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一筋の光明

 アロイスに絶対売って来いと発破をかけられて、エリーゼとホフマンは翌日から動いた。


 ターゲットは、観光で立ち寄る富裕層の平民や貴族だ。

 観光客は、移動途中の昼食を摂る時間帯にこの店に立ち寄る人が多い。そのことから、昼食時間から実演販売を行うようにしたのだが……。


「盲点だわ。貴族で自ら包丁を扱う人って、いないのよね……」

「そうですね、食事の用意は使用人にさせるでしょうから」


 そうなのだ!!!


 数日、実演販売を続けてわかったこと。

 包丁に興味を持つ貴族が、いないという現実だ。

 実演自体は、大道芸を見物する様に見てくれるのだが、包丁を買いたいとまでは思ってくれない。


「ヤバいわね……」

「リズ、目つき悪い。威嚇しない」

「いけない、つい、本音があふれてしまったわ」


 ホフマンに窘められ、我に返ったエリーゼは、怒りに強張った顔の筋肉をほぐす。

 包丁を「生まれてから、一度も包丁を握ったことないから、必要ないのよね」と穢れない目をした多分貴族のご婦人を見送った後、エリーゼはやさぐれてしまっていた。


(包丁使ったことないとか、サラッと自慢げにいうから、なめんとか! と、叫びそうになったけど、脳内で叫ぶのに留めました……トホホ……)


 またしても異世界カルチャーショックに、エリーゼは襲われていた。

 包丁の価格が高い安いとかが問題でなく、貴族に包丁のニーズが皆無だという現実が新たな障壁となり、エリーゼの前に立ちはだかっていた。


 そんなわけで、エリーゼは大変苦戦していた。

 売り出してから、まだ数日しか経っていないのだが、そろそろ売れても良い頃だと期待しているが、裏切られ続けている。


「焦るわね……、一丁でも売れないかしら……」


 未だ予約したい言ってくれる人は、現れていない。


「……」

「黙らないでよ! ルート、声掛けするわよ!」

「はい」


 連敗の痛手を隠して、夫婦らしい男女がこちらの方へ歩いてくるのを見て、エリーゼは素早く声をかけた。


「新発売の万能包丁『アル・マハト』の実演やっています! どうぞ、見て行って下さい!」


 夫婦の身なりは、貴族と分かる上質な服装で、夫人は見事なレースの扇で顔を隠していた。


「へぇ……、包丁か……。随分小さくて、珍しい形をしているようだが」

「!」


(包丁を見たことある貴族キターーーーーー!!!!)


 背の高い黒髪で黒い瞳をした男性が、興味深そうに見入っている。

 男性と腕を組んだ妻は、相変わらず扇で顔を隠し黙ったままだ。


「はい! 従来のものより軽く、切れ味が良く、扱いやすいんです。そして、万能と謳っている通り、肉、魚、野菜全てこれ一丁で賄うことができるのです!」


「そうなんだ……、すごいね」


 男性は、エリーゼの説明に静かに反応して、包丁をじっと見ている。

 これは実演せねばと、エリーゼはホフマンに実演させる流れに入る。


「シュピーゲル産の柔らかーい完熟トマトで、切れ味を披露します! どうぞ、ご覧ください」


 エリーゼはホフマンに目配せすると、彼は、まな板の上のトマトをスパっと半分に切り、実演を始める。


「トマトで、バラを作ります!」


 エリーゼが紹介している横で、ホフマンは華麗な手さばきで、あっという間にトマトのバラを仕上げた。腕を上げているなと、エリーゼも感心して見る。

 いつものように白い皿にのせて、葉を模したベビーリーフを添える。


「ほう……、美しいな」

「まぁ……」


 男性だけでなく、扇で顔を隠したままの女性も思わず声を上げるのが聞こえてきた。エリーゼは、手ごたえを感じながら、商品説明にも力が入る。


「トマトで作るバラは、薄くスライスしたトマトを巻いて作ります。この『アル・マハト』は、切れ味が良いので、柔らかくて潰れやすい完熟トマトも、スパスパと切れてしまいます」


「――――手に取って見ても?」

「! はい! どうぞ、ご覧ください」


 初めての良い反応に、エリーゼは食い気味に自分が手に持っていた包丁を差し出した。


「少しでも刃に触れるだけで切れてしまうので、お気を付けください」


 受け取った男性は、包丁をじっと見つめ「……エリーゼ?」と、呟いた。


 目の前の男性に不意に呼ばれて、「え?」と、反射的にエリーゼは返事した。知らないはずの男性が変装済みの自分の名を呼ぶなんて、想定外で心臓が跳ねあがった。



「『エリーゼ』と、包丁に書いてある」


 男性は、包丁に刻まれた文字を読んだだけだった。

 エリーゼはこの男性に見覚えがなかったので、転生前の知り合いかと焦ったが違ったらしい。

 杞憂だったと、血の気が引いてしまったエリーゼは、胸を撫で下ろした。


「あぁ、こちらは名入れの見本になります。お買い上げいただいて1カ月以内なら、10文字までお客様のご希望の名前を、無料で刻ませていただきます」


「へぇ……、名入れが無料か」

「えぇ……、尚、名入れした商品は返品不可になりますので、ご了承ください」


「返品不可になるから、無料期間を一カ月と、猶予を持たせているんだね」

「おっしゃる通りです」


「1丁、3万5千ヨーロ……。ふぅん……」

「……」


 ブースの一番見える位置に置いたポップの価格を見て、男性は考え込んだ。


(やっぱり、ネックは価格だよね……)


 余計なことは言わず、エリーゼは黙って男性の動向を見守った。


 値段に関しては、初回の時、ポップで明記してなくて、口頭で知らせた途端高いと拒絶された苦い経験がある。一目で商品価格が分かるようにしたら、平民の冷やかしは途端に無くなった。


 しかし、足を止めて話を聞いてくれる人は、極端に減ってしまった。


「受注生産品とあるけど、今から注文すれば納期はどれくらいかかる?」

「今日ご注文いただきましたら、10日かかります」


 実際は、注文ゼロなので、もっと早く出来上がるだろうが、今後の事を考えて、クルトに聞いた最速納期を伝える。

 前はもっと早くできただろうと、ツッコまれないための予防線をあらかじめ張っておく。シングルファーザーであるクルトの負担が、重くなるのは避けたいからだ。


「10日ね……」


 表情を変えない男性は、納期をオウム返しで呟いた。

 それから、男性と腕を組んだ女性が、扇を少し下げてこちらを見ていることに気づいた。凝視と言ってもいいくらい、不躾な視線にエリーゼは晒されていた。


「――――エリーゼ・シュピーゲル?」

「え!?」


「エリーゼ・シュピーゲルよね? あなた……、変装しているけど」


 そう言って扇を完全に下げて見えた顔に、エリーゼは瞠目した。

 知っている顔だったからだ。


「クラウディア、様……?」

「そうよ! あなたの家の領地だけど、まさか会えるとは思ってなかったわ! 久しぶりね、エリーゼ」


 以前より表情が明るくなったクラウディアの様子に、エリーゼはあっけに取られてしまっていた。


「え? 君、エリーゼ!? 変装してて気が付かなかったよ……。ディアは分かったんだ、さすがだね」

「当然ですわ! 顔かたちはそのままですもの。すぐに分かったわ」


 目の前の二人のやり取りに、エリーゼはまたついていけなくて固まっていた。クラウディアに寄り添う男性は、エリーゼは面識が無かった。にもかかわらず、知っている感じの馴れ馴れしさに、恐怖を感じて後ずさる。

 すると、ホフマンがエリーゼの前に出てきて、クラウディア達の前に立ちはだかった。


「失礼ですが、お嬢様(・・・)のお知り合いですか?」

「そうよ! 私とエリーゼは友達ですわ」


「……」


 ホフマンに庇われて、彼の背中に完全に隠れているエリーゼに、クラウディアが肩を竦めながら言った。


「エリーゼ、そんなに恐れないで。エリーゼは、知らなかったのよね。これ(・・)お兄様のルークよ」

「!!!」


 エリーゼは一瞬時を止めて、情報を整理した。

 そして、叫んだ。


「ええええ!!! あの!? ルークって……、ルーカス様!!???」


 衝撃の事実に、ホフマンの背から顔だけにょっきり出して、ルーカスを五度見した。


 エリーゼの記憶にあるクラウディア・イーゼンブルクの異母兄、ルークことルーカス・イーゼンブルクは、父親が作った薬を飲まされ、その作用で若返ってしまい、13歳くらいの姿だった。あの美少年が、一年経たずにこんなに成長して、目の前にいるなんて信じられない。薬の効き目が切れたからなのか、訊きたくても聞いてはいけない事だと思い至り、エリーゼは疑問を飲み込んだ。


「あ、私が元の姿に戻ったこと、知らなかった?」

「知らない……です、えぇ……、本当に、あの、ルーカス様?」

「そうだよ。面影はあると思うんだけど……」


(柔らかくて甘い少年が、精悍な青年になって低い色気が駄々洩れの声で話しかけてくるなんて……、脳内バグを修正できません!!! だれか、たちけてーーー!!!←バグって語彙力低下)


「――――ぅうんっ!? 違い過ぎて……、正直良く分からないです」


 エリーゼが本音をぶっちゃけると。


「ふふ、相変わらず、正直だね」と、ルーカスは微笑んで言った。


(あ……、その言い方はルーク様らしく感じる……)


 少しくだけた彼は、確かに記憶のルーカスと合致した。


「エリーゼ、話は戻るけど。1丁、注文するよ」


 ルーカスは大人モードに戻り、エリーゼに言った。


「本当!? いいの? ルーク様!」

「良い包丁だ。是非、うちの商会で取り扱ってみたい」


「え? うちの商会って?」

「ヴァローズと言う、知らないか?」

「知らないわ、ごめんなさい」


 盾にしていたホフマンが、ぎょっとしてエリーゼにツッコミを入れてくる。


「ちょ……、リズ! ヴァローズは、王都で5指に入る大商会だぞ!」


「そうなの? 詳しくなくて……、すごいところで働いていらっしゃるのね。ルーカス様」


 取り繕くくともできず、本音を零してしまう。

 青くなるホフマンを見て、クラウディアが噴き出した。


「アハハ!はぁ、おかしぃ……。相変わらず世間ズレしていないわね。エリーゼ」

「ごめんなさい、勉強不足ね。反省、反省」

「ふはっ、真面目で可笑しいわ。笑える!」

「……」


 クラウディアが素直に笑うので、ディスられているのに全然棘がなかった。

 幸せな様子に、しみじみとしてしまう。


「話が脱線したが、この包丁を売っているトップは、エリーゼの兄上だろうか?」


 本当は自分だが、アロイスだということにしている。


「えぇ……、そうよ。お兄様の開発品なの!」

「それでは、商談したいので、兄上殿に取次ぎいただけるだろうか?」


 ホフマンがまたエリーゼを背に隠してから、ルーカスに向き合う。


「私が、承ります。シュピーゲル家の執事をしております、ゲルト・ホフマンと申します。主に確認しまして、急ぎで対応します」


「私は、ルーカス・イーゼンブルクと言う。ヴァローズ商会でバイヤーをしている。よろしく頼むよ、ホフマン殿」


「かしこまりました。連絡先を教えていただけますか?」

「そうだな。これから王都に帰るつもりだったが、領主殿に会えるなら留まろうと思う。良い宿屋は知っているか?」

「はい、私が手配いたします」

「済まないが、頼めるか?」


「はい、かしこまりました。すぐ手配いたしますので、1時間後にこの場所に来ていただけますか?」

「わかった、1時間後な。それまで、ゆっくり見て回ることにしよう」


「また、あとでね。久しぶりに話したいわ!」

「はい、勿論です。クラウディア様」


 腕を組んだまま、イーゼンブルク兄妹が歩いて行くのを、エリーゼは呆然として見送っていたら「リズ! しっかりしろ!」と、ホフマンがエリーゼの肩を掴んだ。一瞬で手は離されて、ポスポスと軽く叩かれて、エリーゼは我に返る。


「今日は店じまいだ。さっさと撤収して帰るぞ」

「う、うん……」

「リズ、話したいが、帰ってからな。さっさと片付けよう」

「う……、わかった」


 エリーゼが机の上に並べていたポップを片付けるのを、ホフマンは横目で見ながら彼女の様子を見ていたのだが、マイペースなエリーゼは、少しも気づかなかった。












 

第一部に出てきたイーゼンブルク兄妹との再会を果たしたエリーゼ。

知り合った状況が状況なだけに、複雑な胸中にあります。

イーゼンブルク兄妹は、再登場させる気満々な作者でしたが、中々タイミングが合わず、やっと再会させることができました。

大昔で忘れたよって方は、第一部に戻ってみて下さい! モノローグ不足な作者ですんませんです!


ブックマーク登録、評価等いただけると幸いです。

いつも読んでくださる方、誠にありがとうございます。

励みにしております!


次回も、よろしくお願いいたします。

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