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「脳内彼女」  作者: でふ
第五羽
6/14

世界は勘違いで溢れている。

 八月十三日の一年一組の教室で長代と中谷、短澤の三人に事のあらましを話した後、僕は押し黙ってしまった。僕は思ってしまったのだ。一人は寂しいのだと。その心の奥の底にある本音を自覚してしまい、僕は言い知れぬ恥ずかしさも覚えた。

「とりあえず、校舎裏行こうぜ」

 腕組みをしながら聞いていた短澤がそう言った。僕は、え? という顔をした。もしかしてこれから不良グループたちにドヤされるのだろうか。今時カツアゲまがいのことはしないと思うけど…、その一抹の不安を覚えた。

「ま、それもそうだな」

 中谷がそう頷き、長代もそれに続いた。僕はなんとも言えない表情をしていたと思う。僕らは雀卓のように囲んでいた席から立ち上がり、教室を出ていった。


 校舎裏まで着いたところで、短澤がこちらを振り返り、おもむろにポケットに手を伸ばした。

「タバコ、吸いたかったからさ」

 彼はタバコを箱から取り出し、ライターで火を付けた。煙を吸った彼はふーっと吐き出した後、話し始めた。快晴の青空の下、煙が宙を舞った。

「俺は今までお前にどう思われていたか知らないけど、タバコが趣味なんだ」

 彼はそう言って再度吸い出した。僕は周囲を改めて観察し、彼の言わんとすることが何か考えた。校舎裏の周辺には膝を折ってたむろする連中もいない。そして、彼の立つ斜め後ろに一個だけコーンポタージュの空き缶が置いてあった。その空き缶の飲み口の縁に、タバコの吸い殻が残っていた。

「親父がタバコ吸っててさ、当時マイルドセブンだったな、その影響なんだよ」

 彼はそう言って美味しそうにタバコを吸っている。僕はふと、思ってしまった。彼は不良グループの一人だと思って怖がっていたが、本当は彼は、ただタバコが好きなだけなのではないか。そして更に考えてしまった。この学校の校風について。確かに北高には不良グループたちがいると有名だ。それは頷ける。学校までの坂道はしんどいし、授業は難しいし、生徒たちの空気も重い、方だと思う。授業についていけず、学校生活も楽しくない生徒たちがグレても仕方がないと思うからだ。だが授業を見返せばクラスメイトたちは授業に齧り付き、昼休みや休憩時間はというと各々休んでいる。グレると言ってもグレる方法はそれぞれあるはずだ。暴力をしたり、恐喝をしたり、授業をボイコットしたり。そう考えると不良グループの中の人たちだと思っていた彼は、ただタバコを咥えているだけで、実際には不良などいない、むしろ僕が勝手に不良認定していたのではないだろうか…?

「もしかして僕は大きな勘違いをしていたかもしれない…」

 僕のか細い発言に三人は耳を傾けた。

「僕は、短澤が怖かった…。不良グループの一人だと思っていたし、話しかけてくれるはずないと思っていた…」

 そう言葉にして改めて気づいた。僕は彼が怖かったのだ。いい知れぬどっしりとした感じ、心の中でオドオドしていた僕とは正反対の彼。その彼が怖かったのだ。自分から話しかけていれば彼は全然別の対応をしてくれていたのではないか。

「僕は短澤が何か悪いことをしているのだと思っていた…。確かに高校生でタバコを吸うのは良くはないことだと思う…。でも、もっと何か…、」

「俺はそんなことしないぞ」

 短澤が僕の言葉を遮った。僕は思わず短澤の目を見た。彼の瞳には嘘など微塵もなかった。その気配すらなかった。

「僕は……」

 僕は再度押し黙った。そして、その押し黙ったまま話さない僕を見て、中谷が僕と短澤の両肩に腕を回した。

「しけた面すんなよ」

そして、中谷は長代の方を一瞥して僕に向き直った。

「俺たちはお前と長代なら合うと思って繋げた、ただ、それだけなんだぜ」

 肩を回された僕は顔を突き合わせた短澤と中谷を見た。短澤の周囲はヤニ臭かったがその表情はどっしりとしていた。中谷は真剣な顔をしていた。瞳を見ればそれがわかった。

「勘違いしててごめん。…ありがとう」

 そう言って僕は短澤と中谷を見た。短澤の頬が緩んだ気がした。中谷は満足そうな表情を浮かべていた。そしてその後、長代を見た。長代は長代で何も言わずに僕の方を見て頷いていた。


 ひとつの、僕の中のひとつの固定概念の檻の扉が開いた。そして、少し肩の力が抜けたような気がした。

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