ep11
やがて、岩山や荒れ果てた野原ばかりだった地上の景色が変わり始めた。
黒い絵の具を厚く塗りたくったような鬱蒼とした森がどこまでも続き、そこへ沈みゆく夕陽の赤が淡く差し込んでいる。
まだ着かないの?
そう喉の奥まで出かかった瞬間、ドラゴンが大きく翼を打ち、空中でふわりと静止した。
「着いたようだ」
背後から聞こえたレヴェナの声は、いつもより少し柔らかいように感じられた。
ドラゴンの身体がぐらりと揺れてから安定するのを待ち、恐る恐る眼下を覗き込む。
息を呑むとは
こういう景色のためにある言葉なのだろう。
真っ黒に沈んだ森のただ中に、ぽっかりと大木のないひらけた場所があり、そこだけ異世界のように白く光が満ちていた。
光源は花だ。無数の小さな花々が淡い白の輝きを放ち、夜の気配が満ちる森の中にまるで星座のような模様を描いている。
そして中央には夜空を裏返したような、澄み切った水面の小さな湖。
静かに波紋を広げるたび、宵闇の光をすくい上げては、きらきらと宝石のように瞬いている。
「す、すごい……」
自分の口から漏れた声がやけに小さく聞こえた。
その間にもドラゴンは羽ばたきをゆっくり弱めながら高度を落としていく。光の花々が近づくにつれ、漂ってくる空気まで澄んでいくようだった。
そして数時間ぶりに、重厚な巨体が大地を踏みしめる振動が足元から伝わってきた。
「降りるぞ」
レヴェナの声がすぐ背で響く。
ドラゴンの背から腰を浮かせかけたとき、ふいに目の前へ白く細い指先がすっと差し出された。
その仕草の自然さがあまりに不意打ちで、思わず目が点になる。
けれど、そんな素振りを悟られるのも悔しくてなるべく平然を装いながらその手を取った。
足が大地に触れた瞬間、わずかな揺れと馴染まない重力の感触が全身に広がる。
長く空にいたせいだろうか、地面というものに少し違和感を感じてしまった。
目の前に広がるのは、夜の闇の中でほの白く揺らめく花畑だった。
足元から漂う柔らかな光と、ふわりと鼻先をくすぐる甘い花の香り。
そのあまりの幻想的な光景に胸の奥がじんわりと温かくなる。思わず息がほどけるようなため息が漏れた。
グゥゥ…
「!」
背後から地鳴りのような低い息遣い。
思わず振り返ると、深い緑の双眸がこちらを真っ直ぐに見据えていた。
あの巨体に睨まれれば本来なら足がすくむはずなのに。不思議と、恐怖は湧いてこない。
むしろ胸に浮かんだのは ここまで数時間、風を切りながら運んでくれた古竜への素直な感謝だった。
「……ご苦労様」
静寂が落ちる。
ドラゴンはしばし私を見つめ続け、やがてゆっくりと瞳を閉じると、
その巨大な羽と長い尻尾を花畑の中へ沈めていった。
まるで、この地の温もりに身を委ねて眠りに落ちていくように。
「…疲れたのかしら」
横からレヴェナの落ち着いた声が届く。
「いや、サルヴァもこの場所を気に入っているだけだ」
そう言って、彼女は静かに続ける。
「以前話したな。ここは“果ての湖”と呼ばれる場所だ」
「果て……の」
その響きを聞いた瞬間、記憶の底がかすかに揺れた。
人間界での交渉を終え滞在していた屋敷。そこでレヴェナが口にしていた、あの地名。
「じゃあ、この花が……星の…花…」
「ああ」
短い肯定が、淡く光る花々の上で静かに響いた。
レヴェナが一歩、静かに前へ進み出た。
その背を見た途端、思わず「どうしてここへ?」と問いかけそうになったが寸前で唇を結んだ。理由をいちいち求めるのは彼女に対しても、この場所に対してもどこか品位を欠くように思えたからだ。
胸の奥が、くすぐったいように落ち着かない。
声が上ずるのも、逆に低く沈むのも嫌で、慎重に息を整える。
「…この花は魔法植物ね。初めて見たわ。こんな花、聞いたことすらない」
自分の声が思ったより落ち着いていて、少しだけ安心する。
レヴェナは立ち止まらず、淡々とした調子で答えた。
「ここはサルヴァの縄張りのひとつでもある。だから魔物はここに近づかない」
なるほど、と胸の内で頷く。
だからドラゴンに乗ってくる必要があったのだと、ようやく腑に落ちた。
「……まぁ、中々美しい場所ね。魔界にもこんな場所があるとは思わなかったわ」
口に出した瞬間、自分でもわかるほど言い方が捻くれていた。素直に褒めるのが昔からどうにも苦手だ。
レヴェナが振り返り、ほんの一瞬だけ私を見る。
その眼差しは、いつもより微かに柔らかく見えた。気のせいでは、ない。
彼女は前を向き直り、花畑の中をゆっくりと歩き出す。
私は少し遅れて、その背中を追った。
白い光を帯びた花が静かに揺れ、夜風がかすかな香りを運んでくる。
自然の光景に心を奪われるなんて、自分には縁のないことだと思っていた。なのに、胸の奥が温かく満ちていく。
そして、前を歩くレヴェナの広い背中を見つめる。
彼女が私をここへ連れてきた意図。
いや、意図などという硬い言葉よりもずっと優しいもの。
その“心遣い”を理解できないほど私は愚かじゃない。
少し息を吸い込み、胸の奥に残るざわつきを押し鎮めながら私はようやく声を絞り出した。
上擦りそうになるのを無理に抑えつけて。
「け、決闘のこと…」
その言葉に、レヴェナはふっと足を止めた。
静止した背が淡い夕景の光を縁取る。
私も歩を止め、俯いたまま続ける。
「…ごめんなさい」
木々のざわめきのほか、何も聞こえない。
しばしの沈黙に胸が締めつけられ、息が詰まる。
けれど、返ってきたレヴェナの声は驚くほど柔らかく、棘のひとかけらすらなくて。
「良い勝負だった」
その一言に思考が止まった。
顔を上げると、彼女は淡々とした表情のまま、どこか温度を宿した目をしている。
レヴェナは続けた。
「1ヶ月でよく腕を磨いた。ルヴァンから聞いていたとおり、お前は骨のある奴だ」
胸の奥がぎゅっと縮む。
視界がゆらりと揺らぎ、熱いものが目元にせり上がってくる。
慌てて袖で拭い、誤魔化した。
そんな私に構わず、レヴェナはさらに言葉を置く。
「鍛錬に怪我は付き物だ。特訓を続けるつもりなら充分注意して続けろ。ルヴァンやレベリウスには話をつけてある」
その瞳は相変わらず冷静なのに、どこか私だけに向けた光があった。
「人間界に明るいお前が魔界で様々なことを学べば今後に活かせるだろう。役に立ってもらうぞ」
「…!!」
また熱がこみ上げてくる。
けれど今度は意地でも零すまいと唇を結んだ。
深呼吸ひとつ分の間をあけて、私はようやく言い返す。
「……言われるまでもないわ。その代わり、代価はきちんといただくわよ」
軽口を叩いたつもりだったが、声は少し震えていたかもしれない。
レヴェナはやれやれと言わんばかりに目を細く瞑り、静かに息を吐いた。
その仕草が妙に心地よくて胸の奥がさらに温かくなるのを感じた。
ふたたびレヴェナは歩き始めた。
その背に置いていかれまいと、私は少し足を速めて横へ並ぶ。
「ねぇ、この花はこの時期にだけ咲いているの?」
問いかけにレヴェナは前を向いたまま答えた。
「いや、この花は季節に左右されない植物だ。人間界では咲くことはできないだろう」
「へぇ……」
言われてみればそうだ。
これほど美しい植物がもし人間界に存在したなら、もっと早く人々の耳に届いているはず。
植物学者ですら知らないかもしれない……そんな考えが胸の内をくすぐった。
ふふん、と得意げに鼻を鳴らす。
「なら、この花を見つけた初めての人間はこの私ということになるわね」
「……見つけた、と言えるのか」
「しかもドラゴンの背に乗って!」
「散々文句を言っていた気がするが」
呆れたのか、レヴェナは浅くため息を落とした。
私は腕を組み、顎に指を添えながら思案する。
「そうね……本を出すなんてどうかしら。
人間界と魔界、ふたつの世界の架け橋となった悲劇の王妃──イザベラ・アーグレイの著書。これは売れるわよ…!」
「……王妃と聞こえたが」
「貴方は魔王ということにするわ」
「おい」
「いいじゃない。売れる自伝は脚色が大切なの。世に出て売れる本はどれも話を“盛って”いるものよ」
「……ハァ」
レヴェナが呆れ半分、諦め半分といった呼気を漏らす。
私はその横顔を見上げ、思わずクスクスと笑った。
彼女の冷静な反応さえも、不思議と胸の奥を温かくする。
「そういえば、ここはあのドラゴン……サルヴァの縄張り? と言ったわよね」
私は歩きながら肩越しに振り返る。
花畑の向こう、静かに身を伏せて眠る古竜の姿が闇の中にぼんやりと浮かんでいた。あれほど威圧感のあった存在が、今ではまるで大木の根元で眠る獣のように穏やかだ。
「サルヴァの縄張りのひとつ、だ」とレヴェナは言う。「棲家というほどではない」
「棲家じゃないの?」思わず聞き返す。
「縄張りは複数ある。だが……」
そこまで言うとレヴェナはぴたりと足を止め、ゆっくりとサルヴァの方へ視線を向けた。
「……あの調子だと、ここで寝るつもりかもしれないな」
「 え 」
間の抜けた声が自分でも驚くほど素直に漏れた。
私はもう一度ドラゴンを見る。巨大な体は微動だにせず、静かな寝息のような呼気が花畑を揺らしていた。
「お、起こした方がいいんじゃないの? あんなところで寝られたら困るわよ!」
レヴェナは、困るのは私ではなくサルヴァだと言わんばかりに淡々と告げた。
「眠りを邪魔すれば機嫌を損ねる」
「な、ならどうやって帰るのよ!!」
苛立ちと不安が一気に押し寄せてくる。
しかしレヴェナはあたかも事実を確認するかのように静かに言った。
「……私は問題ない。飛んで帰ればいい」
「『私は』ってなによ。なに一人だけ帰ろうとしてるのかしら」と、即座に言い返す。
「私も担いで帰りなさい」
その一言に、レヴェナは僅かに眉を動かしただけで黙り込む。
だが視線だけがこちらへ向いてくる。
その瞳の奥が、口よりはるかに雄弁に
面倒くさい、と 語っていた。
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「起きろ」
低く落ち着いた声が、深い眠りの底へ沈んでいた意識をゆっくりと引き上げた。
「ん……?」
まぶたが重い。視界は霞がかかったようにぼやけていて世界の輪郭がなかなか掴めない。
けれど感じたのは、身体がふわりと宙に浮いているような妙な浮遊感。
鼻先をくすぐるのは、ここのところ毎日触れてきた古城特有の乾いた石と埃の匂い。
視界が徐々に焦点を結び、無骨な石壁と石床が目に入る。
そしてようやく、声の主へと意識が向いた瞬間
「きゃあっ……!」
「……」
真っ先に目に飛び込んできたのは、近いレヴェナの顔。
そして自分の状況を理解するより先に、反射的に悲鳴が漏れた。
……というのも。
私は、レヴェナの腕の中に収まっていた。
背中と膝裏を抱えられ、すっぽりと
「なっ……あ、あれ? えっと…」
混乱で思考が空回りする。
口から出た言葉すら自分で整理できない。
「寝ぼけているのか」
レヴェナは、心底呆れたように息を吐いた。
そのため息がむしろ私の混乱を鮮明に思い出させる。
たしか、あの花畑を出るとき…レヴェナに抱き上げられ、そのまま空へ。
そのあと……
(……寝たのね、私)
ようやく気付く。
帰り道でぐっすり眠りこけ、そのままここまで運ばれてきたのだ、と。
すっかり熟睡してしまった自分に顔が熱を帯びる。
ちらとレヴェナの仏頂面を伺いながら、私は言った。
「お、下ろしなさいよ」
「もう着いたが」
「……」
言われて顔を向けると、そこはまぎれもなく私の部屋の扉の前だった。
レヴェナの腕の中で間の抜けた沈黙だけが落ちる。
ガチャッ、と乾いた音が響いた。
「!」
レヴェナの魔力が一瞬だけ揺らいだ気配がしたと思った次の瞬間、鍵をかけていたはずの私の部屋の扉が彼女が触れもしないうちに静かに開いた。
当然のように、レヴェナはそのままズカズカと室内へ足を踏み入れる。
あまりの無遠慮さに思わず眉を寄せたけれど、
行きも帰りも、そして着いてからもずっとぐっすり寝こけていた自分を思い出して、
文句を口にするのをしぶしぶ飲み込んだ。
やがてベッド脇の机の近く――ちょうど足元が安定した場所――へとそっと下ろされる。
そして、妙な沈黙。
レヴェナはただ立ち、私はただ見上げ、空気だけが部屋に満ちる。
「ん゛っ んんっ」
わざとらしい咳払いで沈黙を破ると、肩にかかっていた髪を指先で払いつつできる限り優雅に言った。
「ご苦労さま」
レヴェナはすぐには返事をせず
ただ、どこか憐れみを含んだような、扱いに困る動物でも見るかのような目で私を見下ろした。
「なによ」
「別に」
素っ気ない返事に、胸の辺りがむずむずと苛立つ。
「貴方が勝手に連れ出したんだから、送迎くらいするのは当たり前よ」
そう続けて胸に手を当て、誇らしげに言い放つ。
「そもそも、私の身体が万全ならドラゴンや貴方に頼らずとも、箒に乗って自分で飛んで帰れたわ」
その言葉に、レヴェナはほんの少しだけ目を細めて答えた。
「魔鳥の餌になるだけだ」
「なんですって」
噛みつくように返した私の声が、石造りの部屋にぴんと跳ね返った。
続けて言葉を出そうとした、その瞬間だった。
「…っ」
視界がぐらりと揺れた。
地震 ではない。
揺れているのが私自身の足だと気づいたときにはもう身体が傾いていた。
床に倒れ込む、はずだった。
だが、その前にレヴェナの腕が素早く差し込まれ、私の身体を支えた。
冷たくない。しっかりとした力強い腕だった。
なんでもないわ、大丈夫よ
そう言おうとしたが、言葉が喉につかえて出ない。支えられていてもなお、視界がぐにゃりと揺れ、胸の奥で不愉快な波が打つ。
そのままレヴェナは、当然のような動作で私の身体を抱き上げ、ベッドへと運び、そっと腰を下ろさせた。
「……っ な、なんでもな――」
「強がりはいい。身体を休めろ」
柔らかく、しかし揺るがない声だった。
そんなふうに諭されてしまえば、反論の言葉など続けられない。
しばし呼吸を整え、視線を落としてから小さく口を開く。
「レ、レヴェナ」
「なんだ」
顔を見られるのが気恥ずかしくて、視線を伏せたまま言った。
「……ありがとう。……色々と」
短い沈黙が落ちる。
そっと顔を上げると、レヴェナのいつもの鋭い眼差しが、ほんのわずかに丸みを帯びているように見えた。
そしてレヴェナは珍しい物でも見つけたかのように私を見つめたまま呟くように言った。
「お前が礼を言うとは…」
「…貴方、私のこと馬鹿にしているわね」
即座に噛みつくとレヴェナはほんの一拍置いてから、小さく息を吐いた。
「……そんなことはない」
「してるわね!」
恥を忍んで感謝の言葉を口にしたというのに。
目の前の女は珍しい魔物でも見たかのように目を瞬かせている。
そんな態度に、私はつい声を荒げてしまった。
私が目くじらを立てる様をしばらく観察していたレヴェナは、ゆっくりと口を開いた。
「体調が戻り次第、お前にも働いてもらう」
「!!」
その何気ない一言が、胸の奥深い場所をじんわりと温めていく。
「人間界の事情にはお前の方が詳しいだろう」
必要とされている。
役目がある。
この魔界で、私の存在に意味がある
そんな当たり前のようで、けれどずっと欲しかった感覚が身体の芯に染み込んでいくのがわかった。
私は思わず顔を背け、喉の奥に込み上げる熱を押し殺すように言う。
「……ふん、仕方がないわね。手伝ってあげるわ」
気取って返したつもりだったが、声には隠しきれない喜色が混じってしまっていた。
自分でも、わかるくらいに。
その瞬間、レヴェナがこちらを見た。
鋭さを宿したいつもの眼差しがわずかに、ほんのわずかに和らいだ気がした。
口の端が、静かに、ほんのひとかけらだけ上がった。
それは笑みと呼ぶにはあまりに淡く
けれど確かに胸の奥に灯を落としていくほどの微かな表情だった。
____不意に
レヴェナの右手が、ためらいも前触れもなく私の方へ伸びてきた。
「……?」
何をするつもりなのか問いただそうとしたが、言葉は喉の奥で絡まり、そのまま口から出てこなかった。
指先は迷うことなく私の髪へ触れ、一房をそっと掬い上げる。
その拍子に彼女の身体がわずかに傾き、顔が近づいた。息遣いさえ分かるほどに。
レヴェナは掬い上げた髪をしばし無言で見つめていた。
その整いすぎた顔立ち、長い睫毛、陰影を帯びた鼻梁。その一つひとつに不本意にも心臓が跳ねる。
私は気づかれまいと息を整え、努めて平静を装いながら言った。
「……なによ」
しかし声は、かすかに震えを含んでしまっていた。
その瞬間、レヴェナの赤い瞳がゆっくりと私へ向けられる。
真っ直ぐに、逃げ場なく。
そして、低く平坦な声で告げた。
「わからないのか?」
その声音は決して甘くはない。けれど、拒む気配もまた微塵もない。
ただ淡々と、当然のように、どこか含みを持って。
握りしめたシーツに力が入る。
どき どき、と心臓がうるさく脈打ち、呼吸が浅くなる。
レヴェナの真紅の瞳は静かに私を射抜いたまま離れない。
まるで私の心の底の反応まで、すべて見透かしているかのように。
視線に耐えられず思わず目が泳ぐ。
何か言葉を返そうと口を開こうとしても、喉が強張り息ばかりが漏れた。
やがて、ふたりの間に落ちた沈黙がふっとほどけるように
レヴェナは掬っていた私の髪から手を離した。
名残を惜しむようでも、興味を失ったようでもなく
ただ静かに、指先が滑り落ちていく。
彼女はゆっくりと身を起こし、先ほどまで至近距離にあった顔が離れていく。
胸の奥でざわついていた鼓動はまだ治まらないまま、
私は勝手に熱を帯びる頬をどうすることもできずに見上げた。
レヴェナは私を一瞥し、淡々と言い放つ。
「…少しは妻である自覚を持つことだ。また来る。その時までに体調を戻しておけ」
その声音はいつも通りの乾いた低さなのに、
そこに含まれた“別の意味”だけが、ズキンと胸のど真ん中を射抜いてきた。
また、来る?
体調を戻して……おけ…
その瞬間、ぶわっと頭に血が上り、視界の端まで熱に染まった。
な……
な……な……っ……
息を吸うよりも早く、私は反射的に叫んでいた。
「こ、この色ボケ魔人!」
レヴェナの背は一度も振り返らず足取りは乱れないまま部屋を出て行った。




