イブの逆境超克【シャンドラーの遺書】
イブの逆境超克シリーズ第一弾、【シャンドラーの遺書】です!元々英語で書いたものなので、主人公がアメリカ人ですね。ははは。自分で書いて、自分で翻訳しました!将来は翻訳家になりたいなぁなんて。へへっ。てか最近YouTubeの方サボっててすみません(汗)
シャンドラーの遺言
作者:神崎きのこ
私、ルドルフ・シャンドラーは、ここに遺言を綴る。
私の全財産、つまり、屋敷、宝石、車、美術品、その他の物体たちは、全て子供達に、均等に分けることとする。そして、長男には、私の立ち上げた会社の経営権を譲る。もし異論がある様なら、社内できちんと話し合ってくれ。詳しい事を書いた紙は、私の机の引き出しに入っている。
さて、本題に入ろう。
もし私が死に、この遺書が家族の手に渡ったのなら、それは私が他殺されたということだ。必ず、誰が私を殺したのか、見つけ出してくれ。
世界一の探偵と名高い日暮隆司探偵、そして私の大学時代の恩師、ジョンソン教授を、私の死の真相を探すため、屋敷に招いてくれ。
健やかなれ。シャンドラーの幸運を、願っている。
「こんな遺書、見たことない…」
「今まさに、見ているがな。」
私の言葉に、日暮探偵は不機嫌そうに呟いた。
「それで、君は‥.」
細く鋭い眼差しが、奇妙な物でも見るかの様に私に向けられている。奇妙な物、それは、何を隠そうこの私、アメリカ人の若い女性、イブ・ジョンソンだ。
「自己紹介が遅れてすみません。私はアンドリュー・ジョンソンの孫の、イブ・ジョンソン。探偵です。」
私はそう言って日暮探偵に握手を求めて右手を差し出した。
私達は今、広々としたホールにポツンと置かれている机の前に立ち、そこに貼り付けられた紙、ミスター・シャンドラーの遺書を見つめている。
三日前、私の家に、シャンドラーの屋敷から一枚の手紙が届いた。そこには、お祖父ちゃんの昔の生徒、ルドルフ・シャンドラーさんが亡くなり、彼の願いでお祖父ちゃんを屋敷に招きたいと書いてあった。けれど、私のお祖父ちゃんは一年ほど前に、お迎えが来てしまっていて、私達は家族の中から誰が屋敷に出向くのか、決めなくてはならなくなった。
最初は、お祖父ちゃんの息子の私の父さんが第一候補で、皆それに賛同した。私を除いて。
真夜中、私は静かに荷物をまとめて、父さんの寝室から列車のチケットを持ち去った。そう、それで今、私はここに居る。
「それで…譲さん、君の親父さんはジョンという名前なのか?」
日暮探偵は、目を合わせることなく私に聞いた。多分だけど、一秒たりとも、その遺書から目を離したくないのだろう。
「えっと…?」
私にはこれがジョークなのか、本気で言っているのか分からなかった。英語は堪能だけど、日本から来たし、本気でそう思ってるのかも…?いや、でもそんなことあるかしら…?
私がずっと黙っていたからか、日暮探偵は遺書から目を離して、私に視線を向けてきた。
「君の名字はジョンソンだろ?だから君の親父さんはジョンの息子で…いや、何でも無い。」
「え、えっと、あ、冗談?冗談ですよね!あはははははっ!えっと、私の父さんは、ルーサーなので、ジョンではないですね…」
私は少し困惑したが、今私のすぐ隣に立っているのは、世界一の名探偵、日暮隆司だ。失礼をすることはできない。私は伸ばしたままにしていた自分の右手を、静かに背中に回した。
「お待ちしていました。日暮さん、ジョンソン博士。」
上品な雰囲気の女性の声がホールに響き渡り、紫色の長いワンピースを着た女性が優雅に階段を降りてきた。
「まずは自己紹介をさせて下さい。私はルドルフの妻、オリビア・シャンドラーです。ここまで足を運んで下さって、本当に感謝申しあげますわ。」
「今は『だった』だがな。」
私は日暮探偵の呟きを、聞いていなかったことにした。
「私の方が、お招きしていただいて、ありがとうございます。初めまして、ミセス・シャンドラー。」
私はミセス・シャンドラーに右手を差し出した。彼女は優しく私の手を握り返してくれた。
「初めまして。…失礼だとは存じますけど…どちら様でしょうか?」
「あ、すみません!私はアンドリュー・ジョンソンの孫の、イブです。祖父は一年前に亡くなってしまったので、私が代わりに来ました。」
「それは残念ですね…ジョンソンさん、是非、寛いでいって下さい。」
ミセス・シャンドラーは穏やかに笑った。
「ありが…」
「寛ぐ?それはどういう意味ですか?自分の夫が死んだから、この私をこの屋敷に呼んだんだろう?殺人犯を見つけ出すのが目的だ。違いますか?」
日暮探偵は鋭い表情で言った。
「あ、あの…はい、そうです。」
ミセス・シャンドラーは戸惑いながら、日暮探偵の言葉に頷いた。
(日暮探偵は確かに凄い探偵かもしれないけど、とっても偉そうで正直、良い人ではない気がするわ…)
「それで…子供達は何処ですか?早く聴取を始めたい。」
「えぇ、勿論です日暮さん。すぐに呼んできますわ。」
ミセス・シャンドラーはそう言うと再び階段を登って行った。
「譲さん。」
日暮探偵はそう言葉を発した。
「何でしょうか?」
「君は、自分が探偵だと言ったか?」
「は、はい。一応、私立探偵として、働いています。」
「両親は反対しなかったのか?」
「実をいうと、されましたね。でも、私の探偵への憧れは並の物ではなくて…」
『馬鹿な娘だ。』
日暮探偵は、呆れた、という様に首を振って言った。
「な、なんて…?今のは…日本語…ですか?」
「気にしない方が良い。」
「分かり…ました…?」
私は日暮探偵をじっと見つめた。黒い瞳と、同じ色だが所々に白髪が混じった紙。私より身長は少し低い。一般的な東洋の男性だ。でも、彼は沢山の事件を解決して、警察を何度も助けている。しかも、彼は五ヵ国語、英語、日本語、中国語、スペイン語、そしてフランス語を喋ることができる。それに比べて、私は英語とスペイン語だけ…
「お待たせして申し訳ありません。これが、私の子供達です。」
私がそんなことを考えていたら、ミセス・シャンドラーがホールに戻ってきた。彼女の後ろには、三人の若い男性と、三編みの少女が歩いてきている。
「これが一番上の子、ベネディクトです。」
「初めまして。日暮探偵、ジョンソンさん。」
背の高い、綺麗なブロンドと碧眼の男性が、私達に挨拶をした。
「そして!僕が次男の、イーサン・シャンドラー!『初めまして!』」
母親、ミセス・シャンドラーにそっくりな若い男性が、頭を下げてお辞儀をした。
「君は日本語を喋るのか?」
日暮探偵は、さほど驚くことではないという様子で聞いた。
『はい。僕は日本の大学で学んでいます。』
イーサンは謎の言葉で日暮探偵に答えた。まぁ、日本語なんでしょうけど。
「イーサンは、日本の大学に通っていると言ったんですよ。つい数週間前に、日本から戻ってきたばっかりなんです。ジョンソンさん。」
可愛らしい、そばかすと金髪の少女が私にそう教えてくれた。彼女の三つ編みは後ろから、両方の肩にゆったりと垂れている。
「私はルドルフの次女、シャーロットと言います。お会いできて、嬉しいです。」
「ありがとう。私のことは、イブと呼んで下さい。ミス・ジョンソンって呼ばれるの、少し嫌になってきましたから…」
「何があったんですか…?あっ、なら、私もことも、シャーロットと。」
シャーロットは私に笑いかけた。
「うぅ、眩しいっ!!」
私はキラキラと微笑むシャーロットを前に、眩しすぎて、瞳を閉じることしか出来なかった。
「私は世界一のモデル…『あの』アメリア・シャンドラーよ。宜しく。」
綺羅びやかな長い赤髪の女性が、階段をコツコツと、彼女の髪と同じ、赤いヒールを鳴らして階段を降りてきた。その長身は、漆黒のマーメイドドレスに包まれている。
「あれは私の姉、アメリアです。彼女はモデルとして働いてて、少し…いえ、…えっと、じ、自信に溢れている?といいますか…」
(傲慢ってことね…)
私はとりあえず、口は開かなかった。
「宜しく。お嬢さん。私は探偵の、『あの』日暮隆司だ。」
日暮探偵はアメリアにそう返した。
(あの二人、とってもお似合いだわ。)
私は皮肉を込めて、そう思った。私の、日暮探偵とアメリア・シャンドラーの第一印象は、最悪な物だった。
「最後にはなりますが、一番下の息子、リアムです。」
ミセス:シャンドラーが言うと、16程に見える男の子が、私達の前に現れた。彼の顔は長い前髪で隠されていて、腕にはPCを抱えている。
「ぼく…リアム、シャンドラーです…」
一言、リアムはそう言うと、兄弟達の間に戻って行った。
「これで全部ですわ。この屋敷で、おもてなしをさせて頂く、シャンドラー一家です。」
ミセス・シャンドラーは私達に微笑んだ。その笑顔は、とても艶美なものだったが、私は何故か、不思議な、表し難い暗い雰囲気を、シャンドラー一家から感じたのだった。
「ここがあなたの部屋ですよ。ゆっくり旅の疲れを癒してくださいね。何か必要な物があれば、備え付けの電話で、私を呼んで下さい。」
シャーロットは私を、完璧に整えられた部屋に案内してくれた。
「ありがとう、シャーロット。ええっと…ちょっと、質問をしても良いかしら?」
「…はい。何でもどうぞ、イブさん。」
シャーロットは頷くと、部屋のソファに腰掛けた。
「ありがとう。最初に、あなたのお父さんが殺されたと言うのは本当なの?持病の悪化とか、殺人では無い何か別のものだったりはしない?」
私は、小さな青い手帳とペンを取り出して、シャーロットに尋ねた。
「それは…ないかな…。私がお父さんに夕食の時間だと伝えようと、部屋に行ったら、父さんは亡くなっていたんです。それが四日前の夕方頃。イブさんもご存知でしょう?」
「えぇ。その時、誰が屋敷に居たのかしら?彼らは何処に居たの?説明できる?」
私は質問を続けた。この事件も、優秀な探偵になる為の試練だ。この事件を自分の手で解決して、世間に私の能力を、見せつけるのだ。
「母さんと、私は家に居ました。他の兄弟達は…わかりません。」
彼女は真実を話していると思う。彼女が変な動きをしているとこは見られなかったし、目も泳いではいなかった。
「警察はここに来た?あなたのお父さんの体は、検証されたかしら?」
「いいえ。本当のところ、私は、いえ、私達は、父さんは心臓発作で亡くなったんじゃないかと思ってるんです。体には目立った外傷もなかったし、ベネディクトが丁寧に調べていましたから。父さんはいつも沢山食事をして、一日中デスクにかじりついてました。」
そこまで喋ると、シャーロットは一度口を閉ざした。そして、数秒後、また話し始めた。
「私達、この件を、そんなに大きいものにはしたくないんです。だから、警察は呼びましたけど、遺書のことは話しませんでした。イブさんの家族と、日暮探偵にだけ。」
「なるほどね。ご遺体は今、どこにあるのかしら?」
私は手帳にペンを走らせながら聞いた。
「父さんの体は、冷凍室に保存しています。そこも、父さんが作ったものなんですけど…部屋の気温は常に極寒で、父さんの体が腐敗するのを防いでいるんです。
「それはとってもクール…」
私は呟いて、ハッと手を止めた。
「あっ、い、今の、ダジャレじゃないのよ?!本当に!!」
私は凄く恥ずかしい思いで両手を頬に当てた。
「そういうんじゃなくて、私…」
「ふふっ。」
シャーロットはクスクスと笑い始めた。
「ちょ、ちょっとシャーロット、笑わないで!!」
「ごめんなさい、でも、イブさんは、バリバリ働いて、事件にしか興味がない、もっとお硬い方なのかと思ってたから…」
「…あながち間違ってはないかもしれないわ。私の両親はよくそう言ってくるもの。私は短期で、仕事命に生きてて、頑固で…まぁ、色々と。」
「それは…私も分かります。その気持ち。父さんはいつも私達に…少し、喋りすぎました。ごめんなさい、イブさん。もう行かないと。また後でお会いしましょう。」
シャーロットは立ち上がると部屋を出て行った。
「ミスター・シャンドラーがいつも、って…?」
私は呟いたが、誰も私の疑問に答えてくれる訳がなかった。
30分程あと、私はこの大きな屋敷の中を探検してみることにした。
私は部屋を出ると、左右を見渡した。
(どっちに行けばいいかしら…?右?左?)
私が迷っていたら、二人の男性の声が、左の廊下から聞こえてきた。
「ですけど、隆司叔父さん!!」
「この話はもう終わりだ。」
「叔父さん!!」
それは、日暮探偵と、黒髪の青年だった。日暮は青年を無視して、私の前を、サッサと横った。
「んんっ…」
青年はため息をつくと、顔を上げて、やっと、ようやく、隣に立っていた私に気づいた様だった。
「えっ…あっ、す、すみません奥さん!あなたが居るなんて知らなくて…」
「大丈夫。日暮探偵は、あなたの叔父さんなの?」
「…はい。彼は…探偵の日暮隆司は、僕の父の弟です。」
青年は頷いたが、彼の表情は明るくはなかった。
「僕はルカです。日暮琉夏。お会いできて光栄です。奥さん。」
「こちらこそ初めまして、日暮さん。私はイブ・ジョンソン。イブと呼んで頂戴。」
「なら、僕のこともルカと。僕の方があなたより、少し若いと思うので。」
ルカはいたずらっぽく笑った。だが、不思議なことに、嫌な気持ちはしなかった。ルカの黒髪と深い緑の瞳は、とても魅力的で、思わず、取り込まれてしまいそうな気分だ。
「あら!私は今、21よ。あなたはどうなの?」
「ふふっ。僕は、先日二十歳になったばかりです。」
「ほんとね、あなたが正しかったわ。私はあなたよりも年上です!」
私は降参、というように、両手を上に掲げた。
「どうも。勝たせて頂きました。」
ルカは微笑んで、私を見た。
「楽しい時間でした。でも、もう行かないと。叔父さんについていないと…この屋敷の方々に、失礼なことをしないかハラハラしますから。」
そういうと、ルカは右に向かって走って行った。
「…すっごく良い人だったわ…彼の叔父さんと違って。」
私は小さくなる彼の背中を、ずっと見つめていた。
「こんにちは、ミス・ジョンソン。」
私が屋敷の一階の廊下を歩いていたら、背の高い男性が声をかけてきた。
「ごきげんよう、ミスター・ベネディクト・シャンドラー。」
「ベネディクトと呼んで下さい。日暮探偵との聞き込みが今終わったばかりなんですよ。次はイーサンの番です。」
「それは。どうでしたか?」
「どう…そうですね、良くはなかったかな。正直言うと。彼は確かに素晴らしい探偵ですが、デリカシーを失っていると思います。」
「あはは…分かります…」
私は少し笑ってベネディクトに頷いた。
「あぁ、探偵の甥っ子にはお会いになりました?あなたの様に若い方ですけど、凄く好感の持てる方でした。」
「ルカのことですか?はい。彼は叔父さんとは似てなかったですよね。全く。」
私が言うと、ベネディクトはハハハと笑った。
「とても勇敢で面白い女性だ。またお会いましょう、ランチの時間にでも。」
ベネディクトはそう言うと、私にヒラヒラと手を振りながら去って行った。
最初に挨拶をした時は、よく分からなかったけど、会話を交わしてみれば、ベネディクトは意外に、親しみやすい人だった。
「あら。お若い探偵さん。」
私が声に振り返ると、そこには長身でゴージャスな雰囲気の女性が立っていた。そう、スーパーモデルの、あの、アメリア・シャンドラーだ。
「こんにちは…ミス・シャンドラー…」
私は、陳腐な作り笑いを顔に浮かべた。
「ミス・シャンドラー?それは嫌いだわ。私のことは…『スーパーモデルのアメリア』、とお呼びなさい!」
アメリアはさも名案が浮かんだかの様に、ニヤリと口角を上げた。
「えっと…スーパーモデルのアメリア…」
「上出来よ。それで…ご機嫌いかが?」
「良いですよ。お陰様で。」
私は答え、沈黙が続いた。
「じゃーーあーー…私は行くわ。荷物をまとめないといけないの。明日からニューヨークで仕事があるから。それじゃあ、また会いましょう、お若い探偵さん。」
スーパーモデルのアメリアはそう言うと、ファッションモデルの様に廊下を歩いて行った。あぁ、そうね、彼女は本当にファッションモデルだったわ。
(ミセス・シャンドラーにもう一度ご挨拶をした方が良いかしら。)
私はそう考えて、ぶらぶらと、長くて迷路の様な廊下を歩いていた。
「一体私はどこに居るの…?こっちで合ってる…?」
私は段々と、不安な気持ちになっていた。そして、『太陽』は現れた。
「イブ?」
「ルカ!!」
私は叫んで、彼に駆け寄った。そう、『太陽』こと、日暮琉夏だ。
「こんな所で何をしているんですか?この先は、ミスター・シャンドラーの書斎ですよ。それで、僕の叔父さんも中に居ます。」
「現場検証かしら?」
「えぇ。叔父さんはこの事件を、どうしても殺人事件として解決したいみたいで…『この世界一の名探偵をこんな山奥に呼び出しておいて、結果がでないなんて、許さないぞ!!』って、ぼやいてました。」
ルカは頑固な自分の叔父さんになりきってそう言った。
「オーマイゴッド!あなたのモノマネ、あの人に凄くそっくり!!」
私は笑って、視界の先に、『月』を見た。
「誰が誰にそっくりだって?」
噂をすれば影が立つ、日暮探偵が、こちらに向かって歩いて来た。
「えっ?!盗み聞きしてたんですか?!いつから?!」
ルカは目に見えて慌て始めた。
「盗み聞き?」
日暮探偵はその鋭い瞳でルカを射抜いた。
「いや、聞いてた…」
ルカはたじろいで言った。
「まぁいい。検証は終わった。行くぞ、ルカ。次はシャーロット・シャンドラーだ。」
「はい、叔父さん…また会いましょう、イブ。僕は行かなきゃならないので。」
ルカは私を申し訳なさそうに見た。
「分かったわ。さようなら。」
私は手を振って、日暮探偵とルカが去って行くのを待った。二人が角を曲がって消えたのを見届けると、私は走り出した。行き先はもちろん、ミスター・シャンドラーの書斎だ。
「コンコンコン」
「お邪魔しますねー」
私はノックをして、ドア越しに声をかけた。当然返事はない。
私は慎重にドアを開けると、部屋に入った。部屋はきちんと整頓されていて、私はミスター・シャンドラーは綺麗好きなのかもしれないと思った。
「ふーん…これが故シャンドラーさんが座っていた椅子ね…」
私はオフィスに置いてある様な黒いデスクの椅子を見つけて、その周りを、ゆっくりと回った。手がかりらしき物はなかったので、今度は棚を調べることにした。沢山の分厚い本たちが、棚にびっしりと詰まっている。その内の何個かは、世界の観光地で、ほとんどはITや会社経営の参考書などだった。
「かなりの働き者だったのかしら…」
私は呟いて、手袋をはめ、一冊本を引き抜いた。タイトルは、『天才の失脚』。
「この本…なんだかとても悲観的ね…」
私は本を棚に戻して、次に大きな黒いデスクを見てみることにした。表面のガラスは金の飾りで美しくコーティングが施されてあった。
「これが大企業の取締役の力…どれだけのお金を持ってるのかしら…」
私は自分とルドルフ・シャンドラーさんの違いに大きくため息をついた。(おばあちゃんの家に、両親と妹とで住んでいる。)
「引き出しの中を見させてもらいますね…お邪魔しまーす…」
私は一応理わりを入れてから、引き出しを開けた。引き出しも、デスクと同じ様に、金の飾りがついていて、意外なことにロックはされていなかった。
「何も入ってない…?」
不思議なことに、その中には紙も、ペンも、何も入っていなかった。私は別の引き出しも開けたが、同じことで、空だった。
首を傾げていたら、私はデスクの上に写真立てがあるのを見つけた。
(家族写真でも飾ってるのかしら?)
私は手を伸ばして写真立てを見た。そして、思わず目を見開いた。それは家族写真なんてものではなく、車の写真だったのだ。高級車の、『リンカーンコンチネンタル』。
「オーマイゴッド…」
「お前!!そこで何をやってるんだ!!!」
突然、誰かに怒鳴られて、私は写真立てを床に落としてしまった。
「ご、ごめんなさい!私はただ、現場検証をしてただけで…」
私は写真立てを拾い上げて顔を上げた。そこには、眉を釣り上げた男性が立っていた。
「ご、ご機嫌いかがですか…?イーサン・チャンドラーさん…?」
「全く良くないな。ずっと待ち望んでた休暇でやっと家に帰ってきたばっかだってのに、父さんは死ぬし、俺より年下で、しかも女が父さんの事件を調べてるだって?ははっ。信じられるかよ?」
イーサンの言葉は、決して好ましいものではなかった。
「ええっと…すみません、ですけど、それは女性に対する差別です。」
「差別?自惚れるなよ。女は実際に、男に劣ってるんだ。事実として、世界一の探偵は男だろ。俺は日暮さんを尊敬してるんだ。けど、お前はどうだ?尊敬するに値するのか?」
イーサンは私を捲し立てた。
(なんて失礼な人なの…でも、言い返せないわ…待って。いいえ、一つだけある。)
「私はスタンフォード大学を、飛び級で卒業しているわ。あなたはまだ、自分が私に勝っているとお思いなのかしら?」
私がそう言い切ると、イーサンの目は泳ぎ始めた。そう、拾実のところ、私はスタンフォーそ大学を、政治学の学士号を取得し、16で卒業している。その後、探偵になりたすぎて、仕事を探す気にもなれなかったから忘れていたけれど、私は凄い学歴を持っていたんだった。父さんも母さんも、絶対忘れてるわ、このこと…
「マジでか?スタンフォード?」
「えぇ。証拠として卒業証書をご所望かしら?」
私はここぞとばかりに、どこにあるかも分からない卒業証書の話を持ち出した。
「俺は…」
「あら。お邪魔しましたか?ごめんなさい…」
イーサンが何か言いかけた時、シャーロットが開いたドアからこちらを覗き込んできた。
「え?!いや、ううん!全然!!どうしたの?!」
私はイーサンを押しやってシャーロットに尋ねた。
「私、イブさんと兄さんをランチに呼びに来たんです。」
「わかったわ。ありがとう。行きましょう。」
私は半ば強引に二人と引っ張って、ミスター・シャンドラーの書斎を後にした。
「イブ!こっちだよ!」
イーサン、シャーロット、そして私がダイニングに到着すると、ルカが私に手を振ってきた。
「ありがとう、ルカ。」
私は、ルカが引いてくれたルカの隣の椅子に座った。ダイニングテーブルはとても長く、上座には空の豪華な椅子があった。ミセス・シャンドラーとベネディクトはそれぞれその椅子の斜めに座っていて、スーパーモデルのアメリアはミセス・シャンドラーの、イーサンはベネディクトの隣に座っている。シャーロットは美味しそうな食事をテーブルの上に並べると、スーパーモデルのアメリアの隣に腰掛けた。
「リアムはどこだ?」
イーサンが家族に聞いた。
「私、あの子がダイニングに居る所を見たことがないのだけど。それって、私がこの家に居る時だけじゃないわよね?」
スーパーモデルのアメリアは、ベネディクトに『どうなっているの?』と言う様に、視線を向けた。
「リアムは自分の部屋で食事をする。」
ベネディクトはスーパーモデルのアメリアを見ることなく答えた。それは彼女の癇に障った様で、スーパーモデルのアメリアはバッと立ち上がるとベネディクトを罵り始めた。その間にも、ベネディクトは静かに座って、スーパーモデルのアメリアを見ようとはしなかった。
私も含めて、二人以外は、ただその光景を見ていた。ミセス・シャンドラは悲しそうな顔をしていて、私の隣に座っているシャーロットはテーブルの下で拳を握っていた。
ついにスーパーモデルのアメリアがテーブルの上に乗り出そうとしてベネディクトに掴みかかろうとした時、日暮探偵が口を開いた。
「もう食べ始めてもいいか?もし許しをもらえないなら、この食事は冷めるぞ。」
少しの沈黙の後、ミセス・シャンドラーが声を出した。
「え、えぇ、勿論です!さ、食べ始めましょう!」
その言葉を合図に、スーパーモデルのアメリアは静かに席について、イーサンは食べ物を自分の皿に取り始めた。
「沢山作りましたから、好きなだけ召し上がって下さいね。」
シャーロットは私に笑いかけた。私はその言葉に甘えて、少しサラダを取った。
「叔父さん、サラダはどうですか?」
ルカが日暮探偵に聞いた。探偵が頷いたので、私はルカにサラダのお皿を手渡した。
「どうも。」
ルカは皿を受け取ると、日暮探偵の皿にサラダを盛り付けた。その一連の行為は、助手と言うより、召使いの様だ。
「お飲み物はいかがですか?そうですね…りんごスカッシュ、ジンジャーエール、炭酸水、コーヒーならお出しできますわ。」
ミセス・シャンドラーは私達三人にそう尋ねてきた。
「はい、炭酸水をもらえますか?」
私は答えて、ルカを見た。
「僕はジンジャーエールを、叔父さんにはコーヒーを頂けますか?」
「すぐに持ってきますね。」
ミセス・シャンドラーはそう言うとキッチンに入って行った。
スーパーモデルのアメリアは食事の間中、ずっと静かにしていて、この場は平和に幕を閉じた。
『ご馳走様でした。』
日暮探偵は言って、私達は聞き慣れない言葉に少し困惑した。
「素敵な食事をありがとうございました。」
イーサンがそう言って両手を合わせたので、私達はその言葉の意味を理解することが出来た。
「「「「素敵な食事をありがとうございました。」」」」
私達は皆両手を合わせて、立ち上がった。
「シャーロットと私が後は片付けますので、どうぞご自由にお過ごし下さい。」
ミセス・シャンドラーはそう言って、キッチンへ入っていこうとした。けれど、日暮探偵が、その彼女を引き止めた。
「少し質問をしてもいいですか?」
「?もし私が答えられるものなら…」
ミセス・シャンドラーは戸惑いながら日暮探偵を見た。
「まだ三男から聞き込みをできていないのですが。彼の部屋は何処に?」
「リアムのことでしょうか?あの子の部屋は…三階の…シャーロット!日暮探偵をリアムの部屋に案内してくれる?」
「でも母さん、お皿を片付けないと…」
ミセス・シャンドラーはシャーロットの言葉を切った。
「私一人でやるわ。お客様を案内して。」
「…はい…母さん…」
シャーロットはキッチンから出てくるを日暮探偵を案内し始めた。だが、彼女の顔には不安そうな表情が浮かんでいた。私は、シャーロットが弟の部屋を見せることを望んでいないのではと思ったが、とにかく、彼らの後をついて行くことにした。
三階までの階段を登った所で、シャーロットはキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
「どうした?」
日暮探偵は眉を潜めて尋ねた。
「何も。」
シャーロットは素早く答えて、また歩き出した。
しばらく廊下を歩いていたら、私達は行き止まりに辿り着いた。
「ここは何処だ?これは壁だ。部屋じゃない。」
日暮探偵はシャーロットを疑わしげに見た。
「いえ、これは…」
「姉さん…?ここで何してるの…?」
「ごめんなさいリアム!!母さんが私にこうしろって…」
シャーロットは目を伏せて懇願する様にリアムに謝った。
「大丈夫…姉さん…分かってるから。姉さんがどんな人か。」
リアムは少し微笑んだ。
「リアム・シャンドラー、少し尋ねても良いか?」
日暮探偵はリアムに近づくと、威圧的に言った。
「はい…どうぞ…」
リアムは頷いて、腕に抱えていたPCをシャーロットに手渡した。
「年はいくつだ?」
私は、日暮探偵がそんな質問をすることに、驚いた。
「十七…です…」
「ということは、高校生か?」
「…いいえ…」
「意味が分からないが?」
リアムの的を射ない答えは、日暮探偵を少し苛つかせた様だった。
「すみません、でも、リアムは高校を3年前に卒業してるんです、飛び級で。」
シャーロットが彼女の弟を守ろうと、探偵に説明した。
「飛び級?」
「隆司叔父さん、これは日本では珍しいことなんだけど、アメリカでは、成績の良い生徒はもっと高いレベルの教育を受けられるんだ。それが飛び級制度だよ。」
ルカが日暮探偵に伝えた。
「…それで、今は何をやっているんだ?就職活動?それとも何かの研究か?」
「そんな感じ…」
リアムは下を向いて答えた。日暮探偵の表情は、厳しいものになっている。
「日暮探偵、こんなの、止めて頂けませんか?私がリアムの代わりにあなたの質問に答えますから、弟を怯えさせるのは止めて下さい。リアムは対人恐怖症なんです!」
シャーロットはそう叫ぶとリアムの震えた手を握った。
「私はリアム・シャンドラーと話がしたいんだ。」
日暮探偵は鋭い目つきでシャーロットに言った。
「お願いします、日暮さん。」
シャーロットは日暮探偵に立ち向かうのを止めようとしなかった。
「そうです!お願いします、日暮探偵!あなたの実力なら、一人の男の子の話を聞かなくたって、こんな事件、ちょちょいのちょいですよ!」
私も彼に頼み込んで、ルカもそれに加わった。
「叔父さん、対人恐怖症は克服するのに長い時間がかかります。僕に何が起こったのか知っているでしょう?」
私にはルカの言葉の意味がよく分からなかったが、日暮探偵の考えを変えるのには十分だったようだ。
「…行くぞ。次のステップは死体の確認だ。私達を冷凍室まで案内してくれるな?シャーロット・シャンドラー?」
「はい、勿論です。こちらですよ。」
日暮探偵の言葉を聞いて、シャーロットは安心した様子で歩き出した。
冷凍室は地下にあって、私達は長い階段の旅を楽しんで…まぁ、とにかく、地下に行けば行くほど、気温は下がっていって、私はジャケットを着てこなかったことをひどく後悔した。
「ここです。中が極寒なので、とても入れたものではないのですけど、ガラス越しに父を見ることは可能です。
シャーロットの言う通り、ガラスの向こうには丸い体型の男性が居た。
「「あの人が…」」
ルカを私は呟いて、日暮探偵は手袋をはめた手でガラスを触った。
「シャーロット・シャンドラー、誰がここまでルドルフ・シャンドラーの体を運んできたんだ?」
「それはベネディクトとイーサンです。私父さんが死んでいるのを見つけた時、すぐに母さんに知らせに行きました。私達、どうしたら良いか分からなくて、イーサンが部屋に入ってきたんです。何か父さんに用があったみたいでした。先程も言った通り、兄弟達がどこで何をしているのか、それまで見当もつかなかったんです。イーサンがベネディクトに連絡、ベネディクトはすぐに仕事から帰ってきました。私はアメリアに電話をかけたんですが、アメリアは夜に帰って来ました。父さんを見て、ショックを受けていましたわ。それで、リアムはダイニングにランチを取りに来ている所を見かけました。」
「なるほど…」
日暮探偵は言うと、手袋を脱いだ。
「地上に戻るぞ。」
私達は日暮探偵に従って、階段を上がった。その間、ルカは何かを考え込んでいる様だった。もしそうなら、彼は『アレ』に気づいたのだろう。日暮探偵も気づいたのだろうか。その上で、泳がせている?このことは、優秀な探偵の見解に任せることにしよう。
ー状況を整理しようー
被害者、(本当に被害者と呼んで良いのかは分からないけれど、今はひとまずそう呼ぶ)はルドルフ・シャンドラー、大手IT企業の代表取締役だ。妻のミセス・シャンドラー、オリビア・シャンドラーは元女優だった。ミスター・シャンドラーは彼女がハリウッドから声をかけられている時に結婚を申込み、それが理由で彼女は女優を引退したらしい。(これはスーパーモデルのアメリアから聞いた話。)
二人は五人の子供に恵まれ、皆それぞれ優秀だった。長男のベネディクトは父親の会社で働いており、父亡き今、次の社長は彼だといわれているらしい。25歳。長女、アメリア…スーパーモデルのアメリア、は、ファッションモデルとして働いている。彼女は世界中で有名で、街中でも毎日、テレビや雑誌でもよく見かける。23歳。次男のイーサンは、日本一有名な大学、東京大学で学んでいる。専攻は言語学だそうだ。22歳。次女のシャーロットは、物静かで礼儀正しい少女だ。ミセス・シャンドラーの話によれば、町の子供達に勉強を教える手伝いをしているらしい。19歳。末っ子のリアムはとても賢く、すでに高校を卒業している。大学には行きたくないらしく、ずっと部屋に籠もっているとのことだ。家族でさえも、彼が何をしているのかは謎。17歳。
これらが富豪殺人の最重要容疑者達。(少しかっこつけちゃってるわ)とにかく、この情報から私が分かったのは、シャンドラー一家が凄すぎるということだけだった。手がかりは全くない。
『コンコンコン』
私が部屋で手帳をにらめっこをしていたら、誰かがドアをノックした。
「どうぞ。お入り下さい。」
私は答えて、度肝を抜かれた。そこに立っていたのは、ルカだったのだ。
「あら!ルカ!どうしたの?」
「やぁイブ。僕達はこれから庭園の調査に行くんですけど、ご一緒しませんか?叔父さんには反対されましたけど、あなたも同じ探偵の仲間ですからね。『三人寄れば文殊の知恵』ですよ!」
ルカが謎の呪文を唱えたので、私は首を傾げた。
「あぁ、ごめんなさい。これは日本のことわざです。三人で力を合わせれば、難しい問題でも解決できるというような感じですね。英語でいえば、『two heads are better than one』」
「なるほど。日本では三人なのね。確かに三つの頭の方が、二つよりは良いわ。」
私達は笑って、歩き出した。
「それで…今まで、あなたはどんな事件を解決してきたんですか?」
「ええっと…言うのは恥ずかしいんだけど…迷子の猫探しとか、ストーカー被害の調査だとか…他にも色々…」
私の声は、段々小さくなってきた。
「そんな顔しないで下さい!それは全て、人助けです。自分の能力を、人の為に使っている。素晴らしいことですよ!」
ルカは私に微笑んだ。皆を照らす、太陽の様に。
「ありがとう…自信が持てたわ。」
私も笑い返して、少し、歩みを早めた。
「この事件をちゃちゃっと解決して、ミスター・シャンドラに、未練なく成仏してもらうわよ!!!」
「その息だよ!!」
私達は廊下を早足で通り、屋敷の外へと駆け抜けたのだった。
「いつまで待たせるんだ。」
私達が庭園の表門に着くと、日暮探偵が私達を、不満げに睨んできた。
「ごめんなさい、叔父さん。僕の責任です。少し無駄話がすぎました。イブは僕の初めての探偵仲間だし、年も近いから…」
「探偵『見習い』の仲間か。素敵なことだ。」
日暮探偵はそう言ったが、甥が友達を作ったことには、あまり喜んでいない様だった。てか、それ皮肉よね?!
「叔父さん…」
「さっさと行くぞ。庭を調べる。不法侵入した者が隠れているか、もしくはその痕跡が残っている可能性があるからな。」
私達は彼の言葉に頷いて、薔薇や花で彩られた巨大なアーチの道をくぐり抜けた。
「わぁ…なんて綺麗なの…」
庭園には沢山の色とりどりな植物や花が咲いていて、その美しさに、思わず感嘆してしまった。
「呑気なことだな…」
「今なんて?」
私は日暮探偵をジトリと見たが、彼はそっぽを向いただけだった。
「ごめんねイブ。叔父さんはいつもこんな感じなんだ。頑固でさ。いっつも意思は変えたくないみたいで…悪気はないんだけど、君が若い女性っていうのも関係してるのかも…」
「分かるわ。女性が男性より劣っていると思われるのは当然のことだもの。実際、あなたは私よりも大きいし、きっと私のことなんて瞬殺でしょう?」
「イブ…」
「でも、努力は報われる。それに、男女の差はないと思うの。私は一生懸命頑張って、凄い探偵になるわ。あなたの叔父さんみたいにね。」
「…イブは、僕より強いよ。」
ルカは少し、悲しそうに言った。その一瞬、私はなんだか、ルカとの距離が遠くなった気がした。
「おい、若者二人。これを見ろ。」
突然、日暮探偵が私達を呼んだ。
「どうかしました?」
「何か見つけたんですか?」
「これを何だと思う?」
日暮探偵の視線は、地面に埋め込まれた、木の板に注がれていた。
「これ…」
「キャアアアアアアアアア!!!」
私が板に触れようとしたその時、甲高い女性の悲鳴が響いた。
「日暮探偵!!あそこに知らない人が!!!前門に居ました!!!」
屋敷の三階の窓から、シャーロットが私達に叫んだ。
「行くぞ!!」
探偵の声を合図に、私達は前門に向かって全速力で走り出した。
「シャーロット、そこに居て!動かないでね!」
私はシャーロットに声をかけると、先を行くルカに並んだ。
「その不審者が犯人かもしれないわ!絶対に捕まえないと!!」
「イブの言う通りだね!叔父さん、僕は先に行きます!」
ルカはそう言うと、風を切って加速した。
「アイツはチーターか何かなのか…?」
日暮探偵は呟いて、これが最初で最後の、私が彼に同意した瞬間だった。
「ごめんなさい、シャーロット…侵入者を逃しちゃったわ…」
私と日暮探偵が前門に、息を切らして辿り着いた時、視えたのは、門の前に立ち尽くすルカの姿だけだった。
「僕が門に着いた時、誰も居なかったんです…あなたの声を聞いて、逃げ出したのかも…」
リアム、ミセス・シャンドラー、イーサンの三人を除いた全員が、ミセス・シャンドラーの部屋に集まっていた。リアムの居場所は誰にも見当がつかず、ミセス・シャンドラーは夕食の準備をキッチンで、イーサンは部屋に籠もっていた。
「いいえ。お気になさらないで下さい。…あの人が、父さんを殺したんですか?でもなんで?」
「恨みがあったか…資産目当て、もしくはその地位かも。」
日暮探偵は含みのある視線を、ベネディクトに向けた。
「な、何故私を睨んでいるんですか?私は何もやっていないし、知りません!」
ベネディクトは首を振って、数歩後ろに下がった。彼の背中に、ドレッサーが当たる。
「ベネディクト!!あなたが父さんを殺したの?!なんでそんなに馬鹿なことが考えられたのかしら?!」
スーパーモデルのアメリアは、自分の兄に怒鳴りつけた。
「違う!私じゃない!私はやってない、僕は、そんなことやらない!!!」
「嘘つき!!」
アメリアはベネディクトに勢いよく向かって行くと、彼の胸ぐらを掴み上げた。
「落ち着いて!スーパーモデルのアメリア!!」
「部外者は黙ってなさい!!これは私達シャンドラーの問題よ!!」
私はアメリアを止めようとしたが、彼女は乱暴にベネディクトの体を揺すった。
「もし父さんが死んでなかったら、私はその仕事について、パリの海外部署で人脈を広げられたかもしれなかったのに!!!」
アメリアは一度そこで言葉を切った。
「それが出来れば、小さい頃からの夢だった、パリコレにモデルとして出られる可能性が広がるって思って…!!」
アメリアは胸が張り裂けんばかりの表情で訴えた。
「もう沢山だ!!!僕は、やって、ない、って言っただろ!!!」
ベネディクトはスーパーモデルのアメリアの、自分の胸を握っていた腕を掴んで、勢いよく彼女を突き飛ばした。
「キャアッ!!」
アメリアは悲鳴を上げて、ドレッサーにドガッと倒れ込んだ。
「ガシャーンッ!!!」
鈍い金属音が、部屋に響き渡った。
「いったい…」
アメリアが起き上がった時、香水瓶、メイク道具、色々な物が、彼女の体の下で粉々になっていた。
「これ、母さんの…!」
アメリアの表情はサァっと青ざめた。
「不味いな…」
ベネディクトも冷や汗をかいている。
「どうする?新しいのを買うのか?これ全部?」
「待って。動かないで下さい。アメリア・シャンドラーさん。」
ルカは言うと、スーパーモデルのアメリアの足元にしゃがんだ。そして、何かを拾い上げる。
「見せてみろ。」
日暮探偵はルカからそれを取り上げると、開いた。それは、畳まれた紙だった。
「これは…」
探偵は目を見開いて言った。
「犯人が分かったぞ。」
「だ、誰がミスター・シャンドラーを殺したのか、分かったんですか?!」
私は驚いて声を上げた。
「でもどうやって?その一枚の紙でですか?一体何がその紙に書いてあるんです?」
ベネディクトが聞いた。
「答えられない。だが、後でちゃんと、誰がきみの親父さんを殺したのか教えてやる。今はアイツと話をするのが先だ。」
そう言うと、日暮探偵は部屋を出て行った。私達は皆そこにぼーっと突っ立っていて、何も言わなかった。ルカが慌てて彼の叔父さんを追いかけて行くまでは。
「あー…どうします?」
「この部屋を片付けて、何事もなかったかの様に振る舞うんだ。」
ベネディクトが淡々とそう言った。
「完璧ね。今すぐ取り掛かるわよ。早く!」
スーパーモデルのアメリアも賛成して、二人はドレッサーの周りを片付け始めた。
「私も手伝います。」
私はしゃがんで、いつも探偵の仕事様に持ち歩いている手袋をはめ、ガラスの欠片を拾い上げた。
「父さんは本当に誰かに殺されたのね…なんだか変な感じじゃない?自分の父親が狂った殺人鬼に殺されたのよ?」
スーパーモデルのアメリアは深いため息をついた。
その時、私は理解した。スーパーモデルのアメリアは彼女の父親を、家族の中で一番愛していたのだ。彼女はミスター・シャンドラーを殺せない。
「君は良いだろ。自分の言いたいことを吐き出して、それを苦とも思わない。」
「あらあら。何が言いたいのかしら?今ここであなたも吐き出したら?世界一の妹と、年下の友達の前で。」
「世界一の妹?友達?」
ベネディクトは眉を潜めたが、小さなため息をついた。
「分かった分かった。じゃあ、少し話してみようか。」
「昔々のある所に、小さくて可愛らしい男の子が、山奥の大きなお屋敷に住んでいました。」
「それ、あなたのこと?いいえ。絶対そんなんじゃなかったわ。キツくて棘々しい性格だったでしょう。」
「静かに。小さな妹ちゃん。」
「小さく可愛らしい男の子は勉学に励むことにしました。彼の父親はとても厳しい人で、彼は長男として、一生懸命になることが、父親を喜ばせるたった一つの方法でした。」
「あぁベニィ。なんて可愛らしいのかしら。」
「ほら、さっき言っただろう?」
「あっ。今の言葉、取り消しても良いかしら?」
「もう遅い。」
「男の子はエリートが集う学園に入り、一生懸命に努力しました。彼の父親は、彼が良い成績をとると、褒めてくれました。けれど、それとは対照に、もし彼がテストで悪い成績を取ると、話しかけてもくれませんでした。」
「そんなの…」
「酷すぎる?えぇ、そうですね。私はあまり父が好きではありませんでしたよ。」
「彼は全てを尽くしました。でも、努力は報われなかった。彼は心身共に、疲労していました。ある日、彼は学園に通うのを辞めました。彼の父親は、その行動に、何も言いませんでした。彼の母親は、彼が高校を辞められるように、手配しました。」
「待って。あの時あなたが部屋に籠もっていたのは、勉強の為じゃなかったの?引きこもって学校を辞めただけ?!」
「そうだ。」
「嘘でしょう…!!」
「つ、続きは?!」
私は身を乗り出して、ベネディクトを懇願する様に見た。
「男の子は19歳になり、遂に、自室を出ることに決めました。久しぶりの家族との再会は、彼に幸せを教えてくれました。彼は、賢い男になって、自分の家族を守ることを誓いました。一家は、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。」
「なんて素敵な話なのかしら!凄く気に入ったわ、兄さん!」
スーパーモデルのアメリアと私は、両手を叩いてベネディクトに称賛を送った。
「はははっ。これは私の話だ。あぁ、これで分かったかな?家族を守りたいのに、父を殺しはしませんよ。」
スーパーモデルのアメリアはベネディクトの言葉に頷いた。
「そうね。疑ったりして謝るわ。勿論、今は信じてるわよ。」
「もう遅い。」
ベネディクトはニヤリと微笑むと、立ち上がった。
「よし、これで片付けは完了だ。このゴミ袋を捨てに行きましょう。」
スーパーモデルのアメリアと私は立ち上がって、ゴミ袋を持ち上げた。
私達三人は、屋敷の庭園の端にあるゴミ捨て場まで歩いている間、自分たちの仕事について話していた。ベネディクトは彼の父親が亡くなった三日前から、会社を休んでいるらしい。彼の職場、ルドルフ・シャンドラー氏の会社は今混乱状態にあるようなのだが。会社は二つの派閥に分かれ、社長の息子のベネディクトか、長年彼らを支えてきた副社長のどちらが次の社長になるかで揉めているらしい。
ベネディクト話によると、彼の(彼を推している人たちの)派閥が優勢だったが、その本人が会社を欠席している為、最近は力が弱まっているらしい。
「私は特に取締役の椅子には興味がないんですけどね。でも、部下や親しいみんなは違う様で。」
ベネディクトはそう言って困った様に眉を下げた。
「さっきの話を聞いたから納得できるけど、私、ずっとあなたは出世にしか興味のないカタブツなのかと思ってたわ。」
スーパーモデルのアメリアとベネディクトは、一緒に笑った。最初に見たときは、あまり似ていないとは思ったが、今は、二人の青い瞳と艶美な微笑みが、血の繋がった兄妹なのだと示してくれていた。
「兄さん、長い間ごめんなさい。私、あなたを誤解していたわ。」
「僕もそうさ。君は僕の大切な初めての妹だったのに、遊んでやらなかった。君が私の部屋に来た時、乱暴に追い払ったりしてごめんよ。」
二人はお互いに謝罪の言葉を交わすと、しっかりと抱きしめ合った。その瞬間、ルカの叫び声が聞こえてきた。
「叔父さん!隆司叔父さん!!しっかりして!!お願い!!死なないで!!」
「ルカ?!」
「なんだ…?日暮さん…」
私達は屋敷に走り込んだ。張り裂けんばかりの声を頼りに、廊下を駆け抜ける。
「何があったの?!」
私はルカが彼の叔父さんの上で泣きじゃくっているのを見た。彼の周りには、真っ青な顔をしたシャーロットと取り乱した様子のミセス・シャンドラーが立っている。
「僕の叔父さんが…!!隆司叔父さんがっ!!!」
私はルカの側にしゃがんで、日暮探偵の体を見た。彼の頭部は血に染まっている。真っ赤な花瓶がバラバラに、割れて辺りに散らばっている。
「ど、どうしてこんなことが?!」
私は悲鳴を上げた。日暮探偵のことをそこまで好いていたわけではない。むしろ嫌っていた。でも、死んでほしかったわけじゃない。
人が、目の前で死んでいる。そんなの…
「叔父さん…お願い…叔父さん…目を開けて…」
ルカは顔を覆って泣きじゃくった。
「ルカ…」
私は彼の震える体をしっかりと抱き寄せた。
「イブ…ッ」
ルカはしばらくの間泣いていた。その後、救急車を呼びに行ったミセス・シャンドラーが戻って来た。
「日暮琉夏さん、本当に申し訳ありませんわ。でも、電話が…」
「何なの?」
スーパーモデルのアメリアが聞いた。
「出来なかったの。通じないのよ。」
「どういう意味です?」
ベネディクトは急いで部屋を出て行った。それを見た私は手袋をはめて、割れた花瓶の破片を調べ始める。
「ルカ、こんなことを聞いてごめんなさい、でも、誰が日暮探偵を殺したのか、見当はつく?」
「いや、ううん。叔父さんが犯人が分かったっていってから、僕は叔父さんを追いかけて、その途中で、叔父さんがみんなを集めてくれって…」
「…そうです。だ、だから、私は今ここに…っ。日暮探偵が、えぇそう、彼が来るのを待ってたのよ。ダイニングでね!!でも、えっと、日暮さんは、来なくって…」
シャーロットはたどたどしく、私に説明した。
「その後、ミセス・シャンドラーが僕に、叔父さんが倒れてるって知らせに来たんです。」
ルカがシャーロットの後を続けた。
「イーサンとリアムは何処ですか?」
私はミセス・シャンドラーに尋ねた。
「わかりません…二人共、部屋に居るんじゃないかと…」
「なるほど。それで、ミセス・シャンドラー、日暮探偵がこの部屋に居た時、あなたは何処に?」
「わ、私は…」
婦人の目は泳ぎ始めた。
「あの折られた紙…あなたのじゃないんですか?」
「!?」
ミセス・シャンドラーは目を見開いた。
「たしか、日暮探偵が持っていたはずですけど…」
私は、ミセス・シャンドラーに視線をやりながら、日暮探偵のポケットに手を伸ばした。
「ごめんなさい!!!」
「ごめんなさい!!!」
「「母さん…?」」
二人の娘の声が、重なった。
「…母さん?それ、どういうことです?母さんがやった?全部?探偵と父さんを殺したのか?!」
ベネディクトの悲痛な叫びが部屋に響いた。
「ベネディクト?!戻って来たの?」
ミセス・シャンドラーは振り返って、息子のそっくりな青い瞳を見つめた。
「母さん、説明しろ!!」
ベネディクトも涙でいっぱいの青い瞳で母を見つめる。
「そうよママ!ごめんなさいって、一体どういう意味なの!?」
スーパーモデルのアメリアも、絶望的な表情で母親に聞いた。
「いいえ、私は殺してない…私はただ、ただ、倒れている日暮探偵を見つけて、これを…」
ミセス・シャンドラーは私に小さな紙切れを手渡した。
「それは…?」
ベネディクトとスーパーモデルのシャンドラーは聞いた。ミセス・シャンドラーは静かに、じっと私を見つめている。私は紙を開いた。それは、離婚届の用紙だった。
「離婚届…?」
覗き込んできたスーパーモデルのアメリアは、言葉を失った。
「でも、何故?何故こんな物が母さんのドレッサーに?」
「ドレッサー?私が日暮探偵が倒れているのを見つけたとき、私はルカさん達を呼ぼうと思ったの。そしたら、日暮探偵のポケットに、折られた紙が入っているのを見かけて…」
ミセス・シャンドラーは俯いた。
「では、あなたは紙を取っただけなんですね?」
「えぇ!神に誓って!!」
ミセス・シャンドラーは、真剣な顔で両手を胸の前で組んだ。
「分かりました。それで、どうでした?」
私はベネディクトを見た。
「電話のことですか?上手くいきませんでしたよ。何をやっても繋がらない。スマホもです。」
ベネディクトはそう言うとポケットからスマホを取り出して振ってみせた。
「一体全体どういう訳なの?」
スーパーモデルのアメリアも彼女のスマホを見て、赤いネイルのついた長い爪でその画面を叩いている。
「もしかしたら、誰かがこのお屋敷のネットワークを遮断してるのかも。」
ルカは泣きはらして赤く染まった目をしながら立ち上がった。
「でも、誰が?」
ミセス・シャンドラーの言葉に、私は答えた。
「見当もつきません。」
その時、部屋の中に居る一人が、ほくそ笑んだ。
私も心の中で嘲笑する。
(完璧よ。あなたはまだ自由の身。だって、あなたが私に答えを教えてくれるんだから。)
その後私達は、ダイニングルームに移動することに決めた。
「夕食はもうすぐできますが…こんなときですし…お食事になりますか?」
「そうですね…」
私はルカを見た。実を言うと、私はさっきから腹ペコなのだ。でも、ルカの気持ちが最優先である。
「大丈夫。食べましょう。『腹が減っては戦は出来ぬ』です!」
ルカはそう言って、太陽の様に笑った。
「また日本のことわざ?」
私はルカの明るい笑顔を再び見ることができて、幸せな気持ちになった。
「そう。意味は、『An army marches on its stomach』こんな時だからこそ、食べないとですね。」
「そうそう。」
スーパーモデルのアメリアとベネディクトは、同時に首を縦に振った。
「今すぐ準備しますね!」
ミセス・シャンドラーはシャーロットと共にキッチンに入って行った。
「いつもお母様が食事を用意してるんですか?」
「えぇ。私はいつも会社のオフィスで仕事をしていますから、一緒に食事はできないんですよ。アメリアもほとんどここに帰ってこないですしね。いつも母さんに迷惑かけてばっかだよな。」
「シャーロットにもね。あの子は凄く良い子だから、そこに甘えちゃうのよね。」
私は彼女に視線を向けた。とても良い子だ。良すぎるぐらいに。
「準備ができたわ!誰か、イーサンを呼んできてくれない?」
ミセス・シャンドラーが私達に声をかけた。
「私が行きますよ。」
私は立ち上がったが、ルカが私の腕を掴んだ。
「僕も一緒に行きます。」
ルカの目は真剣だった。私達はみんな明るく振る舞っていても、今もまだ屋敷に潜んでいるかもしれない殺人鬼の脅威に怯えているのだ。その場の全員が、私達を不安げに見ていた。
「私は大丈夫!見た目からは想像もできないかもしれないですが、これでも空手の黒帯二段なんです!」
私はそう言って空に上段蹴りを放った。
「ですけど、もしもの時の為に、ルカと一緒に行きます。ベネディクト、あなたの家族を守ってくれますね?」
私はベネディクトを真っ直ぐに見た。彼は少し目を見開いたが、強く頷いた。
「勿論だよ、年下の友達。」
彼は私にウインクをして、スーパーモデルのアメリアは大声で笑い始めた。
「行こう、ルカ。」
私はルカを導いた。彼の叔父さんがいつもやっていたように。
『コンコンコン』
「イーサン?入っても良いですか?」
ルカと私は階段を上がってミセス・シャンドラーに教わった通りに、階段の横の部屋の扉をノックした。
「イーサン?」
返事は無い。私はドアを開けてみることにした。だが、内側から鍵がかかっている。
「…寝てるのかもね?」
ルカは明るく言ったが、私は彼の顔が引き攣っているのが分かった。私の顔を青くなっているだろう。
「開けましょう。」
私は覚悟を決めて、数歩、ドアから退歩した。
「ルカ、危険だから、離れておいて。」
私はルカに声をかけると、空を何度か蹴って、本番に備えた。
「はぁああああああああああああっ!!!!」
私はドアを、全身全霊で蹴り飛ばした。大きな音をたてて、ドアは左右に吹き飛んだ。
「う。わ。お。」
ルカは口をポカンと開けて真っ二つになった、ドアだったものを見つめた。
「ルカ、こっちよ。」
私は部屋に足を踏み入れた。水の音がして床を見ると、血溜まりができていた。
「!!」
私達は息をのんだ。
「イ、イブ…ねぇ…っ」
ルカが私の肩に手を置いて天井を指さした。私が上を仰ぐと、そこには、胸にナイフが突き刺さった、悲惨なイーサンの姿があった。
「イーサン…!!」
「誰がこんなこと…」
ルカが言った時、私は気づいた。急いで部屋のバルコニーに出る。
「やっぱり…」
この部屋の下はあの人の部屋だ。私達に、この部屋の下から声をかけた人の。
「ルカ、このことをみんなに伝えないと。」
「イブ…」
ルカは血溜まりの向こうから、恐怖に怯えた目で私を見た。
「大丈夫、まだ私達は殺されないわ。今はまだね…」
私たちはダイニングルームに走った。その間、私達はしっかりと、お互いの手を握っていた。
「あぁ、やっと帰ってきたのね。あなた達が戻って来るまで、ずっと食べないで待ってたのよ。早く頂きましょ。」
スーパーモデルのアメリアは微笑んで、フォークを手に持った。
「待って、アメリア。…イーサンは何処ですか?」
ベネディクトが、神妙そうに、裏返った声で聞いた。
「死にました。」
私はそう答えた。瞬間、皆の顔がサーッと青ざめた。
「はぁっ?!ふざけないで!!何を言ってるわけ…っ」
スーパーモデルのアメリアはバッと立ち上がって叫び、また、椅子に崩れ落ちた。
「イーサン…」
ミセス・シャンドラーは口を覆って涙を流した。
「そんな…次は誰だ?私?アメリア?私達は本の中にでも居るのか?!」
ベネディクトはそう叫んだ。
「ベネディクト、ミセス・シャンドラー、スーパーモデルのアメリア、私は誰がイーサンを殺したのか知っています。それは…」
私が言いかけた瞬間、一本のナイフが私の横を掠った。頬と髪が数本切れる。
「あんなに良くしてあげたのに、どうして私を疑うんですか?イブ?」
シャーロットは数本の、ダイニングテーブルに並べられたナイフを隠し持っていたらしい。両手にギラリと光るナイフを構えている。
「シャ、シャーロット!!馬鹿な事は止めなさい!!ほら、そのナイフを渡して!今すぐ!」
ミセス・シャンドラーがシャーロットに叫んだ。
「あぁ母さん。私、母さんのことは好きよ。殺したくない。けど…他の人たちは…」
「!!!」
シャーロットはスーパーモデルのアメリアに向かってナイフを投げた。それは、アメリアの首に突き刺さる。スーパーモデルのアメリアは悶えて椅子から転がり落ちた。ナイフが喉に刺さり、声が出せない様だ。
「アメリア!!!」
ベネディクトがすぐにアメリアに駆け寄った。そして、鋭い目でシャーロットを睨む。
「ベネディクト、私もあなたの妹よ?それにそんな横暴で傲慢なヤツよりもっと良いわ。」
シャーロットはにっこりと、ベネディクトに笑いかけた。だが、ベネディクトはシャーロットを睨むのを止めない。
「私をその青い目で見ないで!!!」
シャーロットは怒鳴るとナイフをベネディクトに向って投げた。ナイフは彼の右目に突き刺さる。
「ぐあああああああっ!!!!」
ベネディクトは悲鳴を上げて右目を押さえた。
「止めて!止めなさいシャーロット!!お願い!!」
ミセス・シャンドラーがシャーロットに懇願する。
気づけば、ダイニングルームは悲惨な状況と化していた。
「うるさい母さんっ!!!黙らないとあなたも殺すわ!!!」
ルカと私は、シャーロットの行動から目を離さない様に気をつけながらお互いを見た。すると、ルカは自分の背中を指さした。私は、彼の青いジャケットが膨らんでいるのに気がついた。私は彼のジャケットの下にゆっくりと手を入れた。それは、拳銃だった。私は慎重に、それを自分の後ろに持って来た。
「イブ!あなた、今何をしたの?!」
ミセス・シャンドラーと言い争っていたシャーロットが、バッと振り返った。
「ごめんなさい、シャーロット!!!」
「パンッ!!!」
銃声と共に、シャーロットはナイフを床に落として、左腕を右手で抑えた。私達はその隙を見逃さない。ルカがシャーロットに近づき、私が背後から回り込む。シャーロットがルカに応戦する体勢をとった瞬間、私は後ろからシャーロットに回し蹴りを放った。ルカが彼女の手を掴み、かがんで彼女を床に叩きつけた。
「わぁ。私達、かなり良いチームだったわね。」
「そうだね…」
ルカは疲れているのか苦笑いを見せた。
「このっ、イブッ!!!」
シャーロットは唸って、ルカの下で暴れ出した。
「少しの間、眠っておいて。」
私はそう言って、手刀をシャーロットの首筋に叩き込んだ。
「ベネディクト、アメリア、二人とも大丈夫?!」
ミセス・シャンドラーは子供達の元へ走って行った。
「母さん…医者を呼ばないと…」
ベネディクトはか細い声でそう答え、スーパーモデルのアメリアはただ頷いた。
「勿論よ!でも…電話は使えないわよね…?待って、誰が屋敷のネットをハッキングしているの?シャーロットはこんなこと出来ないでしょう…?」
ミセス・シャンドラーは眉を潜めながら首を傾げた。
「…」
私は青い手帳を取り出して、メモを取り始めた。
シャーロットがした事:イーサンを殺し、私達に不審者が屋敷に居ると嘘を叫んだ。でも、何故?
そんなの、リスクが増えるだけだ。実際、私はあの時叫んだ場所、彼女の部屋の位置を知ってしまった。もし彼女がバルコニーから去って普通にしていれば、私も決して確信は持てなかった。彼女は日暮探偵が殺された時、ルカと一緒に居た。日暮探偵を殺すことは、出来なかったはずだ。
最初から、彼女は普通ではなかった。日暮探偵を私が聴取をしている時も、全てきちんと答えていた。真っ直ぐに私達を見据ていた。台本を読んでいるかの様に。
『彼女は日暮探偵を殺してない!!!』
『じゃあ、一体誰が彼を殺したの?』
私はペンを手帳に走らせた。
『本当に彼女がミスター・シャンドラーを殺したの?』
『彼女が私達の追っていた殺人犯?』
『いいえ。彼女じゃない。ミセス・シャンドラー、日暮探偵、そしてイーサンを殺した殺人鬼は、全て違う。この事件には、三人の犯人が居る!!!』
「イブ?大丈夫?」
ルカが私の事を、心配そうに見ていた。
「えぇ。私は平気よ。けど…」
「シャーロットさんが目を覚ます前に、叔父さんを見に、あの部屋に戻らない…?」
ルカは提案した。
「良いわ。」
私は頷いて、亡き日暮探偵の為に用意された客室へと向った。
「さてと…」
私はマスクと手袋をつけ、慎重に、日暮探偵のコートの下を探…ろうとした。
「イブ、それは僕がやるから、割れてるガラスの方を調べてくれませんか?」
私は「あーあ。」と思ったが、素直にルカに従って、一番大きなガラスの欠片を拾い上げた。
「犯人はこの花瓶、鈍器で日暮探偵の頭を殴打したのね。」
血はもう乾いていて、茶色く固くなっていた。
私は顔を近づけて、手に持っている破片を見た。
「やっぱり、犯人はミスター・シャンドラーを殺した人じゃないわ…」
指紋がくっきりと、花瓶の持ち手に残っている。ネットが復旧し、警察を連絡が取れたら、すぐに日暮探偵殺しの犯人は分かるだろう。
「ルカ、どう?何か見つかった?」
「叔父さんの…メモを…」
「メモ?!何が書いてあるの?!」
私は急いでルカに尋ねた。あの聡明な名探偵のことだ、ダイイングメッセージ、もしくは重要な手がかりでも残してくれているかもしれない。
「えっと…」
ルカと私はメモを見つめた。それはダイイングメッセージでm、重要な手がかりのどちらでもなかった。
「待って、日暮探偵はリアムがミスター・シャンドラー殺しの犯人だと思ってたの?どうして?」
それは、シャンドラー家全員の名前が書かれた小さな紙だった。リアムの名前に、バツ印がついている。
「ううん。これは、犯人じゃ『ない』って意味ですよ。叔父さんは、ミスター・シャンドラーはミセス・シャンドラーに殺されたと考えていたみたいですね。」
そう言うと、ルカは丸で囲まれたオリビア・シャンドラーの名前を指さした。
「これは無実ってことじゃないの?ミセス・シャンドラーは絶対に犯人じゃないわ。彼女には犯行は不可能よ。」
「ほら、叔父さんはシャンドラー夫人の部屋で離婚届を見つけたでしょう?多分、それで夫に離婚届を出す許可を貰えなかった夫人が怒りのまま、衝動的に夫を殺したんだと思ったんじゃないかなと。」
「あなた、叔父さんのことに物知りなのね…待って、ベネディクトが離婚届がドレッサーにあったと言った時、ミセス・シャンドラーが驚いていたのを覚えてる?」
「そういえば、確かに…」
「戻りましょう。あ、日暮探偵も一緒に連れて行かないと。」
私は破片を小さいビニール袋に拾い集めた。ルカは日暮探偵の肩を持って、彼を抱えあげる。
「はい、イブ探偵。」
「今戻りました!!」
私は大きな声で叫んだが、ダイニングルーム居た誰一人も、私達に視線を寄越さなかった。
「アメリア、ベネディクト、調子はどう…?」
ミセス・シャンドラーは子供達に、心配そうな表情で聞いていた。
「目が凄く痛いです。それに、心も痛いですよ。実の妹がサイコキラーだなんて、意味が分からない!!僕の目にナイフを投げたんだぞ?!!」
「口を挟むようで悪いけどベネディクト、そこは目じゃなくてまぶたよ。」
「母さんは黙ってろ!一人だけ痛い目みなくて済んだんだからなっ!!」
「日暮琉夏さんも…」
「口を閉じろっ!!!」
私は、あの礼儀正しいベネディクトが、変わり果てた妹と同じ振る舞いをにしているのに驚いた。スーパーモデルのアメリアをちらりと見ると、彼女の口は何か言いたげにパクパクと動いていた。私は彼女に、自分のペンと手帳を手渡した。
『糞ったれあのビッ…』
彼女がそこまで書くのを見て、私は急いでスーパーモデルのアメリアからペンを取り上げた。スーパーモデルのアメリアは私のことを恨めしそうに私を見て、またペンを渡すようにジェスチャーした。
「もうやらないですね?」
私はスーパーモデルのアメリアを軽く睨んだ。彼女が頷いたので、私はもう一度、彼女にペンを手渡した。
『私が普通のモデルじゃなくて良かったわ。私は『あの』スーパーファッションモデルだから、コマーシャルで喋ったり歌ったりしなくて済むもの。』
「そうですね。」
『イブ、もしあなたがこう呼びたいなら、私のことを、リアと。私もあなたのことをこれからはイブって呼ぶから。』
「リア…リア…?リア…リアムはどこ?!」
私は叫んだ。私の声が、ダイニングルームに響き渡る。
「リアム…リアム…」
私の大声で、気絶していたシャーロットが目を覚まし、弟の名前を呟き始めた。
「!!」
私達は皆、身構えた。武器は全て奪ったけれど、イーサンを殺し、私達を傷つけた女だ。何をしてくるか分からない。
「リアム…リアム…私のリアム…私の、大切な、リアムっ!!!」
シャーロットは叫び、縛り付けられた椅子の上で暴れ始めた。
「ちゃ、ちゃんと逃げられない様に縛ったんだろうなっ?!」
ベネディクトが悲鳴を上げた。完全に自分を見失っている。
「勿論!でも、あの子を落ち着かせないと!ルカ!!」
「了解!」
ルカと私はシャーロットに向って走り、銃を構えた。
「シャーロット、動かないで!あなたをまた傷つけたくない!」
私はシャーロットを真っ直ぐに見た。
「!!」
シャーロットは目を見開くと、動きを止めた。
「よくもそんなことが…」
彼女の恨まし気な瞳が、私と銃を睨んだ。ルカの応急処置によって包帯の巻かれた彼女の腕から、血が滴った。
「シャーロット、全て正直に答えてちょうだい。」
「何?もし答えなかったら、どうするの?その手にある銃で、私を撃つのかしら?」
「そうね。もし嘘をついても、あなたを殺すわ。」
シャーロットの顔は、私の言葉で青くなった。
「分かったわ…」
「良いわ。最初に、あなたはイーサンを殺したの?実の兄を?」
「…そうよ。私はアイツを殺した。ナイフでね。」
シャーロットの言葉に、ミセス・シャンドラーは涙を溢し、ベネディクトは歯を噛み締めた。
『この塵糞ビッチが!!』
アメリアも、私の手帳を上に掲げた。
「…何故?」
「私、アイツのことが昔から大嫌いだったの。ウザいし、でしゃばりだし。」
「理由はそれだけ?ただ、彼が嫌な奴だったから、殺したの?」
私は少し声を張り上げた。
「それはっ…」
「嘘をついたら…」
私は、さっき撃ち抜いた彼女の左手に、銃を突きつけた。
「私…私はただ、あの子を助けたくて!!父さんの死体と離婚届を、父さんの部屋で見つけたの!!だからそれを母さんのドレッサーに入れた!!探偵が母さんのことを犯人だと思ってくれたら良いって!!私はただ、あの子を助けようとしただけよ!!!」
シャーロットは喚き散らした。
「『あの子』って?イーサンのこと?」
私は聞いた。シャーロットは確かにサイコパスなところもあるが、死を前にしてまで口を閉ざしはしない様だ。
「違う!!イーサンは邪魔だっただけ!あの子の邪魔をしたのよ!見逃すことなんてできなかった!!だから私はアイツを…」
「イーサンを殺したのね。」
私は軽蔑を込めて彼女に諭した。それで言葉を失うなら、何故最初から殺さないという選択ができなかったのだろうか。
「それで、『あの子』って、一体誰なの?」
「…」
ルカは黙りこんでいるシャーロットに、私を見つめた。
「それは…リアム・シャンドラーさんですか?」
ルカの言葉に、シャーロットは再び椅子の上で暴れ始めた。
「リアム…ルカ、あなた、リアムがミスター・シャンドラーを殺したと思うの?」
「分からない…ただ…リアムさんは、彼女にとって自分自身よりも大切だったんじゃないかな…」
ルカの言う通りだ。シャーロットは日暮探偵と私たちがリアムと話そうとした時、過剰に反応していた。
リアムは対人恐怖症で、いつも自分の部屋に閉じこもっている。家族とは食事をせず、誰にも気づかれない内に食事は消えている。シャーロットが私たちを案内したのは、行き止まりだった。だが、そこにはリアムの部屋があったはずなのだ。彼はいつも自分のPCを小脇に抱え、蜃気楼の様に神出鬼没だ。家族でさえも、彼の居場所を把握できる者は居ない。
彼はどうやってこの屋敷に住んでいるの?
庭園にあった木の板は一体何?
リアムが殺したのは誰?
「そういえば、確かにシャーロットのリアムへの執着は異常でした。」
ベネディクトが言った。
「どういうことですか?」
私が尋ねると、ベネディクトはこちらを見た。
「小さい頃から、僕たちはあまり仲の良い兄弟ではありませんでした。先ほど言った通り、僕も妹たちと遊ぶことはなく、部屋に籠ってましたし。」
『そうそう。』
これはリア、手帳を持ったアメリアだ。
「アメリアも弟のイーサンとは遊んでなかったかな。まぁ、僕の影響もあると思うけど…とにかく、アメリアもよく友達とショッピングに出かけたり、学校の友達とばかりスマホで喋ってましたから。」
『そうね。』
「そしてイーサン、彼はいつも、一人で本を読んでいました。正直、きっとイーサンが家族の中で一番の読書家でしたよ。」
この事実は、私を驚かせた。まさか、イーサンが本の虫だったなんて!
「シャーロットもそうでした。学校でも友達が居なくて、いつも本を読んでいた…リアムが産まれるまでは。」
「何があったんです?」
『私が見た限りでは、あの子はいつもリアムの直ぐ側に居たのよ。母親みたいにね。私たちには実の母親が居るのに。まぁ、母さんの出る幕はなかったわ。食事も、散歩も、何にでも。シャーロットが全部、母さんがやる前からやっちゃったのよ。』
ずっとペンを動かしていると思ったら、この長い文章を書いていたようだ。
「私はあまり気にしていなかったんですけど…よく考えてみたら、リアムが母さんに世話をされているのを見たことがないかも…」
ベネディクトの頬に、汗が流れた。
「なるほど。つまり、リアム自身も、母親よりも、シャーロットのことを慕っている可能性があると言うことですね。」
「そんな…」
「もちろんよ!!」
ミセス・シャンドラーが口を開きかけた時シャーロットが叫んでそれを遮った。
「あの子は私を愛してるわ!他の誰よりもね!!」
『なんて傲慢なのかしら。』
それは私たちが何度もアメリアに対して思ったことだが、考えてみればシャーロットは一度もアメリアのことを庇う様な行動はしていなかった。
「私はあの子を信じてる!あの子は世界で一番賢くて、優しい子よ!!」
『彼女、完全にイカれてるわ。』
「えぇ、同感。」
私は頷き、ベネディクトは目を下げた。
「あの子に期待しすぎだと思うぞ。確かにリアムは他人より早く高校を卒業したけど、それも一人じゃない。」
「黙りなさい!!リアムは私の宝物なの!!あの子が居れば、他には何もいらないっ!!」
『あの子、凄い偏見ができるのね。』
「アメリア!!見えてるわよっ!!」
シャーロットがアメリアに怒鳴り、リアの顔は人生で一番と思える程に歪んで、しかめっ面になった。リアはペン先が折れんばかりの勢いで手帳にペンを走らせ始めた。
(それ、私のペンと手帳なんだけど…)
私は弱々しく自分の手を伸ばした。今はアメリアの邪魔をしない方が得策だ。だって、もう凄い剣呑な雰囲気を醸し出してるんだもの。
『なんであなたはその煩い口を閉じて、頭を下げないのかしら?目上の人に許してもらいたかったら、土下座をするのよ。あなたみたいな勘違い野郎にできる芸は、これくらいしかないでしょう?』
アメリア…なんて人なの。
「このっ…!!」
シャーロットは、予想通り、怒りを見せた。
「み、みんな落ち着いて!!状況を整理しましょう。シャーロットさん、あなたはお父さんを殺してないんですね?…リアムさんが彼を殺した。」
ルカの言葉に、シャーロットは落ち着いた。
「今、分かっているのは…」
ルカは私を見た。
「シャーロットがイーサンを殺した。シャーロットが離婚届けをミスター・シャンドラーの部屋から持ち出した。シャーロットはリアムの為に動いていた。」
「リアムさん…彼が、この事件の鍵ですね。」
私はルカの言葉に頷いた。リアムとはまだ、話せていない。
「ミセス・シャンドラー、リアムが対人恐怖症なのは、本当ですか?」
「ええっと…そう…思います。ちゃんと往診した訳ではないんですけれど、学校でも、家でさえも、人と話すのは上手くない様で…学校の先生方に寄れば、休み時間にはいつもパソコンを使用していたらしいです。きっと、このお陰で、夫の様に、ITに強くなったのではないかと…」
「なるほど…ところで、この屋敷には冷凍室がありますよね?普通の家にはありませんけど、誰が作ったんですか?」
「あれは…夫の考えです。建設の方に、作ってもらったみたいで。ルドルフは多分、他にもいくつか、この屋敷に仕掛けを施していると思います…」
「ミスター・シャンドラーが…」
私は考えをまとめようとした。シャーロットが、私を探る様に見ている。
「待って、今、この屋敷は外の世界と遮断されていますよね?」
ルカが周りを見渡した。
「誰がやったんでしょう?…リアムさんじゃないですか?」
「!!」
シャーロットがルカの言葉に跳ね上がった。
「あの子はいつもPCを抱えているわね。あり得ることだわ。」
私はシャーロットの反応を伺いながら、答えた。彼女は目に見えて動揺している。この分なら、リアムがPCを使って屋敷のネットを遮断したとみて、間違いないだろう。ルカと私はお互いに頷いた。
「シャーロットさんはどうやってリアムさんがミスター・シャンドラーを殺した事と、ネットを遮断した事を知っていたんでしょうか?」
「どういう意味?二人は共犯者じゃなかったの?」
私はルカに尋ねた。
「…違うと思う。僕が思うに、シャーロットさんは全て、自分一人でやったんじゃないかな。」
私達は今三階にある、リアムの部屋へと向かっていた。予想していた通り、シャーロットは怒号し、荒れ狂ったが、ベネディクトとアメリアの怒りの拳を浴び、静かになった。
「リアムは実の父親、ミスター・シャンドラーを殺した…けど、あなたの叔父さんも誰かに殺されたわよね。一体誰がやったのかしら?」
私の言葉に、ルカの表情は暗くなった。
「ごめんなさいルカ。私もこの事は考えたくないんだけど…」
「分かってます。心配しないで。」
「…私はね、リアムがあなたの叔父さんを殺したんだと思うわ。」
「どうして?」
「あのメモよ。もし、あの子があのメモを見ていたら?きっと、探偵に殺人犯だと疑われてるって、パニックになると思うわ。もし私があの子なら、真実を明かされたくなくて、探偵を殺してしまうかも。」
「確かに…日本に詳しい人じゃないと、メモの真実が分からない。日本とアメリカは違う文化を持っているから…もしそうなら、理にかなってるかも。リアムさんは、ミスター・シャンドラーを殺害する際には、綿密な計画をたてた。あのメモを見た時じは、衝動的に叔父さんを殺した。」
ルカは自分の手を当てて考えた。
そんなルカを見ていたら、一つの考えが浮かんできた。日暮探偵はミセス・シャンドラーが殺人犯だと思っていた。でも、それは間違い…実際には、日暮探偵ではなく、ルカの存在が、数々の難事件を解決する要となっていたのではないか。
「ル…」
私は口を開きかけて、すぐに閉じた。
ルカの能力だったかもしれない。でも彼には、叔父さんの力が必要だったはずだ。ルカを夢へと導き、沢山の経験をさせ、外の世界を見せたその力が。
これは思いつきだが、もしリアムもそんな経験ができていれば、良かったのかもしれない。もしかすると彼には、守ってくれる誰かではなく、外の世界を見せてくれる誰かが、必要だったのではと思う。
「ルカ、行きましょう。リアムに、外の世界の素晴らしさを、教えてあげるのよ。」
ルカは少し驚いていた様だったが、パァッと、笑顔になった。
「ここね。さっき来た、『行き止まり』よ。」
「うん…でも、部屋は見つかりませんね。何処にあるんだろう?」
私達の前にそびえているのは、ただの壁だけだ。
「ふーむ…」
私は首を傾げて壁を多方向から観察した。
「このお屋敷はまるでからくり屋敷みたいですね…」
ルカは呟いて、壁をペタペタと触り始めた。
「『からくり屋敷』って?」
「あぁ、日本語で、マジックマンションという意味です。壁や床に、沢山の仕掛けがあるんですよ。例えば、どんでん返しとか…」
ルカの言葉はそこで止まった。壁の一部が回ったのだ。そこには、網膜と音声認識の機械が設置されていた。
「回る扉…」
「何これ…」
私達は驚いて、お互いを見た。
「えっと…どうします?」
ルカが私に聞いた。
「多分…この壁を壊して向こう側に進む?」
「でもどうやって?」
「蹴るのよ。」
「何をして…」
「ドカーンッ!!!」
「イブ、君は…」
「探偵よ!」
「…一目瞭然ですね。」
ルカは力なく笑い、私は彼に親指をたてて見せた。
蹴り壊された壁を越えた先は、奥へと続く、通路があった。
「ここも部屋じゃないですね。」
「興味深いわ。」
私達は、壁の奥へと足を踏み出した。
「見て、灯りがあるわ。」
「沢山ありますね。きっと、リアムさんが、この暗い道を照らすために、設置したんじゃないかな。」
ルカは答えた。
「そう思うわ。ところで、リアムはどうやってこんな物を作ったのかしら。壁の中の通路なんて。」
「うーん…ミセス・シャンドラーが僕達にミスター・シャンドラーがお屋敷にいくつかトリックを仕掛けって言ってましたよね?それの一つじゃないかな。」
「納得だわ。でも…壊す以外に、あの認証システムを突破する手はないわよね?リアムはどうやってここに入ったのかしら?」
「…僕には…わからないです。」
ルカは申し訳無さそうに肩を落とした。
「あっ!ごめんなさいルカ、あなたに頼りすぎてたわ。私も考えないと。でも、あなたの推理力は本当に凄いものよ。」
私は心からルカを称賛した。
「ありがとうイブ。君の方こそそうだよ。立派な女性の探偵だ。」
ルカはいたずらっぽく笑った。
「そして、若いわ。」
私達はドッと笑いだした。その時は、楽しくて、幸せで溢れていたが、起きた事、これから起きる事を、止めるのは不可能だった。
「この長い道は、いつ終わるのかしら…」
通路は永遠と続き、終わりが一向に見えてこない。東西南北、何処に向っているのかも見当がつかない始末だ。
「流石にずっと真っ直ぐな道が続くとは思えないし、きっと徐々に曲がってるんだろうけど…」
ルカは呟く。彼も相当疲れている。
「きっと、何か他のからくりがあったのよ。…例えば、周りの壁を押したら、動くとか…痛っぃ!!」
私の視界は上下が反転した。寄りかかった壁が、どうやらからくり扉だったらしい。本当に奇跡よ。
「イブ!!大丈夫?!」
ルカのくぐもった声が、からくり扉の向こうから聞こえてきた。
「え、えぇ。今はね…ルカ、こっち側に来れそう?」
「試してみます。」
私は立ち上がって、振り返った。
「ここは…」
そこには、膨大な数の本たちが、棚や、机、椅子、そして床の上にまで置かれていた。私は目の前に転がっていた本を手に取る。タイトルは、
『家族関係の再構築』
私は他の本も持ち上げた。
『家族間の対立』『家族との接し方』『家族とは』
「これ…」
「痛っ…!‥イブ?怪我はないですか?!」
回って落ちてきたルカは、私と全く同じ様に、私の後ろで尻もちをついた。
「ルカ、これを見て。全て、家族のことが書いてあるわ。この本たちの持ち主は、家族と少しトラブルを抱えていたみたいね。」
「…そうですね。」
ルカも何冊か本を拾い上げて、頷いた。
「リアムはこの部屋の存在を知ってたのかしら…?」
「この部屋は、きっとリアムさんの部屋じゃないと思います。多分、ここへ来るまでにも、何個か隠し扉があったはず。戻れば、リアムさんの部屋に続くドアもあるはずです。だって、こんなに長い通路の最後に部屋を作るのは、名案とは言えませんからね。」
「ルカ、ここから出て、リアムの部屋を探しましょう。」
「分かりました。」
私はルカがからくり扉で向こう側に行くのを待って、壁に手をつこうとした。けれど、何かが私の目に留まり、私は動きを止めた。それは、写真たての中の、家族写真だった。写真に写っていたのは、紫色のドレスを着た女性と、その腕の中の赤ちゃん、それに寄り添う小さな少女、分厚い本を抱えた背の低い少年、沢山のフリルのついた黒いドレスを着ている少女、制服の少年、そして、大きな、赤毛の男性だった。
「この男性がルドルフ・シャンドラーさんで、この女性がミセス・シャンドラー…それと、子供たち…」
「イブ?何かあったんですか?」
「何でもないわ!すぐに行く!」
私は写真から目を離すと、からくり扉を越えた。
ーモリビト、気分はどう?
ーあんまり良くないかな。
ーキモチ、分かるよ。
ーイザヤ、僕
ー大丈夫。モリビト、キミは捕まらない。ボクがそうはさせないから。
ーありがとう。
ーボクはいつでもキミの味方だよ。
ー待って、誰かの声が聞こえる。
ーえ?ありえない。どうして?
ー分からない。行かないと。
ーモリビト、その人たちから逃げる方法を、思いついたよ。
ーどうするの?
ーボク達の、素晴らしい能力を使うんだ。
「リアム?…リアム・シャンドラー?」
私達は元来た道を、リアムの名前を呼び、壁を触りながら戻って来ていた。いくつかのからくり扉を見つけたが、そのどれも、リアムの部屋には続いていなかった。冷蔵庫の横に出た時、ミセス・シャンドラーに見つかりそうになり、とても焦った。別に見つかってもどうという事はないのだが、彼らを、殺人犯と対峙する様な危険には巻き込みたくない。
「イブ、どうして君はリアムがミスター・シャンドラーを殺したと思うんですか?実の父親を殺す動機は一体何?」
ルカが悲しげな表情で、私に尋ねた。
「ルカ、あなたのお父さんはどんな人?」
「性格とかですか?僕の父さんは…隆司叔父さんの兄で、叔父さんと同じ様に、厳しい人でした。でも、男手一つで僕をここまで育ててくれて。大学にも行かせてくれました。とても尊敬してるんです。」
「待って、男手一つって…あなたのお母さんは…」
「あぁ、そうなんです。母さんは、僕を産んだ時に死んでしまって。そのせいで、母方の親族とは疎遠になっちゃって…家族は、父さんと叔父さんだけだったのに…ごめんなさい…」
ルカは顔を覆ってしゃがみこんだ。
「ルカ…」
私がルカの隣に座り込んだ時、壁に点っていた全ての灯りが消えた。
「ななな、何が起きたの?!」
私は悲鳴を上げた。
「ルカ?!何処に居るの?!そこに居る?!」
「落ち着いて、イブ。僕はここに居ますよ。君の隣に。」
ルカの声と共に、誰かが私の腕を掴んだ。
「目が慣れるまで、離れないで。」
私はルカの言葉に頷いた。
私達は静かに床にしゃがみこんでいた。時々、ルカのすすり泣く声が聞こえて来た。きっと、彼は叔父さんのことを思い出していたのだろう。
「…あぁ、そういえば、鞄の中に懐中電灯が入って…」
「なんですって?取り出して!今すぐ!!暗闇は苦手なのよ!!」
私はまた叫んだ。
「あっ!!」
私はルカに飛びかかって彼が肩にかけていたバッグから懐中電灯を取り出した。スイッチを入れると、私の下敷きになったルカの姿があった。彼の顔は、赤く染まっている。
「ご、ごめんなさいっ!!」
私は急いで彼の上から退いた。
「大丈夫です…」
ルカが起き上がって頭をかくと、私は罪悪感でいっぱいになった。私の方が年上なのに、とんだ醜態を目の前で晒してしまった。
「い、行きましょ!!リアムを探すのよ!」
私はルカからバッと離れると、走り出して…
「ドスンッ!!」
「偶然が起こりすぎよっ!!!」
私は暗い落とし穴の中で叫んだ。懐中電灯は無い。
「イブ!大丈夫ですか?!」
「怪我はないわ!でも、お尻を強く打ったかも…」
私は答えた。
「なんで急に穴の中に?」
「分からないわ!急に地面に穴が…」
私は周りを見渡した。暗くて、狭い。
「急に?地面が勝手に開いたってことですか?」
ルカが驚いて言った。
「分からない!それよりも、ここから出たいんだけど、手伝ってくれる?すごく暗くて…」
私は上を見上げた。
「あぁ、もちろん!手を掴んで。」
私はルカの手を取って、落とし穴から抜け出た。そして、穴を慎重に見る。
「この形…分かれたのか…」
そこには、四つのタイルの上に、丸い線が引いてあった。
「これもからくり?」
「多分そうです。でも…誰かがこのタイルを踏んだら、落とし穴が現れるからくりなんでしょうか?さっきここを通った時は、偶然この上を踏まないで済んだとか…?」
ルカが推理を始めたので、私も一緒に考えてみることにした。
「…でも、もし何処にあるのか覚えていなかったら、自分も作動させて落ちちゃうわよね?ずっと地面を見ながら歩くのは大変だわ。」
「確かに…」
ルカは手を顎に当てた。
「スイッチのオンオフを切り替えられるとか?」
私は呟いた。ただ、頭に浮かんできた考えを口にしたのだ。
「それって…」
「誰かが私達を足止めしてる。」
「でも誰が?」
ルカが私に聞いた。
「…リアム?それか…」
「それか?」
私はまごついた。
「…わからないわ。」
私達は口を閉じた。もしリアムが私達を止めようとしているのなら、私達が彼を疑っていることに気づいたはずだ。加えて、彼は何故か私達の居場所を完璧に把握している。
「これは良い状況とは言えないわね…」
「どうします?イブ?」
「ただ…走るっ!!」
私は叫んで、ルカの腕を掴むと暗闇を、全力で走り抜けた。勿論、懐中電灯はもう片方の手の中だ。
暗闇の中で、敵は暗視ゴーグルか何かを使っているのだろう。もし懐中電灯を使えば、何処に居るのか一目瞭然だからだ。それは私達にも同じことだが、敵はもう暗視ゴーグルを着用している。それなら、彼はどうやったって私達が見えるわけで、これ以上私達を不況にたたせるものはない。
走っている間、地面が割れたり、布が上から落ちてきたり、まぁ色々あったが、敵も操作に手間取っている様で、あまり命中はしなかった。この調子なら、敵もすぐ諦めるはず…
「?!うわっ…!?」
突然、矢が壁から放たれて、私の目の前を通り過ぎた。
「イブ!」
「…これは少しやりすぎよ。矢なんて。もし当たってたら、重症だったわ。あなたのお姉さんがくれた傷だけで、今は十分。」
「イブ…?」
ルカは私を強張った表情で見た。
「どこに居るのリアム!!ここに居るのは分かってるのよ!!近くに居るのは!!!」
私は怒鳴った。
沈黙。
「分かった。すぐにあなたを見つけ出すわ。今すぐにね!!」
私はドスドスと通路を歩き出した。
「イブ、君…」
「私、今はちょっと虫の居所が悪いの。」
私はポカンとした表情のルカに言い放った。
ーあの人たち、僕の名前を呼んでるよ!
ーきっと、キミを疑ってて、ハナシを聞きたいんだよ。どうする?イロイロ言い訳は考えられるけど、キミにはスコシ難しいでしょ?
ーそうだよ。ただでさえ人と話すのは苦手なのに、騙すなんて。
ーOK。なら、逃げよう。シカケを作動させるのを忘れないでね。
ー了解イザヤ。信じてるよ。
ーありがとう。
私は懐中電灯を振り回しながら、通路を走った。
「絶対逃さないわよ!!」
「イ、イブ、僕達は、二人も殺した殺人鬼を追ってるんですよ!気をつけて、彼が武器を持ってたら…」
私に腕を引かれているルカが、心配そうに言った。
「恐れるなかれ!ナイフじゃ私を傷つけることは不可能よ!だって、手刀でナイフを真っ二つに切り落とすから!」
私は意気揚々と答えた。
「そんなことできるの…?」
ルカはまだ何か言いたげな表情を浮かべていたが、私は気にせず走った。
「リアム!!絶対に見つけだすわ!!」
床が開いて、私とルカは手を離した。
「どうなって…」
「な、なにっ?!」
「イブ、許して下さい!!」
ルカが急に、私の体を抱え上げた。
「ルカ?!それ、どういう意…うわあっ?!」
私の体は宙を浮いて、私は体を地面に強く打ち付けた。
「何考えて…っ」
私達は、大きく空いた地面を挟んで向かい合っていた。私達が止まって地面を見つめている間にも、私達の距離はドンドンと離れて行く。
「ルカ!!」
私は向こう側に叫んだ。ルカが私のことを、こちら側に投げてくれたのが今分かった。
「大丈夫!僕は別の道を見つけられます!だから行って!彼を捕まえて!」
「私は懐中電灯を持ってるけど、あなたは?どうやって動くの?」
「僕は暗闇には慣れてるので!行って下さい!」
私は拳を握った。
「分かったわ!また後で会いましょう、ルカ!!」
「すぐに追いつきます!」
ルカは私に手を振った。太陽の様な、明るい笑顔で。
私は壁の中の、長い通路を走っていた。
「うわわわっ!!!」
突然、三本の矢が横の壁から飛び出してきて、私は体勢を崩した。だがなんとか、開いた穴には落ちずに済んだ。
「危なかったわ…」
私は安堵のため息をついた。そして、拳を握る。
「リアム…絶対に逃さないわ。じっちゃんの名にかけて!!」
(アンドリュー・ジョンソンよ。ジョン・ジョンソンじゃないわ。)
兎にも角にも、今は日暮探偵の冗談を思い出している場合ではない。
「リアーーーーーームッ!!!」
私は叫びながら、通路を走り抜けた。
ーイザヤ、女性の探偵さんが、まだ追いかけて来てるよ!
ーモリビト、キミならできる。別のヘヤに入ろう。このまま走り続けてたら、いつか捕まっちゃう。
ーそうだね。ずっと部屋にこもってたのに、今はずっと走り続けてて、もう体力が限界だよ。死にそう…
ーボクもそう。引きこもりニートだよ。
ー(笑)
私はドアが軋む音と、小さな悲鳴を聞いた。
(リアムだわ!からくり扉を使ったのね!)
私はスピードを上げた。懐中電灯の光の先には、まだ何も見えてこない。しばらくして、私はクルクルと回る壁を見つけた。
「捕まえた!」
私は壁に触れようとしたが、寸でのところで止めた。こんなミスを犯すかしら?実の父親を殺した人が?
私はポケットから自分の手袋を取り出した。そう、私のお気に入りのね。私は手袋を、回っているドアに向って投げた。
「ビリリッ!!」
「嘘でしょ…」
焦げた手袋が私の前に落ちて、私は思わず呟いた。そんな事ができるわけがないと思っていたが、もし私が直に壁に触れていたら、高圧の電流が、私を気絶、あるいは、死にいたらしめていただろう。
(彼は本気だわ…すでに二人も殺めてしまっし、もう一人殺しても、構わないって…?そう思ってるの…?)
「これはまずいわ…早くリアムを捕まえないと…」
私はリアムが本当に使用したドアを見つけるため、周りを見渡した。
回るからくり扉も仕掛けの一つなのだろうか。もしくは、電流は仕掛けで、回る扉は手動だったかもしれない。それなら、リアムは必ずこの周りのからくり扉を使ったことになる。
「さてさて…」
私は後悔の念を込めて、焦げた手袋を見つめた。でもすぐに頭を振って、壁を調べ始めた。隠されているかもしれない仕掛けに触れない様に、細心の注意を払いながら。
壁とにらめっこしながら通路を歩いていたら、踵が何かに引っかかり、バランスを崩してしまった。
「うわぁっ?!…このタイル…」
私はしゃがみ込んで踵が引っかかった地面を見つめた。一枚のタイルが少し、不自然に持ち上がっている。私は足を使って、床を一度持ち上げてみた。
「何も起こらない…?大丈夫かしら…?」
私は慎重に床を持ち上げた。きっと、今までの仕掛けたちのせいで、警戒心が強くなっているのだろう。
いや、これも、殺人鬼の手のひらで踊っていることになるのかもしれない。殺人鬼は、私を足止めする為に罠を仕掛けた。私がそれにかかるかかからないかは、大きな問題ではないのだろう。
「よしっ、覚悟は決まったわ!」
私はタイルの下の穴に飛び込んだ。そこは狭くて、暗かったが、私はそこを這って、先に進んだ。
ー仕掛けが作動したって通知が来たよ。
ードウ?
ー分からない。…ただ、作動した。
ーOK。ダイジョウブ、あの女の人はタフそうだから。生きてるよ。
ーキミが言うなら、信じるよ。キミはいつも正しいから。
ーうん。
「ここは…」
私が頭を穴から覗かせると、目の前は、一面緑と茶色だった。そこは、シャンドラー屋敷の外にある美しい庭園だったのだ。
(ここには一度来たわね。日暮探偵とルカと…その時に、私はこの木の板を見つけて、シャーロットが悲鳴を上げた…その後正門に向って走って…)
シャーロットが私達を欺いたのは、この、リアムの秘密の隠し通路を見つけそうになったからだろう。
「なるほどね…けど、こんなの、隠し通路とは言えないわ。だって、この板は、誰でも簡単に見つけられるじゃないの!ミスター・シャンドラを殺した人と、とても同一人物の考えだとは思えないわ!」
私は穴を這い出ながらブツブツと言った。青いパンツスーツには土が付いて、すっかり汚れてしまった。
「さてと…何処に行けば良いのかしら?」
私は空を見上げた。少し曇っている。
「もうすぐ雨が降ってきそうね…」
私は当てもなく、庭園の中をあるき始めた。しばらく行くと、色とりどりの百合の花が咲き誇る、開けた場所に出た。
「リリィ…」
私は、家に置いてきてしまった自分の妹の事を考えた。今は高校生で、いつも私と一緒に居る。私がいつも彼女を学校まで送迎していたから、置いていかれて、とてもは寂しがっているだろう。
「何があっても、家に帰らないと…」
私は拳を握って、走り出した。
ーイザヤ、探偵さんは僕のことを見失ったみたいだ。
ーカンペキ。でも、あの通路はもう使えないね。ドコに行く?
ー分かんない。
ーOK。今、その辺りのマップを見てるよ。遠回りになるけど、森を抜けたら、反対側から屋敷に戻れる。
ーありがとうイザヤ。
ーどういたしまして。
「イブ!!」
庭園の中を走っていたら、誰かが薔薇のアーチの向こうから私の名前を呼んだ。
「イブ!ここです!」
「ルカ!!」
それは、さっき隠し通路の中で別れてしまったルカだった。私は彼に駆け寄った。ルカは私に笑いかけて、抱きしめた。
「ルカ!どうやってあの通路から抜け出したの?!」
私はルカの腕の中で聞いた。
「簡単なことです。もと来た道を戻って、君が蹴り倒した壁まで行った。その後、鍵の空いていた部屋から窓の外を見たら、ここを走っているイブが見えたんです。」
「運が良かったわね!!」
「うん、でも…イブ、君って、もしかして、方向感覚の欠如がみられたりします?」
ルカが私に申し訳なさそうに、頭をかきながら言った。
「何が言いたいの?」
私は不思議に思って聞いた。
「窓の外から君を見てたら、君はただ…その…一箇所をぐるぐると回ってて…」
「えっ?!…でも、確かに、なんでこんなに百合の花が沢山あるの?って思ってたのよね…だからか…」
「イブ、僕に着いてきて下さい。リアムが裏の森の方に走っていくのも見えたんです。」
ルカは、彼の叔父さんにそっくりの真剣な表情で言った。
「本当?!なら、リアムがやったってことで間違いはなさそうね。」
「…やった…」
ルカは儚げな顔で私を見た。私は一度頭を下げる。水滴が地面に落ちた。雨が降って来たのだ。
私は顔を上げた。
「ルカ、あなたに、ずっと考えてたことを伝えないといけないわ。」
「何?」
「走りながら話すわ。行きましょう!」
ーイザヤ、ごめん、でも、もう体力が…
ー了解。モリビト、何か聞こえる?
ーどういう意味?木だけしかないけど。
ー誰かそこに居る?
ーううん。
ーOK。休んで良いよ。モリビト。今は安全だから。
ー雨が降ってきたみたい‥
ー風邪を引かないようにだけ、気をつけてね。
ーうん。色々、ありがとう、イザヤ。
ー気にしないで。キミの助けになれて嬉しいよ。
ー君は僕の大切なひとだよ、イザヤ。
ーキミも、ボクにとってはタイセツさ。
「それが…君の考え…?叔父さんを殺したのは、ミスター・シャンドラーを殺した人とは違う?つまり…リアムさんは叔父さんを殺してないってことですか?」
「…いいえ。私は…リアムさんは日暮探偵を殺した、けど、ミスター・シャンドラーは殺してないと思うの。」
「どういう事ですか?」
「きっと、殺陣計画を用意したのはリアムじゃないわ。誰かが完全犯罪をリアムに伝授して、その計画を使ってリアムは父親を殺したのよ。でも、日暮探偵は…」
「疑われてると思ったリアムさんに…彼はあのメモを見て、衝動のままに叔父さんを殺した…」
「えぇ…まだ確信は持てないけど。でも…私は…あのPCが鍵じゃないかなって…」
私は呟いた。
「…信じます。けど、ミスター・シャンドラーの殺害方法に見当はついてるんですか?」
ルカに聞かれ、私は首を横に振った。
「分からないわ。まぁ、殺人鬼本人に聞いてみましょう。」
「そうですね。急ごう。森の入り口はすぐそこだ。」
ーモリビト!
ーモリビト!!!
ーどうしたの?イザヤ?
ー人工衛星をハッキングしたって言ったでしょ?
ーそうだね。それが?
ー今、二人の大人がキミに向って走っていってる!
ーどういうこと?
ー走って!!そこから今すぐ逃げるんだ!指示を出すから!
ーOK!!
「あそこに居る!!」
ルカが木々の間を指さして叫んだ。
「リアム!!」
私も声を張り上げる。リアムは私達を一瞥すると、木々の奥へ走って行った。彼の腕には、大事そうにPCが抱えられている。
「止まりなさい!止まって、リアム!!」
私達はスピードを上げてリアムを追いかけた。雨が強くなってきている。
ーモリビト!大丈夫?キミのこと、ウエから見てるからね!
ーモリビト?
ーイザヤ、多分僕は、あの探偵さん達から逃げ切れない。
ーモリビト!ナニ言ってるの!!
ーもう息が切れてて、君にメッセージを送信するのもやっとなんだ。
ーモリビト!
ーOK。休める場所を探すよ。少しカイフクしたら、また走ろう。シンパイしないで、ボクが絶対にキミを捕まらせたりなんかしないから。それでイイ?
ー分かった。
PCを抱えて走るリアムに、空手経験者の私と、チーターの様に走るルカから、逃げ切れるはずもなかった。
「リアムさん!!止まって下さい!!」
ルカがリアムに叫んだが、彼は止まらなかった。
「そうよリアム!!もし自首してくれたら罪が軽くなるかもしれない!自首をすれば、死刑は免れるかもしれないわ!絶対に、そうよ!!」
私は声を張り上げた。
強い風と落ちてくる雨の雫が私達の髪を揺らした。気づけば、私達は森を抜け、リアムを崖に追い詰めていた。
「リアム、ほら、大丈夫よ。傷つけようなんて考えてないから!」
「イブの言う通りです!だからお願いします、リアムさん、こっちに来て下さい。そこは危ない。」
私達はゆっくりと、リアムに向って歩いた。
「探偵さん達、、、僕は自分の父親を殺して、探偵さんも殺しました…あなたの叔父さんをです!!母さんの心を壊して、姉さんをおかしくして、兄たちを傷つけた…もう生きていられない!!生きてちゃ駄目なんだ!!」
リアムは怒鳴り上げると、よろよろと後ろに下がり始めた。
「駄目!リアム、止めて!!」
ルカと私は叫んだ。急いでリアムに走り寄る。だが、足が泥濘む地面の泥に取られて上手く進めない。
「リアム!!」
「モリビト!!」
少女の張り裂けんばかりの声が、リアムのPCから聞こえた。
「モリビト!リアム、わたしは…イザヤ!モリビト、お願い!考え直して!!」
「イザヤ…?でも…彼は…彼は…男だって…」
リアムは目を見開いて、後ろに下がる足を止めた。
「…ごめんなさい、イザヤ。わたしは、本当は女なの。わたしはただ…これ、これは全部わたしのせい!わたしがきみをお父さんを殺すよう仕向けた!全部わたしのせい!!」
「イザヤ…ありがとう。でも、僕は探偵さんも殺しちゃった。君のアドバイス無しで。どんなことをしたって、罪は消えないよ。」
「違う!!死ぬことは、逃げることと一緒!罪を償わないと!一緒に罪を償うの!リアム!!」
「そうだね…僕は自分勝手だ…ごめんね、イザヤ。」
リアムはPCを地面に投げると、崖から飛び降りようとした。
「死なせないわ。」
私はリアムの腕をしっかりと掴んだ。着ている青いスーツが泥につかったが、そんなことを気にしている場合ではない。泥に取られたヒールは、もう脱ぎ捨てていた。
「ジョンソンさん…」
「イブと呼んで!今、引き上げるから…」
言いかけた時、崖が崩れた。ルカが瞬時に地面に体をつけて、私とリアムの手をとった。私は全力でリアムの腕と一緒に落ちて来た木の枝を掴んだ。最後の力を振り絞って崩壊した崖を登ろうとしたが、泥で滑って上手くいかない。
「イブ、リアムさん、頑張って。絶対に助けますから!」
ルカは真っ赤な顔で私達を持ち上げようとした。
「な、何が起こってるの?!モリビトは、リアムは大丈夫?!」
イザヤと呼ばれた少女が叫んだ。
「イザヤ…」
リアムが呟いた。
「イブ探偵、僕を助けてくれてありがとう。でも…このままじゃ、あなたも一緒に落ちてしまう。それだけは駄目だ。優しい人の命は、奪われて良い物じゃない。」
「それはあなたにも同じことよ!」
私は叫ぶ。雨の雫が垂れて、視界が滲んだ。
「いいえ、僕は犯罪者だ。だから、手を離して。僕は助けられる価値のある人間じゃない。」
リアムはそう言うと、私の手を腕から離そうとした。私は必死でリアムの腕を掴んだが、雨と泥で、手がどんどんと滑って行く。
「…モリビト!!そんな事ないよ!!きみは、価値のある人間だよ!!わたし…わたしは、きみが好き!!愛してるから!お願い、死なないで…」
イザヤの声を聞いて、リアムの目は見開かれ、一言だけ呟いて、崖を落ちていった。
『色々ありがとう、僕も愛してたよ。』
「モリビト!!!モリビトーーーーー!!!!!!」
「リアム…」
ルカが私を静かに崖の上に持ち上げた。悲しみに叫ぶPCを抱え、崩壊しつつある崖から、足早に離れた。
「ルカ…」
私の目には、涙が浮かんでいた。
「君の責任じゃないよ。大丈夫、イブ、泣かないで…僕が居ますから。」
私はルカの腕の中で泣きじゃくった。まるで私の心の中の様に風は吹き荒れ、天気は最悪だった。
「うわあああああああんっ!!!」
PCから、もっと大きな泣き声が聞こえてきた。
「イザヤ…さんだよね…?」
ルカが抱えているPCに声をかけた。
「ぐすんっ…はい、私は、*Isaiah-138*、でも、本名は、宇宙です…リアムが居なくなった今、わたしは逃げる必要もない…なんでわたしが彼をそそのかしたのか、ちゃんと説明します。」
宇宙は、悲しそうな声で言った。
「えぇ、是非話を聞かせて。でも、被害者の、シャンドラー家の前でね。」
私はPCを閉じると、屋敷への道を急いだ。
「イブ!日暮ルカ!一体全体、何処に行ってたの?!」
私達が屋敷に入ると、そこにはアメリアが居た。エントランスから正面に見える巨大な螺旋階段の前に立っている。
「私達、あなた達を探してたのよ!あ、でも、ベネディクトと母さんはダイニングでシャーロットを見張ってるわ。」
アメリアは、最後の部分は眉を潜めて言った。彼女の首には包帯が巻いてあったが、痛みは大分引いた様で、彼女は絶え間なく喋り続けている。
「待って、あなた達、びしょ濡れじゃないの!それに、泥だらけ!待ってよ、イブ、あなた、靴はどうしたの?!ホント、信じられない!!」
アメリアは私達に駆け寄って来た。
「さっさと歩いてくださる?洗面所はこっちよ。」
アメリアはそう言って、歩き出した。だが、すぐに止まって、振り返る。
「どうしてそに突っ立ったままなの?ちょっと、何なの?…何があったのよ?」
アメリアは私達を、水色の瞳で見つめた。
「リアムが…本当にごめんなさいアメリア!!!助けられなかった!!私の手を…」
私は拳を握った。少し前まで、リアムの腕を掴んでいた手だった。私は彼を、離してしまった。
「違います…あれは、僕のせいです。二人を持ち上げられなかったから…」
ルカの緑の瞳は、私と同じ様に、涙でいっぱいになっていた。彼の黒髪は、雨と泥でビショビショだ。アメリアは、私達が泣いている間、静かに口を閉ざしていた。
「…なら、リアムが殺人鬼だったわけ?」
下を向いているので、アメリアの表情は見えない。
「…えぇ…でも…あの子は…」
「なんて無責任なクズ野郎なのかしら。リアムは。」
「は??」
ルカと私は、同時に顔を上げた。
「リアムは、間抜けでごみと同じ糞野郎で、それに…」
「そこまで!もう十分!自分の弟をそんな風に言わないで!」
「いいえ。あれの母親はデベソなのよ。私の母さんの息子じゃないわ。弟でもない。」
そんなに血の繋がった弟のことを貶せるの?妹と仲の良い私には、わかりかねることだった。
「ふふっ、やっぱりあなたは凄い人だわ。」
「当たり前よ。私はスーパーモデルの、『あの』アメリア・シャンドラーだもの。」
アメリアはニヤリと微笑んだ。
「ミス・シャンドラー、僕達、あなた方家族に会わせたい人が居るんです。」
ルカが私とPCを見た。
「えぇ。ルドルフ・シャンドラー殺しの真相を。」
私は真っ直ぐにアメリアを見た。
「良いわ。生きましょ。で、も、先に体を綺麗にしてからね。」
アメリアはウインクした。確かに、今ダイニングルームに入れば、廊下と部屋が、水溜まりと泥だらけになってしまう。
「一緒に来て。話は後で聞くわ。」
一歩を踏み出したアメリアの背中は、強い女性の象徴だった。
「もう喉は良くなったの?」
「全く。まだ痛いけど、そんなに長く口を閉じてらんないわ。わかるでしょう?」
「多分…?」
(痛みよりも…?さっき、ファッションモデルだから喋らなくて良かったわって言ってなかった…?)
「日暮ルカは別の洗面所を使ってシャワーを浴びてたんだけど、あなたより先に出てきて、今はダイニングに居るわ。」
私は頷いて、アメリアは私の抱えているPCを見た。
「それ、リアムと同じ物?最初から持ってたかしら?覚えてないけど…」
アメリアが不思議そうに聞いてきた。
「あ、いえ、これは…リアムのです。あの時、リアムが…」
私は言葉を切った。
「…なるほどね。私が貰った方が良いかしら?」
「大丈夫。今はこれが必要なんです。」
「え、えぇ…?」
アメリアは再び、不思議そうな表情をした。
「イブ!」
「アメリア!」
私とアメリアがダイニングルームに入ると、ルカとベネディクトが駆け寄って来た。
「お待たせしてすみません。」
私が言うと、ベネディクトが口を開いた。
「全然待ってないですよ。…これが、日本の礼儀作法であってますか?」
彼は、ルカに日本の文化について尋ねた。
「え、た、多分…?」
ルカはベネディクトから視線を逸した。きっと、そんなんでは絶対にないからだろう。
「イーサンが教えてくれたんですよ。昨日の食事の時に。」
「待って、ベニィ、あなたあれ聞いてたの?!私達の話には、何の興味もないと思ってたのに!」
アメリアがベネディクトの言葉に声を大きくした。
「いや、ほぼ聞いてたよ。例えば、アメリアの彼氏の愚痴だとか…」
「ああああああああああっ!!!あなたっ!!!」
この叫び声で、彼女の首の傷が悪化しないことを願おう。
「なんです?あなたが私のいる前で話したことでしょう?」
「分かってるわよ!!けど…」
アメリアの顔は赤くなった。
「ベネディクト、アメリア、言い合いはいつでもできるわ。まずは探偵さん方の話を聞きましょう。」
ミセス・シャンドラーが、静かに、優雅に、最初に出迎えてくれた時の様に言った。
「ありがとうございます。それでは、始めましょう。」
私はPCを開いて、ダイニングテーブルの上に置いた。ベネディクト、アメリア、ミセス・シャンドラー、ルカ、そして私はそれぞれ椅子に座った。シャーロットはまだ私達を睨んでいたが、今は静かで、大人しかった。きっと、彼女もリアムの真実を聞きたいのだろう。
「イザヤ?ソラ?そこに居る?」
私は黒い画面のPCに声をかけた。
「…はい。こんにちは、シャンドラー家の方々。」
ややあって声が返って来て、私は安心した。
「イブ?誰なの?何がしたいわけ?」
アメリアが怪訝そうに私に聞いてきた。
「自己紹介が遅れてすみません。わたしは藤山宇宙、リアムの友達です。それと…」
「ミスター・シャンドラーを殺した、もう一人の犯人です。リアムと彼女が、この事件を引き起こしました。」
シャンドラーは皆声にならない息を漏らした。シャーロットも、リアムに協力者が居たと知って、驚いた表情をしていた。
「本当にごめんなさい。これが終わったら、探偵さん達と一緒に、自首するつもりです。」
宇宙は小さく震えた声で言った。
「ソラ?!あなた、誰よ!!リアムの友達?そんなはずないわ!リアムには友達なんて居なかったもの!私が、私だけが、真にリアムを理解できた…!!!」
シャーロットが再び、椅子の上で暴れ始め、PCに向かって怒鳴った。
「粛に。」
ミセス・シャンドラーの凛とした声が響き渡った。
「…」
私達は皆口を閉じた。きっと、ミセス・シャンドラーが一番、リアムとシャーロットによって引き起こされたこの事件で、慨嘆の念を抱いたことだろう。自分の子供の二人が家族を殺したのだ。母親の彼女が一番、辛い思いをしたことだろう。
「続けて下さい、藤山宇宙さん。」
「はい…」
「モリ…リアムと、わたしが出会ったのは、オンラインゲームでです。リアムの名前は『Moribito』で、わたしは『*Isaiah-138*』でした。」
「ニックネーム、の様な物ですか?」
ミセス・シャンドラーが尋ね、ソラは答えた。
「はい。ユーザーネームです。」
「わたしのユーザーネームはイザヤでしたから、みんなわたしは男だと思ってました。リアムもその一人です。」
ソラはそう言うと、懐かしそうに笑った。
「だから何?!私のリアムを欺いて、父さんを殺すように仕向けたの?!」
「口を閉じろこのトンチキ!!僕は藤山さんの話しを聞いてるんだ。」
ベネディクトが、乱暴に叫んだシャーロットに怒鳴った。
「続けて、サラ。」
アメリアが言った。
「わたしはソラですけど‥まぁ、はい…」
「最初は、わたし達は戦闘ゲームの対戦者だったんです。でも、お互いの実力をしって、一緒にプレイした方が、もっとゲームを効率的にクリアできると思って。」
「それが一体全体何に関係してるの?」
アメリアが首を傾げた。
「ごめんなさい、ただ、一緒にゲームをプレイしているウチに、チャットで会話をする様になったんです。『何歳なの?』とか、『どこの州に住んでる?』だとか。」
「あ、そういえば、ソラは何歳なの?何処に住んでるかしら?」
私は思いつきで、ソラに尋ねた。
「わたしは…ごめんなさい、わたし、モリビトに嘘ついたんです。19歳で、アメリカに住んでるって…けど、本当は、16歳で、日本の東京に住んでるんです!」
ソラの声は悲痛そのものだった。リアムを欺いていたことに、相当な罪意識を持っているのだろう。
「何か理由があってそうしたのですか?」
ミセス・シャンドラーが穏やかな声でソラに尋ねた。
「わたしはただ…誰か、一緒に話せる人が欲しかったんです!!いつも、ずっと家に一人で居て…」
「ご両親はどうしたんですか?」
ルカが優しく聞いた。
「わたしのママはわたしまだ小さい時に死んじゃって、パパも仕事で忙しくて…今は、アメリカに居るって連絡は来ましたけど…」
「それはごめんなさい…」
「いいえ!気にしないで下さい!モリビトとの時間は、凄く楽しかったです!えっと、リアムとの。…本当にすみませんでした、シャンドラーの方々!それに、探偵さん達も…わたしはただ、力になりたくて…モリビトの話を聞いているのが、どんどん辛くなって…どうにかしてあげたいって、思ったんです…」
「どうにかしてあげたいって?」
ミセス・シャンドラーが辛そうな表情で聞いた。
「それは…」
ソラの声は止まった。沈黙が流れる。
「お尋ねしたい事があります、シャンドラー家の皆さん。」
私は、空気を断ち切った。
私はずっと気になっていた一家の家族関係について尋ねた。壁の中の、大量の本があった部屋。リアムはきっと、その存在を知らなかっただろう。全ての本が、家族との関係性について書かれていた。それに、そこには古い家族写真も飾られていた。最近の物ではない。
「今まで、家族写真を撮ったことはありますか?」
私はシャンドラー達に聞いた。彼らはお互いを見た後、口をつぐんだ。言葉を紡ぐことができない様だった。
「…えぇ。あります。一度、あれは、リアムが生まれて何年か経った時で…」
「えぇ、ミセス・シャンドラー。一度だけです。」
「私、家族写真を撮ったことも覚えてなかったけど。」
アメリアが、何が言いたいのかと言う様に呟いた。
「あなた方の家族写真を、壁の中の通路で見つけたの。」
私はアメリアに答えた。
「壁の中に?!通路?!」
ベネディクトが声を張り上げた。
「それは…ルドルフの仕掛けの一つ…です、よね?」
ミセス・シャンドラーが当惑した表情で言った。
「はい。実は、三階にある壁が、隠し通路に繋がっていることが判明したんです。リアムはそれを見つけて、上手く活用していた様です。」
「活用?あぁ!だからリアムはキッチンから食事を、誰にも見られることなく取っていけたのね!」
アメリアが、なるほど、と言う様に言った。
「えぇ。それに、あの通路は、この屋敷の至る所に繋がっていました。」
「そこまで知ってたのね…!!」
シャーロットが吐き捨てた。
「じゃあ、あんたも知ってたのね!!なんで父さんの秘密の通路のこと、私達に教えなかったのよ?!」
アメリアがシャーロットの言葉に憤慨した。
「教えるわけがないでしょう!!この傲慢女!!」
「なんてこと言うのよサイコビッチ!!」
「私はサイコでも、ビッチでもないわ!!!」
「いいえ、間違いなくそうよ!!」
アメリアは、もの凄い形相で暴れ、椅子に縛り付けられているシャーロットをキッと睨みつけた。
「とにかく、あなた方の家族関係は良好な物でしたか?」
今この質問をしたのは、私が目の前で起こっている喧嘩に気づけない鈍感な人間だからではない。
「私は…」
「母さん、あの離婚届は?あれはなんです?」
ベネディクトがミセス・シャンドラーを遮った。
「それはっ…!!」
ミセス・シャンドラーは、ベネディクトの言葉にショックを受けた様だった。
「ミスター・シャンドラーの部屋から取った、って言ってたわよね?」
私はシャーロットに聞いた。
「…そうよ。母さんが犯人だと思われれば良いと思ったの。」
「良い?!何考えてたのよこの蛇ネズミ!!」
アメリアが彼女の言葉に喰いかかった。
「蛇ネズミ?どんだけ馬鹿なのかしら。はっ、間抜けの発想だわ。」
シャーロットも負けずに言い返す。
「落ち着いて下さい、二人とも。」
私は睨みあう二人の間に入った。
「イブ、この阿呆に何か言ってやってよ!!」
「リア、今は争ってる時間はないわ。後でやってくれたら良いから。」
私は呆れて言った。この家族は皆口が悪い。
「シャーロット、離婚届はミスター・シャンドラーの部屋にあったのよね?」
「そうね。デスクの引き出しに入ってたわよ。
「待って、それって…」
ミセス・シャンドラーは何かを言いかけた。
「彼はあなたとの離婚を軽い物だとは考えていなかった。きっと、とても悩んでいました。」
「そう。ありがとう、ルカ。…私達に彼の真相を知る術はありません。でも、そうだったと思います。私は、彼が家族のことを想っていたと。」
「…でも…モリビトは、お父さんとは全然喋ったこともないし、家族で何処かに出かけたこともないって…」
「えぇ、そうです。私達が何をしたって、父さんは褒めてくれなかったし、悪い結果を出せば、目も合わせてくれなかった!だから私は…」
ベネディクトは言葉を止めた。
「学校を止めた…」
アメリアが呟いた。
「はい。話は聞きましたから…これは私の憶測なんですが、きっと…ミスター・シャンドラーは何を言ったら良いのか分からなかったんじゃないかと。でも、あなたが頑張れば、褒めてあげたかった。だから、声をかけた。逆に、テストで悪い点数を取った時は、頑張り屋のあなたに、何も言えなかった。」
ベネディクトは私の話を、目を見開いて聞いていた。
「考えてみれば、私がパリに行きたいって言った時、最初はダメだって言われたんだけど、最後には良いって言ってくれたわ。でも、『絶対に私から離れるな』って。私が海外で問題でも起こすかもしれないって思ってたんじゃなくて、それって、私のことを心配してたから…?」
アメリアが頭を抱えて呟いた。
「そんなの…馬鹿みたいじゃないか。ずっとそんなくだらないことで、僕たちは…!!」
一筋の涙が、ベネディクトの頬から流れた。
「わたし…」
ソラも声を上げた。
「モリビトに、もっとお父さんのことを見て、って、言うべきだった…モリビトがお父さんと良い関係を築けてれば、モリビトがお父さんの喋れてたら…モリビトは、死ななかった…」
「ソラ…」
「わたしは自分勝手にモリビトに同情して…両親との思い出がないって…『もしお父さんを殺せば、家族全員、幸せになれるんじゃない?』って…モリビトに…」
ソラの声は、どんどんと小さくなった。
「わたしはモリビトを助けたんじゃない…自分を満足させただけ!!!同じ痛みを与えた…同じ…痛みを…」
静かになった、と思った瞬間、画面越しに、椅子が倒れた音を聞いた。
「!!ソラ、何をしようとしてるの!?」
彼女は自分のデスクを離れて、何処、別の場所に行ったのだ。一体、何をしようとしているの…?
「イブ、落ち着いて!何がスクリーンの向こう側で、何が起こってるのか、聞き逃さないようにしましょう。」
ルカが私の肩に手を置いて言った。私は彼に従って、口をキッと結んだ。
シャンドラー達も共に、耳をPCに近づけて、僅かな音にも耳を傾ける。私の耳に、何か、金属音が聞こえてきた。
「銀食器…?」
私は呟いた。
「しーっ!!」
アメリアが私に囁く。
「ごめん…」
おぼつかない足音が聞こえ、ソラがPCの近くに戻ってきたのが分かった。
「ソラ、何を考えてるの?!今、何をしてるの?!」
「…探偵さん…もっと、痛みが…痛みが必要なの!!!」
「痛っ!!!!」
ソラの悲鳴が聞こえた。
「ソラ!!今、何をしたの!!!」
私はリアムのPCに向かって叫んだ。
「何かできるなら…でも、何も…」
私は唇を噛んだ。
「…どうしようも出来ないですよ。藤山さんは、画面の向こうに居ますから…」
ルカは、拳を握って言った。
「ああっ!!」
ソラの歪んだ声が再び聞こえてきた。
「ナイフで自分を傷つけてるんじゃないか?私もやろうとしたことが何度かありますから…まぁ、勇気がなくて最後には諦めるんですけど…」
ベネディクトがブツブツと言った。
「最悪だわ!て、あなた何してたのよ?!べニィ?!」
アメリアが兄に向かって怒鳴った。
「ソラ、もしそうなら、今すぐ自分を傷つけるのは止めて!!そんなことしたって、何も解決しないわ!!」
「探偵さん…」
「私はイブよ!!ソラ、考えて!どれだけ自分を傷つけたって、リアムは報われない!!彼は喜ばないわ!!」
「傷つける…そう…イブ探偵、あなたの言う通り…モリビトは喜ばない、わたしが自分を傷つけるだけなら!!」
ソラは閃いたと言う様に、狂気の悲鳴を上げた。
「何をしようとしてるわけ?」
アメリアがルカに尋ねた。
「えっと…僕たちが言ったことを理解して…自分を傷つけるのを止めた…んじゃないですか…?」
ルカが私に視線を寄越した。私は首を振った。
「これは不味いわ…」
「わたし、首を切り落として死ぬ!!モリビトとおな…!!!」
「宇宙?!何してるんだ!?何故、ナイフを持ってる?!」
突然、スクリーンから、ドアが開き、男性の焦った声が聞こえてきた。
『パパ?!』
『何してる?!宇宙、今すぐ離しなさい!!』
『パパ、邪魔しないで!!』
男性はソラの父親の様で、二人は言い争っていた。
『邪魔するってなんだ!!宇宙、お前、一体何をしてた?!!』
二人は怒鳴りあい、突然、何も聞こえなくなった。
「…二人は、なんて言ってたの?」
私は、この場で一人だけ、日本語を理解できるルカに尋ねた。
「えっと…男性は藤山さんのお父さんで、多分、お父さんは藤山さんがナイフを持っているのを見て、それを取り上げようとしてました…」
「確かに、ナイフって言ってたわね。」
アメリアが腕を組んで頷いた。
「えぇもちろんそうよね!!だって、そこは英語だったもの!!」
シャーロットがアメリアの言葉に噛み付いた。
「いつからそんな偉そうな性格になったのよ?!ずっと偽善者でも演じてたわけ?!」
「当たり前でしょう!!」
再び、姉妹は罵り合いを始めた。
「よし、あの二人は勝手にさせよう。」
ベネディクトが狼狽した様子で言った。
「ハハ…ところで、これからどうします…?」
数日後、私たちは刑務所の面会室に居た。あの日、私たちはPCから何も聞こえなくなった後も、まだ、声が聞こえてくるのを待っていた。だがどれだけ待っても、最後まで、良い結果はもたらされなかった。私たちはその後、インターネットが復旧したのを確認し、警察を呼んだ。警察からの長い取り調べは主に、私とルカが請け負った。ソラのことは話さなかったが、後日、東京に住んでいた少女が逮捕されたことを報道で知った。彼女の名前は、藤山宇宙だった。
彼女は国際警察官の娘で、ニュースは彼女の父親の、藤山勇気のことも取り上げていた。そして今日、私たちは、ミスター・フジヤマから、ソラが収容されている日本の刑務所に面会者として招待された。
「こんにちは、探偵さんたち、シャンドラーの皆さん。」
黄色いフレームの眼鏡をかけた少女が、アクリル版越しに、私たちに声をかけた。
「わたしは藤山宇宙。リアムの共犯者です。」
彼女の漆黒の瞳は、泣き腫らして赤くなっていた。
「会えて嬉しいわ、ソラさん。」
ミセス・シャンドラーが最初に口を開いた。
「こんにちは、ソラ。」
私も挨拶をする。
『こんにちは、藤山さん。』
ルカが日本語で声をかけた。
『こんにちは、日暮さん。』
「今日は、わたしの口から直接皆さんに事件の概要と、謝罪を述べたくて、皆さんをご招待させていただきました。」
「…続けて。」
ベネディクトはミセス・シャンドラーを見てから、言った。
「最初に、色々、本当にすみませんでした。わたしがリアムに、お父さんの殺害方法を教えて、逃亡にも手を貸しました。結果的に、彼を自殺に追い込んでしまったことを、深く謝罪申し上げます。」
「…それはきっと、あなただけのせいじゃないわ。それは私の責任でもある。私たち家族の責任よ。」
ミセス・シャンドラーは俯いた。
「そんな事を言って頂けて、ありがとうございます…でも…わたしは自分の罪を理解しています。死ぬなんて、馬鹿なことはもう考えず、罪を背負って生きて行きます。これが、わたしの出来る、精一杯の、リアムへの贖罪だから。」
「ソラ…」
「殺害方法は、もうテレビでご覧になったかもしれないですが…こうです。」
「最初に、私はリアムに注射器を、履歴の残らぬよう購入するように言いました。その後、ミスター・シャンドラーの飲食物に、誰にも見られないよう適量の睡眠薬を投入しました。そして、屋敷中に根を張るネットワークに侵入し、お父さんの部屋の室温を、睡眠に導入しやすい温度に変えるよう言いました。
「うわぁ…本当に細かいわね…」
私は素直に、彼女の脳に感心してしまった。
「ミスター・シャンドラーが寝たのを確認して、わたし達は隠し通路を使い、注射器から大量の空気を、時間差の出ないよう、彼の体に挿入しました。そうすることで、ミスター・シャンドラーは空気塞栓症を引き起こします。」
「そんな知識、一体何処で…?」
私は驚いて、ソラに尋ねた。
「ネットの記事で読んで…」
「待って、その、空気…そく…って、何なの?父さんは、それで死んだわけ?」
アメリアが椅子から立ち上がった。
「僕が説明します。」
ルカが口を開いた。
「空気塞栓とは、大量の空気が全身静脈または右心臓に入り、肺系に移動することによって引き起こされます。 呼吸困難、胸骨後方の胸痛、頻脈、頻呼吸が見られ、重症の場合は意識喪失、ショック、心肺停止に至る場合があります。」
「…理解ができなかったわ。」
アメリアが呟いた。
「確かに少し難しすぎたかも…簡単に言えば、沢山の空気が体に入ると、呼吸ができなくなって、最悪、死に至る、ってことね。」
私はアメリアに説明した。
「うそ。最悪ね。」
「続けてくれるかしら、ソラさん。」
ミセス・シャンドラーは私たちの会話が終わるのを待ってから、穏やかに言った。
「はい。彼が亡くなったのを確認してから、リアムはお父さんの部屋をすぐに立ち去りました。壁の中で部屋の様子を伺っていたら、リアムのお姉さんが部屋に入ってきたんです。」
「それがシャーロットだったんですね?」
ベネディクトが尋ねた。
「はい…多分ですが。お姉さんは、ミスター・シャンドラーに何度か呼びかけて、でも、何かを悟ったみたいで、静かになりました。そして、驚くことに、リアムの名前を呼んだんです。リアムは凄く慌てて、声を出してしまって。だから、私たちは彼女に壁の中の通路のことを伝えたんです。
「それで…なるほどね。」
「彼女が協力してくれるなんて、思ってませんでした。でも、リアムはあの人のことを信頼してて…だから、わたし、あの人が誰かを殺すなんて、考えてもみなかったんです!!そこまで覚悟してたなんて…」
「それはただ、シャーロットが頭のおかしいサイコだからよ。」
アメリアが言ったが、ベネディクトが遮った。
「しー。それはそうだけど、もう『アレ』のことは気にしなくて良いんだよ。今は牢屋の中ですからね。」
「わたし、イーサン・シャンドラーが死ぬなんて、思ってませんでした。日暮探偵の死もそうです。わたしの殺害計画には、入ってなかった。」
「待って、そこは私が推測しても良いかしら?きっと、リアムはメモを見たことにより、自分が疑われてると誤解して、日暮探偵を初動的に殺めてしまったんじゃない?」
「…はい。あの時、彼は恐れから、思わず近くにあった花瓶で探偵さんを殴打してしまったんです。私はすぐに片付けるように言ったんですが、通路を通って部屋に戻ったら、日暮さんがもう部屋に居て…」
「じゃあ、ルカのお陰で、私たちは真相に近づけたって訳ね!」
私は声を上げた。
「いえ、それは、叔父さんが大きな声で怒鳴ってくれたからですよ。」
ルカは恥ずかしそうに言った。 彼はいつも人を立てるのが上手だ。
「じゃあ、リアムは日暮探偵を、あなたの許可無しで殺したって訳ね?」
アメリアはそう冷笑した。
「許可…?!そんなつもりは…」
「アメリア、ソラさんを困らせないで。」
ミセス・シャンドラーがそう、娘を嗜めた。
「あら。母さんは殺人鬼の味方なのね。父さんの死を、本当は望んでたからかしら?」
「アメリア!!」
ベネディクトは妹を止めようとしたが、彼も離婚届に関しては疑念を持っていたため、あまり大きくは動かなかった。
「母さん、なんで離婚届を持ってたのよ?!しかも、直筆のサイン付きで!!」
アメリアがミセス・シャンドラーに怒鳴った。
「それは…っ」
「皆さん。祭りは終わりです。面会の季節は過ぎました。」
私たちの近くに立っていた警察官が、私たちに声をかけた。
「あ、す、すみません…」
ルカが謝ったが、私たちは面会室から慌ただしく追い出されてしまった。
「あれは君のせいですよ。リア。」
「…でしょうね。」
「ベネディクト、アメリア、帰ったら家族会議をしましょう。ルドルフが残した、シャーロットとイーサンの分の遺産どうするか、話し合わないと。」
「それだけですか?」
ベネディクトが母親に聞いた。
「…いいえ。離婚届の事もよ。」
「…結構ね。」
アメリアが呟いた。
「ジョンソンさん、ルカさん、本当に色々と、ありがとうございました。お二人と、日暮探偵のお陰で、私たち三人だけでも、引き裂かれずに済みました。」
「…いいえ…あ、そういえば、いくつか屋敷の部屋のドアと壁を壊してしまって、すみません…」
私は今だ!と、謝った。
「あぁ…心配なさらないでください。犯人を捕まえるのに、尽力して下さったんですから。幸運にも、私たち、お金は沢山ありますから。」
ミセス・シャンドラーは無邪気に笑った。
「はは…」
私は、視線を逸らしておくことに決めた。
「イブ、幸運を。私は、あなたなら素晴らしい探偵になれると信じていますよ。たとえあなたが女性でも、若くてもね。」
ベネディクトは上品に、彼の母親と同じ様に微笑んだ。
「えぇ、賭けても良いわ!あと…ちょっと来て頂戴、イブ。」
アメリアが私に手招きした。
「なに?」
私がアメリアに近づくと、彼女は私を肩を引き寄せた。
「あのイケメン探偵くんと仲良くね。お似合いよ。」
「えっ、今なんて?!」
私は思わず叫んだ。
「イブに何て言ったんですか?」
ルカが私たちに、屈託なく尋ねた。
「何も!」
アメリアはニヤリと笑うと、ウインクをした。
「アメリア!私をからかわないで!!」
「からかう?優秀な探偵のあなたなら、私の真意なんて、すぐに見抜けるでしょう?」
アメリアは言って、クスクス笑った。
「それじゃ、さようなら!いつかまた会いましょうね!」
シャンドラー家は手を振って、去って行った。
「何て偶然かしら…私たち、同じセリフを考えてたのね。」
「同じ?なんです?」
ルカが私に聞いてきた。
「なんでもないわ!ただ、あなたの叔父さん、アメリアとよく似てたわよね!」
「ま、待ってイブ、僕とこんな所に置き去りにしないで下さい!!刑務所になんて!!」
ルカは叫んだが、私は止まらなかった。
私は、私とルカを待ち受ける、次の事件へと、足を踏み出していたのだった。
THE END
(*´ω`*)\(^o^)/
完読、お疲れ様です!ふほほほほほ。次のお話まで、お楽しみに!一応、続けようと思ってるので。へへ。