吸血の目覚め
「ふふ…。お帰りなさい、王一様。ああ、こうして近くで見たら、更にあの人と瓜二つなのを実感できるわ…。本当に………本当に会いたかった…」
学校を終え、母・エルフィナの言いつけ通りにまっすぐ帰ってきた王一に掛かる声。女性の声ではあるが、エルフィナとはまた違う透き通るような美しい声だ。
そして、その声を発した玄関口に立っていた女性。とにかく、真っ白だ。肌も髪も瞳の色も着ているドレスさえ本当にすべてが真っ白で、圧倒的な高潔さ気高さと共に、どうしようもない儚さも抱えている。
「あ、あの……どちら様で…?」
そして、こんな明らかに場違いの人物を前に王一はかすれた声で問う事しか出来ない。何やら相手は王一を知っているそぶりを見せているが…。
「お帰りなさいませ王一様。こちらの方は、我らが吸血鬼を束ねる三つの派閥が一つ、ハネッサ家の現当主、フィーカード・ハネッサ様でございます」
「ああ…。最愛の人から誰と問われるのはやはり辛い…。しかし、ここは耐え時ですね…。いつの日か、あの幸せだった時間を取り戻すまで…!」
その真っ白な女性の横で、エルフィナがこれまで聞いた事の無い様な抑揚のない声で真っ白な女性…フィーカードを王一に紹介する。一方、紹介されたフィーカードは何故か悲し気に目を伏せている。
「王一。これは一体どういう事かしら? 貴方のご家族は母しかいなかった筈では…?」
「う、い、いや…。すいません、俺もさっぱり状況が呑み込めません…」
その場の状況に困惑する王一の、その背後から美夜が口を開く。今日が王一の誕生日と知った美夜は、一応とはいえ彼氏の誕生日ならお祝いをするべきだ、と、強引に家まで付いてきたのだ。
「―――下賤な人間の分際で、王一様に尊大な態度を取り、あまつさえそのお名前を呼び捨てとは…。その無礼、万死に値します。エルフィナ、あの二人を捕らえなさい」
だが、その時の美夜の態度と王一と言う呼び捨てが、このフィーカードと言う女性には酷く気に入らなかった様だ。先ほどの悲しげな顔を一転、憤怒の形相を浮かべてエルフィナに命ずる。
間髪入れずにエルフィナは美夜とその付き人に襲い掛かる。しかし、そのスピードは明らかに人間離れした凄まじさだ!
「美夜様っ!!」
何とか反応した付き人が美夜とエルフィナの間に割って入り、懐から取り出した警棒のような物で応戦するも、初段の突きをかわされ、そのまま警棒を持った腕を極められてしまう。
「美夜様、お逃げ下さいっ!」
「先輩、ここは一旦逃げてくれっ!!」
捕らえられた付き人と、異常な雰囲気を察した王一が共に美夜に逃亡を促す。が、
「―――くっくっく…。逃げる? この私…満才美夜が? ありえないわ。そして、我が忠臣、咲夜を見捨てるなど持っての他。何としても、返してもらいます…!」
しかし、二人の警告を一笑に付すと、スッ…と武道の構えを取る。美夜の大きな体も相まって、その圧力はかなりのものだ。
「満才…。ああ、最近力を強めてきた人間の組織が、その様な名でしたね…。そして、この誇り高さ、そして美貌は人間にしては上出来でしょう。流石、王一様。正体を明かさずともこれほど極上の食事を引き寄せるとは」
そんな美夜を前に、しかしフィーカードは不気味に微笑むだけだ。
「ちょ、ちょっとアンタ何言ってんだ? 何だよ食事って」
「王一様こそ何を言っているのです? 吸血鬼の好物と言えば処女の生き血でしょう。それも、美しく気高い程良いとされています」
そんなフィーカードに思わず口を挟む王一だったが、逆にフィーカードから何言ってんだ? みたいな口調で返されてしまった。
「だ、だから吸血鬼って何だよ!? そんなもんゲームの中だけの存在」
「ですから、私達がその吸血鬼なのです。勿論、王一様も…」
激昂する王一を前にして、フィーカードはそう言いながら自分とエルフィナの口の端を見せる。そこには、人間にはありえない程尖った鋭い犬歯…いや、もはや牙と言った方がいいだろう…が生えていた。
更に、間髪入れずフィーカードは王一に自分の口内の端を確認してみろと指で訴えてくる。その指示の通りに指を入れて確認すると、確かに異様な長さの先がとがっている歯があるではないか!
「そ、そんな…。こんなもんいつの間に…!?」
「ふふ…。さあ、ご理解いただいたところで、食事の時間ですよ王一様。この生意気な人間を吸血し、己が虜とするのです」
突然の体の変調に愕然とする王一に、続けて指示を出してくるフィーカード。美夜を指差しながら、フィーカードの目は言っていた。言う通りにしなけらば美夜の付き人…咲夜の無事は保証しない…と。
「…良いでしょう。王一、やりなさい」
しかし、フィーカードの指示に先に反応したのは美夜の方だった。片膝をつき、王一が噛みやすい位置に首を差し出す。
「せ、先輩!? でも…っ!」
「聞きなさい王一。正直、状況が良く把握できません。この様な状態で強引に反撃しても、咲夜も私も、勿論貴方も痛い目を見るだけです。それよりも今はあの女の指示に従い、油断を誘った方が得策と私は判断しました。さあ、やりなさい王一」
慌てる王一に、美夜は王一にのみ聞こえる様な小声でその真意を伝える。
確かにそれはその通りかもしれない。が、王一は焦る。女性の首筋に噛みつくなどと言う行為への忌避感…ではない。実は、牙が生えていることを確認したその時より、王一の心中は美夜を吸血したいという欲望が一気に膨らんで、抑えが利かなくなっていたのだ!
「ぐっ…うっ…ううっ……っ! せ、先輩! ごめんっ!!」
遂に我慢が限界に達した王一は、謝罪を口にしながら美夜の首筋に噛みついた!




