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イベント・秋

とある会社のある歴史

「だから言っているんです!効率を考えるのは確実にできてからでしょう!?」

 会議室から漏れる声が響く。

 研修を終えた新人社員に率直な意見を求めたところ、素直に返ってきた。

「働き方改革はどこ行ったんですか

 新入社員は目の前にいる世代も性別もさまざまな人たちに熱く語る。

「それに愛知は接し方がドライなんです!聞いてきたら答えるは事故の元!」

 その人たちは新入社員の声を静かに聴いていた。


☆☆☆☆☆☆


「気持ちのこもった回答をありがとう」

 新入社員がひとしきり話し終えると、年配社員が口を開く。

「では、ひとつずつ回答していこう。順番は多少前後してもいいかね?」

 新入社員の肯定を皮切りに、年配社員は少し考えてから話を始める。


「そうだな……まず愛知に対して、個人的な意見で答えようか」

「はい。よろしくお願いします」

「愛知はものづくりが盛んな県。ゆえに職人気質が多い」

「だから聞いてきたら答えるとか、見て覚えろとか言うんです?」

「そう答えを()くのも職人気質のひとつかな」

 言葉につまる新入社員が一息入れるのを見て、年配社員は話を続けた。


「要はその地域にはその地域の考え方ややり方があるということだ」

「配属された場所で暮らしてみて、初めてわかることって多いからね」

「この会社が全国や海外に展開しているって、そういうことなんでしょうか?」

 年配社員に続き女性社員が発言すると、新入社員はさらに質問する。

「転勤転属もあるぞ。多文化コミュニケーションになるからな」

 さらに男性社員が会話に割って入ってきた。

 その胸元にあるプレート書かれた施設の文字が、新入社員の瞳に映る。


「追加の質問よろしいでしょうか?施設ってどんな仕事をされておられます?」

「施設の設備に関する保守保全と維持管理、いわゆる点検と修理かな」

「生産活動になるんです?それ」

 施設社員は新入社員は疑惑の目を向けた。

「はっはっは。よく言われるよ。なら、逆に聞こう。生産活動とはなんだい?」

「決まっています。会社に利益を出すことです」

「その通り。ならそれを反対にしたのが施設の仕事かな」

「会社に損害を出すこと、ですか?」

「半分正解。出すも反対にしてみようか」

 新入社員は言葉の意味をひっくり返し、あてはまる言葉を探し始める。

「……損失を抑える、でしょうか?」

「そう。この辺は私たち経理と考え方は一緒かな」

 女性社員が施設社員に代わって答えた。

 

☆☆☆☆☆★


「初めて知りました……」

「自分の世界は、自分の知っていることだけで作らていれますから」

 新入社員がつぶやくと、情報システムのプレートをつけた人が答える。

「だから我々はいろいろな部署や課、世代との会議を行うことが多い」

 世界を広げるためですね、と新入社員は話を受け継いだ年配社員に言う。


「先入観は意外に多いから、気をつけてね」

「例えばどんなのがありますか?」

 経理社員が伝えると、新入社員はさらに質問をした。

「そうねえ……男性は結果重視で女性は過程重視とか?」

「赤は情熱で青は冷静もですね。血の色も赤で熱を奪うのも青というのに」

「こんな感じになんでもいいので例を出して欲しい」

 経理社員に情報システム社員が続き、施設社員が新入社員に話を振る。

「えっと……年配の人は保守的で若手は革新的もでしょうか?」

 急な質問に慌てたのか、新入社員は頭に思い浮かんだ言葉をスッと口にする。

   

「なあに誰もが通る道だ…我々の若い頃もそうだった」

 反省の色をにじみだす新入社員の心に、年配社員の声がしみていく。

「どうして保守的になるかわかりますか?」

「ダグラス・アダムスの法則と思っています」

 情報システム社員が質問すると、新入社員はハキハキと答えた。

「人は自分が生まれた時にある技術を自然の一部と思い込むそうです」

「初めて知ったな、その考え方。その後どうなる?」

 施設の質問に、新入社員は言葉を選んで話を続けていく。

「成長する過程で発明されていく技術に興味や関心を覚えます」

 そしてある一定の年齢を境に、人は保守的になっていくと新入社員は話す。


☆☆☆☆★★


「んーなるほど……そう来たか」

 施設の人がポリポリと頬をかくのを最後に、静寂が訪れた。


(あれ?新すぎた?)

「そうですね……ではこちらから聞きましょうか」

 静けさを打ち破るためか、情報システム社員が優しい声で質問する。

「最新の技術は安心でしょうか?」


 また静寂が訪れた。

 新入社員は質問の意図と状況を考え、どう答えるか悩みだした。


「質問を変えよう。濡れた軍手で電気作業は危険。この理由はわかるかい?」

「え?感電するからでしょう」

「正解。なら規則を作る側になったと仮定して、どういうルールを作る?」

()手での作業を禁止します」

「それも正解です。それではここで情報を付け加えますね」

 新入社員が施設社員の質問に答えると、情報システム社員が参加する。

「埃は電線やコンセントのプラグに着くと漏電する。トラッキング現象だな」

「乾いた軍手で埃は吸着できますよ」

「経理としては、軍手は安いし洗濯して使いまわしてほしいかな」

 施設、情報システム、経理社員が次々に話したあと、年配社員が話しかける。

「さて、改めて問おう。どんなルールを作るかね?」


「軍手を複数枚用意させます」

「それも正解」

「作業に応じて、適切な手袋を使うのも正解よ」

 新入社員が少し悩み、出した答えに施設社員と経理社員が続く。

「会社としては、ブレーカー落としてからの作業が推奨だ」

「まあブレーカーを落とすコンセントの回路が他で使用中もありますし」

 年配社員がつぶやくと、施設社員がすぐさま注釈を入れる。

「大惨事や損害に繋がるなら、電気が通ったままでやることもありえますね」

「まとめると、現場の状況に合わせて臨機応変に対応するのが大切かな(※※)


☆☆☆★★★


 経理社員が意見をまとめると、情報システム社員が席を立つ。

 そしてホワイトボード前に立ち、マジックを手にして新入社員に体を向ける。


「話を少し戻しますね。我々が学生時代のころ、算数の数式はこうでした」


 3+7=?


「今はこうと(うかが)っています」


 〇+△=10


「さて、ここで問題です。どうしてこうなったか、わかりますか?」



「……さっぱりです」

 新入社員は悔しそうな顔で、白旗を掲げた。

「それも正解です。安心してください」

「考える力を身につけてほしい、ってことも正解のひとつよ」

 情報システム社員の優しい言葉と、経理社員の温かい言葉が新入社員を包む。


「2+8も5+5も10+0も正解になりますよね、これ」

「変わり種としてはー10+20とか10.3+(-0.3)とかもあるぞ」

「重要なのは正解は複数あるということだな」

 情報システム、施設、年配社員が順に答えを述べていく。

「さっぱりも正解なんですか?」

「そう。大切なのは受け入れることだ。相手を、そして自分を」

 新入社員が率直な意見を言うと、年配社員から優しい言葉が返ってきた。

「それと同じく大切なのが、3+7だけで教わってきた人もいることです」


「3+7で教わった人から教わると、3+7の考えに染まるんですかねえ」

 情報システム社員がまとめようとすると、施設社員がポツリと言う。

 その一言で、新入社員の脳内に電流が走り、あることを思い出す。


(ああそうか。僕は忘れていたんだ。学校でやってきたことを)


『学校は卒業したろう?』

『いつまでも学生気分では困る』

 研修時代に、さんざん言われてきた言葉が頭の中を駆け巡る。


 新生活と忙しさも相まり、新入社員は学んできたことを忘れていた。


「いろんな考え方があるってことですね」

 新入社員は脳内を整理し、目の前の人たちを改めて見つめ、大きく息を吐く。

「今までの非礼、深くお詫びします」

「ははは、私は京都出身だからね。よく腹黒いとか言われたものさ」

「こういう正解が複数っての考えも、昔は屁理屈って言われましたよね」

 新入社員は年配社員と施設社員の会話を、深々と頭を下げた状態で聞いていた。


☆☆★★★★


「では、話を戻します」

 情報システム社員が、改めて口を開くと新入社員はメモとペンを取り出す。


「3+7のやり方も最新の技術も、考え方の根本は一緒です」

 そう告げると、情報システム社員は少し間を置いた。

「みんな安心が欲しいんですよ」

 自分が安心できるやり方で作業をやりたがる、と情報システムの人は話す。

「できている結果が大事と思うぞ、俺としては」

「重要な箇所をすべて守った上でなら、OKですよ」

 施設社員の言葉に、経理社員が釘をさす。


「最新の技術は安心して使えるかを確かめてから使う、と言うになる」

「そのためか現場で使う技術はどうしても一歩遅れますね」

「安心して使うことは安全につながりますから」

 年配、情報システム、経理社員が答えのひとつを述べていく。


「科学技術は日進月歩なんですよね……困ったことに」

「割り切ってください。導入コストも大切です」

 情報システム社員の本音に、経理社員は電卓を手に答える。


「3+7の考え方もある。答えが10になる考え方もある」

 咳払いをして、年配社員は話を続ける。

「大切なのは双方を認める余裕を持つことだ」

「そうで……すね。はい、そうです。わかりました」

 年配社員の言葉の意味を少し考えてから、新入社員は納得した。


☆★★★★★


「僕たちの考え方を受け入れるのも、働き方改革の一環ですか?」

「そう。先代たちが決めたことを、我々は改革をゆっくり行っている」

「ゆっくり……いつぐらいから始められました?」

「お手手つないでゴールイン、というニュースが流れた頃と伺っている」

「ゆっくり行うのは、どこかに問題でもあるのですか?」

「改革は急ぐと反発を招き、革命となり痛みを伴う。それでは人が辞めていく」

 人材の材は消耗品の意味もあると年配社員は言う。

 だから人財、財産として扱うと先々代が決めたと年配社員の唇が動く。

「ゆっくりでは定年を迎えてしまいます。何か対策をとられていますか?」

 矢継ぎ早に質問する新入社員を見て、年配社員は一呼吸置く。

「だからこうして会議を開いている、ということだな」


「それと、率直な意見が欲しいのもある」

 年配社員の言葉の後に施設社員が続く。

「なんのために、ですか?」

「お互いを理解してベクトル合成するため、かな」

 年配社員の言葉を受け、情報システム社員はホワイトボードに向かう。

 そこにマジックでX軸とY軸の座標軸を描く。


「我々は長いこと縦社会だったからね、横社会の考え方を知りたい」

 情報システムは原点Oを書き加え、X軸Y軸それぞれに点線を書き加える。

 その後、原点Oから点線の交差点に直線を引く。


「ゆえに現時点では、このナナメ型社会を我々は目指している」

 年配社員が言葉を区切り、新入社員を見つめる。


「わかりました」

 ペンを止め、新入社員も言葉を区切る。

「効率を考えるなら()()()確実にできてからってことも含めて」

「わかってくれて、我々も嬉しいよ。ありがとう」

「いろいろとご指導、ありがとうございました」


★★★★★★


 会議が終わり、新入社員は扉を開けて去っていった。


「伝わってよかった……先輩たちもこんな感じだったんですか?」

 いろいろ失敗し、落ち込みかけた情報システム部の声が聞こえる。

「済んだこと済んだこと。失敗する生き物だぞ。人は」

「この失敗を糧にどうするか、ちゃんと考えてね」

 施設課長の声が耳に届き、経理部が締めくくる。


「そうだな。相手も受け入れるなら失敗を含めて、だな」

 相手を受け入れて、自分を認めてもらう。

 お互いを認め合うことが大切。

 先代たちと散々議論したことを年配社員は思い出す。


(ヒヤリハット対策にも応用できたな、これは)

 本来ヒヤリハットは情報共有のために行う、と年配社員は考えている。

 それがいつしかミスの防止となり、細かく規定されていった。

 この結果、現場に辟易(へきえき)して人が辞めていったことも年配社員は思い出す。

  

「次は女性でしたよね?」

「んーどうしようかな?経理は男性に交代しようかな?」

「ん?なら施設も女性に交代しとこうか?営業も呼んで来たいしな」

 気づけば、次の準備に取り掛かっている。

 交代要員が可動式の間仕切壁で仕切った隣の部屋から入ってくる。

 黒マジックが経理部の男性の手に渡され、バタバタと慌ただしく動く。


「ところでどうかね?施設はまだ女性社員は欲しいかね」

「欲しいですね」

 施設課長の去り際に、年配社員は質問を投げかけた。

「蛍光灯が2027年に生産終了しても、しばらく在庫はありますし」

 施設課長はチラリと隣の部屋に目を移す。

「更衣室やトイレはプライベートエリアですから」

「時代は変わるものだな……」

 年配社員はポツリとつぶやく。

(太陽の塔に月の石……あれがあってからか。時代が変わり始めたのは)

 大阪万博が終わってから、意識が少しずつ変わっていったと、年配社員は思う。

(豊かさだけの追求から、環境や他人への配慮が始まった気がするな……)

 目を細めて、年配社員は当時を懐かしむ。

(バブルがはじけた後やリーマン・ショックでその余裕も消えつつあるかな)

 年配社員は一息ついた後手帳を取り出し、今後を確認する。

(2025年には電話回線がIP回線に変わる、か)

 施設課と情報システムが連携して行い、進捗報告は常に出されていると聞く。

(2030年はエアコンのガスの補充期間終了とSDGsの成果が出る時期か)

 手帳を閉じ、年配社員は大きく息を吐く。

(やれやれ……過渡期だな、今は)

  昭和と平成と令和、の3つの時代が混ざり合う。

  その中で分水嶺はどこだったかと、年配は過去に思いを馳せるのだった。

  

※  軍手のくだりは推測で書きました。

※※ 会社や現場にルールやマニュアル等あればそちらを優先くださるようお願いいたします。

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