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異世界で女子会 2

 エリーゼの自室で急遽開かれることになった女子会は、最初は和やかな雰囲気で始まった。


 シュピーゲル男爵領地産の果物や、ホフマン特製のミニパンケーキに舌鼓をうつ。

 王都暮らしの舌の肥えたクラウディアにも、好評だった。


「あの執事の方、本当に料理が上手なのね!」

「うん。執事業務より、家事業務しているほうが生き生きしているのよね……」


 クラウディアの直球な感想に、エリーゼも激しく同意し、しみじみとしながら肯定した。

 すると、リタが爆弾発言を落とした。


「ホフマンは、本当は侍従希望だったし」

「え!? なのに、どうしてまた執事に??」

「こちらが、執事しか募集していなかったからよ。採用してすぐに、高齢の使用人たちが相次いで暇を申し出る流れになって、最後はホフマン一人で家政を回すようになってしまったの。今となっては、ホフマンの家事スキルに大いに助けられているから、結果オーライね」


 侍従としてきたはずが、いきなり使用人トップの執事に採用されたとは、異例中の異例なことだったろうと思う。

 前世で言うなら、平社員募集で面接に来たら部長になってくれと言われたような感じかなと、置き換えてそれは異例だと、エリーゼは納得した。


「でも、気が回り過ぎて怖い時があるのよね……」


 この何とも言えないもどかしい感覚を共有できないかと、エリーゼはこぼした。


「……ぅん……。パンケーキならバター乗せないのかなって思ったの、タイミングよく訊かれて、心を読まれたのかと驚いたわ。魔法使いの特殊能力かしらって――――」


 クラウディアがすぐに反応してくれた。


「自己申告だけど、魔法は使えないらしいわ」とリタが答える。


「そうね。ホフマンが魔法で何かしているの見たことないし……、単に第六感が鋭い人なんでしょうね」と、エリーゼも結論付けた。


 そして、クラウディアの不安を無くすために、エリーゼはホフマンの台詞の意味を付け加え補足説明した。


「でも、バターに関しては、私が食べられないから、ホフマンは意識的に省いてくれているから、だから定番の添え物なのに用意してなかったんです。リタ様は私に付き合って同じものを食べてくれているから、お客様のクラウディア様に聞いただけだから、怖がらなくていいですよ」

「バターが、食べられない……って?」


 クラウディアが間髪入れずに訊いてきた。


「あぁ……、私ね、体質が変わってしまって、動物性食品食べると体調を崩してしまうの」

「えっ!? 大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。植物性食品で栄養取れるから、問題ないの」

「そう……」


「食生活に気を付けていれば、健康そのもの……て、え? どうしたの!?」


 クラウディアの顔が、苦し気に歪んでいた。


「ごめんなさい……、私、何も知らなくて……。大変だったわね、エリーゼ……」

「……」


 急に表情を曇らせたわけが分からなくて、エリーゼは言葉を失った。

 そのエリーゼの心の内を悟ったのか、クラウディアはゆっくりと口を開き話し始めた。


「私も……、いつこの体が動かなくなるか不安で……、ルークは魔力持ちだから、お父様の魔法薬を自らの能力で無効にして、元の姿に戻れたけれど――――。私は魔力持ちじゃないから、自分で溜まった毒を消せない……」


 エリーゼにしか分からない過去を話し始めたクラウディアを、リタは驚きを押さえ静かに見守ってくれているのに気づいた。


「クラウディア様、義姉(あね)に詳しく事情を説明しても良い?」

「……」


 クラウディアは承諾する意思を、頷いて示した。


「お義姉様、クラウディア様は、父親とされていた元伯爵家当主に、魔法薬を飲むよう強要されていました。それは、禁術魔法を施した密造薬で、毒が体内に留まり、粘膜接触することで毒を相手にうつすことが出来、接触相手を確実に死に追いやることのできる効果があるものでした。つまり、結婚相手を自然死に見せかけて葬り、財産を得る目的で飲まされていたんです」


「……ひどいことだわ……」


 リタは、それ以上何も言えそうにないくらい、ショックを受けていた。


「元平民の私が、伯爵家の役に立てる唯一の事だったから……、後悔はしないことにしています。でも……、ルークが私と血縁関係にないと知ってから、私を妻にしたいというようになって……。この体で、ルークと夫婦になるなんて、ルークの体に悪い影響を与えることになる。ヘタしたらルークを私が殺してしまう。だから、籍も入れたくないし、夫婦にもなりたくないの」


 意思をすでに固めているクラウディアに、待ったをかけるように、エリーゼは訊いた。


「クラウディア様、その……、身体の正確な状態は、医者に診てもらったのですか?」

「診察は受けたけど、治せないって。ヘタに解術魔法干渉すると、私の体に毒が回って死ぬって。危険すぎてできないって、匙投げられたわ。禁術に精通している医師は、いないのよ」


 ルーカスに連れられて王都の病院を渡り歩いたらしいが、徒労に終わったらしい。


「ルーカス様が自分の魔法薬を無効化できたのなら、クラウディア様のも無効化できないの?」

「ルークに付与された禁術魔法と種類が違うから、出来ないって……。やり方間違えると、私が即死する危険があるから出来ないっていうの。それを知っていて、妻にしたいと言ってきかないのだから、困ってしまうわね……。本当の夫婦になれば、ルークも毒に晒されるのに……」


「時間をかければ、自然に体外へ毒が排出される可能性は?」

「ないわ。涙を流す度に、肌に酷い痛みが走るの。毒が強く残っている証拠よ」

「……」


 エリーゼの考えうる解決方法は、クラウディアによってことごとく否定されてしまう。他に何かいい解決方法がないか思いを巡らすが、都合よく出て来るはずもなくエリーゼはへこむ。


 手詰まりで黙り込んでしまったエリーゼの代わりに、リタが話し始めた。


「クラウディア様の置かれている状況は、良く分かったわ。次は、クラウディア様、あなたの気持ちを訊きましょう。あなたは、どうしたいの?」


「私は、こんな身体でルークの妻の座に居座るつもりは――――」

「今の状況を考えずに、本当はどうしたいかって訊いているのよ」


「じょ、状況を考えずに……?」

「そう、身体の不具合がなかった場合、あなたは今と同じようにあの方から逃げたいかしら?」


「どうしてって……? そんな叶わないことを、考える必要があるというのですか?」

「身体が治らないって、叶わないって決めつけるのは早計だと、私は言っているの」


「王都の医者は、みんな匙を投げたのよ? なのに――――」

「王都の医者だけでしょう? この世に何人の医者が存在していると? 狭い王都で診てもらっただけで諦めるなんておかしいわ」

「……」


「どう? 健康な身体であった場合、クラウディア様はどうしたい?」


 リタは、辛抱強くクラウディアに訊き続ける。


「私……は」


 混乱の中で思考がまとまらないクラウディアに、エリーゼも声をかける。


「クラウディア様、ルーカス様が他の女性と結婚したら、クラウディア様は今と同じように傍に居ることが出来ますか?」


 エリーゼもかつてラルフへの恋心を、同じように王太子妃のカミラに確かめられて気づいた質問だった。


「ルークが他の人を選んだなら、私は傍に居られない……、いえ、いたくないわ。心穏やかに見ているなんて……、出来るはずない」


 クラウディアの答えは、予想通りだった。

 あんなに仲の良いルーカスと離れるなんて、考えられないのは当然だ。

 リタもようやくクラウディアの本音が聞けて、口角を上げた。


「想像するだけでそんなに苦しいなら、その状況にならないように努力するしかないでしょう」


 リタが断言する。

 エリーゼもその台詞に続くように話し始める。


「ルーカス様もクラウディア様と添い遂げるつもりで平民になられたのだから、両想いなのに別れようなんて考えなくていいです! 血縁がないと分かって、最大の障害がなくなったんですから、あとは幸せになるだけですよ!!」


「しかし、禁術魔法付与した魔法薬か……、魔女なら知っているかも……」


 突然のリタの呟きに、エリーゼは驚いた。


「魔女!? お義姉様の知り合いにそんな方が?」

「えぇ……、腕の良いまじないを施すの。禁術のことをどれくらい知っているかは、訊いてみないとわからないけれど、経験豊富な彼女なら、解決法を知っているかも知れないわ」

「……」

「魔女の診察、受けてみる? クラウディア様……」



「――――怖いわ……、手の施しようがないと言われたら……」


「確かに、最悪の可能性もあるけど、治す可能性が見つかる確率もゼロじゃないわ。どちらの結果が出ても、何もしないよりは気持ちの整理をつけることが出来るんじゃないかな」

「………………はい」


 長考の末に、クラウディアは答えた。


「クラウディア様、しばらくシュピーゲル男爵家に滞在していいわ。ルーカス様に内緒にして、魔女の診察を受けましょう!」


 リタの力強い誘いに、クラウディアはこくりと頷いた。




 内容盛りだくさんな女子会を終え、エリーゼ達はアロイス達のいる応接室に戻った。

 アロイスとルーカスの商談はすでに終わっていて、無事に成立していて、エリーゼは販売活路が見えてきたことに、ひとまず胸を撫で下ろした。

 そして、エリーゼにとって予想外の展開に話は進められていた。

 アロイスは有無を言わせない笑顔を添え、エリーゼに言った。


「王都のヴァローズの店舗で、『アル・マハト』の実演販売をすることが決まったから、エリーゼ、ホフマンと出張出演よろしく」


「王都で……ですか?」


 何勝手に決めてんだと文句言いたくなったが、エリーゼのやり方では簡単に売れないと分かっているので、反論できなかった。


 戸惑いを見せるエリーゼに、商売人の顔をしたルーカスが言う。


「うちで扱っている食品を使って、『アル・マハト』の実演してもらって! 捌いた魚とか、綺麗に切ったフルーツとか即売すれば、注目されること間違いないよ」


 ルーカスはやる気をみなぎらせて言い切った。

 その熱意にエリーゼも乗せられたように、気分が上がってきた。


(ヴァローズの高級食材と『アル・マハト』のコラボ販売……って、お金の匂いがプンプンするわ! ウケそうで、ワクワクしてきたっ!!!)


「それは……いつ頃に?」

「初回は、ヴァローズが『アル・マハト』を20丁買い上げるので、商品が出来次第、売り場担当者と調整するよ」


 20丁売り上げ確約に、ヴァローズの商会としての力を見せつけられた。

 エリーゼは異世界から来て知らないが、大きな商会であることは察せられた。


「納期は、一カ月だから、実演販売はそれ以降だということになるな」

「分かりました。精一杯やらせていただきます」


(一カ月、王都に行くまでに猶予が出来た。丁度いいわ!)


「エリーゼ、よろしくね」

「はい、ルーカス様。こちらこそ」


「そこで、ルーカス様。お願いがあります」

「何かな?」


「クラウディア様に、実演販売の監修をお願いしたいです」

「監修?」

「えぇ……、ヴァローズの客層にあった方法をリサーチしたいのです。ルーカス様と共に仕事をされてきたクラウディア様なら、的確なアドバイスができるはずですから」


「……なら、私も――――」

「ルーカス様は、王都で他の仕事もおありでしょう? 心配無用です。我がシュピーゲル男爵家で、クラウディア様を責任持ってお預かりします」


 ルーカスも残ると間髪入れず言いそうだったのを、エリーゼは笑顔で阻止した。

 正当な滞在理由があれば、ルーカスも疑うことなくクラウディアと離れてくれるだろう。

 魔女の診察をルーカスに知られることなく受ける状況が作れると、エリーゼは必死になった。


 そして、エリーゼの思惑に気づいたリタが、さらに援護射撃をしてくれる。


「旦那様、出来ればエリーゼが王都の実演販売を終えて戻って来るまで、クラウディア様に我が家に居ていただければ、私も心強いのですが……」


 リタが大きなお腹をさすりながら、アロイスに可愛くおねだりする。


(断りずらい見事なアピール!!! 流石です! お義姉様っ……)


 リタの願いが決定打になったのか、アロイスはクラウディアに目を向けた。


「……お願いできますか? クラウディア嬢」

「はい、私でお役に立てるのでしたら……」


 クラウディアの承諾を聞き届け、エリーゼは心の中でしゃあ!っと、ガッツポーズをした。


「ありがとうございます! クラウディア様!!」

「クラウディア様が居て下さると、本当に心強いわ。ね、エリーゼ?」

「そうですね」


 ルーカス様はというと、少し納得できない不満顔をしていたけど、エリーゼは無視して押し切った。


「ルーカス殿、世話になります」


 アロイスがダメ押しとばかりに頭を下げたので、ルーカスは完全に異を唱える機会を潰された。


「クラウディアを、よろしくお願いします」


 そう言って帰っていくルーカスの背中は、淋しさを隠せていなかった。




 





 






散々エリーゼ達の女子会ネタにされているが、空気的存在だったホフマン。


ブックマーク登録、評価等いただけると幸いです。

いつも読んでくださる方、誠にありがとうございます。

励みにしております!


次回も、よろしくお願いいたします。

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