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シュピーゲル家、団結

お待たせしました。


 数日後、エリーゼは、定番になった朝の生け花の世話をしている。

 

「最後まで、楽しませてくれてありがとう」


 花を数回咲かせてくれた燕子花に礼を言う。

 目の前の燕子花は、花を失い、(がく)だけになってもしっかり形よく立っているが、葉はどこか色あせて見え、咲ききった姿になっていた。


『見納めだな』


 イリスが、漂いながら呟く。


「そうですね……、少し、寂しい気がします」


 妖精王のイリスが宿っていた燕子花が、その生を全うしようとしている。

 燕子花は、花の時期が短い植物だ。

 恐らく、来年まで、見ることは出来ないだろう。


『寂しがる必要はない、美しい記憶を残せばいい』

「はい」


 やけに優しい声をかけてくれるイリスに感謝しながら、足元に引いた紙の上に花留めの七宝から抜いた燕子花をのせていく。

 七宝を手に取り、タオルで水気をふき取り、水が張られた水盤を持ち上げ、バケツの中へ水を移していく。


 エリーゼが作業している間、ホフマンはかなり距離を取って掃除をしているのだが、いつもと違う作業に気になったのか、近づいてきた。


「片付けてしまうのか?」

「えぇ……、もう咲き終わってしまったから」

「そうか……」


 生け花を気に入ってくれたのか、残念そうだった。

 口にしないが、楽しみに見てくれていたのだと分ると嬉しかった。


「ホフマン、この花器と七宝を洗いたいんだけど、洗濯場のシンクで洗ってもいいかしら?」

「いいけど――――、どんな風に洗うんだ?」

「水洗いしたいの、あ、あれば、これをこすってもいいタワシ……、いや、ブラシがあれば貸してほしいの」


「重そうだな、持つよ」

「……えっ」


 差し出された大きな手に、エリーゼは反射的に水盤を渡してしまった。


「この上に、シッポウ? も載せて。エリーゼ様は足元の花を持って。案内するよ」


 何だ、この違和感は。

 エリーゼは、戸惑っていた。


「どうしました? 行くぞ!」

「ふぇぃ!」


 エリーゼは、思考が追い付かず、返事が奇声になってしまった。

 恥ずかしさに赤面してしまう。

 

「ふ、何ですか、その返事……」


 ホフマンが笑いをこぼした。

 そこで、やっと違和感の正体に思考が及んだ。


(どうした!? ホフマン。なぜそんなに和やかなんだ? それに、甲斐甲斐しい態度で、隙がない……)


 違和感の正体、ホフマンがなんかデレてる!!


 エリーゼのすることなすことを全否定して、ピリピリしていた彼と全く違っている。別人かなレベルで、違うのだ。


 でも、中身が変ったなんてことあるはずもなく、これが本来の彼なんだろうと思う。


(これなら、お兄様とお義姉様が認めるわけだわ)


 この家で過ごす日ごとに、だんだんと納得できて来た。


 最初は二人が高評価するのは、ホフマンが、催眠術か魅了魔法でも使っているのかと疑った。でも、ホフマンが魔法使っていたり、妖しい行動はなかった。


 ホフマンは、普通に有能で、デキる家政夫なのだ。


 考えを巡らせてるうちに、洗濯場に着いた。

 ホフマンは洗い場のシンクに、そっと水盤を置いてくれた。

 丁寧な扱いに、好感が持てる。


「エリーゼ様、ブラシは大きいものと小さいものを二種類用意したので、使って下さい」

「……どうも……」


 まだ、脳内がバグっていて、エリーゼの返事に愛想が無い。


(パーペキ対応、あざっす!!)


 その時、エリーゼの脳内で、前世に出会った体育会系の誰かが思い浮かんだ。名は忘れたが、陽気な人だった。

 そうだ、この感じ。後輩が尊敬する先輩に尽くすようなもてなし加減だとぼんやり思う。


「ホフマン、ありがとう。助かりました」


 あざっした!と言いそうになったが、何とか飲み込んだ。

 変な娘認定されたくないので、素早く淑女モードに切り替え、礼を言った。


「エリーゼ様、そのお花いただきます」


 エリーゼが持っていた咲き終わった燕子花を渡せという。


「これ、どうするの?」


 ゴミ箱に直行される予感がして、思わず訊いた。

 イリスの手前、捨て置かれるのは嫌だった。

 イリスにどうしたらいいのか、訊こうと思っていたが、ホフマンが来てしまい、訊きそびれていた。


「有機肥料を作る魔道具があるので、そこに入れます」

「え、そんな魔道具あるの?」

「はい、アロイス様が環境資源循環に力を入れていらっしゃいますから」

「へぇ……、流石お兄様ね」


 前世でもあった有機肥料マシーンがあるとは、意外だった。

 ゴミとして扱わず、再生して有機肥料にしてくれるなんて、心遣い行き届きすぎでしょ!

 捨てるのではなく、再利用するなら、イリスも納得してくれると思った。


「お願いします」

「はい」


 燕子花を受け取ったホフマンは、颯爽と何処かへいってしまった。


『あいつ、良い奴だな……』

「――――不本意ながら、そうですね」

『意外と、お前、頑固だな』

「……」


 デレたホフマンに拒否反応が出るのは許してほしい。

 初対面最悪な出会いの印象は、すぐには消えない。

 それにしても、イリスはホフマンを気に入っている気がする。

 妖精王が、ホフマン推しって、ちょっと笑える。


「イリス様、ああいうのが好みなんですか?」


 妖精王の性別はどっちなんだろうと思いながら、訊いた。

 そもそも、妖精は人間に執着するのだろうか。

 意外に人間臭さを見せるイリスに興味深々になる。


『そういう質問するところが、残念だよ。エリーゼ』


 答えにならない答えが、帰ってきた。 

 イリスは、やっぱり食えない妖精だ。


 ディスられたエリーゼは目を細め、イリスに無言の抗議をした。

 にやにやした顔のイリスから、視線を外した。

 そして、気を何とか静め、七宝のぬめりをブラシでこすり取り始めた。


 エリーゼが、水盤と七宝を拭き上げ終えた頃、イリスは何処かへ姿を消していた。





 さらに数日後が過ぎ、その日、エリーゼは、アロイスの執務室で事務処理を手伝っていた。誰かに呼び出されて席を外していたアロイスが、弾けるような笑顔で帰ってきた。


「エリーゼ! クルトがサンプルの包丁できたって!」

「!」

「早速、工房に見に行こう!」


「はい」


 エリーゼはすぐに立ち上がり、アロイスの後を追う。

 廊下を出たところで、エリーゼははたと思い付き、アロイスを呼び止めた。


「そうだ! お兄様」

「ん?」

「切れ味を試すために、トマトとかきゅうりとか持って行きたいの。用意してくるから、待ってて。あ、まな板もいるか……」


「まな板は、クルトの台所で借りれるだろ」

「そういえば、そうね」


 厨房へ行くと、リタとホフマンが食事の仕込みをしていた。


 ホフマンがいるので、エリーゼは、包丁の話をしていいものか躊躇ってアロイスを見た。不安げな顔の心中を察したアロイスは、「大丈夫だ」と言う。


「ホフマンには、話している。口外厳禁だとも」

「……」

「料理ができる彼に、協力頼まない手はないと思ってね。それに、俺らと身近なホフマンに隠すのは、得策じゃないと判断した」


 確かに、この家に自由に出入りしているホフマンに隠し続けるのは難しい。

 だったら、きちんと商品開発を知らせて注意喚起して、情報漏洩させない方が外部に漏れにくいと思う。素早くリスク管理のシミュレーションした結果、アロイスの言う通りだなとエリーゼは納得した。


「うん、そうですね。ホフマンは料理もプロ級だから、専門職目線で感想が聞けるかな。お義姉様にも使ってどう思うか、訊いてみたいです」


 従来の包丁と比べてどう思うのか、一人でも多くの人に訊いてみるのは、良い製品を作るうえで必要なことだと思っていた。

 エリーゼは、この異世界に来て日が浅いので、どうしても感覚が違う気がしていた。正直、自分だけの意見で商品開発するのは不安だったから、アロイスの判断は有り難かった。


「じゃあ、皆で行くか」

「そうしましょう! 今回作るのは、野菜、肉、魚とか全部一本で賄える包丁を目指しています。試し切り食材は、種類多く持って行きたいですね」

「わかった」


 アロイスが、ホフマンとリタに説明してくれて、食材を揃えてくれる。

 エリーゼは、キビキビと動く三人を俯瞰で見ていた。

 やっぱり、人間は、一人では生きていけないと、痛感していた。

 まだ、溶け込めない自分がいる事にも気づいてしまう。


「エリーゼ! 来てみてくれ。どう思う?」


 アロイスが、エリーゼに訊いてきた。

 エリーゼが、マイナス思考に引きずられそうになると、こうしてタイミングよく引き戻してくれる。


 あぁ、この人たちと同じ時間を生きていきたいと思った。


「――――はい、今、行きます」


 エリーゼは、感傷的になってしまった自分を押し込めた。

 そして、笑顔を作り、賑やかに議論する三人の元へ急いだ。










 






 



 


デレ100%のホフマンに戸惑う、ツンデレ信者エリーゼ。


ブックマーク登録、評価等いただけると幸いです。

いつも読んでくださる方、ありがとうございます。

大変、励みにしております!


次回も、よろしくお願いいたします。

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