王都で実演販売
遅ばせながら本年一発目、今年もよろしくお願いします。
見せ方の軸が決まると、実演でのシナリオ構成はエリーゼの頭の中で速い勢いで形作られていき、思うまま浮かんだことを文章で書き起こした。
ホフマンに実演を頼んで、エリーゼが進行するスタイルはそのままで、より客に魅せることを意識して、ヴァローズらしい演出もする。
アロイスとルーカスの力添えがあり、前世で言う冷凍庫の機能を持つ魔道具がシュピーゲル家に用意された。ヴァローズの店舗にはすでに完備されているものらしく(驚き!)、ヴァローズ会頭に高額魔道具を貸し出している店を紹介してもらえた。
おかげで、リース契約で冷凍庫が手に入り、最小限の初期投資で済んだのは幸いだった。ちなみに、その魔道具は荷車に乗せて運べるので、シュピーゲル家で商品を仕込んで王都に持っていける。
(まさかのコードレス冷凍庫の存在、感動で震えたわ!!)
ルーカスに企画して採用された、ヴァローズ監修のコロッケとトンカツを、『アル・マハト』の実演する場でコラボ販売するため、量産していくここととになった。
図らずも、コラボ商品の仕込みをクラウディアに手伝ってもらう流れになり、魔女の解呪診察を隠す表向きの口実ができた。
ルーカスに疑われることなく、クラウディアはシュピーゲル家滞在を継続している。コロッケとトンカツ仕込みの合間を縫って、気分転換の散歩と称して、エリーゼとリタとクラウディアの三人で魔女の診察に堂々と通っている。女子会みたいな雰囲気を前面に出してでかけるので、ルーカスは当然、アロイスやホフマンも付いて来れない。着実にクラウディアの体に刻まれた禁術が、解呪される日は近づいている。
そして、目まぐるしい日々は過ぎていき、『アル・マハト』の納品日を迎えた。商品の完成と同時に、エリーゼとホフマンは王都に行くことが決まった。
クラウディアの兄、ルーカスは仕事の都合で王都から離れられず、今回こちらへは来ていない。
準備を整えたエリーゼは、見送り組としばしの別れを惜しむ。
「クラウディア様、お義姉様をよろしくお願いします」
「リタ様のことは任せて。頑張って来てね、エリーゼ!」
クラウディアが力強く言う。
彼女はこちらに来た当初より、明るい表情になった。
体に巣食う禁術の解呪が進んでいるのを、実感しているからだろうか。
「お義姉様、くれぐれも体に気を付けて。少しでもおかしいと思ったら、クラウディア様に言うんですよ」
「分かっているわ、心配しないで。エリーゼこそ気を付けてね。それと、『アル・マハト』沢山売ってくるのよ」
「はい!」
今回、王都の滞在期間は7日間の予定で、行き帰りの移動日数を考えると、全行程は13日かかる計算になる。
リタの出産予定日は、丁度戻ってくる日の頃で、時期が早まったなら間に合わない可能性がある。
「エリーゼ、俺も一応残るんだから、リタのことは大丈夫だ」
「…………くれぐれも、頼みますよ。お兄様」
「微妙な間をとるな、まったく。信用ないなぁ……」
「信用はしていますよ。でも、この時期でなくても良かったかなと思うところもあって」
リタの出産を見届けてから、王都へ行くようにすれば良かったのかもと今でも思う。
しかしアロイスは、顔を左右に振り、エリーゼの迷いを断ち切った。
「商機を逃してはならない。実演販売はお前しかできない重要な役目だ。領地の命運がかかっている大仕事だ。しっかりやってくるんだぞ」
「えぇ、必ず未来につなげてきます。いってまいります!」
エリーゼは強気な言葉で応えて笑った。
カラ元気を出したのは、気を抜くと責任の重大さに襲われて体が震えるからだ。湧き出る不安を、全力で押し込めた。
今、自分は前を向いて突き進むことしかできないのだからと、自分を奮い立たせた。
リース契約した冷凍庫を、細心の養生を施して荷馬車に積み込まれている。
その傍らにエリーゼは乗る。冷凍庫輸送が優先なので、少々乗り心地は悪いが、ホフマンが多めのクッションやブランケットを揃えてくれていて助かった。
馭者のホフマンが、馬をゆっくりと走らせはじめる。
荷馬車が見えなくなるまで、アロイス達は手を振ってくれた。
エリーゼも、彼らが見えなくなるまで手を振り続けた。
出発して3日後の朝、エリーゼとホフマンはヴァローズの荷受け場に着いた。荷馬車を止めたホフマンは、荷受け場にいた従業員に声をかけた。ルーカスから聞いているそうで、呼んでくるのでしばらく待つよう言われた。
ちなみにエリーゼとホフマンは、前回の実演販売でした変装をしてヴァローズにやってきている。エリーゼはシンプルなブルーのワンピースで茶髪の鬘で金髪を隠し、魔道具眼鏡で紫色から茶色の目に変えている。そしてホフマンは、黒の短髪を、茶色の長髪鬘で隠し、魔道具眼鏡で黒色から青色の目に変えている。シュピーゲル家の使用人リズとルートという設定で振舞うことは、ルーカスに連絡済だ。
エリーゼは荷車から降りて、背伸びをして体を伸ばす。
冷凍庫の見張り番をしつつ、身体を動かすと気持ちがスッキリしてくる。
脳内で再生したラジオ体操をしていると、ルーカスがやってきた。
「やぁ、エリ……、いや、リズ。えと……、ルートさんもお疲れ様」
エリーゼとルーカスが呼びそうになったのを、鋭い眼光を向け阻止した。
しどろもどろだが、ちゃんと設定どおりに呼ばれて、エリーゼは笑顔の使用人モードになる。
「ルーカス様! おはようございます! 今日からよろしくお願いします」
「こちらこそ、沢山売ってくださいよ」
「はい、頑張ります」
挨拶を終えたルーカスは、荷受人たちに指示を出し、冷凍庫の養生を解き運び出していく。
「持ち込んだ荷物は、実演販売の売り場に近い場所を確保しているから、安心して」
「はい、ありがとうございます」
ヴァローズの荷受人たちは、大きく重い荷物を軽々と持ち上げ、台車に乗せて危なげなく冷凍庫は店内に運び込まれた。
その他の荷物も人海戦術で、次々と運ばれていく。
「すごい、あっという間ね」
「開店前に設置を終えたいから、慌ただしくてすまないね。さぁ、売り場へ案内するよ」
「はい」
ルーカスの後をエリーゼとホフマンはついて行く。久しぶりにした早歩きに、息が上がる。
ヴァローズの食品売り場は1階にあり、目的地まですぐだった。客用入り口の丁度対角になる位置に歯抜けになっているスペースがあり、奥まったところに冷凍庫が収められている。
「ここは期間限定の催事専用スペースなんだ」
「確か、少し前は王都の有名店スイーツを集めた催しをしていた場所ですね?」
「そう、その場所だよ。良く知っているね」
「えぇ……、クラウディア様に聞いて、店内の詳細地図を作った時に教えてもらいました」
クラウディアの予想通りの場所を割り当てられていて、エリーゼはヴァローズの扱いが結構いいことに胸を撫で下ろした。一度もヴァローズに来ることなく、とんとん拍子に決まった出店だったから、正直不安だったからだ。
「地図を、作ったの?」
ルーカスが驚いた顔をして訊いてきた。
「えぇ……、効率良くものは売らないといけませんから……」
「効率……」
ピンときていない様子のルーカスに、エリーゼは今回の販売戦略を手短に説明することにした。
実演販売を見ている暇がない人たちは、一定数かならずいる。貴族の家に仕える使用人が多く来店するヴァローズは、特に時間に追われて買い物に来る人が多いと考えられる。
「実演販売は、来客が時間に余裕がある昼食後の数時間限定で行い、様子を見ようと思います。その時間なら、夕食用に、コロッケとトンカツを買って帰ってもらえますし……」
コラボ商品が売れないと、ヴァローズのうまみがなくなってしまうから。
無名の包丁を売る場を提供してくれた恩に報いたかったのだ。
「そうか、だからディアの協力が必要だったんだね」
「はい、おかげで納得のいくものができました。クラウディア様の尽力には感謝しかありません」
「ディアも、リタ様や君といることで笑顔が増えた。近頃、私たちは少しぎくしゃくしていたから助かったよ」
クラウディアの思いつめた姿を前に、ルーカスはどう向き合ったらいいか悩んでいたのが知れた。しかし、悩みの解決法は煮詰まり過ぎて、傍から見ると異常行動にしか見えなかったのは、残念過ぎる。やればやるほど、クラウディアとの距離が広がっていき、今の状況になってしまったのだろう。クラウディアもルーカスも物理的に離れることで、冷静になれたのは良かったかもしれない。
「ルーカス様が焦る気持ちはわかりますが、急いては事を仕損じると肝に銘じてください」
「エリ……リズ」
「結婚していないのに、いきなり妻扱いすると、揶揄われているのかと勘違いされますよ」
「! そんなつもりはっ――」
「まだ兄妹だった時間の方が、長いんですよ? それに結婚は、もっと時間をかけてするものだと思いますよ」
「……」
「ルーカス様、わかりましたか?」
沈黙してしまったルーカスに、エリーゼはしっかりと釘を刺す。
「……うん、肝に命じる」
「はい、お願いします」
「リズ! 設営急ぐぞ!」
先に荷ほどきを始めていたホフマンが、エリーゼに声をかけてきた。
時間を忘れて呑気に話し込んでしまっていた。
「いけない! ルーカス様、失礼します」
ルーカスに一礼してから、ホフマンの元へエリーゼは歩いて行く。
エリーゼと入れ替わるように、ルーカスに声をかけてくる男がいた。
「ずいぶんと親し気にしている娘なんだな」
「ヘルゲ! 盗み聞きしていたのか!? 意地が悪いな」
男の名は、ヘルゲ・ヴァローズ。その名から分かる通り、ヴァローズ商会の現会頭の息子で、ルーカスとは国立魔法学院で同級生だった。ルーカスの父が囚われ平民に落とされた時も、態度を変えることなく親身になって手を差し伸べてくれて、ヴァローズ商会に迎えてくれた。
「クラウディア嬢の友人なのか? 彼女」
「そうだ」
「物陰でお前とのやり取りを聞いていると、俺らより年上の女性かと思ったが……。若いというか、まだ少女じゃないか?」
「……リズは、16歳で成人しているぞ」
「16!? やっぱり、若いな」
ヘルゲが分かりやすくテンションを上げるのを、ルーカスは苦笑いしてみる。
「可愛いなぁ、その上頭がいいとは。ヴァローズ商会に欲しいなぁ……」
ヘルゲはエリーゼをスカウトしようとしている言動に、流石に不味いと先手を打つ。
「彼女は、売約済みだ。粉かけるなよ」
「えぇ……、16でもう売れちゃってるの!? どこの馬の骨に?」
「相手は上位貴族だからな、余計な詮索は身を滅ぼすから止めておけ」
「うわ……、最上の馬の骨かよ……。分かった。貴族の下僕になるのはいやだから、関わらないようにしとく」
「賢明な判断だ」
「あとは頼んだ、じゃぁな、ルーカス」
「え、ちょっ……」
脱兎のごとく、ヘルゲは退散していった。
「ルーカス様! お聞きしたいことがあるのですが――――」
「!」
ヘルゲが開店準備を進める人波に消えてすぐに、エリーゼがやってきて、ルーカスはドキリとした。エリーゼにヘルゲとのやり取りを聞かれていた様子はなく、ルーカスは人知れず胸を撫で下ろした。
それから、エリーゼとホフマンはルーカスの力を最大限に借り、開店前に設営を済ませることが出来た。
そして、絶対負けられない戦いが、もうすぐ始まるのだ。
投稿の間があいてしまい、申し訳ありませんでした。
地震の報道で、過去の出来事のフラッシュバックに悩まされて、ちょっと病んでました。
こんな豆腐メンタルでどうしようもない奴ですが、今年も頑張りますので、よろしくお願いします。




