婚約破棄されたら口下手公爵様に拾われました~心から信じていた婚約者に裏切られ性癖開花ってどういう状況!?~
よろしくお願いします。
「え、えぇ……」
人生初の衝撃的な事実に直面した。あまりにも信じられないので思わず現実逃避しようとしたら、私に衝撃を与えた人物によってそれは回避されてしまった。
「ネラフィラ。丁度良い所に来たな! お前との婚約を解消しようと考えていた。俺と婚約関係になってお前も良い夢見れただろう。文句は無しだ。良いな」
「い、いやいや。無理ですよ。文句大ありです。何で私の友人と……」
私、ネラフィラ・キャンベルはいつものように婚約者である第一王子にして次期王位継承者のエルネスト・ダウォンテ・コーネリアス王太子殿下の仕事を肩代わりしていて、その報告に王宮に来たのだが、
……落ち着いて状況を整理しよう。今日の朝には仕事に使う書類を渡された(妃教育もある為王宮の別館を借りて住んでいる)。そしていつものように愛情溢れる抱擁をしてくれた。
私はそれだけで幸せな気持ちになって、今日も一日頑張ろうと意気込んで仕事を終わらせた。
報告しに行くと、私の親友と婚約者様が口付けをした後、抱擁をしている現場を目撃してしまい、頭が真っ白になって今に至る。
「ごめんなさいねぇ~。ネラフィラ。好きになってしまって、奪っちゃった」
友人のミリアーナ・ワイアット伯爵令嬢は両手を拳にして顎に添える。きゅるんと大きめな瞳をうるわせて首を傾げる。
なんとも可愛らしい仕草。ああ、そうか。そうなのか。
私は貴族の中でも顔や体付きは下の下だと思ってる。頭の良さも下の下。なんの取り柄も無い私よりも可愛く可憐な友人に惚れるのは自然の摂理なのかもしれない。
これでも髪型やお化粧を変えてみたり、流行のドレスを調べて着てみたり、コーネリアス殿下の好みに合わせようと頑張ってきたというのに……。
私の努力が足りなかった?
私の愛情が足りなかった?
私がつまらないのがいけないの?
愛想を尽かされるのは私に原因があるからだわ。
混乱していると、また私の前で口付けを……。
ズキンっと胸が酷く締め付けられ、意識が遠のきそうになるが、何とか持ち堪える。
「遅いぞ」
「準備に手間取ってしまいました」
ゆっくりと唇を放した殿下は横目で私を……いや、正確には私のすぐ後ろにいる人物に声をかけていた。
私は振り向くと、黒いフードを深く被っていて大きな杖を持っている男性がいた。
男性と目が合うと、ふっと鼻で笑われる。
馬鹿にされた!? そう思ったが、今は婚約破棄されたショックで何も言い返せない。
私が立っている場所に突然魔法陣が現れた。魔法陣の形と術式を見て今から何をするのかすぐに理解した。
この魔法は禁忌とされている古代魔法。一回だけ文献で読んだことがあったのですぐにわかった。
「私のスキルを消失させるのですか!? 何故」
「決まっているだろう。俺は王太子だ。だから、二股かけていたなんて知られる訳にはいかないんだ。悪く思うなよ」
「誰にも言いません! 婚約破棄の真相も話しませんから、スキルだけは」
「今更だな。闇魔術師にかなりの額を渡しているんだ。諦めろ」
「そんな……勝手な」
「勝手?? 俺に構ってはくれなかったではないか。飾りばかりな化粧やドレスで着飾って、異性の注目を集め、遊んでいたのだろう? ーー王太子の婚約者が呆れるな」
「あれは……」
あれは、構えなかったのは殿下の代わりに私が仕事をしていたのよ。それに加えて妃教育もあった。
どんなに忙しくても化粧やドレスで着飾っていたのは、殿下の隣にいて恥ずかしくないように。常に外見にも気を配り、内面も磨いていこうと必死だったのに……。
殿下は、それを男遊びがしたくて外見を磨いていると思い込んでいただなんて。
今まで頑張れてこれたのは、殿下を慕っていたからなのに。
それなのに、こんな裏切り方ってあんまりよ。
黒いフードを深く被っている男性が詠唱する。すると、青紫色に輝く光が魔法陣の線に沿って上に登る。
詠唱が終わると、杖を魔法陣に向かって叩くと、パチンっと何かが私の中で弾け飛ぶ。
スキルが消えたのだと瞬時に理解した。スキルはその人物の能力を言語化したもの。
私のスキルはーー『異空間移動』
そのスキルは最も珍しく、上手く利用すれば便利だ。王族は私のスキルが物珍しく、貴重だと判断した上で殿下との婚約を勧めてきた。
私の爵位は子爵で、王太子殿下とは縁も無いものだと思っていたのに、こんな形で縁があるとは思わなかった。
殿下に一目惚れしていた私は迷うことなく二つ返事をしたんだ。
だからこそ、スキルが無くなったら婚約者ではいられなくなる。
そこまでして私から離れたいのね。愛していたのは私だけだったんだ。
スキルは元々誰でも一つは持っている。それを消失させられるということは……『無能』だと世間の笑いものになる。
私は自分自身に絶望し、殿下の不満を見抜けなかった、気付かないうちに傷付けていた自分に腹が立った。
そうか。これは罰なのだと、殿下の不満や不快感に気付かずに自分の事しか考えてなかった私への神様が下した天罰なのだと。
自分を責めた私はゆっくりと目を閉じる。頭の中に天の声がこだまする。
【スキル、異空間移動が消失しました】
その声はいつ聞いても冷たく何の感情もない機械みたいな声。
一粒の雫が頬を伝い溢れ落ちる。その涙は悲しさなのか悔しさなのか……よく分からない。
裏切られたと思うのに、殿下の気持ちに気付かなかった自分が許せないという気持ちもある。内心はかなり複雑だった。
それなのに、ふつふつと心の中のモヤッとした感情がなんなのか分からない。
初めての感情だった。頭に血が登ったような変な違和感。思いっきり叫んで暴言を吐き出したくなるような深い感情ーー……。
必死に表に出さないように抑え込む。
その時、またしても天の声が聞こえてきた。
【性癖が開花しましたーー】
性癖? 何それおいしいの? 新しいスキル??
でも普通ならスキルを獲得しましたとか言われるはず……。性癖ってなんなの? スキルを消失しちゃったから……?
分からない。今は何も考えたくなんてない。
魔法陣の光が消え、私は二人に何も言わずにフラフラとその場を離れた。
黒いフードの男性の横を通ると、「負け犬だな」なんて悪態をついてきたが私の心はそれどころではなかった。
◇
嘘。誰でもいいから嘘だと言って……。これは何かの間違い。そう、夢。夢なのよ。
そう思わないと……今までの幸せな日々が嘘だった事になる。
あんなにも甘く囁いてくださったのに。私はコーネリアス殿下が大好き。好きなの。
好き過ぎて、殿下の為に。喜ぶ事をしていこうと決めていた。仕事もその一つ。
仕事は全部私に任せてくれていた。その事がバレると怒られるのは殿下なので全部コーネリアス殿下がやった事にした。
それで私の悪い評価がついたけど。「役に立たない」「お飾りにしてもやることはあるのに、同じ令嬢として情けない」「何もしないなんて婚約者がお可哀想だわ」「王太子妃になるというのに、なんという体たらくなんでしょう」「王太子妃に相応しくないのよ」等、色々と陰口を叩かれていたが、そんなことは気にしない。
だって、私は殿下のお役に立ちたかった。
お役に立てるなら功績なんて必要ない。いくらでも譲る。
それはなんだか私と殿下だけにしか知らない秘密みたいでちょっとドキドキしていて、秘密の共有が愛情を感じてしまって酔いしれていたけど。
恋は盲目だと言われる理由が今なら分かる気がする。
好き過ぎて、何も見えていなかったというのが痛いほど理解した……。
これから、どうしよう。
王宮の外に出ると先程まで曇り空だったのが土砂降りの雷まで鳴っている。
私の心と同じ。とても悲しいし、胸の奥がモヤッとしていて気分が晴れない。そして、気落ちしているせいかフラフラしてきた。
あれ……?? 視界も歪んでる。
傘もささずに雨に打たれながら、フラフラしながらも歩いていると落雷が落ちたようなものすごい音と焦げ臭ささが鼻を刺激した。
道の横に歓迎するように並べられた大きな木々。一定の距離を保ち人工的に植えられていた。その一つに落雷が落ちたのだ。
丁度、その近くにいた私に落雷により木が倒れ込んできた。
……私、死ぬの? それでも良いかも。
倒れる木の下敷きになって死んでしまおうと思い、目を閉じる。
が、いくら待っても痛みは感じないし、ぶつかった衝撃もない。
かわりにドシンっと私の真横に凄まじい風と大きな音で倒れる何かを感じた。
恐る恐る目を開けると、私に倒れかかってきた木は真っ二つに割れ、私を避けるように倒れていた。
目の前には、紅色の短髪にキリッとした紫色の瞳。黒と金が基準の貴族服。確か、気難しいと噂されているドミニク・ブライアント公爵様だったような。
一度だけパーティ会場でお姿を拝見した事がある。冷酷な貴公子らしく、挨拶していた貴族はへりくだっていたのが印象的でした。
機嫌を損ねるなんて事があれば、地獄を見ることになるという噂があったような。
ブライアント様は私を見るなり、自分が着ていたコートを私の肩にかける。
「着ていろ」
その声は氷のように冷たく、怒っているような口調だった。
怖いと、思いながらも綺麗な整った顔立ちにまだ新しい切り傷に気付いてしまった。
木を斬った時に枝かなんかで切ってしまったのだろうか。
私はそっとブライアント様の頬に触れると、どういう訳か傷口が塞いだ。
早く傷が治りますようにって祈っただけだというのに不思議なこともあるものだ。
「すみませ……」
謝罪をしようとしたら急に意識が遠のく感覚がした。
目の前のブライアント様は驚愕した顔になるのを最後に私は重たい目を閉じた。
◇
「……くしゅんっ!!」
私は寒気がして、目を覚ました。盛大にくしゃみもして。
見慣れない天井が視界に映って首を傾げた。上半身を起こすとポタっと濡れているタオルが落ちてきた。
「えぇっと???」
これはどういう状況だろうと考えていると部屋の扉が開いて入ってきたのは見知らぬ侍女だった。
侍女は私に気付くと目を輝かせた。
「気が付いたのですね!!!? 良かったですぅ。半年も高熱が治らなくて心配だったんです」
「高熱……? しかも半年!? あの、ここは何処ですか」
「あっ、失礼しました」
侍女は姿勢を正した。
「私、エミリアと申します。ここはドミニク・ブライアント公爵様のお屋敷です。雨に濡れて高熱で倒れてる貴女を公爵様は連れてきたんですよ。キャンベル子爵様にはちゃんとお伝えしてあるので心配いりません」
「公爵様……あっ、助けてくれたんですね。お礼を言わないと」
ベッドから下りようとしたらふらっとよろめいてしまうのを侍女に支えられた。
「まだ寝ててください。お熱が下がってないのですから」
「でもこれ以上、ご迷惑には」
「……お熱が出てる状態で歩かれて倒れられたら、心配になります。キャンベル子爵様には完全にお熱が治るまで公爵様の屋敷で療養するとお伝えしてあります」
「そう、ですか」
私は侍女にベッドに寝かされて布団も被せられる。額には濡れたタオルも置かれる。
「ですから、まだ安静にしていてくださいね?」
優しく微笑む侍女に私は頷くしかなかった。
侍女は私に一礼すると部屋から出て行った。
私は、体調が悪かったのもあり、すぐに睡魔が襲ってきて再び眠りについた。
その日の晩の事、部屋に誰かが入ってきた。侍女だろうかと気にせず眠っていようと思っていたが、私の額に乗せているタオルを退かし、暖かな温もりが額を包む。
不思議に思い、目を開けると、薄暗くて良く見えないけど、服装から貴族なのがわかった。
きっとブライアント様だと思った私は、微笑みかける。
だって、これは夢なんだもの。
感情を表に出さないブライアント様が私の頭を撫でてくれるはずはないわ。
ブライアント様は口角を上げ、ふわりと優しい笑みを見せる。
あまりにも綺麗すぎる笑顔が更に夢ということを思い知らされて少し残念な気持ちにもなる。
ーー笑顔を見てみたい。
夢じゃなく現実でブライアント様の笑った顔を拝見したい。そう思い、私は目をゆっくりと閉じた。
◇
それからというもの、私はすっかりと体調が良くなった。
といっても、一年以上はかかったけど。
私が十歳の頃に体質が変わったようで怪我や体調、病気も普通の人よりも治りがかなり遅かった。
なかなか治らないものだから子爵家では大パニックになったのよね。
それがブライアント公爵邸でも行われていたそうで(私が高熱でうなされている半年間の間に)大変だったらしい。
私が普通の人よりも治りが倍以上遅いというのを話したら余計に心配され、『身体が弱い』のだと思われてしまった。
一度体調を崩せばなかなか回復しないというだけで頻繁じゃないから、身体が弱いと言われても……。
私にとっては普通でしかないのよね。
私自身、じっとしてられないので体調が優れないのにも関わらず侍女の仕事を手伝おうとしたり、料理やら庭の手入れもしようとしていたが、その度に叱られてしまい、寝室に戻される。
それを何回か繰り返してたら根負けしたのか、簡単な作業をやらせてくれることになった。
勿論、無理しない範囲で。
庭にある花壇のお手入れもその一つ。ただ、この花壇はちょっと変わってる気がする。だってネモフィラだけしか植えられてないんだもの。
色は様々で、青、白、紫に黒のネモフィラ。綺麗なんだけど……なんだか照れくさい。私と同じ名前だから。
ネモフィラはブライアント様の好きな花らしい。けど、私はそれを聞いて自惚れしそうになった。
必死に否定したけども。
私は周りを見渡して使用人が近くにいないことを確認した。最初こそ、常に誰かが傍にいたけども私は全力拒否したら数時間後に様子見するという条件で一人の時間を許された。
「誰も……いないわね。さぁーー出てきて良いわよ」
私は思いっきり両手を空高く広げた。それを合図に小さくて透明な羽を羽ばたかせて、手の平サイズの精霊が色んな場所から現れた。
ネラフィラの影にいたり、噴水やガゼボに備えられてあるイスの影からひょっこりと顔を出して、ウキウキしながら私の元に来る。
全員で五匹。その五匹の精霊はネラフィラの花壇を気に入っている為、勝手に住み着いているそうだ。
私には誰にも言えない秘密がある。それは、精霊が視えるということと精霊召喚も出来るということ。
それらは神子の力らしいのだが、御伽噺だろうと思っている。
何せ、精霊が視え、召喚も出来るから神子?? それだけで神子だと思われるだなんて私には理解出来ないわ。
ーーそもそも神子は、何十年、何百年と現れてないもの。信ぴょう性なんて皆無じゃない。
それよりも私はこれからどうしよう。殿下に婚約破棄されてしまった。
王族から婚約破棄されただなんて世間の笑いものになってしまって、訳ありと見なされ、結婚が難しくなる。
ふぅっと深い溜息をしていると目の前まで一匹の精霊が来て首を傾げた。
「?? 婚約者の事考えてるのか?」
「うん。そうなの。私にもっと魅力があればこんなことにはならなかったのかなって」
「ふーん。でも、ブライアント公爵様と婚約するんだろ?」
「え、な、なんでそうなるの?」
「だって、このネラフィラの花はキミの名前に似てるからってブライアント公爵様がいつでもキミに会えるように、想えるようにって花壇一面に植えさせた花なんだから」
どういうこと?
もう一匹の精霊が近付いて来て、べしっと私と話をしていた精霊の頭を叩く。
「それは言っちゃダメだよ」
「そうだった。ごめん、今のは忘れて」
「そう言われても、気になるわ」
ブライアント様とは全然会えてないもの。屋敷でお世話になってから、毎晩のように夢で会うぐらいだわ。
毎晩頭を撫でてくれるの。それがとても心地よくて色んな話をしたりしてる。
一方的に私が話してるだけでブライアント様は頷くだけなんだけど。
こんなこと、現実では有り得ない。
……だって、それが現実ならば恥ずかしくて顔を合わせられないもの。
私は殿下を想っていた事と今まで殿下の代わりに仕事をしてきたこと、それに加えて妃教育も受けてきたこと。
殿下の妃に相応しいようにと常に身なりを気にして、どんなに疲れてても手抜きをしないように気をつけていたことの全てを話した。
話し終わったら、感情が溢れて枕に突っ伏しながら肩を震わせ、声を殺して泣いてしまった。
そんな私の頭を優しく撫でてくれるものだから更に涙が溢れて止まらなかった。
今では夢だからと、割り切っている。それでも……、夢なのに頭を撫でられたゴツゴツとした大きな手が太陽みたいな温かさで撫でられる感触が妙にリアルなのよね。
そのことを思い出すだけでも顔全体が熱を帯びてしまう。
そんな様子を見た精霊二匹はクスクス笑う。
「あー、顔真っ赤」
「ほんとだぁ」
私は精霊二匹がからかっているのだとわかってても無性に恥ずかしくなり照れ隠しで否定した。
「ち、違うのよ!! これは違うの!!」
さっきまで楽しそうに笑っていた二匹は私の後ろから足音が聞こえると反応して、咄嗟に隠れる。
それだけじゃない、各自で遊んでいる三匹の精霊も何かを感知したのか、慌てた様子で隠れていった。
私の他に誰かが近くにいるんだと思って、寝室に戻ろうと身を翻したら、ブライアント様がすぐ後ろにいた。
驚いた私は軽い悲鳴を上げると、ブライアント様は困ったような顔をして「すまない」と申し訳なさそうにしていた。
私は頭を撫でてくれるを思い出して頭を抑えると心配されてしまった。
「具合が悪いのか?」
「あっ、いえ、違うんです。その……ずっとお礼が言いたかったんです。雷で木が私の方に倒れかけてた所を助けてくださってありがとうございます。それと……熱出した私を屋敷で看病もしてくださって、ありがとうございます」
私は深く深くお辞儀をした。なかなか言えなかった。それがやっと言えた。
「いや、改まって言うことではない。気にするな」
「そういう訳には……でも、お会い出来て良かったです。明日には屋敷を出ていこうと思ってました。長らくお世話になる訳には行きませんから」
「帰るのか?」
私はゆっくりと首を左右に振る。
「帰れ、ません。もう知ってるのではありませんか? 私がスキル持ちじゃなくなってしまった。そのせいで殿下との婚約破棄されてどんな顔をして家族に会えばいいのか分かりません」
「なら何処へ行く? 国を一歩でも出れば腹を空かした魔物が襲ってくる。国を出ずとも民間人に紛れて生活しようにもスキル無しの貴族だ。除け者にされる」
「わかってます……貴族にとってスキルは貴重価値が高い事も、その能力を使って平民、貧民に悪いことをしていることも。だから、良くは思われてない。上手く、貴族だとバレないようにするだけです。そしていつかは国を離れます」
スキルは貴族にしか与えられない特殊能力だ。天の声は神様の従者だと伝えられている。神様が貴族にスキルという能力を与えるので、従者が天の声で伝えてくださるのだと。
そのスキルを通して我々を御守りしているのだと。
スキルが無くなるということは神様に見放されるのと同じ意味を持つ。
婚約破棄されてから、世間ではどうなっているのかも気になる。ずっと屋敷にいるから情報が伝わって来ないのよね。
ここの使用人たちは皆、外の情報を教えてくれないから。
そうなると、ブライアント様にも大変なご迷惑をお掛けしてしまう。それだけは何としても阻止したい。
「いつまでも居ると、ブライアント様のご迷惑になりますし、足を引っ張る事になるので……助けてくれた恩人にこれ以上ご迷惑をおかけする訳には」
ブライアント様は眉間に皺を寄せる。私の横髪を払いながら頬に触れる。
私はその行動の意図が理解出来なくて首を傾げた。
「お前は何も心配するな」
ブライアント様は影を落としたように目尻を下げる。更に眉間に皺を寄せ、声に深みを与えた。
心配するなって何?
ブライアント様は私を馬鹿にしたいの? スキルを失って、婚約破棄もされてそれどころか貴族としての立場も危うい。そんな状況で心配するなって、そんなの無理な話だわ。
私は頬に触れているブライアント様の手を払う。
「何が言いたいんですか? 私は、無能だと言いたいのですか」
「そうは言っていない」
「そうはって……同じ意味なんじゃないですか」
「違う!!」
静かな場所なだけあって少し声を張り上げればよく通る澄んだ声で私の言葉を否定する。
私の両肩を掴む。
「違う、そうじゃない」
ブライアント様はさっきの声よりもかなり弱々しく震えていた。
なんて声をかければ良いのか分からずにただ立ち尽くしていると、私とブライアント様の間に割って入った男性が「そこまで!」と言ってきた。
声のトーンが明るくて、さっきまで暗い空気だったのが嘘のように晴れやかになった気がする。
私はその声の主を知っている。
透明感のあるオリーブベージュの短髪。アンバー色の瞳。目尻にホクロが特徴で整った顔立ちをしている彼は、私の兄であるライナスだった。
「お兄……様?? ……良かったご無事で」
元気そうなお兄様を見て、安堵した。
「お前も元気そうで良かったよ」
二っと、白い歯を見せ、微笑むお兄様。
「すみません……私が不甲斐ないばかりに、殿下との婚約破棄されて」
「うん、その事で話があったんだよ。ブライアント殿は昔からの知人だからな、お互いに信頼している間柄だから、すぐに俺の元に知らせてくれて公爵邸に世話になっているのを知っていた」
「そうだったのですね」
「ごめんな、ブライアント殿は口数が少なくて話すのも苦手だから良く勘違いされがちなんだが、『心配するな』には理由があるから、今から話す。それに、ネラフィラには聞きたいこともあるからね」
そう言ってお兄様は言葉を一回切ってから再び口を開いた。
「とりあえず場所を移そう」
◇
公爵邸のサロンでテーブルを挟み、私とブライアント様、向かいにはお兄様がソファに座っている。
そこで私は不思議に思った。私の横には何故ブライアント様が座っているのでしょう?
お兄様が座るのだろうと思っていたので、混乱気味。
とりあえず気持ちを落ち着かせようと侍女が入れてくれた紅茶を飲む。
喉を潤したら、苦味があるものの甘い香りが口内に広がって少しだけ落ち着いた。
紅茶を入れ終わった侍女はすぐにサロンを出ていく。
今サロンにいるのは私とお兄様、ブライアント様だけとなった。
お兄様は困った顔をしてブライアント様を見た後、諦めたように溜息をした。多分、私と同じ事を思ったのだろう。
お兄様はゆっくりと話し出した。
内容というのは、王宮での騒動についてだ。
私と殿下が婚約破棄した後、私の友人だったミリアーナ・ワイアット伯爵令嬢との婚約発表をした。
更に私の事も伝えたそうで貴族だけじゃなく、国民も私の事を悪く思っていたそう。
それから数日経ち、殿下が仕事をしないでずっと遊んでたり、ミリアーナ様が妃教育に文句をずっと言って教育事態受けなかったりしていたので、疑問に思い始める人が日に日に増えていったそうだ。
そんな中、ブライアント様が何故か殿下がやるはずの仕事をネラフィラに押し付けているという証拠を王様に見せたそうで、事態は急変した。
その事がきっかけで第二王子のクラウス・ダウォンテ・コーネリアス様が証言したのだ。ネラフィラが殿下の仕事をやりつつ、妃教育にも文句を言わずにやっていたと。
第二王子は、よく仕事で一緒になることがあったけど……。そんな証言してくれるとは思わなかった。
いつも淡々とこなしていて、仕事に不必要な会話はしなかったから、他人に興味が無いのだとばかり。
困惑している私を見て、お兄様は苦笑した。
「見てくれてる人はいるんだよ」と、優しい口調で言ってくれてなんだが涙が出そうになったけど、泣いてる場合じゃないから必死に堪える。
殿下が次期王位継承者には相応しく無いと判断した王様は、第二王子を次期王位継承者にしたらしい。
殿下はそれが余程ショックだったのか、暗殺者を金で雇い第二王子を殺そうとしたが頭がキレる第二王子は逆手にとった。
暗殺者を捕まえて、殿下が雇ったという証拠も揃えて王様に報告したのだ。
その時に、闇魔導師との繋がりがある事も発覚し、私のスキルは闇魔導師によって消された事も分かったらしい。
今、殿下はというと、王宮の離れにある屋敷で監視の元生活しているらしい。屋敷内は基本自由だが、外には出られないそうだ。
婚約者……私の友人だったミリアーナ様はというと、国外追放されたらしい。
殿下の悪巧みに加担した罪は大きいのだとか。
護衛もつけられずに追放されたらしいから、実質死刑みたいなものよね。
国を出れば魔物がいるので、襲われる可能性が高いもの。
殿下とミリアーナ様の待遇の違いは、王族と貴族だからなのだろう。
屋敷の外でそんなことが行われてるだなんて思わなかった私は絶句した。
それと同時に心が軽くなる。あんなにも好きだった相手が不幸になっているというのに喜んでる自分がいる。
こんなの性格が悪すぎる。そう思うのに、嬉しさは止まらない。自然と口元が綻んでしまうので手で隠す。
それに……ブライアント様が私の為に動いていた事がどうしようもなく嬉しかった。
『心配するな』という意味もようやく理解出来た。
ブライアント様は、口下手なのね。それなら色んな人が勘違いしてしまうわ。
こんなにもお優しい殿方だというのに。
「ところで」
殿下の話は一区切りついたので、お兄様が前のめりになって話を切り出した。
「さっき、ネラフィラは誰と話していたのかな?」
「っ!!!?」
私は息を飲む。隠しきれないよね。話してる所を見られちゃったわけだし。
でもなんて言おうか。信じて貰えるだろうか……。
私はチラッと横目でブライアント様を見ると、真剣な表情で私を見ていた。
その表情を見て、私は意を決した。
祈るように両手を合わせる。
「今から言うことは信じられないかもしれません。でも真実であり、本当のことなんです。十歳の頃、ある日突然精霊が視えるようになりました。話をしていたのは精霊です」
「精霊……、実在していたのか」
お兄様は驚愕していた。私は頷く。
「あれ、確か自然治癒力が衰えたのもその頃だったよな。何か関係あるのか?」
「それは……分かりません」
お兄様は首を傾げた。そう、私は精霊が視える代わりに自然治癒力が衰えてしまった。
怪我や体調不良、病気が普通の人よりも倍は治る速度が違うのだ。だから軽めな熱だとしてもなかなか治らなくて、何かの重い病気なのかと色んな医師に診察してもらったことが多々あった。
その度にただの風邪だと言われたりしてたけど。
「自然治癒力が衰えた……」
ボソリとブライアント様が呟くと、今度は私とお兄様にちゃんと聞こえるように話し出した。
「己の治癒力を他者に使ってるからなのでは」
「え?」
「以前、助けた時についた傷を一瞬で治して貰ったことがある。それと関係しているんじゃないのか?」
「治した……私が……あっ!!!?」
思い出した。確かに、傷口が消えた。でもそれって、まるで……。
「神子の力だな。御伽噺だと思っていたが」
「……神子はもう何十年、何百年と現れていないのでしょう。実感湧きません」
神子は『神の子』として、唯一神に近い存在で愛されているのだと文献には記載されていた。
ただ一つ疑問もある。
「スキルを消失した時に新たなスキル?? らしいのを開花したみたいなんです。それと神子って関係あるんでしょうか?」
「新しいスキル?」
お兄様が興味深そうに聞いてきた。
「はい。『性癖が開花』したと。その性癖ってなんでしょうか」
「文献でしか読んだことは無いのだが、神子がスキルを消失するということは闇堕ちしやすくなるそうだ。悪魔の子……『悪子』として人々の災いの種となる。己の中に闇が生まれた時に性癖となって感情が暴走するらしいが、天の声を聞いた時に何か思ったことはないか?」
「思ったこと……、初めて感じた感情があります。頭に血が上るような……暴言を吐きたいような、裏切った相手を殺したいような。そんな感情がありましたが、さっきのお兄様の話を聞いてなんだがスカッとしてます」
「それだろうな。裏切られたからネラフィラは初めて人に憎悪を抱いたんだろう。憎んだ相手が今不幸になったから気持ちが晴れてるんだ。それも一つの性癖なのだろう」
但し、とお兄様は付け加える。
「『悪子』として覚醒もしてしまったなら闇堕ちもしやすくなるだろう。消失させるには、愛情を注いでやらなければならないのだと文献には記載されていた」
「それなら私も読んだことあります。ですが、スキルを失った私に……婚約者が出来るとは思いません」
『悪子』は負の感情そのものらしく、傷付けられる度に感情が大きくなる。その逆で愛情を注ぐとその感情は弱くなり、いつしか消失してしまうのだと……。
私がその『悪子』になってしまっていたなんて思わなかった。性癖開花の事が『悪子』としての覚醒を示していた事は知らなかった。
そんな事が実際に私の身に起きてることだなんて、信じられないけど、信じるしかない。
それに、まだ読んでない文献があったみたいだし、帰ったら探してみようかなと、呑気に考えていたら隣に座っているブライアント様がいきなり私の腰に手を添えてきた。
「問題ない。私がお前と婚約する。いや……させてくれ」
その言葉に私は驚愕してブライアント様を凝視する。向かいに座っているお兄様はクスクスと笑って「やっとか」と何かを悟ったように言っていた。
え、何? どういう状況??
「俺の話は終わったし、もうそろそろ帰るとするよ。父上と母上にもネラフィラが元気だったことを話しておきたいし、今後の事は後でまたゆっくり話そう」
そう言って立ち上がり、サロンを出て行こうとするお兄様。
この状況で、二人っきりにしないでほしくて呼び止めたのだが、聞き入れて貰えなかった。
扉が静かに締まり、お兄様は帰ってしまった。
サロンの窓から外を見ると、お兄様を使用人達がお見送りしていた。
帰るのなら、私も一緒に帰りたかったのに。
渋々とソファに座り直す。
私とブライアント様はしばらく無言だった。なんだが気まずくて。
先に口を開いたのはブライアント様だった。
「お前が王太子殿下の事をどんなに好いていたのかは毎晩聞かされてたから知っている。それでも……」
「毎晩??」
私は首を傾げた。確かに毎晩言っていた。でもそれは夢の話でしょう。
なんでブライアント様が私の夢の事を知ってるの?
「言っていただろう」
「???」
え、待って……。
「あの、毎晩私の所に来てくださってたのですか?」「そうだが」
夢だと思っていたのが、夢じゃなかったと思ったら急に恥ずかしくなって顔が赤くなる。両手で顔を隠した。
「私はてっきり夢かと」
「そうか」
ブライアント様は私の髪に触れる。顔から手を離し、困った顔をしながらブライアント様を見る。
照れ臭そうに困ったような笑みを私に向けていた。耳が赤い。
ドクンッと心臓が跳ねた。
「あの……、私に同情してくれるのは嬉しいのですが、お情けで婚約するだなんて、いけません。ブライアント様にはもっと相応しい方が」
「それは私が決めること。私はーーお前が良いと言っている」
人生初めて言われた言葉に嬉しさと恥ずかしい気持ちだった。
殿下にも言われた事はなかった。だからかな、涙が止まらないの。
そういえば、精霊の言葉を思い出す。庭園にネラフィラだけが咲き誇っているのは私と同じ名前だから。
家族以外に想われた事は無かった。でも、こんなにも嬉しいものなんだと初めて知った。
ううん、ブライアント様だけじゃない。この屋敷にいる使用人達全員が思いやりで溢れてる。
きっとブライアント様が優しい人だから、こんなにも温かな人達が集まったのだろう。
「な、何故泣く?」
「……うれ、しいのです。スキルを消失した私にもこんなに優しくしてくれて、誰かに想われてる事実が夢のようで」
ブライアント様は私が突然泣いた事に驚愕していたが、すぐに冷静さを取り戻して涙を指で拭う。
そして優しく抱き締められる。ブライアント様は何も言わない。ただ私の頭を撫でながらも抱き締めてくれる。
その不器用ながらもブライアント様の優しさが伝わってきて、それがとても心地良かった。
面白かった、続きが読みたいと思ってくださったなら幸いです。
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