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ep2 魔族たち(1)





「お前の家の者を調べ、この契約に最も適任なのはお前だと結論づけたのはベクタだ」


レヴェナが淡々とそう告げる。


その言葉に私は思わず隣に立つベクタへと視線を向けた。彼はいつものように余裕を漂わせた笑みを浮かべ、まるで褒めたつもりであるかのように言う。


「人間と魔族、その垣根に関心が薄く、純粋に自分の利益になる話を好む人間が適任だったのですよ」


「……あら、それは褒め言葉として受け取っておくべきかしら?」


「もちろんです。イザベラ様とであれば、余計な探り合いをせずとも話が進められると思っていますから」


「……なぜかしら。微妙に貶されている気がするのだけれど」


そう言いながらも私は肩をすくめる。猫を被る必要がないというのは、それはそれで楽なものだ。


再びレヴェナへと視線を戻す。


漆黒の長い髪。血のように紅い瞳。魔族特有の少し尖った耳。


そして、顔の左側に刻まれた大きな傷跡──火傷か、あるいは戦いで負ったものか。


椅子に座っている彼女は、そのままでも私より遥かに背が高いとわかるほどの体躯を持っていた。


「それにしても驚いたわね」


私は椅子に腰掛けながら、改めてレヴェナを見つめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「まさか女の魔族に嫁ぐことになるなんて」


「……これはただの契約だ。深い意味などない」


レヴェナは少しも動じずにそう返す。


「そんなことは分かっているわ」


私は片肘をつき、軽く微笑む。


「貴方たちから私にくれるのは鉱山。それで? 私には何を望むの?」


私の問いに答えたのは、レヴェナではなくベクタだった。


「この結婚自体が大きな意味を持ちます。我々は人間との衝突を望んでおりません。レヴェナ様とイザベラ様の結婚を機に、人間界との外交的な関係を築きたいと考えています」


「……まぁ、予想通りの答えね」


私はグラスに手を伸ばし、一口飲んでから小さく笑った。


「ということは、結婚を承諾した時点で鉱山に見合う対価は支払った、と思ってもいいのかしら?」


にやりと笑みを浮かべると、レヴェナがようやく顔を上げ、真紅の瞳で私をじっと見つめた。


「お前の家にやる鉱山では、人間界のそれよりも上質な魔鉱石が採れる。家の再建には十分すぎるはずだ。……鉱山の他にも何か欲しいとでも言うつもりか?」


「鉱山はアーグレイ家の物ではなく、私個人の物よ」


私は軽く指を立てて訂正する。


「家の負債なんて、採れた魔鉱石を一部家に入れればどうにでもなるわ」


「……」


沈黙が落ちる。


レヴェナの隣で控えていたベクタが、困ったような笑みを浮かべながら言った。


「レヴェナ様。イザベラ様は鉱山の話をご家族には話していないようです」


「……鉱山を独り占めか。傲慢だとは聞いていたが」


レヴェナは呆れたようにため息を漏らし、腕を組んだ。


「あら、巷では私は 『魔族に嫁いだ悲劇の令嬢』 で有名なのよ?」


私は優雅に微笑んでみせる。


「無論、タダで寄越せなんて言うつもりはないわ」


私は椅子に優雅に腰を掛けたまま、余裕の笑みを浮かべ、指先で髪を弄んだ。


「貴方たち魔族と人間の和平に、私も協力してあげる」


レヴェナの紅い瞳が微かに細められる。


「……人間のお前がか?」


その声音は冷ややかだった。魔族特有の感情を見せない無機質な響き。それなのに、私の心を逆撫でする何かが含まれている気がした。


「別に貴方たちは人間を取って食おうってわけではないのでしょう?」


私は肩をすくめる。


「もし貴方たちが本心から和平を望んでいるのなら、私が反対する理由はないわ。もちろん、それなりの見返りは所望するけれどね」


堂々とそう言い放つと、レヴェナは少しだけ沈黙し、何かを考えるように目を伏せた。


「お前のような子どもが役に立つとは思えない」


静かな声だった。だが、突き放すようなその言葉に、私の眉がピクリと跳ね上がる。


「……子どもですって?」


反射的に聞き返してしまった。


「心外ね」


「お前との結婚で、人間界と交渉する足がかりは手に入れた。もうお前に用はない」


レヴェナはまるで機械のように淡々と言う。その声音には情が一切感じられない。私は瞬間的に拳を握りしめたが、すぐに深呼吸して怒りを鎮めた。


こういう傲慢な物言いをする者とは、つい最近接したばかりだった。__私の兄が、まさにそれだ。


ぐっと堪えて、私はゆっくりと立ち上がる。


「あら、そう」


意識して落ち着いた声を出しながら、レヴェナの方へ視線を向ける。


「なら私も、貴方みたいな無礼な女とこれ以上話すつもりはないわ」


レヴェナがちらと私を一瞥する。


睨んでいるわけではない。それなのに、その深紅の瞳には人を威圧する鋭さがあり、思わず身構えそうになる。


だが、ここで引くわけにはいかない。


私は余裕の笑みを作り、皮肉をたっぷり込めて言った。


「__末永く、よろしくお願いします」


そして、踵を返しツカツカと音を立てて書斎を後にした。








「失礼な女ね!」


ベクタに案内された私の自室に着くなり、私は怒りを爆発させた。


「『もうお前に用はない』ですって? はっ! この私に向かってよくもあんな無礼なことを!」


怒りに任せてベッドの上にドサッと座り込む。


「『お前のような子ども』? 自分だって大差ないでしょうが!」


枕を拳で軽く叩く。視界の端ではベクタが苦笑していた。


「ベクタとか言ったわね。あの女、いくつなのよ?」


「レヴェナ様ですか?」


ベクタは考えるそぶりを見せ、ゆっくりと答える。


「この地を治めるようになったのが、たしか120年ほど前でしたので……200歳になったかなられないか、というところでしょう」


「…………………………ふ、ふうん」


私の十倍以上、ですって……?


怒りに燃えていた気持ちが、途端に変な方向へ逸れる。


私は枕を抱えたまま動かなくなった。


「どうかされましたか?」


ベクタが楽しそうに微笑む。


「…別に」


そっぽを向く。


あんな無愛想な女相手に怒っていたのが、なんだか急に馬鹿らしく思えてきた。






*****************







魔界に来て、あっという間に三日が過ぎた。


古城での生活は、想像以上に退屈そのものだった。


食事の質が思っていたよりも悪くないのは、唯一の収穫と言えるかもしれない。けれど、古びた城の内部はどこも飾り気がなく、質素で寒々しい。


私に用意された自室も同様に殺風景で、最低限の家具しか置かれていない。まるで監獄とまでは言わないが__住まう者の快適さを考慮したとは到底思えない代物だった。


おまけに、無許可の外出は禁止。


……まあ、外に出たところで見渡す限りの荒野が広がるだけなのだから、行く気にもなれないのだけれど。


だが、それ以上に気に入らないことがある。


「!!」


「……」


朝食を終え、退屈を紛らわせるために自室を出ようとした瞬間、扉の前にひっそりと立つ影に思わず身を引いた。


「……もう! いたのなら言いなさいよ!」


「……申し訳ありません」


淡々とした声。感情の読めない顔。


深い青色の髪と瞳を持つその魔族は、二日前にベクタから紹介された私の付き人──ネル。


「どちらへ行かれるのですか」


「……散歩よ」


「同行します」


「……」


「……」


静かな沈黙が流れる。


どうにもこの子、苦手なのよね……。


確かに従者がいること自体は悪くない。だが、ネルは無駄な言葉を一切発さない上に、表情もほとんど変わらない。付き人というより、ただの監視役にしか思えない。


彼女もまた魔族の一人であり、見た目こそ私と同じくらいの年齢に見えるが、実際には数十年以上は生きているらしい。


「……わかったわよ。ついてきなさい」


ネルは無言で頷き、私の後ろにつく。


こうして私のここ数日の日課である、何の目的もない城内散策が始まる。


レヴェナには相手にされず、城の外は危険だからと出歩けず、暇つぶしに付き合ってくれる者もいない。


せめて書庫でも活用しようかと考えたが__魔族の言語が読めなかった。


仕方なくネルに尋ねてみたものの、彼女の返答は「読み書きはできません」の一言。


やることがなさすぎる……


魔族の住む城とはいえ、思っていたよりも小さく、三日もいれば見ていない場所の方が少ない。


このままずっと、こんな退屈な日々が続くのかしら……?


そんなことを考えていた矢先。


「君がレヴェナ様のお嫁さん?」


「!」


突然の声に振り向くと、そこには一人の魔族が立っていた。


背が高く、黒を基調とした衣装に身を包み、肩にはマントを羽織っている。その腰には立派な剣が携えられていた。


赤みがかった髪と瞳。鋭さを感じさせる顔立ちだが、どこか人懐っこい雰囲気も漂わせている。


ベクタとはまた違った意味で親しみやすい印象だった。


「ええ、そうよ」


私はつまらなそうに返す。


「貴方は?」


「僕はユルゲン。レヴェナ様の部下だよ」


主の妻に対する言葉遣いではないが、彼らに人間の常識を求めるのは無駄だと諦める。


「へぇ、没落貴族って聞いてたけど、随分と気が強そうだね」


「褒め言葉として受け取っておくわ」


「もちろん。魔族の妻になるなら、それくらいの気概は必要だしね」


「ふん、随分とお気楽そうだけれど、貴方も護衛の一人なの?」


ユルゲンは肩をすくめる。


「護衛っていうほど堅苦しいものじゃないよ。ただ、君のことは気になってたんだ。人間と魔族の婚姻なんて、なかなかないことだからね」


「それは私も同じ意見よ。まさか私が魔族に嫁ぐことになるなんてね」


「不満?」


「当然でしょ?どうせなら魔王にでも嫁ぎたかったわ」


ユルゲンは一瞬目を丸くして軽快に笑った。


「そう言う割には、思ったより楽しんでるように見えるけど?」


「退屈してるだけよ」


「そっか。でも、ここでの生活にもそのうち慣れると思うよ」


「……そうだといいけれど」


会話の間、ネルは無言で立っていた。


ちらりと横目で彼女を見るが、やはり表情ひとつ変えない。


ユルゲンはそんなネルの様子を見て、苦笑しながら肩をすくめた。


「ま、少なくとも僕は歓迎するよ、イザベラちゃん」


「様をつけなさい」


「そんな堅苦しいこと言わずにさ、友達になろうよ。人間の友達ははじめてなんだ」


「……珍しいのね。大抵の魔族は人間を警戒していると思ったけれど」


「異文化交流ってやつに興味があるからね」


「ふうん、殊勝なことね」


「だから、もし君が暇を持て余しているなら僕が相手になるよ」


ユルゲンの言葉に、私はほんの少しだけ興味を抱いた。


「……何か面白いことでもあるの?」


「ん〜〜〜」


__無さそうね。


__まぁしかし、このまま散歩するよりはマシかしら


私はため息混じりに呟くと、ユルゲンに向き直った。


「城の中はもう飽きてきたの。どこでもいいから案内しなさい」


「え、レヴェナ様に止められてるんでしょ?」


「貴方と一緒にいれば大丈夫でしょう。その腰にぶら下げた物は飾り?」


私が彼の剣をちらりと見やると、ユルゲンは苦笑し、肩をすくめた。


「手厳しいね、お姫様。でも、いいよ。面白いものを見せてあげる」


「へぇ?」


「僕たちの修練場をね」


ユルゲンは得意げに微笑みながら、私を手招きした。








「外出許可は出ていません」


私の背後で、ネルが低い声で告げる。


「だいじょーぶだいじょーぶ。何かあったらティベリウスさんが責任取るからさ」


ユルゲンが軽い調子で言うと、ネルはじっと彼を睨む。


「しかし……」


「大丈夫よ。私のわがままだから、貴方に迷惑はかけないわ」


そう言って、私はネルに微笑んでみせる。


ネルはしばらく私を見つめた後、静かに視線を伏せた。


「……わかりました」


結局、彼女はそれ以上反対することなく、静かに一歩引いた。


私はユルゲンとともに馬に乗り、城を後にする。






しばらく荒涼とした道を進むと、やがて開けた場所にたどり着いた。


そこでは、ユルゲンと同じような黒を基調とした装束を身にまとった魔族たちが、剣を交えていた。


「到着」


ユルゲンが手綱を引きながら言う。


「へぇ……」


私は馬から降り、周囲を見回す。


広々とした修練場には鍛え抜かれた魔族の戦士たちが集い、それぞれ鍛錬に励んでいた。


剣の音が響き、砂埃が舞う。その光景は私が学院で見慣れた演習場を思い出させた。


「お、いたいた。レベリウスさ〜ん!」


ユルゲンが声を張ると、一人の男が顔を向けた。


彼は一瞬目を細めると、すぐに顔を顰め、ズカズカとこちらへ早歩きで近づいてきた。


「ユルゲン!またサボりかと思ったら……お前……!」


彼は私を見やると、さらに表情を険しくする。


「なんでこんなところに連れてきてんだ!?」


「城が退屈だって言うもんで」


ユルゲンはニコニコと笑いながら肩をすくめる。


「当然、レヴェナ様の許可はもらってんだろうな?」


「……あは⭐︎」


「ユルゲン…ッ」


レベリウスがこめかみに青筋を浮かべながら、ユルゲンの胸ぐらを掴んだ。


「てめぇ……」


「はは、怒らないでよ。大丈夫だって、バレないうちに帰せばさ」


「責任を取るのは俺なんだぞ! ……ったく」


レベリウスは乱暴にユルゲンの胸ぐらを離し、私の方へ視線を向ける。


「レベリウスだ。アンタがイザベラ・アーグレイだな」


「ええ、そうよ」


私は背筋を伸ばし、彼を見上げる。


レベリウスはユルゲンよりも背が高く、逞しい体躯をしていた。


うっすらと緑がかった黒髪を後ろで一つに束ね、厳格な雰囲気をまとっている。


「悪いわね。彼がどうしてもここを見せたいって言うものだから」


私が言うと、ユルゲンが驚いたように目を見開く。


「えぇ!? そりゃないよ、イザベラ!」


「ふふ、冗談よ」


私は小さく笑いレベリウスに向き直る。


「安心しなさい。本当にただの暇つぶしで見にきただけだから」


「はぁ……」


レベリウスは深くため息をつくのだった。


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