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ep2 (2)

魔族たち(2)


「暇つぶしになるような物は無い。見ての通り、ただのだだっ広い修練場だ」


レベリウスが腕を組みながら言う。


「……使っている剣は本物?」


「そうだ」


「危険ね」


「普段の鍛錬から本気で取り組まなきゃ意味が無い。それに俺たちは大半の傷はすぐに治る」


知識として知ってはいたが、やはり魔族の身体能力は人間とは違うようだ。


彼らは寿命が長いだけでなく、魔力量も桁違いに多く、傷の治癒も速い__その話は本当らしい。


「……で、ユルゲン。貴方は鍛錬しなくてもいいの?」


「僕は今日の鍛錬は終わりだから」


「なわけねーだろ」


すかさずレベリウスが切り捨てる。


「お堅いなぁ、レベリウスさんは」


気難しそうなレベリウスと飄々としたユルゲン。一見正反対の性格に見えるが、こうして軽口を叩き合う様子を見るに、案外相性がいいのかもしれない。


ユルゲンは肩をすくめると、私に向き直り微笑む。


「安心してよイザベラ。僕はレヴェナ様の次に強いから、鍛錬なんてしなくてもだいじょーぶ」


「ふうん……」


「あれ?すごさが伝わってない感じ?」


「まぁ……」


伝わっていないというか、そもそも基準が分からない。


私は視線をレベリウスへ向けた。


「どの魔族も皆、こうやって鍛錬をしているの?」


「いや、こんな風に鍛えているのは俺たちぐらいだ」


「レヴェナ様の考えだ。レヴェナ様が治める土地には、強い魔族もいれば、弱い魔族もいる。皆が努力し、互いを守り合えるようになるのが理想__それが、俺たちの信念だ」


「………へぇ」


意外だった。あの無愛想な女が、そんなことを考えているとは。


「貴方たちって、魔族の中では変わり者なの?」


ユルゲンが笑う。


「どうだろうねぇ? 人間と同じく、魔族にもいろんな奴がいるってだけじゃない?」


「……なるほどね」


その時――


修練場の土煙の中から、一つの影がこちらへ近づいてきた。


「おい、お前」


「?」


鋭い声に振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。


赤みがかった髪に、燃えるような瞳。身長は私と大差ないが、きっと実際の年齢は私よりはるかに上なのだろう。


纏う雰囲気は荒々しく、剣を持つ姿勢には迷いがない。


「お前がレヴェナ様と結婚するっていう人間か?」


少女は顎をしゃくって私を指す。


「…ええ、そうだけど?」


「ふーん……」


私を値踏みするような目つき。


ユルゲンが困ったように笑った。


「こ〜ら、リズ」


「うるせえよバカ兄貴」


少女__リズは、ユルゲンを一瞥し、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

なるほど兄妹か。どうりで似ている。


「レヴェナ様と結婚するなんて言うから、どんな奴かと思えば……」


じろじろとこちらを値踏みするように眺めながら、少女は鼻を鳴らした。


「ただのガキじゃねえか」


無礼な態度。しかし、この場にいる魔族たちを見渡せば、彼女に限らず礼儀を弁えない者は少なくないようだった。


静かに相手を見つめる。紫の瞳が揺れることはない。


「なぁ人間、あたしと手合わせしろよ」


挑発するように、少女__リズは口角を吊り上げた。


「人間相手に何言ってんだリズ」


「いいだろ別に。怖いんなら別に無理にとは言わねーぜ?」


レベリウスがため息を一つ。その隣ではユルゲンが黙ってこちらを眺めている。目が合うとニコリと微笑んだ。


止めるつもりはない…ってわけね。


あまりに稚拙な誘いだ。乗る価値もない。


だが、周囲の視線が突き刺さる。


この場の空気は明確だった。

彼らは私をレヴェナの妻とは見ていない。ただの人間の女として、嘲笑と興味の入り混じった視線を向けている。


……舐められている


魔族の伴侶として迎えられた以上、彼らの認識を改めさせる必要がある。









私は静かに手袋を外し、優雅な仕草でリズの前へと進み出た。


「別にいいけれど、貴方はいいの?人間に負けた恥知らず、って、お仲間に笑われてしまうんじゃないのかしら」


挑発するように微笑みながら言うと、リズは一瞬目を細め、それから低く喉を鳴らした。


「あ?……くく……あはははっ!!」


突如として響いた彼女の笑い声に、周囲の魔族たちがざわめき出す。興味深げにこちらを見つめる者、面白がる者、鼻で笑う者、それぞれの反応が混ざり合いながら場の空気が熱を帯びていく。


「……どうしてもやるつもりか?」


そう言ったのはレベリウスだった。彼は私をじっと見つめ、軽くため息をつく。


「ええ、何か問題でも?」


「問題しかねーよ」


肩をすくめながらレベリウスが呆れたように言うが、リズが待ちきれないとばかりに前へ一歩踏み出した。


「さっさと始めよーぜ」


「黙ってろちんちくりん」


「誰がちんちくりんだ!? あ!? 」


リズがレベリウスに怒鳴る。その様子を見ながら私は小さく息をついた。


するとレベリウスが私の方を向き、真剣な表情で告げる。


「無謀だぞ。怪我じゃ済まないかもしれない」


「余計な心配ね。この野蛮な女の心配でもしていなさい」


その言葉を聞きリズがすぐさま私を睨みつけた。


「あ?」


「ん?」


「喧嘩すんな。…ったく」


レベリウスが困ったように眉を寄せるが、もはや誰も引くつもりはない。決闘は避けられない流れとなっていた。


周囲の魔族たちはますます熱気を帯び、期待と嘲笑を織り交ぜた視線をこちらに注いでいる。


__ちょうどいいわ。


私は静かに目を閉じ、一度深く息を吐いた。


この決闘は、私にとっても良い機会だった。人間の駒だと舐め腐っている連中に、私の力を示すための絶好の機会。


……それに、この女が単純に気に食わない。


生意気で無礼で、挑発的なその態度が、学院で常にファナと一緒にいたあの貧乏人を思い出させる。何かと私に突っかかり、偉そうな口を利いていた、あの女を。


リズの存在が、過去の苛立ちを鮮明に蘇らせる。


__だからこそ、ここで叩き潰す価値がある。


決闘は、人間界の決闘と同じルールで執り行うことになった。


互いに防壁を纏った状態で開始し、その防壁を先に破った方が勝利——それがこの場での決まりとなった。


私もリズも、防壁など不要だと主張したが、レベリウスがそれだけは許さなかった。


「ま、しょうがないわね」


レベリウスが私とリズに防壁の魔法を施し、澄んだ青白い魔力が薄膜のように全身を包み込む。魔族の魔法は人間界のものよりも強力で、その冷たさが肌に染みるようだった。


準備は整った。


互いに位置につき、向かい合う。


リズは好戦的な笑みを浮かべ、軽く肩を回す。


「降参するなら今のうちだぜ?」


その挑発に、私は涼しい顔で答える。


「三下の台詞ね」


リズの眉がぴくりと動いた。


決闘の進行を務めるのはレベリウスだ。


「防壁を壊すだけでいい。それ以上の魔法は放つな。分かってるな、リズ」


「分かってるよ」


軽く返すリズの口調には、まるで守る気のない響きがあった。


レベリウスは疲れたように額を押さえ、一つ深く息を吐く。


「はぁ……。危険と判断したらすぐに止めに入る。いいな?」


私は静かに頷く。


その瞬間__


レベリウスの手に握られた剣が、鋭く宙を切り裂き、振り下ろされた。


「__始め」





決闘が始まった。





****************





先手はイザベラだった。


彼女は静かに手をかざすと、薄氷を纏った美しい氷の弓を形作り、同時に鋭く輝く氷の矢を生成する。


彼女の得意とする氷魔法。


リズの出方を探るため、まずは一射しようとしたその瞬間


ーバリンッ!!


「!?」


突如として響いた甲高い破砕音に、イザベラの指がぴたりと止まる。


リズの防壁が、音を立てて砕け散ったのだ。


予期せぬ出来事に、イザベラは思わず動きを止める。

魔族の防壁は人間のものよりも強固なはず。それがまだ戦闘も始まらぬうちに、まるで無意味なもののように消え去った。


リズは、そんな彼女の驚きを楽しむように笑う。


「人間のガキ相手に防壁? 笑わせんな」


両手を広げ、愉快そうに肩を揺らす。


「おい、人間。ルール変更だ。てめえはあたしに"一発でも"魔法を当てられたら勝ちってことにしてやるよ」


イザベラの眉が僅かに動く。


「......なにを...」


「加減しなくていいぜ?てめぇごときの魔法じや、あたしに傷ひとつつけられねえからなぁっ!」


リズが拳を振るう。


その瞬間一燃え盛る複数の火球が強烈な速さでイザベラに襲いかかった。


「……なっ!!?」


「(詠唱も無しに!?)」


直感が鐘を鳴らす。


イザベラが回避する間もなく、火球が着弾。


爆風が巻き起こり、土埃が立ち上る。


その中で__イザベラは倒れ伏していた。


「おいおいおい!もう終わりー……」


「__氷の荒野フロスト・ヴァスティタス


「!!」


低く響く呪文の詠唱。


リズが本能的に飛び退いた次の瞬間、地面が凍てつく大地へと変わった。


凍気が空気を裂き、瞬く間に足元の土が氷の荒野へと変貌する。


「あ?」


リズは驚戒するように倒れたイザベラへ目を向

けるが、そこで異変に気づいた。


__パキパキ......ッ


音を立て、"イザベラの身体”が崩れ始める。

粉々に砕け、無数の氷片が地面に散る。


(氷の人形......?)


リズの唇が弧を描く。


「へぇー!やるじゃねえか!」


その言葉を待っていたかのように、土煙の中から氷の鳥が飛び立った。


氷の鷲フロスト・アクィラ!」


白銀の羽を広げた三羽の氷の鷲が、リズを目掛

けて疾駆する。


しかし__


「そんなんじゃ不意打ちにならねーよ!」


リズが手を払った。


瞬間、炎の壁が出現し氷の鷲たちは一瞬で蒸発する。


「.....ッ」


イザベラは唇を噛む。


「おらおら、どうした!!」


リズが拳を振り上げると、さらに数を増した火球が発射された。


(反則でしょう、それ......っ!!)


咄嗟に氷の箒を生成し、イザベラは空へと跳ぶ。


「おいおい逃げんのかよ!!」


しかし、リズは追撃を止めない。


箒も無しに、魔力のみで空を駆け、イザベラへと迫る。


(箒も無しに空を.......!?)


次々と放たれる火球を、イザベラは紙一重で回避し続ける。しかし、逃げるだけで精一杯だった。


「それで全力かよ?」


「っ!?」


火球の軌道に気を取られていたイザベラ。その隙を突いて、リズの拳が迫る。

咄嗟に氷の盾を展開するも一


「遅えよ!!」


__バリンッ!!


氷の盾は一撃で粉砕される。


防壁ごと打ち砕かれたイザベラは、無防備なまま空中へと投げ出された。


しかし、咄嗟に氷の箒を呼び戻し、それを掴むことで何とか落下を免れる。


__だが、もう限界だった。


地面に降り立ったイザベラを、リズが余裕綽々の笑みを浮かべながら見下ろす。


「勝負ありだな」


悔しさに拳を握るイザベラ。


(強い......)


圧倒的な実力差を痛感させられる。


魔力量、魔法の威力、詠唱破棄、予備動作無しの攻撃__すべてが、自分を遥かに凌駕している。


肩で息をしながら、それでもイザベラは氷の魔法を展開した。


「......冷気の矢グレイシャル・サギッタ


氷の弓をび形成し、矢を構える


リズは、それを見て呆れたように笑った。


「力の差もわからねえ馬鹿なのか?」


「......ふん、まだ勝負はついていないわよ」


「ケッ......じゃあ撃ってみろよ。喰らってやるからよ」


イザベラは弓を構え、リズに狙いを定める。


しかしー


「........っ」

矢を放つことができない。


頭では分かっている。

直撃させたところで、リズには通じない。


しかし、それ以上に__今、リズは防壁すら纏っていない。


この矢は、彼女の肉体へと直接突き刺さる。

イザベラは、引き絞った引を握りしめたまま、僅かに迷いを見せた。


リズが、しばらく黙ってその様子を見つめた後、静かに言う。


「......やっぱガキだな」


「…うる……さ……い」


イザベラの声は掠れていた。


魔力の急激な消耗により意識が朦朧とし、彼女の細い体がゆっくりと傾く。


次の瞬間__


ふわりと、彼女の体が宙に浮いた。


黒衣の女が、倒れかけたイザベラを優雅な動作で抱き上げたのだ。


修練場に張り詰めた静寂が訪れる。


リズも僅かに顔を強張らせた。


イザベラを腕の中に収めたまま、レヴェナは一瞬無言で彼女の顔を見つめる。


蒼白な顔色、乱れた銀の髪、浅くかすれる息。


(…限界まで魔力を使い果たしたか)


そのままレヴェナは視線を上げ、リズへ向ける。


赤い宝石のような瞳が、静かに炎の魔族を射抜いた。


「リズ……お前は加減を覚えろ」


静かながらも威圧感を孕んだ声だった。


リズは一瞬言葉に詰まり、罰が悪そうに俯く。


「……す、すみません」


次にレヴェナの視線が向いたのは、ユルゲンとレベリウスだった。


「ここへ連れ出したのはお前だな、ユルゲン」


魔族の青年は、肩をすくめながら口笛を吹く。


「バレちゃったか〜」


レヴェナは軽くため息をつくと、今度はレベリウスへと目を向ける。


「レベリウス、お前が手綱を握らないでどうする」


彼は「やっぱり俺か」と短く息を吐き、眉を寄せた。


「すみません」


それを見て、ユルゲンは朗らかに笑いながらレベリウスの肩を叩く。


「そうだよ〜しっかりしてよね〜」


「……ユルゲン」


レベリウスは静かに目を細め、にこりと微笑んだ。


「日が落ちるまで鍛錬に付き合え」


こめかみに血管を浮かべながら。


ユルゲンは笑う。


「やだよそんなの〜めんどく——」


「私が相手してやろうか」


レヴェナが冷ややかに言った。


ユルゲンの表情が一瞬で変わる。


「……レベリウスさんとで大丈夫で〜す」


「……はぁ」


レベリウスは深々とため息をつき、レヴェナは呆れたように目を細める。


頼りになるが、自由奔放な部下たちだ


そう思いつつも、レヴェナは再び腕の中の少女へと目を落とす。


イザベラの細い体は、思っていたよりもずっと儚げで、軽かった。


そのまま、レヴェナは静かに魔力を放つ。


__黒き翼が、その背に生まれた。


漆黒の大きな翼。


それをゆっくりと羽ばたかせると、レヴェナは宙へと舞い上がった。


銀色の髪が宵闇に溶けるように揺れ、無意識のままイザベラは彼女の腕の中で微かに身じろぐ。


レヴェナは、彼女の横顔を見つめる。


(……力の差を自覚していながら、相手を傷つけることを恐れる__甘さ、いや、“優しさ”か)


ベクタの報告書とは異なる少女の一面。


初めて出会った時に感じた印象とも、どこか違う。


レヴェナは腕の中で眠る”契約の妻”を見下ろしながら、静かに興味を抱いたのだった。

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