うんざり悪魔
あぁ、まただ。
自らを呼ぶ声を聞き、悪魔は頭を抱えていた。
自分より遥かに下等な存在である人間の呼びかけ。
本来の力関係であれば無視してもいいはずなのだ。
けれど、それが出来ない。
何せ、悪魔は愚かな人間が呼ぶ声に必ず答えなければならないから。
「くそったれ……」
血管が破裂しそうなほどに苛立ちながら、悪魔の体は召喚者の下へと運ばれていった。
「我を呼ぶのは何者ぞ」
描かれた魔法陣から黒煙をあげて、身の毛もよだつ声でそう言いながら悪魔は召喚者の下へ現れる。
「ひいいいぃいぃぃ!!!」
そして、聞こえる叫び声。
自ら悪魔を呼ぼうとしたくせに、実際に現れればこんなにも泣き叫ぶ。
本当に救いようのない存在だ。
人間というのは。
悪魔は召喚者をじっと見つめた。
痩せぎすの少年。
目には隈が出来て、顔は実に青白い。
放っておいても死んでしまいそうなほどに不健康だ。
「貴様か。我を召喚したのは」
問う。
雷のような声と共に。
「はっ、はぃいい」
上ずった声で答える少年に悪魔はさらに問う。
「何が望みだ」
自分を呼ぶために払う代償。
それは己が人間性を捨てること。
部屋を見る限り、やはりこの少年もまた人間として大切なものを捨てていた。
「えっと、その……」
情けなくも少年は失禁していた。
全く、呆れ果てる。
しかし、そんなことを指摘したところで何の意味もない。
「言え、願いを」
悪魔がさらに問うと少年は震える声で言った。
「ぼっ……ぼくの」
悪魔は少年の願いを察して頭を抱えそうになる。
頼む……我の勘違いであってくれ……。
しかし。
「僕の命を奪ってください!!」
無情に跳ねのけられる悪魔の想い。
またかよ……もう、いい加減にしてくれ……。
悪魔は吐き出しそうなほどに苛立ちながら少年を睨んで言った。
「それが貴様の願いか」
「はっ、はい!」
遥か昔、同様の願いをした者が居た。
その時はあまりにも奇妙な願いだと思い理由を聞いたが、今はもうわざわざ聞くにもなれない。
「はいはい、わかりました」
もう事務的な対応すら面倒くさい。
そう思った悪魔は少年が息を飲む間もなく、彼の命を奪った。
一瞬で異界に吸い込み存在を消す。
最早、天国にも地獄にもいけず、さらに言えば生まれ変わることもない。
完全に消え去ってしまう悪魔の恐ろしき殺害方法。
まさか、この能力故に自らが苦しむことになるとは流石に悪魔も思いつきはしなかった。
部屋に一人残された悪魔はため息をつきながら部屋の中を見回した。
無残なものだ。
二人の老人が血を流して死んでいる。
どうやら、先ほどの少年はこの二人を生け贄にして悪魔を呼んだらしい。
悪魔は察する。
「ったくさぁ……」
苛立ちながら、悪魔は座り込んだ。
「誰だよ、こんなこと考えたの」
自分を呼んだ少年の行動。
それは悪魔である自分さえも嫌悪感を抱くもの。
「死にてえならてめえで死ねよ」
そう。
近年、悪魔は専ら『安楽死』の手段として呼ばれていた。
実際、これ以上便利なものはないだろう。
自分を殺すよりは他人を殺す方が楽だ。
おまけに悪魔は天国や地獄、まして来世になど連れて行かずに問答無用で消滅させる。
「ったくさぁ!」
悪魔は吐き捨てるように言うと立ち上がった。
「これじゃ、どっちが悪魔か分かんねえよ!」
黒煙と共に悪魔は魔界へ帰還した。
「人間の方がよっぽど悪魔らしいわ」
そう毒づきながら。