後日談
結果的に、ジョシュとロブは無事に救出された。
無事にというには多少語弊があるかもしれないが、生きて帰れたのだから十分だろう。
ジョシュが願っていた通り、仲間はすぐそこまで来ていた。
規則通り、表向きは救助のためではなかったが、取り残されたのがロブとジョシュの二人だったこと、現れたのは『ヨツアシ』のみで周囲の掃討が済んでいたこと、未回収の物資が残っていることなどから、方針決定後すぐに数名が様子見に戻ってきたのだった。
ジョシュの友人であるリズも、強く志願してあの場にいた。
まんじりともせず校舎の様子をうかがっていたところに、ジョシュの叫び声が聞こえてきたのだ。
動かない『ヨツアシ』の頭部破壊が確認されるや、リズは飛び出していた。
そうして、ジョシュとロブは急ぎ回収されたのだった。
***
ジョシュは一時的に気を失っていただけで、目立った外傷もなかったという。
汚れを落とし、簡単に状況を説明すると、ゆっくり休むようにと労わられた。
不測の事態で、よく頑張ったと賞賛されもした。
大人たちから解放され、ふらふらと歩いていたところを、友人たちが囲んだ。
リズもアルも、酷い顔をしていた。
……それほどまでに、ジョシュが心配をかけたのだ。
リズは戻るなり、確認が不十分なところに飛び出したとして大目玉を食らったという。
けれど、ジョシュが生きていたのでそのくらいへっちゃらだと、顔を綻ばせた。
アルは、今回のことは戦闘班が取りこぼしをしたせいだと、もっとしっかり見て回っていればと、自らの行動を悔いているようだった。
リズのように現場に戻ることもできず、気が気でなかったのだろう。
いつもの強気な態度はなりをひそめ、焦燥しきった表情には彼の性根の優しさがにじみ出ていた。
友人たちとの固い抱擁に、ジョシュはようやく戻ってきたことを実感したのだった。
***
ロブの状態は、それは酷かった。
噛み千切られかけた腕、重度の感染に脳震盪。
大量の血を失っており、常々言われていることではあるが、生きているのが不思議なほどであった。
これまでの傷も相まって、さながらボロ雑巾のような様相だったが……驚異的な生命力によって、まだその灯は消えそうもない。
治療が終わり一晩明けたところで、ロブは目を覚ました。
のっそりと起き上がると、それに気づいた医者から山のような小言を浴びせられるが、いつものことだ。
おざなりな医者からの静止の声を聞き流し、礼を言って病室を後にする。
多少ふらつきはするものの、その足取りはしっかりとしたものだった。
ロブはその足で報告に向かう。
伝えなければならない重要なことが、いくつかあった。
***
「――ここ、だよね……?」
夕食後、ジョシュはコミュニティの居住地外れにある小屋の前にいた。
数時間前に、ロブに呼び出されたのだ。
今ジョシュたちが暮らしているのは、元は小さな住宅地だった場所である。
ほとんどの人々は、数軒の大きめな家に集まって生活している。
もちろん、ジョシュもそのうちの一人だ。
しかしロブは集団生活を嫌い、一人で住んでいる……というのは噂で聞いていたのだが、こうして実際に訪れるのは初めてのことだった。
「……おう。来たか」
ロブはベッドに腰かけていた。
ジョシュがやってきたのに気づくと、近くにあるキャンプチェアを示す。
おずおずとそこに座ると、ジョシュは失礼にならない程度に辺りを見渡した。
室内は暖かかった。
熱源をたどれば、驚くべきことに、壁際に小さな薪ストーブが設置されている。
くべられた木が燃えるパチパチという微かな音と、揺れる炎が独特の陰影を作り出す。
元はガレージだった建物に中年男性の一人暮らしと聞いていたので、埃っぽくて乱雑なところをイメージしていたのだが、予想は大きく覆された。
恐らくは、趣味の部屋として改装されたのだろう。
内装や備え付けられた家具を見て、そう思う。
想像していたより居心地は悪くなさそうだったが、明らかにスペースを持て余していた。
上に続く階段もあるので、実際はもっと広いのだろう。
物が少なく簡素なせいか、こじんまりとしてるはずの室内が空虚に感じられ、ジョシュにはそれがやけに寂しく映った。
ロブは、つい昨日死にかけたのが嘘のようだった。
もちろん、腕には痛々しく包帯が巻かれ固定されているが、顔色は悪くない。
きっと、普通の人間とは身体の作りが違うのだろう。
「――あ、あの、昨日は本当にありがとうございました! おかげで、こうして助かりました……」
意を決して、ジョシュはお礼の言葉を述べた。
数時間前に会ったとき伝えようとしたのだが、あしらわれてしまったのだ。
そんなジョシュを、ロブはジッと見つめる。
「ハ、『ヨツアシ』をやったのはお前だろうが。だから俺たちは、今こうしてここにいる」
「でも……」
「お前が、助けたんだ。あんな状況だったってのに。……それは、凄いことだ。誇れとは言わんが、卑下することでもない」
真剣なロブの表情に、ジョシュはそれ以上何も言えなくなってしまった。
頷くこともできず、視線が徐々に下がっていく。
しかし続く言葉に、思わず弾かれたように顔を上げた。
「俺が『死にたがり』だってのは、知ってたろうに」
「それはっ……!」
焦るジョシュを見て、ロブはふ、と笑う。
ロブはずっと、死地を求めてきた。
先頭を切ってゾンビに突っ込んでいく戦い方にも、それは現れている。
死を望んでいたロブだったが、そんな彼を死なせまいと必死になっていたジョシュの気持ちを、無下にはできなかった。
「今夜呼んだのは、お前に伝えることがあるからだ。――『ヨツアシ』が回収班の前に現れたのは、俺の不手際なんだよ」
「な、なにを……」
戦闘班の見落としであったのは間違いないだろう。
けれどそれは、仕方のないことでもあった。
完璧なんて――言葉だけでも、この世界では縁遠いものなのだから。
しかしロブが言おうとしているのは、そういうことではないのだろう。
「何度も、戦って死のうとした。だけど生き残ってきた。……本当に、嫌んなるほど頑丈な体だ」
ロブは戦いの中で死ぬことを望んできた。
早く自分も、あちら側に行きたいのに。
けれど、そうはさせてもらえなかった。
体が特別なのか、運が強すぎるのか。
それは誰にもわからない。
「昨日は本当に、あと少しだと思った。全身ボロボロで、片腕も動かねぇ、目だって見えなくなってきてる。あのタイミングしかなかった」
死にかけの体で戻れば、また治療されて生き延びるだろう。
けれど、酷使され続けた肉体は限界を迎えつつある。
そんな状態では、戦闘に出してはもらえない。
塀に囲まれた中で、緩やかに死を待つのは嫌だった。
「――だから、用意したんだよ。最後の舞台ってヤツをな」
「っ……!?」
それは、身勝手な告白だった。
ジョシュには、ロブの語る情景がありありと想像できた。
「討ち漏らしがいたことには気づいてた。回収班の行かねぇところで、うまい具合に密室になっててな。……ま、結果密室じゃあなかったんだが」
ロブは自嘲気味な笑みを浮かべる。
狩るべき対象がまだに残っていることを知らせず、ロブは怪我のせいでバイクに乗れないことを理由に、あの廃校に残った。
回収班のトラックに乗って帰ると説明し、どうせ使えないからと、いつも使っているショットガンはバイクと共に先に持ち帰らせたのだ。
自分がいなくなったら、また別の誰かが使うことを見越して……。
「もし抜け出したとして、一番近くにいた俺を狙うと思ったんだがな……まるで予想通りにいかねぇってことは、昨日十分に思い知らされた。俺が呑気にお前らがいなくなるのを待ってるうちに、アイツは死にかけの俺なんかほっぽって、回収班の前に現れ……そして、お前が戻ってきた」
ロブは、呆然とするジョシュを見て言った。
「すぐに気づいたさ。――お前が、俺とおんなじ目をしてる……ってな。もうこんなところからはオサラバしたい、そんな人間の目だ。理由は知らねぇが、そうだったんだろ? ……だから、出口とは反対に引き返したんだ」
ジョシュは、何も言えなかった。
ただ、真っ青な顔で震えている。
あの時は、一瞬の出来事だった。
その後も、よく考えることはしなかった。
――けれど、ロブの言う通りだった。
***
ジョシュは、昨日の朝の会話を思い出していた。
リズと、アルと、ジョシュ。
いつもの三人だった。
アルは、戦闘班として現場へ行けることに喜び勇んでいた。
それを興奮気味に、リズとジョシュに聞かせていたのだった。
リズもそれに対し、自分ももっと鍛えて、いつかは戦闘班に入るのだと意気込みを返していた。
ジョシュは、話に入れなかった。
ただ、アルを応援して送り出すことしかできなかった。
皆がゾンビと戦うことを選ぼうとする。
それが適わない人たちは、想いを託して、自分にできることで懸命に貢献している。
――ジョシュには、すべてが恐ろしくて仕方ないのに。
ゾンビを前に、恐怖を抱かない人間などいないだろう。
それでも大切な人や誰かのために、勇気を出しているのだ。
ジョシュにはとてもできそうにないことを、やってのけている。
去り際、アルは「ジョシュの分も頑張ってくるからな!」と言い、頬を紅潮させて走っていった。
その背中は誇らしげだった。
その姿を見て、ジョシュは自分が怖いこと、恐ろしいことをアルに押し付けているのだと気づいた。
――何故こうも、自分は異質なのだろう。
怖がりにも、ほどがある。
精神面が、あのころからちっとも変わらないのだ。
皆、辛いことをたくさん乗り越えてきた。
自分だって、同じはずなのに……。
――この恐ろしい世界に、いつまでいなければいけないのだろう。
恐怖はすぐそこにある。
いくらだって転がっている。
ただ立ち止まっているだけで、それだけですら申し訳なくて、苦しくて……恐ろしさがぬぐえない。
『ヨツアシ』が出たと、聞いたとき。
廃校舎の出口に走るリズが、ジョシュを振り返った。
遅れていないか、気にかけてくれたのだ。
気丈なリズ。
頼もしいリズ。
彼女はいつだって、ジョシュや周りの人間を守ろうとする。
その姿が、とても眩しくて――ふと、自分の中で何かがあふれた。
それは罪悪感だったのかもしれない。
何かはわからないけれど、きっと、もう限界だった。
ジョシュには、リズの後を追うことが……できなかった。
気づけば――リズの視線を振り切るように、反対の方へ動いていたのだった。
***
「……そう、です。あのとき、きっと……僕はもう、終わりにしたかったんだ」
逃げたかった。
いなくなりたかった。
存在ごと、消えてしまいたかった。
けれど自ら身を晒すことも、怖くてできなかった。
近づく終わりに震えながら、あの長い廊下を、ただ歩いていた。
ややあって口を開いたジョシュに、ロブは一つ頷く。
「あぁ。こんなトコ、生きていく価値もねぇ。けど、ただ無駄に死んでやるつもりもねぇ。……昨日、俺たちは死に損なった。それなら、死ぬまでは生きるしかねぇんだよ」
ロブらしい言葉だった。
幾度も死地へ赴き、けれど生還し続けてきた男の言葉は……重かった。
その重みが、ジョシュの中で楔となる。
「――ジョシュ。さっき俺は、お前を回収班から外すよう提案してきた」
「そ、れは……僕が、僕のやる気が足りないからですか……? 怖がり、だから……」
震えるジョシュの言葉を、ロブは顔をしかめて否定する。
「違ぇよ。お前にやる気がないとも思ってねぇ。――逆だ。お前の怖がりが、役に立つんだ」
「な、にを……」
そんなことが、あるはずない。
自分は、自分のせいで、周りを傷つけるばかりなのに。
「言っただろ。お前は、凄いことをやってのけたんだ。『死にたがり』を、二人も生きて戻らせた」
ロブは言い聞かせるように、指を折って数えていく。
「お前は、助けようとした。俺を死なせるのが怖かったから」
「移動中、お前は見つからずに逃げることができた。極度の怖がりが、アイツの行方を把握しようと気を張っていたからだろう」
「教室で急に『ヨツアシ』が現れたとき、俺を突き飛ばした。咄嗟の危機に気づいて、すぐに反応したからできたことだ」
「アイツを押さえている間。命がけの中で、お前は叫ばなかった。リスクを少しでも減らそうとしてたんだ」
「――もしかしたら、無意識だったのかもな。自分じゃわからねぇかもしれんが、お前は、恐怖の中でも案外冷静に行動してたんだよ。……少なくとも、俺はそう思う」
ロブの言葉は、ジョシュには思いがけないものだった。
そんな風に言われても、まるで実感が湧かなかった。
「俺が大して役に立たねぇってのに、あんな状況でトラップを仕掛けた。怖くて銃も撃てなかったのに、それでもできる最善を探し続けた。……一度は終わりにしようとしたのに、だ。結局は、最後の最後まで諦めなかった。それはな、ジョシュ。やろうと思ったって、できる人間はそうはいねぇんだ」
ジョシュはロブの言葉が、温かく感じられた。
粗暴な雰囲気は今も変わらないのに、それが不思議だった。
「怖がりでいい。だから俺は助かった。……だが、恐怖に慣れないことには、慣れるしかねぇ」
ふ、と心に影が差す。
それは、ジョシュが一度は生を諦めた理由だ。
ロブの視線は壁にかけられたショットガンの辺りに向けられ、そして再びジョシュへと戻る。
「お前がゾンビを撃てなかったのは、ヒトの姿をしているから――だろ?」
「っ……!!!」
誰にも打ち明けたことのないそれを言い当てられ、ジョシュの心臓が嫌な音を立てる。
脳裏に、昨日の『ヨツアシ』となった少年の顔が浮かび、じわりと嫌な汗がにじんだ。
彼は、高校生だった。
今のジョシュと同じ年ごろだった。
撃てはしなかった。
けれど、それよりももっと酷いことを――
「う……」
「……なぁ、アイツらはもう、ヒトじゃねぇんだ。見かけは近いかもしれねぇが、バケモンなんだ」
わかっている。
何度も、繰り返し言われてきたことだ。
今となっては、言うまでもないことだ。
それはジョシュも、十分に理解している。
苦悶するジョシュを前に、ロブは大きなため息をついた。
「ジョシュ。俺たちが相手にしてきたのは、ゾンビだけじゃねぇって……知ってるだろ?」
「……っ」
知っている。
大人たちは配慮して、あえて子供たちに告げることはなかったが……それでも結局は、いつか知ることになる。
外からやってきた人たちが暴れたとき。
精神的に不安定な人が怪しいことをしそうだったとき。
コミュニティの人々を危険から守るために、何をしなければならないのか。
戦闘班には、そうした役割も含まれている。
そうした問題は、別に今いるコミュニティに限った話でもない。
むしろ、混沌に包まれていた初期のころのほうが、より深刻だったように思う。
あのころの記憶が、今もジョシュに呪縛となってつきまとう。
「……ゾンビ狩りなんて、そう遠くないうちに終わる。酷な話だが……お前らの世代になったら、人間を相手にする方が多くなるだろうさ」
「そんな、こと……」
「ゾンビを狩るのなんか、その練習程度に思っちまえばいい。喋らねぇ、大抵は動きも単調で、随分楽なモンだ。なんたって、『狩り』だからな。油断すれば危ねぇが……『戦争』じゃない」
……嫌だ。
そんなことは、考えたくもない。
これまでに、コミュニティが組織的な人間の襲撃を受けたことはない。
けれどリスクとして、常に存在していることだった。
ロブは、ジョシュに現実を突き付ける。
「ハァ……、わかるだろ? 一番危ないのは、結局人間なんだ」
「…………」
わかってる。
ジョシュにだって、そんなことはわかっている。
悪意をもって攻撃してくるのは、同じ人間だってことくらい。
ゾンビは本能的で無慈悲だが、たがの外れた人間は、それに輪をかけて利己的で残酷だ。
だから、ジョシュの母さんは……。
だから、ジョシュは――
「この世界に、もう法なんてねぇ。誰の手だって汚れてる。あとは程度の違いだ」
きっとロブは、ジョシュのしたことを知っているのだろう。
だから、そんなことを言うのだ。
「……僕に、どうしろと?」
怖い。
怖くてたまらない。
けれどジョシュは、生き延びた。
生きることを選んでしまった。
もう――先に進むしかない。
「お前は、自分の力を活かせ。活かせるよう、俺がお前を鍛える」
「ロブさんが……?」
意外だった。
ロブは、戦闘班として外に出るとき以外は一匹狼なのだ。
「どうせもう、前線には出られねぇ。だったら、見込みのあるヤツに全てを叩きこむ方が、やりがいがあるってモンだろ」
「そう……ですか」
これまでに、ロブは随分と無茶をしてきた。
死にたがっていたのだから、当然ともいえるのだが……けれどコミュニティが人命優先を掲げている以上、戦闘班としての復帰は困難だろう。
それなのにゾンビと戦おうとするのなら、ロブの言う『無駄死に』になってしまう。
だからロブは、ジョシュを鍛えることにしたのだ。
恐怖心は、消えない。
きっとこの先もそうなのだろう。
けれど……ジョシュが戻ったときの、リズとアルの顔。
二人に抱きしめられたとき、自分のしようとしていたことがどれほど愚かだったのか、思い知らされた。
大切な人たちを守りたいという気持ちは、ジョシュの中にも確かにあった。
そのためならば……ジョシュには、なんだって超えられる気がした。
「僕に、できることで……それが役に立つのなら。ぜひ、お願いします」
「あぁ。お前を、一人前のハンターにしてやるよ」
そうして、ジョシュとロブの新しい生活が始まった。
怖がりのジョシュが成長するのは、まだ少し先のお話――
『ヨツアシ』が最後脱出してきたのは、映画とかでよく見かける『換気ダクト(通気口)あるある』ですw
天井裏を伝って来ました。
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