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実演販売準備

 禁術付与の魔法薬によって、クラウディアの身体にかけられた効果の解呪を、魔女が請け負ってくれることになり、エリーゼ達は定期的に彼女の元へ治療に訪れることになった。


 魔女の初回診察を終えた帰り道、クラウディアがぽつりと本音をこぼした。


「なんだか、夢を見ているみたい……」


 その言葉に、エリーゼは胸を締め付けられた。

 エリーゼは、クラウディアが王都の医者たちに、解呪できないと言われ続けたと告白されたことを思い出す。その過程で何度も絶望に打ちのめされてきたのだろう。そして、今の身体の状態で一生を終えるのなら、ルーカスの為に、一緒にいることを諦めなければならないと覚悟をしてきたクラウディアは、魔女にあっさり受け入れられたことが、まだ現実として感じられないようだった。


「お義姉様のおかげね」


 エリーゼは、ただ事実だけを伝える。

 事実を受け止めるだけで、気持ちは180度変わる。

 解呪が出来れば、障害は無くなり、ルーカスと結婚できるのだ。


「そうね、リタ様。本当にありがとうございました」

「口繋ぎをしただけよ。大袈裟に言わないで」


 リタは、魔女がぼったくって依頼を受けたこともあり、感謝されると居心地が悪そうにしている。しかし、良い方向に行けそうな糸口が見つかったことを、素直に喜んでいるようでもあった。


「このことはここまでにして。それより、エリーゼ。実演販売の準備も取りかからないと。『アル・マハト』の納品日には、準備できていないといけないのよね? 何か、策は思いついているの?」


 いち早く思考を切り替えたリタの言葉に、エリーゼは苦笑いした。


「策……は、まだ――です……」

「何ですって!? 大変!!! 早く帰ってやらなきゃ!」


 臨月を迎える妊婦であるリタが、先立って家路へと急ぎ足になる。


「あわわっ、お義姉様っ、走らないでっっ!!」

「危ないですっ、リタ様っ」


 エリーゼとクラウディアが急いでは危ないと言うと、適度な運動だと、リタは力強く言い切った。




 そして、帰ってきたシュピーゲル家。

 早速、三人はエリーゼの自室に集まり、実演販売の戦略会議をすることになった。


「まず最初に、実演販売する食品フロアにある店と、売られているものの場所と品名を書き出したいので、教えてほしいです」


「食品フロアは、ヴァローズのバイヤーが厳選した食材が、沢山置いてあるわ」

「もっと具体的に。陳列棚の場所まで、詳細な店舗地図を作りたいの」


 エリーゼは、紙を繋げて作った大きな紙を広げる。

 前回の実演販売は、来店客のリサーチ不足で大失敗したことから、客の好みを陳列品や店舗内部配置から、徹底して考察しようと思っている。


「建物は、四角形かしら?」


 一番外の枠を書こうかと、エリーゼはクラウディアにビルの形を訊いた。


「えぇ!? エリーゼは王都に住んでいるのに、ヴァローズに行ったことないの?」

「実は、行ったことないの。全く知らないから、出来るだけ詳しく教えて欲しいの」


 転生してから、色々と巻き込まれて、王都を見回る余裕はなかった。

 ヴァローズは、前世で言う百貨店のような店だろうとは想像しているが、絶対同じものではないので、細かく確認しなければならない。あまりかけ離れた提案をしても、ダメなことは前回身に染みて理解したからだ。前世でウケていたからといっても、この世界でウケるとは限らないのだ。


「私も行ったことないから、力になれないわ。クラウディア様の記憶だけが頼りよ」


 エリーゼが恥ずかしくないように、リタがフォローを入れてくれる。

 王都に住んでいて、大店のヴァローズに行ったことないのは不自然かもしれないが、今はそこが重要ではない。

 王都を知らないことをツッコまれたくないと、知らぬ存ぜぬを押し通していると、クラウディアは逆に納得したように言った。


「そうよね。お得意様なら、家に外商の販売員が来るから、わざわざ店舗に足を向けることはないものね」

「……」


 エリーゼは勘違いされていると気づいたが、にこりと笑って受け流した。

 クラウディアは、ポカンとするリタに説明してくれる。

 外商の意味が分からなかったエリーゼも、耳ダンボで聞き入る。


 上位貴族なら、外商と呼ばれるヴァローズの販売員が、客の好みに添った商品を厳選して、直接家まで売りに来るということだ。シュピーゲル家は男爵位で下位貴族になるが、相当金額を購入した履歴があるなら、同じ待遇で商品購入をしていてもおかしくないらしい。だから、お金持ちな箱入り令嬢ほど、ヴァローズの店舗に来たことないということは納得いくことらしい。


(そういえば、ラルフ様もドレス選びの時、家に店の人を呼んでいたわね……)


 ついこの間の事なのに、ひどく前の事の様に感じ遠い目になる。

 なんにせよ、上手く勘違いしてくれて誤魔化せて良かったと、エリーゼは思う。


「知らないことは、聞くしかできないの。細かく、思い出して」


「私は、商品の品出しや、発注をしているから、棚にある品物は細かく覚えているわ。書いていっても?」

「お願いします」


 それからクラウディアは思い出しては書きだす作業を繰り返して、書き直したりして、地図が完成する頃になると、日はすっかり傾き、夜になりかけていた。


「こんな感じかしら?」


 クラウディアが静かにペンを置いた。

 そして、思い出すことに集中していた緊張を解いた。


「……」

「エリーゼ?」

「――――素晴らしいわ……」

「え?」

「クラウディア様の記憶力は、素晴らしいと思います! これは、大きな戦力になるわ」


「そうなの?」

「えぇ! いくつか考えていた案があったのだけれど、これでどれでいったらいいか絞れた気がする!!」

「「!!!」」


 エリーゼの確信した顔に、クラウディアとリタは驚いた。


「一体、何を考えているの?」

「それは、ねぇ……」


 こうしてエリーゼ達は、ホフマンが夕食の準備を整えて呼びに来るまで話し込んでいた。




 そして翌日、昨日のエリーゼの案を現実のものにするべく、朝食を済ませてから、エリーゼはリタとクラウディアと共に厨房に立っていた。


「まずは、ジャガイモの皮ををむきましょう」


 自家製の規格を外れた歪なジャガイモを使う。

 前世と同じく、形の悪いとか小さすぎる野菜は出荷できないそうだ。

 味は変わらず美味しいので、規格外品は自宅消費用に回されている。


 使う包丁は『アル・マハト』、エリーゼの名が刻まれている。

 前世で使っていた包丁とほぼ同じ形状なので、ジャガイモの皮をむく手つきも慣れたものだ。


「エリーゼって、料理できたのね」


 クラウディアは、意外だという顔をしていた。

 その反応は当然だ。○○令嬢と呼ばれているこの世の貴族女性は、料理はすべて使用人に作らせて、出来上がったものを食べるのが普通だからだ。


「私のお父様は、騎士団の元料理人よ。だから、料理をすることは、珍しい事じゃないの」


 本当は違うが、そういうことにしておく。

 前世の記憶があるのは、秘密にしなければならないからだ。


「そうなのね、知らなかったわ」

「お父様は、領地のことをおじい様とお兄様に丸投げして、出て行ってしまったから……。外聞が悪くて言えなかったの」

「……」


 クラウディアは、表情を固まらせて黙ってしまう。

 そんな、気まずくなりそうな空気を変えたのはリタだった。


「エリーゼ、玉ねぎはどんな風に切るの?」


 リタは自分の名前が刻まれた『アル・マハト』を手に、微笑む。

 厨房には、エリーゼ、リタ、ホフマンの名を刻んだ三丁の『アル・マハト』が常備してある。それぞれの名前の包丁を使うのが、今では暗黙のルールになっている。そして、常に使用感を確かめ、気づいたことがあれば報告する様にしている。


「玉ねぎはみじん切りで。存在感を残したいので、粗目で」

「分かったわ」


 リタは早速玉ねぎを刻み始める。

 エリーゼとリタが手早く仕込んでいくのを、クラウディアは静かに見守っている。


 エリーゼは、皮がむけたジャガイモを一口大に切り、片手鍋に入れ、水をじゃがいもがひたひたになる位張る。そこに塩を一つまみ入れ、火にかけた。


「ジャガイモは、柔らかくなるまで煮ます」

「玉ねぎ、切れたわよ」


 まな板に玉ねぎのみじん切りの山が出来ていた。


「お義姉様、ありがとうございます。玉ねぎはフライパンに菜種油を少しひいて、炒めていきます。焦がさないように、混ぜながら火を通していきます」

「分かった。任せて」


「私は、この硬くなったバゲットを、おろし金ですり下ろします」

「パンをすり下ろすの!?」

「そう、衣にするパン粉を作るの」

「……パン粉……」


 クラウディアは聞き慣れないフレーズだったのか、オウム返しで呟いた。

 前世ではパン粉は定番商品だが、この世界では珍しいのかと実感する。


「やってみるから、見てて下さいね」


 エリーゼはそう言って、がっしがっしとバゲットを削り下ろしていく。結構力がいるし、根気のいる作業だ。


(フードプロセッサーみたいなのがあれば、楽なのになぁ……。魔道具でそういうの無いのかなぁ……)


 ぼんやりと思いを巡らせながら、エリーゼはバゲットを削り続けた。


「エリーゼ、ジャガイモ、煮えたみたいよ」


 玉ねぎを炒めていたリタが、鍋の様子を見て声をかけてくれる。


「はい! すぐ行きます」


 エリーゼはバゲット削りを中断する。


 ジャガイモを一つ掬い取り、すっとフォークが通るのを確認した。

 片手鍋を手に持ち、シンクに用意しておいたザルにジャガイモを取り、煮汁を切る。すぐにジャガイモを片手鍋に戻し、再び火にかけ、水気をさらに蒸発させる。

 良い感じに粉がふいてきたジャガイモを火からおろしボウルに移す。


「熱いうちに、ジャガイモをマッシャーで潰します」


 潰せたら、粗熱が取れるまで放置する。


「玉ねぎも、このまま放置で」


 フライパンを火から下ろして、そのまま鍋敷きの上に置く。

 パン粉作りに戻ろうとしたら、クラウディアがバゲットをがっしがっしと削っていた。


「クラウディア様」

「これ位なら、私もできるわ。他にも仕込みがあるのでしょう? これは私がするから、エリーゼは他の作業をして」

「はい! ありがとうございます」


 エリーゼはクラウディアに礼を言い、エリーゼは豚肉のロースの塊を手にした。思い切って厚めにスライスしていく。スライスした豚肉の筋を切るように包丁を入れ、刃の反対側の(むね)(別名(みね)とも言う)で、肉を叩いて繊維を壊していく。


「そんなに薄くなるまで、叩いちゃうの?」


 念の入った叩きように、リタがツッコんでくる。


「しっかり叩くと、柔らかく食べやすくなるんですよ! 薄くなっても、寄せ直せば、元の厚みに戻りますよ」

「へぇーー、そうなんだ……」


 叩き終えた豚肉を成形し直して、塩コショウで下味をつける。


「エリーゼ、パン削ったの、これでいい?」


 クラウディアの方を見ると、見事なパン粉が出来上がっていた。

 元平民だけあって、意外と手早い。

 前世ならフードプロセッサーにかけて一瞬で作れるパン粉も、おろし金で人力で作るとなれば、一苦労な作業だ。


「はい、良い感じです! 大変だったでしょう? ありがとうございます」


 エリーゼが労をねぎらうと、クラウディアの頬が緩んだ。

 養父に抑圧されていた生活から解放された彼女は、本当に表情豊かになったと思う。


「さぁ! 下ごしらえが出来たので、仕上げていきますよ!」


 潰したジャガイモと炒めた玉ねぎを混ぜ込み、小判型に成形し、小麦粉をまぶす。下ごしらえした豚肉も同様に、小麦粉をまぶす。余計な粉は、はたいて落とす。


 次に、小麦粉と同量の水をよく混ぜ合わせ、バッター液を作る。バッター液に成形したジャガイモと豚肉を、全体につけたあと、パン粉を同様にまぶして、少しおいて馴染ませる。

 それを、油で揚げたら、前世でおなじみ、コロッケとトンカツの出来上がりだ。

 

 前世では卵を溶いて纏わせるのが一般的だったが、コロッケに関しては植物性食品だけで作るのにこだわりたかったから、バッター液を用意した。卵が高騰した時期にバッター液で節約した経験が生きていた。


(せっかく作るのだから、私もコロッケ食べたいんだもの!)


 キャベツの千切りや乱切りのきゅうり、プチトマトを盛った皿に、コロッケはそのまま、トンカツは短冊切りにして盛る。


「できたわ!」

「すごい、香ばしい。良い匂いね」


「コロッケとトンカツです。食べてみて」


 エリーゼに勧められるまま、リタとクラウディアはくちにする。

 サクッサクッと軽い音が響いた後、二人の顔が自然に緩む。


「何これ、美味しい」

「本当に、美味しいわ」


「良かった!」


「古いパンって、こういう利用方法があるなんて知らなかったわ」

「パンだけじゃなくて、ジャガイモも形の悪いものや、小さすぎる規格外のいもを利用して、加工して付加価値を付けて高く売ることでき、食品ロスを減らすことに繋げることができます。たまねぎも同様の期待ができると思います」


「確かに」


「逆に豚肉を使うトンカツは、ヴァローズ厳選のブランド肉を使って、高級感をアピールします。産地の違うトンカツを好きなものを選んで買ったり、食べ比べしたりしたら、楽しめるんじゃないかなと思ったりして!」


「――――うん、良いかも」


「ヴァローズでは、持ち帰れる料理や加工品などが豊富だけれど、半加工品は売ってなかったので、狙い目だと思ったんです。下味と衣……パン粉をまぶすところまでこちらで加工して、お客は勝手持ち帰って、油で揚げるだけで、出来立ての味が食べられるなら、買いたいと思いませんか?」


「それは……、うん、思うかも」


「でも、品質を保つためには、半加工品を凍らせて保存できる方が良いのだけれど、可能かしら。凍ったままの商品を揚げると、作りたての美味しさが楽しめると思うのだけれど……」


「え、これを凍らすの!?」


「そうですね、欲を言うと、凍らせるだけじゃなくて、冷凍状態を保てることが必要ですね。販売するには、一定数、事前に用意しなきゃならないし。ものを凍らせて保管出来る箱みたいなものがあると良いんだけれど」


「「……」」


「魔道具は、旦那様に訊いてみようか」とリタが言う。

「ルーカス様も、魔道具に詳しいので、手紙鳥で訊いてみますね」と、クラウディアが言う。


「はい、よろしくお願いします」


 昼食は、コロッケとトンカツの試食会になった。

 味の方も、アロイスとホフマンにも好評で、速攻でホフマンにねだられ、レシピを教えることになった。










 



残ったトンカツをパンで挟んで、ホフマン自作のデミグラスソース塗ったカツサンドを作ったら、これまた好評だった。


ブックマーク登録、評価等いただけると幸いです。

今年も残り僅かになりましたね。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次回の更新は、年明けになると思います。

この頃、展開に悩み、更新が遅れ気味になり申し訳ございません。

ゆっくり牛歩更新ですが、来年もよろしくお願いします。


まずは、感謝を。貴方に。


そして、来年が貴方にとって、良き年になりますようにお祈り申し上げます。





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