鍛冶師が大事にするもの
クルトの工房を出て、エリーゼは自らを張り詰めていた緊張から解放した。
「仕事、受けてもらえて良かった」
「そうだな……」
「エリーゼ、よくやった」と、アロイスが微笑んで、エリーゼの頭をポンポンと触った。
突然訪れた光景と、優しい触り具合に、エリーゼは言葉を失った。
(お兄様……、その技は反則です!!! 無自覚で、頭ポンポンはぁ!!!)
にやける顔を隠しながら、思わず、脳内で抗議してしまった。
アロイスは、単に妹を労ったつもりだろうが、エリーゼは予想外の萌え爆撃に脳内で悶えまくってしまう。
前世で現実にお目にかかったことのない鉄板ファンタジーシチュエーションを、異世界で身に受けてしまった。良い、じわじわと喜びがこみ上げてくる。
「意見を取り入れてくれて、ありがとう、お兄様……」
違う意味の謝意も込めて、アロイスに言う。
エリーゼの心中を知るはずないアロイスは、尊い笑顔を向けてくれる。
流石、エリーゼの兄、眼福です。
「ずっと領地の事、考えて勉強してたんだな。こちらこそ、ありがとう」
「……」
アロイスは、驚くほど素直に感情を見せる。
表裏のない性格に、エリーゼは救われているなと思う。
「アロイスさま?」
不意に呼びかけられ振り返ると、10歳前後くらいの少女が立っていた。
「イルメラ……」
少女とアロイスとは顔見知りの様だが、アロイスはイルメラを見つけ驚いているようだった。
「やぁ……、今日は顔色が良いね……」
「はい、父にごようじですか?」
「そうだよ、もう終わったけど。エリーゼ、こちらクルトの娘さんだ」
(クルトさんの子ども! 似てない!)
イルメラは、武骨で日に焼けた丈夫な印象の容姿のクルトと真逆で、透き通るような白い肌に、薄い茶色の髪で青い目をした、線の細い少女だった。
「イルメラちゃん、アロイスの妹のエリーゼです。よろしくね」
「いもうと……! エリーゼさま、ホントだ! アロイスさまにそっくりね」
無邪気にいうイルメラは、とても可愛い。
「ふふ、お兄様に似てるって。嬉しいわ」
エリーゼが親愛を示すように手を差し出すと、イルメラが握り返してくれる。
小さい手は、なんとなしに骨ばっていてどきりとした。
力を入れれば、簡単に折れてしまいそうに弱々しかった。
「イルメラ! どうした!? 寝てなきゃ、だめじゃないか!」
娘を見つけたクルトが、慌てて駆け寄ってきた。
「!」
「イルメラちゃん!?」
イルメラは、クルトに怒られるのを回避しようと、エリーゼの後ろに隠れた。
いきなり防壁にされてしまったエリーゼは、迫るクルトに戦慄した。
「クルト、私たちは帰るから、娘の相手をしてやれ」
アロイスが、呆れたように言う。
心配しているだけだろうが、クルトは無駄に圧があって怖い。
部外者のエリーゼも、身体が強張ってしまう。
「すみません、アロイス様。イルメラ、行くぞ! ベッドで寝るんだ」
「え~、散歩したい。外、晴れているし……」
イルメラは、エリーゼの腰に絡まり、必死にクルトに散歩をねだる。
困った顔をするエリーゼを見たクルトは、はぁと大きくため息を吐いた。
「……少しだけだぞ」
「うん!」
結局、最後はクルトが折れた。
散歩に行けると分ると、イルメラはエリーゼから離れ、クルトの足にしがみついた。娘に弱い父親であるクルトは、少し可愛いなと思ってしまう。
「アロイス様、エリーゼ様。失礼します」
イルメラに手を引かれ、アロイス達から離れながら、クルトが言った。
「あぁ……、また寄る」
アロイスが返事すると、クルトが会釈で応えた。
クルトとイルメラは手を繋ぎ、ゆっくりと歩いて行く。
角を曲がって姿が見えなくなるまで見送って、エリーゼはアロイスに訊いた。
「クルトが、この領地に留まる理由は、あの子がいるからですか?」
「――――うん。クルトは一度、他の若い鍛冶師の連中と移住したが、イルメラは移住したとたん、酷く体調を崩してしまったんだ。それで、ここへ帰って来て何とか持ち直すことが出来た。それから、何があってもここに住むと決めたらしい」
イルメラは、この領地でないと生きていけないから、クルトは鍛冶師をやめて他の仕事をしてでも、この地に留まっている。
クルトは、娘を一番に考える父だからだ。
「病が完治したわけじゃなさそうですが……」
「イルメラの母親も同じような病持ちだったらしい。イルメラを産んで、しばらくして亡くなってしまっている。医者に見せても、症状を軽くする方法しかないらしい」
「そうなんですね………」
この異世界は、魔法が存在するが、それ以外の科学技術水準はかなり低い。
「治癒魔法とかで、何とかなればいいのに――――」
「魔法治療を受けるのは、王都に行かなきゃいけない。今のイルメラには命がけで行くことになるから難しいだろうな。それに、高額だからな。簡単に受けに行けるものじゃない」
「……」
治癒魔法を使えるラルフを思い出す。
彼なら、ここまで来て、治療してくれるかもしれない。
でも、今、彼は連絡が取れない位、仕事が忙しくなると言っていた。
ひと段落付いたら、お願いしてみようと思う。
「領主として、クルトを鍛冶師として、働く環境を整えてやることができなかったから……、エリーゼが来てくれて希望が見えてきたよ」
「まだまだこれからですよ。上手くいくといいんですけど」
納得いく商品が出来上がらなければ、何ともならない。
そして、クルトを信じて待つしかない。
「いくような予感がするな」
「えーー、本当に?」
「結構、当たるよ。俺の勘」
アロイスが自身満々にいうので、信じてみたくなる。
これからが、楽しみになってきたエリーゼだった。
頭ポンポンに悶える妹に、ちょっと引いだが、笑顔で乗り切ったアロイス。
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