ep7 魔族 と 特訓 (2)
ep7 魔族 と 特訓 (2)
呆気に取られる私に、ルヴァンが淡々と告げた。
「ネルは身体強化の魔法に長けている」
私は目の前の光景に言葉を失う。崩れた巨石。大小様々な大きさに砕けた岩の破片が地面に散らばる中、ネルは何事もなかったかのように佇んでいた。彼女の細い腕も拳も、傷ひとつないどころか、土埃すらまとっていない。
「魔力量は当然、お前より上だが……今の打撃に使った魔力は、お前と同程度のものだ」
「え……?」
信じられない。そんな馬鹿な。私と同じ程度の魔力量で、こんな破壊力を生み出せるなんて……
「打撃を加える瞬間に拳へ魔力を集中させることで、ここまで攻撃力を上げることが可能になる」
「………」
言葉を返せずにいると、ルヴァンがこちらを振り向いた。青い瞳が、まっすぐ私を見つめてくる。
「な、なによ……?」
「……魔力を眼に集中させることができれば、相手の魔力を視認することも可能になる」
「!」
目を見開いた。魔力を視認する
以前、レヴェナも似たような事を言っていた。
「お前とネル、放っている魔力量は同程度でも、均一に保ち、隙のないネルに対して、お前の纏う魔力はまばらで隙だらけだ」
ネルの姿をもう一度見た。彼女を包む魔力を……私では視認する事はできないが
彼女の纏うまるで静かな湖のように均一で揺らぎがない魔力は……私の肌を通して感じとることができた。
拳に、眼に___彼ら魔族は魔力を的確に操っている。それに比べて、私はただ漠然と身体全体に纏わせているだけ。彼らの言う魔力操作は、まるで次元の違う技術のように思えた。
……私の魔力操作は、赤子も同然……ということね。
これまで王都の学院で学び、積み上げてきた自信。その鼻っ面をへし折られるような感覚に、背筋が冷たくなるのを感じた。
認めたくなかった。いや、認めるのが怖かった。アーグレイ家の名に相応しい魔法の才を持つ……周囲からずっとそう言われて育ってきた。なのに…
あっさりと、それが通じない世界を突きつけられた。
ルヴァンは、そんな私の心中を知ってか知らずか、冷淡な口調で言い放つ。
「本気でリズとやるつもりなら、完璧な魔力操作を習得しろ。それすらできないのなら、決闘など時間と労力の無駄だ」
「……」
思わず唇を噛む。
突き放すような言葉。数分前の私なら即座に反発し、「私の実力を甘く見ないで」とでも言い返していただろう。
だが、ネルの一撃を目の当たりにした今、それがどれほど浅はかで空虚な反論になるかが分かってしまった。
事実として、私は彼らの足元にも及ばない。
……悔しい。認めたくない。だけど___
私は無意識のうちに、砕け散った岩へと視線を落としていた。
バラバラになった巨岩。ネルはあれを魔力を一点に集中させただけで砕いたのだ。
私に……本当に、あんなことが……?
呟きにも似た疑問が、喉奥から零れる。
今まで、完璧に近い、とまで感じていた私の魔力操作。それを根底から覆し、さらなる高みへと進むことができるのだろうか?
不安と疑念が、じわりと胸の奥を締めつける。
だが___
「……ふん」
思考がまとまるよりも先に、口が動いた。
私は何を考えているのかしら。
そもそも、魔族にできて私にできないことなんて、あり得ない。
なにせ私は、天才なのだから。
どんなに厳しい壁だろうと、乗り越えればいいだけの話。これまでもそうやって勝ち続けてきたし、これからも変わらない。
それに、こんなことで挫けてしまったら魔族たちのいい笑い者よ。
私はお飾りの嫁で終わるつもりなんか、さらさらない。魔族だろうと誰であろうと、私の実力を認めさせないと気が済まない。それが、私の性分なのよ!
私は背筋を伸ばし、髪を翻して正面からルヴァンの冷たい瞳を見据える。
そして、堂々と腕を組み、勝ち気な笑みを浮かべながら言い放った。
「すごいじゃない。大したものだわ」
「……」
ルヴァンは無言のまま、じっと私を見つめる。その沈黙が何を意味するのかは分からない。けれど、私は気にせず続けた。
「つまり、私の才能にはまだまだ先があるってことね。そういうことでしょう?」
自分で言っておいて、少しだけ胸の奥が軽くなった気がした。
魔力操作に未熟さがあるのなら、習得すればいいだけの話。これまでだって、そうやって成長してきたのだから。
「習得しておいて損はなさそうね。で? どんな修行をつけてくれるのかしら?」
挑戦的な口調で問いかけると、ルヴァンはゆっくりと目を細めた。
*****
実戦に勝る修行法はない。
「___五分でいい。五分間、ネルの攻撃を躱し続けろ」
ルヴァンがそう告げる。
互いに彼の魔法で防壁を施し、ネルは身体能力強化のみに魔法を限定。対する私は、魔法の使用に制限なし__そんな条件を課された。
あまりにも不公平ではないか。思わず不満げな視線を向けると、ルヴァンはそれを察したのか、淡々と言い放つ。
「お前とネルの実力差を考えた結果だ。文句があるなら、五分間逃げ切ってみせろ」
そして最後に、空を見上げながら付け加えた。
「……空に逃げて時間稼ぎをしようなどと考えるな。ネル、もし空へ逃げた場合は追え」
ルヴァンの低く響く声が、静かな空気を切り裂く。
「わかりました」
ネルが静かに頷いた。その表情に揺らぎはなく、まるで何の感情も持たない人形のようだ。
ふん、そんな狡い手は使わないわよ。失礼な男ね。
小さく鼻を鳴らしながら、私はルヴァンを一睨みする。だが、彼は特に気にする様子もなく、ただ淡々とこちらを見据えていた。
仕方なく視線を前へ戻し、目の前のネルと向き合う。
深い青の髪に、暗い青の瞳。その冷たい眼差しからは何の感情も読み取れない。まるで底の見えない湖のように静かで、どこまでも深く、こちらを映しているのかすら分からない。
時間だけで言えば魔界に来てから最も近くにいる魔族のはずだった。けれど、その素性について私はほとんど何も知らない。彼女が何を考え、何を感じているのか___それすらも分からないのだから。
不意に胸の内がざわつくのを感じ、私は小さく息を吐いた。今はそんなことを考えている場合ではない。
気を取り直し、人差し指をネルへ向ける。
「言っておくけれど、手加減する必要はないわよ」
私の言葉に、ネルは一瞬まばたきをした。そして、ちらりとルヴァンへ視線を向ける。
ルヴァンはネルの視線を受けながら、淡々と言い放つ。
「ネルが全力でやれば、数秒ももたないぞ」
「なっ……!」
息を呑む。
まるで当たり前のことを告げるような声音に、思わず言葉を失った。悔しいほどに迷いのない口調。それが余計に、私の自尊心を逆撫でする。
彼は続けてネルに言った。
「この女と同程度の魔力のみ使え」
「わかりました」
ネルが再び短く答える。
「ぐぬぬ……」
私の実力なんてたかが知れていると、当然のように判断する二人のやり取りに、苛立ちが込み上げる。
そっちがそのつもりなら……
本気を出さざるを得ない状況にしてやろうじゃない。
心の中で静かに炎が燃え上がるのを感じながら、私は改めてネルを見据えた。
「後から後悔しても知らないわよ!」
「……」
ルヴァンが右腕を上にかざし、振り下ろした。
「始め」
___________
合図が鳴り響く。
だが、ネルはすぐには動かなかった。
私は一歩、二歩と後ろへ下がり、とりあえず距離を取る。
脳裏には、つい先ほど目にした光景がこびりついていた。
あれほどの巨石をネルが素手で粉砕した、あの瞬間。
想像するだけで、背筋が冷たくなる。
間違いなく、この子の間合いに入ったら最後。私は防ぐことすらできず、一撃で沈むだろう。
ならば、取るべき手段はひとつ。
常に間合いを取って、時間を稼ぐこと__
そう考えた瞬間、胸の奥に小さな違和感が生まれた。
時間を稼ぐ。
それはつまり、「自分では勝負を決められない」と自覚しているようなものではないか?
一瞬、ムキになりかけたが、ぐっとこらえる。感情に任せて無闇に相手の間合いへ飛び込むのは愚策だ。まずはネルの動きを見極める。
そう決め、私は得意とする氷の魔法を発動した。
__氷の弓を生成する。
だが、その瞬間だった。
シュン____
まるで空間を切り裂くような音とともに、ネルが地面を蹴る。
動きが速い。視界の端に映ったその姿は、まるで疾風のようだった。
「!?」
目を見開く間もなく、ネルは数十メートルの距離を一気に詰めていた。
___間に合わない!
咄嗟に、手元の弓に氷の矢を生成する。そして、自分とネルを結ぶ直線上___地面へ向けて放った。
ドンッ!
矢が地面を貫いた瞬間、氷の魔法の衝撃で土埃が舞い上がる。
視界が遮られた。
今しかない____!!
ネルの攻撃を紙一重で回避しながら、私は即座に後方へ飛び退く。
足裏に伝わる感触で、しっかりと地面を踏みしめたことを確認する。だが、安堵する暇はなかった。
土埃の中に、ネルの気配を感じる。
視覚では捉えられない。だが、確実にそこにいる。
ほぼ反射的に、私は再び氷の弓を構えた。
「……っ!」
魔力を集中し、一気に放つ。
___氷柱の雨!!
無数の氷の矢を土埃の中へ向けて掃射した。
ガガガガキンッ!!
「!?」
鋭い音が耳をつんざく。
それは氷の矢が地面へ着弾する音でも、防壁に当たる音でもなかった。まるで金属同士がぶつかり合うような、甲高く響く連続音__
舞い上がった土埃の中、私は息を呑む。
やがて、風に流されるように土埃が晴れていく。
そして、そこに立っていたのは無傷のネル。
私は息を詰めた。
だが、それだけではなかった。
彼女の両腕。そこには、異形の武器があった。
漆黒の刃。鋭く湾曲した、まるで死神が振るうかのような二本の大鎌。
……いや、違う。
じっと目を凝らし、その正体を見極める。すると、すぐに気がついた。
彼女は武器を握っているのではない。
彼女の腕そのものが、鎌へと変化していたのだ。
「……っ!」
変身魔法? それも、体の一部を武器に変えるだなんて__!
そんなことが可能なの!?
思考が追いつかない。
驚愕する私の目の前で、ネルは淡々と佇んでいた。まるで何事もなかったかのように。
そうだ。彼女はこの鎌で、私の氷の矢をすべて叩き落としたのだ。
信じられない。
私の放った氷柱の雨は、広範囲を覆う強力な魔法。しかも、私の魔法の中では一発一発の威力も決して低くなく、消費する魔力も多い。
それを全て防がれた――?
じわり、と焦燥が胸を締めつける。
五分。
たったそれだけの時間。
されど、その時間が果てしなく遠く感じられる。
ネルが静かに足を踏み出した。
両腕の黒い鎌を構え、無音のままこちらへと迫ってくる。
__考える暇もない!
私はすぐさま弓を構え、再び氷の矢を生成する。
狙いはネルではない。
彼女と私を結ぶ直線__地面へと放つ。
シュンッ!
矢が空を裂き、地面へと突き刺さる。
瞬間、氷の衝撃で土埃が舞い上がった。
少しでも視界を遮れば、次の作戦を考える時間が稼げる__!
……と、その時だった。
ダンッ!!
鋭い衝撃音。
「!?」
目を見開く。
ネルが地面を蹴り、跳んでいた。
速い___!!
氷の矢が着弾するよりも先に、彼女は空へと舞い上がっていたのだ。
躍動する漆黒の鎌。
跳びながら身体を捻り、そのまま上空から襲いかかってくる。
「っ……!」
間に合わない!
咄嗟に、魔力を込める。
__冷気の盾!!
目の前に氷の盾を生成する。
同時に、さらに後方へと飛び退った。
バリィンッ!!
氷の砕ける音。
ネルの黒い鎌が振り下ろされ、盾ごと粉砕される。
さらに___
ズシャァッ!!!
鋭い音を立てて、ネルの鎌が地面を深々と抉る。
刃が走った軌跡には、抉られた大地が荒々しく刻まれていた。
「っ……!」
危なかった。
あとほんの一瞬、動きが遅れていたら__今ごろ、防壁は簡単に破壊されていただろう。
息を整える暇もなく、私は目の前のネルを見据える。
彼女の動きを注視しながら、己の乱れる呼吸を無理やり抑え込む。
このままでは、間違いなくもたない。
すでに私は肩で息をしていた。
消耗が激しい。まるでリズと戦った時と同じだ。
シンプルに間合いを詰め、迷いなく攻め込んでくる相手に対し、私はいちいち大技を放って躱すのがやっとだった。
反射速度が追いつかない。彼女たちの攻撃をまともに見切ることはできない。
ネルを見る。
彼女は静かに立っていた。
呼吸は乱れず、表情も一切崩さない。
疲労の色など、微塵も見えなかった。
「……参るわね。ほんと……」
自嘲気味に呟きながら、私は己の左手を掲げる。
「__武器よ、来れ」
低く紡いだ詠唱とともに、私の手のひらの上に 白銀の魔法陣 が浮かび上がる。
その中心から光が収束し、次第に形を成していく。
やがて現れたのは、一振りの白く輝く剣。
私が唯一扱える召喚魔法によって、この手に呼び寄せたたった一つの武器。
剣の鋒をネルに向け、私は静かに言葉を告げる。
「……まだまだ、これからよ」
ネルは無言のままゆっくりと両腕を構えた。
その瞳はただ冷静に私を見据えている。
___来る。
確信に満ちた直感が、背筋を冷たく駆け抜けた。
私は思わず小さく笑みを零す。
握る剣は、見るからに大層な代物。
白銀の輝きを放つ、美しく洗練された一振り。
かつて異国の商人に紹介され一目惚れして衝動買いしたものだ。
しかし
実際のところ、私は剣術のノウハウなどほとんど持ち合わせていない。
この剣の真価を引き出せる腕もなければ、それを活かせる戦い方も知らない。
結局のところ、私はこの場においてただの素人 なのだ。
付け焼き刃の技術で、どうこうなる相手ではないことぐらい分かっている。
けれど どうせ残りの魔力では、あと数秒すら凌ぎ切れない。
ならばせめて___
私は 魔力を身体に纏わせた。
全身に巡る魔力を、さらに剣を握る手、腕、足へと集中させる。
今の私に出来る限り、鋭く、研ぎ澄ませる。
その刹那___
ネルが先に地面を蹴った。
鋭く、しかし流れる水のように滑らかな動きで一気に間合いを詰めてくる。
躊躇いのない、無駄のない、 完璧な攻め 。
対する私も全力で地面を蹴った。
ネルの攻撃を見切ることなどできない。
それでも私は前へ出る。
剣を振るう。
剣を___
ガキィィィン…ッ!!
衝撃。
一瞬、彼女の姿が眼前に迫ったかと思ったその刹那___
下方からの 鋭い一撃 。
視界が揺れる。
気づいた時には白銀の剣が宙を舞っていた。
まずい。
本能が告げる。
剣を失った無防備な私にネルの漆黒の鎌が振り下ろされる。
バリィン…ッ!!
耳をつんざくような、鋭く澄んだ破砕音。
まるで厚いガラスが砕け散るかのように響き渡った。
私の防壁が、完全に崩れ去った音だった。
衝撃に膝が崩れ、私は尻もちをつく。
目の前には、無機質な瞳でこちらを見下ろすネル。
右手は大鎌へと変貌したまま、しかし彼女の表情には一切の感情がない。
次の瞬間、鎌だった腕がぐにゃりと形を変え、元の人の手へと戻っていく。
そして、私に向かって差し出された。
「大丈夫ですか?」
ネルの声音は淡々としていた。
圧倒的な力の差を見せつけながらも、勝ち誇る様子すら見せないその姿に、私は思わず乾いた笑いを漏らす。
差し出された手を取りながら、ぽつりと呟いた。
「……強いのね、貴方」
ネルは何も答えない。ただ、静かに私を立ち上がらせる。
その様子を見ていたルヴァンが、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「思ったよりは耐えたな」
言葉だけを聞けば皮肉のようにも思えたが、彼の顔に浮かぶのは純粋な感心だった。
それがかえって私のプライドを痛く刺激する。
それでも、不思議と胸を満たすのは無力感ではなかった。
「やっぱりやめよう」などという逃げの思考も、どこか遠い。
ふと、自らの手を見る。
魔力の消耗で小刻みに震える掌。
悔しい。もちろん悔しい。
けれど、それはネルに負けたことへの悔しさではない。
何よりも許しがたいのは___基礎すらままならない自分自身だった。
完璧であるはずの私が、この程度でいいわけがない。
イザベラ・アーグレイが、こんな無様なままでいいはずがない。
プライドをへし折られ、服は土埃にまみれ、自慢の髪もぼろぼろ。
荒い呼吸を整えながらゆっくりと拳を握る。指先にわずかに残る魔力を感じるが、それも今にも尽きそうだった。
__なのに、不思議なことに。
私は無意識のうちに口角を上げていた。
悔しさや屈辱のはずなのに、それらを押しのけるように胸の奥から熱が込み上げる。このままでは終われない、もっと強くならなくてはならない。そう強く思う自分が確かにいた。
ゆっくりと髪を翻し、正面に立つルヴァンを見据える。
「無駄を無くす。つまり、基礎からやり直せということね」
自分でも驚くほど冷静な声だった。
ルヴァンは微かに目を細める。そして、しばらく無言のまま私を見つめた。彼の目には諦めでも呆れでもない、ただ静かな観察の色が宿っている。
「……考えは変わらないか」
短く問いかけられる。
「ええ。悪いけど、とことん付き合ってもらうわよ」
強がりではなく本心だった。私はまだ足りない。今のままでは、とても追いつけない。ならば、這い上がるしかないのだ。
ルヴァンはわずかに眉を寄せると、目を閉じ、一つため息をついた。
「……」
無言のまま踵を返し、静かに歩き出す。
その背中を目で追う。彼の歩調は変わらず一定で、無駄がなく、迷いもない。私とはまるで違う。
そんな彼が、背を向けたまま言った。
「明日からはしばらく、魔力の消費が激しい魔法は控え、身体強化の修行を優先しろ」
短く、それだけ告げると、彼はそのまま城の中へと姿を消した。
ちょっと、もう終わりなの?
そう文句を言いたくなるが、声を出す気力がない。疲労と消耗が体を縛り付けるようだった。数分の手合わせ___それだけで、ここまで消耗するとは。
地面に目を落とす。白銀の剣が、落ち葉と土の上に転がっていた。
手を伸ばし、それを拾い上げる。剣の冷たさが、熱を持った手のひらに心地よかった。
剣を召喚魔法の陣の中に収める。その途中で、立ち尽くすネルの姿が目に入った。
彼女はまだこちらを見ている。その瞳には先ほどの戦いの余韻が残っていた。
「貴方、身体強化が得意だそうね」
ネルの表情がわずかに動く。
「悔しいけれど、貴方の動きは凄かったわ。……色々、教えてちょうだい」
正直、相手が人間だろうと魔族だろうと、私より上だと認めるのは癪でしかない。けれど、認めざるを得ない。ネルの動きは、私が目指すべきものの一つだった。
私は右手を差し出す。
ネルは少し困惑したように瞬きをする。驚き、警戒___そんな感情が滲むが、やがて小さく息をつき、おずおずと手を伸ばしてきた。
彼女の指が触れる。小さな手。けれど、戦いの中で見せた力強さは確かにそこにあった。
「………はい」
どこかぎこちなく、それでもしっかりと手を握り返してくる。
「よろしくね、ネル」
これで一歩前進。負けたままでは終わらない。
私の戦いは、まだ始まったばかりだ。