世界はチラシで溢れている。
八月十四日、僕は汗だくになりながら坂道を登り終えた。校門には多くの北高生徒が膝をついて息を切らしていた。僕もそのうちの一人だ。夏の日差しが照り付き、身体中から汗がとめどなく流れ落ちる。僕はポケットからハンカチを取り出してその汗を拭った。今日の一限目は確か、体育だったな。また憂鬱な気分が溢れ出てくる。滴り落ちた汗がアスファルトにポツポツと模様を作っては消えていった。
「…ここにいたっすね」
後ろから声が聞こえた。振り返るとそこには汗だくの長代が膝に手をつき立っていた。
「…ああ、今登り終えたか」
長代は今さっき坂道を登り終えたようだった。
「昨日のライン見たっす。内容は校舎裏で話すっす。あいつらも後で来ると思うっす」
僕は頷いて長代と共に校内に入っていった。長代が額を拭うハンカチにはどこかの美少女キャラクターの刺繍が施されていたが、僕はそこには突っ込まなかった。
「相変わらずアチーな」
僕と長代が校舎裏でたむろしていると、中谷が手で日差しを遮りながらいそいそと校舎裏に歩いてきた。校舎裏は文字通り校舎の裏であり、照りつく太陽の光を校舎が遮ってくれる。そのため校舎裏は日陰になっていた。中谷は僕らがいるところまで来ると、まだ涼しいわ、という顔をした。
「…まだ短澤はいないのか?」
「短澤なら、ほらあそこ」
僕はそう言って校舎裏から少し離れた場所にある体育倉庫の日陰を指差した。彼はそこでタバコを咥えていた。あの長い坂道を登校し終えてからタバコを吸う短澤の肺のことを考えるとそれはどうなんだと思うが、彼なりの配慮らしい。まだタバコの味を覚えていない非喫煙者の僕らとは一定の距離を保っている。
「ま、あいつの方行こうぜ」
僕たち三人は体育倉庫の日陰に移った。
「で、昨日のライン、なんだったんだ」
僕は中谷に促されるまま、四人の前で一枚のチラシを開いた。無論、昨日南中学園前で受け取った学園祭の案内だ。
「それなら俺も今朝受け取ったぜ」
中谷はそう言って持っているカバンのチャックをこじ開けた。
「俺もっす」
長代もそう言ってリュックサックのチャックを開けにかかった。僕はまさか…と思いつつ、彼ら二人の取り出した学園祭の案内を見比べた。当然のように白いチラシに金色の文字で同じ文章が書いてある。僕ら三人は無言で短澤の方を見た。短澤はタバコをゆっくり吸ってからふーっと吐いた。こいつ、溜めに溜めるな。僕はそう思った。
「…あるぜ」
短澤はそう言ってカバンから同じ白いチラシを取り出した。四人の白いチラシが、まるで雀卓を囲むように公開された。中谷はニヤリとした。
「ってことは行くしかねえな」
四人は顔を綻ばせながら互いに頷き合った。その日の帰り道、僕らは中谷の家でドンジャラをした。僕もまさかドンジャラをしに行くことになろうとは思っていなかったが、長代と短澤もあとで俺もまさかここでドンジャラをしに行くとは思っていなかったと言い合った。ただ、その話はまた別の機会で行うことにしよう。
予鈴が鳴った。僕らは教室に戻って行った。一限目は体育だ。いつも通り一年一組と二組の合同授業だ。僕の憂鬱だった気分は少し、晴れたようだった。