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ep6 魔界に帰還、そして…

ep6




「さすがです、イザベラ様」


レヴェナの口から会談の詳細が語られると、ベクタは開口一番そう言った。彼の口調には感嘆の色が滲み、心の底からそう思っているのが伝わってくる。


私はゆるりと髪を翻し、涼やかに微笑む。


「あら、そんなに褒められるようなことかしら?」


わざと軽く流すように言ってみせるが、胸の奥で高鳴る誇らしさを完全に隠しきることはできなかった。


咄嗟に思いついた策とはいえ、うまくいったという自負はある。

だが、それを殊更に表に出すのは品がない。あくまで余裕のある態度を崩さずに続けた。


「ただ、鉱山を交渉の切り札に使ってしまった以上、それに代わる見返りを手に入れる必要があるわね」


「はい。その点につきましては、それ相応の物をご用意致します」


ベクタは恭しく頭を下げながらも、自信に満ちた口調で答える。まるで、何を望まれても期待以上のものを差し出せるとでも言いたげな態度だ。


私はそんな彼の反応に満足し、口元に微かな笑みを浮かべた。


「ふふっ、それなら期待しているわ。よろしく頼むわね♪」


レヴェナはそんな私の様子を一瞥すると、話題を切り替えるように口を開いた。


「……ヴィダールの現国王は話の通じる人間だった。今後の交渉次第では、こちらにとって悪くない関係を築ける可能性があるだろう」


静かで落ち着いた声が部屋に響く。


その眼差しは鋭く、まるでこれからの未来を見据えているかのようだった。


「今後はお前たちも人間界へ赴く機会が増える。必要に応じて、私と共に動いてもらうことになる」


部屋に集まった三人__ベクタ、レベリウス、ユルゲンは、真剣な面持ち(ユルゲンを除く)でレヴェナを見つめる。その沈黙を破ったのは、レベリウスだった。


「レヴェナ様、今後はもっと俺たちを頼ってください」


彼の声は力強く、揺るぎない忠誠が込められていた。


「のけ者扱いされるのは、あまりおもしろくないからね〜」


ユルゲンも微笑を浮かべながら言葉を継ぐ。どこか軽妙な口ぶりだったが、その眼には確かな意志が宿っていた。


二人の反応に、レヴェナはわずかに目を伏せ、微かに申し訳なさそうな表情を浮かべる。彼女は静かにベクタへと視線を向けた。


ベクタは何も言わなかった。ただ、穏やかな笑みをたたえたまま、静かに頷くだけだった。


その沈黙が、彼の想いを雄弁に物語る。


レヴェナは小さく息を吐き、まるで覚悟を決めるように頷いた。


「……ああ、今後とも力を貸してくれ」


短い言葉だったが、その声音には確かな信頼と期待が滲んでいた。


三人は即座に反応した。


「もちろんです」


「いつでもお力添えいたします」


「そうこなくっちゃ」


三者三様の言葉を返しながら、その目は皆、同じ決意に満ちていた。


レヴェナ達は、それぞれ満足げな表情を浮かべながらこれからの展望について語り合っている。


私はそんな彼らの様子を見ながら、内心、少しだけ羨ましさを覚えていた。


彼らの間には確かな信頼関係があるのだと、端から見ていてもわかる。


だがその刹那、レヴェナが私へと視線を向ける。


「イザベラ」


呼ばれ、反射的に彼女を見る。


レヴェナの顔は相変わらず無表情だったが、その瞳には確かに、彼女なりの思慮が込められているように感じた。


「今後、お前が交渉の場に出るのは控えろ」


眉がぴくりと跳ね上がる。


「は?」


思わず聞き返したが、レヴェナはそれ以上言葉を続けず、3人との会話に戻ろうとする。


「ちょ、ちょっと!どういうことよ!」


声を荒げるとそこに割って入るようにベクタが静かに言葉を紡いだ。


「レヴェナ様は、イザベラ様の身を案じられているのですよ」


「…はぁ?」


納得がいかず、思わずベクタを睨むように見る。しかし彼は穏やかな表情のまま続けた。


「イザベラ様の立場はいまだ不安定なもの。魔族に肩入れしすぎれば、人間側から裏切り者として見られる危険があります。今回の交渉で、その線引きがさらに曖昧になったのも事実……そういうことですよね?」


ベクタがレヴェナを振り返る。レヴェナは何も言わず、ただじっと私を見つめるだけ。


沈黙が答えだった。


私は唇を噛んだ。


確かに、彼の言うことはもっともだ。


私の立場が微妙であることは、私自身が一番よくわかっている。


だけれど、それを認めてしまったら…まるで自分の役割を否定されるようで___


「……っ」


言い返す言葉が出てこない。


もどかしさが胸に広がる。だが、ここで感情をぶつけたところで、レヴェナの意見を覆すことはできないだろう。


「……いいわ、わかったわよ」


私はわざとらしく肩をすくめ、くるりと踵を返した。


「 な ら! 私はもう失礼するわね!」


不機嫌を隠しもせずに部屋を後にする。


それが私に出来る精一杯の、そしてひどく幼稚な意思表示だった。










イザベラの背中を見送りながら、ベクタは苦笑し、レィベリウスは「やれやれ」と言わんばかりに肩をすくめる。


ユルゲンは楽しげな笑みを浮かべ、ぽつりと呟いた。


「あ〜あ、拗ねちゃった」


その言葉に、レヴェナは無言のまま視線を扉へと向ける。


だが、何も言わない。


ただ静かに、去っていった少女の姿を見つめるだけだった。







***************







私は頭を悩ませていた。


レヴェナたちの会議に呼ばれることもなく、かといって特にやることがあるわけでもない。


仕方なく城の中を歩き回ってはみるものの、ただ無為に時間を潰しているだけのように思えてならなかった。まるで会談前の状況に逆戻りしたかのようだ。


そんな折、廊下の向こうから聞き覚えのある声が響いた。


「へぇ〜意外だな、帰ってこねえと思ってたよ」


楽しげな声と共に、赤い髪を持つ魔人__リズが姿を現した。彼女の顔には、からかう気満々の笑みが浮かんでいる。


私は思わず眉をひそめた。


「……何が言いたいのかしら?」


「せっかく人間界に戻れたんだし、そのまま家に逃げ帰ればよかったのによぉ」


心底愉快そうに言うリズ。その無神経な言葉に、胸の奥がちりちりとした苛立ちを覚える。


「レヴェナたちが私を手放すわけないでしょう? 私のような賢くて有能な女、そうそういないわよ」


自信満々に答えてみせる。だが、リズは鼻を鳴らして笑った。


「ハッ、ぶらぶらほっつき歩いて暇つぶししてる奴がよく言うぜ」


図星だった。


しかし、それを認めるのは癪だった。私は冷静を装い、肩をすくめる。


「……なんのことかしら」


「ハッ、知ってんだよ。のけ者にされてるってことはな」


リズの言葉が胸に突き刺さる。


ぐっと言葉に詰まる。確かに私は会談の場から外され、今こうしてやることもなく無意味に城をさまよっていたのだから。


「ハハッ! 口だけ達者ってやつだな、人間」


楽しげに言い放つリズ。彼女は背は低いくせに態度だけは大きい。


けれど、私はすぐに反撃の言葉を思いついた。


「……そういう貴方こそ、なぜ会議に呼ばれないのかしら?」


「あ?」


「あぁ、もしかして…賢くないから?」


一瞬、空気が張り詰めた。


リズの口元から笑みが消え、目が鋭く細められる。


「てめぇ……」


「なによ?」


互いに睨み合い、火花を散らす。


しばらくの沈黙の後、リズはふっと鼻を鳴らし、不敵な笑みを浮かべた。


「ハッ、あたしに手も足も出なかった雑魚がイキがってんじゃねえよ」


「……ッ!」


拳を握りしめる。悔しさが込み上げてくる。


以前の決闘で、私はこの女にまったく歯が立たなかった。魔人の圧倒的な力を目の当たりにし、自分の無力さを思い知らされた。


だが、だからといって黙って受け入れるつもりはなかった。


やられっぱなしにはしておけない。私の性分だ。


「……リズ、とかいったわね」


「あ?」


「一ヶ月よ」


私は人差し指を立てる。


リズは怪訝そうに眉をひそめた。


「あん?」


「一ヶ月後、もう一度私と勝負しなさい」


その言葉を聞いた瞬間、リズは一瞬呆気に取られたような顔をした。


しかし、すぐに口元を吊り上げ、楽しげに笑う。


「ハハハハハッ!!」


そして、鋭い目つきで私を見据えた。


「へぇ…面白ぇじゃねえか」


「…ええ、覚悟しておきなさい」


「ハハハッ! 手加減してやるから安心してかかってこいよ!」


そう言いながら、リズは私の肩をポンと叩くと、満足そうに背を向けた。


私は拳を握りしめる。


そうよ。せっかく暇なのだから、あの調子に乗った礼儀知らずの女に一泡吹かせてやればいい。


魔族だろうとなんだろうと

そんなの関係ないわ。


私は必ず、この手であの女を倒してみせる。


そう固く誓い、私は踵を返し歩き出した。






****************






 

「ダメだ」


レヴェナの短い否定の言葉が、まるで冷たい刃のように突きつけられた。


「なんでよ!」


思わず声を荒げる。反射的な抗議だった。


私が求めたのはただ一つ。魔法を学ぶ機会だった。

リズに挑むため、とは一言も言っていない。

けれど、レヴェナは即座に却下した。私の意図をすでに見抜いているのかもしれない。


「なぜ魔法を学ぶ必要がある」


レヴェナは淡々と問いを投げかける。その表情には微塵の揺らぎもない。


「貴方たちが私を部外者扱いするからよ。暇つぶしになるでしょう」


努めて冷静に答える。強がりにも聞こえるその言葉にレヴェナはまったく動じなかった。


「学んでどうするつもりだ」


更なる追及。心の奥底を暴こうとするような、鋭く静かな声。


「わ、私の勝手でしょ」


「……」


レヴェナは沈黙し、じっと私を見つめる。

その赤い瞳に射すくめられた気がして、思わず息を飲んだ。隣でベクタが小さく苦笑しているのが視界の端に映る。


わかっている。以前、レヴェナに釘を刺されたことを忘れたわけじゃない。


『勝手なことをするな』


私の身に何かあれば、人間界との関係に亀裂が生じる


そう言われたことを。


けれど、それでも私は……


「……強くなりたいのよ」


やっとの思いで、本音を口にする。胸の奥に押し込めていた言葉を引きずり出すようにして、搾り出す。


「あのリズっていう女を見返すために」


「無駄なことはやめろ」


レヴェナの声は相変わらず冷静だった。容赦のない否定に、心がざわつく。


「人間のお前がリズに敵うはずがない」


「そ、そんなのやってみなきゃ…!」


「無意味だ。やめろ」


淡々とした言葉に、今度は明確な苛立ちが込み上げる。レヴェナはそう言い切ると、興味を失ったかのように手元の文書に視線を落とした。


その仕草に、カチンとくる。


「……やってみなきゃ……わからないでしょうが!!」


「!」


思わず声を張り上げていた。レヴェナの瞳が再び私を見据える。


でも、もう止まらなかった。


「わかったわよ!! じゃあもう貴方には何も頼まないわ!!」


指を突きつけ、宣言する。


「1人で強くなって、あのリズって子を見返してやるわよ!!」


「……おい」


レヴェナが低い声で呼びかけた。


でも、もう知らない。


「止めようとしたら、今すぐにでも荷物をまとめて人間界に帰るわよ!!」


強気に出る。レヴェナの眉がわずかに動いた。


「貴方たちに乱暴されたってあることないこと全部吹き込んでやるわ!!」


「……」


「イ、イザベラ様、少し落ち着いてください」


ベクタが慌ててなだめようとするが、今の私は止まらない。


「うるさい! そこでふんぞり返って待ってなさい! 私がちょっと本気を出せば、魔族なんて敵じゃないってことを証明してあげる!!」


肩で息をする。言いたいことをすべてぶちまけてしまった。


レヴェナは何も言わない。赤い瞳でじっと私を見つめている。


だけど、もう知らない。


「ふんっ!!」


勢いよく踵を返し、扉を大きく開け放つ。


バタンッ!!


大きな音と共に、私はその場を去った。












乱暴に閉じられた扉が余韻を残して微かに揺れる。厚みのある扉の向こうには、今まさに苛立ちを抱えたまま歩き去るであろう少女の姿があるはずだった。


レヴェナは微動だにせず、椅子に腰掛けたまま静かに扉を見つめていた。

その表情からは何を考えているのか窺い知ることはできない。ただ、わずかに眉間に寄った皺が、彼女の内心の面倒さを物語っている。


そんな主の様子を見ながらベクタは肩をすくめ、苦笑交じりに口を開いた。


「負けん気の強いお方だとは分かっていましたが、まさかここまでとは」


レヴェナはわずかに目を閉じ、静かに息を吐いた。


「……ハァ」


深くはないが、短く重い溜息だった。

イザベラの突飛な行動に呆れつつも、否応なく彼女の意思の強さを認めざるを得ないのだろう。


ベクタは少し考え込みながら、慎重に言葉を選ぶ。


「どうなさいますか?」


一瞬の沈黙が流れた。やがてレヴェナは顔を上げ、迷いなく言い放つ。


「リズ・ネル・ルヴァン・ユルゲン・レベリウスを呼べ」


ベクタは軽く目を見開いた。


「……よろしいのですか?」


「言い出したら聞かない女だ」


淡々とした言葉だったが、そこには確かな諦念が滲んでいた。イザベラの性格を理解しているからこそ、下手に抑え込んでも逆効果であることを知っているのだろう。


ベクタは小さく息を吐き、内心で呟く。


(その面々だと……レベリウスくんの負担が大きいような……)


しかし、それを言葉にするのはやめた。余計なことを言えば、レヴェナがまた一つ面倒そうな顔をするだけだろう。


(すみません。レベリウスくん)


そして、彼はふと思い至り、ゆっくりと続けた。


「どんな形であれ、イザベラ様と皆が交流する機会を設けることはいずれ必要なことです」


レヴェナの赤い瞳がベクタを見据える。彼女は沈黙したまま、じっと彼の言葉の続きを待っていた。


「身の安全の確保はもちろん、人間界に裏切り者と見なされないよう注意しなければなりません。しかし、同時に、魔族の皆もイザベラ様を信用していない」


その事実にレヴェナは反論しなかった。


確かに、魔族の中にはイザベラの存在を懐疑的に見ている者も多い。むしろそれを快く思わない者が大半なのが現実だ。


ベクタは穏やかに続ける。


「レヴェナ様と結婚された人間の素性、皆も気になっているはずです。学びの機会を通してイザベラ様の人間性を理解してもらう。これは、魔族側にとっても悪い話ではないでしょう」


「……その手段が喧嘩か」


レヴェナは小さく呟く。その口調には、どこか呆れが混じっていた。


ベクタは苦笑しながら、肩をすくめる。


「そこが気がかりですね……」


イザベラの望む形が「魔法の腕を磨いてリズを打ち負かすこと」だというのは、果たしてどこまで建設的なのか。

しかし、逆に言えばそれが彼女の持ち前の負けん気を満たしつつ、魔族たちと関係を築く一つのきっかけになるかもしれない。


「ともあれ、まずは本人の様子を見守るしかないでしょう」


「……」


レヴェナは何も言わなかったが、その静かな瞳が再び扉の方へと向けられる。


その先にいるのは、頑固で、意地っ張りで、しかし放っておけないほど真っ直ぐな少女だった。


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