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怖がり少年はこんな世界から逃げ出したい  作者: 汐乃 渚


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後編



「僕は……、僕には、できません」



『ヨツアシ』が迫る、廃校舎の教室で。


顔色悪く、絞り出すようにそう言ったジョシュに、ロブは一つ頷いただけだった。



「ま、だったらいざってときは――」

「でも、諦めるなんて……できません!」



『ビビりのジョシュ』らしからぬ言い様に、言葉を遮られたロブは思わず見入る。

ジョシュの内に、静かな決意が揺らめいていた。



「二人で、生き延びる方法を探しましょう」

「んなこと言ったって……」



ロブはこれまで、戦い続けて生きてきた。

先ほど言いかけたのも、自分がなんとか『ヨツアシ』との相打ちを狙うことで、ジョシュを逃がそうというものだった。


しかしジョシュは、それをよしとしなかった。



「救助は来ないでしょうが……確認のために人が送られてくるのは、そう先のことではないと思います。ロブさんが(・・・・・)ゾンビ化しているか、必ず確認に来るはず」



ロブは時に、人間離れした生命力を発揮してきた。

頑丈な巨躯を持ち、戦闘班の誰よりも強い。


そんなロブがゾンビ化した場合、狩るのが容易ではないのは想像に難くない。


『ヨツアシ』のように、通常のゾンビよりもさらに凶悪な変異を遂げる可能性もある。

ロブが持ち合わせる抗体の強さも、変異に何らかの影響を及ぼすだろう。



「ロブさんは嫌だったかもしれませんが……僕たちはみんな、ロブさんを頼りにしてきました。特に戦闘班の人たちの多くは、ロブさんに憧れているんです。僕の友達だってそうです。だから……だからきっと、そんなロブさんがゾンビになってしまったら。大きな被害が出る前に、自分たちで安らかにしてあげたいと、そう思うでしょう」



そんなジョシュの言葉を、ロブは複雑そうに聞いていた。


ロブも、自身がゾンビになってしまったら相当面倒に違いないと気づいていながら、なるべく考えないようにしてきた。

自分が死んだ後の世界のことなど、考えたくもなかった。



口にはしなかったが、ジョシュの奥底に眠る冷静な部分は、別の側面も考慮していた。


死後早いうちであれば、狂暴化しているとはいえ、どちらかといえばまだヒトに近い。

ロブがゾンビ化していた場合――恐ろしい変異を遂げる前に、速やかに対処してしまいたいだろう、と。



「救助が来ないのは、もう助からない可能性のある人間のために、助けに行く人の命を危険に晒すわけにはいかないからです。でも……既に助かっていて、あとは回収を待っているだけだったなら? それならきっと、見殺しにするようなことは、絶対にない」



ジョシュの瞳に、力強い光が宿っていく。


それは決して、希望ではない。

状況は変わらず絶望的なままだ。


けれど新たな目標は、ジョシュを奮い立たせた。



***



「なら、一体どう――っ!?」



助かるためのアテはあるのか、ロブが聞こうと口を開いたそのとき、強い衝撃によって床に弾き飛ばされた。


痛みと衝撃に顔をしかめ見上げれば、ぼんやりとした視界の先に、長い腕が見えた。

恐らくそこが、先ほどまでロブがいた場所なのだろう。



『ヨツアシ』の鋭い爪先が、壁を抉るように薙いでいた。



ジョシュにはその瞬間が、まるでスローモーションのように見えていた。


いつの間にか室内に侵入していた『ヨツアシ』に気づけたのは、偶然の産物だったのだろうか。

降りしきる雨音の中、頭上から雫の垂れる水音が聞こえた気がしたのだ。


――気づけば、身体が動いていた。


大柄なロブを突き飛ばした反動で、自身も後ろ側へ倒れこむ。

視界いっぱいに、天井からロブめがけて飛びかかった『ヨツアシ』が腕を振りぬいたのが見えた。


幸いなことに、すんでのところでロブはその一撃を避けられたのだった。



つい一拍前までロブのもたれていた壁に飛び込んだ形となった『ヨツアシ』は、痛みをまるで感じない様子で、今度はジョシュのほうに向き直った。



「っ!!!」



ひしゃげた長い指が、鋭い爪が、ジョシュに迫る。


伸ばされた青白い腕を咄嗟に掴むことで、ジョシュは奇跡的にそれを防いだ。



「っ!! ……っっ!!!」



叫び出してしまいたいほどの恐怖と、声も上げられないほどの恐怖が、ぐちゃぐちゃに混ざり合う。


掴んだ腕は、細かった。

凝った瞳をこちらに向ける『ヨツアシ』の顔には、まだどこか幼さが残っている。


恐らくは、ジョシュと同じ年ごろの少年だったのだろう。



こんな状況だというのに、ジョシュの脳裏には、かつての学校生活の様子が鮮やかに蘇っていた。



世界が変わってしまうまで、ジョシュは普通の……いや、冴えない中学生だった。

引っ越しをして田舎の学校に通うのは少し不安だったけれど、無事に新しい友達もできた。

刺激は少ないが、穏やかで楽しい――今にして思えば、かけがえのない日々を過ごしていた。


目の前の少年は、きっとこの高校の生徒だったのだろう。


あの日、世界が変わってしまわなければ……ジョシュも同じように、家族や友達に囲まれた高校生活を送っていられたはずなのに。

少年は死してなお、ゾンビとなって廃校舎に囚われ、こうしてジョシュを襲っている。


そのことが虚しくて、悲しくて……辛かった。



『ヨツアシ』の体は濡れていた。

ロックしたドアがこじ開けられる音は聞こえなかった。


恐らく……割れた窓の向こうから、廃校舎の外壁と天井伝いに近づいてきたのだろう。


『ヨツアシ』の強靭な四肢をもってすれば、そのような芸当も可能だと……そのことに思い至らなかったことを、ジョシュは悔やんだ。



ジョシュの視界の端に、手元から転げ落ちた銃を必死に探すロブの姿が見えた。


先ほど、碌に目が見えなくなってきたと言っていたのは、その通りなのだろう。

散乱している机や椅子をかきわけているが、ロブの探す銃はその辺りではなく、ジョシュの足元付近に転がっていた。



『ヨツアシ』は、恐ろしいほどの力で腕を振り回そうと暴れている。

それをジョシュは、声も出さずに必死に押さえていた。


こんな世界じゃなければ、もしかすると、少年たちが取っ組み合っているように映ったかもしれない。


けれど実際は、容赦のない命がけの攻防であった。

この手を離してしまえば、あっさりとジョシュの命は終わるのだろう。



――あまりの恐怖に、視界が滲む。


力比べでは、やはり敵わない。

ジョシュの必死の抵抗も虚しく、徐々に体が押し倒されはじめていた。


どうにか掴む手に一層力を入れれば、腐った肉が握りつぶされ、耐えがたい腐臭が漂った。



『ヨツアシ』の喉の奥から、獣じみた唸り声のような音が漏れる。


両腕を掴まれている『ヨツアシ』は大きく口を開け、ジョシュの首元を狙っている。

今はまだジョシュのひょろ長い腕のリーチがあるものの、それは徐々に縮まりつつあった。



***



命がけの抵抗をしている最中、ジョシュの体からフッと一瞬、力が抜けた。



「……っ!!!!」



背中から床に倒れこむ感覚の中、風を切る鈍い音とともに、横なぎに『ヨツアシ』が吹っ飛んだ。


広がった視界の端に、荒い呼吸を繰り返すロブが見える。

手には、既に原型をとどめていない教室用机のようなものが握られていた。


――どうやら銃を探すのは諦め、動かせる左腕を使ってこうしてジョシュを助けてくれたようだ。

利き腕でないと言っていたにもかかわらず、物凄い威力であった。



打ち付けた背中は痛むが、この機を逃すわけにはいかない。

ジョシュは拾うものをかき集めて、ロブの腕を掴んだ。



「ロブさん、行きましょう!」

「いや、おい……!」



何か言いたげなロブを無視して、ジョシュは今いる教室のドアのロックを外した。


ロブの一撃は、相当重かったに違いない。

壁に叩きつけられた『ヨツアシ』は起き上がりつつあるものの、その動きはふらふらと緩慢に見える。



ジョシュはロブを押し出しながら転げるように廊下へ出ると、大急ぎで再びドアを閉める。


その手には、見覚えのない鍵束が握られていた。


震える指で該当の鍵を探すが、なかなか見つからない。

鍵同士の擦れるカチャカチャという金属音が、ジョシュの集中力を一層乱す。


光り輝く一本をようやく見つけ、鍵穴に差し込む。

ロックがかけられたのを確認すると、そっとその場を離れたのだった。



***



「――おい、どうして出てきた」



陽が落ち始め、徐々に薄暗くなりつつある廃校舎の長い廊下を進みながら、ロブはむっつりと口を開いた。

どうやら、先ほどのジョシュの行動に納得がいっていないらしい。



「あのまま、止めを刺しちまえばよかったんだ。お前にできなくても、俺がやったさ。そうすりゃ悩みの種も消える」



大怪我を負っている右腕をかばいながらも、ロブの左手には先ほどジョシュの回収した銃がしっかりと握られている。

ジョシュはチラリと銃へ目をやって、静かに首を横に振った。



「それは……あまり良い選択ではありませんでした」

「あぁ? 何言ってんだ?」



ロブは、わずかに苛立ったような表情を浮かべる。

ジョシュが『ヨツアシ』を押さえこんでいた姿は勇敢だったが、肝心なところでまた『ビビり』の部分が出てしまったのかといぶかっていたのだ。



「もし、さっき撃っていたら……」



ジョシュはポツポツと話し出す。


身体は、まだ震えていた。



「大きな発砲音が鳴ります。もしかすると、あの『ヨツアシ』は倒せたかもしれない。だけど周囲から、他のゾンビが寄ってきてしまう」



「もうすぐ彼らの時間ですから」と、ジョシュは続ける。


別に、夜になるとゾンビたちが活発化するという話ではない。

日中と変わらず動ける彼らに対し、人間は暗闇の中で行動できない。

そういうことだった。



「それに……ロブさんにこれ以上、怪我をさせるわけにはいかない」



片手で、それも利き手でもない側で大口径の銃を撃てば、間違いなくどこかを痛めることになる。

場合によっては、深刻なダメージを負うだろう。


撃たずに止めを刺すことも、やりようによっては可能だったかもしれない。

しかしやはりそれも、無事では済まなかったはずだ。


あの場では、それが最適だとジョシュにはどうしても思えなかった。

だから、頭に浮かんだ中で少しでも時間を稼ぐ方法を選んだのだった。



「んなこと言ったって……」



確かに『ヨツアシ』一匹だけを相手にする方が、不特定多数のゾンビを想定して動くよりもやりやすい。

それに、今はまだなんとか動けているが……ロブが欠けてしまえば、この怖がりの少年が生き残るのも一層難しくなる。



ジョシュの言うことはわからなくもなかったが、ロブは座りの悪さを感じていた。


あの状況であれば、ロブはたとえ自身が傷ついてでも、『ヨツアシ』に止めを刺した。

それがロブの戦い方だからだ。

そうして、命を懸け続けてきたのだ。



だがこの少年は、ずっとロブの身体の具合を気にかけている。

そのことが、むずがゆくてたまらない。


けれどその気持ちを、無下にはしたくなかった。



「――さっきは聞きそびれちまってたが、これからのアテはあるのか?」



ロブは歯がゆい思いを飲み込んで、気持ちを切り替えることにした。

どの道、今更戻って止めを刺せるとも思えない。


先ほどは『ヨツアシ』の登場でそれどころではなくなったが、ジョシュの口ぶりでは、何か生き残るための案があるようだった。


元より難しいことを考えるのは苦手な上、ロブの意識は朦朧としつつある。

それならば……身体が動くうちは、この怖がりな少年の言うとおりにするのも悪くないだろう。



ジョシュの震えも、少しずつ収まってきていた。


廃校舎の教室を覗き込んでは何かを探しながら、再び口を開く。



「『ヨツアシ』を倒せなくても、無効化できれば……僕たちが脱出するまで、どこかに閉じ込めておくんです」

「閉じ込める? それなら、今――」

「いえ、あれじゃ閉じ込めたことにはなりません。ドアの鍵は閉めてきましたけど、元々窓だかどこからか侵入してきたんですから、そのうちまた出てくるでしょう」

「そうか……そうだな」

「あとは、未回収の物資を探したいですね。多分、騒ぎで全部は持ち出せていないと思うので……その中から、治療に役立つものが見つかれば良いんですが」



逃げ隠れしつつ、それらを目指したいというジョシュに、ロブは頷いた。

霞む視界の中、細いジョシュの背中がやけに大きくなったように見えた。



***



先ほどは上ってきた階段を、今度は別の場所から一段ずつゆっくりと降りていく。


廃校舎の一階へ降りると、ジョシュは手近なドアを開けては中を確認し始めた。

極力音を立てないように気を付けながら、目当ての部屋を探す。


物資の回収中にジョシュが目にした部屋は、どれも隠れたり『ヨツアシ』を閉じ込めるのには適していそうになかった。

学校という建物の性質上、採光のためにどの部屋も窓が設けられている。

だから目的を果たすためには、どうしても工夫が必要だった。


体育倉庫などは窓が細いため候補の一つとして考えていたが、ロブによると体育館周辺はゾンビだらけだったという。

ゾンビは既に処理されているものの、中に『ヨツアシ』を閉じ込められるような状態ではないらしい。



結局ジョシュが見つけられたのは、廊下の隅にある小さな用具入れだった。

近くには、たくさんの学生用ロッカーが立ち並んでいる。


置き型の金属製ロッカーとは違い、用具入れは建物内の独立した小部屋である。

中身は既に持ち出されていたが、窓もなく、ドアには鍵がかけられるとあって、理想的に思われた。



ぐったりとしたロブには見張りを任せ、ジョシュは仕掛けを施していく。


張りつめた緊張感の中、ジョシュはなるべく音を立てないように、テキパキと作業を進める。

上手くいくかはほとんど賭けだったが、やらないよりはマシだった。


全てを終えると、二人はその場からそっと離れた。



***



コツコツという小さな音が、廃校舎の広い廊下に響く。

薄暗がりの中、儚い光が淡く揺らめいていた。


ふとした瞬間、明かりに影が差す。


獣のような唸り声を上げた『ヨツアシ』が大きく両腕を広げ、明かりに飛びかかった。


――途端。



『ヨツアシ』の背後にあるドアが、勢いよく閉まる。

その後、ガチャリと金属音が響いた。



「や、やった……?」



鍵穴に鍵を刺したまま、ジョシュはドアから視線を外さずに、そっと離れた。

用具入れの中では『ヨツアシ』が暴れているようで、ガタガタと暴れまわる音が聞こえる。


ズリズリと何かを引きずる音にジョシュが振り向くと、途端に鋭いロブの声が飛んだ。



「避けろ!!!」



慌てて飛び退くと――伸ばされた長い腕と、それを大きなロッカーが押し潰すのが見えた。



***



ジョシュの作った仕掛けは、トラップと呼ぶにはささやかなものだった。


目の悪いゾンビは、光と音に寄ってくる習性がある。

それを利用したのだ。



幸いにも、使いさしのキャンドルが手に入った。

ほとんど終わりかけのような状態だったので、回収物に含まれなかったのだろう。


外はまだ少し明るいので、着ていたジャケットなどを使って窓を覆い、少しでも光が目立つように影を作った。


キャンドルの入ったガラス容器に紐を括り付け、ドアノブに結ぶ。

容器が動かされると、ドアが連動する仕組みである。


ロブの持っていたライターで火をつけ、キャンドルに明かりを灯した。


セッティングを終えて、身を隠す。

時折、拾い集めた細かながれきを用具入れの方に投げては、小さな音を立てた。


そうして『ヨツアシ』を誘導したのだった。



脱いだジャケットを回収しながら、ジョシュは音のしなくなった用具入れへ、恐る恐る視線を向ける。



「倒した……んでしょうか?」



まさか、ドアの一部でも『ヨツアシ』が破るとは思っていなかった。

一瞬でも油断したのが間違いだった。

狂暴性は理解していたつもりが、仕掛けが上手くいったことで気が緩んでしまった。


再びの想定外を覆したのは、やはりロブだった。

今は用具入れの前に積み上げられたロッカーによって、ドアは塞がれている。



「動かねぇからって、やったとは限らん。首を落とすまでは、な」

「そう、ですね……」

「ま、こんだけ積んどきゃあ、そうそう出られないだろ。よしんば動かせたとして、音でわかるしな」



髭だらけの顔でニッと口元を上げたロブに、ジョシュもようやくホッと肩の力を抜いたのだった。



***



ジョシュとロブは、再びこの廃校にやってきたときの入り口に戻ってきた。


ガラスドアの向こうに、乗り物や人影は見えない。

暮れ始めた陽に晒されたアスファルトが、ただ褪せた色を放っているだけ。


ほんの少しだけ、誰かが迎えに来てくれているのではないかと思ったけれど――それは期待のしすぎというものだった。



それでも、緊急事態によって回収しきれず残された物資を見つけた時は、多少なりとも気持ちが高揚した。

これでなんとか凌いで、仲間が様子を確認しに来るのを待てば良い。

淡いが……それは間違いなく希望だった。


乱雑に箱に収められた中身を慎重にかき分けてみたが、流石に薬品類は残されていなかった。

しかし布切れと、どこかから紛れ込んだ小さな水のボトルが見つかったのは幸いだった。



「良かった……! これで手当てを――」



立ち上がりつつ振り返ったジョシュの目に、苦し気に顔を歪めたロブに覆いかぶさる『ヨツアシ』の姿が映る。


音は、しなかった。

気配も……気の緩んだジョシュには、感知できなかった。



――恐怖は、まだそこに残っていたのに。



潰れた腕をぶら下げながら、『ヨツアシ』が大きく口を開く。

その先は今度こそ、ぐったりと動かないロブの喉元を正確に狙っていた。



「ロブさん……!! 止めろッ!!!」



ジョシュは咄嗟に叫んで、遮二無二駆け出した。

間一髪のところで、ロブから『ヨツアシ』を引き剥がす。


二度に渡り、そこそこのダメージを与えていたはずの『ヨツアシ』であったが……どこから力が湧いてくるのか、羽交い絞めにしているジョシュを振りほどこうと、物凄い力で暴れている。

その狂暴性は、本能としか言い様がなかった。


しかし、流石にもう腕は思うように動かせないらしい。

強靭な足の力で抜け出そうと床を蹴るのを、ジョシュは必死に持ち上げて、少し浮かせるようにして押さえる。



眼下に見えるロブは、目を閉じていた。

意識が無いようで、苦しげなうめき声が微かに聞こえてくる。



言い表せないほどの恐怖が、ジョシュを襲った。



『ヨツアシ』を閉じ込める作戦は、既に失敗した。

あの場からどうやって出てきたのかなど、今更考えても仕方ない。

今は何とか押さえられているが、力比べで敵わないことも分かっている。


頼もしかったロブは今、生死の境を彷徨っている。

先ほどまでのように、ジョシュを助けることはできないだろう。



――ジョシュは、自分が(・・・)やらなければいけない(・・・・・・・・・・)のだと、痛切に実感した。



今度は放すまいと、強く握りしめていたのだろう。

銃は、今もロブの手の中に収まっている。


しかしジョシュには、それを拾い上げる余裕などない。

もし拾えたところで、やはり使えるとも思えない。


押し寄せた恐怖は、強いうねりとなってジョシュの身を侵す。

思考はまとまらなかった。



ロブの呼吸が止まってしまうのが恐ろしい。


温度を感じさせない『ヨツアシ』の体が、むせかえるほど漂う腐臭が、大きく開かれた口から漏れる生気を感じない唸り声が、恐ろしい。


この腕を離してしまった先に起こることが――恐ろしい。



押さえきれないほど激しく暴れているにもかかわらず、腕の中の少年の体は、小さく、細く……脆く、感じられた。



目まぐるしい感情の波に、呑まれ――



「う、あぁぁああああああああああ!!!!」



泣き叫びながら、ジョシュは細く冷たい首を掴んだ。


そして力任せに、目の前にある堅牢な柱へと叩きつける。



「あぁぁぁああああああああああ!!!!!!」



腐りかけた頭の潰れる音は、やけに軽く響いた。



「ひッ、う……!!」



それだけでは終われなかった。


ぼやけて歪んだ視界の中、既に砕けた頭を握り直し、渾身の力で首の骨をねじり折る。


これで、終わり。

そのはずだ。



『ヨツアシ』は……もう、動かない。


ジョシュの下で、腐った肢体を投げ出している。



「っあ、あぁ……」



今度こそ――この少年の命は失われたのだと、ジョシュは理解していた。



***



「ヴっ、ぉおォえぇ……」



あふれる涙と鼻水が、唾液交じりの吐しゃ物に混じる。


張りつめていた恐怖と緊張の糸が、ぷっつりと切れてしまったようだった。



「ロブ、さ……」



――もう、何も見えない。


遠くで、自分の名を呼ぶ少女の声が聞こえた気がした……。



――意識が薄れてゆく。


冷たい床に倒れこむ前に、温かい腕が自分を包んだように感じた……。



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