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ep3 (2)

ep3 (2)


 


__会談当日。


人間界では見たことのないデザインの黒い服に袖を通し、部屋の外へ出る。


すると、待機していたベクタやユルゲン、レベリウスらが、それぞれ悪くない反応を示した。


「お似合いですよ、イザベラ様」


ベクタが微笑みながら言う。


「似合ってるね〜イザベラ」


ユルゲンがいつもの調子で軽く口笛を吹き、レベリウスも短く頷いた。


「いいんじゃねーか?」


「……もう少し彩りが欲しいのだけれどね」


魔界の服はどうしてこうも暗い色ばかりなのか。


とはいえ、今さら服のデザインに文句を言っても仕方がない。


しばらく待つと、階下から足音が響く。


見れば、レヴェナが静かに降りてきた。

いつもと変わらない、漆黒の衣装。


私に視線を向けるものの、特に何も言わず、ただ無言のまま歩み寄ってきた。


「準備が済んだのなら、行くぞ」


「ええ」


いつもと同じ淡々とした言葉。


(まぁ、その無愛想さにはもう慣れつつあるけれど)


 

 




____数日前。


「私とこの女の二人で行く」


会談に向けての話し合いの最中、突如としてレヴェナがそう告げた。


「向こうの無駄な警備に、こちらも付き合う必要はない。手短に話を済ませて帰ればいいだけだ」


「……え?なんで私も一緒に?」


思わず聞き返すと、レヴェナは当然のように答える。


「人間たちを相手にするのだから、お前は必要だ」


「……そうかしら」


私が戸惑っていると、隣で黙っていたベクタが少し困惑した様子で言う。


「レヴェナ様、さすがに……お二人だけというのは……」


「仮に人間たちが罠を張り、私ひとりをどうにかしたところで、余計な火種を生むだけだ。人間たちもそこまで馬鹿じゃない」


レヴェナは淡々と言い切る。


それを聞いたベクタは、何か言いたげだったが、しばらく考え込んだ後、結局それ以上の言葉を発することはなかった。


レベリウスも同様だ。


私の方をちらりと見たものの、特に異論を唱える様子はない。


「え?あ、貴方たちはいいの? この女をひとりで行かせて……」


唖然としながら問いかけると、レベリウスが腕を組んで肩をすくめた。


「まぁ……心配ではあるけどな。レヴェナ様が人間相手に後れをとるとは思わねーよ」


その言葉に、ますます呆れた。


(いや、そういう問題じゃないでしょう?)


相手は、五大貴族の当主たちと、数十人の護衛を従えた国王陛下だ。


数で言えば圧倒的に不利な状況なのに、それでも彼らは、レヴェナなら問題ないと信じている。


……いや、もしかすると、信じているというよりは、疑う余地すらないのかもしれない。


ベクタも少しの逡巡はあったものの、最終的には諦めたように息をついた。


「では、お二人で会談に臨む前提で話を進めましょうか」


その言葉を最後に決定事項として扱われた。














黒い馬車が静かに城門をくぐる。


車輪の軋む音と、馬の蹄が石畳を打つ規則的な響きだけが、静かな朝の空気に溶け込んでいた。


窓の外に広がる景色をぼんやりと眺めながら、私は改めて思う。


(……本当に、大丈夫なのかしら)


この会談は、魔族と人間の未来を左右するもの。


警戒心に満ちた相手と対話するのも骨が折れるだろうし、何より、この女と二人きりで向かうというのが不安要素でしかない。


レヴェナは目を閉じ、いつもの無表情を崩さぬまま静かに座っていた。


考えても仕方のないことを思考の隅に追いやって息を吐く。


そして、ふと口を開く。


「……ねぇ」


レヴェナが目を開きこちらに視線を向けた。


「……なんだ」


「この馬車で境界線まで向かうのよね?」


「そうだ」


(ということは、また数時間かかるのね……)


正直、あの人間界の学院へ戻るよりも長い時間を、この静かな空間で過ごすのは気が滅入りそうだ。


何か気を紛らわせる話題はないかと考えた末、ふと思いつく。


「ねぇ、もっと便利な移動手段はないの? 魔族なんだから……ドラゴンに乗るとか、できないわけ?」


ドラゴン。


その存在は物語や伝承の中でしか語られず、実際に目にした人間はほとんどいないと言われている。


人間界ではまずお目にかかれない伝説の魔獣。


レヴェナは私の言葉に微かに眉を動かし、淡々と答えた。


「普段なら、そうする」


「え、できるの?」


思わず前のめりになる。


(ドラゴン! なんて魅力的な響きかしら!)


しかし、レヴェナは冷静なまま言葉を続けた。


「ならドラゴンに乗って行きましょうよ。陛下たちもきっと度肝を抜かれるわ」


「度肝を抜いてどうする…。それに、お前ではドラゴンに乗ることはできない」


「……なんでよ?」


「ドラゴンは己の認めた者しか背中に乗せない。お前のように弱い人間では、まず不可能だ」


「…………」


(この女……悪気はないんだろうけど、いちいち言葉の端々に棘があるのよね)


さすがに少しは気を遣うとかできないのかしら。


私は小さくため息をつき、馬車の中で微妙な沈黙が落ちる。


(やっぱりベクタを連れてくればよかったかも……)


無愛想だし、会話が続かないし、こういう時、相槌を打つくらいの気遣いがあってもいいんじゃないかしら?











目的地である魔界と人界の境界の町に着くと、すでに人間側の使節団が待機していた。


王都の騎士団を中心に、整然と並ぶ彼らの視線は、あからさまな警戒心に満ちている。


(……歓迎ムード、というわけにはいかないわね)


馬車が止まり、扉が開く。


まずはレヴェナが静かに降り立つ。


その瞬間、騎士たちの間に緊張が走った。


レヴェナは何も発していないのに、その存在だけで場を支配しているようにさえ思える。


私も馬車から降りると、向かいにいる騎士団の一人が慎重に一歩踏み出し、名乗った。


「ヴィダール王国騎士団所属、ミカル・ロウズ第一師団長。以降の護衛、および案内を担当いたします」


礼儀正しく、しかしその眼差しには鋭い警戒が滲んでいる。


騎士や魔導士たちの視線のほとんどは当然ながらレヴェナに向けられていた。


(……私、あまり目立っていないわね)


おもしろくない。


レヴェナは騎士団長を一瞥し、淡々と口を開いた。


「案内を頼む」


「……お二人だけですか?」


「ああ」


ミカルの顔にほんのわずか動揺の色が見えた。

彼は瞬きを一つして、短く息をつく。


「……では、こちらへ」


こうして、私たちは無言のまま、会談の場へと案内された。







会談の場として用意された屋敷は、この小さな町には不釣り合いなほど壮麗なものだった。


ベクタの情報どおり、ここはかつての大戦で幾度も戦場となった場所。王軍や貴族たちの駐在施設が点在しているのも頷ける。


(表向きは辺境の町だけれど、いざという時にすぐ軍が動けるよう整備されているのね)


屋敷の中へと案内され、通されたのはひときわ広い会談室。


扉が開くとすでに主役たちは席に着いていた。


「ようこそ、レヴェナ。会えて光栄だ」


真っ先に口を開いたのは、この国の王__ルーウェン・プラウド陛下。


落ち着いた声音に品のある微笑み。しかし、その視線の奥には鋭いものが潜んでいる。


レヴェナはわずかに顎を引き、静かに応じた。


「ルーウェン・プラウド。会談の場を設けていただき、感謝する」


__それだけ。


無駄のない言葉、そして感情の読めない表情。


だが、王と魔族が対峙したその瞬間、室内の空気が一変したのを私は感じた。


(……息が詰まるわね)


王都にいた頃、陛下には何度かお会いしたことがある。貴族の式典や舞踏会、王宮での晩餐。


あのときの陛下は、常に気さくで朗らかに振る舞い、場を和ませるような雰囲気を纏っていた。


しかし__今、目の前にいる彼は違う。


表面上は柔和な微笑を浮かべながらも、目に見えない威圧感が空間を支配していた。


普段は感じることのない重圧に、私は思わず喉を鳴らす。


そんな私を見て、陛下が穏やかに目を細めた。


「イザベラ夫人__と呼ぶべきかな?」


「……お久しぶりです、陛下」


「うむ。元気そうでなによりだ」


軽く会釈を返すと、続いて両脇に控えていた二人の男が立ち上がった。


彼らこそ今回の会談の鍵を握る人物──五大貴族の代表。


まず、一人目。


すっと背筋を伸ばし、冷ややかな目を向けてきた男が名乗る。


「ミケール・クラヴィストだ」


短く、しかし重々しい声。


彼の視線は私ではなく、レヴェナにまっすぐ向けられている。


(……隠そうともしないわね)


その眼差しにあるのは明確な警戒。そして敵意。


クラヴィスト家は、魔族との融和など望んでいない。むしろ排除すべき存在と考えている派閥の筆頭だ。


当然、彼がこの会談に乗り気でないことは見て取れる。


対して、もう一人の男は柔らかい笑みを浮かべながら、穏やかな声音で口を開いた。


「はじめまして。トマ・フェオードルと申します」


どことなくベクタを彷彿とさせる物腰の柔らかい印象。


しかし、ただの温厚な貴族ではないだろう。


五大貴族の一角を担うフェオードル家の現当主。名家の長としてここに座っている以上、ただの好人物では務まらない。


(……中立派、というところかしら)


そう考えながらレヴェナの方を見やると、彼女は相変わらず感情の読めない顔のまま、ただ黙って二人を見つめていた。


無言の圧力。


ミケールの眉がわずかに動き、トマは目を細める。


そして__


国王がふと息をつき、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


「……すまない。これほど厳かな空気になってしまうとは、私としても本意ではない」


場の緊張を和らげるように、穏やかな笑みを浮かべる。


「和平に向けた会談なのだから、こうも張り詰めた空気の中でするものではないはずだ。できることなら、もっと穏やかな場を用意したかったのだが……」


その言葉に、場の空気がわずかに緩む。


トマは静かに頷き、ミケールは静かに目を瞑ったまま特に反論はしない。


「まあ、互いの立場が立場だから仕方のないことだがね」


国王が軽く肩をすくめると、今度はレヴェナがゆっくりと口を開く。


「私は問題ない。形式に囚われるつもりはないし、必要な話をする場であればそれだけで十分だ」


「ふむ、そう言ってもらえると助かるよ」


国王は微笑し、再び席についた。


そして──


「では、席につこうか」


その一言を合図に、全員が静かに椅子を引く。


会談が、始まった。







***************








魔界の南部と、そこに棲まう魔族を統治するレヴェナ。

そして、人間界における魔法大国__ヴィダール王国の国王、ルーウェン・プラウド。


予想どおり、両陣営の対話は一筋縄ではいかなかった。


会談が始まって間もなく、言葉の応酬は白熱し、特にミケールとレヴェナの間で激しくぶつかり合う。


「和平、か……」


ミケール・クラヴィストは静かに口を開いた。その声音は低く、しかし鋭い敵意を帯びていた。


「貴様ら魔族との戦いで、これまでどれほどの人間が命を落としたと思っている?」


淡々とした口調に滲む怒りと警戒。


「それを今さら、なかったことにしろとでも?」


レヴェナはミケールを一瞥し、冷然と言い放つ。


「お前たち人間が、我々の土地を奪おうとしなければ危害を加えるつもりはない。現に、私たちはこの120年間、一度も人間界へ攻め入ってはいない」


「これまでの魔族の侵攻と、貴様らが無関係だと? それを証明できるのか?」


「私は魔王ではない。他所の魔族たちまで統治するつもりはないし、彼らの行いまで責任を負う義理はない」


ミケールの目つきが険しくなる。


クラヴィスト家は、歴史的に対魔族戦の最前線に立ち続けてきた家柄。

彼の一族の多くが、これまでの戦いで命を落としてきたのだろう。


その彼にとって、魔族の統治者が「知らぬ存ぜぬ」と言うのは到底受け入れがたい話なのだ。


だが、レヴェナも一歩も引かない。


ミケールは鋭い視線を向けながら、静かに問い返す。


「仮に、貴様たちを他の魔族とは違うと認めたとして……境界線近くの鉱山で頻繁に魔獣や魔物が出現し、多くの死傷者が出ていることは、どう説明するつもりだ?」


「説明も何も……」


レヴェナは呆れたように息をつく。


「魔鉱石欲しさに、鉱山を住処にしていた魔物たちを追い出したのはお前たちだろう。

彼らはただ、己の住処を奪い返そうとしているだけだ。被害を出したくなければ鉱山から手を引き、もとどおり返せば済む話だ」


「貴様らが魔物を差し向けているのではないか?」


「くだらない妄想に付き合うつもりはない」


睨み合う二人。


王の前であろうと、相手が五大貴族であろうと、レヴェナの態度はまるで変わらない。


……どちらの言い分も理解できる。


レヴェナからすれば、統治下にない魔族のことなど知ったことではないだろう。

彼女が求めているのは、人間側が攻めてこなければ魔族も干渉しない、という単純な話。


しかし、人間界の都合はそう簡単ではない。


鉱山の話にしても、ヴィダール王国に恨みを持つ魔族は、レヴェナの一派を除いたとしても大勢いる。


王国を守るためには、国内の鉱山だけでは足りない。

魔界の鉱山で質の高い魔鉱石を採掘しなければならないのだ。


そして、レヴェナの領土は、魔界の中で最も人間界との境界に近い。


ミケールからすれば、そこに豊富な資源があると知りながら一切手を加えないと誓うことは……到底、難しいのだろう。












重苦しい沈黙が、会談の場を包み込む。


ルーウェン陛下も、トマも、ミケールがただ感情論をぶつけているわけではないと分かっている。

彼が王国の現状を憂い、最善を尽くそうとしているからこそ、下手に甘い言葉をかけることもできない。


私もまた、ミケールとレヴェナの口論の熱に完全に気圧され、ただ黙って成り行きを見守ることしかできなかった。


こうして__


王国の利益を第一に考えるミケールと、魔族の安泰を優先するレヴェナ。


互いに譲歩の余地を見出せないまま、議論は延々と平行線を辿り続け……


結局、この日の会談は、何の進展もないまま終わりを迎えたのだった。


沈みきった空気のなか、国王陛下が静かに立ち上がる。


「……今日はここまでとしよう」


誰もが疲労の色を隠せないまま、会談の席を後にする。


私は小さく息を吐き出し、レヴェナの横顔を盗み見た。


彼女の表情に、疲れや苛立ちといったものは見えない。ただ淡々と、いつも通りの冷静な顔をしている。


「……レヴェナ」


「なんだ」


「疲れたでしょう。大丈夫なの?」


レヴェナはほんの一瞬、目を細めたが、すぐに視線を前に戻す。


「問題ない」


「……そう」


__このままでは、交渉はまとまらない。


明日もまた、今日と同じように平行線を辿るだけなのではないか。


不安を抱えながら、私はレヴェナの後ろをついて歩き、静かに夜の帳が下りるのを待つのだった。

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