王都で実演販売 2
王都に来る前、エリーゼはクラウディアに、時間ごとの大まかな客層の違いをリサーチしていた。
それを分析した結果、昼食が終わる頃の時間帯から、実演販売を始めると決めていた。
料理長クラスの使用人は、昼食を出し終えるタイミングで休憩をとる。
高額商品である『アル・マハト』に興味を持ってくれるのは、料理人の中でも上の地位に居て、高い給料をもらっている人であろうと当たりを付けたからだ。
買える金額だと判断できる人でないと、話さえ聞いてもらえないということは、前回やった実演販売の時に思い知っている。
同じ轍は、決して踏まない。
そして迎えた昼過ぎ――――
ヴァローズの販売員が、来店客に今から実演販売があると声掛けしてくれたおかげで、実演ブース前はそれなりの人垣ができていた。
事前に客寄せの手配してくれていたルーカスに感謝しつつ、エリーゼは一礼してから、声を張り上げた。
「ヴァローズにようこそ! 本日これから、万能包丁『アル・マハト』の実演と、美味しい料理の提案をさせていただきます。実演終わりに、料理の試食を数量限定で致しますので、最後までご清聴をお願い申し上げます」
人垣からヤジが飛んでこないことに、一瞬だけ安堵する。
注目を浴びながら、緊張を押し込め、エリーゼは語り続ける。
「まず、今回私どもがおすすめの料理はこちら。途中まで調理済で、品質を保つために凍らせてあります。それを熱した油へ静かに滑り込ませます」
油の中でコロッケとトンカツが、じゅわぁっと音を立てた。
そして、砂時計を客に見せ、ひっくり返し置いた。
ちなみに砂時計は、3分計れるこの世界にある一般的なやつだ。
「これから、この砂時計の砂が二回落ち切る間に、こちらの万能包丁『アル・マハト』で、野菜のつけ合わせを作ります」
ホフマンが、鮮やかな手つきでキャベツの千切りを始める。
包丁の軽快な音に、客の目はホフマンの手元に移る。
「この万能包丁『アル・マハト』は、我がシュピーゲル領の剣鍛冶職人が丁寧に鍛え作り上げました。従来の包丁より、小型で、軽量なので使いやすく、切れ味もこの通り! 抜群でございます!!」
ふち周りに、薔薇のレリーフをあしらった、二枚の真っ白なディナープレートに、出来上がった千切りキャベツを三角錐を作る様に、美しい山の形に盛り付ける。
間髪入れずに、次はトマトでバラを作る。
砂時計は一回目が落ち切るまで残り三分の一くらい、結構ギリギリのペースだ。
内心ドキドキしながら、エリーゼは進行を続ける。
「柔らかい完熟トマトも、見て、見て、見てください! ほら、この通り! 薄くスパスパ切れてますよね!? すごい切れ味なんです! ちなみに、この包丁、野菜はもちろん、肉や魚も、これ一本で全て切っていただけるのです―――――っと、ここで、砂時計二回目ひっくり返します」
砂時計を素早く上下を変えて置き、エリーゼは油の鍋の前に立つ。
「ここで! 油に入れっぱなしだった、こちら、コロッケとトンカツというのですけど、表裏をひっくりかえします。――――あっ、良い色ですね。このようなきつね色に揚げて下さいねっと、言っている間に、トマトのバラが一つ完成していますよ! 綺麗ですね!」
視覚の誘導が成功し、キャベツの山だけだったディナープレートに盛られた見事なトマトのバラの出現に、「おおっ」と歓声が上がった。
ホフマンは寡黙に、二つ目のバラの細工に入っている。砂が落ち切るまで約2分。丁度間に合うくらいの良いペース。彼はブレることなく慣れた手つきで、二つ目のバラを盛りつけた。バラの葉を模したベビーリーフを添えて、砂が落ち切る前に野菜の付け合わせは完成した。
「砂が落ち切りましたので、コロッケとトンカツを油から引き揚げ、揚げ紙の上に置いて、しばらく油を切ります」
網匙でコロッケとトンカツを、揚げ紙を敷いたバットにのせる。
そして、バットをホフマンに手渡し、エリーゼは話し続けた。
「この万能包丁『アル・マハト』は、こちらに書いてある通り、価格は三万五千ヨーロで、受注生産しております。しかし! 今回、先着20丁に限り、即納させていただきます。是非、ご検討くださいませ。よろしくお願い申し上げます!」
エリーゼは最後まで立ち去らずに聞いてくれた客たちに、感謝を込めて一礼した。
その横でホフマンが、トンカツを軽快にサックサックと等分に切り、コロッケと一緒に一皿分をディナープレートに盛り付けた。一皿は、料理の盛り付け例として客に見せる分だ。
「これで、完成です! これから試食用に一皿分は、細かく切らせていただきます。どうぞ、味見をして、気に入ったらお買い上げください!」
ホフマンが一皿だけ、コロッケとトンカツを細かくカットして盛り、コロッケにはトマトソースを、トンカツにはデミグラスソースをかけた。一切れづつ、つまようじに刺して客に勧めた。
サクサクと客が咀嚼する軽い音が、時間差で響く。
「うまっ、この外側にくっついている皮、香ばしいな! 外はカリッとしているのに中の……豚肉は、ジューシーだ……」
上手い食レポ披露してくれた客に、エリーゼは笑顔を向ける。
「ですよね! ですよね!? 豚肉の方はトンカツと言います。今回はデミグラスソースをかけましたが、別のソースをかけると全く違う味わいになるんですよ!! お客様の好みのソースで試されても良いと思います!」
「ジャガイモのやつも、うまいぞ。マッシュポテトをカリッとした衣で包むとは、食感のコントラストが良い」
またしても良いコメント。
めちゃくちゃ感触良さげな反応に、エリーゼはテンションを上げた。
「はい! 油で揚げるだけなので、手間いらずです! ご家庭にある紅茶用の砂時計を使えば、揚げ時間も分かりやすく、失敗なく召し上がっていただけると思います!」
「解凍する必要ないのか?」
「むしろ、凍ったままを揚げる方が、仕込みたての味になります。持ち帰られたら、冷凍庫に入れて保存してください。解凍されてしまうと、うま味が溶け出してしまうので、味が落ちます」
「そうなんだ、うちに冷凍庫ないから――――」
「有料になりますが、冷凍状態を保てる保冷バッグを用意しています。今日の夕食までの数時間でしたら、凍った状態を保てます。揚げたものが良ければ、お待ちいただければ順番に揚げてご用意いたします」
客のニーズはいつでも多様で、きめ細かく対応できるように考えて、冷凍商品と揚げた完成商品どちらも売れるように準備している。
「はい! こちらを先頭に、順番にお聞きするのでお並び下さい」
エリーゼが列を作る様に誘導すると、試食した客が連なり列が完成した。
「それでは、先頭の方。冷凍ものか、揚げたものか、どちらにいたしましょうか?」
「じゃあ、揚げたものを。ジャガイモと肉のを3個づつ」
「かしこまりました。お待ちください」
一人目の注文を聞いた後、エリーゼは後ろに並ぶ客に向かって声をかけた。
「お並びのお客様で揚げたものを買いたい方は手を挙げていただいてもよろしいですか?」
すると、列のほとんどの人が、揚げたものが欲しいと手を挙げた。
エリーゼは、揚げ油鍋に、コロッケとトンカツを5枚づつ放り込んで砂時計をひっくり返す。一度に揚げることのできる最大量を揚げて、少しでも待ち時間を短くしようと考えた。
「ルートは、冷凍品の持ち帰り希望の方の対応をして」
「はい」
手分けして対応始める。
揚げる香りに惹きつけられた客が列を作る。
コロッケとトンカツは、初日にしては良く売れた。
時間は進み、もうすぐ閉店と言う時間になろうとしていた。
エリーゼは、複雑な気持ちになっていた。
肝心の万能包丁は、一丁も売れていない。
やはり、簡単に売れない商品なのだと痛感していた。
「そんなに、甘くないわね」
包丁は、一度買えば、使えなくならない限り買い替えるものではないから。
「まだ初日です。焦らずにいきましょう」
「……うん、そうね」
「リズ? リズじゃないか!?」
「え?」
声をかけてきたのは、壮年の白髪交じりの男性だった。
エリーゼを『リズ』と呼ぶ彼を見て、思わず破願した。
「料理長! いらっしゃいませ!!」
なんと、王太子宮の料理長だった。みんな料理長と呼んでいるので、名前は知らないのだが、確かに知り合いだった。
「領地へ帰ったと聞いたが、帰ってきたのか?」
「帰ってきたわけではなく、領地の新事業の出張販売に来てます。シュピーゲル領一押しの万能包丁『アル・マハト』いかがですか?」
エリーゼがサンプルを見せると、料理長は興味深げに手に取って握る。
「へぇ……、小さいものだね」
「軽くて、切れ味が良くて、使いやすいですよ。肉や魚、野菜まで全てこれ一本で切れます」
「ふぅん……、じゃ、試しに一丁、買ってみようかな」
「!!」
待ち侘びた売り上げ第一号の登場に、エリーゼは泣きそうになった。
「ぁっ……、ありがとうございます。料理長」
「はは、大袈裟だな」
「だって、初めてのお買い上げなんですもの」
「……そうか。色々と頑張っているんだな……」
「……」
「料理長、この包丁、お買い上げ日から一カ月以内なら、希望の方に名入れの無料サービスをしているんです。それに、お客様のアフターサービスにも力を入れておりまして、お名前とご連絡先を、この用紙に記入いただけますか?」
「うん、いいよ。名入れサービスって、本当に無料なの?」
「はい、10文字以内ですけど……、あ、それと、名入れした包丁の返品はお断りしてますので、一度使って気に入っていただけたら、是非名入れ利用下さい」
「――――分かった。そうさせてもらうよ」
「本来は受注生産品で、注文いただいてからご用意するのですが、今回は先着20丁、即納できるので、今日すぐにお持ち帰りいただけます」
「えっと、三万五千ヨーロ? ……はいこれ」
料理長は、尻ポケットの財布から現金を出してくれた。
ポンと払えるなんて、やはり料理長はすごい稼いでいるんだなと思う。
「はい、確かに。ありがとうございます」
手作りした、シュピーゲル家紋入りの紙バッグに、包装済みの包丁を入れて手渡す。
「リズ。明日改めて、そこのコロッケとトンカツ?、とやらは、若いのに買いに来させる」
「はい、よろしくお願いします!」
「おう、またな」
料理長は、颯爽と帰って行った。
「ルート! 売れたわ、やったわ!!」
嬉しさがこみ上げてきて思わず声を上げ、ぴょんぴょん飛んでしまう。
ルートはノリが悪く、飛び上がりもしてくれない。
「まだ、1丁しか売れてないのに……、喜び過ぎですよ」
「何よ、嬉しくないの?」
「ホッとしました」
「今日の実演販売、時間ぴったりですごかったわ。高くて買えないってヤジる人もいなかったし。明日も頑張りましょうね!」
「はい」
最後に返事したホフマンの声が、明らかに柔らかかった。
ヴァローズの出張販売は、残り4日。
料理長のおかげで、良いスタートを切れたと思ったエリーゼだった。
実は既成の冷凍食品が存在しない世界。だから、揚げたトンカツやコロッケの方が売れます。
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