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新たな商機到来?

久々の投稿です! よろしくお願いします。

「まぁ……、どういったことでしょうか?」


 ただの夕食の買い出しに来ただけではない雰囲気の青年に、エリーゼは戸惑いを隠し訊いた。


「おれ……私はヴァローズ様に魚を卸してて。そちらの包丁は、魚も捌けると説明されてたのを聞いて、どんなものかと……」


 『アル・マハト』のことを聞きたくて、青年はわざわざこの時間帯に来てくれたらしい。閉店間際は客足も少なく、ゆっくりと話が出来ると判断したのだろう。


「魚も、切れ味良く捌いていただけますよ」

「本当に!? 随分と華奢な刃のようだと思ったが」


 遠目の位置で実演を見たのか、それとも、いつも愛用の包丁が余程分厚い出刃を使っているのか、青年は包丁に不満のようだった。商品の見た目だけで使えないと判断されるのは悔しいことだ。


「そうですよね、実際使ってみないと良いかどうかはわかりませんものね。試しに1丁、お買い上げになってみませんか? どうしてもお気に召さなければ、返品していただきましたら、代金は返金させていただきます」


 エリーゼは、使ってもらえば満足してもらえる自信がある。

 返品できると気軽さをアピールして、勧めてみた。


 しかし、青年は首を縦には振ってくれず、難しい顔をしている。


(ブランドの質を落としたくないから、無料サンプルは設定したくないのよね。初回の失敗でわかっていたけれど、やっぱり、貴族以外の客層には厳しい価格設定なのよね)


 購入し難い人が多いと分かっていたことだが、クルトの渾身の作品である『アル・マハト』を安売りする気はない。


「いかがでしょうか?」


「……」


 やっぱり駄目か? と、エリーゼが思い始めた時、青年は重い口を開いた。


「ジャガイモと豚肉、野菜と肉があるのに、なぜ魚がないのか……。悲しい事だっ……」

「はぇ?」


 包丁の売り込みをしていたはずなのに、全く違う話をし始めた青年に、エリーゼは間抜けな返事を返してしまった。

 いきなり始まった話の着地点が見えず、青年の話の続きを、エリーゼは黙って待つ。


「あのサクサクのまわりについてるやつ、魚にも良く合うと思うのに……、なぜないのか!? 絶対美味しいやつになると思えるのに、なぜ売られていないのか、できない理由があるのか?」


 青年は、どうやら魚のフライがたべたいらしい。

 魚を卸す仕事をしているのだから、魚が好きなのかもしれない。


「確かに、白身魚や青魚などで、美味しい魚フライは出来ますけど――――」

「作ってもらえませんか?」


 うん、魚好きな、いや、魚大好き青年確定だ。


 確かに、魚フライはシュピーゲル領で加工するには問題があり、断念した経緯はあった。企画段階の裏事情を晒すのに抵抗があったが、トンカツやコロッケをリピート購入してくれた青年には、誠意をもって答えた方が良いとエリーゼは思った。


「うちの領地は海がないので、保存がきく塩漬けの魚しか入ってこないんです。それらは、塩辛すぎて、この加工の材料に適さないのです。塩漬けしていない、新鮮な魚でないとこの料理の材料にむかないのです」


「……塩漬けしてない魚が必要なのか」

「えぇ……、魚は肉に比べ傷みも早いので、水揚げされてすぐ調理して加工する必要があるのです」


 新鮮な取れたての魚を使い、即冷凍処理できればベストと言える。


「うちの港で水揚げされる魚は、ほとんど塩漬け処理しちまうな。あとは煮てから油漬けとか……。処理前の魚を運ぶとして、あんたらの領地はちなみにどこだ?」

「シュピーゲルです」


「うちからだと、着くのに二日かかるな……」

「運んで着くまでに、傷んじゃいますね……」

「はぁ……、じゃ、無理か」

「シュピーゲル領まで持って来て、調理加工することはできませんね」

「……」


 青年は、また黙り込んでしまった。

 ひどく落胆する青年が気の毒に思えたが、現実は厳しいものだ。

 荷車を馬に轢かせるのが、主な運搬手段のこの世界では、運搬時間の短縮は難しいと言える。


「仮に、港近くで加工調理できれば、実現できると思いますが」


 エリーゼは気休めのつもりで言ったのだが、それを聞いた青年の目にきらりと光が戻ってきた。


「それは、うちの領地でやればいいってことか?」

「はい、そうですね。設備が整えば可能かと思いますが」


 初期投資を出してくれる人がいれば可能という言葉はあえて言わなかった。

 シュピーゲル家は、それらの費用を出せないと分かっているからだ。


「じゃ、魚の奴の作り方、教えてくれるか?」


 青年の明け透けな物言いに、ルートが判りやすく渋い顔をした。

 エリーゼは、ルートの余計なことしゃべるな圧を感じて、解ってると視線で返す。無言のやり取りを瞬時に済ませ、エリーゼは青年に向き合った。


「それは……領主に確認しないと、お返事しかねます」


「なんだ、そんなに詳しいのに、判断できんのか」

「はい、私はただの使用人ですのでそういった判断はできません。レシピは、シュピーゲル領主特製ですので、門外不出のものです。簡単にレシピの開示許可は出ません。ご容赦ください」


 エリーゼがハッキリと青年の提案を切り捨てたのを見て、ルートは少し表情を和らげた。


「てことは、シュピーゲル領主様に話を通せってことだな?」


 青年は引き下がらず、さらに切り込んできた。

 商売根性は、かなりのものなのか。ただの空気の読めない客という線も残っているが、今の段階で判断できるものではない。


「さようにございます。それと、ヴァローズ様と契約しているコラボ商品になりますので、うちの担当バイヤー様の了解も、あわせて必要です」


 商売の話をしに来るなら、まず共通の取引先であるヴァローズの担当者に打診するべきであろうと、思い至る。

 このように直接買い物のついでにする話ではない。


「~~~なんだよっ、ややこしいなぁ……」

「筋はきちんと通してお願いいたします」


 商売の権利に関わることは、常にややこしい。

 だが、ちゃんと決めごとを守らないと、信用を得ることは出来ないのだ。


「分かった。これ以上あんたに言っても、どうにもならんのだな?」

「その通りでございます。よろしくお願いいたします」


 エリーゼは、満面の笑みを添え、青年に頭を下げた。

 商売に関しては答えられないが、トンカツをリピート購入してくれた大切な客には変わりない。愛想は良くしておくべき相手と認識する。


「ふ、若いのにしっかりした娘だな」


 自分と同世代の様に見えた青年は、じじくさい口調で返してきた。

 違和感はあるが、エリーゼを小娘と蔑まない点は好感が持てる。


「お褒めいただき、ありがとうございます。ところで、お客様(・・・)話は最初に戻りますが、包丁はいかがですか?」


 エリーゼがただの販売員だと印象付けるために、再び万能包丁『アル・マハト』を薦める。


「うちの魚を買ってくれるのなら、考えないでもない」

「……」


 閉店間際の売り場で働いている販売員に、無理を言うなと思う。

 やはり、青年の包丁購入は建前で、加工品に使う魚の営業をしに来たのだとエリーゼは察した。


 青年はヴァローズと取引しているくらいだから、堅実な経営をしている人なのだろう。そして、話し言葉は砕け切っているので、貴族ではなく平民の商人なのは間違いない。


 完全に商談拒否したのに、エリーゼは真逆の思考を巡らせていた。

 青年との会話の中で、レシピを売るという新たなビジネスチャンスに気づかされたからだ。このまま何の繋がりも持たずに帰してしまうのが、惜しくなってしまったのだ。


 商機を逃すなと言うアロイスに言われた言葉が、エリーゼを後押しする。


(アロイスお兄様に話が行く前に、害がないか確かめておくべきかしら?)


 エリーゼは、ラルフがかけた保護魔法のおかげで、触れるだけで悪意の有り無しが判る。さて、どうやって青年に触れようか考えを巡らす。


「ねぇ、ルート。あなたの包丁を彼に見てもらいたいの。持って来て」

「はい」


「おい! 俺はそれを買う余裕は……」

「まぁまぁ、手に取って握って見て下さるだけなので、無料ですよ。従来の包丁との違いは、それだけでもわかりますから」


 何とかお茶を濁して帰ろうとしていた青年を、無料と言う言葉で立ち止まらせる。

 タダならと青年も警戒心を解いて、素直に包丁が来るのを待ってくれた。


「握るだけで分かるとは、スゲー自信だな」

「うちの鍛冶師の仕事は、素晴らしいものなんです。自信しかありません」


 ふふんと自慢げに胸を張ると、青年もつられて口元を緩ませた。


「リズ」


 ルートが洗い清めて乾燥させていた包丁を、持って来てくれた。


「ありがとう」


 ルートが差し出した刃先を、エリーゼは左手で掴み、持ち手を受け止めるように右手で支えて、青年に差し出した。持ち手を目の前に持ってこられた彼は、反射的に包丁を握り受け取った。

 一度、そして二度空中を切るふりをして青年が呟く。


「軽いな。軽すぎて魚を引くのに力がいる気がするが、本当に捌けるのか?」

「捌けます。切れ味が良いので、切る力は変わりません」


 実際に魚を捌いたことがあるホフマンが、使用感を説明してくれる。


「ルートは料理の腕がプロ級なので、彼の実感は信頼できますよ」


 エリーゼはそう言いながら、包丁を握る青年の手を包み込むように触れた。


「え!?」

「リズ!?」


 いきなり包丁ごと手を握られた青年は、動揺して目を泳がせた。

 何故かホフマンも、取り乱したような声を上げた。


 エリーゼは固まってしまった二人に構わず、包丁の刃を掴み「包丁いただきます。放していただいても?」と、穏やかな声で言った。その声に青年はびくりとした後、包丁を放した。

 手元に戻ってきた包丁を見て、エリーゼは微笑んでいた。


 青年の手は、ほんのり温かかった。

 彼に悪意を向けられていないと判ると、自然に笑みがこぼれた。



 新たな商機到来に、気を良くしたエリーゼはルートに包丁を返しながら訊いた。


「もうすぐ閉店だから、ルーカス様は事務室にいらっしゃるかしら?」

「そ……う、ですね。多分」


「ルート、ルーカス様に時間もらえるか訊いてきてもらえる?」

「リズ、それは――――」

「出来ないのに期待させてしまうのは、不本意なの。もちろん、話を通すだけよ」


 ルートの反対意見をわざと遮った。

 ヴァローズと取引のある商会なら、ルーカスと青年は知り合いに違いない。どんな取引関係なのか確かめてから、アロイスに報告する方が良いだろう。


 エリーゼは青年に再び向き合った。


「時間、もう少しいただいてもよろしいですか? うちの担当バイヤーを紹介させていただきたいので」


「!! ああっ! 大丈夫っ」


 おっちゃんは魚が売れる可能性が出てきたと、食い気味に返事した。


「ルート、お願いできる?」

「分かった」

「ありがとう! ルート」


 エリーゼが満面の笑みを見せて礼を言うと、ルートは眉を顰めた。

 その反応にエリーゼが首をかしげると、ルートはエリーゼの耳元に顔を近づけ囁いた。


「無防備に笑うな。俺が戻るまで、その顔封印」

「へ!?」


 耳に届く低い声に、身体がぞわっとした。


「すぐ戻るから、暴走するな。自重してくれ」

「???」


 エリーゼは暴走している自覚がなかった。

 しかし、自重と言う言葉に、新たな商機が目の前に来たと、理性のタガが外れていたのかと思い至る。がめついおばちゃん魂が表に出ていたかもと反省する。

 スンっと笑みがエリーゼの顔から消えると、「よし」とルートは言って、バックヤードへと向かって行った。すっかり気分を落ち着けたエリーゼは、ルーカス待ちの青年に話しかけた。


「もう少し、お待ちくださいね」

「――――仲いいな、彼と。彼氏?」

「な! とんでもない! ただの同僚です!!」


 当然、エリーゼは全力で否定する。

 ルートと話した内容が聞こえていないから、こんなふうに冷やかすのかと思っていたのだが……。


「――――良かった」

「ふぇ?!」

「いや、何でもない」


 青年は、んんっと派手に喉を鳴らした。それからは、押し黙ってエリーゼから視線を外した。


 どうやら青年は、これからやってくるルーカスとどうやり合うかを考えることにしたらしく、ただじっと待っていた。青年がが仕事モードに入ってくれたので、エリーゼは静かにルーカスとルートがやって来るのを待った。





 





エリーゼの営業スマイル0円に、青年とルートはK.O


一カ月以上ぶりの投稿になります。

読んでくださってありがとうございます!

次回も、よろしくお願いいたします。

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