世界は呟きで溢れている。
シリーズものの中・長編小説です。
お時間のある時に読んでいただけますと幸いです。
これは、とあるひとりの男が繰り広げるひと夏の思い出の話です。
僕の趣味はツイッターだ。ツイッターは最新ニュースを読むためにも使えるし、芸能人や著名人の本音を聞くこともできる。そしてツイッターにはそれら以上の価値がある。日々更新され続ける無造作な人の呟きを見ているだけでもいい。お気に入りのアルファツイッタラーたちの呟かれる駄文の数々を読んでいるだけでも楽しくなるし、フォロワーたちの呟きを見て互いに「いいね」を送り合い、リプライを送るだけでも日々が充実してくる。
そんな呟きを見ている僕はツイッタラーだ。僕は僕で呟きたくなる。例えフォロワーが少なくとも、見てくれる人が少なくとも、僕という人間の発する脳内の呟きを具現化できる術がそこにはある。
そして具現化した先にあったのが「脳内彼女」であった。
高校生の僕は学校ではいつも一人が多かった。皆が休み時間中にいわゆる友達グループで談笑し合っている中、僕は教室の隅で一人、ツイッターを見ていることが多かった。いつものように、日課としてツイッターを覗くためにスマホ片手にジュースを飲んで教室の隅で座っていると、クラスメイトの一人が話しかけてきたのがことの始まりだった。
「お前さ、なんでいつもスマホいじってんの?」
彼は僕の座っている机の前の席に陣取って聞いてきた。彼の名前は中谷。クラスメイトの中心的人物、いわゆるスクールカーストの上位にいるようなやつだ。僕はというとスクールカーストでいう最底辺、教室の隅にいる「苔」のような存在だった。そんな僕は彼をよそにスマホ画面を見ている。自分でもなぜだろうとは思う。思うが、人に話しかけられない、そういうタチなのだ。自分でもよくわかっている。そして、それにしてもなぜ彼が僕に話しかけてきたのだろう、その疑問が自分がいつもスマホをいじっている謎よりも勝ってしまった。
「おーい、短澤。こっち来いよ」
短澤と呼ばれた男が、なんだよ、とぶつくさ文句を言いながらやって来る。僕は短澤のことが嫌いだった。彼は同じクラスメイトの不良グループの一人で、すぐに怒ることで有名だったからだ。彼が校舎裏でタバコを吸っていることは学校内で有名だった。
「こいつ、ずっとツイッターやってんだよ。多分オタクだわ」
僕のことだ。中谷の言い方でわかる。僕は何も答えられず、目も合わせられない。そういう人間なのだ。じっとツイッターを見て画面をスクロールしていた。
「そうだろうと思うわ。で?」
短澤の声からどうでもいいという表情が見て取れる。正確には見ていない。ただ声色でわかるということを伝えたいのだ。
「あいつ紹介してやろうぜ、なんだっけ、あのオタク気質のやつ。ああ、長代だ」
「ああ、隣のクラスのあいつか」
僕は思わず中谷を見た。僕は驚いた表情をしていたと思う。
「やっと見たか」
中谷がそう言う。その隣では短澤が腕組みをして立っていた。
「オタク友達、紹介してやるよ。いいから付いて来いよ」
僕は、うん、と頷いた。
隣のクラスの長代は僕と同じく一人で席に座っていた。ただ違う点がいくつかあった。それは、僕は教室の隅に座っているが、長代は教室の中央で座っているということだ。そして、僕はいつもスマホを見ているが、彼は本を読んでいる、という点だった。彼の座席の前の机にはうず高く本が並んでいる。タイトルを見るとどれも難しそうな内容だった。
僕は長代という人物は知らなかった。隣のクラスのことなどそもそも興味がなかった。僕が興味を持っていたのはツイッターであった。だから彼を初めて認知した時、他人にいわゆるオタクと呼ばれるのもわかる気がする、そう思ってしまった。彼には独特のオーラがあった。
「おーい長代、連れてきたぞ」
長代は読んでいた本から顔を上げた。彼は丸眼鏡を嵌めていた。中谷、僕、短澤の順で隣のクラスに入っていく。僕はまるで連行されているような気分になっていた。
「とりあえず、長代の前の席、座れよ」
短澤がそう言う。僕は彼に従うしかなかった。オタク友達の紹介、だとしても中谷はクラスの中心的人物であり、短澤は不良グループの一人で、僕はただのインキャすぎる。だから彼らが怖かったのだ。
僕は長代の前の座席に座り、そして長代に向き合った。中谷と短澤もそれぞれ僕を中心に席に着く。これはまるで…、と思った最中、中谷が言った。
「さぁ、これでメンツは揃ったな。で、長代。本題に入ろうぜ」
これはまるで麻雀の卓を囲っているようではないか。長代が丸眼鏡をクイっと上げた。
「君のツイッターアカウントのアレ、なんなんっすか」
僕は仰天した。そして彼ら三人にことのあらましを話すことになる。
振り返ると今となっては昔話、というわけでもないが、彼ら三人と仲良くなったきっかけでもある。僕が初めて向き合った友達、ということでもある。そのきっかけが僕のツイッターアカウントだなんて、僕は想像すらしていなかった。