もへったくれも無いし、そんなものは最早取り返せそうにもない。…それ以前に最初っから無かったか。
「もう一つの魔導障壁についてですが、差し当たって三点気になることが」
リウスの第何段目かの質問コーナーだ。しかも三つも。聞こうか。
「つまり強度と継続性について、それに装置自体の防護の如何です」
なるほどね。そこらへん確かに重要だよね。当然と言うか、俺の中では既に完成図が見えているけれど、この「チームで確認していく感」はやはりいい。然らば答えん。
「強度と言う点では、とりあえず『壊れない』という術式を用いることになる。これは発生源の装置を何らかの形で無効化しない限りは継続される。装置の稼働可能期間は半永久的とはいかないけれど、少なくともこの先数万年は持つものだ。装置そのものに一旦魔導力を注入すれば、その期間、内燃的活動は継続可能となる。装置の防護自体は無いと言えば無いけれど、障壁の内側-ソーヴェイン側だ-に設置するから、突破されない限りにおいて憂慮すべきことは無いと思う」
「必要な分の装置はどれくらいの期間で完成するんですか?」
「一基につき実質一分もかからない。構造自体は単純だからね。魔導インプラント専門の製造工場が幾つもあるでしょ? どこでもきっとこの緊急要請に応えてくれるはず。もちろんと言うか、こんなものを生産するために建設したワケじゃないんだけれど…。ま、ほんと何がどう転ぶか分からないな」
そんなところでリウスもひとまずの懸念はなくなったようだった。だとして、結局現地の調査次第ではあるのに変わりはない。からの水脈の確認、生物の一時避難、装置の生産・設置・稼働、谷の造成。
「ネネにもちょっと手伝ってもらうからね」
「すっごく当たり前のことだけど?」
(何で聞くの?)プラス(わざわざ聞くことじゃないでしょ?)が含まれている感じか。つまり俺で言う「OK」とほとんど同じ意味、なのかな? 言葉とは複雑妙味の趣かな。出し、このネネとの関係性と言うか雰囲気は、弟子と言うよりは相棒と言った方が良さそうだ。うん、つくづく頼もしいや。
「そして、それを一通り準備し切ったところで、肝心なのは『直接交渉』」
「連邦中央政府とのね」
リウスとフレウスがそれぞれに呟き合う。
「明日の代表団会議で承認されれば、ね。正直さっきの話し合いでの反応はほとんど掴めなかったって感じだったからなぁ。てかさ、それよりもっとうまい案が出てくれば、それはそれで超ウェルカムなんだけれどね」
本音だった。自分の案が幾つかの検証をされたにせよ、結果としてほぼそのまま認められてしまうと、かえって自分自身が「本当に大丈夫?」「実際どうなん?」と思ってしまう-これって何なのだろう?-。その不安有りと言う所からの、「なら誰かこれを上回る策を考え出してくれ」と言う心理。結婚決めた後のマリッジブルーみたいなものか。違うか。親戚の親友が道端でたまたますれ違った人が俺とは全く無関係だってレベルの関係なさか。
ふと、リウスと視線が合った。と言うか、何か言いたそうにしている。それも「言っていいのかどうか迷っている…けど言いたい」風の言いたそうさだった。「言いたそうさ」って。
「リウス、他に意見や質問なんかがあれば聞くけど?」
そう問いかけると
「あ~…」
と、ちょっと濁った返しながら、その直後、
「では、思い切って言わせて頂きますが」
ほう、なんだなんだ?
「私に二つの合議に参加させて頂きたいのですが、いかがでしょうか?」
「うん、え? 合議?」
「明日の代表団会議並びに連邦中央政府との直接交渉、その二つの合議への参加を希望したいのですが」
なるほど、それは思い切って言うこと、か? 別に一向にかまわないって話では…ないか。そうか。そもそも特に制限と言うか選別をかけたわけじゃないけれど、代表団はまさに事業主の、それもソーヴェインにおける主要企業の事業主が、その構成のほとんどを占めている。もう一つ付け加えるなら、俺以外のメンバーは皆、先祖代々この地に根を下ろし、暮らしてきた人々だ。対してリウスは事業にほとんど関わらず-ほんの少し前から関わり始めたばかりだ-、まして半年前に突然やって来た記憶喪失者と言う立場、あるいは状況だ。と言った中で、ソーヴェイン有史以来であろう一大事に関わることは、一般的に良しとするケースではないのか、な? いや、どうなんだ?
「と言うか」
フレウスが口を開く。
「どうしてリウスはその二つに参加したいのかな?」
確かに。てかそっちだよ。いや、やっぱナチュラルに浮ついてんなぁ、俺。そもそもと言うなら、そもそもはそこだ。リウス、なぜ参加したいのだ君は。
「まず、明日の会議については、私の『客観性』が役立つのではないかと思ったからです。確かに私はここに来てから半年ほどの人間ではありますが、だからこそ、昔からの思いれがある人達、そしてディドも含め、自分たちの生業を持っている人達に対して、私はいずれの立場とも違えばこそ、そこに別視点を置けると判断しました。皆さんが主観的判断しかできない、と言うことではもちろんありません。ただ、純粋な客観性を確保することは、決して無駄ではないと思います。もう一つの連邦中央政府との直接交渉については、交渉団の護衛をさせてもらいたいのです。このソーヴェインのいずれにも、そして住民の皆さんの中にも、武力・軍人・武術家に類するものはほぼ存在しないと思います。鍬・鋤・鋸・銛等の農具・漁具はありますが、最低限の軍備とすら言えないでしょう。ディドとネネは例外的に魔術を操りますが、まずネネは同行させませんよね?(三人とも「うんうん」となる) それにディドは、突然、瞬間的に発生する敵対行動・攻撃行動に対応できますか?」
「ケースにもよるけれど…いや、ほとんどの場合できない、と言うのが正確で厳密で、そして正直な回答になるかな。何らかの防御・防衛術式は、事前に発動しようと思えばできるけれど、それが相手に察知されれば、仮に前向きな交渉内容が用意されていたとしても、悪印象を与えることに他ならないかもだし、逆の場合なら更に事態を悪化させる、何なら奴らが攻撃する口実にはもってこいの状況を、こちらから差し出すことにすらなりかねない。自動反撃型の術式もあるけれど、これはそういった意味でさらにリスキーだ。相手の、あるいは自分達のどんな行動に反応し、あるいは無反応か、非戦闘状態では想定できない所がある。つまりは相手もこちらも全く意図していない所で攻撃モードが発動する可能性もある。要は対抗できる方法はあっても、今回はそれを選択するメリットが無い、ってことになるかもね」
「なるほど」
とはリウス。
「それで言うなら、帯刀した人が同行するのはリスクにならないかな? 相手がそういう風に認識する可能性は無いのかな?」
フレウスから質問が出される。リウスは「確かに」と答えながら、続けて
「ただ、細かい話にはなりますが、交渉時には、おそらく相手も何らかの武器を携行すると思います。少なくともその直前までは、何らかの形でその様な状態になるのではないかと。仮にこちらが無防備な状態で行ったとします。その場合、一方が殺傷可能であり、もう一方が不可能である交渉の場など、初めからその機能を持たない、と言うことは理解してもらえるかと思います。ですからその際最も良いと思われるのは、両社が共に交渉現場へ何らのそういった類のものを持ち込まない、と言うことです。が、そうできない場合-十中八九そうなるとは思いますが-は、私の存在は有用であると考えます。付け加えますと、交渉の前後における身辺警護は確実に求められるでしょう」
それなら術式のON・OFで対応するのも同じことじゃないかとふと思ったけれど…「いや、違うな」と思い直す。術式の発動を剣に例えるなら、それは常に抜身の状態になっているのと同じだ。刃が鞘に納まっていての帯刀と、抜身の状態で「さぁ話し合いをしましょう」と言うこととでは全く意味合いが、そして交渉の状況も方向性も、まず違ってくるだろう。当然抜身の方が、失敗や決裂等、リスク発生率が跳ね上がるだろう。つまり、ただ帯刀した状態のリウスが現場にいるのと、俺が何らかの術式を発動状態にして臨むのとでは、場合によるとしても、そこまでの明確な差異が生じ得ると言うことだ。
けれど「しかしリウスよ」、だ。返す返すも半年前にフラッと現れて-という表現はほぼ妥当ではないにせよ-、未だ自分の過去にまつわる記憶が欠損している状況で、何故ここまで力を貸してくれるのだろう? ネネもそう思っていたのだろう、
「でもさ、どうしてリウスはそこまで頑張ってくれるの?」
そう訊ねた。当の本人は、そこで少し柔らかい表情を見せる。見ている側が「ほぅ」と少しため息を吐きたくなる様な美しさを湛える、それだった。
「それは私が、ここにいる三人はもちろん、大家さんやホズさん一家、放課後教室の皆、それに地域の人達、私に関わってくれている皆さんをとにかく好きで大切な存在だと思っているからです。翻ってはこのソーヴェインをとても好きになりました。ネネ、あなたの事は特に大切です」
なんと。ただの料理当番ペアだったはずが、その間に何やらエライ関係になってしまっていたのか。作っていたのは料理だけではなかった、と。適度な時間と適切な温度をかけ続け、そして加え続ければ、必然良い塩梅に深味は増していくと言うけれど…巧いこと言いたいコーナーはここらが塩時、もとい潮時か。ごめんなさい。そして俺達三人共が、リウスにこそ参加してもらいたいと思ったのは言うまでもないことだろう。
さても。せめて代表団の実質的リーダーと言ってもいいレジエルさんにだけは、リウスの参加を事前に伝え、そして図った方が良いだろう。そう思って、「夜遅く」と言う時間に差し掛かってはいたけれど、自宅まで伺わせてもらった。するとあに図らんや、そこにはホズ、それに代表団メンバーのグラタスさん他二人が来ていて、しかも、酒盛りの真っ最中と来た。いや、ツッコミどころがそこそこ多いな。けれど時間の都合上、3つだけいっぺんにやっつけてしまおう。
一つ目、レジエルさんとグラタスさん、普通に仲良しなんじゃん。二つ目、ホズも普通にいてくれてるけど、お前代表団にいなかったし、なんなら俺けっこう強めに誘ったのをサラッとレベルで断っといて、ここに「俺もその一員ですし」みたいな顔でいるのなんぞ。いやいていいけど、だとしてよ。…三つ目、明日って皆さんの人生上で一番大事な会合が予定されているじゃないですか? が、何で楽しい方に振り切って盛り上がっちゃってるの? 伝説の南の島の人々? はたまた全員そろって、「悲しみ」や「苦しみ」を人としての辞書から抹消なさってるのかしら?
一つ目に関しては、「幼馴染だから」とシンプルに返された。まぁそう言われてしまえばそれまでなんだけれど。ただまたしても至極残念ながら、この俺にはそんな存在は皆無でありましてな。いまいちピンと来ないんでありんす。とは言え、一般知識で言う所のそれは、皆得てしてそんな気がする。つまりは仲良い良くないと言うのを越えて、「いついかなる時も、一緒にいようと思えばいつまでも、自然とそうしていられる」と言うところか。んまぁ、どちらかと言えば三つ目にこそ、この二人の関係はかかってくるところだけれど、の前に二つ目だ。
おい、ホズ。お前は何でここにいる? 改めて言うけれど、こいつ俺の誘い断ったんだぜ? てか、ことさら事業主でも地域の名士でも何でもないホズを、「じゃあ何でお前は誘う必要があると思ったんだ?」と問う向きがあるかもしれない。もちろんそれはそうだし、付け加えて端的に答えるなら「何となく」となってしまう。ただこの「何となく」は、俺がソーヴェインに這う這うの体で辿り着いて以来、特別に重要な局面には必ずこの男がいて、そして今に至るまで、俺と言う人間にとっては「最も身近にいる人間だから」という点を前提とした「何となく」ではあって。そう、今回だって過去のそれらに匹敵する重大局面だと思えばこそ誘ったし…そして断られたんだよね。「そういうのはパス」くらいの軽さで。で、こっちはしつこく誘うのもなんか違うとは思ったし、っても一抹の淋しさは感じざるを得なかった…なのに…! …まぁ個人的恨みはどうでもいい。さぁ教えるんだ、ここでのお前の存在理由、そしてその意義とやらをな!※全然どうでもよくなってないって言う。
「この5人で『朝焼けを見る会』って飲んべえ同士のグループ作っててさ。何かあってもなくっても、こうして飲んでいるのよ」
上機嫌で答えてくれやがったぜ予言者様。いや出来上がってんなよ、しかも一人だけ仏恥義理で。「いつものメンバーで飲んでるだけで…え? 今日とか明日が何の日かなんてのは、なんか特別考えなきゃいけない事ある?」みたいな雰囲気全開じゃん。そして三つ目に対する回答までくれちゃったわけね。
なるほど。レジエルさんもグラタスさんもホズも飲み仲間で、しかもグループ作るくらいの仲だったのか、なるほどねぇ。いやだから「なるほどねぇ」じゃねぇ。
「あの~、明日の大一番の前に、この盛り上がりは大丈夫ですか?」
嫌味でなく、素で心配してそう訊ねたのだけれど、果たして当のレジエルさんから
「いや、ディド先生が圧倒的に抜群のアイディア出してくれたから、まあもう今から祝杯上げているところでして」
と、ほろ酔いついでに言われた。…軽いなぁ。そして致命的なフラグを立ててきたなぁ。
「と言うのは冗談で」
冗談なんかいっ!
「今日の昼の様に真剣に根詰めるのも大事な事ではあります。が、そこから一歩二歩立ち位置を変えて見ることで、対象への視点もずらして見ることができる場合がある、と言うのは理解してもらえましょうかな?」
確かにそれは分かる。と言うか、分かり易い話だ。時間やその場の空気感、つまり周りにいる人、あるいは人がいる時といない時での自分自身の感覚は、多少の差こそあれ、明確に変わっていく。そうして、例えば真面目に考え抜くのでは浮かんでこない考えが、それも「ナイスアイディア!」と言えるクラスの考えが、案外理屈でない所からポンッと生まれたりすることは、研究でも日常生活のあちこちでも、ほんの時たまあることも事実としてある。もちろん考え抜くだけ考え抜いて考え尽くして、と言うことも往々にして必要ではあって、と言うか基本ベースそれがあるからこその「ふとした時のポンっとアイディア」であったりする気もするけれど。だとして、そういう視点のずらし方、意図的にフィジカルの状況を変化させることで、マインドにまで影響を与える、それを実際に敢えてそうしてみる版っていうのは、確かに意味はありそうだ。
ただ、今一つここで俺が警戒してしまったのは、いわゆる『派閥』についてだった。協会にいた当時は気づけなかった&分からなかったものシリーズ。んま、あの頃だって今だって、そういう種類の物事には属したくも関わりたくもないシリーズでもあるのだけれど。改めて確認するけれど、今日の昼、代表団は俺を含めて十七人いた。そしてここには俺を除く四人がいて。全体の1/4弱、23.5%。とすれば、割とちゃんとした『勢力』だ。俺が仮に組するとすれば、いよいよ1/3弱、29.4%。過半数と言うボーダーラインを視界に入れていい数値だ。「考え過ぎでは?」と言う思いもある。何なら協会の記憶がトラウマとなって、神経過敏になっているだけかもしれない。「牧歌的が服着て歩いてる」住民がほとんどと言っていい-偏見? 何だろそのワードは?-ここソーヴェインで、あるいは『組織』という組織がほぼ無いこの地において、派閥もへったくれも無いだろと言うのも分かる。けれど考えてみてほしい。自分が子供だった頃、『○○君グループ』『〇〇ちゃんグループ』と言った感じで集団化現象を目の当たりにしたのではないだろうか? あるいはそう言った存在を、大抵の人は知っていることだろう。つまり年端も行かない、物心が付くか付かないかの段階から、人はそうした形成・行動を行いがちであり、翻っては、そう言ったことと無縁と思えるこの地に住まう人々もまた人である以上、そうしたある種の因果律に則らざるを得ないんじゃないか。そうしたできた集団同士が、この地域の趨勢・生死をかける重大局面において、致命的結果を生み出す要因になり得るリスクとして、こうして今その一端を露わにしているんじゃないか。だったらやっぱりこんな宴会、そう言う意味でもお開きにしてくれちゃった方が、色々と健全なんじゃないかと思い極めた、けれど。
と言うか、当たり前にと言うか、これは全然杞憂に終わった。終わってしまった。思い極めたのに。
「さっきからぜーんぜん、さーっぱりまとまんねぇのよ」
だそうだ。ちなみに今の発言はグラタスさん。
「『何がいい』『かにがいい』ってアイディアは出てきても、互いにそれぞれ発表しあっちゃあ否定し合ってばかりでよ」
「いや、そもそもそんな話は最初にちょこっとしただけよ」
「あとは酒飲むのに忙しくってな、ガハハッ」
「明日の会合の、後は蓋を開けてのお楽しみってやつよ」
異口同音、特には考えらしい考えは生まれなかったし、そもそもそこまで話していない、か。だとして。だとすると。レジエルさんが初めの方で言った「視点を変えれば」は一般論? てかまさかのかっこつけ? と言う俺の気持ちを察したかどうか、
「とは言え、それでもなかなかの成果は出てるとも言えるんですがね」
レジエルさんはお酒が多少回っているせいもあるのだろうけれど、多少の満足さを含め、そう話しかけてきた。
「この土地の未来って奴に対してのそれぞれの考えが分かったり、それ踏まえ、この後家に帰って多少の思い直し・考え直し、あるいは寝て起きてと言う所からの考えや思うことの変化、と言うのはあるでしょう。だから先生、そこは安心してください」
俺をなだめるように、あるいは慰めるように、レジエルさんはそう言った。別に落ち込んではいない。むしろ感心したくらいだ。協会の様なこすい勢力争いがここには存在しないことに、敬服すら覚える。だいたい俺だって、帰宅してから妻に話し、夕食の時に他の二人にも話したけれど、概ね幾つかマイナーチェンジが施されることになったわけだし。そして俺にとってそれはとても意味のある、そして意義深い体験にもなった。レジエルさんの言う「視点を変える」は、しかしてここでも「それなりに達成された」と言う言い方もできる。時間・場所・空気・人。それに今のここにおいては酒、か。生まれ、生き、人と交わる。万物流転の中にあって、その意味を知り、それと意識的に向き合う。なんかほんと、30代後半にもなってようやく『人生の入り口に気づいた感』あるよなぁ。まぁそう言いつつ-繰り返しにはなるけれど-それで『遅きに失している感』は皆無だ。むしろこれで良かったと思えている。
「ところで先生、ご用件は?」
おっと。それこそ肝心なことが抜けておりましたな。埋めねば。
「件の明日の会合ですが、うちのリウスを参加させてほしいと思うんです。ついて、レジエルさんにお断わりと言うか、意見が聞ければと思って」
「もちろん大歓迎ですよ」
早っ。なんでも受け容れてくれる感ハンパないじゃない。あ~でもそうか。よくよく考えたら-そしてよくよく考えなくても-この俺自身があっさり受け容れてもらったんだっけな。八年前、このソーヴェインの片隅に逃げ込んで、早速ホズに捕まって。で、それ以来、思えば地域の一員として溶け込むことを、あるいはそれを目的にした行動を、意識的には一切取らなかったにも関わらず、あるいは他の誰かが一所懸命支援してくれたってスタイルでもなかったけれど…。俺が俺のまま、当たり前にここにいることを受け容れてくれたよな。そして今の今も、それは続いている。そういう所で、そういう人達だったわ。もちろん共同的に事業を行っている関係からして、メリットは相手方のこの人たちにとっても大いにある、とは言える。でも、これこそ完全に後付けだ。当時は海のものとも山のものとも分からない俺を、それこそずっと前から一緒にいた人間の様な扱いで受け容れてくれたのだ。そして自己分析するなら、最初からそんな空気感だったからこそ、俺もごく自然に魔導技術の供与を、相当全面的に行ってきた、とも言える。殺されかけると言う、人間不信になることが一番許される理由が直前で起こっておきながら、いとも簡単に人を信用しちゃう甘ちゃんだった、とも言えなくも無いけれど。そうだとしても、今の今、結果はすべてを物語っている。何にせよ、ソーヴェインは、ここに住まう人々は、今目の前で楽しく宴を開いてくれちゃってる人たちは、俺にとって宝物の様な存在でしかない。
だけど。それにしても早過ぎる。お願いしているのはこっちだから、こんなにスムーズな手続きは大歓迎とすべきところなんだろうけれど、このスピードで来られると、さすがにその判断理由自体が気になる。世の中全員を善人と信じ込んじゃってたりするのかな? いや、それじゃ今日の連邦とのやり取りは何だったのかとなる。
「かわいい子が一人くらいいたっていいよな」
グラタスさんが口を挟む。いやそっちかいっ。てかあんたが答えるんかい。
「もちろんそれもある」
とレジエルさん。え~。やっぱそっちなん? いいのかマジでそれが答えで。
「いや、一番の理由はね、彼女はおそらく、この土地の人間の中で最も、この土地そのものの事を気に掛ける人物の一人だからです。そうでしょ? 私達の組合に顧問として入ってもらう前後、それにそれ以来、ずっと肌身で感じてきた。どの事業展開の局面においても、人間にのみ益する選択はしてこなかった。森林・河川・湖沼、そして獣や魚等、それぞれの生育含めた環境への先見性とそれを含めた配慮は、結果として持続可能な発展の保障となっている。つまりそうした配慮が翻っては、ここに住む人間全体の生活を、その基盤そのものから安定・発展させることに寄与してくれている。その実質的な貢献度は、ディド先生、正直あなたにすら匹敵するものがあるんじゃないでしょうか?(※俺「うんうん」と頷く) ですからこれまでのこと、そして先々のことまで考えても、リウスさんに参加してもらわない理由は無いでしょう」
なんだ? 『人を納得させる術式』でも使っているのか? この人は。いや100%冗談だし、念の為に言っておけばそんな使用兆候は一切無い。…なるほどね、いや、分かってたよ? 俺だって。「リウスそういう所あるもんなぁ」って。やっぱそんなリウスさんだからこそ代表団にって思って…ませんでした、ごめんなさい。「本人やる気あるんだし、良いんじゃないの?」くらいのレベルと言うか。んま、ホントのホントはうっすらと思っていたっちゃ思っていたけれど、こんな理路整然とした分析は全くしていませんでした、改めましてごめんなさい。リウス、お前偉い奴だったんだな、マジに。と、レジエルさんの批評眼よ。リーダーやばいなマジに。
「頭が良くて見た目も良いならメンバーにならない理由は無いって話だろ? 短くすりゃ」
グラタスさん、そうじゃない。近いけど、なんて言うか、あなたが言うと肝心の部分が途端に台無しになってしまう感、何故なんだろう。あなた結果無邪気で天真爛漫なただのおじさんで、で、そういう所嫌いじゃないし、何なら親近感覚えずにいられないけれど。…まぁいいや。否定や訂正入れちゃう方が長っちいことになるからやめよう。てか気持ち良く酔っぱらってる人に、何か分かってもらう為に全力で説明する意義って、人類史上行方不明になりっ放しだしね。ホズと他の二人も、レジエルさん・グラタスさんそれぞれに「ウンウン」頷いているしさ。ホズ、だからお前どういう立ち位置なんやっけ? と、そうだ。
「ホズ、ちなみに聞くけど、今日のこの一連の流れや、でなければ『ソーヴェイン全体の今後』と言うところで、何か感じるものや感じたこと、なかったか?」
この予言者。自分がしたい時にしか予言しないんですでお馴染みではあるけれど-この八年間で計三回だ-、それに今回の事は全く予知していない風でもあったけれど、でもだ。ソーヴェイン始まって以来の一大分岐点であろう重要にも重要な今後を、聞いてみたくなった。それも聞かざるを得なかった、に近い心境で。果たしてホズの答えは
「うんにゃ」
だった。どこの年老いた猫だよ。あと訛りひどくなってない? 八年付き合ってきて初めて聞く返事だっつーの。まぁいい。俺の問いに対して明確に否定したことが分かったのだから-さっきから諦めてばかりだけど-。
とは言え。改めて振り返れば、これまで俺に対してホズが行ってきた予言内容は、
①俺がここへやって来た-死に物狂いで逃げ込んできた-八年前に、ほぼ同時に起こった黒虎襲撃未遂事件
②三年半前のネネ不時着事案
③半年前のリウス到来と再びの黒虎襲来-と言うかなんというか…-
この三つだ。いやさ、一般的にと言うか、予言のパブリックイメージは、数年~数百年くらい先-つまりけっこう先の未来-について、そこそこないしだいぶアバウトな内容を言い当てるor外すものだと思うのだけれど…。ホズ君の場合、当日どころか数時間先のことを言い当てる傾向にあるんよね。三例しか知らないけど。あと、我が家のメンバーの内、元からこの地で暮らしてきたフレウス以外の三人が到着した時の何やかやについてのみ言い当てていると言うのも、共通項として挙げられるか。そしてその「何やかや」は、この地域に窮迫する何か、あるいは当人たちに何らかの危機が窮迫している、という点も挙げられる。…ん? これは後付け、か? だし、「ホズがたまたま言い当てた三例の中心人物が、結果として共に暮らすようになっただけ」ってか? てかね、今ここに至るまで、全く思いもよらなかったよ、この事実。として、今深く考える必要性に迫られてるかって言うと、そんな気はしないけれど。と、肝心の相手はそれこそコテンコテンに酔っぱらっているから、なんにせよタイミングじゃない事だけは確か、だよな。何にせよと言うなら、つまるところ今回のこの連邦案件は、ホズに何らかを感じさせる要素としては何も無い、ということになるのか。いま一度繰り返せば、一つ目、うちの家族絡み案件限定の予言者か。と言うか、だから結果的に家族絡みになる形に俺達が寄せていった、と言う方が厳密なんだろうけれど。共通項二つ目、三回中二回が異界生物『黒虎』出現回だったという要素。それはそれで重要ではあったよな。仮に黒虎が一般住民と遭遇していた場合、何らかの深刻な事態を避けるのは極めて困難だっただろう。…と言っても。リウスの「あの一件」以来、そういう評価も単純・純粋に受け入れる事はしにくくなっている。何か引っかかるものを感じると言うのが正直なところで。
とにもかくにも。今回の政治ショーはホズ君的にはお休みか。てか、こんな風に朝焼けを見る会で一番盛り上がっちゃってる彼に対して、しかしてアポも取らずにやってきてオーダーしちゃった俺の方が抜けてる、ということになるのか。やれもやれもさてもさて。レジエルさんに話も通せたし、そろそろ俺は明日に備えて家に帰り、休ませてもら
「一杯くらい付き合わんね!」
ホズとグラタスさんがユニゾンでシャウトした。やっぱそうなるか。そりゃまぁ誘われて悪い気はしない。てか嬉しいよ? 正直なところね。ただ奥さん家で待たせているし、そもそも返す返すも、この一晩明けたらばよ。ソーヴェイン全住民、その全ての人生を左右する一大決定下さなきゃならない会議が控えているんだぜ? ここは心を鬼にして
「付き合わない選択肢が、どうしたら先生に生まれるんでしょうかねえ?」
レジエルさん…。うん、ホントこの人にだけは心理操作術式は教えちゃならない。有史以来の大魔導師か、はたまた人類最大の悪人を誕生させちゃうよ。その素養が実際の所無いのがマジで救いなレベルだぜ。で、もちろん俺は
「Noの選択肢は今消えました」
と笑顔で答えた。満面タイプのアレな。うん、みんなが言いたいことは分かるよ。分かってるけどさ、この場に来てごらんよ? 大人ってホントたいへんなんだから。とかなんとかあるけれど。けれど。この夜催された宴は、生涯忘れ得ぬ宴となった-なんて言い方すれば、この直後にさっさと俺が死んじゃったかの様になるけれど-。とにかく飲み、とにかく語った。連邦の特使連中への不満から「人は人と相対すに当たってどうあるべきか」とか、現在各企業等が展開しているそれぞれの事業の「現状の課題並びに今後の拡大方針及びその具体的計画内容」とか、今や立派な『経済団体』とも言える三大組合-農漁業・商業・工業の各組合-の運営方針、そしてソーヴェイン全体の未来像まで、縦横無尽に肝胆相照らし、無礼講上等に語りに語り、飲みに飲んだ-んま、素面な普段から、この地域全体は無礼講大前提社会ではあるのだけれど-。後で思い返すに、この時俺は、ほんの一時ではあろうけれど、ちょっぴり泣いていたらしい。断っておくけれど、別に俺は泣き上戸ってわけじゃない。「決して」という表現を使ってもいい程に。何故って俺は、これまで一度として酒絡みで泣いたことなど無かったのだから。のに。だのに。この時は泣いていた、らしい。「らしい」と言うのは、そのレベルで記憶が曖昧だからなのだけれど。よっぽど嬉しいことがあったか、それとも何か溜まりに溜まっていた感情的なものがあって、それが一気に流れ出たか。そういったものは時々フレウスにダダ漏らせてもらっているから、考えにくくはあるのだけれど。もしくはこの夜から泣き上戸が発症したか。三つ目だけは決して願うものではないな。お断りだよ、頼むから。まぁいい。十中八九泣いたらしい俺を、そんな風に感情ダダ漏らした俺を相手にしても、結論から言えば周りの人々は不快にならなかったらしい。
「あんたの意外な一面が見れてよかった」
的なことや、
「けっこう単純そうに見えて、色々と抱えているんだな」
的なことを後日伝えられた。ちょっと注文付けたくなる表現も無いではなかったけれど、さておき俺と言う人間を前向きに捉えてもらえる一助になったのなら、ありがたく、幸せで、嬉しいことだ。そしてそれは翻っては、俺からの他の人達に対する気持ちにも、全く同じことが言えた。ある種『運命共同体』になった感がやたらするけれど、その前提もあるからか、家庭感や家族感の様なものを感じずにはいられない。そこに思うのは、これから行う超規模の天地鳴動術式の実行目的が、紛れもなく、今のこの種の時間を必ず守りたいからだと言う事実だ。当然、フレウスとの何気ない日常の一つ一つを全力で守りたい。ネネの成長を見届け切れる環境を死守したい。ホズ一家やソーヴェインの人々と作り上げ、磨き上げ、そして今尚その歩みを進めている時間の全てを、躊躇なく全力で守りに行きたいと心底から思っている自分自身がいる、その事実だ。誰に言われたわけでもない。常識とやらの辞典に載っているのでもない。ましてや倫理とやらの指図を受けたわけでもない。単なる俺と言う人間の、その心底からの願いだ。俺と言う人間は、心底それを願っている。俺自身がそうしたい。俺自身が全力でこのソーヴェインの環境全てを死守したいと、心底から願っている。そんな自分に気づき、そんな自分にようやく自分自身が気づいてやれたことに気づき、そして酒がそれを手伝い、俺はきっと泣いたのだろう。いやこれ、別の意味で泣けるな。いい齢した奴の泣く理由としては、逆に随分未熟感が出てしまっている気もするけれど、まぁいいさ。一生気づけないでいるよりはずっとマシだろう。そして死ぬより前に気づけたのだから、これから先、生きている間、それを噛みしめられること自体に感謝しよう。今は何より、そのことに気づかせてくれた、この朝焼けを見る会のメンバーに、それを捧ぐ。
「飲みが足りねえな、ディド先生!」
「半端に飲んでいるから泣く余裕なんかが出てくるんだよ!」
…俺、無事に帰れるのかな? 俺だけ朝焼け見ることができなくなるんじゃね? さておき宴は続き、そして太陽の顔を拝む前に、俺はフレウスの顔を拝むことになった。それもこれまででMAXの怒り顔。いやもう怒りそのものだった。もちろんその正当性は世界中の人々が請け合う所だろうけれど。深夜12時を時計の針が回っても、明日人生で最も重要な会議を控えている夫が帰ってこず、心配になってきてみたら酒をかっくらい、あまつさえ酔いつぶれる寸前であれば、怒るだけまだ愛情がある証左か-「酔いつぶれる寸前まで飲んだんかいっ」的ツッコミは甘んじて受け容れようぞ-。しかし当面の問題はその怒りそのものだ。一つ好材料があるとすれば、俺自身は酔っぱらっている為、妻の怒りに対してのこの心が、痛覚がマヒした肌に何かを突き刺す時の様、特に痛みを感じずに済んだと言うことだ。もちろん、得てしてその場合は後から、つまり痛覚様が正常復帰なさった途端、激烈な痛みと後悔が怒涛の様に押し寄せ、それに極めてひどく苛まれることにはなるのだけれど。…全然『好材料』じゃないじゃん。事実、この時、フレウスから俺に対し『死ぬまで深酒禁止令』が布告された-『飲酒許可制』までが奥様の脳内会議では審議されていたらしい-。至極もっとも。なれどなんという激痛。だし、それ以上にフレウスに心配かけてしまったことをこそ痛切に反省、いやさ猛省した。それにどうやら俺は、フレウスがレジエルさん宅に現れて以来、謝り通しだったらしい。それも「ごめんなさい」を徒に繰り返すのでなく、奥様に一言一言その責を問われる度に、「申し訳ない」の一言のみを「いかにも心を込めているかの様」に返し続けたそうだ。記憶にない。そして本当に救い&幸運だったのは、レジエルさんの奥さんリアステさんが事の一部始終-俺がどういういきさつでこうなっちゃったのか-を、フレウスにその場で説明してくれたことだ。フレウスからすれば、自分の夫が散々に迷惑かけたと思っている相手に対してだから、その分平身低頭モードだったろうけれど…いやこの下り全体本気で申し訳ないな、それぞれの奥様。としてリアステさん曰く-をフレウス曰く-、レジエルさんにとっての俺はそもそも、ソーヴェイン全体における経済発展の立役者として絶大なる信頼と感謝の気持ちを寄せる相手であること。また、俺がレジエルさんやホズ・グラタスさんの様な真の仲間を持てたことについて、本当に心から感謝し続けている様子だったこと。で、その結果ついに「先生余りに心が解放されちゃったのかしらね」ってな具合で酔っぱらってしまった事まで、フレウスに説明及び説得なさって頂けたとの事だった。「ただアホみたいに大事な事を忘れて飲んだくれていたわけじゃないんだ」、と俺が言ったのではあまり、と言うか全く説得力は無かっただろう。リアステさん、今宵の救世主は他でもない、貴方だったのですね。いや本当にごめんなさい。ちなみに帰り際-引き取られ際-、この宴参加者中、お迎えがあったのがウチだけだった為か、リアステさんから「さすが新婚さんね」と言われたらしい。やったね! いや「やっちまったね!」の方が厳密には正しいのだけれど。と言うことで結婚して半年、とてもとても重要な夜になりました。ホント、『重大な夜』の方にならなくて良かったよ。言い回しの問題じゃない。マジにね。ついでに言うと、ネネとリウスは就寝後であり、賢妻フレウス様は二人に対して一言もこのことを伝えなかった為、我が家での俺の立ち位置がこれまで以上に霞に近づくことは無かった。いや待て、逆に何でそんなに薄くなってたか。こちらの方こそ、尚一層の精進が求められますな。と言ってまずは深酒しないこと、ね。
そういう意味で、受けた罰らしい罰は先述の布告例の他には、翌朝の割と重い頭痛&心痛コンボだった。前者はもちろん術式一つで解消できるものではあるけれど、後者は昨夜の様々を思い出し、猛省モードに入った次第でございます。ただ今日と言う日は、いつまでもこうして精神的青息吐息状態にクヨクヨしている場合ではなく、と言うより、むしろいつも以上の頭脳労働が求められているわけでありまして。「昨夜の宴会参加者がどの口で」と言う向きもあろうけれど、なのでそれはそれ。レジエルさんやグラタスさん達も、何なら昨日以上のエンジンのかかりようで、会議の場へ姿を現した。そしてホズ、何故お前までいる? いやいていいけど、「代表団会議なんて」と俺に断った奴が何故だ、と-てか昨晩の飲みの席で何で言わんの? それに魔導師じゃないお前は二日酔い対策どうしてるの? そもそも二日酔いになってないの?とかは本筋と関係ないからやめるか-。けれど、この疑問自体が愚問だった。今日になっての初参加者組はホズやリウスだけではなかった。前日の代表団含めて83名の一大会議になった。ソーヴェイン全人口五百万に対する割合としては誤差の範囲内的僅差と言うしかない。けれど、主要企業のトップ及び三組合の執行部のみで構成された昨日のそれに対し、六十六名増の意味するところは、会議開始前とは言え、いや、この会議の前だからこそ、とてつもなく大きな意味を持つこととなった。と言うのも、そこに集ったのはリウスの様に代表団の親族や関係者など直近的関係者もいるものの、それはむしろ少数で、他はホズのような一般労働者-農漁民・工員等-から教育従事者・飲食/宿泊関連事業者・ご隠居さん等、まさに多種多彩と言える顔ぶれとなった。今まで-特使団が現れるその直前まで-住民全員が、各々が各々なりに、ある意味勝手気ままに暮らしてきたことを踏まえれば、劇的な変化を遂げたと言ってもいいだろう。そもそもこのソーヴェインと言う地域そのものが、この十年足らずの期間で劇的に変化しているのだから、当然と言えば当然の成り行きと見ることもできるかも知れない。ただ、地域社会運営の実質的主体である三組合幹部-主要事業主集団-以外で、これに参加・参画しようと言う住民がこれだけいたのかと言う点で、相当な社会性の発展を感じずにはいられない-別にこれまでが原始的だったかと言えば、厳密にはそうではないのだけれど、それは別の機会に別の考察が求められる事柄だろうから、ここでは省略させてもらう-。それに。この会合開催については特段周知したわけでも、ましてや参加を募ったわけでもない。それでも「各階層から」と言っていい程の様々な人々が、連邦に対するソーヴェインとしての返答を決定する会合への参加を決めたと言う事実は、この地域の今後を展望する上でも、相当な重要性を含んでいる様に思える。事は最早、当面の連邦への対応はさることながら、その先、ソーヴェインの根幹的な成り行きにまで、影響が及ぶ気配すら窺わせている。住民のほとんどが零細的な農業・狩り・釣りのみ営んできた、かつてのこの地域を思わせるものは、ここにはほぼ見受けられない。
人口わずか三百人程の、ソーヴェインの一集落に過ぎなかったこの地域において、それぞれ一農夫だったレジエルさん・グラタスさんへの魔導術式としての技術供与を行ったところから、それは始まった。前にも少し触れたけれど、俺にその話を最初に持ち掛けてきたのは、厳密にはレジエルさんだった。農作業の効率化や、生産量の増加に、魔導師として何かいい考えでもあれば教えてほしいと言われ、こちらも研究の一環のつもりで土壌や種苗の改良につき、術式を用いて取り組んでみた。あに図らんやそれは相当の成果を上げ、次いでレジエルさんの幼馴染グラタスさんが飛び込んできて。そしてそれが他の人々にも知れていくに従って、組織化した方が更に相乗的・累進的発展が見込めることが分かり、ならこの地域外の集落も、更にその他の集落もとなっていき。気づけば農業だけだったものが畜産・漁業の養殖含む育成プラントへと発展し、大規模化するにしたがって、そのプラント製造工場の建設、その比例的増加を呼び。それが更に新産業を生み出すことともなり。その相乗効果スパイラルはいつしかソーヴェイン全体へと。言い換えれば、魔導技術産業を基幹とする創造と発展の二重螺旋的相関性によって、近隣の地域との経済的ネットワークが構築され、その各当該地域においても同様の産業構造が形成・発展された。生産者と販売者が別になるケースも当然に求められ、そうして専任の商人・商社が誕生することによって、それが交易水準の上昇にもつながることとなった。それらがいつしかソーヴェイン全体へと波及、今なお発展を続けるに至っている。また、その発展に付随して、専業としての輸送や飲食を初めとするサービス産業の誕生・発展をも生み出した。これら全てにより、必然的にソーヴェイン外からの飛躍的な人口流入が起こり、元々の人口と合わせて五百万を超えるに至った-当然ながらこの発展も現在進行形だ-。それに伴い医療や教育などの社会インフラも続々と誕生・整備され続けている。ここまでに八年もかかった、とは思うまい。たった八年の間に、だ。八年の間に、ソーヴェイン中の住民総出による相互間含む目覚ましい働きとその成果に依る超スピードとも言える速度を以って、おそらくは歴史に残る程の、残せる程の経済発展を遂げた。そして余計なことに、ついには連邦にまで本格的な版図に含まれようとするにまで至ったわけで。マジ余計だっつーの。まぁ、八年間で三百人程度の集落が五百万人規模の一大経済圏を築いたと言う事実が、どの国家の情報にも引っかからないなんてことの方が奇跡なわけで、だから成り行きとしては当然だと思いはするのだけれど。
閑話休題。そんな都市とも言える一大経済圏へと成長したソーヴェインではあるけれど、現在のところ、ここには行政機構と呼べるものが存在しない。強いて言えば、二大組合の執行部がそれに結構遠目で、けれど唯一のそれらしい集団とも言えるけれど、明確かつ決定的な行政権は一切無いし、それらしいこともこれまた一切行ったことが無いので、「やっぱり無い」と言った方が話は早いか。ので、行政単位としての『都市』や『国』などの呼称を用いることは不適当ではあるけれど-連邦様がおっしゃるには『自治領』とのことでございますが…ふん-。けれど、当会合の議題は、まさにその点から、その幕を開けた。
幕開けの更にその始まりは、ノクリエルさんと言う女性の発言からだった。の前に、ちょっと彼女の事を紹介するね。この直近で、ソーヴェインでは高等教育機関の上に位置する教育機関『大学』を設置するプロジェクト、加えてその推進チーム『ソーヴェイン大学設置検討委員会』が立ち上がっている。それに当たって、近年の交易範囲の拡大に伴う情報網の発達や取引上のコネ的な何やかやの伝手をツールとし、他国の大学から幾人かの教授を、その顧問として招聘した。彼女はそれに応えてくれた一人、というわけだ。余談だけれど、「教授」と言っても彼女は俺と同じくらいの年齢に思える。この手の職業の年齢相場なんて全く知らないけれど、そんなものなのだろうか、って、かつての俺が言えた義理でもないけれど。うん、ホントに余談だったな。な彼女曰く、
「昨日の代表団十七名の方々に、連邦の一方的な通告に対し、『即承諾』という対応を選択されなかったことについて、たいへんな敬意を持って受けとめています。まして先方は突然の来訪であって、場合に依っては宣戦布告の様な対応すらあり得る横暴さであったことは、間違いのないことなのでしょう。それと同時に、そうであればこの地域として、ソーヴェインとして、この通告にどう対処するかという決定をする場として、本日の当会合は今まさにスタートしているわけです。ですがもう一つ、それは引いてはこのソーヴェイン自体が、この地域自体が、連邦への対応、そしてそれを含むその先、今後をどうしていくのか、という点が最も問われるテーマであろうとの確信もあります。が、少なくとも、今回の様な事が持ち上がる度、場当たり的に集まりを持ち、更には当日のその集合具合・状況によって、つまり不規則性を大いに含む性格のグル-プが都度都度形成された上で対応していくのは、一考の余地が大いにあると考えられます。一定の経済成長を遂げた今、連邦以外の国家・行政機関等と相対していく可能性も、今後ゼロではないと推測しますが、そうした場合、この場当たり的方法では、一貫性が担保されず、ついては計画性や展望性も伴わず、翻っては、場合によってソーヴェイン及び住民への避けられるはずの不利益等支障を生み出すことになりかねないと言う危惧を指摘せざるを得ません。ただ、本日午後までに一旦の結論を出さなければいけない今、私のこの問題提起は到底結論を生み出すには至れないでしょう。つまり今ここで私達が結論として導き出す必要があるのは、一つには連邦通告に対する対応、そして今一つは、今後どのようにソーヴェインそのものを運営していくのか、あるいはその選択肢を持つ持たないと言う点を含めて、とはなりますが、その二点であると考えますが、いかがでしょう?」
長い。長過ぎる。会合最初の発言ってことで言ってもこの長さはヤバいだろ。大学教授と言うか学術者と言うか、とにかくその手の人々と言うのはこんな感じの人々で占められているのか? とは言え、か。いずれも「確かに」と思う所があるのもまた事実だな。どこか暗黙のルール的なもの、もしくは自然発生的なものの延長線上で、一昨日の代表団は構成されていた。以前にも触れたけれど、そのメンバーの内訳は、そもそもそれとほぼ同じメンバーで構成されている二大組合の執行部会議ということになる。つまるところ、ソーヴェインにおける経済的な運営基盤が、それと同時に地域そのものの運営役を結果的に兼ねている、と言うのが実情だ。当然と言えば当然だけれど、一般的に行政機関の事業として行われるものも、ここでは民間事業的に行う他はなく、あるいはこれまでは行うことができていた。各事業を行うに当たって業者の選定が必要になる場合であっても、同一業者内の互選と言うか、原始的と言っていい寄り合いの中で、その時々の状況に応じて決定がされてきた。その際の各種資金の出どころは、関連する各事業体の各見込み利益と、それに対する応分負担によって賄われてきた。そうして道路も水道も教育も医療も整備され、また、管理・運営されてきた。そしてそれは「これからもそれでいい」と、ほとんどの住民は思っていたはずだ。ここまで特に問題は無かったのだから。けれど、ここまでだった。連邦の特使団が現れた、ここまでの話だった。そして当然、ここから先をテーマにしなければならなくなった。ただ、逆に、「ここから先をテーマにできるようになった」とも言える。連邦以外の国家等他地域の各機関と、そういった規模単位での交易交渉が可能となったと言えるし、あるいは可能とすべき段階にまで来たとも言える。つまりその水準にまで、ソーヴェインの経済規模は到達したわけだ。であれば、であるからこそ、今回の様な致し方ないとは言えな場当たり的会合は、その今回を最後にしなければならないのだろう。住民の利益、そしてソーヴェインとしての利益を、将来に渡って安定的に確保していく為、まさに今、踏ん張りどころに来ているということなのだろう。
だからと言って、実際の所、抽象的で膨大なこの設問に真っ先に反応、対応したのはやはりと言うか、レジエルさんだった。レジエルさんは言った。
「俺達が数百年、いや、言ってしまえば数千年の間当たり前と思ってきたことは、昨日で終わった。昨日で変わった。俺達はその時々で話し合い、そして一々ちゃんと解決してこれた。だが解決できたのは、それが今までその程度で解決できることしか起こらなかったからであり、そんな風にだけ過ごしてきたからだ。『それがこれまでの歴史の全てだった』と言ってもいいくらいだ。それが悪いわけじゃない。そのおかげで、俺達のご先祖様たちが代々そうして繋いできてくれたおかげで、今ここにいる俺たち全員は在る。だから、そうして繋いで来てくれたものを、これからも大切にする為にも、今までのやり方を変えよう。今までのやり方じゃ収まらなくなった今、そしてこれからの為、やり方を変えよう。ただ、それはこれからまた日を追って決めていこう。話し合いのやり方、参加する人間、それをまずは一回一回の会合の度、確認していこう。と同時に。だから連邦の昨日の通告をそのまま受け入れるなんてことは絶対に許されない。人間を、この土地を、不必要な形で、あってはならない形で損ない続ける選択肢は許されない。その点、異論のある人はいるかね?」
いるはずが無かった。と言うか、実質連邦の奴隷になる様な選択なんて誰もしたくはない。そうした声は次から次へと発せられた。拍手も湧く。レジエルさんはそれすら再度沈め、興奮状態の雰囲気の中に見逃しているかもしれない小さな、あるいは静かな声を待った。それでも、人としての存在意義が問われる本質的な、あるいは場合によってソーヴェインそのものにおける致命的な選択肢を上げる人はいなかった。更に言えば、このレジエルさんの問いに、この場にいる参加者全ての息は、多少の差こそあれ、一致していたと俺は確信している。まとめ役レジエルさん、この人どこまで成長するんだろ? そんなわけでと言うか、ソーヴェイン自体についての会合日程は、連邦との交渉や、それに当たっての何やかやを見越し、ちょうど一か月後に開催することで決まった。そのころには何かが確定的になり、現状よりも落ち着いているのではないかと言う、ある意味希望も込めてのスケジューリングでもあって。いずれにせよ、とにもかくにも、『新しい何か』が、確実にその胎動を始めている。
翻ってその当面のリスクヘッジ。何しろ今日この後、午後には持って出なければならない、只今決定したばかりの『不承諾』という返答から生じるであろう数多のリスク、その対処内容の検討が開始された。で、一旦は参加者から自由に案を募る形を取ったのだけれど、
「返事の先延ばしをする」
「再度の交渉機会を求める」
「とにかく何らかの時間稼ぎをして、その間に他国・他地域へ応援要請をする」
旨の提案が複数上がったものの、やはりというか、連邦が一顧だにせず即応的に軍事的対応に出た場合の対処内容まで行くと、いずれの案もさながら行き止まりに出くわしたかのよう、行き詰ることとなった。しかし返す返すも思うのは、こうした人命軽視レベルの強権的且つ強硬手段に打って出てくる連邦の野蛮さ・非道さと、そういった『大きな存在』に一切関わらず、頼らず、必要とせずに地域社会を形成・運営してきたソーヴェインが、そうであるのに、そうしてきたのに、結果として脅迫にさらされている現状の不遇さだ。「生命、財産を守る」なんて言い回しは、過去から現在に至るまでの為政者達の月並みにも月並みなスローガンだけれど、しかしそれを前提としなければならない環境にこそ問題があることは明白だ。だからと言って、その状況を嘆いているだけでは、守れるはずのものまで守れなくなる。連邦がそうして実力行使に出るなんてことは、バカ高い位置から振り下ろされた拳の様なあのめちゃめちゃな通告より遥かに承諾しかねることではあるけれど、実際的かつ実効的な防衛手段を講じなければいけないことも、致し方なく確かなことなのだろう。交渉と言う名の話し合いで事が済めばそれに越したことは無い。もちろんそこに注げるだけの力は注ぐとして、けれどそれがうまくいかなかったら? プランAがダメになった時のプランB、プランC…と、策なり善後策なりはあればあるだけいいはずだ。議論がそうして全体として行き詰まったかの様沈滞ムードになったところで、本来は複数案上がる中でのあくまでもの一案となるだろうと予測・用意した、俺の魔導障壁&谷ビルド作戦を、結果としてはその唯一の打開策として提示することになってしまった。「なってしまった」と言うのは、複数案出揃わなかった事に対する懸念と言うのが一つ。そして今一つは、時間が経てば経つ程にと言うか今になってと言うか、この案が持つ途方もなさ感が、俺自身の中で膨らんでしまったからと言うのもある。家族みんなに「いいね!」もらったはずなんだけれど、それより更にずっと多くの人に提示する中では、その空気感までが違ってしまうと言うのもある。それにそもそもとして、今はただ平原のみがある所に、連邦との全境界に当たる全長約三千kmの谷を造成し、同様の全長を持つ障壁を設置する。時間的な制約が無いとは言え、工程としても途方もない規模だよな、とか、これが完成した後の連邦中央政府首脳部の所感・認識がどの種の、あるいはどの程度のものとなるかは憶測の域を出ないだけ、それもまた途方の無さとして感じられる。で、今ここに参加している人達の反応の多くも、多少の差こそあれ、その様な感じになるのではと、一瞬思ったりもしたのだけれど…
「凄いなそれ!」
「完璧だ!」※壁だけに←メタい
「先生只者じゃねえとは思ってたがよ」
「今度奢るよ!」
否定意見が一つも出ないどころか、大絶賛が待っていた。いや、これはこれで怖い。知ってる、この盛り上がり方はダメになっちゃうパターンのフラグとしての盛り上がり方だって、俺知ってる。そういう意味でも、ちょっとほめ過ぎないでくれないかなとまで思ってしまう。けれど拍手は鳴り止まず、指笛すら響き、何人かの人達からは握手すら求められた。やばいな。いや、言い出しっぺは紛れもなく俺なんだけれど、だけに責任者間が相当に極まってくるのを感じる。と、そこへ、
「二つほど懸念があります」
騒ぎの様相すら見え始めた会場内に、それを一瞬で静まり返されるような凛とした一声が響いた。リウスが発言を求める意思表示としての右手を挙手した状態で、声の主としてそこにいた。ん? 君は最も初めの方で賛成してくれた一人だったはずだけれど?と俺が思いかけるかどうかくらいのところで、
「どうぞ続けて」
と、レジエルさんがにこやかにその先を促した。リウスは軽く一礼してから、
「一つは、問題と言えば語弊はありますが、私達のこの対抗措置に対して、連邦が更なる対抗手段をどう講じてくるのか、と言う点です。『さっさと諦める』という選択肢だけはまず無いですよね。そういう判断をするには、ソーヴェインの経済規模は余りに大きい。相手の国力、その詳細は知りませんが、例えどんな国であれ、併合・吸収、あるいは搾取・収奪が可能であれば『ぜひに』と思う他無い規模、と言った方がいいでしょうか。と言うことは、連邦以外の他国・他地域にもそれが言えるだろう、と言うのが懸念の二点目です。つまりソーヴェインが自らの土地・財産を守る為だけの手段とは言え、その規模の壁や谷を建設・造成を行えば、それに対して例えば『手が出せないな』と言うようなマイナス評価を下すでしょうか? むしろ『相当の国力有り』となるでしょうし、警戒こそすれ、更にそこへ経済規模に関する情報が加えられれば、並大抵の評価に留まる事すら難しいのではないか。これらを全く考慮しないわけにはいかないと思います」
そこでリウスは一度口をつぐんだ。「つぐんだ」と言うのが誰の目にも明らかな所作で、俺を含め、参加者皆が静かにその続きを待った。…てかね、ごめん。ちょっとだけ俺の話聞いて。今朝ね、朝一、そういえばリウス、俺に
「ディド、私にも考えがあるのですが、それは会合で発言可能でしょうか?」
って言ってきてたのよ。ただ。俺はその時、術式でほとんど解消されたとはいえの二日酔いは抜けてたのだけれど、奥様とお酒に対する後悔がまだ尾を引いていたのもあって、
「え? もちろんもちろん。可能も何も、その為に参加するんだから、どんどん頼むよ」
なんて空元気の調子いい発言で済ませちゃってたんだよね。いやまぁそれでもいいっちゃいいのかもだけれど、もう一つ言えば、その時リウス、発言内容を俺に言うつもりだったっぽいんだよね。
「あ、」
みたいな感じだったなって、今の今、ボンヤリ思い出してきた。でもその時の俺は、ほとんど無意識にそれスルーして、朝ご飯食べに行って…食べに行ってしまって…? うん、反省材料また一つ増えちゃったね☆ だし、今は俺のターンじゃない。リウスターンだから。と言うことで続きをどうぞ、お嬢様。※最早下僕
「更にと言いますか、これは私からの提案となります。可能な限り、連邦との交渉と同時進行で、他の関連諸国及び地域とも、交易含む交渉の機会を持ち、そしてそれらに関しては極力対等且つ友好的なものとなるよう目的を定め、進めていく必要があるだろうと考えます」
ちょっとしたお祭りムードはすっかり消えていた。その点は、ただ正直、マジに良かったと思う。俺の評価が爆上がりになっちゃいけない所で爆上がり始めたのは本気で焦ったし。いやさ今朝の事を思うにつけても、と言うね。じゃない。そんなことにかまってるタイムじゃ今は無い。リウスの懸念一つ目は、昨夜の家族会議でお互い確認したことだよね。で、そこでは「このやり方-壁谷造成-で良い」「それで提案しよう」と言う意味合いで一旦結論付けしたよね。もちろん今にしても、返答前に考慮すべき、あるいは前提とすべきフィルターだと言う確信はある。そしてそういう意味では、懸念その二、加えて今提案された内容についても同じことが言える。つまり連邦以外の国・地域との関係をさらい、それらについて予め、可能な限りの善後策を検討・用意しておく必要がある、と言う事だ。それがリウスの言うところの『同時交渉』関連ってわけね。
それで言うと現時点、ソーヴェインが陸地で国境を接しているのは連邦ほぼ一国と言っていいのだけれど、残りのごく一部の陸地-フォグレオナ王国との国境線だ-と、更にその先に広がる超巨大な内海-この辺りでは『青海』と呼ばれているとのことだ-を挟んだ対岸には、合わせて七ヶ国が存在している。それらの国家の一部とは現在、あくまでも民間レベルでと言うことにはなるけれど、船舶による水運と言う形で交易が行われている。要はそれぞれの私企業あるいは個人間で、対岸地域を限度としての商行為に、その関係性は限定されている。もっとも個人レベルと言う意味での漁民同士の商い・商行為は、それこそ悠久の過去より連綿と続けられては来たのだけれど、それが、ソーヴェインにおいての養殖産業の発達、加えて船舶の魔導動力化に依る物流量の拡大や高速化に依って、近年は交易と呼べる一定規模にまでは成長しつつある。
けれど、であり、だから、となる。もし仮に連邦が明らかな敵対的姿勢・行動に移行した場合、最悪のケースとしては対岸の各国がそれに追従する可能性がある。つまり、連邦側が各国に対し、ソーヴェイン制圧完了後における利益割譲まで示すか、あるいはその各国にすら、ソーヴェインに対してチラつかせている武力を同様に示して従わせる可能性もある、と言う事だ。そもそも連邦は、その名が示す通り、特定の国家群が更に一つの国家型組織となったものだ。とすれば、「他国の丸抱え」と言ってもいい支配行動・行為こそ、ある種の常套手段とにしてしまってる。これは可能性と言うより、「結果そうだもんね」という事実認識に近い類の想定をせざるを得ない。そして現にソーヴェインはそのやり方に今、さらされているわけで。
反対に、ソーヴェインと各国が今より更に経済的結びつきを発展・強化させるなどし、その関係を強固にする、できる方向へと舵を切れるなら、場合によって連邦は、今の攻勢的な姿勢を控えざるを得なくなるかもしれない。楽観に過ぎるかも知れない。だからと言って、あのおぞましい提案を受け容れる選択肢は、どんな理由をもってしても存在しない中で、それと同時に、同時進行として、ソーヴェインの更なる経済発展を企図し、実行・達成できるチャンスとなり得る余地は決してゼロではなく、あるいはそこまで悲観的な数値でないのも事実だ。「ピンチはチャンス」か。これ、手垢付き過ぎの表現ではあるけれど、であればこそ、採用に足る思考法でもあるだろう。
リウスの言わんとしている事は、つまりそういう事だった。連邦までも含む各国同時交渉。どえらいマルチタスクのスタートが要求されたものだ。そして。会合参加者たちの間で、リウスの提案に対する検討・論議の末、
①連邦の通告不承諾と対等交渉の提案
②壁・谷造成を中心とした防衛システムの構築
③青海沿岸七ヶ国との通商連合創設前提の交易交渉
以上三点を主要課題とする方針が決定された。予断を許されない状況に変わりは無いけれど、展望と呼べるものがほとんどゼロに近かった昨日に比較して、一定の前進を見たことは確かだ。やはり『集団』と言うのは、良きにつけ悪しきにつけ相当の力を発揮する。多ければ良い、少なければだめだと言うことではない。『適度な一定数』なんていうのはケースバイケースでってことなんだろうし。だとして。今日この会合の参加者数は、出された結論やそこに要した時間からすれば、おおむね妥当と言えそうだ。当然、結果が出ていない今、実効果の程について評価を下す段階ではないけれど、それとは別に、ソーヴェインそのものの政策立案能力・経営戦略力が萌芽した瞬間と捉えられる気がした。
ただ、『言うは易し、行うは難し』。このグレートマルチタスクの内容もさることながら、それを具体的に誰と誰がいつ、そしてどう担当し実行するかと言う点が、次の課題として挙がる。「八ヶ国同時交渉」と一口に言っても、国そのものを向こうに回しての何らかのアクション経験を持つ人間は、現在ソーヴェインには一人もいない-「某協会の副首座だったお前は?」って? いやいや分かるでしょ? …そんな悲しいこと言わせないでよ…-。言えば昨日、受け身ではあるにせよ何にせよ、あれが初日だった。とすれば、全員未経験者である中からの人選となるわけで。こればかりは今回のこの会議へのやる気だとか、参加可能性の有無だとかだけを前提に集まる事とはわけが違ってくる。個々の能力と各国の情勢双方の見極め、あるいはその相関性と言う点での適性やチームとしてのマッチング、交渉継続となった場合を見越しての計略・戦略、逆にポシャった場合の対応策等々。これから論議するには、これこそ余りに課題山積し過ぎちゃってるし、なんなら別途臨時会合を持った方が当たり前過ぎるほど懸命なんだろうな、そう思った俺だったのですけれど…
「ハイハイ! 俺やる!」
「私だって行きたいんですけど!」
「待った! ここはやっぱり俺の出番だろ!」
その場のほぼ全員がやる気全開、と言うかやる気オンリーで名乗り出た。選挙で言ったら歴史的な超激戦区じゃん。てか、どこかのすっごく前向きな学級会に参加した気分だ。まぁ、俺にはほとんど一般的な学生生活や教育システム経験なんて無いのだけれど、我が家で平日開かれる放課後教室、あそこでたまに見せる盛り上がりがそれか。すごくよく似ている。なんだろな。実際とっても不安な状況にはなっているところなのだけれど、それを一気にグーパンチで粉砕されてしまったかの様な明快さやら快活さやらを感じざるを得ない。レジエルさん達が若干慌て気味に交通整理を始める。いやいや何だこの集団。ぶっちゃけちょっと楽しくすらなってきた。
で、何やかや軽いすったもんだの末、まず連邦へはレジエルさんにグラタスさん、そしてノクリエルさんの三人が、リウス護衛の下、向かうこととなった。これはレジエルさんたっての要望で、殊にノクリエルさんには、連邦との交渉だけに求められるだろう特殊性を考慮に入れての打診、との事だ。有体に言えば、他の沿岸七ヶ国はさておいて、連邦の場合は最初から友好ムードでの交渉は見込めず、また、ある種の半端な態度では「条件面での不利・不公平を誘発させるなどのリスクが見込まれるからだ」とまで言い切った。ただし、全面的な対決姿勢をハナから示すことも避ける必要性はあり、そう言った点で、ノクリエルさんが会合冒頭で見せた積極的かつ客観的な姿勢と思考、そして学術専門家としての基本スペック的知見が、レジエルさんにとってはパズルのピースがはまる様、連邦との交渉への必要性を判断させたそうだ。反対意見は、そして一つも出なかった。と言うか拍手喝采featuringノクリエルさんの苦笑付きでした。
対して。沿岸七ヶ国との交渉には、連邦にリウスがそうするような護衛は付けず、純粋な交渉要員のみによるメンバー構成をすることとなった。と言うか実際問題、俺やネネ、そして当のリウスを除けば、専門的かつ実効的な戦闘能力を持つ人間なんて、ここソーヴェインでは皆無だった。こうなると『ソーヴェイン防衛隊』的なものの創設も必要となるのだろうか? ちょっと先の議論テーマには、ほぼほぼ上がりそうな予感はするけれど。さておき。七つの交渉団へは、それぞれ昨日の連邦との交渉に参加した組合執行部が二人ずつ、そして『立っての希望組』がキッチリジャスト三十名、それぞれほぼ均等に配されることとなった。一応「各国に対して何らかの関りを持つ人」を優先的に抽出したと言う点を除けば、当初の流れ通り、やはり「やる気がよりある人」達で占められた感は否めない。繰り返しにはなるけれど、七ヶ国それぞれの情勢等情報分析は当然に済んでおらず、従って各交渉において各個人・各チームに求められるスペック-関連知識や交渉能力等-もほとんど不明な状態だ。けれど。そんな現実もどこ吹く風、早速各々の『交渉団』で、各日程やその内容についての打ち合わせ等、話し合いがスタートした。率直に言ってと言うかやっぱりと言うか、めちゃめちゃ楽しそうで、うん、なんか羨ましい。例えるなら、修学旅行に出かける前に、子供たちが班ごとで予定を話し合っている、あの感じだ。いやだからこれで良いのか、と言う話なのだけれど、一方で「じゃあ色々と待ったなしの今のこの状況下、他にどんな手段・手法を講じることができるんだい?」と言うことになると、おそらく俺以外の人でも「これ」と言うものはほとんど出ては来ないんじゃないかとも思う。やるしかない。更に言えばこの場の空気感に悲壮感が全く感じられないのを「良し」とする他無いと、俺自身思えてきている。リスクを、そしてリスクヘッジを上げていけばキリが無いのもまた事実だ。だからこそ「まずはやってみよう」「いっちょがんばろうぜ」と言う全体的な姿勢は、むしろ最良な在り方、ないし望むべくもないモチベーションの高さと言えるのかもしれない。
なお壁・谷造成部分は、言うまでもなく俺とネネを中心に行う事となった。「中心に」と言うのは、そこに加えて魔導インプラント製造企業こと『魔導インダストリアル』と言うまんまなネーミングの一社が全面的に-場合によって同業他社の応援も受けながら-、進めていくこととなった。同社は魔導インプラントの初期ロット生産者であるのと同時に、現在業界シェア三十八%を誇る、紛れもないトップランナーで、且つ、俺とネネの実験パートナーも務めてくれている。オーナーはデオロルさんと言って、なんとと言うべきか、グラタスさんのお兄さんでもある。ちなみにグラタスさんのところは三人兄弟で、デオロルさんの上にもう一人お兄さんがいる。この方はグラタスさんの共同経営者として、当のグラタスさん並みのパワフルさやバイタリティを以って、ソーヴェイン発展の為、力を尽くしてくれている。また、魔導インダストリアル社の八年に亘る社史も、相当面白いことにはなっているのだけれど、今の今優先すべき話題は別にございますので、「いつかの折にでも」とさせて頂きまする。とにもかくにも。魔導障壁、その装置設計は、今の今までにネネがが完了させているだろうから-この会合の裏でせっせ&ワクワクスタイルで取り組んでいるだろう-、後は俺が最終チェックをした上で、製造・配備に移行する。製造について言えば、明日の夜まで突貫作業で行えば、おそらく全基完成と言うことになるだろう。谷の造成については、それ単体であれば、おそらく七~八分程の工程で済むけれど、何しろ範囲が膨大であり、前述の通り水脈の確認と動植物の可能な限りの退避作業を含めると、少なくとも一昼夜、二十四時間は必要となるだろう。そしてこの所要時間のほとんどは、術式前後の確認作業にほぼ費やされることになる。障壁の配備・設置と稼働開始についても、同じことが言える。作業イメージとしては、設置ポイントごとに工場と現場を転位術式で空間接続して行っていく、と言うことになる。ので、転位については一基設置完了につき一秒もかからないけれど、それが約三千kmに渡っての作業になる為、移動時間含めた全所要時間がどれくらいなのか、それに加えて何基必要になるのかと言う点含め、見通し的に不透明なところはある。配備から稼働開始までの全所要時間については、おそらくと言うか何となくだけれど、十時間程度は見た方がいいのかな、と思う。これも言ってみれば「一日作業」と言うことになる。よって壁谷造成の全行程に要するのは今日を入れて締めて三日。やはり三日の工程、だ。ん? 睡眠時間等休憩時間が考慮されてないんじゃないかって? んまぁ対処術式が無いわけじゃない。とは言っても肉体とか人生観をいじくる必要性のある、そういう意味で禁じ手に近い代物なので、こういう緊急的に特別な機会にしか使わない・使えない・使いたくないものではあるのだけれど。連邦の本丸、中央政府との直接交渉の日程に、それこそ直接影響する作業工程だけに、極力急ぎたい気持ちもあるけれど、人間性離れる手段を取ったとしても、これが限界、と言うことになるのだろうか。
と、ここで、不思議な時間が訪れることとなる。この造成関連についてデオロルさんやレジエルさんらとざっくりとした打ち合わせをしているところへ、リウスがひょっこりと言う感じでスッと入ってきた。そして
「現地の生物移動に関しては任せてください。時間は三時間もあれば完了します」
そう言って、またどこかへと行ってしまった。その場に残された俺達は、次の句をほんの少し継げなくなった。けれど、それが本当に可能なら、この工程全体において一転「極めて明瞭な目安がつけられるじゃないか」と、思い至る。そして今一つのお気づきポイント。同政府直接交渉は、現時点で三日以内に行われる予定ではないから、リウスはその間フリーとなる。だから誰よりそのこと-現地生物の救済措置-を気にかけている自分自身が、その造成時にも帯同しますよ、と言う事なのだろう。まぁ…本当の言い出しっぺはうちの奥様なんですけれどね。リウスありがとう、マジ助かるよ…ってそこじゃない、いやそこもだけど、そうじゃなく、落ち着け俺、そして待ってくれこの一連の流れ。約三千km×約十kmの範囲の生物全て、その大移動-歴史的大移動だ-を、たったの約三時間で済ませることなんて、どうやったら可能になるんだ? 人間も含めた生物対象の幻惑術式の類もあるにはあるけれど、俺もネネも使えないし-「なんで?」はいつか触れよう-約三時間なんてとても無理な範囲限定系だったはずだし、じゃなくて。リウス自身で、しかも単独で行うって感じだったよなあれは。レジエルさん達には「先生、それはどんな魔法なんです?」と訊ねられたけれど、いやさ聞きたいのはこちらの方でがすよ。うちの奥さんの立っての願いではあるし、だからと言うかそもそも術式使う予定ではいたけれど-転位系術式の応用でね-、それも三時間ではまず無理だしね。それより何より第一にだ、当のリウスには術式に関してのパワー(魔力)もテクニック(魔導力)も無い。いや…まさか…黒虎? リウスとの初対面時、あの異界生物と何らかのコミュニケーションを取っていたあの感じで、なのか? けれど今回は対象生物を把握できていない。種類も数も、それぞれの生息地域パターン含め、何もかもだ。ただそれを言うなら、厳密に言って俺がリウスの能力、その詳細を把握し切ってはいないわけで。…今晩聞けるなら聞こう。
と思ったのだけれど、それは-一家族としての、というより100%興味本位で行おうとした聴取そのものが-未遂に終わった。と言うのも、各セクションの初カンファが一通り終わり、それから連邦特使団への返答をレジエルさん含め三名-他は両組合の理事から一名ずつだ-で行うとなった段で、そのリウスから
「この第一次の返答は、交渉の継続打診も含まれる為、レジエルさんが欠かせないのは理解できます。ただし私達は今の今、この会合終了の直後からも、それぞれの仕事や家事などの合間を縫ってとはなりますが、ほぼノンストップで各作業を開始・実行していかなければいけません。この時に、実質的に全体の指導・まとめ役であるレジエルさんが不在となるのは、極力避けるべきではないでしょうか? と言ってその両立が不可能なのも分かります。そこで唯一の妥協策は、ディドの移動術式で、極力そのロスを削っていくしかない、となりますので、ディド、よろしくお願いしますね」
またしても言い切られた。しかも俺かい。いや、術式行使はやぶさかではないけれど、そのぉ、今日は一旦帰宅してですね、この会合で褒められたじゃないですか、ワタシ。それを奥さんやネネに自慢しようと思っていた計画が、それじゃ台無しになっちゃうと言うかぁ…。いや「そんな計画ならいくらでもつぶれろ」とか思わないでほしい。人はパンのみにて生くるものに非ず。俺の場合それは妻と弟子とのふれあいなわけで。けれど致し方なし、か。これは俺にしても、そしてレジエルさんにしても、抗うべき理由も事由も存在しない-自由は存在するかもしれないけれど、その権利を行使するタイミングでは、今は少なくともない-。俺が今ふと思った「まともと呼べそうにない理由」なんかは、それこそ真っ先に除外されるべきなんだろうし。
と言う事で、馬で半日の行程は、正味二~三十分に圧縮可能となった為、早め早めの前倒し、会合終了直後に発つこととなった。これは特使団側にとっても想定よりは相当早い返答タイミング、あるいは想定外のそれとなるかもしれないし、だから会えるまでに必要以上の時間的ロスをしないかと言う懸念も無いことは無いのだけれど、それならそれで、現地到着後即アポ取りすればいいだけのことだ。そして帰着時間は未定ではあるものの、遅くとも明日午前中迄には戻れるだろうし、そこから全体の行動の本格化も可能、となるだろう。
ちなみに若干の繰り返しと言うか確認になるけれど、俺の担当分野。一つは今決まったばかりの第一次返答団送迎係。もう一つが壁・谷造成。障壁装置の製造については、ネネ作成の設計図を最終チェック次第、それをデオロルさんへ預け、可及的速やかに開始してもらう。「直後に特使団に会いに行くんだから、チェックの暇なんて無いんじゃないの?」と質問される方。あなた魔導師じゃないですね? 俺たちが普段から離れた相手との間でのコミュニケーションツールとしている『念話』。あれ、動画も静画も伝達可能なんすよ。ので、俺の送迎係決定直後には、その念話によって既にネネには設計図送信依頼済みで、間もなく返信があると思われる状態であります。余談、もちろん相手が一般人でも、送受信は可能-一般人からの発信はできないけれど-。と言う事で次、谷の造成。これはとにかく当日実行あるのみ。強いての準備は例の生物移動で、それもリウスがやってくれちゃうことが決まったので、今の今必要なアクションと言うのは無い。おぉ…。と言う事で俺に残された課題は、家に戻ってフレウスに「よしよし」ってしてもらうだけじゃないか。あ…。だからそれこそが延期になっちまったのか…最悪明日の昼までね…。じゃない。いやさそれこそが最重要事項だけれど、ソーヴェイン的に余程大事なのはこれじゃない。リウスが「やりますよ」と、何だったら軽く引き受けてくれたその『現地生物緊急避難誘導』、その内容確認だ。下手すれば詳細未確認のぶっつけ本番になる。それが成功するならいい。ぜひにも成功してくれとも思う。けれど失敗すれば? それもどう失敗するか分からないし。だからそのリスクッヘジはせめて、代替えの術式実行予定者の俺と、可能ならまとめ役のレジエルさんとで詰める必要がある。のだけれど。リウスはここでも一歩も二歩も先を行く。再度、俺やレジエルさんの所に戻って来るや、
「この後すぐ、現地調査に行きます。それと、ネネも連れて行っていいでしょうか?」
俺はすぐにはうまく呑み込めず、
「えっと、何がどういうこと?」
と聞き返す。察する事ができる所もあるけれど、ここに来て俺の中でのリウスの謎な存在感が急上昇中なのは否めず、思い込みと言うかバイアスかかってる部分もあるんじゃないかって懸念もある。なワケなので、つまりホント「確認したいことが山積だ」と言うのが、その本音・本質だったりもして。
「本当はディドやフレウスも入れて、明日にでも皆で行こう、と昨夜の話ではなっていましたが、私の提案とは言え、この後ディドはレジエルさん達に同行、となりましたよね。そうすると、ディドのお手伝い等含め、私は他に特にすることもない時間を持つこととなります。であれば、こういう一刻の猶予も無い中、前倒しできるものは前倒しで行いたい、と。それで、行動予定としては、ネネに飛行術式で現地へと連れて行ってもらい、私は生物調査、ネネは装置設置のだいたいの見当をつけることを目的とし、そしてそれを達成できればいいな、という考えです」
いいじゃん。普通に良い計画じゃん。俺からすれば、我が弟子の成長具合すら確かめられる機会になってるじゃん。成程ね。ピクニック計画的に楽しみにしているフレウスからすれば、ネネとリウスが先に現地に行くのは一瞬「シュン」ってなっちゃうポイントかもだけれど、ま、そこはうちの奥さんだ。明日午後には間違いなく四人(+代表団or両組合理事メンバー)で行くわけで、その時はその時のやりがいをきっと見つけてくれることだろう-もちろん俺からの何らかのフォローを欠かすつもりは無いけれど-。として『現地生物緊急避難誘導』その方法だ。
「それは企業秘密です」
尋ねると、リウスはにっこりさっぱり軽やかに内緒にしてくれた。いや、内緒にすんなし。
「そこは教えてくれよ。フレウスに怒られたくな…じゃなくて、生態系に極力影響を与えたくないのは俺も同じ気持ちだし、その確実な回避策をだから」
「仮に失敗しても、フレウスは怒りませんよ。それはあなたが一番わかってるはず。それと、生態系に絶対勝つ絶大な影響を確実に与えざるを得ないのが、今回の術式ですよね。目的はそれではないけれど、その副産物無くしての成功はあり得ません。それもディド、あなたは知ってますよね。つまり『生物に全く影響与えずに済む確実な回避策』というものは存在しませんし、よってそれについての私の策を開示すべき、と言う根拠そのものも、一つとして在りはしないと言うことになりますけれども、それでよろしいですか?」
よろしくはないよ。その通りだとしてよろしくない。だし、そう言われると余計気になるじゃんね。
「ごめん、単純に知りたいだけです。その回避策じゃなくて、そもそもの誘導術の内容を、どうか教えてください」
素直作戦に切り替える。それを作戦と呼べるなら、だけれど。
「実のところ、私自身よく分かっていないんです。確実に実行できるって言うだけで」
テヘって感じで言ってくる。え~~~~~~~~~~。不安。んまぁさ、人でなし思考で考えれば、ほんとコレ、うまくいくいかないは究極関係無いんだけどね。最優先と言うか絶対優先は「ソーヴェインの人々を守る事」のみなのだから。ただ、フレウスからお願いされたことだからと言うだけでなく、単純にうまくいかなければ-生態系がぐっちゃぐちゃになるとか、全対象生物を全滅させるとか言った最悪ケースになっちゃうとかさ-、夢見が悪いと言うか、同じ生きとし生けるものとしての自分の存在そのものが気持ち悪くなると言うか。それに、リウスが言う通り、絶対かつ絶大的な影響を現地やその周辺生物に与えるのだとして、それでもその範囲内で被害を最小限に食い止めたいと言う思考は、ただの博愛には留まらないはずだ。生物を尊いものとして扱うのか、それとも大虐殺を敢行したのかと言う点は、つまり今後のソーヴェインの在り方にも関わってきてしまう。防衛手段取得当時、その技術責任者(俺)がどちらを選択したのか、結果としてどうだったのかという歴史的な検証が為された際、ソーヴェインそのものの信用度は、一定の影響を受ける可能性が高いんじゃないか。なんてことをつらつら考えてみるにも、やはり奥さんの言うとおりにするのが正解なのだろう。どんな夫も、その妻の言う事を素直に聞いておけば、起こりうる摩擦の九割は減らせるんじゃないかって言う肌感覚統計は今はどうでもいいとして。
「ネネにはこの後の下見で、その一端を確認してもらえると思います。それを以ってディドにも判断してもらえるかと思います。それも前向きな判断がもらえると言う確信付きで、です」
あくまでリウスは、自分が当たり前にできることを前提に話している様だった。ついでに、これ以上の議論の余地が無いことも見て取れた。根拠はネネが確認する、か。魔導師としての素養だけなら歴史上トップクラスだろうけれど、それ以外は一般人以上でも以下でもないごくごく普通の一人の子供がどこまで判断できるのだろう。と、一瞬思いもしたけれど、いや、そうか。その『一般的な子』でも一目瞭然で分かる、「これはOKだ」と判断できちゃう程確かな事もないか。こりゃ一本取られたわい-誰も一本も取りに来ちゃいないが-。それに見たまま・感じたままに表現できる、と言うかそういう方法でしか物事を表現できない段階の我が弟子の報告もまた、「信用に足る」と言う点での確実以外の何ものでもないそれ、となるだろう。
「分かった。ひとまずネネを預けるよ、よろしくね」
俺がそう言うと、リウスは満足そうに頷いて去っていった。…なんか最後に一言くらいあっても良かったんじゃない、俺に。まぁいいか。それどころじゃないもんね、今。
と、ここまで連邦特使団への返答について、そしてその先への準備内容AtoZをくだくだしく述べてきたけれど、結論から言えば、特使団へは早々に面会が叶った。そしてレジエルさん等が「あくまでもNo」旨を伝えると、彼らはほとんど何も言わずに立ち上がり、そしてそのまま去っていった。面会の場として使用されたその街の公民施設-と言うには相当立派な歴史ある石造りのそれだ-の木製ドアを叩きつけるようにして開け放って行った様を見るにつけ、「心中穏やか」とは言い難い感は伝わってきた。何にせよ、あっという間に済んでしまった感が強い。また、再交渉について、直接先方の中央政府首脳部と行いたい旨も併せて伝えたのだけれど、そう言うわけでと言うか、取り次いでくれるかどうかすら断然怪しいレベルとなった。なので、その直後にレジエルさん等は軽く打ち合わせを行い、その件については「当初のスケジュール感より前倒しで進めていこう」となった。つまり連邦本国へ、そして中央政府へ、どんなに遅くとも「一週間以内にはモーションかけを開始しよう」と言う一旦の結論を出したのだった。個人的には件の壁・谷完成直後には、交易前提の態で一気に駆け込みたいのが正直なところだった。当然、焦って事を仕損じれば本末転倒、元も子もないのだから。最大級の細心の注意が求められる。いずれにしてもその端緒は、つまり連邦との早め早めの交渉開始それ自体は、同時進行を予定している対岸七ヶ国との通商連合立ち上げ交渉を鑑みても、可能な限りの武力衝突、そういう意味での紛争回避を目的としている今、悪手として回避する選択肢は無いだろう。少なくともそうした手を打ったと言う既成事実を早めに作り、その他の国家群へ「ソーヴェインは経済外交大前提の平和的解決を望んでる」と言う根拠の一つとして提示できるようになれば、決して無駄ではないはずだ。
今やソーヴェイン代表団の事務所とすらなった組合合同会館に戻ってすぐに、理事始めその場に残っていた各交渉団のメンバー、その他会合参加者達との間で、相互での進捗報告会が開始された。ちなみに時刻は午後五時にかかろうと言う所だったけれど、会合参加者の内、ほぼ全員が残っていると言う状況だった。それどころか、更に多くの人-と言うか午後の倍近く!-が集まっていた。ただそれは、それだけ事態が切迫しているからだ、とも言えるだろう。これからの生活、自分の、家族の、そしてそのまた子孫たちの未来が大きく左右されようとしている。人間そのものの根本価値が、大きく左右されようとしている。だから、ただ黙ったまま、この一大事の経緯を眺めるつもりは、今ここにいるメンバーは特にないと言う事なのだろう。そのハズだ。
「確かにそうなのかも知れない、か」
報告会の休憩中に、レジエルさんがまるで独白でも始めるかの様にぼそりと呟いた。けれどそれは間違いなく、横で聞いている俺に向かって発せられているものだった。
「五百万住民、成人人口で四百万近くからいて、『話し合いするから皆で集まろう』はもう無理だよな…。ノクリエルさんが言ったのは、こういう部分も差しているってことだろう?、先生。話し合いのルール作りが、ついに俺達にも必要になったってことだよな」
俺はこの時、正直少し胸が痛む思いをした。それは他でもなく『世界魔導師協会副首座』という経歴がもたらす痛みだった。あの中央集権にも中央集権な管理・運営システム。三百万魔導師に対して、実際独裁的な立ち位置にある集団の、かつてその一席を占めていた一人としての自分。今のレジエルさんの言葉に、純粋に頷いていい立場ではない自分自身がもたらす痛みだった。過去は過去、としてもだ。忘れ切っていい過去ではない。「そこに囚われ、一歩も動けない」などと言う状況もあってはならないとしても、だ。しかしだからこそかも知れない、と思い直す。それが『失点』としての過去なら、負ける為に生き続けようと思わない限り、それは当然取り返さなければいけない。敗北を目的とする人生を送ることを良しとするほど、俺は自分の人生を捨てようとは思っていない。失点は取り返し、何だったら勝ちに行きたい。それは今この場で具体的に言うなら、ソーヴェインの明日を、より明るい明日をつかむ為、その為に自分の力を尽くすという事だ。幸いにして支えてくれる人達がいる。信頼に足る仲間達もいる。協会での失点は、必ずここで取り戻す。
「その通りだと思います、レジエルさん」
俺は答え、応える。
「その仕組み作りについては『今が肝心』とすら言えるかと思います。多国間同時交渉をより成功に近づけることで、ソーヴェイン自体の経済成長をより強力に推進し、以って住民全体の生活向上を達成し続ける為にも、ですね」
「ああ先生、俺が思うのもそこだ」
レジエルさんは確かな頷きを返してくれる。そして
「しかし気付いてみれば、だ」
そう言ってから、ふと目線を地面へと落とし、呟くように切り出す。
「気付いてみれば、随分でかい商売になっているな、どいつもこいつも。十年よりも前なら、親父・お袋達、その前の爺様や婆様達が、ずっと細々続けてきていたものを、俺達も何の疑問も無く、そんな細々のままに受け継いできた。『細々』なんて意識もまるで無かった。それで充分だったからな。家族が、周りの家が、それで誰一人困ってないんだから。年によっては不作やら不調やらはあった。だけど生きていくに当たっちゃ、本当に切羽詰まったなんて事にゃ、俺んところを含めて誰も何も無い筈だ。俺が生まれる前含めた知る限りの間、そう言うことが理由で『どこかの家族が出ていった』だとか、何かもめたり争いごとがあったりなんて事も、やっぱりゼロだ。それが今じゃ隣近所は隣近所でも、国家相手のご近所づきあいで、ものを考えるようになっちまってる。しかも争いの種まで芽生えそうになってると来た。生活や商売、その恵まれた状況に愚痴を言うつもりはない。で、その『恵まれた状況』を本物にしなきゃいけねえ。子供や孫達が、この先一々泣いて暮らすなんて状況には絶対させてたまるかってな。その為にも、ここが土壇場で正念場で、これまででも一番ぶっ飛んでる山場だ。正直胸が震えるよ。それでな、先生」
そう言ってレジエルさんは顔を上げ、俺の方へと視線を向けた。
「八年前にフラッと現れたあんたと、色んな巡り会わせでもって、今こうして二人で話している事も、その内容も、ちょっと距離離して眺めてみるに付け、考えてみるに付け、だ。人生つくづく不思議で、それでもって面白いもんだよな」
そう言ってから口角を上げて見せた。ここまでを聞いていながらふと、レジエルさんは横にいる俺にと言うよりは、レジエルさん自身にそう言っている、ともすると言い聞かせていると言う気がした。単純に思い出を振り返りながら現状を確認している、と言う事ではないんだろう。誰もはっきりと口にはしないけれど、レジエルさんはソーヴェイン五百万住民の総代、総責任者になりつつある。それはきっと間違いないのだと思う。そして今、当のレジエルさんが、その現状と自分自身の持つ責任の自覚、その行動原理-自分の家族、その子孫までも、だろう-をしっかりと胸に抱き直して、一歩でも前へ進もうと、静かに、それでいてより確かに、決意を深めた瞬間だったように思える。だとすれば、随分と熱い瞬間に立ち会えたものだ。いや、そう思う俺自身が、その熱を、今この時確実に宿したからこそ、レジエルさんの言葉を、そう聞いたのだろう。ここから先、一歩だって退かない。退きたくない。いやさ前進あるのみだ。その熱が確かに今、この胸に宿った。
ということでディド、モチベーション爆上がりです。
よろしければ続きも読んでいただきたく。




